翌日の放課後。
健太は、二人のパートナー――蘭と竹海を伴って、C、F倶楽部の部室が立ち並ぶ通称プレハブ長屋周辺を歩いていた。
約束通り、健太は竹海をパートナーとする書類を朝一で提出し、新たなパートナーバッチが支給される。男子はネクタイに、女子はスカーフに付けるのが一般的とされている。
健太は素直に自分のネクタイに二つ目のパートナーバッチを付けた。丸い金地に黒いオス、メスのクワガタが簡略化されて描かれている。
前から付けている、蘭とのパートナーバッチと全く同じに見えるのだが、これも学園が開発した術法技術が使われているらしく、学園サイドが調べればすぐにどっちがどっちか分かるし、偽物を作ってもすぐにばれるらしい。
その対となるパートナーバッチを付けた二人の二年生女子、蘭と竹海は、それぞれ健太の右腕と左腕をしっかりと抱いて、歩きながらお喋りをする。
「これで、竹海も私と同じ立場ね。よろしく」
「こちらこそ、よろしく、蘭。ちゃんと君を立てるから、夜は公平にローテーションを回してくれよ。私は二人一緒でも構わないけれどね」
「私も構わないから、そこは健太君次第かしら。ねえ、健太君? 健太君は同時プレイは好き? 昨晩、烏琉羽と竹海で試したのでしょう?」
左右の腕を包むパートナー二人の巨乳に、意識を九割がた奪われていた健太は、生返事だからこそ、嘘偽りのない本心を明かしてしまう。
「それは、もちろん、昨晩は最高でしたけど、普段は出来るだけ一対一の回数を増やしたい、です」
「ふーん」
「そうか」
健太の答えを聞いた蘭と竹海は、腕を抱くだけで飽き足らず、健太に顔を寄せて頬ずりする。
健太より背が低い蘭の頬が当たるのは健太の首筋だが、健太より背が高い竹海の頬ずりはそのまんま、健太の頬に当たっている。
両腕が巨乳に包まれ、顔と首筋に頬ずりをされる。乳房はもちろん、頬も柔らかくて、きめが細かくてすごく気持ちよい。ズボンの前が異常に突っ張って歩きづらい。それでも、制止する気には慣れないくらいに、幸せな感触である。
健太が困りつつも喜んでいることを敏感に察知した一つ年上のパートナー二人は、プレハブ長屋に続く道のりを、ずっとそうして密着したまま歩いて行った。
「すみません、蘭先輩、竹海先輩。ちょっと、離れてもらって良いですか」
目的地が近くなってきたところで、健太は二人のパートナーにそうお願いする。
健太の声色から、「これはふざけたり、我が儘を言ったりしたら駄目なやつだ」と敏感に察したは蘭と竹海は、素直に健太から離れる。
蘭と竹海が少し距離を取ってくれたことにホッとしながら、健太は目的地――『匠工房』の部室へと近づいていく。
『匠工房』の部員達は、学園の歪んだ男女関係に強いトラウマを抱いている者が多い。中には『男性恐怖症』の者もいるくらいだ。気にしすぎかもしれないが、彼女たちの前で「学園らしい男女関係」を見せて、トラウマを刺激することは避けたい。
そうして、プレハブ倶楽部棟を店舗に魔改造している『匠工房』の部室前へとやってきた健太は、カウンターの向こうに座る二人の女子生徒に挨拶する。
「どうも、頼んでいた俺の装備、出来てますか?」
「あ、健太君だ。こんにちはー」
「いらっしゃい。うん、無事完了してるかな。って、後ろに見た顔と、見たことのない顔があるけど、紹介してもらえるのかな?」
カウンターの向こうから、『匠工房』部長の蜜柑と、同じく副部長の凛子が連続して、そう返事を返してくる。
「はい、紹介します。こちらは、竹海先輩。蘭先輩の友人で、蘭先輩同様、俺のパートナーになってくださいました」
健太の紹介を受けて、竹海は蜜柑と凛子に微笑み返す。
「二年未組、竹海だ。健太君のパートナーに志願して、幸運にも受け入れてもらえた。健太君から君たちの話は聞いている。よろしく頼むよ」
竹海の堂々とした自己紹介に、蜜柑はニパッと笑うと、
「わわわ、そうなんだ。二年丙組、『匠工房』部長、蜜柑です。よろしく、竹海ちゃん」
そう言ってその小さな手をブンブンとふった。
一方、凜子はいつも通りの眠そうな半眼で、健太、蘭、竹海の三人をしばし見た後、小さく息を吐く。
「ん、二年丙組、『匠工房』副部長、凛子かな。よろしく」
竹海と健太、竹海と蘭の間に流れる空気に、緊張感や悲哀を取り繕っているような欺瞞が無いことを確認した後、凜子はそう挨拶を返す。
この短期間で二人目の(それもどちらも上級生)パートナーを獲得したと聞けば、無邪気な蜜柑はともかく、警戒心の強い凜子は流石に用心深くなる。
幸い、凜子の目には、健太は変わった――学園の空気に染まった――気配は感じられなかった。
そうしている間に、蜜柑が奥に向って「健太君来たよー。あれ持ってきてー!」と叫び、部室内にいた部員四人が姿を見せる。
一人が鞘に収まった『小剣』、二人がかりで『大剣』、そして最後の一人が『胸部鎧』を持ってくる。
「ん?」
注文した覚えのない品が加わっていることに、健太は首を傾げるが、ひとまずは向こうの説明を聞くべきだと考え、声は出さない。恐らく、その判断は正しかっただろう。
なぜなら、次の瞬間、テンションを上げた、蜜柑たちが大きな声で説明を始めたからだ。
説明をしたがるオタクを止めるのは、同じオタクとして忍びない。
「ええと、この大剣から説明するねっ。凜子ちゃんが主に調べたんだけど、これ、柄の部分と刀身が別々なマジックアイテムなんだ!」
蜜柑の説明を引き継ぎ、凜子が説明する。凜子もいつもの半眼、気だるげな雰囲気ではなく、少しテンションが高めだ。
「メインは柄だね。柄は『銘器』で能力は『伸縮自在』。その通り『覚醒』させれば、長さを自在に変えられるかな」
「なるほど」
それは、健太の予想通りの能力だ。この大剣をドロップしたモンスター、ゴブリンチャンピオンが実際に伸ばしたところを見たことがある。
「伸ばす、縮める、それぞれの限界はどれくらいでしょう?」
健太の問いに、凜子は少し考えて首を横に振る。
「それはちょっと分からない、かな。短くする方は、とりあえず短剣の柄ぐらいまでは短くできたけど、多分もっと短くなる。でも、それ以上短くしたら、刀身と外れちゃいそうだったから、そこまでで辞めておいたかな。
長くする方も、十メートルまでしか試せてない。こっちももっと伸ばせることは確実かな。
どちらせよ、長さを変えるのは一瞬だから、『覚醒』させるときは、注意して欲しいかな」
「分かりました、ありがとうございます」
ひょっとすると、13㎞くらい伸びるのだろうか。健太はワクワクしながら、お礼の言葉を返す。
「刀身の能力は、『鋭刃』ね。こっちは励起状態にすれば、切れ味が上がるかな。込める魔力量を上げればその分切れ味も上がるけど、通常なら『覚醒』するところまで魔力を込めたら、『覚醒』する前に刀身が消し飛ぶみたいかな。まあ、『容量』が馬鹿みたいにあるから、やろうと思ってもそこまで魔力をこめられないと思うけど、一応頭の片隅にはとどめておいて欲しいかな」
マジックアイテムは、全て魔力を込める――SPを注ぐことで励起状態となり、性能がアップする。
『無銘』の場合は励起状態までが限界だが、『銘器』と呼ばれる固有銘を持つマジックアイテムは、一定以上の魔力を注ぎ込むことで『覚醒』状態となり、固有の能力を発揮する。
この大剣は、能力『伸縮自在』の柄と、能力『鋭刃』の刀身という、二つのマジックアイテムの複合マジックアイテムらしい。かなり珍しいマジックアイテムであることは間違いない。
続いて、蜜柑が説明する。
「注文通り、柄の太さは健太君の手に合わせておいたよ。後、一応刀身の重心も健太君の体型に合わせて調整したけど、柄を伸ばしたら当然重心も変わるから注意してね」
「分かりました、ありがとうございます。持ってみても良いですか?」
健太の言葉に、凜子は言う。
「持つだけなら良いけど、振りまわしたり、励起させたりするのは、遠慮してもらえるかな」
「分かりました」
と答え、それまでさりげなく後ろで手を組んでいた健太はカウンターに近づき、大剣を手に取った。
灰色の巨石から削り出したような武骨な刃幅の広い直刀型の刀身に、茶色い木製に見える柄。その見た目は、健太が『匠工房』に預けた時と変わらない。
だが、その手に取ってみると、雲泥の違いがある。
持ちやすい。健太の手形を取っている『匠工房』の『職人』達が、健太が一番握りやすい太さに『適合』のスキルで合わせてくれたのだ。健太の体格に合わせて、刀身の重心をずらしてくれたのもありがたい。
今健太が持っているように、両手で持って振りまわす分には、ほとんど気になる点がない。
「ありがとうございました、素晴らしい出来です」
健太の言葉に、蜜柑をはじめ、その場にいる『匠工房』の面々は、それぞれの個性に乗っ取った喜びの表情を浮かべる。
「うんっ、それじゃ、次に行くね。次はこれ。小剣。凄いの出来たんだ!」
蜜柑がそう言って、自信満々に小剣をカウンターに載せる。
こちらは、前回健太が素材を持ち込んで、『匠工房』で新造を依頼した武器だ。
持ち込んだ素材はメインが『鉄擬態木』のドロップ品である細長い木片(もしくは鉄片)、サブとしてブラックドックの爪、牙、毛皮、オウルベアの爪、牙、毛皮といったラインナップだ。
その小剣は、濃い灰色の革鞘に収まっており、柄は黒い革の滑り止めが巻かれていた。そのため、鞘に収まっている状態だとほぼ真っ黒の見える。
「抜いても良いですか」
「抜くだけなら許可、かな」
凜子の許しを得て、健太は大剣を一時的にカウンターに戻し、その小剣を手に取り、鞘から引き抜く。
その刀身は、両刃の直刀で刃渡りは五十センチ弱と言ったところだろう。健太が今使っているショートソードとほぼ同サイズのため、これならば自信をもって使うことができる。
もちろん、偶然ではなく、蜜柑たちがそのように作ってくれたのだろう。
「凄い。元の素材もそうでしたけど、こうして剣になっても、木のような鉄のような……」
健太が思わずそんな感想を漏らすその小剣の刀身は、艶やかな茶色をしていた。金属のような光沢があるのに、しっかりと木目も見える。
「銘は『金狼木霊剣』かな」
「銘って、これ『銘器』ですか?」
健太は軽い驚きを見せるが、後ろで見ていた蘭と竹海の驚きは軽いものではなかった。
一般的な『銘器』マジックアイテムを作り方は、用意した武器、防具に付与したい『能力』の『モンスターカード』を『職人』が『合成』のスキルを使うことによって作成する。
だが、ダンジョンドロップ素材から『職人』が武器、防具を作成した場合、最初から『銘器』となることも起こりうる。
ただし、それには、素材の質と『職人』の腕、どちらも高水準が求められる。
Fランク倶楽部である『匠工房』にそれが可能であるのは、学園の常識に反している。
原作で、『匠工房』の女子達が凄腕『職人』の集まりであることを知っている健太はともかく、蘭と竹海が驚くのは至極当然と言えた。
「そう。こっちじゃ珍しい『陰陽五行』の、それもさらに珍しい『金』と『木』の二重属性。珍しすぎて、『覚醒』がどんなものか調べきれなかったのは、ゴメンかな」
ダンジョンのモンスターやアイテムに関連する『元素精霊』という要素があるのだが、これには大きく二種類の系統が存在する。
すなわち、西洋由来の『四元素』と、東洋由来の『陰陽五行』だ。
『羅城門』ダンジョンで出没するモンスター、アイテムの大半は『四元素』であり、『陰陽五行』は珍しい。
そして、モンスター、アイテムの中はごくまれに属性を二つ有するモノも存在する。
健太が倒した『鉄擬態木』はその珍しい『陰陽五行』系二重属性のモンスターであり、そこからドロップした素材も、そのドロップ素材を元に造られたこの小剣も、『陰陽五行』二重属性なのであった。
「いえ、十分です、蜜柑先輩、凜子先輩。他の皆さんも、本当にありがとうございます。……どうかしましたか?」
健太は、新しい小剣を鞘に納め、腰に巻いた剣帯に吊るした。
丁寧に頭を下げて礼を言う健太に、蜜柑たちは少しばつが悪そうに顔を見合わせている。
気まずそうな雰囲気の中、口を開いたのは部長としての責任感か、蜜柑だった。
「うん、その、ね。実は、健太君の素材でその小剣を作ったんだけど、素材が結構余ったんだ。それでね、その素材を別な武器に流用しちゃって、ゴメンナサイ!」
そう言って、蜜柑はペコンと頭を下げる。
健太は、驚き慌てるばかりだ。
「ち、ちょっと待ってください! それ、どこに蜜柑先輩たちが謝る筋合いがあるんですか? 元々俺が持ち込む素材は、余ったらそのまま『匠工房』に提供するって約束でしょう。何が問題なんですか?」
健太の言葉に、蜜柑たちの間に少し安堵の空気が流れる。その空気の中、凜子が説明する。
「とは言っても、いくら何でも『陰陽五行』二重属性素材は、ちょっとレアすぎるかな。普通なら別枠で交渉する素材かな」
「だとしても、それは俺が事前に気づいて「これは別」と言わなければならない話でしょう。知らずに渡してしまったんですから、それは他の素材と同じ扱いじゃないとおかしいですよ」
健太は、当然のようにそう言う。そもそも、「製造依頼の際、提供した素材の余りは、『匠工房』の物とする」という約束を結んだのは、『匠工房』の依頼料があまりに安いからだ。
「流石にここまで、甘えられない」「一年が遠慮するな」という押し問答の末、どうにか飲ませた条件なのだ。今更、健太の側からとやかく言うことはない。
やっと蜜柑たちの顔に笑顔が戻ったところで、健太はふと恐ろしい可能性に思い至る。
(待てよ。「別な武器に流用した」? この時期に『匠工房』が作ってる『別な武器』って……)
そんな健太の内心など知る由もない蜜柑は、取り戻した無邪気な笑顔で言う。
「ありがとう、健太君。それでね、その健太君の素材を流用した武器の依頼主も、素材を持ち込んでくれてたんだ。お詫びにそっちの余りで、健太君の装備も作ったんだけど、受け取ってくれるかな?」
そう言って蜜柑は、胸部鎧を差し出した。
「これは……」
それは、見事な革鎧だった。『白と黒の虎の毛皮』を硬化させた鎧で、胸全体と腹部を覆う形をしている。胸部装甲は一体化しているが、腹部の装甲は小さく分けて重ねているため、体の動きはあまり阻害しないだろう。
現状、身体を守る装備が、初期装備のボディーアーマーと制服しかない健太にとっては、非常にありがたい追加装備だ。
鎧の類は装備するのに、正しい手順を知っておく必要がある。
胸部鎧は比較的簡単だが、それでも最初は知っている人間に手伝ってもらった方が良い。
健太は、制作者である『匠工房』の杏に、その虎革製『胸部鎧』を着せてもらいながら、恐る恐る問いかける。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、ひょっとしてこの鎧の素材を提供したのは、叶馬達ですか? 俺の素材を流用した武器というのは、沙姫さんの太刀なのでは?」
「うん、そうだよ。あれ? 健太君、叶馬君達のことを知ってるの?」
コテンと首を傾げる蜜柑が、健太の言葉を肯定する。
「……ええ。友人です。ダンジョンダイブも頻繁に同行する仲ですから、叶馬パーティーの面々は全員知り合いですよ」
「わあ、そうなんだ! その毛皮で杏ちゃんが沙姫ちゃんの指貫籠手も作ったんだよ。健太君と並んだらお揃いっぽいね」
「ははは、そうかも、ですね」
(やっぱり、沙姫さんか。てことは、あの『水虎王刀』が原作より強化された可能性大? ……やめてくれー!)
なにかにつけて健太に、手合わせを強請る狂犬天才剣士の手に、原作より強化された武器が渡ってしまった。健太は内心頭を抱えた。
予想外のこともあったが、ともあれ健太の新装備は無事受け取り終えた。
今日、ここに来たのには、もう一つ用事がある。
「竹海先輩。『それ』を蜜柑先輩達に見てもらいたいのですが、よろしいですか?」
健太がそう言って視線を向けるのは、竹海が腰から下げている一本の洋刀だ。それは、『超越個体』『ゴブリン・レジェンダリー・ヒーロー』からドロップしたマジックアイテムだ。
竹海が日頃愛用している二本の洋刀と比べると、長さも太さも重さも一回り以上上だが、竹海は「絶対に使いこなす」と言って執着している。
『それならば、せめて大きさだけでも使いやすいサイズに直した方が良い」。健太はそう言って、ここ『匠工房』で、『適合』してもらうために、持ってこさせたのだった。
たった今、健太用の『大剣』『小剣』『胸部鎧』を目の当たりにした竹海に、『匠工房』の腕を疑う余地はない。
「ああ、よろしく頼む」
そう言うと、腰の剣帯からその洋刀を取り外し、鞘ごとカウンターに載せる。
『匠工房』の面々は興味津々だ。
「うわああ!」「凄い魔力」「なに、これ? 素材が分からない? 定まってないの?」
見た目は、黒い簡素な鉄鞘に収まった、黒と赤黒が斑になった刀身の曲刀でしかない。
だが、優れた『職人』である『匠工房』は、それが並みのマジックアイテムではないことを一目で見抜く。
中でも、それの真価を最初に見抜いたのは、やはり『鑑定士』の職についている凜子だ。
「ごめん。これ『も』、私たちの手には負えないわ。一応、『工作室』に持ち込んで、チャレンジはしてみるけど、あまり期待しないで欲しいかな」
実のところ、凜子のその言葉は、健太にとって予想外ではなかった。
明らかに格の違った『逸脱個体』からドロップした武装。それに、憑かれたように執着を見せた竹海。そして、その竹海が『職業選択の自由』で見せた、転職可能なGR職『踊る勇者』という可能性。
「ひょっとして、『固有武装』ですか?」
健太の言葉を、凜子は小さく頷いて肯定する。
「うん。『探鉱者の栄光』。銘に『ギア』が付く、正真正銘の『固有武装』かな」
凜子の鑑定結果に、その場はしばし沈黙に支配された。