『学生決闘』では、賭けの対象となったものは決闘に携わることができない。
凜子の助言が禁じられたのと同様に、賭けの対象となってしまった大剣と長剣は、『決闘委員』の持っていかれてしまった。
その様子を『餓狼戦団』の面々はニヤニヤと笑いながら、凜子たち『匠工房』の面々は悲痛な顔で見ている。
昨日『宝箱』から出て来たその大剣と長剣は、一目でわかるくらいに強力なマジックアイテムだ。恐らくは、『餓狼戦団』は、一年である叶馬と健太の自信の源がその武器だと思ったのだろう。
実際、運良く手に入れたマジックアイテムのおかげで、劇的に戦闘力が上がるというケースはそれなりに存在する。
だから、『掛札』にさせてそのマジックアイテムを『学生決闘』に使用できなくしてやれば、残るのはただの経験一カ月の一年坊主、とういわけだ。
一年ということで見下しながらも、小さい敗因も取り除こうとする当たり、『餓狼戦団』も伊達にBランク倶楽部ではないということか。
「蜜柑先輩。売り物を一本お借りしても良いでしょうか?」
叶馬はそう言って、『匠工房』の店舗から護拳付のナイフを借りて来る。
その様子を見ていた『餓狼戦団』の面々は、「目論見が当たった」と言わんばかりに嫌な笑みを深めていた。
本来の武器である大剣が使えなくなったから、慌てて武器を見繕っている。大方、叶馬の行動をそんな風に解釈しているのだろう。
「ちょうどいい。ここで、『匠工房』の武器を使えば宣伝にもなって一石二鳥」などという叶馬の内心を理解しているのは、原作を読んでいる健太くらいのものだ。
「リンゴちゃんを……ううん。怪我しないでね」
叶馬に縋りそうになった言葉を途中で切り、蜜柑はそう言って叶馬を見送った。
「お任せあれ」
ゴブリンナイフを右手に持った叶馬は、いつも通りの足取りで『決闘委員』達が設立した決闘場へと足を踏み入れる。
その中に、一歩足を踏み入れると周囲から身に覚えがある圧迫感が押し寄せる。ダンジョンと同じ、瘴気圧だ。
この決闘場の中では、『魂魄結晶』を失った普通科の生徒でも一応スキルが使える。『決闘委員会』の秘密技術らしい。同じようなことを静香も『巫女』のスキルで出来るが、それとも違うだろう。白頭巾をかぶっているので絶対とは言えないが、『決闘委員』多くは男子らしいし、『巫女』は女子だけの限定職だ。
ゴブリンナイフを片手に持つ叶馬が決闘場の中央に立つと、対面には抜き身の剣を持った狐顔の男子が嘲るような笑みを浮かべて待っていた。
「よう、とんだ貧乏クジ引いちまったな。一年には凜子の体は毒だったか? オッパイでけえし、感度もいいからな。ちとガバマンだけど、やりがいはあるだろ。ああ?」
「…………」
すでにやることを決めている叶馬は、狐顔男子の挑発に反応を示さない。
審判役の『決闘委員』のリーダーも特にそれを咎める様子はない。その手の口撃も、特に制限はされていないようだ。
審判が告げる開始の言葉を受けて、狐顔の男子は右手に持った剣をゆらゆらと揺らしながら、ゆっくり叶馬に近づいていく。その間も、口撃は止まらない。
「知ってっか? あいつ、マグロぶりたがるくせに、突っ込んだらすぐアヘるんだよ。ま、俺がそう調教したんだけどよ。きっちり仕込んだからしゃぶるのもうま……」
無造作に近づいていった狐顔の男子は、叶馬の左拳を顔面に叩き込まれて、失神した。股間がじんわりと湿りだし、辺りにはアンモニア臭が漂い始めている。
「……」
叶馬はヒゲメガネ越しにも分かるくらいちょっと困惑した表情で、倒れた狐顔の男子を見下ろしている。
まあ、それはそうだろう。牽制のつもり放ったパンチ一発でKO出来るとは、普通思わない。ついでに言えば、せっかく『匠工房』の武器を宣伝しようと思ったのに、出番すらなかったのでちょっと困っていたりする。
まあ、実際には叶馬の自称『無拍子』を初見で避けられる人間は、この学園にもそうはいないのだが。元々、叶馬が中学時代に担任(学園の卒業生でほぼ間違いなく、第四段階戦闘職)に一発かますために開発したパンチだ。
それも「中学卒業間際には、結構殴れるようになっていた」という実績持ちなのだから、普通の学園生程度が初見で回避できないのも当然と言えば当然である。
だが、それを踏まえた上で見ていた健太は小さな声で感想を漏らす。
「雑魚すぎる」
叶馬相手なのだから、負けるのは既定路線だ。初見の『無拍子』が回避できないのも仕方がない。だが、「なぜ、剣を持った狐顔男子より、『無拍子』という名のパンチが先に繰り出されるのか?」これが分からない。
叶馬が持っているのはゴブリンナイフだけ。身長は叶馬の方が上だが、それでもナイフと剣ではリーチが違いすぎる。最終的な勝敗ともかく、先に攻撃を仕掛けるという一点に関しては、絶対的に狐顔男子が有利なはずなのだが、いくら何でも油断のし過ぎである。
ワンパンで倒してしまった叶馬は、それでもめげずに『匠工房』の宣伝をする。
「素晴らしい攻撃力、護拳による防御力。どこまでも手に馴染む握り心地。それでいてデザインも疎かにしないオシャレな外見。
この『匠工房』製のナイフこそが、今の勝因であったことは誰の目にも明らか」
あまりに無理のある叶馬のセールストークに、『匠工房』部長の蜜柑は大きな目を白黒させている。
「そんな素晴らしい装備が、今だけ新年度開始キャンペーンとして、購買の『新入生お奨め装備』以下の値段で販売中。こんなチャンスは今だけ」
続くその言葉に、健太は思わず『匠工房』のテナントに並ぶ商品の値札を見た。『戦士の不動心』がオンになっているのに、二度見した。
(『匠工房』の装備が全然売れなかった理由、絶対半分以上はこのいかれた値段付けのせいだろ)
健太は内心でそう確信する。
元は第一階層でも拾えるゴブリン装備でも、『匠工房』が手直しをしたそれらの装備は、この時期の一年にとっては夢のような高性能。上級生のダンジョン組であっても「予備に一本」「主武器がいかれたから繋ぎに一つ」ならば、十分に候補の上がるスペックである。
それを『新入生お奨め装備』より安く販売するというのは、明らかに間違っている。
たとえて言えば、ネット通販サイトに見た目は二十年前のノートパソコンが「ゲーミングPCとして使用可能」といううたい文句で、価格は税込み三万円前後で売り出されていた場合、果たして何人の人が『購入』ボタンをクリックしてくれるか、という問題だ。
叶馬渾身のプレゼンも思ったような反応はなく、失神、失禁狐顔男子が『決闘委員』の手で決闘場から引きずり出されると、叶馬にも決闘場から出るように告げられる。
こちらは二人で向こうは多人数。決闘のやり方は、叶馬と健太が交互に出場する点取り方式となっている(この場にいる『餓狼戦団』が奇数のため、叶馬が一戦多く戦う予定)。
「使うか?」
出て来た叶馬が、手に持っていたゴブリンナイフを掲げてそう聞いてくる。健太は少し考えて首肯した。
「ああ、借りておく」
完全な丸腰は流石にまずい。単純に勝利のためだけに万全を期すならば、『匠工房』のテナントからゴブリンシールドとゴブリンソードを借りて来るべきだろうが、この場合それは最善ではない。
原作で、『餓狼戦団』は、「ヤバい奴には構うな。基本だ」と言っていたタイプのチンピラ集団だ。つまり、ここで求められるのは万全な状態からの綺麗な勝利ではなく、勝負になっていないと思い知らせる蹂躙だ。
ゴブリンナイフを右手に持った健太が決闘場に入ると、対面には大柄な角刈りの男子が立っていた。武器は両手持ちの大剣だ。
『匠工房』を囲んでいた時には持っていなかった。恐らくは、肩にかけている小さなバッグが『不思議鞄』なのだろう。どの程度の収納能力なのか知らないが、羨ましい。
正直、『学生決闘』の対価はそれが良かった。
そんなことを考えつつ、健太は右手で護剣付ゴブリンナイフを構える。
「てめえ、死んだぞ、こら」
角刈りの男子は、素人を通り越して本職を思わせる凄みを利かせ、こちらを睨む。
すでに決闘は始まっている。角刈り男子は両手で大剣を構え、ジリジリと距離を詰めて来る。流石に、倶楽部の仲間が叶馬に瞬殺された後だけあり、油断は完全に消え失せている。
だが、油断がなくなったところで、実力がないことに変わりはなかった。
「《はあ》!」
間合いに入った瞬間、角刈り男子は攻撃スキルを使って思い切り大剣を振り下ろす。
「……」
その攻撃をベッタリと足を止めて待ち構えていた健太は、ナイフの護拳で虫でも払うように弾き返した。
両手でしっかりホールドしていたはずの大剣がクルクルと空中を飛び、角刈り男子は降参するように両手を上にあげて「バンザイ」の体勢になってしまう。
そこに健太は一歩で距離を詰め、角刈り男子の右わき腹に、左拳を叩き込んだ。
「ゲロオオ……!」
角刈り男子は酸っぱい臭いの半液体を吐き出しながら、決闘場の地面に倒れこむ。少し遅れて落ちてきた大剣が、その側に突き刺さった。
『決闘委員』による勝利宣言を受けた健太は決闘場から出て、叶馬の側にやって来る。
「返す」
「うむ」
まるでバトンのように、一本のゴブリンナイフが、健太と叶馬の間を行き来した。
やはり『餓狼戦団』はこの学園でも嫌われ者集団だったのだろう。
叶馬と健太による快進撃に、集まっていた観衆は大いに盛り上がっていた。
「「「HI・GE・ME・GA・NE! HI・GE・ME・GA・NE! 」」」
観衆の声援にこたえている間にテンションが上がって来たのか、いつの間にか上半身裸になった叶馬が軽快なタップダンスでそれに応える。
もちろん、健太も負けていない。
「「「HA・GE・DU・RA! HA・GE・DU・RA!」」」
叶馬と違い常識がある健太は、服を脱いだりはしないが、その分激しいブレイキン(ヘッドスピン多用)を披露する。
とはいえ、そのコールは少しいただけない。観衆に悪気はないのだろうが、『HAGEDURA』呼びは不本意だ。
交代で叶馬が戦っている間に、健太は観衆に向って訂正を願い出る。
「「「「HA・GE・ZU・RA! HA・GE・ZU・RA!」」」
「て、てめえ、そのハゲアタマ覚えたぞ、こ……!」
希望通り訂正されたコールを浴びながら、健太は次の対戦相手も、一撃で武器を吹き飛ばし、ボディフック一発で吐しゃ物の海に沈めた。
流石に実力が違いすぎる。
結論だけを言えば、叶馬は全員『無拍子』の一撃だけ、健太はほぼ全て向こうの初撃をはじき返した上でボディフック一発(後半、反撃を怖がって攻撃してこない者がいた)でけりを付けた。
叶馬にやられた奴は全員、股間からアンモニア臭を漂わせながら失神。健太にやられた奴は全員、口から酸っぱい臭いを漂わせながら意識は残ったまま。
どちらがマシなやられ方かは、意見が分かれるところだろう。
そして、最後の一人。
隙を見て逃げだそうとしていたその男子は、『決闘委員』によって取り押さえられ、無理矢理決闘場の中へ押し込まれる。
「て、てえら、覚えてろよ! 俺たちはもっと仲間がいるんだからな、そのヒゲメガネとハゲヅラ、次見つけたら……」
最後の一人も叶馬の『無拍子』の前に、失神、失禁コースとなった。
淡々と叶馬と健太の勝利を宣言した『決闘委員』のリーダーは、他の『決闘委員』の手で引きずり出される『餓狼戦団』に警告を飛ばす。
「『学生決闘で決まった結果に異論があるならば、九十日後に再度同じ条件で『学生決闘』を挑みたまえ。私闘に走る場合は、我々『決闘委員』が規定に乗っ取った制裁を下す」
同じ者同士の同じ内容の『学生決闘』は、九十日間認められない規則になっている。
約半数は失神、残り半数も声も出せない地獄の苦しみにのたうち回っている『餓狼戦団』の面々に、『決闘委員』リーダーの警告が届いていたかは、定かではない。
ともあれ、無事『学生決闘』は終わった。叶馬と健太にとっては極めて順調な結果、それ以外の者にとっては予想外の結果に。
『決闘委員』達は慣れた手つきでテキパキと決闘場を片付け、未だ動けずにいる『餓狼戦団』の面々を引きずっていく。そのまま『保険療養棟』に連れて行って治療してくれるらしい。
アフターケアもしっかりしているあたり、学園としては『学生決闘』を推奨しているのだろうか?
「賭け品であるパートナーの書き換えはこちらで手続きを済ませておきます。二年丙組凜子を一年丙組叶馬の。二年坤組幸子は一年丙組健太のパートナーとして登録しておきます。分け方に異論がある場合は、そちらで修正手続きを行ってください。二年坤組幸子にも私の方から連絡を入れておきますので、一年丙組健太は賭け品が届くまでこの場に留まることを推奨します。
では、次の『学生決闘』でお会いしましょう!」
そう言うと『決闘委員』リーダーは親指を立てた拳をこちらに掲げ、観衆を縫うようにして消えていった。
「うむ、まさにプロフェッショナルな仕事ぶりだ」
消えていく『決闘委員』リーダーの背中を見送りながら、叶馬が感心したように何度も頷いている。
実際『決闘委員』は、全員最低でも第四段階職に達した普通科のエリート集団である。そのリーダーとなると、第四段階職もなり立てではなくさらにレベルを上げているはずだ。健太は無論のこと、叶馬でも現時点では一対一では分が悪いかもしれない強者だ(双方がスキルを使用可能な瘴気濃度の空間に限定しての話だが)。
『情報閲覧』のスキルがある叶馬の目には、それが見えているのだろう。
「すごい、二人ともすごい!」
歓喜と興奮の衝動の任せて飛びついてくる蜜柑を、叶馬と健太は片手ずつ差し出して抱き留める。
そのまま、叶馬と健太の両手を掴んでぶら下がる蜜柑は、さながらパパとママに一緒に甘える子供の如きだ。
「これも偏に『匠工房』製ナイフと、ヒゲメガネの力によるものです」
そう言って叶馬は、空いている手で丸まっている髭をしごく。
「ご心配をおかけしました、蜜柑先輩。皆さんも。ですが、流石にあのレベル相手では、叶馬も俺も負けようがありませんよ」
健太もそう言って、照れたように被っているハゲヅラを撫でる。
「ありがとう、リンゴちゃんを助けてくれて、本当にありがとう」
万感の思いがこもったそんな言葉をつぶやいた後、蜜柑は叶馬と健太から離れ、凜子の側へやって来る。
全く予想していなかった結末に、まだ現実を飲み込めずに呆然としている凜子の後ろに回り込み、蜜柑はその小さな体で「よいしょ、よいしょ」と凜子を叶馬の方へと押し出す。
「叶馬君。リンゴちゃんをよろしくお願いします。うちの部室で休んでって」
そう言う蜜柑の笑顔は純粋で慈愛に溢れている。しかし自分の親友と、たった今その親友のパートナーとなった男子を個室に誘導して「休んでいって」と言っているのだから、やはり蜜柑もこの学園の流儀に染まっているのだろう。
そうすることがこの学園では一番幸せになれる、と理解しているのだ。
「分かりました。凛子先輩」
「あ、うん」
一方、個室に誘導された真意を今一理解しているか不安な叶馬は、そう言って凜子の手を取りその場を後にする。
ここまで原作通りの流れになったのだから、流石にここからずれることは心配しなくてよいだろう。どうせ、どうやったところで叶馬は『匠工房』の部室で、凜子とセックスをして、凜子を完堕ちさせるに決まっている。
叶馬と凜子がその場を去っていくと、集まっていた観客、野次馬も三三五五に散っていき、フリーマーケットが再開される。
少し違いがあるとすれば、先ほどの『学生決闘』騒動で注目を集めた副次効果か、『匠工房』のテナントにも結構客が集まっていることだ。
「お手伝いします」
健太はそう断ると、『匠工房』のカウンターの向こうに入る。
健太が表立って出来る手伝いなど力仕事を中心とした雑用くらいだが、一番大事なことはこの場に健太が残ることだ。
さっきの今で、また別のチンピラ倶楽部が絡んでくるとは思えないが、万が一を考えればにらみを利かせておくに越したことはない。
日頃の健太では全く脅し役としては役に立たないが、今の『ハゲヅラ』健太ならばかなりの人間が『学生決闘』での活躍を見ている。多少は、にらみが利くはずだ。
幸い、これまでの行いのおかげか、蜜柑たち『匠工房』のメンバーも健太の申し出に警戒を示すこともなく、受け入れてくれる。
やがて客が切れて落ち着いたところで、蜜柑がずっと抱いていた疑問を健太にぶつける。
「ねえ、健太君。その、頭にかぶっているのはなんなのかな?」
「変装です。先輩たちの為に『学生決闘』をするのはかまいませんが、極力目立ちたくなかったので」
「そ、そうなんだ。え、ええと……」
『ハゲヅラ』を被ったまま堂々とそう言い切る健太に、蜜柑は困ったように口ごもる。
それを受けて、後ろからツッコミを入れてきたのは、釣り目と厳しい口調が特徴的な『匠工房』のメンバー、久留美だ。
「あんたねえ。あっちの『ヒゲメガネ』は辛うじて「バレバレな変装をしている叶馬」だけど、あんたのそれは「ハゲヅラを被った健太」でしかないわよ」
鋭く、現実を突きつけるツッコミにすでに『戦士の不動心』をオフにしていた健太は動揺を隠せない。
「『変装』の二文字すら入っていない? ていうかその評価、俺、叶馬以下ですか!?」
「当たり前でしょ」
「この一件に関してはそう、かな」
怒ったような表情の久留美と、困ったような表情の蜜柑の答えに同調するように、他の『匠工房』のメンバーも皆しきりに頷いている。
人の良い蜜柑は健太が本気で呆然としていることに気づき、慌てて話を変える。
「そ、そう言えば、成り行きで健太君にもパートナーが一人増えたよね。健太君はどうするのかな?」
それは健太としても、色々相談したかった話であったため、すぐに話題転換に乗る。
「はい。少し悩んでいます。その人にとっても出来るだけ良い形に収めたいとは思うのですが、俺も所詮はまだ倶楽部にすら所属していない一年でしかありませんから」
『決闘委員』リーダーから「つり合いが取れていない」と言われ、『餓狼戦団』の大柄な角刈り男が「ならこっちも増やせばいいんだろ」と答えた時点で、当時『戦士の不動心』がオンになっていた健太は、こうなることをある程度予想していた。
なんちゃってダンジョン組である『餓狼戦団』にこちらが出すマジックアイテムに匹敵するマジックアイテムを提示できるとは思えない。もしあったとしても、それは彼らの主武装でそれを賭けてしまえば、『学生決闘』に使えなくなる。
となれば、追加された賭け品は、パートナーがもう一人と考えるのが自然だ。
だから『決闘委員』リーダーから自分にも一人のパートナーが追加された時に、特に驚きもなく受け入れることが出来た。
だが、流石にそのまだ顔も見ていない新パートナーをどうするか、考えは固まっていない。
「健太くんなら大丈夫だと思うけど、出来るだけ優しくしてあげてね」
健太は叶馬ほど蜜柑の人柄に心酔しているつもりはなかったが、それでも蜜柑から「健太君なら大丈夫」と言ってもらえると、すごく励みになる。同時に、「この期待を裏切ることは出来ない」と身が引き締まる。
「はい、もちろんです。ですが、その人はこれまで曲がりなりにもBランク倶楽部男子のパートナーだったわけですから。俺のパートナーとなった時点で物凄い都落ちですし。あちらが希望するなら、パートナー解消も視野に入れています」
たとえ質の悪いチンピラ倶楽部であっても、Bランク倶楽部という箔は、この学園では大きい。
むしろチンピラ倶楽部であるからこそ「あいつ、あの『餓狼戦団』に唾つけられている」となって下手な男子からちょっかいをかけられずに済む。この恩恵は、大きい。
その代わりに、パートナーとなったチンピラ自身はもちろんのこと、同じ倶楽部のチンピラに「貸し出される」ことにも拒否権はないので、プラスとマイナスのどちらが大きいかと言えば、流石に後者だろうか。
健太のパートナーでは、そうした箔としては遥かに弱いことは紛れもない事実だ。
「うーん、健太君のパートナーになれるんならその子も幸せだとは思うんけどね。健太君、もうパートナーいるよね?」
何度もパートナーと一緒に『匠工房』の部室を訪れている健太は、今更隠すことでもないため、素直に首肯する。
「はい。幸運にも二人も。どちらも、俺には勿体ない女性です。本当によくして下さっています」
「それなら、まずはその二人に相談した方が良いかな」
「それは、そうですね」
蜜柑のアドバイスに健太が首肯したその時だった。
「あ、あの……」
客が途切れていた『匠工房』のテナントに、一人の女子生徒がやって来る。
制服の襟章から判断するに、二年生だろう。ワンレングスのセミロングの黒髪の間から、堀が浅く目も鼻も口もすべてが小作りな顔を覗かせている。
ある意味『匠工房』の大半と共通項がある、非常にオドオドとした態度の彼女に、蜜柑は元気よく応対する。
「いらっしゃませー、何をお求めですか?」
蜜柑の明るく大きな声に、その女子はまた小さく首をすくめると、
「す、すみません。あの、そうじゃなくて、こ、これ……」
そう言って、小さなピンバッチを差し出して見せる。
それは、『丸い金地に黒いクワガタのオスとメス』が描かれたパートナーバッチだ。同じものが健太の襟にもついている。
「ひょっとして、貴女が幸子先輩ですか? あ、俺一年丙組の健太と言います。先ほど、『学生決闘』でパートナーの権利を勝ち取ったものです」
内心、(流石は『決闘委員会』。仕事が早い)と感心する健太である。
すでに『戦士の不動心』をオフにしている健太の名乗りに、その女子は一瞬驚きでその小さな眼を見開いた後、慌てて何度も首肯する。
「は、はい。そうです、私が幸子です」
そういう彼女――幸子の顔は、その名前を全面的に裏切る、いかにも幸薄そうな薄幸の美女のそれだった。