※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第六十三話 ゴールデンウィーク初日、共通語は筋肉

 

 

 翌朝からゴールデンウィークが始まる。

 ここ豊葦原(とよあしはら)学園は全寮制で、たとえ長期休み中でも帰省は許されない(そもそも普通科の場合、卒業時には別な戸籍が用意されるので、現状の彼・彼女らに帰る場所はない)。

 また、午前の座学はサボってもそこまで大きな影響はないし、午後のダンジョンダイブも最低週一回ダイブしていていれば許される。

 逆に、休日でも午前、午後と二回『羅城門(らしょうもん)』は開閉しているので、ダンジョンダイブをするつもりになれば、むしろ平日より濃厚なダンジョンダイブが可能だ。

 つまり、一般的な普通科生徒にとって、ゴールデンウィークになってもそこまで大きな違いは生じない。だが、それでも「サボっても良い授業」があるのと「そもそも授業がない」のとでは、心理的には結構な違いがあるものだ。

 そんな無形の解放感に包まれるゴールデンウィーク初日を、健太(けんた)白鶴(はくつる)荘の一室で迎えていた。右に(らん)、左に竹海(たけみ)という二人の巨乳美女の間に挟まれて。

 

 

 

 

 どうにかパートナー二人を起こさずにベッドから抜け出すことに成功した健太(けんた)は、ウェットタオルとタオルで簡単に身なりを整えた後、ラフな私服に着替えて一階の食堂へと降りて来る。

 女子寮での寝起きが多くなった健太(けんた)だが、流石にひとりで女子寮のシャワーを使用できるほど図々しくはなれない。それどころか、こうして一人女子寮の廊下を歩いているだけでも、挙動不審になりかけている。

 すれ違う女子に「貴方、何堂々と歩いてるの、ここは女子寮よ!」と問い詰められたら反射的に「すみません、すぐ出ていきます」と答えてしまいそうだ。

 実際には、すれ違う寮生達はごく当たり前に「おはよう」「珍しいね、今朝は一人?」「これから朝食? 一緒に食べる?」「なんなら私も食べる?」などと声をかけてくるくらいに、健太(けんた)は受け入れられている。

 そもそも、この学園の女子寮では、どこでも我が物顔で闊歩する男子が存在する。

 ここ白鶴荘に限っても、それは健太(けんた)一人に留まらない。

 

「うむ、おはよう」

 

「おう、健太(けんた)も起きたか」

 

 

 女子寮である白鶴荘の食堂に足を運ぶとそこには、あまりに自然に朝食を取っている叶馬(とうま)誠一(せいいち)の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 女子寮の一角を占める男三人だけの席。

 白鶴荘の食事は主に洋食だが、その盛も最初から寮生の一,五倍から二倍に盛られているあたり、白鶴荘全体がすでに彼ら三人の存在を受け入れていることが見て取れる。

 叶馬(とうま)の前に積まれた山盛りのバタートーストが周りの女子の倍速で消えていく中、誠一(せいいち)健太(けんた)に話しかける。

 

「ここでお前が一人は珍しいな。パートナーはどうした?」

 

(らん)先輩も竹海(たけみ)先輩もまだ寝ている。休日だから、起こさないようにして出て来た」

 

「ああ、パートナー増えたのか。しかし、健太(けんた)のとこの先輩達もか。うちの麻衣(まい)も、叶馬(とうま)のハーレムメンバーも揃ってまだ起きてねえって、女子にとってゴールデンウィークは朝寝が定番なのか?」

 

 少し不思議そうに誠一(せいいち)が言うが、それは特に不思議なことではない。

 この学園ではセックス三昧の日々が一般的だが、そのセックスは女子の負担が大きい。大概は男子の方がレベルが高く体力ある上、隷属していると快感が深すぎて、女子の体力消耗が激しいのだ。

 質の悪い倶楽部の部室や男子寮に泊りがけで連れ込まれる女子などは、輪姦(まわ)されながら睡眠を確保する技が身についているほどだ。

 もっとも、叶馬(とうま)誠一(せいいち)健太(けんた)のパートナー達は、学園女子としては最上級とも言える扱いを受けているので、日頃は睡眠時間の確保に苦労しているような事実はない。それでも、朝寝坊が許されるなら起きてこないのは、それだけ叶馬(とうま)達が強い証拠でもある。

 

「では、健太(けんた)。今日の予定は?」

 

「今日は特に予定は入れていないな。ゴールデンウィーク初日だから様子見だ」

 

 叶馬(とうま)の問いに、健太(けんた)はそう答える。

 実際には、少し違う。予定を入れていないのは事実だが、理由は叶馬(とうま)の動向を探るためだ。

 原作通りであれば、ゴールデンウィーク初日に叶馬(とうま)は、とある行動をとる。その行動に誘われる可能性がある以上、他の予定を入れる気にはなれなかった。

 その警戒心はこの場合正解だったと言えるだろう。

 

 叶馬(とうま)は無表情のままやけに勢いづいた声で告げる。

 

「ならば、付き合え。お前にも有益だ」

 

「流石にそれだけじゃ分からん。何処に付き合えと言っているんんだ?」

 

 原作知識から叶馬が何に誘っているのか理解している健太(けんた)だったが、知っていてはおかしい情報のため、あえてすっとぼける。

 

「独学の自重トレーニングでは効率が悪い。幸いこの学園の施設は器具が充実しているらしい。どうせやるならば、より効率的にやるべきだ」

 

 相変わらずその言葉だけでは要領を得ない叶馬(とうま)の説明だが、原作知識で「ゴールデンウィーク初日に、叶馬(とうま)が学園のトレーニングルームでウェイトトレーニングをする」ことを知っている健太(けんた)は、それだけで叶馬(とうま)の言いたいことを理解する。

 少し驚いたのは、最初の「独学の自重トレーニング」ということだ。

 

「分かるのか?」

 

 この世界に来てから定期的に自室(最近は(らん)の部屋)で腕立て伏せ(プッシュアップ)腹筋(クランチ)、スクワットを一定数やっている健太(けんた)だが、一カ月たっても精々自分で「ちょっと腹筋が固くなった? ……いや気のせいか」と自問自答する程度にしか体つきは変化していない。

 だが、ウェイトトレーニングには一言ある叶馬(とうま)には、一目瞭然だったらしい。

 

「当然だ。一か月前とでは体つきが違う。だが、自重トレーニングでは限界がある。健太(けんた)ならば、こちらの道においてもすぐさま台頭していることだろう」

 

 どうやら、叶馬(とうま)は原作通り本日学園のトレーニングルームでウェイトトレーニングをするつもりらしい。

 この誘いがただの叶馬(とうま)の気まぐれか、『ズレの修正』のための運命か。

 

「確かに俺は入学以来筋トレは続けている。機械を使ったトレーニングの方が効率が良いとは聞いているけど、あれは正しいフォームを知らなければ害が大きいだろう」

 

 だから、健太(けんた)は興味を示しながらも、躊躇いを見せる。なお、言っている内容は、百パーセント真実だ。

 表向きは『騎士(ナイト)』系のタンクを名乗るつもりの健太(けんた)にとって、素の体を鍛える意義は大きい。だから、トレーニングマシーンを使用したウェイトトレーニングの有効性も理解しているが、使い方が分からない。

 尚典のパソコンを借りて筋トレの動画を検索したのだが(この学園でも有線でのインターネットは一応不可能ではない。フィルタリングがガチガチに入っていて恐ろしく使いづらいが)、動画で見ても今一正しいフォームというのが理解できなかった。

 

 そんな健太(けんた)の返答に、叶馬(とうま)は無表情のまま熱く語る。

 

「任せろ。正しいフォームは俺が教えてやる。お前の認識は正しい。すべては正しいフォームから始まる。フォームが崩れているとトレーニング効率が悪いし、怪我に繋がる。最高効率を求めるならば、重量もギリギリまで攻めるべきだが、それも危険だ。重量が限界に近いほど、僅かなフォームの崩れが怪我に直結しやすくなる。正しいフォームが固まるまでは、安全マージンを取って最高効率の六十%程度の重量でやるべきだろう。

 その場合、成果が出ずらいので継続には強い意志が必要だ。自分に言い聞かせろ、「俺は続ける。俺は理想の俺になる」と」

 

「よし、分かった。詳しいやり方は現地で教えてくれ。誠一(せいいち)も一緒か?」

 

 叶馬(とうま)の「俺はインドア派の陰キャ」という自称があながち根拠レスではないことを示すような、長い早口を健太(けんた)は途中で遮って、話を誠一(せいいち)に振る。

 誠一(せいいち)はあきれたように首を横に振ると、

 

「いや、俺は様子見だ。使えそうだったら教えてくれ」

 

 そう言ってヒラヒラと手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、昨晩は碧鷺(へきさぎ)荘に戻らなかったため、制服と部屋着しかない健太(けんた)は途中で購買に寄り(休日でも変わらず営業している)、トレーニングウェアの上下を購入してから、トレーニングルームへと向かった。

 

「独立したトレーニングジムがあるのかと思ったのだが、武道館の中にあるのか」

 

 健太(けんた)同様購買でトレーニングウェアを購入した(『銭』は健太(けんた)が立て替えた)叶馬(とうま)は、少し意外そうにそう言葉を漏らす。

 

「武道館はこの学園でも特に充実してる施設だからな。この大きさだし、トレーニング施設も期待できるだろう」

 

 そう答える健太(けんた)は、すでに『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしている。

 考えてみれば、叶馬(とうま)と行動を共にするのはこれまでにも何度となくあったが、叶馬(とうま)と二人きりは初めてだ。もっとはっきり言えば誠一と静香(とうまがかり)がいないところで叶馬(とうま)と長時間接するのが初めてなのである。

 油断するととんでもないことになる。油断しなくてもとんでもないことになるだろうが、だからこそ心構えが必要だ。『戦士の不動心(マインドスイッチ)』は自動的にその心構えが出来るので実にありがたい。

 

「確かに、な。では、入るとするか。たのもう」

 

 学園でも有数の巨大施設である武道館を入り口前で見上げていた叶馬(とうま)は一つ頷くと、いつも通りの足取りで中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 武道館の中身は、期待を裏切らない充実ぶりだった。

 剣道を行うような板張りの道場、柔道を行うような畳張りの道場は当然のように存在する。さらに、アスファルトと小さなビルが数軒立ち並ぶ市街地のような空間や、凹凸(おうとつ)の多い地面に大小の石がばらまかれた場所、普通の靴で足を踏み入れれば足首まで埋まる砂地などもある。

 他にも、ボルダリング用の高い壁などもあり、単純に武道だけでなく、盗賊(シーフ)系の斥候訓練のための施設も多数存在している。

 

 館内地図によると、お目当てあるトレーニングジムは二階にあるようだった。

 

「二階か」

 

「ああ」

 

 健太(けんた)叶馬(とうま)は並んで階段を上っていく。

 武道館の施設は、トレーニングのための空間だけはない。途中で休むための休憩室、着替えをしまうロッカールーム、帰る前に汗を流すシャワールーム、怪我を負ったときのためのメディカルルームといった施設も完備されている。

 ある意味至れり尽くせりなのだが、問題は休憩室を始めとした個室はどこも中からギシギシアンアンという擬音が聞こえてくるということだ。

 

「マンネリ防止のために、環境を変えているのだろうか」

 

「単にパートナーとトレーニングに来て、性欲が我慢できなくなっただけなのでは?」

 

 やはり、ここは豊葦原学園なのだと実感させられるBGMを聞きながら、ロッカールームでトレーニングウェアに着替えた健太(けんた)叶馬(とうま)は、トレーニングジムへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 体のラインが出やすいトレーニングウェアに着替えると、健太(けんた)叶馬(とうま)の体の違いは如実に分かる。

 健太(けんた)はあくまで中肉中背で、コンプレックスになる程太っていたり、痩せていたりはしない。だが、長身な上に年齢不相応にマッチョな叶馬(とうま)と並んで歩くと、相対的に自分の体が貧弱に思えてくる。

戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっていなければ、背筋が丸まっていたかもしれない。

 

「これはかなり揃っているな」

 

「よくわからんが、随分種類があることは確かだ」

 

 ジム内部を見渡して感心したように呟く叶馬(とうま)に、健太(けんた)も分からないなりに同意を示す。

 実際、トレーニングジムの設備は充実していた。

 常時トレーニングフォームのセルフチェックが可能なように、壁の大半は鏡張り。広さはちょっとした体育館ほどあり、そこに多彩なトレーニング器具が十分な間隔を持って配置されている。

 ランニングマシンやエアロバイクといった人気のある器具は複数台用意されており、遠目には分からないがそれぞれ負荷のレベルが異なっている。もちろん、負荷を変えることもできる。

 ダンベルやベンチプレスも、プロのボディビルダーの使用にも耐えられるような、超重量まで増量できるタイプもある。

 叶馬(とうま)は真っすぐダンベルコーナーに向かう。ダンベルとは、簡単に言えば片手用の重りだ。それを手に持って上半身――腕、肩、胸を鍛えるのに使う。

 

「器具を使ったトレーニングならば、まずは上半身だ。下半身は自重トレーニングでも比較的に鍛えられるが上半身は難しい。特に腕はな」

 

 そう言うと叶馬(とうま)はおもむろにジャージのようなトレーニングウェアを脱ぎ、続いてその下に着ていたTシャツを脱いだ。上半身裸の半裸姿である。

 素人目にはどこが「緩んでしまった」のか分からないシックスパックの筋骨隆々とした体つきが露わになる。

 

「服を脱ぐのも意味があるのか?」

 

 トレーニング前に腕を振ったり、肩を回したりと動的ストレッチをしている叶馬(とうま)に、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)はそう意図を尋ねる。

 

「効率を上げるためだ。筋トレでは今自分がどの筋肉に負荷をかけようとしているか、明確に意識することが大事だ。服を脱ぎ、筋肉の動きが視界に入ればそれが意識できる。さらに服を着ていると、服が擦れる感触で目的筋肉に負荷がかかっているかどうかを自覚しづらくなる。初心者ほど、筋トレは脱いでやることをお勧めする」

 

「なるほど」

 

 日頃もこれだけ理解しやすい筋の通った言動を取ってくれればなあ、と思うくらいにはっきりとした答えが返っていた。

 これが下半身と言うならばまた話も別だが、上半身ならば特に躊躇う理由もない。

 

「そう言うことならば、俺も付き合うか」

 

 念のため、周囲に静香(しずか)がいないことを確認した後、健太(けんた)もトレーニングウェアとTシャツを脱ぎ、そのお世辞にも筋肉がついているとは言えない、起伏の少ない体を晒した。

 

 

 

 

 使用するダンベルは、当然個人ごとに重さが異なる。

 叶馬(とうま)は自分用に三十キロのダンベルを組む傍ら、健太(けんた)には五キロのダンベルを進めた。

 叶馬(とうま)曰く。

 

「俺のようにオールアウトの目指すなら、今のお前でも七キロか八キロは必要だが、初心者がギリギリまで攻めると怪我に繋がりやすい。まずはフォームを固めて、正しいやり方を覚えることが先決だ」

 

 健太(けんた)にも特に反論する理由もなかったため、素直に五キロのダンベルで叶馬(とうま)に上半身の鍛え方を教わった。

 

 

 

 

 五キロのダンベルを使ってダンベルカール、ダンベルプレス、サイドレイズ、フロントレイズ、ダンベルドローイングといったメニューを全て十回を三セットずつ終えた頃、健太(けんた)は全身から汗を滲ませ、息を弾ませていた。

 SPを切って完全生身の状態になった健太(けんた)などまだまだただの常人である。

 同じメニューだが、三十キロのダンベルでやっていた叶馬(とうま)も少し遅れてメニューを終える。

 叶馬(とうま)の方が終わるのが少し遅かったのは、途中途中で健太(けんた)にフォームの指導をするために開始が遅れたことと、オールアウトを狙うためにいくつかのメニューは十回丁度ではなく十数回おこなっているからだ。

 

「ふう…………よし、これでひとまずは終了だ。流石だな、健太(けんた)。俺が見込んだだけはある」

 

「はあ、はあ、はあ……そうか。褒められるほどのことはやってないと思うんだが?」

 

 叶馬(とうま)より先に終えていたのに、まだ息の整わない健太(けんた)叶馬(とうま)の賞賛に首を傾げる。

 

「いや、初心者がこれだけのメニューをフォームを崩さずにやり切るのは十分大したことだ。普通初心者は、楽に逃げようとしてフォームが崩れる」

 

 部活や体育の時間などでやる筋トレではよくある話である。強い目的意識を持たないまま、強制や惰性だけで行う筋トレは、「いかにしてノルマをこなすか」という方向に思考が進んでしまい、「出来るだけ楽な体勢」の「筋トレもどき」やるようになる。

戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)には、そうした逃げの姿勢がない。

 

「そうか。ならば素直に受け取っておこう。今日はこれで終わりか?」

 

 健太(けんた)の言葉に、叶馬(とうま)は少し考えると、

 

「後はゴールデンタイム中にプロテインを飲んで終了、と思っていたのだが、健太(けんた)がやりたいトレーニングはあるか?」

 

 ゴールデンタイムとは「筋トレから三十分以内にたんぱく質を摂取することで、筋肉の成長に最高の効率を生む」という考えだ。最近は否定する者も多いが、叶馬(とうま)は自己の経験からその法則を守っている。

 そんな叶馬(とうま)の言葉に健太(けんた)は少し考えて素直に答える。

 

「しいて言えば、デッドリフトか。自力で調べた範囲では、あれが一番よくわからなかった」

 

 デッドリフトとは、簡単に言えば床に置いたバーベルを両手で掴んで立ち上がる運動である。

 健太(けんた)が調べた範囲では、有効な筋トレとしてよくお奨めに挙がっているのに、正しいやり方が分かりづらかった。文字で説明しているのはもちろん、連続写真で説明しているのも、動画で説明しているのでさえ、「正しいやり方」と「間違ったやり方」がほとんど間違え探しのレベルに見える。

 

「ああ、確かにあれは素人が見よう見まねで正確なやり方を探るのは難しいな。よし、任せろ。俺もそこまで詳しくはないが、仮にも筋トレ三大種目ぐらいは教えられる」

 

 叶馬(とうま)はそう言うと、ダンベルが設置されている現在地から、バーベルが使える場所へと移動を始める。

 ちなみに筋トレ三大種目とは「スクワット」「デッドリフト」「ベンチプレス」の三つらしい。

 健太(けんた)は横に置いてあったトレーニングウェアの上とTシャツを手に取ると、鬼が笑っていそうな叶馬(とうま)の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デッドリフト用のバーベルとマットが設置された場所にやってきた健太(けんた)叶馬(とうま)だったが、そこには先客がいた。

 

「ほう、見事」

 

 先客の姿を見た叶馬(とうま)の口から賞賛の言葉が漏れる。

 

健太(けんた)。よく見ておけ。あれがデッドリフトのお手本だ。悔しいが俺ではあそこまで完璧なフォームにならん。そういえば生徒手帳には動画の撮影機能もあったな? お手本として撮影させて頂いたらどうだ?」

 

 そう言う叶馬(とうま)だったが、幸い叶馬(とうま)の電子生徒手帳は『雷神(ライジン)』系のGR(クラス)について以降、とみに強くなった叶馬の帯電体質に敗北し、ただのゴミとなって自室の机の引き出しに放り込まれたままだ。

 

「やらん、お前もやるなよ」

 

 原作通りならば、この時点で叶馬(とうま)の電子生徒手帳は壊れているはずだが、念のため健太(けんた)はそう言って叶馬(とうま)を制止する。もちろん自分もそんな暴挙に出るつもりはない。後々のため、自分の生徒手帳を壊して放置しておいたことが、ここで良い方向に働くとは思っていなかった健太(けんた)である。

 

 叶馬(とうま)が「お手本」と言ったデッドリフトを披露しているのは、女子生徒なのだ。

 

 ボディラインが全て露わになっている、セパレートのトレーニングウェア姿の美女が一心不乱にデッドリフトで汗を流しているところを動画撮影するというのは、この学園の外ならば問答無用の痴漢行為だろう。

 この学園ならば、良くも悪くも本来そこまで問題視される行為ではないが(薄着の筋トレどころか、全裸の乱交現場を撮影している奴がごまんといる)、今回ばかりは少々相手が悪い。絶対にやめておくべきだ。

 

 そんな叶馬(とうま)健太(けんた)の接近に、当の美女が気が付かないはずがない。

 

「なんですか、貴方達は?」

 

 予定していた回数を終えた美女は、バーベルと足元に置くと、胸元を隠すように両手を胸の前で組みながら、そう言ってこちらを睨んでくる。

 一人でいる薄着の女子に近づく、男子二人。これで警戒心を抱かない女子は、この学園にはいない。

 だが、そんなことに頓着する叶馬(とうま)ではない。

 

「失礼、眼福物のお体でしたので、つい見惚れてしまいました」

 

 言葉は過去形だが、今もリアルタイムに叶馬(とうま)の物理的な圧力すらありそうな視線はその女子の体に固定されている。

 叶馬(とうま)の言う通り、その女子は見事な体をしていた。

 トレーニングウェアの上下の間から覗かせる、シックスパックの腹筋。形よく盛り上がった肩。俊敏さと頑強さを兼ね備えていることが一目で見て取れる、うっすら割れた太腿。

 女性らしさを残しつつ、理想的に鍛えられた筋肉美女である。

 

 叶馬(とうま)の賞賛の言葉に、その女子生徒は一層警戒を露わにし、警戒を通り越して攻撃性を帯び始めた視線をこちらに向ける。

 流石にこれはフォローが必要か。

 と、健太(けんた)が口を開きかけたそのときだった。

 

「なにかあったのか?」

 

 と、女子の後ろから一人の男子生徒がこちらに近づいてくる。

 

「副会長」

 

 その人物の登場に、筋肉美女の表情が一瞬で穏やかになる。

 筋肉美女に副会長と呼ばれたその男子は、筋肉美女の隣までやってくるとその足を止めた。

 学校支給のジャージではない、明らかにブランドものの高級そうなジャージの上下を着たその男子は、まるで今日美容室に行ってきたばかりと言わんばかりに整ったツーブロックヘアスタイルで、オーダーメイドの眼鏡をかけている。

 筋肉美女が呼んだ「副会長」という肩書が実に似合う容姿だ。

 

 その眼鏡男子は、叶馬(とうま)健太(けんた)を少し見た後、

 

「どちらも普通科か。フン、珍しいな、こんなところで」

 

 と明確に見下す目線で鼻を鳴らした。

 その蔑みの視線を受けても、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)には、全く響かない。

 問題は叶馬(とうま)だが、叶馬(とうま)はもちろん問題行動をとる。

 

 上半身裸の叶馬(とうま)は半歩前に踏み出すと、左手で右手首を掴み、胸、肩、腕を力ませ、己の筋肉を強くアピールする。

 

「むん!」

 

 同時に白い歯を見せる笑顔も忘れない。見事なサイドチェストポーズである。

 

 なぜ、このタイミングで筋肉アピールなのか。世間一般では全く意味不明だが、原作によれば叶馬(とうま)の主張は「ここはトレーニングジム。筋肉の社交場。この場で特級科、普通科の区分など無意味。語る資格があるのはただ筋肉(マッスル)のみ」ということらしい。普通は意味が分からないだろう。

 叶馬(とうま)の交友関係を全員当たっても理解できるのは、原作を読んでいる健太(けんた)だけだ。『魂魄結晶(ソルデバイス)』で繋がっている静香(しずか)でも理解できないに違いない。

 

 だが、『筋肉対話(マッスルコミュニケーション)』は時として、選民思想に凝り固まったエリートにも通じる共通語としての力を持つらしい。

 

 叶馬(とうま)のサイドチェストを見た眼鏡男子は不敵に笑うと、着ているジャージのチャックに手を伸ばし、一気に引き下げた。

 それだけで叶馬(とうま)が顔色を変える。叶馬(とうま)の顔に浮かぶのは、敗北感だ。

 おもむろに眼鏡男子はジャージの上を脱ぎ、続いてその下に纏っていたタンクトップも脱ぎ捨てた(脱いだジャージとタンクトップは阿吽の呼吸で筋肉美女が後ろで受け取っていた)。

 

 上半身裸になった眼鏡男子は、両拳を握り、腹の前で重ねると、少し前かがみになって全身に力を入れる。

 

「ふっ!」

 

 見事なモストンマスキュラーに、叶馬(とうま)は感嘆の息を呑み、自分の敗北を告げる。

 

「エスクイジット、己の体を恥じるばかりです」

 

 潔い敗者(グッドルーザー)叶馬(とうま)の態度に、眼鏡男子は歯と眼鏡をキラリと光らせる。

 

「フッ、どうやら正しい目と道理を理解できる頭を持ち合わせているようだな。会話をする価値があると認めよう」

 

「恐縮です」

 

 不思議と通じ合う眼鏡男子と叶馬(とうま)の姿を、少し後ろから健太(けんた)は見ていた。

 

(なるほど。この世界線では、この出会いがなかったはずなのか)

 

 健太(けんた)の記憶が正しければ、原作で筋肉美女と叶馬(とうま)が鉢合わせるのは「ベンチプレス」の場所だったはずだ。そこで、「ベンチプレス」をしている筋肉美女のところに叶馬(とうま)がやってきて絡んでいる(叶馬(とうま)にその自覚はない)ところに、眼鏡男子がやってきて、叶馬(とうま)は眼鏡男子と意気投合する。

 だが、この世界では筋肉美女がやっていたのは、「ベンチプレス」ではなく「デッドリフト」だった。

 もし、健太(けんた)が同行していなければ、叶馬(とうま)は「ベンチプレス」、筋肉美女は「デッドリフト」という形ですれ違い、必然的に眼鏡男子――副会長と叶馬(とうま)が知り合うこともなかったはずだ。

 その流れを修正したのが、健太(けんた)の存在なのだろう。

 

 健太(けんた)がそんな思考を巡らせている間にも、叶馬(とうま)と眼鏡男子は「体脂肪率は十二%を目指しています」「いや、十パーセントまで絞ってよい。私は最近仕事が忙しくて八パーセントまで落ちてしまった」などと、筋肉談義を弾ませている。

 あくまで筋肉談義を通して、叶馬(とうま)が認められただけ。そう判断していたため、突然眼鏡男子の視線がこちらに向いたのは、健太(けんた)としても多少意外だった。

 

「それで彼は? 見ればほぼ素人。その割には、今日は随分追い込んでいるようだが」

 

 これは、自分が返答するよりも、一旦叶馬(とうま)に任せた方が良い。そんな判断で沈黙を保っていると、そんな内心を知ってか知らずか叶馬(とうま)が紹介してくれる。

 

「彼は健太(けんた)。俺の同級生で友人です」

 

「普通科一年(ひのえ)組、健太(けんた)です」

 

 叶馬(とうま)の紹介を受けて健太(けんた)は、そう言って小さく頭を下げる。

 その態度は、眼鏡男子にとっても合格点だったらしく、

 

「特級科三年、礼治(れいじ)だ。彼女は麗華(れいか)

 

 そう叶馬(とうま)と一緒に健太(けんた)にも名乗ってくれる。

 

「特級科三年、麗華(れいか)です」

 

 眼鏡男子――礼治(れいじ)叶馬(とうま)がポージング合戦から意気投合して、筋肉談義を繰り広げている間、居心地が悪そうにその場でモジモジしていた筋肉美女――麗華(れいか)も続いて名乗る。

 

「何とお呼びすれば良いでしょうか?」

 

「好きに呼びたまえ。普通科の者にそこまでの礼儀は求めない」

 

「では、礼治(れいじ)副会長、麗華(れいか)庶務と呼ばせて頂きます」

 

「……ほう」

 

 健太(けんた)の答えに、礼治(れいじ)の眼鏡がキラリと光った。

 

 

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