全くの予想外に増えてしまった新パートナー、幸子。その存在は冷静にプラスとマイナスだけで考えれば、健太にとっても決してマイナスではない。
健太のパートナーならば、健太の倶楽部メンバーに加えることに支障はない。現状健太の認識では、健太の倶楽部入りが決まっているのは、健太、尚典、来斗、蘭、竹海、実咲の六人のみ。
倶楽部設立に必要な十人にまだ達していないのだ。たとえ倶楽部戦力の足しにならない人材でも、現状は頭数が増えるだけで歓迎できる。
さすがに倶楽部に害をもたらすような特殊な事情持ちや、図抜けた我が儘、生粋のサークルクラッシャー等であれば話は別だが、このオドオドビクビクとした態度を見る限り、幸子の場合は性格や性根で倶楽部にダメージを与えることは無さそうだ。
特殊な事情持ちといえば、まさにその通りだが、そこは健太が勝手に『学生決闘』をやったのであり、幸子は純然たる被害者である。
何はともあれ、こんな問題は健太が一人でどうにか出来る問題でないし、できたとしてもしてよい問題でもない。
「すみません、幸子先輩。いきなりで困惑していると思いますが、これから一緒に白鶴荘に来ていただけますか。そこで、俺のパートナーと顔合わせをしてもらいたいのですが」
「はい、分かりました」
健太の申し出に幸子は、オドオドとした様子で答えた。
突然増えたパートナーを連れて、現パートナー二人の元を突然訪れて、「この人どうすればいい?」と相談する。健太の価値観で言えば、かなり気まずい話だ。せめて、事前に一報入れておきたいところだが、豊葦原学園は無線が死んでいる空間だ。事前に連絡を入れる手段がない。
サプライズで新パートナーを連れてきた健太を、蘭と竹海は驚きこそ露わにしたものの、健太が予想していたような怒りや不快感を示すことはなかった。
そう言えば、流れでついここまで被ってきてしまったが、『ハゲヅラ』は叶馬の所有物である。今度立て替えた『銭』を返してもらう時に、『ハゲヅラ』を返そうと考えながら、健太は数時間ぶりにハゲヅラを外し、蘭の部屋に置かせてもらう。
最近はもっぱら蘭の部屋で目覚めることが多い。碧鷺荘の自室に保管しておくと、二度手間になり返し損ねることになりそうだ。
丁度、もうすぐ昼食の時間だったこともあり、健太、蘭、竹海、幸子の四人は白鶴荘の食堂で昼食を取りながら、互いに自己紹介を済ませ、以後同じ男子のパートナーとしてやっていくことを互いに了承した(幸子はひたすら、「はい、すみません。ありがとうございます」と言っているだけだったが)。
一応健太の目には、蘭と竹海も幸子の存在を受け入れて、特に蟠りを抱いてはいないように見える。もっとも、人間関係に関してはとりわけ節穴である健太に見抜ける蟠りなど、意図的に表に出している物だけだろうが。
本格的な「今後、どのようにやっていくか?」という話は流石に衆目がある寮の食堂ではできない。
可能ならばこのまま蘭の部屋(今は一時的に竹海の部屋でもある)で、詳しい話し合いを持ちたいところだが、あいにくと今日は日曜日。健太には碧鷺荘での罰当番がある。
早めに罰当番を終わらせて、戻って来ると約束した健太は、最後に蘭と竹海からある意味「そっくりそのままお返し」されたような新情報を伝えられ、白鶴荘を後にした。
「あ、来た。早めに済ませちゃおう、健太」
罰当番のためだけに碧鷺荘に戻ってきた健太を、尚典は当然のようにそう言って出迎えた。
「今日も手伝ってくれるのか?」
驚きに目を丸くする健太に尚典はさも当然のように笑うと、
「うん、二人でやった方が早いし、もしかしたら僕にとっても他人事じゃなくなるかもしれないしね」
そう答える。
「他人事ではなくなる」。さほど鋭くない健太でも、その意味は流石に理解できる。
「自分も近い将来、女子寮に泊まり込むことになって、健太同様の罰当番を受ける」可能性が高いと言っているのだ。
靴を脱いで玄関に上がり、掃除の用意を整えながら、健太はつい好奇心を優先して尚典に聞いてしまう。
「他人事じゃなくなるって、尚典も女子寮に泊まり込むことになるってことか? それって麻鷺荘?」
健太の問いに、尚典は細くて白い首筋を桜色に染めながら、小さく首肯した。
「……うん。空亜先輩が僕のパートナーになりたいって、言ってくれたんだ。あ、健太の倶楽部のこともちゃんと伝えたよ。その上で、なってくれるって」
恥ずかしそうに俯く尚典の表情からは、その先輩――空亜に対する好意が見て取れる。
空亜という二年生女子についてある程度蘭から聞かされていた健太は、廊下の掃除を始めた手を止めないまま首を傾げる。
「あれ? 蘭先輩が言うのには、空亜先輩はなんというか、無気力で何事にもあんまり積極的じゃない感じの人らしいけど」
その分、顔とスタイルは良いし、大概のプレイは拒まないから精力発散には良い。という触れ込みだったはずなのだが、今の尚典の言葉では、しっかりと尚典のことを「可愛がってくれた」ようにしか聞こえない。
そんな健太の説明に、尚典は柔らかな前髪をサラリと流す様に小さく首を傾げながら、
「え? すごく良くしてくれたよ? 三人とも良くしてくれたけど、その中でも一番良くしてくれたのが空亜先輩だったよ」
と、ツッコミどころが複数ある返事を返す。
「待って、ちょっと待って? 三人?」
健太は、そんな話は聞いていない。尚典の様子から見るに、悪い扱いではなかったようだが、何か想定外の出来事があったことは確かだ。
「う、うん。三人。制服を、というか服を着てなかったから学年は分からないけど、たぶん先輩だったと思う」
入学してまだ一カ月。流石に、呼ばれてもいないのに好んで乱入する有望な一年女子は早々いないだろう。
「名前とか、分かるか? その空亜先輩以外の女子の」
健太の問いに尚典は、少し考えると、
「ええと……確か、朱音と紫苑って言ってたと思う」
そう、健太にとって聞き覚え、というか原作で見た覚えのある名前を告げる。
(麻鷺荘『姉妹』の『娼婦』コンビィ!)
ルームメイトを勝手に捕食した原作登場人物に、健太は廊下で蹲る様にして頭の中でツッコミを入れていた。
「それじゃあ、あの二人は本来予定になかったんだ?」
「蘭先輩に聞かないと断言はできないけど、十中八九はそのはずだ。気を付けろよ、尚典。この学園、性欲と精力が増してるのは男子に限らないからな」
「うん。ただ、その点に関しては、健太に言われるのはちょっと不本意だけど。健太こそ、本当に大丈夫なの? その幸子先輩っていう新しいパートナーの人?」
「……その辺りは、蘭先輩と竹海先輩頼りかな。後は烏琉羽先輩にも助言が欲しい」
廊下の掃除を終えた健太と尚典は、浴室の床にモップをかけながらそんな会話を交わす。二人とも裸足で、ズボンを膝まで巻くっての作業だ。
その会話の内容からも分かる通り、尚典から麻鷺荘での出来事を聞かされた後、健太は今日の午前中に行った『学生決闘』についてすでに説明している。
念のため「こんなこと言うと己惚れてるみたいだけど、俺と叶馬はちょっと例外だから、尚典は上級生相手の『学生決闘』は出来だけ避けた方が良いよ」という健太の忠告に、尚典は苦笑しながら「やるわけないよ」と答えていた。
だが、そこから連想したのか、尚典はふと呟く。
「でも、実際今の僕ってどのあたりの強さなんだろ?」
この学園で生活している限り、自分の強さに興味を持たずにはいられない。開き直って男子に身を投げ出す覚悟を決めた女子ならばともかく、男子は強さがイコール学園生活の快適度だと言っても過言ではない。
健太は周囲を見渡して、浴室内には自分と尚典しかいないことを確認してから、声を絞って答える。
「少なくとも、一年の上位一割であることは間違いない。トップ層の一%にも入っていてもおかしくはない」
一学年は男女合わせて約千人だから、一割で上位百位以内、一%で上位十位以内だ。五月が始まったばかりの時点で尚典はすでに第二段階職の『陰陽師』。それも、この間来斗を『重殴士』にする時に一緒にパワーレベリングをしたので、最低でもレベル10は超えている。
単純なレベルだけでいれば、トップ百は確実、トップテンでもおかしくないという健太の評価はそう大きくずれてはない。
確実に上と言えるのは、誠一、静香、麻衣、沙姫の四人と健太くらいだろう。ちなみに叶馬はノービス10+『雷神見習い』10+『雷神』一桁レベルなので、通算レベルだけで言えば確実に尚典よりも下である。
健太の評価は、さほど自己評価とずれていなかったのだろう。尚典は頷きながら答える。
「やっぱりそれくらいになるよね。先輩たちの話とか、クラスメイトの言葉から平均を見るとそうだと思うんだ。健太といるとその辺の感覚狂うけど」
尚典が来斗と手を組んでも勝てるかどうかわからないレベルのモンスターを、健太は普通に達磨にして経験値として並べて見せる。これでは「自分は学年のトップランナーだ」という意識が育たないのも無理はない。
健太は苦笑しながら、
「まあ、自分でいうのもなんだけど、俺はちょっと例外だから。それに、対人戦は単純なレベルだけじゃなくて、相性とか装備によって勝敗が覆るらしいぞ」
そう、謙遜しようのない事実を告げる。
「ああ、先輩たちが言ってた三すくみってやつだね。そこで言えば僕も例外に入るみたいだけど」
三すくみとは一般的な戦闘系の三職、『戦士』、『盗賊』、『術士』の相性のことだ。戦士は盗賊に強く、盗賊は術士に強く、術士は戦士に強い。
ただし、それが当てはまるのは基本職の話であり、レア職が加わると相性は簡単に覆る。尚典が言う通り、尚典の就いている『陰陽師』もその例外の一つだ。術士系でありながら、武器戦闘にも対応している『陰陽師』は特別盗賊系を苦手としてない。
「うん。聞いた話では、尚典の職は対人戦でも結構強めみたいだな」
そもそも『術士』系オンリーの『東方三賢人』がAランク倶楽部として君臨してるのだから、相性など大雑把な目安でしかないのだろう。
そんな話をしていると、浴室の入り口が開き、一組の男女が入って来る。
「おう、掃除中か。わりいけど、シャワー使わせてくれ」
と言ってきたのは、見覚えのある上級生男子だ。この碧鷺荘の寮生で噂では『強盗』らしい。今は堂々と全裸になっているが、その職のイメージを外さない、小柄で細身だがしっかりと筋肉のついたいかにも俊敏そうな体つきをしている。
「構いませんが、シャワールームは?」
そう尋ねる健太に、その上級生男子は小さく肩をすくめると、
「ちょうど全部使用中だ。今年も一年の大半は元気で馬鹿だな。お前らみたいなのは例外だよ」
そう言うと、一生懸命自分の後ろに隠れようとしていた少女(もちろん全裸)を強引に引っ張ってくると、シャワーの前の椅子に座らせる。
恥ずかしそうに両腕で秘所と胸元を隠して俯いてるその様から、彼女が一年であることはまず間違いあるまい。
「ほら、男物だけどないよりはマシだろ。使え」
「は、はい」
少女は上級生が差し出すボディタオル、ボディソープ、シャンプー(コンディショナー入り)、洗顔フォームなどを受け取ると、観念したのか体を隠していた両手で体を洗い始める。
「おう、ここは後で俺が掃除しとくから、お前らはもう行っていいぞ」
「分かりました」
「失礼します」
健太と尚典は、先輩男子と一年女子を残し、浴室を後にするのだった。
ズボンのすそを戻して、浴室清掃道具を所定の位置に片づけた健太と尚典は、廊下を歩きながら先ほど見た内容について言葉を交わす。
「さっきの先輩が連れてた女子って多分あれだよな? 一年の寮生が無断で連れ込んだ女子の徴発」
健太の言葉に、尚典は苦笑しながら同意する。
「多分ね。それも、シャワールームが全部埋まってるって言ってたから、他にも最低四人はいると思って良いんじゃないかな」
この碧鷺荘も浴室とは別にシャワールームが設けされている。そこは最大四人が同時に使用可能だ。それが全部埋まっているということは、先客が四人いたということを意味する。こんな昼食を少し過ぎたくらいの時間帯に、一人でシャワーを浴びている男子などこの豊葦原学園にはいないと言い切っても良い。
「ああ、それにしても全員大体同じ時間に見つかるって不自然だよな。もしかして、先輩たちが申し合わせた?」
健太の予想に尚典は首肯して、説明する。
「多分そう。以前に波留寮長が言ってたんだけど、無断で女子を連れ込んでもほぼバレるらしいよ。上級生には何人も『盗賊』系がいるから」
普通科の生徒は通常空間ではスキルは使えないが、職の能力はきちんと身についている。『娼婦』『男娼』がスキルに頼らずともセックスが上手いのと同じように、『盗賊』系は聞き耳を立てたり、人の気配を察知する感覚が鋭くなっている。
大半がノービス、精々なり立ての第一段階職の一年が息をひそめていても、存在はバレバレだ。波留寮長自身が『盗賊』系第三段階職『馬賊包頭』なのだ。
「わざわざ、今になって一定摘発ってことは、今まで泳がせていたのか」
健太が言う通り、それならば泳がせていたと思わなけば、つじつまが合わない。今はゴールデンウィーク二日目の昼過ぎだ。最低でも、一晩は彼女たちは見逃された計算になる。
「そうみたいだね。これも噂なんだけど、ちゃんと『お世話』をしていれば、ある程度お目こぼしももらえるみたいだよ、この寮では」
尚典も流石に正確な条件までは知らないようだが、その噂は事実だった。
碧鷺荘では正式なルールでは、「二人部屋の男子は、原則女子の連れ込み禁止」「女子を連れ込むときは、出来るだけみんなにも輪姦すこと」となっているが、実際にはまだ二人部屋の男子がこっそり女子を連れ込むのも、一定の条件のもと見逃されていた。
その条件とは、
定期的に女子にトイレを使わせてやること。
ペットボトルの水と弁当でも良いから、ちゃんと女子の食事を用意すること。
女子に最低限の睡眠時間を確保してやること。
蒸しタオル、お湯とタオルなど、女子の身だしなみを整える用意をしてやること。
以上である。
上級生が気を配って入れば、一年が隠していてもこの辺りは簡単に見破ることができる。
一年の男女がどれだけこっそりしているつもりでも、トイレを使おうと廊下に出れば、すぐに分かる。
この時期の一年に『銭』の余裕などあるはずがないから、弁当を持ち込むとすれば購入先は一番安く用意してくれる寮の食堂だ。上級生が食堂のおばちゃんに聞けばその辺りは正直に教えてもらえる。
本人たちは息を殺しているつもりでも、セックスをしていればその気配や音は、廊下どころか違う階にいても、集中すれば察知は可能だ。その気配から、一晩中女子が寝る間もなくヤラレ続けていたら、元気がなくなるのでこれもちゃんと分かる。
身だしなみを整える用意は、日頃から部屋に常備している場合もあるので分からない可能性もあるが、ここまで気を付けている男子はたいていほかの三っつも気を付けていることが多いので、おまけのようなものだ。
これらの執行猶予が翌日の昼となっている。タイムリミットまでにちゃんとした対応をしていなかった部屋に、『兄弟』の幹部たちが合鍵で踏み込んで、連れ込まれていた女子を没収するのだ。
没収した女子は本人の希望に沿って食堂での食事、トイレでの排泄を済ませた後、シャワールームに連れ込まれて洗われる。
その後は、無断侵入罪として上級生の部屋で一晩罰則セックス。
翌朝には「ゴールデンウィーク中は碧鷺荘は立ち入り禁止」と言い渡されて、解放される手はずとなっている。
この扱いで碧鷺荘はエントリークラスの男子寮では、「指折りの行儀が良い寮」とされているのだから、この学園が風紀レベルが分かるというものだ。
無事に罰当番を済ませた健太は、寮長室の波留寮長に終了の報告を入れると、真っすぐ白鶴荘に戻ってきた。
籍を置いている男子寮から女子寮に来ることを「戻る」と表現するのは間違っているはずだが、身を置いている時間の比率で考えれば戻るという表現は決して間違っていないだろう。
いつの間にか、白鶴荘の玄関の下駄箱に『健太』という名札が付いた場所があるようになったのは、良くも悪くも健太が白鶴荘に受け入れられてきた証拠だろう。
ちなみに、叶馬と誠一の下駄箱は今のところない。叶馬と誠一は、最近ここ白鶴荘より麻鷺荘に泊まることが増えたからだろうか。
そんな健太を玄関で迎えたのは、少し予想というか、期待していた相手だった。
艶やかな長い黒髪が印象的な楚々たる美女――烏琉羽がいつも通りの透明感のある笑顔で迎える。
「お帰りなさいませ、健太さん。健太さんのパートナーは三人とも、蘭の部屋で健太さんをお待ちです。ですが、少しお伝えしたいことがございます。その前に、私の部屋に寄ってくれませんか?」
健太が新パートナーとなった幸子を連れてきたときには烏琉羽はいなかったはずだが、その後合流して話を聞いたのだろう。
今回の突発性新パートナー誕生問題について、烏琉羽から助言がもらえるのならば、それはとても心強い。
「分かりました」
だから健太に否はなかった。
来斗が『重殴士』となった夜。無事、実咲は来斗に隷属した。これでひとまずは問題なしと言うことで、現状烏琉羽の部屋を来斗と実咲に貸し出すのは、一時停止している。
だから、健太が招かれた烏琉羽の部屋は、以前入った時の印象のままだった。
「そこまで長い話にはならないと思いますが、座ってください」
「はい」
健太は烏琉羽に促されるまま、ベッドに腰を下ろす。一人部屋とはいえ、白鶴荘は所詮エントリークラスの女子寮だ。大した広さはないので、座る場所と言えばベッドしかない。しかし、こうしてベッドに腰を下ろすとどうしても、烏琉羽と過ごした濃厚な性行為が思い出されてしまう。
それを見抜いているのか、烏琉羽はなにか可愛らしいものを見るように目を細めて、クスリと笑う。
「どうぞ、ペットボトルのままですが」
「ありがとうございます」
健太は烏琉羽から手渡しで、お茶のペットボトルを受け取る。運が良いことに、それは市販されているお茶の中で健太が一番好んでいるお茶だった。
健太がペットボトルの口を開け、一口飲んで口と潤している間に、烏琉羽は当然のように健太の隣に腰を下ろす。その身に纏うコットンのワンピース型ルームウェアよりもなお柔らかく肌触りの良い烏琉羽の太腿が、ピッタリと健太の太腿にくっ付くほどの至近距離だ。
「あ、あの……」
このまま流れで、今夜は烏琉羽の部屋に泊まることになってしまうのではないか。そんな危機感を抱く健太だったが、烏琉羽はちゃんと会話するようだった。ピッタリと体を寄せて、耳元でささやくような体勢で、だが。
「幸子さんとお会いしました」
健太の体がビクリと震える。
「結論から申し上げます。幸子さんに、選択肢を与えないでください。健太さんの問いはいつも、パートナーや倶楽部メンバーの意思を尊重するための優しさであることは存じております。ですが、今の幸子さんにとってそれは毒にしかなりません」
「それは……」
健太は二重の驚きに、息を呑む。
驚きの一つは、自分がやろうとしていたことを烏琉羽に言い当てられたこと。
健太は、幸子に尋ねるつもりだったのだ。「貴女はどうしたいですか?」と。幸子からしてみれば、自分があずかり知らぬところで勝手にパートナーが変わるという理不尽があったのだ。健太としても巻き込んでしまったという罪悪感がある。
だから、せめてもの償いに以後の身の振り方は、出来るだけ幸子の意に沿った形にしてやろうと思っていたのだ。
それが駄目だ。毒になる。と言い切られたのがもう一つの驚きである。
烏琉羽はピッタリと体を寄せたまま、優しく囁き続ける。
「『餓狼戦団』は私も噂は聞き及んでいます。いろいろと問題の多い倶楽部ですね。ああ、実力はそれなりですが、勝てない相手には簡単に尻尾を巻きますので、健太さんがご心配するようなことはないかと。
幸子さんはその『餓狼戦団』で長い間飼われていましたからね。殿方の問いに答える、希望を述べるという行為に強い恐怖心を抱いているようです。恐らくは、何を答えても罰を受ける。希望を述べたら逆をやられる、ということを繰り返しやられたのでしょう」
「…………」
烏琉羽の言葉に、健太は言葉を失った。だが、原作を思い返してみれば、ありうる話だ。
女子を抱き心地が良くて、良く鳴くオモチャ、ぐらいにした思っていない男子がこの学園には一定数存在する。少なくとも、女子に良心的な対応を心掛けている男子よりは圧倒的に多数派だ。
こっちから聞いておいて、正直に答えれば、「生意気だ」と言って罰を与える。「それだけはやめて」と言ったことをあえてやる。「せめて、こうして欲しい」と言ったことはやらない。そうやって、泣く、怒る、慟哭する女子を見てゲラゲラ笑う。
そういうことをやりそうな、この学園の中でも特にろくでなしのチンピラ倶楽部の一つとして、『餓狼戦団』は描かれていた印象がある。
「では、どうすれば。パートナーを解消するのは駄目、ですよね?」
念のため尋ねる健太に、烏琉羽ちょっと困ったように笑う。
「いいえ。健太さんが特に幸子さんに興味がないのでしたら、むしろ、そうするのが一番ですね。それが健太さんにとって一番面倒が少ない対応です。ただ、健太さんが幸子さんを出来るだけ良いようにしてあげたい、と考えてらっしゃるのでしたら、決して良い結果にはならないかと」
「ですよね」
健太は、大きくため息をつく。
原作知識とこの一カ月で学んだ学園の価値観を統合すれば、健太にもその程度のことは予測がつく。
最低最悪の男子でもパートナーがいる方が、いないよりはまだマシなのがこの学園の一般的な女子の立場だ。
幸子は曲がりなりにも、Bランク倶楽部で正式にパートナーとして飼われていただけあり、学園基準でも顔は良い方だ。体つきは流石に制服の上からでははっきりとは分からないが、基本細身でスレンダーな体型だと思われる。
健太の好みから外れるが、男の人気を集める顔つき、体つきなのは間違いない。
そんな健太の思考を表情から読み乗ったのか。
「幸子さん、脱ぐと結構凄いですよ。この倍くらいはあります」
「!?」
烏琉羽はそう囁くと、健太の左手を取ってワンピースの中へと導いた。今日はブラジャーを付けていないらしい。大きくはないが形が良く、とても柔らかい烏琉羽の乳房の感触と、「この倍くらいある」という情報に、健太の股間は固く熱くなる。
烏琉羽の乳房は決して大きくはないが、小さくもない。その倍くらいあるのならば、幸子は隠れ巨乳ということだろう。烏琉羽の倍程度では、蘭や竹海にはまるで及ばないだろうが、世間の基準では立派な巨乳になる。
健太の幸子に対する興味が激増したのを確信した烏琉羽は、笑いを含んだ声で助言する。
「もし、幸子さんを正式に健太さんのパートナーとされるのでしたら、その上で出来るだけ幸子さんに良いようにしてあげたいと考えているのでしたら、全て健太さんがしたいようにしてあげてください」
「したいようにって。流石にそれは」
たじろぐ健太に烏琉羽は説明を付け加える。
「今の幸子さんにとって一番安心できる状況は、パートナーとなった殿方の言われた通りにすることです」
「好きにしろ」とか「自分で考えろ」と言われる方がストレスとなる人種は、学園に限らず一般社会にも一定数存在する。たとえ、その命令がどれほど厳しいものだったとしても、だ。
健太が欲望を言葉や行動で示さなければ、幸子は必死に健太の顔色を窺うことになる。それならば、ストレートに欲望をぶつけてやる方が幸子には安心につながる。
そのような精神状態になっている女子は、この学園ではそこまで珍しくなかった。