※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第七十四話 八人の自己紹介、九人目と十人目

 

 

 ゴールデンウィークも終盤に差し掛かったその日。

 健太(けんた)は、学食の一角で顔合わせの場を設けていた。朝食は過ぎたが昼食にはまだまだという時間帯もあり、学食の人影はまばらだ。

 元々数千人の学生に対応するために造られた豊葦原学園の学食は馬鹿げて広い。

 

 だから、健太(けんた)たちが陣取っている一角には、普通の声で話をしても発言内容を他人に聞かれる恐れはない。

 

 健太(けんた)は、席に着いたまま、集まっているメンバーを見渡す。

 男子が三人に、女子が五人。このくらいの年代の男女混交のグループが座る場合、男子と女子に分かれることが多いのだが、この学園では勝手が違う。

 男子がそれぞれ「自分のお気に入り」の女子を側に侍らせて座るため、席順だけを見ると男女が混ざり合った形が一般的となる。

 健太(けんた)たちにも、それに近い形になっていた。

 健太(けんた)の左右に(らん)幸子(さちこ)(らん)の隣に竹海(たけみ)。その対面に来斗(らいと)実咲(みさ)のカップルがベッタリとくっつくようにして座っている。そしてその隣、健太(けんた)から見ると斜め前に尚典(なおふみ)と見覚えのない女子生徒が一人。

 

 彼女の名前は、空亜(あくあ)。二年生で、つい先ほど正式に尚典(なおふみ)のパートナーとなったばかりである。

 空亜(あくあ)は、(らん)が元所属していたBランク倶楽部の一員で、(らん)と同じタイミングで首になった人間だ。当然、(らん)とは知り合いだが、あくまで付き合いは「同じ倶楽部の女子部員」としてに限定されていたらしく、竹海(たけみ)ともこれが初めての顔合わせだという。

 

 幸子(さちこ)実咲(みさ)もこの場が初対面のはずだし、他にもまだうろ覚えの間柄の者も多いだろう。そう考えた健太(けんた)は、この場でまず全員が簡単な自己紹介をすることを提案する。

 その提案は、誰からも異論なく受け入れられた。(らん)以外は全員、最低一人は見知らぬ人間がいるのだ。自己紹介は必須だろう。

 提案が受け入れられたことで、健太(けんた)はまず部長(予定)の責務を果たすべく、率先して立ち上がる。

 

「あー、俺は一年(ひのえ)組、健太(けんた)です。ダンジョンでは主にタンク役になるけど、一応ダメージもそれなりに出せるつもりです。新設する倶楽部では俺が部長になります。この場にいる八人以外にもう一人、内定している人がいるので設立人数まであと一人ですので、心当たりのある人は教えてください」

 

 健太(けんた)にとって自己紹介すべき初対面の相手は、二年女子の空亜(あくあ)のため、言葉遣いは敬語になっている。

 

「二年(ひつじ)組、(らん)よ。健太(けんた)君のパートナーでもあるわ。『文官(オフィサー)』だから戦闘はあまり得意ではないけれど、最低限のことは出来るつもり。よろしくね」

 

 健太(けんた)の自己紹介を受けて、次に立ち上がった(らん)はちゃんと外面を取り繕い、健太(けんた)のことを「健太(けんた)君」と呼ぶ。一年にして(表向き)『戦士(ファイター)』系第二段階職である『騎士(ナイト)』である健太(けんた)は無論のこと、ダンジョンガチ勢の中では引っ張りだこな『案内人(パスフェンダー)』である(らん)もはっきりと(クラス)を言わない。

 声が聞こえる範囲には誰もいないはずだが、念のためだ。正確な(クラス)を教える自己紹介は、ダンジョンダイブ中でも良いだろう。

 

 健太(けんた)(らん)がそのように名乗ったことで、それはその後のフォーマットになる。

 

「次は私だね。二年(ひつじ)組、竹海(たけみ)だ。私も健太(けんた)君のパートナーだよ。(クラス)は『遊び人(ニート)』系だけど、ガンガン前に出て戦う。もちろん、ご主人様の許可は貰っているよ。そういうわけなんで、よろしく」

 

「あ、あの、二年(ひつじさる)組の幸子(さちこ)です。御主人さまのパートナーにしていただきました。(クラス)はニ……『術士(マギ)』系です。よろしくお願いします」

 

 竹海(たけみ)幸子(さちこ)が続いてそう自己紹介をする。

 まず男子が名乗って、そのパートナーの女子が名乗る。その流れに従い、小柄で華奢な少年――尚典(なおふみ)が立ち上がる。

 

「一年(さる)組、尚典(なおふみ)です。(クラス)は『術士(マギ)』系で、火力よりもバフ、デバフの方が得意です。ノービスの頃から槍を使っているので、一応最低限武器戦闘でも出来るけど、ほんと最低限です。よろしくお願いします」

 

 そう言ってペコリと頭を下げると尚典(なおふみ)のサラサラの髪が揺れた。

 ちなみに、現状『術士(マギ)』系第二段階職である『陰陽師(オンミョウジ)』のレベル20を超えている尚典(なおふみ)は、槍だけに限ってもゴブリンやブラックドック数匹程度ならば問題なく倒せるくらいに力を上げている。無論、『既知外(きちがい)』領域のゴブリンやブラックドックだ。

 しかし、教室の仲間とは縁が切れて、ダンジョンダイブと言えば健太(けんた)来斗(らいと)とのダイブしかしなくなっている尚典(なおふみ)の立場では「最低限」という自己評価も間違いではない。

 尚典(なおふみ)の槍など鎧犀(アーマーライノセラス)やオークの群れ相手では、短時間身を守るのがやっとなのだから。

 

 尚典(なおふみ)が着席したところで、ある意味本日の主役とも言うべき人物が手を上げる。席から立ち上がらずに。

 

「あー、ナオきゅんのパートナーになった空亜(あくあ)です。よろ」

 

 それだけ言うと、隣に座る尚典(なおふみ)に体を預けて目を閉じた。

 自己紹介にもなっていない短い説明だが、空亜(あくあ)と付き合いのある(らん)がため息をつきながら補足する。

 

空亜(あくあ)は二年(さる)組で、(クラス)は『引き籠り(パラサイト)』よ。もう、見たまんまのめんどくさがりの出不精だから、あんまり期待しない方が良いわ」

 

 前の倶楽部でも空亜(あくあ)は、「部屋に行けばいつでもヤれる女」という扱いだったらしい。誰が相手でも拒まないが、誰にも執着しない。やる気なしの面倒くさがり。

 それでも、空亜(あくあ)がつい最近までBランク倶楽部で飼われていたのは、一重のその見た目(ルックス)ゆえだ。

 小さく薄く、形の良い唇。一切の歪みなく通った鼻筋。青みがかった灰色の双眼は、お手本のような美人の象徴(アーモンドアイ)。眠たげな半眼になっていてもその美貌はいささかも損なわれない。

 明るい茶色の髪は地毛で、セミロングの長さに切りそろえているのは「洗髪の面倒とヘアセットの面倒を総合して一番マシ長さ」という理由でやっているだけなのだが、空亜(あくあ)がやっているとちゃんとオシャレに見えてしまう。

 

 さらに肢体も、負けていない。身長は(らん)と同じくらい――百六十の半ばくらいだろうか。

 形よく長い首と手足。綺麗にくびれた腰。小柄で上を向いている尻。胸は大中小で分けるなら一応大に入るくらいにはある。日頃から「めんどい」「苦しい」「どうせすぐ脱がされる」とろくすっぽブラジャーを付けていないのに、全く型崩れする気配もない綺麗なおわん型を保っている。

 プロのモデルをやるには背が足りないが、それでもここまで抜きんでた美貌とスタイルならば、トップモデルまで上り詰められるのではないか、と思えるほどの天稟だ。

 

「私の仕事は、頑張るナオきゅんを体で慰撫することだから。まあ、それ以外の男子もやりたいなら好きにしてくれて良いけど、ナオきゅん優先だかんね」

 

 そう言って空亜(あくあ)はまるで野生動物の「臭い付け」のように、隣に座る尚典(なおふみ)にその肢体を擦り付ける。

 

「あ、あの空亜(あくあ)先輩。ここ、学食ですから」

 

 女慣れしてないことに関しては健太(けんた)以上な尚典(なおふみ)は顔を赤くするが、空亜(あくあ)が自分のパートナーであるという意識があるせいで、拒絶も出来ない。そもそも、尚典(なおふみ)自身も喜んでパートナーにするくらい、空亜(あくあ)に心を寄せてしまっている。まあ、これほどの美女に心から気に入られた上で、一晩濃厚に体を重ねたのだ。童貞に毛が生えた程度の経験しかなかった尚典(なおふみ)が、絆されないはずがない。

 

 尚典(なおふみ)が嫌がっていないことを理解した健太は、特に空亜(あくあ)を注意せず、空亜(あくあ)の言ったことに答える。

 

「以前から何度も言っていますけど、俺の作る倶楽部は原則男女の関係は、学園のパートナー制度をそのまま取り入れます。

 つまり、男子が拒絶する限り、パートナーとなった女子に他の男子が手を出すことは厳禁です。その上で宣言しておきますが、俺は自分のパートナーを誰だろうと他の男子に手出しはさせません」

 

 きっぱりとした健太(けんた)の宣言に、(らん)はうっとりと目を細め、竹海(たけみ)はニヤリと笑う。そして、幸子(さちこ)は信じ切れずに歓喜と恐怖に同時に襲われている。

 原則『隷属』状態の女子は、これくらいにチョロい。自分に執着されるだけで喜び、独占欲を示されれば歓喜を隠せないほどに。

 

「僕もそのつもりだよ」

 

「お、俺もです!」

 

 だから、尚典(なおふみ)来斗(らいと)が揃って同意を示すと、来斗(らいと)のパートナーである実咲(みさ)も感極まったように来斗(らいと)の太い体に抱き着いた。

 

 一方、尚典(なおふみ)のパートナーである空亜(あくあ)は、パチクリとそれまで半眼になっていた目を見開いただけで、そこまで強い衝撃は受けていない。尚典(なおふみ)空亜(あくあ)も同じ第二段階職。セックスをするようになってまだ何日もたっていない現状、空亜(あくあ)は隷属するには至っていない。

 だから、今空亜(あくあ)尚典(なおふみ)に上から覆いかぶさるようにして抱き着き、耳たぶを甘噛みしているのも隷属現象とは関係ない。単純に空亜(あくあ)がそれだけ尚典(なおふみ)を気に入っているだけである。

 

 顔を真っ赤にした尚典(なおふみ)が、「空亜(あくあ)先輩、駄目です、まずいです」と言いつつも空亜(あくあ)を振りほどけないでいる中、来斗(らいと)が立ち上がる。

 

「お、俺は一年(かのと)組の来斗(らいと)です。(クラス)は『戦士(ファイター)』系でアタッカーです。よろしくお願いします」

 

 最低限の自己紹介を済ませて、すぐさま座る来斗(らいと)の心境を同じ陰キャオタクとして理解できる健太(けんた)は、特に何も言わない。不特定多数の前での自己紹介を得意としている陰キャは少数派だ。

 

 最後に、この場にいる唯一の一年女子である実咲(みさ)が立ち上がる。

 

「一年(かのと)組、実咲(みさ)です。来斗(らいと)さ……来斗(らいと)のパートナーになります。私だけまだノービスです。すみません。出来ることならな何でもやりますから、よろしくお願いします」

 

 そう言って実咲(みさ)はペコリと頭を下げて、着席した。大きく動くたびに、その銀褐色(シルバーブラウン)のポニーテールが揺れる。

 この学園の実態を体で思い知らされている実咲(みさ)は、真面目に、真剣に、切実にそう言った。

 この学園では一部の例外を除き、女子は男子に(おもねる)る存在だ。そして、同じ女子でもより「使える」女子の立場が強い。さらに、この学園では先輩後輩という力学は存在していないのだが、現時点の一年はまだその世間の常識にとらわれている。

 そのため、唯一の一年女子で唯一のノービスである実咲(みさ)は、この集団における自分の立ち位置が最底辺であると理解していた。だが、だからと言ってこの集団――健太(けんた)の倶楽部から出ていこうなどとは微塵も思わない。

 学園女子にとって、この倶楽部の最底辺とは、最高クラスに恵まれた立場であることもまた、理解している。

 

 まるで命綱に縋る海上遭難者のように、実咲(みさ)は無意識のうちに隣に座る来斗(らいと)に手を伸ばす。

 

 そんなギャル女子の悲壮な決意がある程度読み取れたのだろう。

 

「レベルは気にすることないよ。今日のダンジョンダイブは、実咲(みさ)さんの転職(クラスチェンジ)を優先するから」

 

 と健太(けんた)は努めて軽い口調で言う。

 休日の『羅城門(らしょうもん)』は、午前九時に開門、正午に閉門。午後一時に開門、午後五時に閉門と二度、ダンジョンダイブの機会がある。

 今は午前の十時近くだが、ダンジョンへのログインは開門中ならいつでもできる。ノービスをレベル10上げる程度ならば、一時間もダイブすれば十分だ。

 というか、開門と同時にログインして閉門までログアウトせずに連戦を続けている者など、この学園でも叶馬(とうま)達と健太(けんた)ぐらいしかいない。

 

健太(けんた)さんの言うことは本当だ。俺も第一段階職になったのは、すぐだったから」

 

「うん、ありがとう来斗(らいと)

 

 来斗(らいと)の言葉に、実咲(みさ)ははにかんだように笑い、隣に座る来斗(らいと)にすり寄る。隷属の効果は強烈だ。特に実咲(みさ)の場合は、来斗(らいと)が初めての隷属相手で、隷属してからも何度も来斗(らいと)と体を重ねている。

 隷属状態にも時間が立てば慣れて表面上は取り繕うことも出来るようになるのだが、今の実咲(みさ)には無理難題だろう。

 

 だから二年女子達は微笑ましいものを見るような視線を向けるだけで、すり寄る一年女子とだらしなく表情筋を緩ませる一年男子を見守っている。

 

「まあ、ご主人様に手伝ってもらえば、今日中に第一段階職をゲットできるのはまず間違いないよ。実咲(みさ)は、何か希望はあるかい? 基本(アーキタイプ)六職については流石にもう授業で習っているだろう?」

 

 竹海(たけみ)はそう言って、意味深に笑う。

 その問いに、健太(けんた)は無反応を装いながらも、内心で耳をそばだてていた。『職業選択の自由(プリースト・オブ・ダーマ)』で候補の中から好きな(クラス)を選んでやることができる健太(けんた)だが、本人の希望を知らなければ(かな)えてやることは出来ない。

 どうやって自然な形で聞き出そうか、気をもんでいたところに竹海(たけみ)のその問いは、渡りに船とも言うべき幸運だ。

 

「え、確か転職(クラスチェンジ)って自動なんでしょ? あ、いや、自動なんですよね?」

 

 慌てて敬語らしき言葉に言い直す実咲(みさ)に、竹海(たけみ)は笑みを崩さずに、言葉を続ける。

 

「それは確かにその通りだけどね。本人の希望を口に出しておくというのも意外と馬鹿にならないのだよ。結構希望している通りの(クラス)に就けるものなのさ」

 

 竹海(たけみ)の言葉は嘘ではないのだが、実情と照らし合わせれば詐欺に近い物言いだ。

 あらかじめ「俺やっぱ『術士(マギ)』になりたい」とか「俺は無難に『戦士(ファイター)』かな」などと言っていた者が、言った通りの(クラス)になることがよくあるのは事実なのだが、別段願望を口に出すことが転職(クラスチェンジ)に影響しているわけではない。

聖堂(カテドラル)』での転職(クラスチェンジ)は、原則その人間の資質と経験に基づいて割り振られる確率が高まる。無意識のうちに自分の資質を理解している者は漠然と向いている(クラス)を希望のクラスとして口にしていることが多いから、結果として「なりたいと言っていた(クラス)になるケースが多い」だけだ。

 

 まあ、どちらにせよこれはただの世間話だ。実咲(みさ)も特にこだわりもなく口を開く。

 

「そうなんだ。私としては、やっぱ直接戦うのは怖いから、『術士(マギ)』か『文官(オフィサー)』だと嬉しいかなあ?」

 

 実咲(みさ)の素直な思いに、二年女子は苦笑する。(らん)に至っては一瞬ピクリとこめかみをひきつらせた後、笑顔を取り戻したくらいだ。

 

「確かに、今の実咲(みさ)さんが『文官(オフィサー)』になれば、比較的少ない負担でダンジョンダイブが可能ね。学園生活のことも考えるなら、『戦士(ファイター)』や『盗賊(シーフ)』という選択肢もあるのだけれど」

 

 そうもやもやを表に出さずに、アドバイスを送ることができる(らん)は、学園女子としては人間が出来ている部類ではあるだろう。その根底にあるのが「隣で聞いてるご主人様に嫌われたくない」という理由だったとしても。

 

 ダンジョンダイブを怖がる女子が、『術士(マギ)』や『モンスターカード』を所有する『文官(オフィサー)』を羨むというのは、良くある話だ。

 今の豊葦原学園では、ダンジョン内戦闘で有効な遠距離武器は存在していない。銃だろうが弓矢だろうが投げナイフだろうが、モンスターには一切ダメージを与えられないのだ。

 原作では、アメリカのスタンダードな(クラス)が『銃士(ガンナー)』という『術士(マギ)』系の亜種だったり、ダンジョン内で出没する敵に弓矢を使う者がいたりするので、遠距離武器を扱う(クラス)は昔は日本にもあった可能性もあるが。

 

 ともあれ現状、モンスターから距離を取って戦うことが出来るのは、『術士(マギ)』と『文官(オフィサー)』だけだ。

 さらに言えば、距離を取るとはいっても術を放つはあくまで自分な『術士(マギ)』より、『モンスターカード』を『具象化(リアライズ)』して「戦え」と命じれば、最低限戦闘が出来る『文官(オフィサー)』の戦闘スタイルが一番安全で怖くないことは間違いない。

 

『モンスターカード』さえあれば。

 

 だが、普通科の女子の『文官(オフィサー)』が『モンスターカード』を入手できる可能性は絶望的に低い。

 すでにデッキを複数組めそうな数の『モンスターカード』をゲットしている叶馬(とうま)健太(けんた)を見ていると感覚がマヒするが、通常『モンスターカード』という代物は、『文官(オフィサー)』の女子が自力でゲットできる代物ではないのだ。

『モンスターカード』が手に入る前提で「『文官(オフィサー)』になりたい」などと言えるのは、容易く『モンスターカード』を入手できてその『モンスターカード』を融通してくれる、強くて優しいパートナーがいる場合に限られる。

 

 つまり、今の実咲(みさ)のことである。

 

 一年間、「普通の女子『文官(オフィサー)』」としてこの学園で生きてきた(らん)が我が身と比べて、実咲(みさ)の発言に思うところがあるのもまあ当然と言えた。

 

 

 

 

 

 ノービスの実咲(みさ)を第一段階職に転職(クラスチェンジ)可能にするには、健太(けんた)たちのサポートがあれば一時間もあればお釣りがくる。

 だから、この後午前中にダンジョンダイブをする予定であっても、健太(けんた)たちはまだまだ食堂でのんびりとした時間を過ごしていた。せっかく、現倶楽部予定者の大半が一堂に会しているのだ。

 互いの理解と交友を深めるために、ただダラダラと駄弁るのも悪くない選択だ。

 問題は、健太(けんた)尚典(なおふみ)来斗(らいと)の男子三人は全員がトーク力に難がある陰キャであること。

 女子は全員誰かのパートナーであり、またこの学園の常識に反して「パートナーの貸し借り」はやらない健太(けんた)たちの方針から、女子が自分のパートナー以外の男子に気安く声をかけるのも躊躇われること。

 

 結果、主に男子は男子同士、女子は女子同士で会話をするようになっていた。さながら、早々に失敗したのに未練がましく解散できずにいる合コン会場のようなありさまだが、これはこれで意外と楽しんでいたりする。

 

「次はやっぱり俺がヘイト管理と防御に専念して、三人での戦闘も増やすべきだと思う」

 

「それは将来的には必要だけど、現時点だとどうかな? 健太(けんた)に合わせた敵だと、万が一の時僕たちは即死だし、僕たちに合わせた敵だと絶対こっちに攻撃が来ないから緊張感が無さ過ぎると思うんだけど」

 

「いや、俺は健太(けんた)さんに賛成だな。緊張感がないのは一理あるけど、むしろ最初はその方が良いよ。後衛の尚典(なおふみ)はともかく、前衛同士の俺と健太(けんた)さんだと慣れるまで二人で戦う方が弱くなるくらいだと思うんだ。ゲームと違ってフレンドリーファイヤーをオフに出来るわけじゃないんだから」

 

 男子三人はそのようなダンジョンダイブをゲーム感覚で捉えた、いかにもな話題を熱心に話し合い、

 

「たとえ(クラス)を得てもしばらくはダンジョンダイブは、来斗(らいと)くんと一緒じゃなければやらない方が良いわよ。どっちの意味でもダンジョン内が一番危ないから」

 

「だね。ご希望通りに『術士(マギ)』や『文官(オフィサー)』になれちゃった場合は、学園生活も出来るだけ来斗(らいと)君の側にいることをお勧めするね。そろそろ教室の男子も、(クラス)につき始めているだろうからね。ダンジョン外では『術士(マギ)』や『文官(オフィサー)』の女子なんて、『戦士(ファイアー)』や『盗賊(シーフ)』の男子にかかったら、簡単に拉致(らち)れるからね」

 

「あ、あと、教室の女子にも気を付けた方が良い、です。有望な男子に近づくためには手段を択ばない女子は絶対いますから」

 

「うわっ、最悪。って、事前に知って対策できる私はちょー恵まれてるんですよね。ありがとうございます、先輩方」

 

 女子は主に、唯一の一年である実咲(みさ)に、二年女子達が色々アドバイスをしている形だ。

 一人、尚典(なおふみ)のパートナーである空亜(あくあ)だけは、隣に座る尚典(なおふみ)の肩を枕にして気持ちよさそうに寝息を立てているが。

 

 そうして、それなりに場の空気が温まってきたときだった。

 広い食堂の中、遠くからこちらに近づいてくる三人の人影が健太(けんた)の目に映る。三人とも制服姿だ。先頭を歩くのが二年生女子。その後ろに従うのは一年生の男子と女子であることが学年章から分かる。

 一年の男女には見覚えがないが、前を歩く二年生女子は良く見知った顔のため、健太(けんた)はさほど警戒せず、三人が近づいてくるのを待つ。

 

 それでも念のため『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにする。健太(けんた)が会話をやめてそちらに視線を固定したことで、他の者達も接近する三人に気づく。

 

「お話し中失礼します、健太(けんた)さん。ご紹介したい人がいるのですが、今よろしいでしょうか?」

 

 先頭の二年生女子――烏琉羽(うるは)健太(けんた)の前までくると足を止めて、そう告げた。

 

 

 

 

 

 この流れから当然と言えば当然だが、烏琉羽(うるは)が紹介したい人とは、後ろに付き従っていた一年生男女であった。

 

 先に一歩前に出て名乗ったのは女子のほうだ。

 

「一年(たつ)組、珠貴(たまき)です。この度は烏琉羽(うるは)姐さんから健太(けんた)さんの倶楽部の話をお聴きして、紹介していただくことになりました」

 

 珠貴(たまき)と名乗った一年女子は、そう言って小さく頭を下げた。その態度も言葉遣いも十分に丁寧なものだが、吊り目の三白眼が強く正面を睨みつけているような印象を持たせる。だが、それを加味しても美人と言えるくらいに容姿は整っている。この学園では危険な魅力だ。こういった少女を「屈服させたい」と考える男子は掃いて捨てるほどいる。

 

 続いて、隣に立っている男子生徒が名乗る。

 

「同じく一年(たつ)組、霊王(れお)っす。健太(けんた)さんの倶楽部ならお嬢を守れるって、聞きました。どうか、お願いします! お嬢を守ってくれるなら、この霊王(れお)、身を粉にして働くっす!」

 

 名付け親はイタいオタクかヤンキーのどちらかだと確信できる名前を名乗った一年男子はそう言うと、中腰になって両手を膝の上に載せ、深々と頭を下げた。

 一年男子――霊王(れお)は身長は健太(けんた)とほぼ同じか少し小さいくらいだが、驚くほどに細い。首も腕も足も棒のようで、見ていて不安になるくらいだ。体重はまず間違いなく五十キロ台、最悪五十キロを切っている可能性すらありそうだ。

 短い髪を金髪にして逆立てているファッションはヤンキー、チンピラっぽいのだが、元々の髪質が細く猫ッ毛のため印象は「ヒヨコ」の一言だ。

 本来この手のファッションをしているヤンキー系は、健太(けんた)達陰キャオタクの天敵なのだが、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしている健太(けんた)はもちろん、尚典(なおふみ)来斗(らいと)も特に怖さも苦手意識もわかないくらいに、霊王(れお)には迫力というモノがなかった。

 

「姐さん? お嬢?」

 

 珠貴(たまき)烏琉羽(うるは)を敬意の籠った口調で「姐さん」と呼び、霊王(れお)珠貴(たまき)のことを「お嬢」と呼んでいる。ただの一年生カップルに、烏琉羽(うるは)が目を付けて連れてきた、という関係性ではなさそうだ。

 健太(けんた)の問いに烏琉羽(うるは)は困ったように苦笑すると、

 

「一応学園ではご法度なので、ここだけの話にさせてください。珠貴(たまき)さんと霊王(れお)くんも今後は注意してくださいね。

 私は、このお二人と「入学前」の知り合いなのです。彼女たちが入学していることはつい最近まで知りませんでしたが」

 

 そう言って烏琉羽(うるは)は目を細めて笑いながら、珠貴(たまき)霊王(れお)を睨んだ。

 

 ここ豊葦原学園の普通科では、入学した時点でそれまでの戸籍は失われる。どうにか五年間生き延びて卒業できた場合、全く別な戸籍を貰う形になるのだ。だから、入学前の過去について語り合うのは原則御法度とされている。その記憶にある過去は、戸籍上は「別人の人生」になるのだから。

 だが、それはそこまで厳しい決まりではない。

「入学前のことは語らない」というのはどちらかと言うと、「入学前のことは語りたくない」生徒が大半だからなのかもしれない。

 豊葦原学園は沙姫(さき)のような強制組を除いて、原則ここがどのようなところかある程度知らされた上で、希望者だけが入学している。つまり、入学前までの人生は、この学園での生活以下だった者も多いのだ。

 

 烏琉羽(うるは)の睨みに珠貴(たまき)は申し訳なさそうに首をすめると、

 

「あい、すみません、烏琉羽(うるは)……先輩。お嬢ってのはこいつが勝手に言ってるだけで私は、そんな御大層な御身分じゃありませんよ。ただの普通科の女子ですから」

 

 そう言って珠貴(たまき)は小さく首を横に振る。

 だが、霊王(れお)は強く否定する。

 

「お嬢はお嬢っす。大恩ある組長のお孫さんっす」

 

「なるほど、そう言う関係か。とりあえず、話は聞くから座ってくれないか」

 

 霊王(れお)の言葉に、少なくとも珠貴(たまき)霊王(れお)の関係は理解できた健太はそう言って、ひとまず烏琉羽(うるは)を含めた三人に座るよう促す。

 言われて見れば、どちらの「いかにも」な雰囲気を漂わせている。珠貴(たまき)の物言いは少々古臭い任侠女じみているし、霊王(れお)の言動はまさにチンピラヤクザそのものだ。

 

「すみません、失礼します。霊王(れお)、お前は飲み物を買ってきてくれ」

 

「はい、分かりました!」

 

 自分は席に座りながら、珠貴(たまき)はそう言って霊王(れお)をパシらせる。びっくりするくらいにパシリが似合う男子、霊王(れお)は喜び勇んで駆けだす。

 霊王(れお)が離れたところで、珠貴(たまき)はため息を漏らすと、申し訳なさそうに小声で言う。

 

「すみません、あいつは元々うちの爺様の組に潰された半グレグループの下っ端として随分な扱いを受けてたみたいで。そこから結果として助けられたせいで、爺様の組を「正義のヤクザ」と本気で思い込んでます。組が影も形もなくなった今、せめてその幻影くらい綺麗なままで保ってやりたいので、あいつの言う組の話は、あまり否定しないで聞き流してやっていただけませんか」

 

 この通りです、と珠貴(たまき)は頭を下げた。

 そんな珠貴(たまき)をフォローするように、烏琉羽(うるは)がいつも通りの穏やかさを保ったまま口を開く。

 

「あら? 実際貴女のおじい様の組は、善良な部類でしたよ。縄張り(シマ)の治安も良かったですし、守料(みかじめ)も良心的でしたし、紹介してくださるお客様は、まあ色々ハードなご注文も多かったですが、金払いだけは良かったですしね」

 

「姐さんの『商売』を取り仕切ってる時点で、正義も善良もありゃしませんよ」

 

 頭痛をこらえるような珠貴(たまき)の言葉に、烏琉羽(うるは)はコロコロと笑う。

 どうやら烏琉羽(うるは)は『娼婦(ニンフ)』に転職(クラスチェンジ)する前のノービスだった頃から娼婦ではあったらしい。

 大人びた美貌を誇る烏琉羽(うるは)だが、年齢は特に誤魔化していない。そんな烏琉羽(うるは)が入学前の年齢の頃に『商売』を斡旋して、あがりをかすめていたのだから確かに、珠貴(たまき)の祖父の組というのも、まあ普通のヤクザだったのだろう。霊王(れお)が一方的に美化しているだけで。

 

 その辺りの話から、健太は自分が少し勘違いしているかもしれないと気づき、確認する。

 

「さっき霊王(れお)は「お嬢を守ってくれ」と言っていたが、ひょっとして学園内に特別もめている相手がいるわけではない?」

 

 健太の言葉に、珠貴(たまき)は少し虚を突かれたような表情を浮かべた後、首肯する。

 

「ええ。まあ教室で私は女子から、あいつは男子から孤立してほぼ二人だけで行動していますから、上手くいっているとは到底言えませんが、現状まだ噂に聞いているようなヤバい奴らに目は付けられてはいません」

 

 珠貴(たまき)の答えに、健太は自分の懸念がただの勘違いだったことを理解した。

 霊王(れお)が必死の形相で「お嬢を守ってくれ」と言うので、てっきりすでにヤバい倶楽部にロックオンされているかと思ったが、ただ単に霊王(れお)がお嬢に対して非常に過保護であるだけのようだ。

 考えてみれば当たり前である。この二人は、烏琉羽(うるは)が「健太の倶楽部に」と紹介しているのだ。そのような厄ネタ付きの女子を紹介するほど、烏琉羽(うるは)はろくでなしではない。

 

 となると経歴は多少変わっていても、ようはただの孤立気味の一年生カップルと言うことだ。

 

「お嬢、買ってきたっす!」

 

「ああ、ありがとう」

 

 ヒヨコのような髪をなびかせ、犬のような忠実さで戻ってきた霊王(れお)をお嬢――珠貴(たまき)は慣れた口調で労う。

 

「ひとまず、話を聞こうか」

 

 この時点で健太は、この二人の入部に前向きになっていた。

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