『羅城門』の閉門時間は、ダンジョンからログアウトしてくる人間で大混雑となる。
『脱出』のスキルが使えるソロの『遊び人』と、全員分の帰還珠を購入できるトップ層を覗き、ログインしている全員がこの時間にログアウトするのだから当たり前と言えば当たり前の話だ。
だから、約束をしていない知り合いを探すときの格好のポイントでもある。
その相手が「今日ダイブしている」と分かっているなら、閉門時間に待っていれば目当ての人間に会える。
この時期、一年は無線機器が一切使えない――つまりスマホがない学園の生活にまだ慣れていない。そのため、つい漠然とした約束をしてしまい、後日途方に暮れるということをやらかす。
具体的に言えば、「今度の日曜、学生街ぶらつこうぜ」「おう、分かった」とだけ約束して当日を迎える。
「どこで」「いつ頃」待ち合わせをする、という具体例が決まっていないので、お互い相手の寮に向ってすれ違ってしまったり、逆にお互い相手が来ることを期待して寮から動かなかったり、お互い勝手に学生街に出てしまって合流までひどく時間かかったりということが、この時期の一年は結構やらかすらしい。
当日その場についてからでも、「おい、お前今どころだ?」と連絡が取れるスマホを全員が持っていることに慣れ過ぎてた弊害なのだろう。もちろん、半年もすれば慣れる話で大した問題ではない。
ともあれ、スマホのような小型通信機器が使用不可能な学園内で約束をしていない相手に会いたければ、相手がいる場所いる時間で待ち伏せするのが一番間違いがない。
『羅生門』閉門時間のダンジョンから続く通路は、そうした待ち伏せにもよく使われていた。
ダンジョンダイブを終えた健太は、『羅城門』がある地下空洞から地上に出た広場、通称『臨時広場』で声を掛けられる。
「健太さんっ」
すでに全装備はロッカーに預け、『戦士の不動心』もオフにしていた健太はその聞き覚えのある声を聴き、反射的に『戦士の不動心』をオンにする。
「来斗か」
この時間帯、『羅城門』から繋がる動線上は通行量が多い。健太は、人の流れから外れて声をかけ人物――来斗の方へ歩み寄る。
健太の倶楽部に入部が内定している、(健太を含め)三人の一年男子の一人。
この三人には、全員「陰キャオタク系」という共通点があるのだが、外見上で一番そのイメージが強いのが彼、来斗だろう。
小柄で華奢だが、目が大きくまつ毛が長い可愛い系の整った顔をしている尚典。同世代日本人男子の平均値と誤差一%以内な身長、体重、没個性フェイスが特徴?な健太。
それと比べると、小太りな来斗は世間一般がイメージするオタク男子のイメージに一番近い。
「うん、健太さん。ちょっと相談したいんだけど良いかな?」
明らかにビビりながら、それでも引けない決意がこもった声でそう言う。
「構わないが、その相談とは『隣の彼女』が関係しているのか?」
健太はそう言うと、先ほどからずっと来斗の腕に抱き着いていた少女に視線を向ける。
「う、うん、そうなんだ。実は、彼女とパートナー契約を結んで、そのことで」
緊張から来斗がしどろもどろになると、少女はおびえたように殊更強く来斗の腕を抱きしめる。
来斗のパートナー。それは健太にとっても完全な他人ではない。
元々、健太は自分の倶楽部の男子メンバーには、一人一枠ずつパートナー枠を設けるという方針を伝えている(部長である健太は例外)。
健太は自分のパートナーを他の男に抱かせるつもりはないし、この学園のダンジョンダイブでセックスの相手がいないまま過ごすというのは非現実的だからだ。
ただ、来斗も尚典も典型的なコミュ力と積極性に難がある陰キャタイプだ。自分でパートナーを見つけて来ることは難しいだろう。そう思っていたところにこの報告である。
(『戦士の不動心』がオンになっていなければ、来斗に敗北感を抱いてたな)
健太は冷静に自分をそう分析する。
健太は蘭と竹海というびっくりするほどの美人が二人もパートナーになってくれているが、それは百パーセント向こうがお膳立てをしてくれたのであって、自力でパートナーを獲得したわけではない、と思っている。
そんな自分の同類だ思っていた来斗が、「自力でパートナーを連れてきた」というのはかなり予想外だった。
全く想定外の出来事だが、これは早めに解決すべき事態だ。しかし、自分一人では手に余る事態でもある。『戦士の不動心』がオンになっている健太は、冷静に「人に頼るしかない」という決断を下す。
「分かった。詳しい話は白鶴荘で聞こう。そっちの彼女もそれで良いか?」
来斗から健太について話を聞いているのか、それとも今の『戦士の不動心』がオンになっている健太にそれなりの迫力があるのか。
健太の視線を受けた少女はビクリと体を震わせ、横幅のある来斗の陰に隠れようにしながらこくんと小さく首肯する。
「うん、いや、はい。大丈夫だ、です」
「分かった。二人とも夕食はまだだな? 白鶴荘の食堂で食べながら話を聞く」
そう宣告すると、健太は二人を先導するのように歩き始めた。
元々健太の今日の予定は、いつも通り碧鷺荘の自室に一度戻り、シャワー、歯磨き等を済ませ、蘭が待つ白鶴荘に向かうことになっていた。
だが、来斗のパートナー問題に対応する必要性を理解した健太は、その予定を変更する。
幸い、ルームメイトで倶楽部入り内定者の一人である尚典が部屋にいたため、話し合いへの参加を要請したところ、快く引き受けてくれたので、男二人で白鶴荘へとやって来る。
いつもより早めの到着は、白鶴荘の『姉妹』に話を通して、来斗と来斗のパートナーの立ち入り許可をもらうためだ。
来斗はこれまでに何度か、烏琉羽の『客』として白鶴荘に泊まったことがあるが、今回はちょっと勝手が違う。
女子寮の男子の立ち入りは原則、寮生のパートナーに限られており、そうでない場合、寮生の誰かが招き入れる形をとる必要がある。その辺りをなあなあにすると、すぐに達の悪い男子集団の食い物にされてしまう。
そんな紆余曲折もあった上で、エントリークラスの女子寮である白鶴荘の食堂の一角には、三人の男子と四人の女子、合わせて七人の男女が顔を合わせていた。
男子三人は言うまでもあるまい。健太、尚典、来斗の三人。女子四人は、蘭、竹海、烏琉羽、そしてまだ名前を聞いていない来斗のパートナーである。
わざわざ白鶴荘を話し合いの場に選んだのは、先輩女子である蘭の知恵を借りたかったからだ。烏琉羽がそこに加わってくれたのも僥倖だ。学園の男女の関係に関して、彼女ほど頼れるアドバイザーは中々いない。元々烏琉羽はここ白鶴荘の寮生なので、いるのも可笑しくはない(ファンが多い『娼婦』なのでいないことも珍しくはないのだが)。
だが、竹海がこの場にいることがちょっと理解できない健太である。
竹海は白鶴荘の寮生ではない。健太の今夜の相手という話も聞いていない。それなのになぜ、この時間に竹海が白鶴荘にいるのか? 竹海の存在に蘭も烏琉羽も意外そうな顔をしていないのだから、大方そのどちらかが「サプライズ」をやろうとしていたのだろうが、今は追求する場面ではない。
とりあえず、エビと貝のシーフードパイをメインとした本日の夕食を一通り食べ終えたところで、この場を設けた責任者として健太が最初に口を開く。
「それでは、食事中の会話ですでに皆知っていると思うが、再度自己紹介をしてもらえるか、実咲さん」
食後と言うことで改めて『戦士の不動心』をオンにした健太の冷静な声に、少女――実咲は椅子から立ち上がると、緊張した面持ちで口を開く。
「一年辛組、実咲です。この度、来斗……君のパートナーになりました。来斗君が所属する予定の倶楽部に私も入れて下さい。お願いします」
そう言い終えると、実咲は体を二つに折る様にして大きく頭を下げた。その拍子に、強くウェブのかかった銀褐色のポニーテールが揺れる。
改めて要件をはっきりとした言葉で聞いた健太は、まず大前提として答える。
「実咲さんの要望は理解した。俺の作る倶楽部では、原則男子部員は全員最低一枠ずつパートナー枠を持つ予定だ。だから、来斗が実咲さんが良いと言い、実咲さんが入部を希望した時点で、半ば実咲さんの入部は決定している。ただ、流石にどんな事情があるどんな人でも歓迎、とは言えない。これはその為の確認作業だと思ってくれ」
要約すれば「自分たちの手に負えないレベルの厄ネタ」の持ち主でない限りは、実咲の入部を拒否することはないと伝える。
健太が「どんな事情がある人でも歓迎、とは言えない」と言ったところで、実咲は一瞬目を泳がせた。
それだけで、「何か事情がある」ことが分かる。ただ、その事情がどの程度の重さなのか分からなければ、拒否も出来ない。この学園で何の裏事情も抱えてない女子など、少数派だ。
Bランク倶楽部から捨てられた蘭はともかく、Bランク倶楽部を自主的に出て来た竹海だって見ようによっては「事情=面倒ごとの種を抱えている」と言える。
対処可能な事情持ちまで排除していては、いつまでたっても倶楽部員の確保できない。
「そもそも、どんな経緯で実咲さんは来斗のパートナーになった? 簡単で良いから経緯を聴かせてくれ」
言いながら健太は改めて、実咲という少女を観察する。
まず目が行くのは、銀褐色に染められた髪だ。強いウェブがかかったその銀褐色の髪を高い位置でポニーテールにしている。
厚めの唇には強い赤のルージュ。目の周りは付けまつ毛などで随分と手を入れている。
背は特筆するほど大きくなく、小さくもなく。
胸は平均よりはある方だろう。烏琉羽よりはワンサイズ上。蘭や竹海とは比べるべくもない。
一言で言い表せばギャルだ。麻衣や風音が「ギャルっぽい」とすれば、実咲は一目見て「ギャル」と呼ぶことにためらいを覚えないほどにギャルである。
詳しい人間が見れば、「一昔前のギャル」と言うかもしれない。「これで肌が黒かったら二昔前だ」とも。
ともあれそんなギャルそのものな実咲とオタクそのものな来斗がパートナーと聞くと、つい「オタクに優しいギャル」を連想してしまうのはたとえ「戦士の不動心』がオンになっていても、健太の本質は変わらないからだろう。
もっとも、今の実咲と来斗の関係は「オタクに優しいギャル」というより「オタクに縋りつくギャル」と言った方が正しそうだが。
実際来斗にも、パートナーとなった以上実咲を守るという意識が生じているのか、らしくもなく率先して口を開く。
「ええと、最初のきっかけは実咲が俺を誘ってくれて二人でダンジョンダイブをしたことかな。その時のことを俺は覚えてないんだけど、結構頑張ったらしくて終わった後に、実咲が「パートナーにして」って言ってきて」
そう言って来斗は照れたようにだらしのない笑みを浮かべる。
だが、そんな笑みについて言及するような暇はない。今の来斗の説明には、聞き逃せないポイントがあった。
「ちょっと待て。覚えていないということは、来斗。お前死んだな? それで覚えているということは、実咲さんは死んでいない。これは間違いないか。ああ、ついでに差し支えなかったら教えてくれ。実咲さん、レベルは? 転職はまだ?」
「あ、うん。来斗は自分が死んでも私を守ってくれたんだ。転職はまだ。生徒手帳だと一応「ノービス2」、です」
そう言う実咲の表情は本当に来斗に感謝しているように見える。健太の目には、実咲が嘘をついているようには見えないが、健太は自分が観察眼に優れているとは全く思っていないので、あまり意味はない。
ともあれ、その言葉が事実だとすれば、色々とおかしな話になる。
「まだノービスの実咲さんと二人だけのダイブなら、『既知』領域の地下一階か?」
「うん」
「そうだ、です」
来斗と実咲の二人から肯定の返事が返ってきたことで、健太の疑念は方向性が一つに定まる。
『既知』領域の地下一階ならば、来斗がモンスターに殺される可能性はないと言い切っても良い。
あくまで健太の目安だが、今の来斗はそろそろ第二段階職が見えてきてもおかしくはない、くらいまでレベルが上がっている。恐らくは『殴打士』が15レベル以上にはなっている。
レベル1のコボルトとゴブリンが単独でしか出没しない『既知』領域第一階層で、今の来斗が死ぬどころか怪我をすることもほぼあり得ない。
となると、来斗の死因はモンスター以外となる。
「それなら、来斗は『他パーティー』に殺られたな」
断定する健太が視線を向けるのは、来斗ではなく実咲だ。死んでいる来斗に聞いても、死因は分からない。
健太の視線に実咲は気圧されたように首肯する。
「う、うん」
「それで、実咲さんは生き延びることが出来た。来斗が死んでいるのに?」
10レベルを超える第一段階戦闘職が死んでいるのに、ノービスの少女が生き延びているという状況は確かに不自然だ。
その自覚はあるのだろう。実咲は必死に言い募る。
「それは、来斗が守ってくれたから! あいつらは六人もいたのに、一人で四人も倒して、残り二人も深手を負って逃げて。でも来斗も怪我をして、血が止まらなくて、それでもその後も来斗が一人でゴブリンを倒してくれで、でも、最後まで持たないでし、死んじゃって……」
その震えて支離滅裂になりかかっている言葉と、涙でアイシャドウが溶けて滲んでいる表情が演技なのだとしても、見抜ける男は相当な恋愛強者だけだろう。もちろん、この場にいる三人の男――健太、尚典、来斗では全く見抜けない。
となれば頼みの綱は先輩女子達である。
健太の視線を受けた、蘭、烏琉羽、竹海の三人は視線でお互いの意思を確認した後、代表するように烏琉羽が口を開く。
「大変でしたね、実咲さん。でも、こう言ってはなんですけどそれは凄い幸運ですよ。その場面で来斗さんのように実咲さんの境遇から『助け出して』くださる男子は、本当に少ないですから」
烏琉羽の言葉に、実咲は強く同意を示す。
「うん。だから、この記憶は絶対忘れたら駄目だって思って、来斗がし、死んじゃった後、必死で逃げたんだ」
この時期の一年男子ならば、まだ女子の前で格好つけようと考えている者も多いが、いざ殺し合いの場に遭遇した時、それを実行できる者は少ない。さらに、実際に守り切る力も併せ持っているとなると、皆無に等しい。
烏琉羽は実咲を安心させるように、何度も頷き同意を示しながら、
「新人狩りをやるのは、エンジョイ勢でも最下層のFランク倶楽部の人たちが主ですが、それでもこの時期の一年が一人で撃退というのは、凄いことですよ」
そう言って、来斗を褒め称える。
「いやあ、そう言われても実感がないから」
と謙遜しながらも、来斗の表情は健太が見てもわかるくらいににやけている。誰に褒められてもここまでは嬉しそうにはすまい。他ならぬ烏琉羽に褒められているから、これほど嬉しそうなのだと分かる。
それはパートナーとなった実咲を焦らせるには十分な表情だ。
そこに畳み掛けるように、これまでずっと沈黙を保っていた竹海が口を開く。
「十分に誇るべきだよ、来斗君。しかし、懸念もある。聞けば四人は仕留めたけれど二人は撃退、つまり逃げたのだろう? それなら、その二人は来斗君のことも覚えているわけだ。理不尽な逆恨みをされると厄介だね。こちらに、火の粉が飛んでこないとも限らない」
あえて神妙な顔でそう言う竹海に、蘭も同意を示す。
「そうね。ただ、その場合覚えているとしても、執着するのは来斗くんではなくて実咲さんだと思うわ。新人狩りをやるような倶楽部は、殺り損ねた男子より、犯りそこねた女子に拘るから」
明け透けな上級生女子の言葉に、来斗と実咲は顔色を悪くする。特に、実咲だ。
今の竹海と蘭の言葉を要約すれば、「厄介な倶楽部と揉める火種を持ち込む女子を仲間に入れる必要ある?」になるのだから。
すでに書類上は来斗のパートナーになっている、というのは何の安心材料にもならない。パートナー契約は結ぶには男女の同意が必要だが、破棄は男子の独断で出来るのだ(逆に、女子がパートナーをやめたくても男子が逃がしてくれない限り、やめることも出来ない)。
「あ、でも、わ、私は……」
顔色を失う実咲に、烏琉羽が助け舟に聞こえる言葉を囁く。
「実咲さん。何か覚えていませんか? 相手が特定できれば、危険のある相手かどうか、判断がつくのですが。顔、名前、主だった職、学年。なんでも良いです。覚えていることは何かありませんか?」
そんな烏琉羽の言葉に、実咲は反射的に縋りつく。
「さ、三年が二人で後は二年です! 職は、中心の一人だけが『戦士』系であとは『遊び人』系で……!」
とても詳しい説明を烏琉羽はうんうんと頷きながら聞いていた。同時に、電子生徒手帳で既存倶楽部の欄を検索すると、いくつかの倶楽部の名前を上げる。
「その条件に当てはまるのは、このうちのどれかですね。いずれもFランク倶楽部ですから、問題はないでしょう」
きっぱりと言い切る烏琉羽の言葉に、来斗と実咲は揃って安堵の表情を浮かべた。
「すみません、烏琉羽先輩。Fランク倶楽部だと問題にならないのですか? それはFランク倶楽部は弱いから、ですか?」
小さく手を上げて、今日初めてそう発言したのは、尚典だ。
烏琉羽は小さく頷き、答える。
「はい。根本的にはそれで間違いありません。
この学園には残念ながら質の悪い倶楽部というのが多数存在するのですが、その大半が「自分より弱い者を食い物にする」「自分達より強い奴からは距離を取る」という方針で動いているのです。
その場合二人逃がした――負けた記憶を持っている者が二人いる――というのが良い方向に働きます。来斗さんのことを「自分達より強い者」と認識して、距離を取ろうとしますから。もちろん、来斗さんのパートナーである実咲さんにも近づかなくなりますよ」
途端に来斗の顔には安どの色が、実咲の顔には何かから解放されたような今日一番の笑顔が浮かぶ。
「マジで!?」
これまでも敬語が怪しかった――率直に言えば使えていなかった実咲が、「敬語を使おう」という意識さえ吹き飛ばして身を乗り出す。
「ええ、間違いありません。良かったですね、実咲さん。これでその人たちから『解放』されますよ」
「あ、あ、あ、あああああ……!」
柔らかな笑顔と口調で断言する烏琉羽の言葉に、実咲は感極まって泣き崩れた。
化粧の濃い女子、特に目元の化粧に力を入れている女子が泣くと後が大変だ。
泣き終えて、自分の顔がとんでもないことになっていることに気づいた実咲は、どうしていいか分からずにオロオロしている来斗に鼻にかかった汚い声で「来斗は見ないで」と言う。尚更、来斗はどうして良いか分からない。
幸いだったのは、この場に女子の先輩が三人もいた事だろう。
蘭、竹海、烏琉羽の三人はあえて実咲を泣き止ませようとはしなかった。
蘭が食堂にいる他の寮生達に簡単な説明をして誤解が生じないようにし、竹海が実咲の隣に座ってその肩を抱き、烏琉羽がどこからか取り出したフェイスタオルやティッシュ、メイク落としなどで崩れたメイクを落としてやる。
ほぼすっぴんになった実咲がどうにか落ち着いたところで、烏琉羽が優しい口調のまま話しかける。
「大体落ちましたけど、首を伝わって服の中まで涙が行ってますね。後はシャワーで流しましょう」
そう言って、烏琉羽は実咲に立ち上がる様に促す。
「え?」
泣くだけ泣いてすっきりした顔の実咲は少し躊躇して見せるが、耳元に口を寄せた烏琉羽が二言、三言何か呟くと、一瞬来斗の方を見て何か決意を固め、首肯する。
「それでは蘭。後はお願いします」
「ええ、行ってらっしゃい」
烏琉羽に連れられて実咲が離席したところで、蘭が口を開く。
「では、来斗君。用意をしてください」
「え、用意、ですか?」
状況が分からずに挙動不審になる来斗に、蘭が少し笑うと、
「シャワーを浴びた実咲さんは、今夜烏琉羽の部屋に泊まります。来斗君も烏琉羽の部屋に行ってあげて」
「え、え? ええ、それって!」
言われていることを理解した来斗は、目を白黒させる。
「この学園では、書類に名前を書いただけではパートナーとは認識されないよ。ちゃんと、君のチ●ポで『上書き』してやらないと」
それがパートナーの義務だ、と竹海はニヤリと笑って今日初めて会った一年男子をけしかける。
来斗と実咲は学園に書類を提出して、正式にパートナー契約を結んでいるが、セックスにはまだ至っていない。
来斗の男子寮に連れ込めば、実咲が先輩達に掻っ攫われるのがオチだし、実咲の女子寮の部屋は当然二人部屋だ。来斗を連れ込むためにルームメイトに話を付けられるほど、実咲はルームメイトと仲が良くない。
学園内には、暗黙の了解のセックス専用便所を始めとした青姦スポットが多々存在するのだが、来斗はまだそれらを知らないし、知っていたところで使えないだろう。
誰に見られるか分からない外でのプレイが平気になるには、もっと学園の空気に馴染む必要がある。
乱暴な話だが、竹海の言うことは事実である。ダンジョンダイブで高まる性欲と精力。そして、男女の間で一方通行に起こる隷属現象。それらが支配されるこの学園では、セックスで繋がっていない男女の関係はあまりに軽い。
「ええと、健太さん」
この期に及んでも決断がつかない来斗は、許可を求めるように健太に視線を向ける。
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、冷静に状況を把握し、正しい答えを導き出す。
「行くべきだな。お前のパートナーだろう」
「はい、分かりました」
部長(予定)の言葉に、来斗もやっと覚悟を決める。
その様子を見て、蘭と竹海は微笑ましそうに笑う。
「良かった。実咲さんの準備が整ったら、烏琉羽が迎えに来ると思うから。そうしたら、烏琉羽の部屋に行ってあげて」
「はいっ!」
蘭の言葉に対し、覚悟が決まって興奮が高まって来たのか、来斗はかすれた大きな声で返事を返した。