――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『参』階層、『既知外』領域――
ゴールデンウィーク直前の日の午後。
健太は約束通り、尚典、来斗の二人と共にダンジョンダイブを行っていた。
ダイブするのは『既知外』領域第三階層。
『周回レベル上げ』によるくり返し時間も加味すれば、健太にとっては碧鷺荘の自室よりも、白鶴荘の蘭の部屋よりも長時間その身を置いている『既知外』領域第三層。
その第三階層の『界門』玄室の一つで、健太は『界門守護者』とパーティーメンバーの戦闘を見守っていた。
「ガアア!」
「《うわああ》!」
『界門守護者』――ゴブリンキングが片手で振り下ろす長柄三日月斧と来斗が振り下ろす両手持ちの『金砕棒』が激突する。
大重量の金属同士がぶつかり合う轟音の後、一歩後ろに下がったのはゴブリンキングだった。
多少太めだが身長はむしろ平均よりわずかに低い来斗が、身長二メートル越え、体重百数十キロと思われるゴブリンキングを正面から力で押し返したのは、賞賛に値するだろう。
たとえ開幕早々、健太がゴブリンキングの左腕を斬り飛ばした影響で、本来両手で扱うべき長柄三日月斧を片手で振りまわしているとしても。
ゴブリンキングが一歩後ろにたたらを踏んだ瞬間、男としては高い少年の声が響き渡る。
「《急急如律令》!」
次の瞬間、石造りの床から唐突に黒みを帯びた緑の茨のような植物が生えてきた。それはちょうど一歩後ろにたたらを踏んだゴブリンキングの足元だ。
『急急如律令』は『陰陽師』のスキルである。これ自体は、攻撃のスキルではない。
『急急如律令』とは、「急ぎ定められた律令(法)に従い実行せよ」の意味であり、これはまだ発動していないスキルを緊急発動させるスキルである。
尚典は、来斗とゴブリンキングが戦っている間に、自動では発動しない攻撃スキルを床に複数布陣しておいた。そして、そのポイントにゴブリンキングが足を踏み入れた瞬間「急急如律令」のスキルで発動させたのである。
『陰陽師』は出来ることの幅が非常に広い反面、単純な威力では他の『術士』系に劣る傾向にある。
尚典はその欠点を補うため、「じっくり時間をかけて高威力のスキルを布陣」して「タイミングを合わせて発動」することで補っていた。
「ギャア!?」
茨のような植物に片足を締め付けられたゴブリンキングは野太い悲鳴を上げる。茨のような蔦は、ギリギリとゴブリンキングの太い足を締め付け、その棘で出血を強いる。
しかもその蔦はゴブリンキングの力でも容易くは振りほどけないくらいの強度があるらしく、ゴブリンキングの右足は地面に釘付けだ。
「よし、上手くいった。来斗!」
「うん! 《はあ》!」
最初に健太に左腕を斬り飛ばされ、今尚典のスキルで右足を封じされたゴブリンキングに、来斗は再度『強撃』を叩き込む。
「ヒギッ!?」
来斗の金砕棒で右肩を砕かれたゴブリンキングは、たまらず右手一本で持っていた長柄三日月斧を落とした。
「うわあ! はあ! げああ!」
その機を逃さず、来斗は金砕棒でゴブリンキングを乱打する。その表情や発している汚い声は、追い詰められて反撃するいじめられっ子のごとくだが、攻撃自体は意外なくらいにちゃんとしている。
乱打はその数こそそう多くはないが、一撃一撃が異常に重い。狙いは大雑把だが、元々打撃武器と言うのは精密な狙いを必要とされる武器ではない。
「《招来、猿鬼》」
そうしている間に、尚典が猿型の式神を召喚する。日本には『猿鬼』という強力な妖怪の伝説があるが、今尚典が召喚したのは普通の日本猿を模った式神である。それでも、両手が使える式神というだけで使い勝手が良い。
『陰陽師』のスキルである『式神』は、大きく分けて『思念』『形代』『調伏』の三種類がある。今尚典が操っているこの猿式神は、『形代』型だ。
猿式神は、尚典の命令に従い、ゴブリンキングが来斗に滅多打ちにあっている足元にそっと忍び寄り、ゴブリンキングが落とした長柄三日月斧の柄を両手で掴むと、床に引きずりながらズリズリとゴブリンキングから遠ざけていく。
武器を拾われなければ、ここからの逆転はない。
元々基本六職の中でももっとも力が上がりやすい『戦士』系だが、そのレア職である『殴打士』はさらに力、攻撃力に特化している。
「ひい! おお! ごばああ!」
「ギ……ヒギイ!」
使用している金砕棒の威力も相まって、スキルを使わずとも十分な破壊力だ。
「グウウ……!」
ほどなくしてゴブリンキングは、クリスタルと長柄三日月斧を残し、瘴気へと返った。
「ふう、思ったよりやれたかな?」
「だね、ほとんど苦戦しなかった」
戦闘が終わりひと息ついたところで、来斗と尚典は今の戦闘についてそう自己評価を下した。
最初の一撃以外、見守るにとどまっていた健太も同じ意見だ。
「同感だな。今の来斗と尚典なら、両腕があっても普通に勝てただろう」
健太のお墨付きに、来斗と尚典は嬉しそうに笑いながらも、ほぼ同時に拒絶の言葉を発する。
「多分勝てるけど、その場合は俺が負傷する可能性が高いから、もうしばらくは勘弁してください」
「うん、僕らは上級生の上位パーティーと違って「念のため」ポーションを購入しておけるほど、『銭』の余裕がないからね。負傷の可能性は避けられるだけ避けるべきだよ」
来斗と尚典の言葉は、こちらも正しかった。
この学園のダンジョンダイブは、多くの部分においてRPGゲームのそれに近いが、大きな違いの一つに回復手段の乏しさがある。
ゲームのパーティーならばほぼ必須な回復職がとてつもなく希少で、回復アイテムであるポーションは地上ではすぐに効果を失う。一応、購買では買い取ったポーションをまだ効果が残っている状態で売っているが、今尚典が言った通り一年生が「念のため」として購入できる価格ではない。
その上『死に戻り』した場合には、その日のダイブで稼いだ経験値もドロップアイテムも記憶すら失われる。
結果として、経験値稼ぎには経験値の多い強敵に挑むより、無傷で勝てる弱敵を多数倒す方が効率が良い。
そのセオリーに従って、健太たちのダンジョンダイブも、ノーマルゴブリンの群れは尚典と来斗だけで対応し、『逸脱個体』は健太が参戦、という形を取っていた。
今日一日の戦闘で、尚典と来斗のコンビネーションはかなり良いところまできていた。
前線で足を止めてぶん殴るしかできない来斗と、後方から攻撃、補助の手数が豊富な尚典が能力的に相性が良いのはもちろんのこと、どちらも性格的に強くものを言う人間ではないことも良かったのだろう。
お互いを尊重し、意見をすりわせることが出来ている。
ちなみに、健太を含めた三人によるパーティー戦での評価は今のところ保留だ。
健太が攻撃に回ると尚典と来斗の出番がなく、健太が『挑発』を使用して防御に専念すると、尚典と来斗は「こちらに視線もくれない的」を一方的に攻撃するだけになってしまう。
これでは、三人のコンビネーションがどうとかいう話にならない。
「そもそも地力が違い過ぎて、健太が一人じゃ危ないモンスターって、ぶっちゃけ今の僕らじゃただの足手まといだよね」
という尚典の意見に、来斗も健太自身も同意したため、健太を含めた三人でのコンビネーションの確認は後回しになっている。
現状優先されるのは、来斗個人のレベル上げ。その次が、来斗と尚典の戦闘のすり合わせであった。
そのため、本日の健太の役割は、「尚典と来斗では危険な敵の排除」に限定されており、その分ドロップ品を拾い集める役目を自分に課していた。
ゴブリンキングの大ぶりなクリスタルを袋に放り込み、全長三メートル超える長柄三日月斧を片手で軽々と拾い上げた健太は、念のため二人に確認する。
「これ、使う奴いるか?」
「俺は刃のついた武器は使えないから」
「重くて無理」
二人の答えは予想通りだった。
『殴打士』の来斗は、武装が打撃武器に限られている。今使っている健太から譲ってもらった両手持ちの金砕棒は、『無銘』だがれっきとしたマジックアイテムだ。長柄三日月斧に乗り換える理由がない。
尚典は単純に腕力不足だ。尚典の『陰陽師』という職は『術士』系でありながら、武器戦闘にも対応できるマルチクラスのため、他の『術士』系と比べると力が成長しやすい。だが、それでも三メートルを超える長大な武器を扱えるほどではない。
大きさは『職人』に『適合』のスキルを使ってもらえば縮めることは出来るが、重量は変わらないのだ。
「では、これは購買で『銭』に変える」
「そうなるよね」
「うん、それで良いと思うよ」
健太とのダイブでは、武器も『モンスターカード』もボロボロドロップすることに、いい加減慣れてきた来斗と尚典は、同意を示す。
ダンジョンダイブにおける『銭』やドロップ品の分け方については、事前に取り決めてある。
『銭』はどんな時も三等分。ドロップ品は、『使う者』が貰う。ただし、ドロップ品の偏りが激しい時は、月に一度の話し合いで相談。という形に落とし込んだ。
この辺りは、三人ともゲーム、アニメ、漫画をたしなむオタクであることがプラスに働いた。
「活躍した奴ほど取り分が増える」とか「キャリーされている間は取り分が減る」とかをやりだすと、各々の思っている基準のすり合わせが難しくて大変であることを、理解しているからだ。
この手の取り決めは、シンプルで異なる解釈の余地がないに越したことはない。
最初は、ドロップ品も全て『銭』に換算して現物が欲しい者はそこから買い取る、という提案もあったが、ドロップ品の価格の上下差の激しさにその提案も断念した。
使えるユニーク個体の『モンスターカード』や、『固有武装』の武具などの評価金額は平気で数千万『銭』となるのだ。それでは場合によっては購入した者がその後しばらく借金生活に喘ぐ羽目になる。
だから、ドロップ品に関しては『使う者』がもらえる制度にした。運の偏りが生じた場合には、『匠工房』案件だ。
ドロップ品に欲しい装備が出なかった者が欲しい装備を『匠工房』に依頼して、作成に必要とされる素材を三人で取って来ると決めている。
「希望がぶつかる可能性があるのは、俺と来斗の鎧くらいだな。ひとまず、俺は今のつけている胸部鎧があるから鎧がドロップしたら原則来斗が優先だ」
「はい、ありがとう」
健太の言葉に、来斗は真面目に礼を言う。
足を止めての戦闘を得意とするという点に関しては健太と来斗は似ているが、メインが小剣と片手盾による守備の固い戦い方の健太と、両手持ちの金砕棒を振りまわす来斗では、鎧の重要度は来斗が上だ。
健太から譲り受けた両手持ちの金砕棒は、『匠工房』で『適合』してもらってもなお、二メートル近い長さがあるので、普通のゴブリン相手ならば向こうの攻撃が届かない遠間からこちらが先に初撃を叩き込めるが、モンスターはそのような可愛らしいサイズのモノばかりではない。
今さっき倒したゴブリンキングのように、来斗の金砕棒より長大な長柄の武器を使う敵もいるし、巨人種や竜種ならばその体格だけで来斗の金砕棒以上のリーチを誇る。
そう考えると、『この三人で』これより先に進むには来斗の防御力向上は必須項目と言えるだろう。
健太には、今も装備している白黒虎革製の『胸部鎧』があるという理由もある。
(ひとまず来斗には、ノーマルの鎧犀の突撃程度は正面から受け止められるようになってもらうべきだな)
来斗の回避能力で鎧犀の突撃を回避できるとは思えない。ならば、受け止められるようになってもらうしかあるまい。
「え、ええと、なにか?」
なんとなく健太の視線に不吉なものを感じた来斗が恐る恐るそう尋ねるが、健太はこの場では首を横に振る。
「いや、何でもない。ひとまず、来斗の鎧の次は尚典の槍か」
そう言って健太は、尚典が持つ槍に視線を向ける。尚典が持つ槍はゴブリンのドロップ品を『匠工房』で研ぎ直してもらった代物だ。
元の素材と価格からみれば破格の性能をしているが、これからも使い続けられる性能かと言われると、胸を張って「そうだ」とは言いづらい。
だが、健太の提案に尚典は首を横に振る。
「いや、僕は後回しだよ。僕の主武器は健太がくれたこっちだから」
そう言って左手の甲を見せる尚典の左中指には、銀色の指輪は填めれらていた。
銀のストレートラインのアームで、中央に小粒の透明な宝石が埋め込まれたファッションリングだ。
一見すると白金金剛石 指輪に見えるが、ダンジョンの『宝箱』から出たものなので厳密には違うのかもしれない。
さほど強くはないがれっきとしたマジックアイテムである。効果は「『術士』系のスキルの発動を助ける」というもの。
購買で販売している『術短杖』『術杖』『術長杖』と同系統の機能だ。
ただし、その効果は購買で販売されている杖とは一線を画する。
基本的にスキルは『声』を放たなければ発動しない。それが『戦士』系や『盗賊』系の初期スキルならば「はあ!」とか「ほっ」といった意味のない気合の声でも発動可能だが、それよりはるかに複雑な『術士』系の魔法は、「意味ある言葉」を正確に紡ぐ――『言霊による補助』が不可欠とされている。
だが、この指輪を起点にすればそれこそ第一段階職である『術士』の魔法ならば、「はっ!」の一言で発動可能だ。
強力というより便利なマジックアイテムと言えるだろう。
指輪型というのも、尚典にとっては良い。『陰陽師』は『術士』系の中では武器戦闘にも対応したクラスだ。尚典自身、ノービス時代は槍でコボルトやゴブリンを屠っていたこともあり、槍も多少は戦力の足しになる。
杖と槍を同時の装備するのは難しいが、指輪と槍ならば装備するだけなら問題ない。
それでもモンスターと相対しながら、「この距離は魔法だ」「ここまで迫られたなら槍だ」と正しい判断を下すのは、決して簡単なことではないが。
「まあ、尚典の槍は確かに必須装備ではないか。そう考えると、来斗の鎧以外はそこまで急ぐものではないな。では、今一番足りていないものを優先して獲得するか」
そう言って健太は、部屋の隅にある『界門』を指さす。
「一番足りてないもの?」
「それって」
首を傾げる尚典と来斗に健太は淡々とした口調で告げる。
「レベルだ。レベリングするぞ」
その後、尚典と来斗は『既知外』領域第四階層にて、健太が無力化したモンスターをただひたすら殺しまくった。
無事、初めての男子三人でのダンジョンダイブを終えた健太、来斗、尚典の三人はそのまま真っすぐ夕暮れの『聖堂』にいた。
言うまでもなく『聖堂』の中にいるのは、来斗だ。
尚典はすでに第二段階職の『陰陽師』のため、今日一日のダンジョンダイブで転職可能になったりしない(しかも第三段階職に転職するには、第十階層に到達している必要がある)。
健太に至っては、自前の『職業選択の自由』があるのだから、『聖堂』に用はない。そもそも、健太は昨日『闘士』に転職したばかりだ。今日は出来るだけ来斗と尚典(特に来斗)に経験値が行くように努めたのだ。今日一日で転職にこぎつけるはずもない。
来斗
『戦士』『文官』『遊び人』
『闘士』『騎士』『重殴士R』
に転職可能。
前回から追加されたのは、『戦士』系の第二段階職が三つだけだ。
どうやら、来斗は正当かつ順当に経験を積んでいるらしい。
若干面白みがないとは思うが、『遊び人』系の非戦闘職や男用SSR職などが開いていないのは好材料だ。
健太が尚典と共に『聖堂』の前で待っていると、健太の脳裏に映る文字列に変化が訪れる。
【来斗は『重殴士』に転職しようとしています。よろしいですか?
はい
いいえ】
一瞬考えた後、健太は素直に【はい】を選択する。
『重殴士』は来斗が今ついている『殴打士』の正当進化版だ。来斗は今の戦闘スタイルで固まりつつあるのだから、そのまま行くのが無難だ。
『戦士』の正当進化版の『闘士』、守備型進化版の『騎士』の方が武器の制限もないので戦闘の幅が広がるのは確かだが、普段は打撃武器、ある時は剣、ある時は槍と使い分けられるほど来斗は器用ではあるまい。
実際、来斗は武器戦闘の講義も打撃武器の講義しか受講していないと言っていた。
『重殴士』は、『騎士』より鈍重なのに『騎士』系と違って騎獣に騎乗することも出来ない。
(その辺りはマジックアイテムで補うしかないな)
確か『馬蹄』というスキルがエンチャントされた防具を装備すれば、移動速度が騎獣に準ずるところまで上がると聞いたことがある。
『馬蹄』のスキルは馬型のモンスターならばほとんどが所有しているスキルだ。ただし、どのモンスターも他にも二つ三つスキルを有しているので、『モンスターカード』の『合成』で『馬蹄』付装備を作ろうと思うとどうしても、「お祈り」の世界に入ってしまうのがネックだ。
複数のスキルを有する『モンスターカード』を装備に『合成』すると、「ランダムでどれか一つだけ」スキルが永続付与される仕組みになっている。
馬型のモンスターが多いのは第十一階層『砂漠草原』だ。第三段階職に至るレベルキャップを外すには第十階層をクリアする必要があるし、一度ソロで下を目指しても良いかもしれない。
『羅城門』ダンジョンは第六階層まではモンスターのレベルが十ずつ上昇していくがそこから先は、レベルの上昇が緩やかになり、第十階層より先は必ずしも下ほどモンスターが強いとは限らなくなる。
最初の自然領域である第十階層『密林竜園』とその下の第十一階層『砂漠草原』では、明確に第十階層『密林竜園』の方が、出没するモンスターは強い。
その分、第十一階層『砂漠草原』のモンスターは大量に群れる種が多いので、容易いということはないのだが。
(ジュゲムとボンドのレベルキャップも外してやりたいし、一度ソロダイブで下まで潜ってみるか)
そう言えば、『周回レベル上げ』で巻き戻している時間軸でだけ、第十階層に足を踏み入れた場合、健太や健太の『モンスターカード』のレベルキャップは外れるのだろうか?
健太がそんなことを考えていると、転職を無事に終えた来斗が満面の笑みで『聖堂』から出て来る。
将来の倶楽部員を出迎えるため、健太はそこで思考を打ち切った。