同じ頃、学生街のレストラン。予約制の個室に、四人の女子生徒の姿があった。
蘭、竹海、幸子、そして風音。健太のパートナー及びパートナー予定者の顔合わせである。
「うあ、個室なんて初めて入ったわ。ねえ、蘭。ここってかなり高いでしょ?」
風音はその赤いサイドテールを勢いよく振りまわす様に、室内をキョロキョロと見渡して感嘆の声を上げる。
風音の言葉に蘭は誇らしげにその特大の胸を張り、
「大丈夫よ。今日の代金は先払いで全部ご主人様が出してくださってるから」
そう告げる。
「どひゃー、マジで? もうあっちもこっちもすごくない、それ」
大げさに驚く風音の口から洩れるのは、意味の分からない言葉の羅列だが、学園女子ならば言っている意味がおおよそ分かる。
まず第一に、現時点での一年がここを予約できるだけの『銭』を稼いでいることがあり得ないし、そうして抑えた箱を自分抜きの女子会に提供してくれるというのがさらにあり得ない。
蘭が誇らしげにするも当たり前と言えば当たり前である。
四人の前に注文した飲み物とケーキが揃ったところで、竹海が改めて口を開く。
「初対面の人もいることだし、自己紹介をしないか、蘭?」
全員に向って聞くのではなく、名指しで蘭に確認を取るのは、今メンバー――健太のパートナー女子のトップは蘭であると示すためだ。
蘭もそれを分かった上で、その状況を受け入れる。
蘭は椅子から立ち上がると、その場にいる全員を見渡して自己紹介を始める。
「そうね。それじゃ、私から。二年未組、蘭よ。職は『文官』系の『案内人』。そして、ご主人様の一人目のパートナーです」
自己紹介で名前、学年、組を名乗るのは普通だが、職を明かすのは、ある程度距離が近い間柄に限られる。さらに最後の「一人目のパートナー」というのはただのマウントである。
その証拠に、
「わーお、蘭ったら最初からかます、かます」
と風音が茶々を入れている。だが、まあ蘭としてはそこは絶対に強調しておきたいところなのだろう。ただでさえ脇の甘いご主人様なのだ。心配の種は尽きない。
ちなみに他の三人が制服なのに蘭だけ、私服――白いロングワンピース姿だ。以前のデートで健太に買ってもらった服である。いうまでもなく、これもマウントだ。
竹海は、それを聞いて後に続く。
「その順番で行けば次は私かな。同じく二年未組、竹海だ。職は『遊び人』系の『良い踊り子』。ご主人様の二人目のパートナーだよ」
しなやかな仕草で立ち上がった竹海は、そう言い切ると、視線を幸子の方に向けた。
「…………」
だが、幸子は反応を示さない。自分以外の三人が友人同士というこの場で、自分の順番は最後だと思っているのだろう。だから、
「幸子さん、次は貴女の番よ」
という蘭の言葉を聞いて、やっと状況を理解した幸子は、竹海が腰を下ろすのと合わせて立ち上がり、椅子をガタガタと鳴らす。
「す、すみません。わ、私は幸子、二年坤組で、職は…………に、『遊び人』です。すみません」
幸子は肩身が狭そうに、か細い声で自分の職を告げて、再度頭を下げた。
その前の蘭と竹海がそれぞれ『案内人』、『良い踊り子』という第二段階職であることを告げているのだ。どうしても、自分だけ場違いと思ってしまう。
単なる第一段階、第二段階の違いだけではない。蘭の『案内人』、竹海の『良い踊り子』。どちらも、人気の職なのだ。
蘭の『案内人』は本気でダンジョンを攻略するには絶対に欲しい人材だし、竹海の『良い踊り子』――『踊り子』系は『娼婦』系以上に容姿と体型の優れた女子がつく職だと言われている。
その噂を裏付けるように、竹海はこの学園でも確実に上位層と言える容姿と体型を誇っている。男子の平均を大幅に上回る長身に関しては、好き嫌いが分かれるかもしれないが。
そんな幸子の内心が分かる蘭は、柔らかな笑顔で幸子に寄りそう。
「職に関しては、気にする必要はないわ。私も竹海も、ご主人様のパートナーとなる前はただの『文官』と『遊び人』だったから」
正確に言えば、竹海は健太のパートナーとなる前に『良い踊り子』に転職しているのだが、それも健太のダンジョンダイブに連れて行ってもらったからなのだから、本質的には間違っていない。
「そうだね。多分、幸子もゴールデンウィーク中には転職してるよ。気にする必要はないね」
だから、竹海も蘭の言葉を訂正することはなく、そう言って幸子を励ます。
だが、その言葉の内容はあまりに荒唐無稽すぎて、幸子には到底信じられない。
「む、無理、無理です。私なんか、まだ『遊び人』だってレベル3だし。そ、それにダンジョンでは何の役にも立てませんから、御主人様も連れて行ってくれません」
幸子の言う『遊び人』レベル3というのはもちろん、電子学生手帳の表記の話だ。実態とズレがあることに定評がある電子学生手帳だが、転職に関してはある程度信頼がおける。転職後、ほとんどダンジョンダイブに連れて行ってもらえていない幸子の場合、『遊び人』レベル3というのは、大きく外れていないはずだ。
学園の常識に乗っ取って考えれば幸子の言葉は一々もっともだが、ここではその常識は一切通用しない。
「大丈夫よ。私もご主人様のパートナーとなる前は、『文官』のレベル4だったけど、ご主人様にダンジョンに連れて行ってもらったその日に『案内人』に転職出来たわ」
「だね。私はもうちょっとレベルが高かったけど、やっぱりご主人様に連れて行ってもらったダンジョンダイブ一回目で、『良い踊り子』になったよ」
「私は駄目だった―。『戦士』のまま。でもレベルは間違いなく滅茶苦茶上がったから、この次こそお願いします、健太くん様!」
蘭、竹海、そして風音の言葉に、幸子はぽかんと口を開ける。
それくらいに蘭たちの話は異常な厚遇なのだ。まあ実際には、蘭の場合にはその前の晩「職をいくつも重ねながら童貞を守っていた健太の経験値のオーバーフロー分をセックスを通してもらっていた」とか、竹海の場合は「そもそも自力で『遊び人』のレベルをかなり上げてあった」とか、他の要素もあるのでそのまま幸子に当てはまるとは限らないが。
幸運という言葉すら通り越した夢のような話に、幸子はむしろ恐怖の色を顔に浮かべる。
「で、ですが、私では連れて行っていただけたところで、まともにモンスターを倒すことも……」
ダンジョン戦闘にまったく適応できず、ほぼダンジョンやレイドにインするときの経験値と、男子とのセックスでもらう経験値だけで第一段階まで達する女子は少なくない。そうした女子は、多くの場合『遊び人』から『娼婦』コースだ。幸子はどうやらその一人のようだ。
「ご主人様は、モンスターを殺さずに無力化してとどめだけを譲ってくださるわ。それでも無理?」
「……え? ええと……」
意味が分からない。大げさではなく、本当に幸子は、蘭の言っている意味が分からなかった。頭と心が理解を拒んだというのが、正解かも知れない。
この学園にそんな異常な男子がいる。その恩恵を受けている女子がいる。そして、自分が今その女子の一人になった。
その強すぎる希望の光を正面から見据えるには、幸子は闇に目が慣れ過ぎていた。下手に希望の光に触れてしまえば、それが幻に過ぎなかった場合、耐えられるようになっていた闇が絶えがたいもの感じてしまう。だから、光の存在を信じない。一種の自己防衛反応だ。
そんな幸子の心のうちは、同じ学園女子として蘭にも手に取る様に分かった。
「その時が来たら、ご主人様が指示されるから、言われた通りに行動すれば良いわ」
だから、今は無理に事実を教え込もうとはせず、幸子が一番安心するであろう言葉を投げかける。
「はい」
ご主人様――パートナーである男子の言うことを無条件で聞け、と言われた幸子は案の定、今日一番落ち着いた声でそう答えた。
「…………」
それですっかり話が終わったつもりで着席してしまった幸子に、蘭は短く促す。
「幸子さん、自己紹介が途中よ」
名前、学年、教室、職。蘭も竹海も、その後に一番大事なことを紹介している。幸子はまだそれを言っていない。
言われた幸子は、再び椅子から腰を浮かせると、
「あ、はい。その、御主人様の三人目のパートナーに……していただきました」
そう俯きがちに小さな声で言う幸子の顔は、耳まで真っ赤に紅潮していた。
「それじゃ最後は私ね。二年未組、風音。職は『戦士』だけど、ぶっちゃけあんまり強くない。期待しないで、頼らないで。むしろ頼らせて。健太君の四人目パートナーでーす。よろしく!」
「パートナー予定だね、正確には」
勢いよく立ち上がり、元気に宣言する風音の言葉を、竹海が冷静に訂正する。
途端に、風音は頬を膨らませて反論する。
「いーじゃん、別に。予定じゃなくて内定だよ。健太君はオッケーって言ってくれたんでしょ?」
「ええ、ご主人様の了承は得ているわ。そっちこそ、ちゃんと倶楽部を抜ける算段は付いているの?」
風音の言葉に蘭はそう尋ね返す。風音は嬉しそうに笑うと、
「大丈夫! ちゃんと話はついたわ。おかげでゴールデンウィーク後半は「追い出しパーティー」で男子寮巡りになったけどね」
あのスケベ共め。と吐き捨てる風音だが、言葉ほどその声色に所属倶楽部の男子に対する悪感情は籠っていない。
風音の現所属倶楽部――『着実進行』は、強めのCランク倶楽部でしかないが緩い雰囲気が売りで、女子の扱いも(学園基準で)悪くない。それは数日の男子寮泊まり程度で、倶楽部退部を許してくれることでも分かる。
パートナー契約と違い、倶楽部の入部、退部は女子でも自分の意思一つで可能なのだが、ちゃんと話を通しておかなければもめ事を引きずることになる。
前の倶楽部との遺恨を健太の倶楽部に持ち込むなど、蘭が許すはずもない。
「そう、それなら歓迎するわ、風音。これでご主人様の倶楽部も九人確保か。上手くいけばゴールデンウィーク中に新倶楽部設立の届け出を出せるかも」
蘭は、少し明るい声でそう呟く。
九人の内訳は、健太、来斗、尚典の男子が三人。蘭、竹海、幸子、風音の健太のパートナー(内定含む)が四人。それに来斗のパートナー実咲と、尚典のパートナーに立候補した空亜の二人。合わせて九人である。健太の倶楽部は、倶楽部設立に必要な十人まで、あと一人まで漕ぎつけていた。
健太の望みに反して男子はまだ三人だけだが。
「ご主人様は倶楽部対抗戦に向けてもう少し男子を増やしたいみたいだけど、ひとまずは数合わせの女子でも良いから入れて、ゴールデンウィーク中に倶楽部を設立してしまう方が無難かしら」
蘭は相談するというより、自分の考えをまとめるためにあえて考えていることを言葉にする。
既存倶楽部の勧誘や新倶楽部の設立は五月になった時点で解禁されているのだが、流石にゴールデンウィーク中はまだ本格化していない。
勧誘が本格化するのは、ゴールデンウィークが明けてからだ。それまでにクラブを設立すれば、少しは面倒ごとが減る。蘭たちにとって一番の懸念事――ハイランクの倶楽部に健太達が見つかり、スカウトされる危険も減るだろう。なくなりはしないが。
どのみち倶楽部設立の下限は十人だが、設立できるFランク倶楽部の上限は二十人だ。余裕は十分にある。ひとまず、数合わせでも入れてとっとと倶楽部を設立してしまうというのは、悪い判断ではない。
女子がこんなに風に勝手に倶楽部について話し合い、それがただの妄想ではなく運営に反映される倶楽部など、この学園にいくつもあるものではない。蘭たちのモチベーションは十分だ。
「それも手ではあるね。この倶楽部の場合、数合わせの女子を誰がパートナーにするか、という問題が出そうだけど」
そんな竹海の言葉に、自己紹介以降ずっと気配を消す様に口を閉ざしていた幸子が、ポロリと疑問を口にする。
「え? それってなにか問題なんですか?」
幸子が知る限り、倶楽部に所属する女子が同じ倶楽部の男子のパートナーとなるのは、「倶楽部外の男子に手出しさせない」以上の意味はない。同じ倶楽部の男子同士では、口約束で気楽に貸し借りをする共有物だ。
半年もたてば、正式には自分が誰のパートナーだったか、覚えていない男子も珍しくないくらいだ。
「この倶楽部はね、基本パートナーの貸し借りなし。というか、男子三人は全員セックスするときは別の部屋なの。だから、幸子さんもちょっと覚悟しておいて。もっともっと『堕ちる』から」
「…………え?」
だから、蘭の返答に幸子が再びフリーズ状態になったのもさほど不自然な話ではなかった。
「パートナーと言えば、尚典君のパートナーに立候補している空亜、だっけ? 彼女は信用できるのかい、蘭?」
元々一晩の相手をお願いしたはずなのに、なぜか尚典のパートナーと倶楽部への入部を申し込んできた空亜は、蘭と同じ境遇だった二年生女子だ。
蘭と同じBランク倶楽部に籍を置いていたが、蘭と同じタイミングで首にされた。
竹海の問いに蘭は少し困ったように首を傾げながら、
「うーん、悪い子ではないわ。やる気はないし、ものすごく面倒くさがり屋だけど、だからその分面倒ごとは起こさないはず、だったんだけどね」
蘭からしても、空亜が尚典のパートナーを希望するのはかなり予想外だった。というより、空亜という少女が積極的になにかアクションを起こすこと自体が予想外だったのだ。
「ご主人様からその話を聞いて、午前中に空亜と会ってきたのだけれど、本当だったわ。なんか、尚典君がストライクゾーンど真ん中だったみたい。あんなイキイキとした空亜、初めて見たわ。あの生粋の『引き籠り』が」
見た目は小柄で可愛い系の整った顔立ち。性格もそれを裏切らない素直で優しい尚典は、一部の女子には人気を博するタイプだ。どうやら、空亜はその一部の女子だったようだ。
去年転職で『引き籠り』になった時、倶楽部の男子全員がため息をつきながら「だろうな」「分かってた」「ワンチャンなかったか」と愚痴をこぼしてた空亜が、だ。
「大丈夫なの、それ?」
風音が心配するのももっともだ。性欲の暴走モンスター化は何も男子の専売特許ではない。
「それは大丈夫だと思うわ。尚典君も空亜をパートナーにしたいと思うくらい好印象だったみたいだし、それなら空亜も拙いことはしてないはず。そもそも尚典君の方が高レベルだろうしね」
『娼婦』のような隷属しづらい例外を除けば、男子の方がレベルが高い男女のセックスはいずれ女子が男子に隷属していく。乱暴な言い方をすれば、男子はレベルさえ上げておけば、女子を支配できる。ただし、セックスでの経験値の流れは男子から女子の一方通行だ。そのため頻繁にセックスしている女子より高レベルを維持したければ、男子は女子より多くダンジョンダイブをこなし、女子より多くモンスターを倒す必要がある。
「あ、あの。御主人さまの倶楽部の男子は全員一年だと聞いたのですが。その尚典様は、空亜さんよりレベルが高いのですか?」
自分が所属する倶楽部予定の男子と言うだけで尚典を様付けで呼ぶ幸子は、恐る恐るそう確認する。
つい先ほど蘭が「空亜は『引き籠り』だ」と言った。
『引き籠り』はれっきとした『遊び人』系の第二段階職である。その空亜よりレベルが高いとなると、必然的に尚典も第二段階職ということになる。
結構な秘密ではあるのだが、すでに健太の正式なパートナーであり、健太の倶楽部に入ることが決まっている幸子に隠すことではない。
そう判断した蘭は、無意識のうちに声を少し絞りながら告げる。
「そうよ。尚典君は『術士』系第二段階職の『陰陽師』。来斗君は『戦士』系第二段階職の『重殴士』。ご主人様は『戦士系第二段階職の『騎士』。
言うまでもないと思うけど、絶対に秘密よ」
「!?」
念を押す蘭に、幸子は声も出せないほど驚きながら、何度も頷いた。当然と言えば当然である。『学生決闘』で前の御主人様を倒したことからも、一晩のセックスで自分が隷属させたことからも、健太がスキップ組――第二段階の戦闘職であることはなんとなく予想がついていた幸子だが、流石に一年男子の三人全員が戦闘職の第二段階職というのは、完全に想像を超えていた。
しばらくして、どうにか声帯が機能を取り戻した幸子は、かすれる声を発する。
「い……良いんですか?」
「良いか悪いかで言えば良くはないわね」
「まあ、褒められた行為ではないよね」
「でも、こんなチャンス逃せないじゃん」
幸子の意味が分かりづらい問いを正確に理解した蘭、竹海、風音は開き直ったようにこう答える。
性風俗がぶち壊れているこの学園でも、これほど早い時期に上級生が新一年生にちょっかいをかけるのは、あまり推奨されない行為だとされている。
実際、この時期に一年女子を襲っている上級生男子は、素行の悪いチンピラ倶楽部ばかりだ。そして、それは男女を逆にしても推奨されないことに変わりはない。
一年男子の有望株に、一年女子が群がり、群がる女子の中から男子が選び、パートナー契約や倶楽部が成立される。そうした一年内部のマッチングが一通り終わった後、溢れている一年男女に、初めて上級生はちょっかいをかけるのが、まあスマートなやり方とされている。
それなのに、入学一カ月の時点で第二段階職についている超絶有望株の一年男子三人組を、二年女子が一足お先に咥えこむというのは、お世辞にもお行儀のよいやり方ではない。
本来なら、健太、尚典、来斗は一年女子の綺麗どころ、有望どころを選びたい放題な立場なのだ。
だが、風音の言う「こんなチャンス逃せない」という言い分は、学園女子ならば誰でも納得させるだけの説得力を持っていた。
「だから、秘密よ」
「っ、はい!」
幸子に念を押す蘭の笑みは、健太が見たことのない計算高い女の笑みだった。