「私も負けません!」
次の玄室では、叶馬と健太の活躍に触発された沙姫が大張り切りを見せる。
『鎧犀』はその巨体で繰り出す突進が確かに脅威だが、馬鹿の一つ覚えでそれしかやってこない。
「クオオオン!」
「ギャピイイ!」
「ギャオオオ!」
ほぼ横一直線に並んだ三匹の『鎧犀』を遠くに睨み、沙姫は左手で腰に下げた刀――『水虎王刀』の鞘を掴み、右手をそっと柄にそえる。色も木目模様も木製そのものなのに金属のような光沢をもつその鞘から抜き放たれたのは、深く澄んだ湖底を連想させる鮮やかな青い刀身。
「ちぇい!」
と沙姫が気合の声を上げて、刀を抜き放つ。
次の瞬間、まだ数十メートル先にいる三匹の『鎧犀』は、ズルリと体が斜めにずれ落ちた。
「おい、今の見えたか?」
引きつった顔でそう言う誠一に叶馬も無表情で首を横に振る。
「なにも」
それはそうだろう。こっそり『視力強化』を使っていた健太でも、辛うじて青い線が三度、空間を走ったのが見えただけだ。
そう。三匹の体のずれ落ち方が不規則だったことからも分かる通り、今沙姫は三匹まとめて一閃で薙ぎ払ったのではない。あの一瞬で三匹それぞれに一太刀ずつお見舞いしたのだ。
「凄いな、沙姫さん。今のは、『剣豪』のスキル?」
「いえ、この刀の力です! 凄いんですよ、この刀。この鞘に納めておくとグオオオってなって、抜くとシュパッてなるんです!」
健太の問いに、沙姫は新しいおもちゃを自慢する子供のように目を光らせて、『水虎王刀』について語る。
擬音だらけでわかりづらい沙姫の説明を要約すると、ようはこの世界線の『水虎王刀』は刀そのものは原作と違わない。ただ、その鞘が健太の提供した『鉄擬態木』のドロップ品を主として作られている。
『水虎王刀』は極めて強力な『水』属性の刀だ。一方、『鉄擬態木』の木片は『金』と『木』の二重属性。
鞘に収まった『水虎王刀』は、五行相生『金生水』が発生し、『水虎王刀』の『水』属性が強大化する。一定以上『水』属性が高まると、今度は『水虎王刀』から鞘に対し五行相生『水生木』が発生し、鞘の木属性が強化されるので、『水虎王刀』が鞘を破壊する懸念もない。
「姫ちん、私より射程が長いんですけど」
叶馬パーティーの遠距離広範囲攻撃を担当している麻衣は口を尖らせる。今まで開幕の一撃は麻衣が後方から魔法をぶっ放すか、沙姫が切り込むかだったのだが、これで沙姫がその場から水の超長刀身で斬りかかるという選択肢も加わった。
ちゃんと話し合っておかなければ、パーティー内の経験値が偏りかねない。
「お前はまだ良いだろ。俺なんて、ガチで獲物取り合ったら多分一匹も倒せねえぞ、これ」
「全部姫ちんに食われる」と呆れた表情で誠一は首を横に振る。
『盗賊』系はスピードが売りで、誠一の就いている第二段階職『忍者』はその中でも戦闘力が高い職なのだが、これは相手が悪い。
通常、『盗賊』系と『戦士』系を比較すれば、スピードは『盗賊』系、パワーは『戦士』系に軍配が上がる。
だが、沙姫は『戦士』系第二段階レア職『剣豪』だ。
『剣豪』はスピードと斬撃に特化した職であり、端的に言えば沙姫は誠一より速い。その上、攻撃力は誠一の比ではない。
そんな誠一の肩を叶馬が後ろからポンと叩く。
「大丈夫だ、誠一。お前にしかできない大切な役割がある」
そう言って叶馬が視線を向けるのは、海春、夏海の双子コンビだ。
「はい、『検索案内』……『宝箱』発見です」
「あっちです」
海春が『癒し手』系第二段階職『司祭』、夏海が『文官』系第二段階職『案内人』なのだが、この双子はお互いのスキルを共有している。
「マジか……」
『宝箱』発見の報告に、誠一は天井を仰ぎ見る。一般的に『宝箱』に鍵も罠も仕掛けられていないのは、地下二階までとされている。
ここは、『既知外』領域地下第五層。『宝箱』にはもれなく鍵と罠が付いている。
『雷神』の叶馬。『忍者』の誠一。『巫女』の静香。『魔術士』の麻衣。『剣豪』の沙姫。『司祭』と『案内人』の海春と、夏海。そこに(自称)『騎士』の健太を加えても、鍵開け、罠解除は誠一以外出来る『人間』はいない。
「せーいち、ふぁいとー」
恋人である麻衣の言葉に背中を押され、誠一はため息を漏らしながら、案内する双子の後ろを重い足取りで歩き出した。
『宝箱』がある玄室にも、もちろんモンスターはいる。
ただし、ここにいるモンスターは、『堅牢犰狳』が数匹いるだけだ。
『堅牢犰狳』は「お前、やる気あるのか?」と突っ込みたくなるモンスターだ。
敵を発見するとその場で丸まり、防御態勢を取るのだ。直径一メートルほどのその球体は非常に硬い外皮で覆われており、その防御力は理不尽なくらいに高い。その代わりに、攻撃手段はゼロであり、移動はゴロゴロゆっくり転がるだけ。
ようは、脅威度は果てしなくゼロに近いモンスターなのである。
火炎攻撃用の装備を用意して、じっくり火で炙れば誰でも倒せるらしいが、耐火、耐熱防御も高いらしく倒し終えるまで時間がかかるため、無視するのが常道とされている。
しかし、ここには理不尽に高い『堅牢犰狳』の防御力を上回る、理不尽な攻撃力を誇る者がいた。
「むん!」
一匹の『堅牢犰狳』を抱き上げた叶馬が、グッと両腕に力を籠めると、水風船を潰したような音を立てて、『堅牢』は消失する。
「叶馬君、ゴア禁止って言ったよね?」
「……むう、締め落そうとしたのだが、加減が難しい」
怒る麻衣に、その身に纏う『重圧の甲冑』を一時的に血と肉片で汚した叶馬は、無表情のまま首を傾げる。
「健太? 何をやっている?」
全身に浴びた『堅牢犰狳』の液体が瘴気に返ったところで、叶馬は健太が何やら不思議なことをやっていることに気づく。
健太は、球体化している『堅牢犰狳』の上に大剣の刃を立たせるようにして載せていた。
「『堅牢犰狳』の強度を計っている。この大剣の刀身は、『鋭刃』の能力があるんだ。こうしてSPを注ぐと、刀身が圧縮されてその分刃が鋭くなり、同時になぜか重量が増す」
「ほほう」
健太の説明に、叶馬は無表情ながら興味を引かれたような声を上げる。その説明が事実であることを示す様に、灰色の岩のような大剣の刀身部分は、徐々に縮まっていく。色も白に近い灰色から、黒に近い灰色へと徐々に変わっていく。
最初は岩を粗雑に削って作りだしたような原始的な刃だった刀身が、黒曜石を精密に磨き上げて作り上げたような洗練された刃へと変貌を遂げる。
『堅牢犰狳』からすれば、自分の上に刃を立てているギロチンが徐々に鋭く、重くなっていっているようなものだ。
それでも、流石は防御力(だけ)には定評のある『堅牢』だ。健太の大剣が厚みも大きさも元の半分以下、色はほぼ漆黒まで染まっても、なおその刃は自重だけでは外皮を貫けない。
これはもう少し、SPを多めに注ぐべきか。
と、健太が注ぐSP量を増やしたその時だった。
まるで手品のように、漆黒の刃は『堅牢犰狳』の体をすり抜け、カツンと玄室の床にぶつかった。
後には真っ二つになった『堅牢犰狳』の死体が残る。瘴気に返るまでの数秒、綺麗な断面図をこの場にいる皆に見せつけてくれる。
「健くん、なにか言うことある?」
「……加減が難しい」
半眼でこちらを睨む麻衣に、健太はそんな言い訳を残した。
ともあれ、『堅牢犰狳』は叶馬パーティー+健太にとっては全く敵ではない。
大した緊張感もなく、玄室にいた全ての『堅牢犰狳』を倒し終えた後は、お楽しみの『宝箱』である。
「……なあ、俺の目の錯覚か? 『宝箱』が二つ見えるんだが?」
乾いた笑いを浮かべる誠一の言葉に、答えたのは真面目に授業を受講している静香だった。
「『宝箱』の出現は大きく分けて二種類あります。一つは最初から玄室に存在しているもの。『検索案内』のスキルで発見できるのはこちらです。もう一つは、玄室内のモンスターを倒すことがトリガーとなり出没するもの。こちらはモンスターを倒すまで存在していないので、『検索案内』でも発見できません。
最初から『宝箱』がある玄室でモンスターを倒すと、『宝箱』がもう一つ出現するケースも過去にごくまれな例として確認されているそうです」
「おー、ちょーラッキーじゃん」
嬉しそうに目を輝かせる麻衣の言葉に、誠一は泣き言を漏らす。
「……なあ、せめて、どっちか一つにしねえ? 今の俺ら、装備も『銭』もそんなに困ってねえだろ」
「あ? 何バカ言ってるの? 死ぬの?」
「死にくねえから、やりたくねえんだよ」
凄い形相で睨む麻衣に、誠一は最後まで泣き言を漏らしながら、それでも覚悟を決めたのか、一つ目の『宝箱』に挑む。
「……よし、これで良い、はず」
しばらく『宝箱』を弄っていた誠一は、覚悟を決めてそっとその蓋を開ける。
すると次の瞬間、宝箱は勢いよく開かれ、同時に赤黒い霧のような物を吐き出した。
「ッ!? あっぶねえ!」
間一髪、素晴らしい反射神経で後退した誠一は、ギリギリ赤黒い霧の外側で、荒い息をつく。
あの霧を浴びていたら、毒か、石化か、死か、とにかく何らかのバッドステータスにかかった可能性が高い。
「わーい、あいたー。中身はなに?」
「これは、剣だな」
「うわあ、なんで宝箱よりずっと長い剣が出て来るんでしょう?」
「ダンジョンに常識を求めて求めても仕方がないでしょう」
皆で開いた『宝箱』から二メートルを超える大剣を取り出し、ああだこうだと盛り上がるパーティーメンバーに、誠一は一人静かに離れている健太に救いを求める。
「なあ、健太。お前、自分の倶楽部メンバー集めてんだろ? その中に、『盗賊』いねえか? いたら、たまに貸してくれや」
誠一の言葉に、健太は無情に首を横に振る。
「いないな。男子は、『戦士』系と『術士』系で、女子は『文官』系と『遊び人』系と、あと一人はまだノービスだ」
答えながら、健太も自分の集めているメンバーに足りない職があることを自覚する。健太自身、自分本来のダイブはソロで、倶楽部は倶楽部対抗戦で叶馬を満足させつつ、幾人かの女子を守れれば良いとしか考えていなかったため、気にしていなかった。
「ノービスの女子って一年か。そいつ『盗賊』系に育成しねえ? 『怪盗』とかそっち系で」
『怪盗』は、『盗賊』系第二段階職で鍵開けや罠外し、忍び足、影潜みといった非戦闘系のスキルに傾倒した職である。
その分戦闘力は劣るが、真面目にダンジョンを攻略するのならば一人はいて欲しい人材である。
誠一の切実な説得だが、健太は無情に首を横に振る。
「駄目だ、本人の意思が最優先だ。それにそもそも叶馬の『あれ』でも、候補になかったら選びようがないだろう」
叶馬の『情報閲覧』にせよ、健太の『職業選択の自由』にせよ、「転職時に選択肢として挙がった職の中から好きな職を選べる」だけで、誰でも好きな職に付けられるわけではない。
もちろん、それでも反則級に有益なスキルなのだが。
「くそ。そいつでも新メンバーでも、『盗賊』系がいたら紹介してくれ、マジで」
「分かった」
そんな言葉を残し、誠一はトボトボと二つ目の『宝箱』に向かう。
将来はともかく、現状では自分がやるしかない。それを理解して、身を危険にさらして最善を尽くす。表面上の軽く悪ぶっている見た目とは異なる、誠一の真面目で責任感の強い性根がそんなところに現れていた。
幸い二つ目の『宝箱』は、問題なく解錠された。
「どっちも剣かあ。外れね」
二メートルを超える大剣と、一メートルちょっとの長剣を見た麻衣は、途端に興味を失う。
「いや、剣つったら大当たりの部類だからな」
という誠一の言葉は、学園全体では事実だが、麻衣の言葉もこの場に限れば間違っていない。
学園全体では一番人気な武器である剣も、叶馬パーティーでは使い手がいない。
以前も、『宝箱』から出た強力なマジックアイテムの剣――『ブルーソード』をわざわざ『匠工房』で刀――『水虎王刀』に打ち直してもらったくらいだ。
「どっちも獅子です」
「お揃いです」
海春と夏海が言う通り、その大剣と長剣は、大きさ以外は非常に似た作りをしていた。
刀身は真っすぐな両刃で、鍔の部分には黄金の獅子の象嵌されている。銀色に輝く肉厚な刀身には、何やら神秘性を感じさせる文字が刻み込まれている。
健太にはそれがヘブル文字で、大剣に『知恵』、長剣に『知識』と書かれていることが読み取れた。
「ダンジョンでドロップするアイテムは、時代ごとの流行が反映されるらしいぜ」
本人も今一信じていない口調でそう言う誠一の言葉に、健太は一定の理解を示す。
「確かに、ゲームやアニメで出てきそうな剣だな」
「そういや、大剣はともかく長剣の方なら健太が使えるか。いるか?」
誠一の言葉に、健太は少し考える。
「俺の主武器は小剣だからな。これはちょっと長すぎる。使って使えなくはないが」
健太が今腰に下げている『金狼木霊剣』も、その前まで使っていた小剣も、五十センチ未満だ。それに対しこの長剣は、柄も含めれば一メートルを優に超えている。
健太の腕力ならば片手でも使えるだろうが、正直「使いこなせる」とは言い難い。ただでさえ、今は雑魚チラシ専門とはいえ大剣にも手を伸ばしているのだ。
とはいえ、強力な武器であることは離れて見ていても明らかだ。
「そうだな。他に欲しい者がいないなら、長剣の方は貰っておこうか。ただ、すぐに使う予定はないし、あまり人目にさらしたくないからな。叶馬が預かっておいてくれるか?」
「分かった」
叶馬は短く答えると、大剣も長剣もまとめて『空間収納』にしまい込んだ。