――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『
そこは、特異なほどに広い玄室だった。
ダンジョンの階層とは、物理的な上下ではない。第一階層の地表を掘っても、第二階層には行けないし、第二階層の天井を破って第一階層にたどり着くこともない。階層ごとに別の世界であり、『
だから、天井が高すぎて上の階層と吹き抜けになってしまう、ということは起こりえない。
だとしても、その玄室の広さ、高さは異様だった。そこは『
『
外見上の特徴は、梟の頭部部分だけ目に染みるほどの赤い色をしていることくらいで、後は通常のオウルベアと変わらない。ただし、そのサイズが異常だ。
通常のオウルベアはおおよそ二メートル強。
対して、この『
十メートルを超えるモンスターが直立してもまだ、天井が遠い高さ。そして、そのモンスターが十分に暴れまわることができるだけの広さが、その玄室にはあった。広さも高さも、一般的な学校の体育館をはるかに超えている。
小さめのドーム球場を彷彿させるその巨大な玄室で、健太は単身、『
「ホ、ホホウ!!」
二階建ての民家の屋根よりも高いところから響くその吠え声は、ノービスならそれだけで失神してしまうくらいの迫力がある。
全長十メートルの巨体は、もはや存在自体が凶器だ。
その正面(『
「《伸びろ》《はああ》!」
そう唱えた健太は、両手で持つ『それ』を大上段から真っすぐ振り下ろす。
「ホッ?」
次の瞬間、10メートルを超える巨体は左右に真っ二つとなり、崩れ落ちた。
「《戻れ》」
真っ二つになった『
部屋の隅に避難させておいた召喚モンスターであるコボルト『
「これは、癖が強いが、強力だな。切れ味も凄い」
健太は、柄の長さを戻した大剣を見つめる。その大剣の刀身部分は、ほぼ黒に近い灰色だ。黒曜石を彷彿させる、艶やかな光沢を放っている。その上、非常に薄い。
そこから、健太が刀身の励起状態を解除すると、刀身は元の姿を取り戻していく。黒に近い灰色は、白に近い灰色に。黒曜石のような艶やかな光沢は、きめの粗い自然石の武骨さに。そして、日本刀のように薄くなっていた刀身は、元通り分厚く。
どうやらこの刀身は、魔力(SP)を注ぐ――励起状態にすると、刀身自体が圧縮されるようだ。膨らんでいる刀身が圧縮されれば、切れ味が増すのは感覚的に理解できる。
理解できないのは、圧縮されて見た目の体積が縮むとなぜか、『重量が増す』という事実だ。
『
「SP的にはまだ余裕があるんだが、今のところ、重量的にはこの辺りが限界だな」
複数の
「想定はしていたが、『
今回、全長十メートルを超える『
健太が言う通り『
『
「さて、どうするか」
健太が思案している間に、忠実な召喚モンスター――ボンドは、いまの戦闘の成果を持って健太の元へとやって来る。
「よし、よくやった。ありがとうな、ボンド」
健太は、ボンドの小さな手から、クリスタルとドロップ品を受け取った健太は、ボンドを褒める。
「オン!」
原作でも、学園内の噂でも、『モンスターカード』にはマスクデータとしてマスターに対する『好感度』のようなものがあると噂されているが、健太はその噂が事実であると、最近はほぼ確信している。
「これは強力なのは間違いないが、使い勝手はあまりよくないな」
『
『
ボンドが拾ってきたそのカードには、見覚えのある梟の頭部だけが赤いオウルベアの精密な絵が描かれている。
『
純粋に戦力として測れば、強力な『モンスターカード』であることは間違いない。カード化したモンスターはレベル1に落ちるため、今健太が倒したそれよりは弱体化しているだろうが、それは育てればよいだけの話である。
しかし、それも戦うことが出来れば、の話だ。全長十メートルのモンスターは、どうしても戦場を選ぶ。
小柄な人間程度のジュゲムや、身長一メートル強のボンドとはまったく勝手が違う。
『
「いや、次の第五階層は確か
それならば、この全長十メートル越えのオウルベアユニーク個体も、頼もしい新戦力となるかもしれない。
だとしても、その力を発揮できる場面が限定的で、悪目立ちする『モンスターカード』だ。
「これは、俺が使うか」
健太は、そう決断する。
ジュゲム、ボンドに続く新「モンスターカード」を増やしても良い頃だとは思っていたのだ。ゴブリンのジュゲムが『
そのため、新戦力の理想は『
攻撃魔法が使える『モンスターカード』を手に入れるまでのつなぎ、もしくはその十メートル級の巨体が必要とされる時用の、特殊戦力と考えればよい。
「ボンド。しばらく戻ってくれ。すぐにまた呼ぶ」
「ワオン!」
ボンドを『モンスターカード』に戻した健太は、再度自分の武装を点検し、体力、残り時間に問題が無いことを確認。
その後、静かな足取りで『第五階層』続く『
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『
一般的に、下の階層に繋がる『
だから、『
では、その『
すなわち、上の階層に繋がる『
上の階層と下の階層で、直接つながる『
基本的に、モンスターは自分のレベルより下の瘴気濃度では、長期間生存が難しい(その例外が、『
そのため、上の階層に繋がる『
無論、モンスターが入った瞬間消滅するほどのものではないので、稀に気まぐれを起こして入って来るモンスターもいるので、油断は禁物だが。
幸いにして、第五階層へとやってきた健太は、特に不幸には遭遇しなかった。
だだっ広い玄室内に、モンスターの陰は見当たらないことを確認した健太は、矢継ぎ早にいくつかのスキルを使用する。
最初に、『
最後の『
『
その後、『
今の健太は、装備を一新している。制服の上から纏うは、白黒の虎革で出来た胸部鎧。手に持つは、伸縮自在の大剣。腰に下げるは、金、木二重属性の小剣。全て、『
流石は、『
「しかし、思っていた以上に全部が広いな。これなら、エロールも呼べそうだ」
健太の言う通り、第五階層は基本的な作りこそ今までと変わらないものの、その全てが大きい。
通路が広い。玄室が広い。そして、入り口が広く、どちらも天井が高い。軽トラサイズと言われる『
正直、これで出入り口が小さければ、「通路から玄室のモンスターに攻撃魔法を飛ばす」という必勝法や、「玄室内で戦って、危なくなったら通路に退避する」という安全性の向上が図れたのが、流石にそこまで上手い話はなかったようだ。
ちなみにエロールというのは、先ほど入手した『モンスターカード』『
まだ、一度も召喚していないので、本人にその名前を告げてはいないが、召喚したあかつきには、ジュゲム、ボンド同様、名前を呼んで大事に育てるつもりだ。
「よし、行くぞ。いつも通り、ボンドは先行して警戒。ジュゲムはその後ろでボンドの護衛。ビッグジャイアントは俺の直衛だ」
「オン!」
「グッ!」
召喚モンスター二匹の元気の良い返事を合図に、健太達は未知なる第五階層の探索を開始した。
その玄室には、三匹の『
『
頭部に生えている角はギラリと光る金属製で、外皮も大部分が光沢のある金属製だ。ただし、関節部分には金属になっておらず、その動きに支障はない。
小回りはあまりきかないようだが、その突進速度は脅威だ。全長は軽トラ程度だが、体重と突進速度は軽トラを大きく超えている。
そんな三頭の『
一瞬の躊躇もない突進は、いっそ小気味が良いほどだ。
「クオォン!」「クオッ!?」「クオックオッ!」
「《伸びろ》《ふん》! ジュゲムは左、ビッグジャイアントは右を相手しろ。ボンドはジュゲムを助けろ」
開幕一閃、伸ばして鋭刃化した大剣の振り下ろしで、真ん中の『
今の一撃を縦の振り下ろしではなく、横の水平薙ぎにすれば、恐らく三頭纏めて葬れたのだが、余裕のあるうちに、ジュゲム達との彼我戦力差を把握しておきたい。
「グィ!」
健太の命令を受けたジュゲムは、落ち着いて『
両手で長い槍を持ち、構えるその姿は、歴戦の戦士のそれだ。百六十センチを超えるジュゲムはゴブリンとしては非常に大柄だが、全長三メートル強の『
ジュゲムは槍を構えたまま、ギリギリまで鎧犀の突進を引き付け、滑るような足取りで横に移動する。
「クオン!」
「ジッ!」
さらに、すれ違い様、鎧犀の後足の関節部分に、槍の穂先を叩きつける。指すのでもなく、切り裂くのでもなく、叩きつけるようにしたのは、下手に刺されば槍ごと自分の体が持っていかれるからだろう。
鎧犀の突進は、威力も速度も脅威だが、方向転換と急停止の能力に難がある。
そのまま駆け抜けている鎧犀の背面に、今度はジュゲムが槍を構えて、突進する。
『
鎧犀が減速して、どうにか立ち止まったところで、後ろ脚の膝の裏に、ジュゲムの槍が突き刺さる。
「クオオ!」
これは深く刺さったのか、鎧犀は悲鳴を上げる。
「ヘッ!」
鎧犀が後ろ足でジュゲムを蹴り上げようとするが、それより先に対角線上の前足の横に回り込んだボンドが、鎧犀の足の間接部分に短剣を突き立てる。
それは、鎧犀にとっては、とげが刺さった程度のものだろう。計上できるほどのダメージはない。だが、意識していないところにとげが刺さって平静でいられる人間が滅多にないように、鎧犀もボンドの攻撃を無視できない。
「クウウ!」
鎧犀がボンドに木を取られている間に、ジュゲムは槍を抜き、立ち位置を後ろ脚の真後ろから、後ろ脚の横側へと変える。
鎧犀は構造上、後ろに足を蹴り上げることは出来るが、横に蹴りを出すことは出来ない。急な方向転換も苦手だ。結果、そこは「ジュゲムにとって鎧犀が近く、鎧犀にとってジュゲムは遠い」間合いになる。
突進は速いが小回りが利かない鎧犀に、まとわりつくジュゲムとボンドを振り払う術はない。
倒しきるまで時間はかかるが、後はワンサイドゲームだった。
一方、もう一頭の鎧犀とビッグジャイアントは、真向から真向から組み合っていた。
「クオオオン!」
と、突進する鎧犀の全長は三メートル強。
どっしりとそれを待ち構えるビッグジャイアントの全高も三メートル強。
鎧犀は金属製の外皮を纏っているのに対し、ビッグジャイアントは全身これ丸ごと金属のゴーレムだ。体重ではビッグジャイアントが負けているが、同じ土俵で勝負ができるくらいには、同サイズと言える。
鼻の先から生えた鋭い角の突撃を、ビッグジャイアントは左腕で受け流し、右ストレートを叩き込む。
「クオオ!?」
トン単位の体重が乗ったビッグジャイアントの右ストレートは、タフな鎧犀にとっても大ダメージだ。
だが、ビッグジャイアントの突進角攻撃を受け流したビッグジャイアントの左腕にも、深い裂傷が刻まれている。
突撃を正面から止められた鎧犀は、そのままそこで足を止め、ブンブンと頭を振って、ビッグジャイアントをその角で攻撃する。
その攻撃は、雑だからこそ攻撃の範囲内にいれば回避は難しい。
ビッグジャイアントはその角攻撃を、太い二本の腕で出来るだけ受け流しながら、隙を見て左右のパンチを繰り出す。
鎧犀の角振りまわしと、ビッグジャイアントのパンチ。どちらも足を止めて、殴り合い。
そのダメージレースは明確にビッグジャイアントが有利だ。
ビッグジャイアントが曲がりなりにも、鎧犀の角攻撃を防御しているのに対し、鎧犀はビッグジャイアントのパンチをすべてまともに食らっている。
しかも、攻撃力自体も、鎧犀の角攻撃よりも、ビッグジャイアントのパンチの方が数段上だ。最初のような突進ならば話は別なのだろうが。
それでも決着が多少長引いたのは、タフさというパラメーターで鎧犀が圧倒していたからだろう。
「クウウ……」
鎧犀が無事撲殺された頃には、ビッグジャイアントは両腕だけでなく、胴体部分にもそれなりの裂傷を負っていた。
一瞬で健太が一頭。しばらくしてビッグジャイアントが一頭。最後に、思い切り時間をかけて、ジュゲムとボンドが一頭。
無事に、三頭の鎧犀を倒したところで、健太は念のため、ジュゲム、ボンド、ビッグジャイアントに『
ビッグジャイアントはかなりの手傷を負っていたが、ジュゲム、ボンドはほぼ無傷だ。無論、これはビッグジャイアントが苦戦、ジュゲムとボンドが楽勝だったことを意味しない。
ジュゲムとボンドは鎧犀を倒すのにかなりの長時間を必要としていたし、無償だったのは一撃でも食らえば、命が危うかったからでもある。
「今後、鎧犀の相手を任せるとすれば、やはりビッグジャイアントか。いや今は、エロールもいるか」
全長三メートル強の鎧犀と比べても、全長十メートル強の『
これくらい広い玄室ならば、巨体のエロールでも普通に戦えるだろう。
と考えていると、ドロップ品を拾いに行かせていたボンドが、向こうから吠え声を上げる。
「オン!」
与えられた仕事に忠実なボンドが、ドロップ品を持ってこずに、声を上げるケースは一つしかない。持ってくることができないドロップ品があった時だ。
ボンドの吠え声の方向に視線を向けると、そこには健太の予想通り、『
「久しぶりだな。ボンド、頼めるか?」
「オン!」
健太の言葉に、コボルト『
ボンドがコボルト『
今のところ失敗はないが、特筆するほどのあたりもない。ほとんどがポーション関係で、それ以外には指輪が一つだけだ。
だが、今回は期待できる。基本的に、『
これまで開けてきた宝箱は、角などを金属で補強した木箱だったが、今回のは全体がキラキラと金色に光る金属製で、いたるところに宝石がちりばめられている。
あいにくと、宝箱もダンジョン生成物であり、開けて中身を取り出した時点で瘴気に返ってしまうのだが、そうでなければこの宝箱自体がひと財産になりそうな豪華さである。
問題は、中身のレア度と宝箱の豪華さは比例するが、もう一つ、トラップ、鍵の難易度も比例しがちだということだ。
「ボンド。無理はするな。危ないようなら諦めろ」
「オン!」
元気に返事を返し、ボンドは宝箱の解錠に取り掛かる。
「…………」
待つことしばし。健太は、ボンドを急かさない様、静かに待ちながら、考えていた。
(やはり、鍵、罠の知識も欲しいな。講義は出られないが、せめて図書館で資料を漁るか)
一般的にダンジョンでの解錠、罠感知、罠外しは、『
しかし、学園でそれ専門の講義を受講して、自分の知識、技術として身に着けることも出来るのだ。講義で知識と技術を身に付ければ、『
『モンスターカード』のボンドの場合、講義で知識、技術を習得すること健太の役目だ。健太の知識、技術がボンドにフィードバックされる、らしい。
罠発動を警戒しながらも、そんなことを考えていると、やがてガチャリとよく響く音を立てて、豪華な宝箱を開いた。
「オン、オン!」
ボンドが得意げに宝箱から取り出したのは、一つの宝石だった。大きさは、ピンポン玉くらいだ。宝箱の大きさから考えると、いかにも小さい。しかし、それが宝箱の豪華さを裏切らないレアものであることは、健太には一目で見て取れた。
「これは、スキル
『
それくらいの、レアアイテムである。
スキル宝珠は、その名の通り、使用者にスキルを永続付与してくるマジックアイテムだ。この宝珠は、真ん中にネコ科の瞳孔のような模様が入ってるところから判断するに、『魔眼』系のスキルが込められていると思われる。
「スキル、魔眼系スキルか。どうするべきか」
健太は、判断に迷う。
宝箱から排出されるスキル
持ち出して、『
ダンジョンから持ち出した時点で、ほぼ無力化すると思って間違いない。だから、購買に持ち込んで『銭』に変えることも出来ない。
パーティーメンバーに『
すなわち、99%を信じてこの場で使うか、1%を危険視してあきらめるか。
慎重派の健太が、あきらめる方向で思考がまとまりつつあったその時、
「オン!」
ボンドが決意の籠った鳴き声を上げる。
「ボンド?」
ボンドは、そのスキル
そのジェスチャーで主人である健太には、ボンドの意思が理解できる。それでも、念のため言葉にして確認する。
「お前が使いたいのか? そのスキル
「オン!」
ボンドは一声吠えて、首肯した。
健太は、考える。
スキル
もちろん、自分自身が強化される方が、もっと良いことは間違いないが、そちらには1%リスクが付きまとう。
ボンドに使わせるならば、リターンは多少減るが、リスクはそれ以上に減少する。
結論は出た。
「良いだろう。ボンド、そのスキル
「オオン!」
健太の言葉に、ボンドは嬉しそうに吠えると、手に持っていたスキル
スキル
やがて、ボンドの手の中でスキル
これでボンドに新たなスキルが宿ったことは間違いない。
「よし、確認するか。ボンド、《戻れ》」
健太の言葉に従い、ボンドは『モンスターカード』に戻る。先ほどまで空白だったカードの中央部に、短剣を構えたコボルト『
同時に、ボンドの今の能力が表記される。
名称:『ボンド』
種族:コボルト
属性:土
階位:10+20+30
能力:『
存在強度:☆☆☆☆
【従順なる土の妖精。その瞳は未来を見る】
「……名前に引きずられたか?」
健太はポツリと呟いた。