※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第五話 前に逃走、後ろにショップ

 

 

 全力で逃亡を図りながら、健太(けんた)は頭の中で思考をめぐらせる。

 

(ここは既知外(きちがい)領域のはずだろう。他のパーティーと同じポイントに飛ばされる可能性なんて、万に一つだぞ)

 

羅城門(らじょうもん)』ダンジョンでは、豊葦原学園がマップを把握している領域を『既知(きち)領域』、把握していない領域を『既知外(きちがい)領域』と呼び、区別している。

 豊葦原学園は、『羅城門(らじょうもん)』ダンジョンを深度で言えば地下三十階まで把握しているが、各階の広さで言えば把握しているのは、太平洋に浮かぶ小島程度に過ぎない。

 原作で、主人公パーティーはあえて『既知外領域』を進んでいるのだが、『文官(オフィサー)』系のスキルである『位置(ロケーション)』で座標を確認したとき、誠一(せいいち)は「既知領域は、地図百枚繋げた先」と言っていた。

 同じだけ東西南北全ての方角に広がっていたとして、その面積は二百×二百の四万倍だ。しかも、その時主人公パーティーがいた場所は、別段『既知外領域』の一番端というわけではない。四万倍という広さでさえ、恐らくは相当な過小評価のはずだ。

 その『既知外領域』に、パーティーごとにランダムで送り込まれるのが、ファーストダイブ。そのファーストダイブで、他のパーティーメンバーとダンジョン内で偶然遭遇する可能性がどれほど小さいかは、容易に想像がつくだろう。

 地面に突き立てた針の上に目を瞑ってもう一本針を落としたら、二本目の針が一本目の針の上に直立するくらいの奇跡だ。

 

(ということは、これは偶然ではない。何者かが意図した結果。第一候補は俺をここに送り込んだ上位存在だな)

 

戦士の不動心(マインドスイッチ)』を入れっぱなしの健太の精神状態は、平静そのものだ。だから、スキルまで使った全力での逃走中の今も、思考に曇りはない。だが、精神的な動揺がないからといって、ミスが起こらないかと言えば、そんなことはない。知力、情報収集能力、判断力。そうした能力が低ければ、純粋な能力不足から間違った選択肢を選んでしまうことはある。

 

「しまった」

 

 全速力で逃亡を続けていた健太は、自分が進んでいる通路がこの先で行き止まりになっていることを知り、急停止した。素早く振り返るが、すでに時遅し。

 距離は随分と開いていたが、人影は真っすぐこちらに向かってくるのが見える。逃げ場は、ない。一本道の行き止まりに、健太(けんた)叶馬(とうま)に追い込まれていた。

 

「……『空歩(ステップ)』で、なんとか頭上を躱すしかないか」

 

 覚悟を決めた健太は、足を止めて人影――叶馬を待つ。健太の原作知識が正しければ、今の叶馬は強力な呪いアイテムである『黄泉衣(ヨミゴロモ)』に汚染されて、自我が大幅に侵食されている状態のはずだ。

 両腕と上半身にぴったりと張り付いた黒い布が、その『黄泉衣』だろう。叶馬の現状が、健太の知る原作知識通りの状態であることは間違いなさそうだ。

 退路がない健太は、一縷の望みを託し、近づく叶馬に大きな声で話しかける。

 

叶馬(とうま)、俺はモンスターじゃない! クラスメイトの健太だ。俺は敵じゃない!」

 

「…………」

 

 人影――叶馬の反応はなかった。返事がないだけでなく、その歩みに一瞬の揺らぎすら生じない。

 やはり無駄か。原作ではこの状態でも、「自我を保っている」と言われていたので、もしかしたらと思ったのだが、どうやら無駄のようだ。

 やはり、何とかして頭上を飛び越えて、逃げるしかないか。

 幸い、今の叶馬の攻撃手段は両拳による正拳突きだけだ。正拳突きの射程ギリギリから飛び上がり、空中で『空歩(ステップ)』を踏んで、叶馬の頭上を飛び越えて脱出する。『盗賊(シーフ)』のレベルも上がった今の健太の身軽さならば、不可能な動きではないはずだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無造作に距離を詰める叶馬。不動を保つ健太。

 薄暗いダンジョンの通路でも、お互いの顔が認識でいるくらいの距離まで、近づく。……後三歩、二歩、一歩。

 

 今だ。ベストのタイミングで健太はその場で垂直に跳び上がり、空中で『空歩(ステップ)』を踏み、一気に『真後ろ』へ跳んだ。

 

「ちっ……」

 

 行き止まりの壁に背中をこする様にして着地した健太は、小さく一つ舌打ちをする。

 言うまでもなく、脱出は失敗だ。

 最初の跳躍は、間違いなくベストのタイミングだった。

 叶馬が踏み込み右正拳突きを放つ一瞬前に跳びあがることで、見事その一撃をすかした。しかし残念ながら、健太が空中で『空歩(ステップ)』を踏むより、叶馬の左正拳が斜め上に突き上げられる方が速かった。

 健太が当初の予定通り、叶馬の頭上を跳び越えるように前へ跳んでいたら、間違いなく叶馬の左拳は健太の体の一部――恐らくは足――を捉えていただろう。後ろに逃げた一瞬の判断が、健太の命を救った。

 

「流石は原作主人公。この時点ですでに人間離れしてるな」

 

 あまりに理不尽な反応速度に、健太は『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしていてなお、悪態を漏らす。

 今の叶馬は、『黄泉衣(ヨミゴロモ)』をその身にまとっている。『黄泉衣(ヨミゴロモ)』は、自我を侵食する危険なアイテムだが、極めて強力なマジックアイテムでもある。

 今の叶馬は、ばかげて広いこのダンジョンの既知外領域の全モンスターを把握できるほどに、知覚が強化されている。目の前に立つ健太の動きなど、未来予知に近いレベルで把握できていても、不思議はない。

 

「まずいな。逃げられない以上倒すしかないのか? でも、倒せるとは思えないし、倒したら話が詰むぞ」

 

 逃亡はベストのタイミングでも失敗した。彼我の戦闘力を比べれば、戦って勝てる可能性は極めて低い。その上、相手は原作でいくつもの危機をブチ破っている主人公だ。原作では叶馬の活躍がなければ、最低でも豊葦原学園が、最悪では世界そのものが終わっていた可能性がある。つまり、奇跡的に勝利できたとしても、ここで叶馬を死に戻りさせてしまうと、その先詰む可能性が高い。

 まさにお手本のような八方ふさがり。

 それでも恐慌をきたさず、最善を求めて思考を巡らせることができるのは、流石は『戦士の不動心(マインドスイッチ)』の効果だ。まさにチートな能力と言える。

 

 絶体絶命の状況でも、心を揺らさない健太は、思考を止めない。この状況を打破する何かを求めて。

 置かれている状況。自分の能力。推測される今の叶馬の能力と状態。そして、原作の知識。

 一定の速度で近づく叶馬の正拳突きの射程内に入ってしまうまでがタイムリミット。冷静に思考を巡らせる健太は、タイムリミットの前にどうにか一つの可能性に思い至る。この期に及んで、躊躇している余裕はない。

 

船坂(ふなさか)叶馬(とうま)! 自我を取り戻せ!」

 

 豊葦原学園では、真名(フルネーム)を名乗ってはいけない。教えてはいけない。知っていても口にしてはいけない。真名には呪術的な力があるから。だから、あえて健太は叶馬のフルネームを呼んだ。フルネームを呼び、命じた。自我を取り戻せ、と。

 もちろん、健太に呪術に関する知識も技術もない。だから、その現象が起こったのは、99.9パーセント叶馬の精神の強靭さによるものだ。健太の「真名に訴える呼びかけ」という呪術とも言えない行為は、精々0.1パーセント程度。

 だが、その0.1パーセントがあったから起こりえた現象であることも間違いのない事実だった。

 

「…………なんだ、ここは?」

 

 正気を取り戻したのだろう。叶馬の口から、平坦な声が漏れる。

 その言葉が無ければ、正直正気を取り戻しているとは思えないくらいに変化に乏しい。

 自我を失っていた間は当然無表情だったが、今も全く変わらぬ無表情だ。『黄泉衣(ヨミゴロモ)』で覆われた両拳を胸の前に構えたファイティングポーズも全く崩していないため、正直健太には、先ほどまでと危険度が変わらないように思える。

 

「ここは『羅城門(らじょうもん)』ダンジョンだ。俺たち一年(ひのえ)組は、今日『羅城門(らじょうもん)』ダンジョンに最初のダイブを敢行した。覚えているか?」

 

 対応する健太も『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしているため、表情も声色も大して感情が滲まない。一見すると、叶馬と変わらないくらいの図太さに映るかもしれない。その実態は、チート能力の下駄を履いただけの、ヘタレオタクなのだが。

 そんな健太の冷静な指摘に、叶馬は相変わらず無表情のまま、

 

「それは覚えている。そうではなく、ここはなんなのだ?」

 

 そう言って、無表情のまま視線を健太の後ろに向ける。健太の後ろは、行き止まりだ。

 そのはずなのだ。それを確認しようと、後ろを振り向いた健太の視界に飛び込んできたのは行き止まりの壁ではなく、場違いなノボリ旗と、多種多様な商品を陳列したカウンター。そして、カウンターの向こうでキセルを吹かせる着物姿の耳の長い美女。

 

「『万屋(よろずや)アイテムショップ』」

 

 ダンジョンショップとも呼ばれる、『羅城門(らじょうもん)』ダンジョン七不思議のひとつに数えられるそれの名前が、健太の口からこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 叶馬が最初のダンジョンダイブでダンジョンショップに遭遇するというのは、原作の流れである。

 だが、叶馬だけでなく、健太が同行していることで、ダンジョンショップの主である耳の長い美女の対応は、健太の記憶にある原作のそれとは若干異なっていた。

 

「はぁい、こんにちはぁ。久しぶりのお客様がお二人も。そちらのお客さんは、そんな状態でも自我を保ってらっしゃるんやね。びっくりやけど、そっちのお客さんに感謝せなあかへんよ。そっちのお客さんが言霊で助けてくださってるから、今の状態なんよ。まあ、ほんのちょっとやけど。そのほんのちょっとがなかったら自我がもってなかったからね」

 

 ダンジョンショップの店主はそう言って嫣然と笑う。

 ダンジョンショップ。それは、豊葦原学園に伝わる『羅城門(らじょうもん)』ダンジョン七不思議のひとつだ。

羅城門(らじょうもん)』ダンジョンの中を移動し続ける謎の店。そこでは対価さえ支払えば、手に入らないものはない、という。

 

「然様ですか」

 

 叶馬は、相変わらず無表情のまま、淡々とした口調で対応する。新入生である叶馬はダンジョン七不思議を知らなくてもおかしくはないが、この明らかに場違いなダンジョン内の店舗を前に、いつもの調子を全く崩さないのは、間違いなく常人ではない。

 

「然様ですう。ふふふ、軍人さんかお侍さんみたいな口調やねえ。お客さん、その『黄泉衣(ヨミゴロモ)』どこでお拾いなさったん?」

 

 そうして、ダンジョンショップの店主と叶馬は、健太を置き去りにして二人で話を続けていく。

 主に話すのは、ダンジョンショップの店主で、叶馬は短く相槌を打つだけだが。

 

 店主が、叶馬の両腕と上半身に張り付いていた『黄泉衣(ヨミゴロモ)』の危険性を説きながら、取り外す。

 それまで『黄泉衣』で大幅に底上げされていた能力が一気に元に戻ったショックで、叶馬はフラリと倒れそうになる。

 

「大丈夫か」

 

「ああ、すまん」

 

 とっさに健太は叶馬の肩を抱き、助けた。無論、それはほんの一瞬で、すぐに叶馬は自力で立てるようになったので、健太はすぐに手を放す。

 だが、その一瞬の接触でも、叶馬の体が常人離れした鍛えられ方をしていることが分かった。みっちりと詰まった、固さと弾力性を併せ持つ感触。健太のふにゃふにゃの体とは、本当に同じ物質で出来ているのか、疑いたくなるほど違う。これで叶馬は自称「インドア派」なのだから、一般人とどれくらいズレているかが分かるというものだ。

 

 健太がそんなことを考えている間にも、叶馬と店主の話は続く。

 店主曰く「『黄泉衣』は神の破片だから人間が使うと汚染される。他のアイテムと交換しないか?」

 その提案に叶馬は間髪入れずに了承。

 店主は神剣『天之尾羽張(あまのおはばり)』だの十億ボルトの雷撃が放てる『雷切(らいきり)』だの、「それはひょっとして『黄泉衣』とは違う意味で、同じくらい危険なアイテムでは?」という交換を申し出、叶馬に却下されていた。

 意外と叶馬はこういうところでは、常識を発揮する。すべてが非常識ではないところが、「あれ? ひょっとしてコイツ意外と話せる?」と期待をもさせてしまう分、逆に厄介でもあるのだが。

 叶馬が「そこまで強力でも危なくもない、ちょっと便利程度の物はないのか?」と提案するが、店主は『商売の(ことわり)に縛られている精霊』のため、取引は等価であるという原則に反することができないらしい。そのため『黄泉衣』と同格のものである必要があるという。

 仮にも神の破片である『黄泉衣』と釣り合うものとなると、どうしてもとんでもアイテムになってしまう。

 結局、叶馬はアイテムではなく、二つのスキルを『黄泉衣』の代価として受け取った。

 

空間収納(アイテムボックス)』と『情報閲覧(インターフェース)』。

 

 店主曰く。「ダンジョン内で新しく生まれたばかりの概念スキル」だそうだ。

 漂流するダンジョンショップに括られている店主は、暇つぶしを探している間に見つけたウェブ小説にドはまりしているらしく(店の奥にLANケーブルに接続された結構最新型っぽいPCが見える)、べらべらと『空間収納』と『情報閲覧』のすばらしさを説明している。

 どうもその説明によると、ウェブ小説で一般的な『アイテムボックス』や『ステータスオープン』の能力とは一線を画する化け物スキルになっている。

 

 そうした一連の流れに、健太は内心で安堵していた。

 大筋においては、原作通りの流れだ。叶馬が無事『空間収納(アイテムボックス)』と『情報閲覧(インターフェース)』のスキルを会得したのは大きい。この先、この二つのスキルが無ければ、さしもの叶馬と言えども詰む場面がいくつもあるのだ。

 実際、原作では叶馬が『空間収納』のスキルを所有していない世界について少し描かれていたが、思い切り鬱展開になっていた。描写されたのは僅かだが、恐らくはバッドエンドになる世界線だろう。そのような歓迎しかねる世界線に入り込む可能性が、これで一つ潰れたのだ。健太としても喜ばしいことである。

 と同時に、健太はおぼろげにだが、この世界がどのような世界で、上位存在は自分を何のためにこの世界に送り込んだのか、見えてきた気がした。正直、当たっていたら健太の人生は『平穏無事』という言葉と無縁になること確定なので、是非外れていて欲しい予想だ。

 

 叶馬の両手を店主が両手の指で軽く叩き、無事『空間収納』と『情報閲覧』のスキルが叶馬にインストールされるまでを、健太は完全に傍観者の気分で見ていた。

 叶馬の両拳は『黄泉醜女(よもつしこめ)』を撲殺した時に、両方とも原型をとどめないほどに複雑骨折していたはずなのだが、今はすっかり治っている。ただし、完全に元通り、とは言えない。左手は元通りだが、右手は手のひらから手の甲に突き抜けるように、薄桜色のクリスタルが同化してしまっている。

 それは、生きている人間がこのダンジョン内で死んだときに落とす『魂魄結晶(ソルデバイス)』だ。

 一度でも死に戻りを経験すると、寿命が極端に縮み、子供を作る能力が失われる、というは実のところ正確ではない。正確に言えば、この『魂魄結晶(ソルデバイス)』を失うと、そうなるのだ。原作通りならば、叶馬達は、叶馬以外の三人が死亡し、一人生き残った叶馬は、誠一(せいいち)麻衣(まい)の魂魄結晶を制服のポケットに入れ、静香(しずか)の魂魄結晶を右手に持ったままダンジョン内を索敵、殲滅し続けていた。

 だから、原作通りならば、叶馬の右手のひらに同化した魂魄結晶は静香のもののはずだが、この世界でもその通りだとは限らない。麻衣の可能性もあるし、誠一の可能性もある。百歩譲って麻衣ならば良いが、誠一の魂魄結晶ではないことを願わずにはいられない。なにせ、魂魄結晶はその字の通り、その人間の魂魄の一部なのだ。これが同化することで、原作の静香は叶馬に身も心も捧げる眷属と化していた。静香の立場に誠一がなっても、喜ぶのは一部の腐っている御婦人方だけだ。

 

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