無事、来斗を『戦士』系第二段階レア職『重殴士』に転職させることに成功した健太達は、真っすぐエントリークラス女子寮である白鶴荘へとやってきていた。
普段の健太ならば、一度自分の寮である碧鷺荘に戻り、シャワーとオーラルケアを済ませてから白鶴荘に来るのだが、今日はその余裕がない。
と言っても余裕がないのは、健太ではない。来斗である。
「はあ、はあ、はあ……」
ダンジョンダイブ中は緊張感が、『聖堂』では転職に対する期待感とその後の歓喜から気が逸れていた性欲と精力の増強を自覚してしまったのである。
物理的にも精神的にも来斗の「頭を押さえられる」健太が側にいなければ、万が一が怖い。
スキップ転職を果たした尚典の時よりはまだマシだろうが、『陰陽師』という『術士』系の尚典と違い、来斗が転職したのは『重殴士』である。
力に優れる『戦士』系の中でも特に力と攻撃力に特化した第二段階レア職だ。暴走した時、抑えられる人間はそう多くない。
今の来斗はそこまで我慢弱くないし、少し我慢すれば実咲という「性行為に同意が成立している相手」がいることも理解しているのでまず大丈夫多とは思うが、用心に越したことはない。
少なくとも、健太の入浴やオーラルケアが優先されることではない。
「大丈夫? 来斗?」
「大丈夫……」
小柄な尚典が下からのぞき込むようにして心配の声をかける。来斗の反応は、その言葉ほど大丈夫そうではない。ただ、すぐさま暴走しそうなほどでもない。これならば、問題は起こさないだろう。
ただ、言うまでもなく白鶴荘はそれなりの規模の女子寮ある以上、他の女子も住んでいる。当然、パートナーのいる女子もいるし、大半はどこかの倶楽部に籍を置いている。暴走して手を出してしまえば、もめる可能性もないではない。自分のパートナーが襲われた程度で目くじらを立てる男子が少数派な、色々狂った空間でもあるのだが。
白鶴荘の食堂で、健太、尚典、来斗の男子三人と、蘭、竹海、烏琉羽、そして実咲の女子四人が一緒に夕食を取りながら、今日の報告と今夜の予定を話し合う。
「すみません、健太さん。私も今夜は来斗さんのところに行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
そんな中、珍しく少し真面目な顔でそう言ってきたのは、烏琉羽だった。
「それは構いませんが、理由をお伺いしても?」
理由もなくそんなことを言う烏琉羽であることも知っている健太だが、表情から多分何らかの事情があると思い、そう尋ねる。
烏琉羽の隣に座る実咲が「え? 私は?」と焦りの表情を浮かべていることに気づいたのだろう。
烏琉羽は実咲に苦笑を向けて、
「『私も』と言ったでしょう。もちろん、実咲さんもです。というか、あくまでメインは実咲さんです。ですが、今夜は私がフォローにつきたいのです」
そこまで言った後、健太たちに聞こえるギリギリまで声を絞り、付け加える。
「先ほどのお話からして、来斗さんは『前に進んだ』のでしょう?」
直前とはいえ、ゴールデンウィーク前に一年生が第二段階職に至ったというのは、軽々に口に出来ることではない。健太たちの報告も明言を避けた形だったが、そのニュアンスとなにより来斗の異常なくらいに性欲と精力の高まり具合から、烏琉羽はその事実を確信していた。
「はい、そうですね」
健太の答えに烏琉羽は、ほうと感心なのか唖然なのか分からないため息を漏らした後、先ほど同様の声量で告げる。
「現状、来斗さんの腕力と実咲さんの体の強度のつり合いが全く取れていません。まあ、この学園の上級生男子なら珍しくもないのですが、彼らは慣れています。ですが、来斗さんは全く慣れていません。ですから、私がガイド役を務めたいと思います」
来斗は基本六職の中でも一番力が上がる『戦士』系のさらに力に特化した第二段階レア職『重殴士』だ。
一方実咲は電子生徒手帳の表記を信じるならノービス2。電子生徒手帳はズレに定評があるからまだノービス1――ただの一般人の可能性すらある。
「あ、そう言えば昨日の晩も思ったんだよね。来斗って力強いなあって」
昨晩は一晩中来斗に抱かれていた実咲は思い出しながら、あっけらかんとした口調でそう言う。その表情からは、現状の深刻さを理解していないことは間違いない。
昨晩の時点でも来斗は、『戦士』系第一段階レア職『殴打士』の(推定)レベル15だったのだ。ほぼ一般人な今の実咲では一切抵抗できないくらいの力があった。
その力が今日の転職で跳ね上がっているのだという。
「昨晩の来斗さんがゴリラだとすれば、今の来斗さんはインド象くらいになってますね」
「うげ」
烏琉羽の説明でやっと事態を理解した実咲は顔を引きつらせる。
つまり、現状で来斗と実咲がセックスをするというのは、「性欲と精力が暴走しかけているインド象と人間」がセックスをするようなものだ。
色々と覚悟は決まっているし、昨晩一晩でかなり来斗に『堕ち』かけている実咲でもちょっと、たじろぐ情報である。
「あの、それは烏琉羽先輩も大丈夫なのですか?」
細くてサラサラの前髪を流す様に小首を傾げる尚典の言葉に、烏琉羽は大きくはないがとても形の良い胸を張って答える。
「ご心配なく。伊達に『娼婦』はやっていません。伽の場でしたら、第二段階職の方だけでなく、第三段階職の方でも問題なく対応できますよ。極めて稀に例外もいますけど」
そもそも『娼婦』は『遊び人』系の第二段階職だ。戦闘職には流石に劣るが、それでもその身体能力はとっくに常人の域を超えている。
「なるほど、それもそうですね」
感心したように頷く健太に少し苦笑しながら烏琉羽は、そのまま話を進める。
「ええ。ですから、安全の為に今夜は私が来斗さんと実咲さんの補助に回りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
そう確認を取る烏琉羽に、もちろん健太にも否はない。
「そう言うことでしたら、むしろこちらからお願いしたいです。実咲さんと来斗もそれでいいか?」
「うん、まあそう言うことなら」
同じ一年でも入学まで童貞だった男子三人と違い、実咲は入学前にもそれなりに経験がある。さらに言えば男一人対女複数のセックスなど、新人狩りに捕まっていた頃の、男多数対女自分独りの経験と比べればどうというほどでもない。
「お、俺も問題ないよ」
もちろん、来斗に拒否する理由などありもしない。押しかけパートナーでベッタリと甘えてくる実咲にはすでに絆されているし、烏琉羽の肢体には嵌っている来斗である。
今夜は二人一緒と聞いただけで、すでに実咲と烏琉羽に向ける視線が露骨なものになっている。
童貞に毛が生えたような男が女二人を同時に相手するのはかなり難易度が高いのだが、そこは烏琉羽がどうとでもするだろう。この学園なら「緊張で勃起しない」という問題は起こりえないから気楽なものだ。
「そうなると、こっちは私と蘭の二人だけか。これは私も頑張らないとね」
竹海はそう言って斜め前に座る健太に微笑みかける。すでに部屋着に着替えている竹海は、短パンとタンクトップ姿だ。ラフでボーイッシュな服装、ではない。竹海のような乳房と尻が豊かな女子が着れば強烈なセックスアピール衣装である。言うまでもなく竹海は分かった上で着ている。
「あ、はい。よろしくお願いします」
まだ照れが隠せない健太を正面に座る蘭は愛おし気に見つめ、
「はい、よろしくお願いします。健太君と来斗君はそれで良いのだけれど、尚典君が少し問題なの」
と少しすまなそうに言う。ただ、その問題については先に知らされていたため、健太も尚典も特に驚いてはない。
「ああ、やっぱり無理でしたか、部屋の確保」
「いえ、こっちが無理を言っている立場ですから」
健太と尚典が言う通り、問題は白鶴荘での「ヤリ部屋の確保」であった。
この学園では、男子寮に女子が引っ張り込まれることも、女子寮に男子が泊まり込むことも全く珍しくないただの日常である。
しかし、健太たちが「学園の普通」と少し違うのは、男子同士同じ部屋でセックスをすることに抵抗があるというところだ。そのため普通の学園男子ならば一部屋で良いところが、男子三人の為に三部屋必要になる。
蘭、竹海、烏琉羽、実咲とこの場に女子は四人いるが、白鶴荘の寮生は蘭と烏琉羽のみ。そのため、自動で確保できる部屋は二つだけ。
あと一部屋は他の寮生と交渉して部屋を借りるしかない。それが上手くいかなかったのだ。
正確に言えば「空き部屋が確保できなかった」というのが正しい。「私の部屋においで。私もいるけど」という返答は非常に多かったらしい。
「ええ、ごめんなさい。だから、尚典君には麻鷺荘の空亜の部屋に行って欲しいのだけれど」
空亜とは、蘭が今回尚典の相手を頼んだ女子の名前である。
元々蘭と同じBランク倶楽部に所属していた者であり、蘭と同じタイミングで首を斬られた三人の女子の一人である。
Bランク倶楽部に飼われていたことでも分かる通り、容姿はかなり整っているらしい。しかし、セックスに忌避感はないが、積極性はもっとなかったため、首を切られることになった。
なんとか倶楽部に残れるように泣いたり縋ったりしたもう一人と違い、空亜は「ふーん、そう」ぐらいの感覚だったらしい。
そんな彼女だから、尚典に入れ込む恐れもなく、短期の相手としては安心して紹介できたのだが、向こうに積極性がない分こちらが全部お膳立てする必要がある。
「分かりました。麻鷺荘に行けば話は通っているんですよね?」
念のため尚典がそう念を押す。転職した来斗ほどではないが、急激にレベルが上がった尚典も正直結構性欲と精力が高まっている。絶対我慢できないというほどではないが、我慢せずに済むのならば初訪問の女子寮にヤりにいくことも躊躇る理由にはならないくらいには高ぶっている。
そう考えると、流石の尚典も多少はこの学園の価値観に染まってきているのだろう。
「ええ。空亜が尚典君を招く形で、麻鷺荘に入る許可を取ってあるわ。それに麻鷺荘は遠くてちょっと分かりづらいところにあるから、寮生の子に案内を頼んであるの。彼女が口添えをしてくれるはずだから、大丈夫よ」
「案内ですか?」
尚典は首を傾げるが、健太は何人か心当たりがある。白鶴荘に出入りしている、麻鷺荘の寮生。
健太が少し嫌な予感を感じていると、蘭が視線を食堂の入口へと向ける。
「あ、ちょうど来たみたい。沙姫さん」
「蘭先輩!」
声を上げて手を振る蘭に、食堂の入り口から入ってきた長身スレンダーな美少女――沙姫は、満面の笑みでこちらに近づいてきた。
沙姫。原作主人公である叶馬パーティーの切り込み隊長。理不尽の権化である主人公叶馬を別格とすれば、間違いなく主人公パーティー最強戦力である天才剣士。
初対面の者もいるため、麻鷺荘に向う前に簡単に自己紹介をする。
簡単な自己紹介を終えた後、すでに色々辛抱たまらなくなっていた来斗は、烏琉羽と実咲に両脇を固められて一足先にその場を後にする。
残った面々はそこまで急ぐ用事もないため、しばし沙姫も席について会話を交わす。
特に話が合ったのが、竹海だ。
「そうか、君は『戦士』系なのか。随分と腕が立つようだ」
学園では少数派な武闘派女子として、竹海は多少の羨望が混ざった同好の士を見る視線を向ける。
頭は良くないが感覚は鋭い沙姫は、竹海がかなり自分に近い人間であることを感じ取り、テンションを上げる。
「いえ、まだまだ修行あるのみです! 竹海先輩こそ、戦闘職じゃないのに、前線に立ち続けるの凄いです。尊敬します!」
バリバリの戦闘職の沙姫が言えば嫌みにも聞こえそうだが、純朴な沙姫の笑顔を見ればただ思ったままの言葉であることが分かる。
「『遊び人』系は身体能力の伸びは悪くないからね。スキルはなくとも技を磨くことができる。キミたち『戦士』系の者でも、雑魚敵相手に一々戦闘スキルを使ってはいないだろ? なら、私も全てのモンスターをそれと同じ扱いが出来るところまで己を高めれば良いだけの話さ」
「ほわああ……」
さらりと地獄のようなプランを立てる竹海を、沙姫は純粋な尊敬の目で見ている。
健太は内心「ちょっとまずい」と思い始めていた。元々、沙姫と竹海が相性が良いことは想像がついていた。だが、これは相性がよすぎるかもしれない。お互いに影響を与え合うというのは通常は良いことなのだが、沙姫も竹海も元から強さを追求することにはストイックなまでに全力な人間だ。
これ以上の加速は過剰だ。暴走になる恐れがある。
「竹海先輩、明日からのゴールデンウィーク、予定は空いてますか?」
「ああ、もちろんすべてではないが……」
「沙姫さん、竹海先輩。立ち合いなら許可しませんからね」
美少女と美女の瞳がキラキラからギラギラに変わったのを確信した健太は、先回りをしてそう封じる。
「むう……」
珍しく不満そうに頬を膨らませる竹海が可愛い。日頃はその体つき同様大人びた美女の雰囲気の竹海だが、こうして感情を露わにすると彼女もまだ女子高生なのだと思い出される。
一方、日頃からくるくると表情を変える沙姫はもっと強く抗議する。
「ちょっと、健太さん。何の権利があって私と竹海先輩の楽しみを奪うんですか!?」
「竹海先輩のパートナーとしての権利です」
そういう健太の言葉は、驚いたことにれっきとした事実である。パートナー契約を結んだ男子は、女子に対してこの程度の強制力は当たり前に持つ。
特に性的な要求に関しては、ほぼ無制限と思ってよいのが学園のパートナー契約だ。男子が女子を所有する契約、と言われているのは伊達ではないのだ。
健太が、パートナーの強権を行使するのは実はこれが初めてだ。
だが、強権を発動しなければ竹海が止まらないことを健太は確信していた。そして、ここで止めなければとんでもない結果になる可能性が無視できないことも。
現状、沙姫と竹海では全く勝負にならない。竹海も沙姫が自分より強いことは分かっているだろう。だが沙姫は竹海が思っているよりはるかに強い。
勝ち目がない、というレベルではない。文字通り勝負にならない、のだ。
自分より年下の女子、それもダンジョンダイブを始めて一カ月ほどの女子に手も足も出ず負けるというのはそれくらいショックのはずだ。
一年間この学園で生活しても全く折れず曲がらずの竹海だから、十中八九大丈夫だとは思うが、それでも折れるのが怖い。
その場面を想像してみて、健太は首を傾げる。
(……あれ? なんだろう。逆にギラギラ目を光らせて、沙姫さんに挑み続ける竹海先輩しか思い浮かばないんだけど)
だが、それはそれで望ましくない未来である。どちらにせよ、この二人をぶつけ合うのは無しだ。
「そういうことだから、悪いが我慢してくれ、沙姫。うちのご主人様は基本「理解ある彼君」なんだが、少々過保護なところが玉に瑕でね」
そう言って竹海は健太の方を見ると、小さく苦笑する。
「すみません、竹海先輩」
こちらの意図が伝わってしまったことを察した健太は、恐縮して謝る。
竹海は職は『良い踊り子』という非戦闘系であったとしても、本人の気質はバリバリの武闘派だ。そんな竹海に「お前じゃ絶対勝てないからやらせねえよ」と言ったようなものなのだ。
「良いさ、それだけ愛されていると思っておくよ。それに、埋め合わせはご主人様がしてくれるんだろう?」
「それは、はい」
竹海の言葉を肯定しつつ、健太は内心冷や汗をかく。スイッチをオンにしてしまった時限爆弾を見るような気持ちで、ちらりと沙姫の方を見ている。
ちなみに蘭は「健太君」、烏琉羽は「健太さん」と呼ぶのに、竹海は「ご主人様」呼びが非常に多い。
これは、蘭と烏琉羽は「健太がどのような呼ばれ方を望んでいるか」を汲んでくれているのに対し、竹海だけは「呼び方くらいは好きにさせてくれよ」と健太の提案をあっさり一蹴したからである。
どこだろうと遠慮なく健太のことを「ご主人様」呼ばわりしている竹海を、蘭はあからさまに、烏琉羽は密かに羨まし気な視線を向けている。
「健太さんが埋め合わせってどういうことですか?」
健太の内心の願いもむなしく、沙姫は勢いよく食いついてくる。特に口止めもしていなかったため、竹海はあっさりと白状する。
「なに、優しい私たちのご主人様はね、デートをしてくださるんだ。デートコースは基本こちらの提案通りでね。こんな好機、他にないだろう? というわけで、私のデートは訓練場で武器を持って時間一杯相手をしてもらうことなったのさ」
そう言いながら、こちらに視線を向けてにんまり笑う。
先週の日曜日、午前を全部使って蘭と学生街デートをしたように、健太は基本的にパートナーとなった女子とはセックス以外のお付き合いの時間も設けたいと考えていた。
彼女がいたことのない陰キャオタクな健太は、もちろん性行為にも強い興味があるが、男女交際そのものにも強い幻想を抱いている。そのためのパートナーとのデートの提案だったのだが、それに対する竹海の答えが「訓練に付き合って」だった。
思っているのとはずいぶん違った形になってしまうが、愛しいパートナーの提案に否という返事を健太は用意していない。
問題はその事実を、よりにもよって沙姫に聞かれてしまったことである。
「ずるい、ずるいです、健太さん! 私との手合わせはいっつも断るのに、竹海先輩は何で!?」
「いや、なんでって竹海先輩は俺のパートナーでパーティーメンバーだから」
「じゃあ、私は何なんですか!?」
「なにって友達」
沙姫はいかにも不満げに頬を膨らませているが、健太にとって沙姫は最大限よく言って友達以外の言葉は出てこない。
これで沙姫は気を許した一部の人間以外には、冷たくそっけない態度を取るのだが、健太の前ではいつもこんな感じだ。その懐き方は人懐っこい大型犬を彷彿させる一見ほほえましいものなのだが、その実態は実剣での手合わせを強請る狂犬である。懐かれてもあまり嬉しくない。もちろん、沙姫ほどの美少女に懐かれて、全く嬉しくないと言えば嘘になるが。
「友達ならたまには遊んでくださいよ!」
「その友達って『ボールは友達』の友達だよね?」
正直ボールの方がましである。ボールは蹴られるだけで済むが、こっちは友達を斬ろうとしている。
「あの、健太。盛り上がってるとこ悪いんだけど、そろそろ……」
と申し訳なさそうに口を挟んできたのは、隣に座っている尚典だ。
尚典も今日は随分レベルを上げている。転職を果たした来斗ほどではないが、色々と我慢が辛いところまで来ているのだろう。
「ああ、ゴメン、尚典。じゃ、沙姫さん。尚典を麻鷺荘まで案内してあげて」
「それは良いですけど……」
椅子から腰を浮かせながらも、尚未練がましい視線を向ける沙姫の粘りに、健太は根負けする。
「……分かった。ゴールデンウィーク中、一回だけ。一回だけ付き合うよ」
途端に、沙姫の顔にパアと笑顔が浮かぶ。まるで、子供が親に念願のオモチャを買ってもらったときのような笑顔だ。
「やったー!」
「ただし、『水虎王刀』はなしね。こっちも、『金狼木霊剣』は使わない。購買製の刀と剣で。それでだめなら、絶対受けない」
「ええ、はい。分かりました! では、尚典さんは責任もって送り届けるのでっ、失礼します! さあ、行きましょう、尚典さん!」
「はい、よろしくお願いします、沙姫さん」
沙姫は自分より背の低い尚典を半ば抱えるようにして、スキップに近い軽い足取りで出ていくのだった。