※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第七十三話 転職(クラスチェンジ)の違和感、生徒会女子からの評価

 

 

 

 基本的に健太(けんた)とそのパートナーとのセックスは夜、ベッドの上に限られる。それは、健太(けんた)とパートナーはそもそも学年が違うため、学校内ではあまり一緒にいないこと。健太(けんた)が野外やダンジョン内でのセックスにまだ抵抗があること。パートナーは出来るだけ大切したいのでセックスの前後はシャワーを浴びられる環境を重視していることなどが理由だ。

 つまり、ベッドの上はともかく、夜しかセックスをしていないのは、特に理由がこだわりがあってのことではない。

 だから本日午前中、ダンジョンダイブから無事生還した健太(けんた)たちが、白鶴荘の一室でハーレムセックスを繰り広げたのは、ある意味必然だったと言えた。

 

 

 

 とはいえ、まだ日が高い真昼間から初めて、夜までセックスで全ての時間を消費するほど、健太(けんた)は時間を持て余してはいない。昼間からセックス三昧というのは学園の男子としては特に珍しくもない休日の過ごし方だが、それはエンジョイ勢に転がり落ちる下り坂だ。

 転職(クラスチェンジ)にいたった幸子(さちこ)を筆頭に、レベルアップで性欲の高まっていた幸子(さちこ)(らん)竹海(たけみ)と一通り幸せな時間を過ごした健太(けんた)は、そそくさと着替え、白鶴(はくつる)荘を後にした。

 

 本日午後から夕食まで健太(けんた)は、一人の時間を過ごす予定となっている。予定通りならばトレーニングルームや図書館に行くらしい。こういう時、元から従順な(らん)幸子(さちこ)はもちろん、日頃は結構我が儘を言う竹海(たけみ)でさえ、付きまとったりはしない。この学園で下手に男子を束縛しようとするリスクを理解しているからだ。

 

 

 

 

 

 健太(けんた)が出ていった後、少し遅れて意識を取り戻した(らん)竹海(たけみ)幸子(さちこ)の三人はシャワーを浴びてすっきりした身体で白鶴(はくつる)荘の食堂で、遅めの昼食を取っていた。

 寮の食堂が無料で(寮費に含まれているので実際には無料ではないが)提供しているのは朝食と夕食だけのため、昼食は有料の上、メニューも作り置きできる物に限られるが、外に出ずに済むのがありがたい。

 

 上はTシャツのみ、下は制服のスカートというラフな格好で、オニオンサンドを小さな口で少しずつ食べてた幸子(さちこ)は、ホウと息を吐く。幸子(さちこ)のキメ細かい肌が桜色に上気しているのは、シャワーを浴びたからなのか、その前の情事をまだ引きずっているからか。

 幸子(さちこ)は先ほど昼食代を支払った自分のプリペイドカードを取り出し、思わずつぶやく。

 

「あの、これ、本当に良いんですか?」

 

 幸子(さちこ)のカード残高は、十数万『銭』という、入学以来見た覚えのない金額が表示されている。その大半は、本日午前中に行ったダンジョンダイブの分け前だ。それ以前から入っていた金額など、端数に埋もれている。

 

「良いのよ。ダンジョンダイブの『銭』はどんなことがあっても均等に頭割りは、ご主人様の方針だから」

 

 なぜが物凄く自慢げに微笑む(らん)がそう言って来るが、幸子(さちこ)には受け入れがたい。

 健太(けんた)が四肢を斬り落としたゴブリン(ゴブリン系『逸脱個体(オーバーボーダー)』複数匹含む)にとどめを刺すというあり得ないほどの優遇レベリングをしてもらった上に、クリスタルやいらないドロップ品を売り払った『銭』も「均等頭割り」と言われて、カードにチャージされたのだ。

 

 優遇、幸運、幸福。そうした言葉から自然と目を背ける癖がついている幸子(さちこ)には、今の自分の境遇は飲み込めない。

 

「これに関しては、ご主人様は絶対譲るつもりないから、言っても無駄だよ。尚典(なおふみ)くんと来斗(らいと)くんも同じ意見だしね」

 

 サラダチキンを食べながら言う竹海(たけみ)のその言葉通り、「報酬はどんな時でも均等頭割り」は、健太(けんた)尚典(なおふみ)来斗(らいと)の間で同意が取れている倶楽部の方針だ。一年男子三人は、陰キャオタクという共通項を持つため、オンラインゲームなどを通して「報酬の分け方はシンプルに限る」という認識を共有してた。

 さらに三人が三人とも「自分の取り分が増えることより、そうすることで揉めたり険悪になったりする方が嫌」というヘタレ系平和主義者である。学園男子では相当珍しい部類の三人だ。

 

 今日まで圧倒的多数派の学園男子に囲まれて生きてきた幸子(さちこ)が、信じられないのも無理はない。

 

「は、はい。分かりました」

 

 突然、残高の桁が増えたプリペイドカードを恐る恐る仕舞った幸子(さちこ)は、落ち着きなく視線をあちこちに動かしている。たとえ「劇的な改善」という方向でも、環境の激変に心身がついていかないというのは、人間大なり小なり誰でもあることだ。

 

「ともあれ、幸子(さちこ)さん。無事、転職(クラスチェンジ)おめでとう」

 

 話題を移す様に、(らん)はそう言って幸子(さちこ)転職(クラスチェンジ)を祝う。

 

転職(クラスチェンジ)時にそれまでの一段階職とは繋がらない第二段階職になることは稀にあることだけど、『遊び人(ニート)』から『幻想使い(ソーサラー)』はとんでもなく『運が良い』ね」

 

 竹海(たけみ)が言う通り、第一段階職から繋がらない第二段階職に転職(クラスチェンジ)することは、数は少ないが実例はある。

 簡単に言えば、同一段階での(クラス)の乗り換えと、スキップ転職(クラスチェンジ)が同時に起こる現象だ。例えて言えば、『職人(クラフター)』になった者が不満に思い、『職人(クラフター)』をレベル20にして第一段階職を取り直そうとした時、第一段階職の『戦士(ファイター)』ではなく、第二段階職の『闘士(ウォーリア)』になるという現象だ。

 

 この場合は、『職人(クラフター)』レベル20はロストする。ノービス10+『職人(クラフター)』20の合計30レベルから、ノービス10+「職人(クラフター)』0(ロスト)+『戦士(ファイター)』20+『闘士(ウォーリア)』1の合計31レベルになるのだ。

 

 そのため幸子(さちこ)自身も(らん)たちも、今の幸子(さちこ)はノービス10+『遊び人(ニート)』0(ロスト)+『術士(マギ)』20+『幻想使い(ソーサラー)』1の合計31レベルだと考えている。

 だが、実際には幸子(さちこ)転職(クラスチェンジ)は『聖堂(カテドラル)』ではなく、健太(けんた)の『職業選択の自由(プリースト・オブ・ダーマ)』によるものだ。

 だから、今の幸子(さちこ)はノービス10+『遊び人(ニート)』20+『術士(マギ)』20+『幻想使い(ソーサラー)』1の合計51レベルのはずだ。もちろん、健太(けんた)もそうであるように単純な合計レベル通りの能力値ではないだろうが。

 

 そんな事実は彼女たちが知る由もない。だが、それでもこれだけ目に見える事実が積み重なれば、色々察することも出来る。いくら完全に堕ちているとは言ってもそれは心の話。頭の働きにはそこまで大きな影響はない。

 

 竹海(たけみ)は考える。

 

 

(らん)が『案内人(パスフェンダー)』になったのは、多少運が良い程度でおかしな話じゃない。私が『良い踊り子(ナイスダンサー)』になったのも、特におかしくはない。でも、そこに今回の風音(かざね)の『盾槍闘士(ヒュパスピスタイ)』と幸子(さちこ)の『幻想使い(ソーサラー)』を加えると、(らん)と私も怪しくなってくるね)

 

 まだ確証には至っていない竹海(たけみ)は、その考えを口には出さない。出すとしてもこのような他人の耳があるところでは無理だ。

 

(ご主人様はこの間、私にわざわざ聞いたんだよね「もし強くなれる代わりに、自分に隷属し続けなければならないとしたらどうする?」って)

 

 健太(けんた)は話の流れの中、自然に聞いたつもりだったようだが、竹海(たけみ)には十分不自然な問いに聞こえた。それでも素直に「それはご褒美が二重なだけ」と答えたのは、その答えにある通り今更竹海(たけみ)に、自分から健太(けんた)の下を去るという選択肢はないからだ。

 だから、竹海(たけみ)は考える。

 

(らん)の『案内人(パスフェンダー)』、風音(かざね)の『盾槍闘士(ヒュパスピスタイ)』、幸子(さちこ)の『幻想使い(ソーサラー)』。比べると私の『良い踊り子(ナイスダンサー)』だけちょっと不本意な転職(クラスチェンジ)なんだよね。これで私の次の転職(クラスチェンジ)にもご主人様が『聖堂(カテドラル)』まで付いてきてくれて、習得する(クラス)が『凶戦士(ベルセルク)』系や『殺戮者(スレイヤー)』系のような「暴走の危険のある戦闘職」だったりしたら……確信しても良いね、ご主人様の『チカラ』)

 

 元々絶望よりも希望を見据える質の竹海(たけみ)は、そんなことを考えながら、目を細めて笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、健太(けんた)は武道館二階のトレーニングルームで、器具を使った筋力トレーニングに励んでいた。もちろん、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』はオンにしてある。オフ状態の健太(けんた)では、筋トレの苦痛から無意識に逃れようとしてフォームを崩してしまう。

 

「ふっ、ふっ、ふっ!」

 

 礼治(れいじ)副会長に習った正しいフォームを『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』で再生し、それの模倣をする形でデッドリフトを繰り返していた健太(けんた)は、予定していた数をこなしたところで停止していたSPを纏い直し、六十キロのバーベルをゆっくりと床に戻す。

 

「はあ……」

 

 健太(けんた)は大きく深呼吸をしながら、用意しておいたスポーツドリンクのペットボトルを開けて飲む。

 本来、大重量のバーベルを使うトレーニングは、安全のため一人ではやってはいけないのだが、健太(けんた)のようなSPを自在にオンオフできる人間ならば危険はほぼない。

 今健太(けんた)が使っていた六十キロのバーベルも、SPをオフにしている健太(けんた)には大重量だが、オンにした健太(けんた)にとってはお手玉できるくらいの重さでしかない。

 

 デッドリフトを終えた健太(けんた)は五分の休憩で呼吸と体調を整えると、次の目的であるベンチプレス用のロングチェアとラックの下に行くとそこでは、見知った筋肉美女が丁度ベンチプレスを終えたばかりらしく、軽く息を弾ませながらタオルで汗をぬぐっていた。

 

「おや、貴方でしたか。今日は一人ですか?」

 

「はい、麗華(れいか)庶務」

 

 筋肉美女――豊葦原(とよあしはら)学園特級科こと通称華組三年にして、生徒会の一員である麗華(れいか)を前に、健太(けんた)は後ろで手を組み、足を広げた体勢で丁寧に答える。

 後ろで手を組み、距離を多めに取るというのは、健太(けんた)が女子を警戒させたくないときにいつもやっていることだ。凛子(りんこ)を始めとした『匠工房(アデプトワーカーズ)』の大多数や静香(しずか)と一対一で話し合う時には、ほぼ必ずそうしている。

 麗華(れいか)の場合は彼女の精神面には問題ないのだが、格好が体にフィットする薄手のトレーニングウェア姿ということもあり、念のためそうした姿勢を取った。

 

 やけに仰々しい姿勢を取る健太(けんた)に、麗華(れいか)は「自分の後ろに礼治(れいじ)副会長の姿を見ているのだ」と考えて納得する。

 

「そうですか。感心なことです。次はベンチプレスですか?」

 

 そう言ってベンチプレス用の長椅子から立ち上がろうとする麗華(れいか)に、健太(けんた)は丁度良い機会だと思い、質問を投げかける。

 

「はい、そのつもりなのですが、その前に麗華(れいか)庶務に一つお尋ねしたことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「……質問することは構いませんが、答えるとは限りませんよ」

 

 浮かしかけた腰を戻しながら、麗華(れいか)は警戒を隠さない鋭い目つきで健太(けんた)をそう牽制する。

 麗華(れいか)健太(けんた)を「どこぞの草」と見なしている。必然的に、健太(けんた)が自分に問いかけるとすれば、それは礼治(れいじ)副会長に関することを想定する。

 だから、健太(けんた)の問いは麗華(れいか)にとってかなり意表を突かれるものだった。

 

「はい。少し不躾な問いになることは自覚しておりますので、ご返答がなくとも当然と思っています。

 麗華(れいか)庶務は、お一人でトレーニングをしていらっしゃるようですが、トレーニング後のシャワーなどはどのようにしていますか?」

 

「……は?」

 

 予想外と言えばとても予想外。会うのはこれが二度目だが、前回の印象では決して健太(けんた)が言ってきそうにない問いに、麗華(れいか)は驚くと同時に、嫌悪感と攻撃性を露わにする。

 

 実際、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっていなければ、健太(けんた)には決して出来ない問いだろう。だが、冷静に効率だけを考えれば、この問題に関しては、麗華(れいか)に聞くのが一番解決に繋がりそうなのだ。

 健太(けんた)は、冷静な口調で事情を説明する。

 

「実は、近々仲の良い女子と手合わせをする約束をしておりまして。仲が良いとは言っても、彼女とは男女の中ではなく、友人、ダンジョンダイブのパーティーメンバーとしての付き合いに過ぎません。

 そうなりますと、手合わせを終えた後、私と彼女は別々に身支度をすることになるのですが、前回こちらのシャワールームを使用した感想では、『この学園の平均的な治安』状態であると言わざるを得ませんでした。女子が一人で安全に使用できるシャワーは見当たりません。

 最悪、身支度を整えるのは寮に帰ってからにすることも考えているのですが、何か良い解決手段があるのならばご教授頂けないかと考え、失礼を承知でお尋ねさせて頂きました。申し訳ございません」

 

 そう言って健太(けんた)は、後ろで手を組んだまま小さく頭を下げる。

 

「なるほど、そういう事情ですか」

 

 健太(けんた)の堂々とした説明に、麗華(れいか)はひとまず表情から攻撃色を消す。同時に、健太(けんた)に対する評価を少し上げる。

 この学園の男子で、「セックスをしていない仲の良い女子」がいるというだけで、倫理観は上等な部類と言える。さらに、その女子の安全を考えて行動するというのは、もはや最上級の倫理観と言えるだろう。

 

「私は、シャワールームの設置されている小道場を貸し切り申請して、そこのシャワーを利用しています」

 

 あっけない麗華(れいか)の解決策に、健太(けんた)は目から鱗が落ちる気分だった。考えてみれば、この武道館はとてつもなく大きく、異常なくらいに設備が充実しているのだ。個別のシャワールームがついた道場があってもおかしくはない。いくら広いとはいえ、同じ武道館内ならば、トレーニングルームでトレーニングをして、抑えておいた小道場のシャワールームまで移動するのは問題ないだろう。

 

「そのようなことが可能なのですね。私にも同じことが出来るでしょうか?」

 

 健太(けんた)の問いに麗華(れいか)は少し困ったように首を傾げる。

 

「どうでしょうか。空いている設備はあると思いますが、普通科の場合、その手の施設の使用申請は倶楽部単位でしか出来ません。貴方は今、どこかの倶楽部に所属していますか?」

 

「いいえ、まだです」

 

 この辺りが、このこの学園ではFランクでも、何らかの倶楽部に籍を置く者が大半になる理由だ。

 学園で生きていく上でダンジョンダイブが必須なのに、そのダンジョンダイブに対する学園の支援がほぼ全て倶楽部を対象としているのだ。

 今回のような武道館施設の貸し切りくらいならばまだ良いが、『工作室(ファクトリー)』の使用申請が倶楽部単位でしか出来ないのは、かなり致命的だ。

 ダンジョン内でしかスキルの使えない普通科の生徒が、武器、防具を修復、製造、改良をしたければ、ダンジョン第一階層と同程度の瘴気圧に出来る『工作室(ファクトリー)』の使用は必須だ。

 例外は『工作室(ファクトリー)』の小型版が部室に設置されているA、Sランクの倶楽部だが、結局は倶楽部に所属しなければならないことに変わりはない。

 だから、倶楽部に所属していない『職人(クラフター)』は、健太(けんた)がやっているようにダンジョンダイブ中にモンスターを警戒しながら、アイテムのクラフトをするしかない。

 

 それに比べれば小さなことだが、それでも今の状況もそれなりに健太(けんた)には困った事態だ。だが、一応解決策はある。恐らくはかなり不本意な結果に繋がることが予想されるが。

 

「私も相手の女子もまだ所属倶楽部はありませんが、一応名義を貸してくれそうな倶楽部に心当たりはあります。その倶楽部はFランクなのですが、問題はないでしょうか?」

 

 健太(けんた)の脳裏に思い浮かべてるのは、蜜柑(みかん)達の倶楽部『匠工房(アデプトワーカーズ)』だ。叶馬(とうま)の『神匠騎士団(アデプトオーダーズ)』がまだ未成立である以上、『匠工房(アデプトワーカーズ)』は健在なはずである。

 

「ああ、シャワー施設付き小道場の貸し切り程度ならば、倶楽部のランクは問われませんよ。『闘技場(コロッセウム)』のような人気の施設ならば、ある程度ランクが無ければ難しいですが」

 

 麗華(れいか)の答えは健太(けんた)の予想から大きくは外れないものだった。

 それならば、蜜柑(みかん)凛子(りんこ)に協力してもらえれば、安全なシャワールームは確保できそうだ。

 問題は、蜜柑(みかん)凛子(りんこ)に相談すれば必然的に他の『匠工房(アデプトワーカーズ)』の面々にも沙姫(さき)との手合わせが知られて、そこから叶馬(とうま)に知られる可能性が激増するという点だ。

 

(知られれば絶対叶馬(とうま)がうるさいだろうな。叶馬(とうま)との手合わせは断固拒否だが、見学は拒絶できんか)

 

 場合によっては、叶馬(とうま)以外の叶馬(とうま)パーティーの面々や『匠工房(アデプトワーカーズ)』のメンバーも見学に来るかもしれない。

 叶馬(とうま)が同席するならば、沙姫(さき)の安全なシャワー問題などすでに気にする必要もない問題なのだが、結局のところそうするのが一番早そうだ。

 

「そうですか。ご助言ありがとうございました、麗華(れいか)庶務」

 

「いえ。大したことではありません」

 

 健太(けんた)麗華(れいか)に丁寧に礼の言葉を述べながら、沙姫(さき)との手合わせをどうするのが一番おさまりが良いか、思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筋力トレーニングというものは、そう長時間続けられるものではない。筋肉の成長だけを考えれば、負荷をかけた後は出来るだけ体を動かさずに休むのが良いらしいが、そこまで体作りを優先できるほど、健太(けんた)は時間に恵まれた立場にはない。

周回レベル上げ(タイムターナー)』のスキルを使えば、疑似的に無限の時間がある健太(けんた)だが、自分の能力を過信していない健太(けんた)は、『周回レベル上げ(タイムターナー)』は原則、一人でダンジョンダイブをしている時だけに使用を限定している。

 他人がいるところで、頻繁に時間を巻き戻した場合、得た情報、交わした約束、初対面か否か、といった知識をとっさに正しく活用できる自信がないからだ。

 例えば、『周回ベル上げ(タイムターナー)』で巻き戻った時間軸で、(らん)と会って会話を交わし、(らん)が学園に入学する前の話をしてくれたとする。その場合、元の時間軸に戻れば、「健太(けんた)(らん)の過去を知っているが、(らん)健太(けんた)に過去を打ち明けていない」という状態になる。

 もちろん、この一件だけならば健太(けんた)も間違えることはないが、同様のことを何度も重ねれば、いずれはとんでもないポカをやる。健太(けんた)は自分はその程度の人間だと評価している。

 

 だから、有限な時間を有効に使うため、同時に筋トレの後の体にあまり負荷をかけないため、武道館のトレーニングルームを出た健太(けんた)は、図書館で読書と自習に勤しんでいた。

 

 

 

 

 静かな図書館の片隅で、健太(けんた)は開いた書籍に視線を落とす。

 いつもながら、図書館の中は人気が少なく、静かだ。僅かに見える人影も、そのほとんどが学生服を着た男子か、セーラー服を着た女子。つまり、特級科――華組の連中である。

 ブレザー制服姿の健太(けんた)はかなり浮いている。だが、健太(けんた)がそうであるように、図書館に来る華組の男子、女子もその大半は図書館の常連だ。

 最初は、健太(けんた)に嫌悪や侮蔑の視線を向ける者が多かったが、元々図書館の使用に特級科、普通科の区分はない。今では、健太(けんた)が図書館に長居していても、顔つきを変える者はいない。それは、受け入れたというより、いない者として扱う、というスタンスだが。

 

 だから、一人の女子生徒がわざわざこちらに近づいてきたのは、健太(けんた)としても多少予想外のことだった。

 

「普通科の方が不似合いな書籍を随分と多く抱え込んでおいでですが、まだ時間はかかりますか?」

 

 場所柄音量は控えているが、それでも険と警戒の感情がもろに分かる女子の声に、健太(けんた)は視線を上げる。

 健太(けんた)の視界に入ったのは、華組の象徴とも言うべき古風なセーラー服を綺麗に着こなした、美少女だった。まるで黒絹の如き艶を誇る長い黒髪は腰まで届き、こちらの睨むようにして見下ろす双眼も黒曜石の如き漆黒だ。

 座っている健太(けんた)からは、彼女が腰に差している日本刀が良く見える。華組の生徒が日本刀を下げているのはごく一般的なのだが、彼女がさしている日本刀はとりわけ目を引く凄みのようなものを感じさせる。

 

「こちらの本はすでに読み終えています。こちらの本はまだ手付かずですが」

 

 健太(けんた)はそう言って、自分の右側に積んである本の山と、左側に積んである本の山を指し示した。

 お世辞にも居心地が良いとは言えない図書館では、常時『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしている健太(けんた)は、声も表情も冷静そのものだ。

 どうやら、健太(けんた)が抑えている本をこの黒髪の少女も必要としているらしい。珍しいことだ。この図書館の馬鹿げた蔵書の数と、少ない利用者で欲する本がぶつかるというのは滅多に起こることではない。

 これが、この学園では一番人気な現在確認されている「転職(クラスチェンジ)とスキル」に関する資料ならば話は別だが、今健太(けんた)が抑えている本は文字魔術の為の各国の古い文献およびその辞書的なモノと、コンピューター言語に関するモノ、後は各国の有名な逸話、寓話集である。

 

「では、そちらは持っていきます」

 

 そう言って黒髪の少女が右側の本に手を伸ばすより早く、健太(けんた)はそれらをまとめて持ち上げると、静かに立ち上がる。

 

「分かりました。ですが、規則ですので、司書のところまでご同行をお願いします」

 

 この図書館では、いくつかの重要資料に関しては、生徒が直接本棚から取り出すのではなく、取り出すのも戻すのも司書を経由するよう定められている。そうした本は、万が一破損、紛失した場合の責任の所在を明らかにするため、生徒同士のまた貸しも禁じられている。

 健太(けんた)が今読んでいて、黒髪の少女が欲した本の中にはそうした扱いのモノも混ざっていた。

 

「あっ」

 

 予想外の反応に伸ばしかけていた手を引っ込める黒髪の少女をしり目に、健太(けんた)は数冊の本を大事に両手で抱え、司書がいる受付へと足を運ぶ。

 

「失礼します、こちらの本を返却します。その後、こちらの方が借りたいそうなのですが」

 

 健太(けんた)はそう言って、司書の前の机に本を乗せる。

 図書館の司書は、学園の卒業生だ。司書というのはただの肩書でなく、実際に『文官(オフィサー)』系の『司書(ライブラリアン)』の(クラス)を有している。

 普通科の卒業生のためダンジョン外ではスキルは使えないが、『司書(ライブラリアン)』の(クラス)を有している者は、スキルに頼らずとも司書としての高い適性を誇る。

 

 この司書もかなりの美女だ。普通科を自我を保ったまま卒業してるのだから、普通科のエリート――A、Sランク倶楽部の籍を置く『文官(オフィサー)』だったのだろう。

 A,Sランク倶楽部の非戦闘職の女子は、能力以上に容姿で選りすぐられている。そのため、自我を保ったまま卒業する非戦闘職の女子は、学園基準でも上澄みの美女ばかりだ。

 

「はい。ご返却を確認しました。そちらの方が次に借りたいのですか? 規則ですので、こちらで名前を控えさせていただきます」

 

「特級科一年、(かおり)です」

 

「…………」

 

 黒髪の少女――(かおり)の名乗りに、健太(けんた)は今の自分が『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしていた幸運に感謝した。

 

 特級科一年の(かおり)。生徒会書記にして、現会長である徹朗(てつろう)婚約者(フィアンセ)徹朗(てつろう)誠一(せいいち)の異母兄のため、将来的には誠一(せいいち)の義姉になるのだろうか?

 

 言われてみれば原作の描写と一致するが、長い黒髪も、腰に下げた日本刀も、特級科の女子には特に珍しくもない特徴のため気にしていなかった。

 『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は、冷静に思考を巡らせ現状把握に努める。

 

(これはただの偶然か? それとも、叶馬(とうま)関連のあれこれ同様、俺が何か介入した方が良い事態が発生しているのか? いや、だが礼治(れいじ)副会長、麗華(れいか)庶務のカップルと違って、徹朗(てつろう)会長、(かおり)書記のカップルは原作では叶馬(とうま)とはほぼ接触がなかったはずだが)

 

 どちらせにせよ、華組の中でもさらに特権階級な生徒会のメンバーに睨まれて良いことはない。そう判断した健太(けんた)は、(かおり)に話しかける。

 

「まだ未読のモノも読み終えたらこちらに戻します。読み終えた時点で、ご報告いたしましょうか?」

 

「あ、はい。よろしければ、お願いします」

 

「承知いたしました」

 

 健太(けんた)は席に戻り、読みかけの本に視線を落とす。健太(けんた)にとって図書室での本は「読む」ことよりも「見る」ことが主目的である。そうして全(ページ)を視界に収めることで、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に文字データとして保存する。

 読み返すのは後日、自室か(らん)の部屋で行えばよい。しかし、最近は図書館で「見る」だけで、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』ではなく自前の脳に大部分が記憶できるし、一読しただけでかなりの部分が理解できるようになっている。恐らくは、第二段階職も複数重ねるようになった影響で身体能力同様に、記憶力、理解力といった頭脳系の基礎能力も増強されたからだろう。

 

 一方、目的の本を借りてきた(かおり)は、なぜか健太(けんた)の近くの席に腰を下ろした。

 

 (かおり)の不可解な行動に、疑問を覚えた健太(けんた)が視線を本から斜め前に座る(かおり)に向けると、(かおり)は意を決したように口を開く。

 

「あの……先ほどは失礼しました」

 

「何がでしょうか?」

 

 身に覚えのない(かおり)の謝罪に健太(けんた)は、首を傾げる。

 

「最初の私の態度です。何の咎もない初対面の方に対して向けて良い言葉ではありませんでした」

 

 そう殊勝な言葉を口にする(かおり)は、いかにも生真面目で善性を感じさせる。

 健太(けんた)としては、特級科――華組の女子が普通科の男子に向ける態度としては、ごく普通なものとしか映らなかった。特級科のお嬢様から見れば、普通科の男子など蔑みの対象だろうし、同時に警戒の対象でもある。

 だが、わざわざ(かおり)が謝罪するのならば、それは受け入れる方が良い。

 

「分かりました。謝罪の言葉は、確かに受け取りました。これ以上はお気になさらぬよう」

 

 健太(けんた)の落ち着いた返答に、(かおり)は猶更罪悪感を刺激される。

 

「本当に申し訳ございません。言い訳になってしまいますが、以前普通科の方と少し揉めたことがありまして、つい過剰に反応してしまいました。噂と僅かな実体験をもとにした偏見に捕らわれていた、己の未熟を恥じるばかりです」

 

 もしかしなくても、原作でも描写されている叶馬(とうま)と接触した一件を言っているのだろう。(かおり)の素直過ぎる反省に、健太(けんた)はついお節介を焼いてしまう。

 

「自分で言うのもなんですが、私は普通科男子としてはかなり特殊な部類です。恐らくは、貴女が聞いた噂の方が圧倒的にこの学園の男子の実態を表していると思われます。ですから一般的な感性をしている女性が我々普通科の男子に、嫌悪感と警戒心を抱くのはごく自然なことです。とりわけ、警戒心はむしろしっかり抱いていただかなければ、危険です」

 

 たまたま人慣れした虎を一頭知っているからと言って、野生の虎全体に対する警戒心を下げるのは危険極まりない行為だ。

 

「はい、御忠告ありがとうございます」

 

 全体を見れば当たっているのだが、本人の口から出るにはあまりに説得力のない健太(けんた)の忠告に、(かおり)は思わず口元をほころばせた。

 

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