「では、次はそちらのお客さん。お客さんはなんぞお望みですう?」
『
「俺ですか? 俺は、対価に渡せるものが何もないのですが」
正直、ダンジョンショップに来ることができるのならば、ゴブリンのクリスタルや武器、臓器、カード(一枚だけドロップした)なんかも拾っておくべきだったと思うが、後の祭りである。せめて、武器として使用していたゴブリンスピアだけでもあればよかったのだが、それも叶馬から逃亡するときに投げ捨ててしまったままである。
役にも立たない後悔をしている健太に、店主はプカリとキセルを吹かすと、
「あるじゃありやせんか。ほれ、お客さんが両手に嵌めてらっしゃる手袋。それ、引き取りまひょ」
原作で、店主の言葉はあちこちの方言から独自の語尾まで混ざった滅茶苦茶だと言及されていたが、こうして聞くとなるほどとても分かりづらい。だが、言っている意味が分からないほどではない。
「これですか? 正直、かなり使い勝手が良くて重宝してるのですが、手放した方が良いのですか?」
店主が言っている手袋とは、異世界転生時に授けられたチートアイテム、『
ダンジョンショップの店主は、極めて高位の精霊であるため、チートアイテムの能力を見抜いたことには驚きはないのだが、それを手放せと提案してきたのは、意外だった。
基本的にこの店主は、人間に対して友好的である。それは、叶馬に有害アイテムである『
だが、叶馬の『黄泉衣』と違い、健太の『初心者救済装置』は有害どころか、健太をここまで生かしてくれた命綱だ。手放せと言われて、すぐさま「はい」とは答えづらい。
そんな健太に店主は、コテリと首を傾げると、
「まあ、便利なのは間違いないですよって、どうしても、とは言いまへん。けど、今のお客さんならそれなくとも十分にやっていけはるでしょうし、それ装備しとったら経験値が入らんよって、損しますよ?」
そう、結構衝撃的な事実を告げる。
「これが経験値を阻害している? でも、俺はこのダンジョンでこれをつけたまま戦って、随分強くなったと認識してるんですが?」
と健太が事実に基づいた反論をするが、店主はその反論にも簡単に答える。
「強くはなれますう。倒したモンスターのEXPを吸収して、魂魄が強大化しますから強くはなるんですう。でも、そこに本来乗るはずだった『自分がモンスターを倒した際に積んだ経験』が、その手袋に阻害されているんですう。その手袋を使っている間は、アーキタイプ六職にしか、なれませんのでそろそろ卒業したほうが身のためですよって。もちろん、選ぶのはお客さんやけど」
「なるほど」
そういうことだったのか、と健太は得心がいった。
考えてみればおかしかった。原作では運動神経が絶滅危惧種に指定されてそうな
それの理由が、倒した経験が『
そうと理解すれば、判断は早い。
「分かりました。引き取ってください」
健太は、両手から『
すでに健太は、ノービスから『
もちろん、『初心者救済装置』は非常に便利で強力なアイテムであることは間違いない。健太が将来パーティーを組むとき、レベルの低い仲間に貸してやれば、レベリングがとても
となると、持っているだけリスクとなる。デメリットの方が大きい、と健太は判断した。
「スパっと即決。最近の若い方は決断が早うござんすなあ。では、こちらでどうざんしょ。『
そう言って、店主が取り出したのは、見事なL字型の穂先がついた槍だった。素人目にも凄みを感じられる、間違いなく逸品と呼べる代物だ。欲しいか欲しくないかで言えば当然欲しい。ただし、穂先から石突までの長さは、二メートル前後。何をどう頑張っても、隠して持ち帰ることは不可能だろう。
「出来れば俺も、叶馬みたいになんかのスキルの方が良いんですけど」
健太は、『片鎌槍』を辞退してそう要望を出した。死んでいないことを誤魔化すには物品を持ち帰るのはリスクが高い。それを言えば、ダンジョンダイブ前には装備していた黒い皮手袋がなくなっているというのも結構怪しいのだが、そこまで細かなチェックはされていないと思いたい。
だが、そんな健太の提案に、店主は困ったように眉の間に皺を寄せる。
「スキルでございますかぁ。しかし、そちらのお客さんとお客さんでは魂の容量が琵琶湖と庭池くらい違いますよって。しかもお客さんの場合は、すでに三つばかり先客がいる状態。そこに追加できるスキルとなりますと……」
店主はどうやら本気で困っているらしく、しばらく言葉が出てこなくなった。
確かに無理難題に近い要望だったかもしれない。
人間には『器』というものがある。原作主人公である叶馬はこれが元々広かった上に、『
それに対して、健太は異世界転生する際に、あくまで本来の自分にこだわったせいでただの人間に過ぎず、しかも最初から三つチート能力を貰っているため、空き容量は極めて限られているのだ。これまでのレベルアップで多少は器も広がっているが、それでもまだまだ誤差の範囲だ。
それでいて、店主は『商売の理』に反することができないため、提供するスキルは『
金塊を差し出して「これと釣り合う価値の魚をこの入れ物に入れてくれ」といって小さな金魚鉢を差し出すようなものだ。なるほど、無理難題である。
だが、流石は手に入らないものはないとまで言われるダンジョンショップの店主。やがて、一つのスキルを提案してくる。
「では、これでどうでっしゃろ。『
店主の説明を受けて、健太はそのスキル――『
ようは、常にアクセスできるデータバンクを貰える、ということのようだ。
文字情報や画像情報、音声情報に限らず、臭いや味や感触、しまいには「いやな予感」のような霊的感覚すら、記憶させておけるのだという。
ただし、情報の獲得手段はあくまで健太の五感(もしくは六感)と思考に限る。健太自身が見聞きしたことならばいくらでも記憶させられるが、他人からの伝聞情報は「その人がこんなふうに説明していた」という形でしか記憶できない。もしくはその情報から健太が「多分こうだったのかな?」と想像した情報だけだ。再生できるのも健太の体に対してだけ。健太が思い出しながら、口頭で説明することは出来るが、『脳外記憶領域』に健太以外をアクセスさせて、追体験させてやることは出来ない。
便利と言えば便利だが、使い方次第、というのが健太の感想だ。
ともあれ、あれば便利なスキルではある。健太が持つ『三つ目のチート能力』と良い相乗効果を起こせそうな予測もたつ。高位の精霊である店主のことだから、健太のチート能力については理解しているだろうし、その相乗効果も理解した上での提案なのではないだろうか。
「分かりました。それでお願いします」
「はい、ではいきますぅ」
先ほどの叶馬同様、店主は健太の両手を自分の両手で掴んだと思うと、次に健太の両手の上をパチパチとキーボードを叩くように指を躍らせ、健太の中にスキルをインストールする。
それは、奇妙な感覚だった。白い空間で謎の上位存在に三つのチート能力を付与された時は何の感触もなく、本当に能力を貰ったのか疑問だったほどだが、今店主からスキルをインストールされているのは、明確に感触があった。
大量の情報が自分の中に流れ込む感触。
意識を自分の内側に向けると、全く見た事のない文字列が無数に流れ込んでいるのが知覚できる。
先ほど、叶馬に『
客観的に見れば、健太へのインストールは、叶馬へのそれと比べればはるかに短時間で終わった。元々叶馬の方が数も多く、一つ一つのスキルも強大なものなのだから、それも当然なのかもしれない。
取引が終わった後も、店主はペラペラと話し続ける。
「流行りの入れ替わりがあるんは理解してるんやけど、もう少し多様性があっても良いんじゃないかともうんですぅ。確かに流行っていた頃は、また最強チーレム系かあ、と食傷気味やったけど、いきなり激減されてもそれはそれで寂しいというか」
店主が話す内容の大半は、ウェブ小説についてだったが。久しぶりに知的生物と会話が出来て嬉しい、と言っていたのはリップサービスではなかったようだ。
「結局書き手というのは、書籍化を目指していようがいまいが、大半はアクセス数や評価を欲しますからね。人気があるジャンルに偏るのは、必然の流れでしょう。でも、絶対ひねくれ者や、我が道を行く少数派はいますから、探せば廃れたジャンルの新しい良作も見つかりますよ」
生粋のオタクである健太は、ついそうやって店主の話に合わせて会話を続けてしまう。今も『
最初は多少相槌を入れていた叶馬だったが、流石にガチオタ同士の濃いオタトークにはついてこられず、しばらく前から沈黙を保っている。
店主と健太の会話(オタトーク)が一旦途切れたところで、叶馬はずっと機会をうかがっていたらしく、少し強引に話しかける。
「健太。世話になった。この借りは必ず返す」
全くの無表情のまま、抑揚のない口調で叶馬はそう言う。
これは確かに、叶馬の人柄を知らない人間が聴けば「おう、世話になったな。この礼はさせてもらうぜ、拳でだなぁ!」とすごんでいるのではないかと誤解されそうな顔つきと、口調だ。
原作の知識で、叶馬はズレてはいてもむしろ義理堅い人間であることを知っている健太は、叶馬の意図を違えて受け取ることはしない。叶馬はただ単に、『
しかし、叶馬が心底『ずれている』ことも知っている健太は、叶馬の『お礼』が明後日の方向から襲撃してくる可能性についても理解していた。それこそ、強さが必要な豊葦原学園なのだから、『お礼』として強敵とのタイマンの権利をサプライズで譲ってくれたりしても全くおかしくない。なにせ、本人の価値観では、それ間違いなく嬉しいお礼なのだから。
だから健太は、あえてはっきりとした形で、礼を強請る。
「ああ。では、借りを返す意味で、『今日、ダンジョン内で俺と会ったことを、誰にも言わない』でいてくれるか」
健太の言葉に、叶馬は表情こそ変えないがどこか納得がいっていない雰囲気を漂わせる。
「お前がそう言うのなら他言はしないが、それでは借りを返したことにはならんだろう」
ある程度予想できていた叶馬の言葉を、健太は簡潔に否定する。
「なる。俺が今頼んでいることは、お前が思っている以上に大変なことだ。この学園とダンジョンについて詳しく知ればそれが分かる。一年
と、健太は
「さっきの約束、一つ訂正する。一人だけ例外がいる。叶馬の右手の
叶馬の右手のひらを貫いている魂魄結晶。原作通りだとすれば、それは
実際原作では、静香は叶馬に「それを誰かに見せましたか?」と聞いていた。原作では誰にも見せていなかったから正直に「いいや」と答えるだけで済んだが、この世界では健太がばっちり見てしまっている。
その場合、叶馬は嘘をついて「見せていない」と答えるか、「一人に見せた。それが誰かは言えない」と答えるしかない。
魂魄を取り込んだ者と取り込まれた者の間には、密接な繋がりが生じる。原作では、「叶馬は感覚で静香を支配して、静香は感情で叶馬に支配されている」、と表現されていた。
叶馬と静香の間に、不用意に嘘や秘密の壁を作ると、最悪静香は心を病んで壊れる恐れがある。健太は、そう推察していた。
「健太はこれが何か知っているのか?」
右手のひらをこちらに見せてそう言う叶馬の問いに、健太は首を横に振る。
「知っていると言えるほど詳しくは知らん。知っているのはそれが
「……分かった。助言感謝する」
叶馬が相変わらず全くの無表情のまま、それでも小さく首肯したことで、健太は話が通じたと判断した。判断してしまった。
いくら『
そんなことを知る由もない今の健太は、無事取引が終わったつもりでいる。
と、その時遠くから、ズズズと重く何かが軋むような音が聞こえてくる。
反射的に健太が左腕の腕時計に目を落とすと、時計の針は正午を指していた。『
それを理解しているのだろう。
「この度は、お買い上げありがとうございます。今後とも御贔屓にお願いします」
ダンジョンショップの店長は、そう別れの挨拶を口にする。
「こちらこそありがとうございました。
そう言えばこんな展開があった、と今更原作を思い出す健太だったが、すでに遅い。
「ありがとうございました。俺は、
自分は、あくまで豊葦原学園の校則通り、名前だけの名乗りを上げる。
「そっちのお客さんはホンマに何も知らん新入生さんなんやね。精霊や悪魔に、真名を告げるのは無防備すぎるんよ。もう一人のお客さんは分かってるようやから、後で聞くとよろしおす。穿界迷宮YGGDRASILL、露店精霊●●●●●●●●からのアドバイスですぅ」
ダンジョンショップ店主の言葉は、最後の名前の部分だけ、健太には聞き取れなかった。