※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第七十五話 ノービスのレベリング、疑念の発芽

 

 

 ――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――

 

 

 

 ――第『(さん)』階層、『既知外(きちがい)』領域――

 

 

 

 

 

 豊葦原学園のダンジョンダイブで日頃使用されている『羅城門(らしょうもん)()(さん)(よん)の三つの門、通称『常世門』は、一度に送り込める上限は六人と決まっている。学園で推奨されるパーティー人数が五人とされる所以(ゆえん)だ(いざという時の為に一枠開けておく方が良いらしい)。

 では七人以上の大人数でダンジョンダイブは不可能かと言うと、もちろんそんなことはない。

 同じポイントに六人以内の小集団が連続してダイブして、ダンジョン内部で合流すればよいだけの話だ。

 

 食堂で予想外の入部希望者二人を紹介された健太(けんた)は、元から予定していた午前のダイブに、予定外の人員も加えてダンジョンダイブを行っていた。

 

 健太(けんた)尚典(なおふみ)来斗(らいと)霊王(れお)と一年生男子が四人。

 実咲(みさ)珠貴(たまき)の一年生女子が二人。

 (らん)竹海(たけみ)幸子(さちこ)の二年生女子が三人。

 総勢九人は二手に分かれて、ダンジョンダイブを行い、幸いアクシデントもなくダンジョン内で無事合流を果たした。

 

 珠貴(たまき)霊王(れお)という任侠カップルも一緒にダイブすることが決まった時点で十人を予定していたのだが、現実は九人である。

 尚典(なおふみ)のパートナーで、倶楽部内定者であるはずの二年生女子、空亜(あくあ)が「帰って寝る。ナオきゅん、待ってるね」と言って離脱してしまったのだ。

 まあ、(らん)から聞いていた人物像とも今日一日観察して得た情報とも一致する言動ではある。

 

 例によって例の如く、始めての『既知外(きちがい)』領域の瘴気圧に、実咲(みさ)霊王(れお)珠貴(たまき)の三名が一時的に行動不能状態となったが、その辺りは実咲(みさ)来斗(らいと)が抱きしめ、霊王(れお)珠貴(たまき)はお互い同士抱き合うように指示をしながら、健太(けんた)がこっそり『癒し手(ヒーラー)』の『平静(サニティ)』や、『増強術士(エンハンサー)』の『精神増強(エンハンス・メンタル)』をかけて対応した。

「《大丈夫だ》」とか「《落ち着け》」という言葉を発しながらさりげなく肩に手をやってかけたのだが、離れて見ていた来斗(らいと)が「『爆○魔(ボ○ー)』?」と呟いたのは、幸か不幸か健太(けんた)の鋭敏な耳にも届かなかった。

 

 幸いだったのは、実咲(みさ)霊王(れお)珠貴(たまき)の三人とも十分な戦意があったことだ。健太(けんた)が無力化したモンスターにとどめを刺すだけならば、戦闘力は必要ない。必要なのは戦意だけ。それさえあれば、ノービスのレベリングなど簡単な話だ。

 この辺りに出没するレベル20のゴブリンならば、数匹も倒せば第一段階職になれる。健太(けんた)たちが無力化することで多少そっちに経験値が流れたとしても、十匹ちょいも倒せば十分だ。

 

 結果、ほどなくして健太(けんた)の脳裏には、すっかりおなじみになった文字列が三人分表示されるようになっていた。

 

 

 実咲(みさ)

 

文官(オフィサー)』『職人(クラフター)』『遊び人(ニート)

 

 に転職(クラスチェンジ)可能。

 

 

 霊王(れお)

 

盗賊(シーフ)

怪盗(ファントム)

 

 に転職(クラスチェンジ)可能。

 

 

 珠貴(たまき)

 

戦士(ファイター)』『槍士R(ランサー)』『盗賊(シーフ)』『義賊R(ソーシャルバンデッド)』『遊び人(ニート)

侠客R(キョウカク)』『娼婦(ニンフ)

 

 に転職(クラスチェンジ)可能。

 

 

 

「…………」

 

 歩きなれた『既知外(きちがい)』領域第三層の通路を歩きながら、健太(けんた)は考える。

 実咲(みさ)は、迷う必要がない。本人の希望が『術士(マギ)』か『文官(オフィサー)』で、転職可能なのが『文官(オフィサー)』『職人(クラフター)』『遊び人(ニート)』なのだから、これは『文官(オフィサー)』一択だ。

 ギャルな見たからも活動的な印象のある実咲(みさ)に戦闘系の(クラス)が一つも候補に出なかったのは多少意外だが、まあ本人の資質はそっちだったのだろう。

 

 霊王(れお)も迷う余地はない。こちらは若干悪い意味でだが。ログイン前に竹海(たけみ)が「希望の(クラス)はあるのかい?」と聞いたところ、霊王(れお)は「強いやつ、とにかく何でもいいから強くなりたいっす」と言っていた。だから少々本人にとっては不本意だろうが、『怪盗(ファントム)』しかないだろう。

 健太(けんた)の『職業選択の自由(プリースト・オブ・ダーマ)』は転職可能な状態の自分か仲間にしか使えないので、参考データは少ないが、ここまで転職(クラスチェンジ)先の選択肢が少ないのは初めて見た。

 恐らく霊王(れお)は、強烈な『怪盗(ファントム)』への適性を有しているのだろう。『踊り子(ダンサー)』の適性が高すぎたせいで、五度の転職(クラスチェンジ)を試みても、全て『踊り子(ダンサー)』に繋がる『遊び人(ニート)』にしかなれなかった竹海(たけみ)のように。

 一応、「一度第一段階職の『盗賊(シーフ)』を選んで、再チャレンジかける」という手もあるが、霊王(れお)は「一刻も早く強くなりたい」と言っている。

 それならば、スキップ転職(クラスチェンジ)で最初から『怪盗(ファントム)』になってしまった方が良い。

怪盗(ファントム)』は『盗賊(シーフ)』系第二段階職の中でももっとも非戦闘系に比重が偏っている(クラス)だが、それでも『盗賊(シーフ)』系第二段階職だ。

 なった時点で『盗賊(シーフ)』のレベル20が付いてくるのだから、同じ一年のなり立て『戦士(ファイター)』『盗賊(シーフ)』とは一線を画する強さを誇る。以後もサボらずにレベルを上げ続ければ、同世代の中で十分な強さを維持できるだろう。

 

 問題は珠貴(たまき)である。

 珠貴(たまき)の元々の資質は『盗賊(シーフ)』系であることは間違いなさそうだ。『戦士(ファイター)』と『槍士(ランサー)』は、無力化してもらったゴブリンにとどめを刺すのに槍を使っていたせいで開いたのだろう(同じ条件でも、実咲(みさ)霊王(れお)は頑として開かなかったが)。

 

盗賊(シーフ)』系でもノーマルの『盗賊(シーフ)』だけでなく、第一段階レア職の『義賊(ソーシャルバンデッド)』と第二段階レア職の『侠客(キョウカク)』が開いているあたり、なんとなく珠貴(たまき)という少女の方向性が見える。

 

侠客(キョウカク)』は、若干癖のある『盗賊(シーフ)』系第二段階職だ。『盗賊(シーフ)』系の中でもかなり戦闘よりで(同レベルなら確実に『怪盗(ファントム)』より強い)、「同じパーティー内にカタギ(ノービス、『職人(クラフター)』『文官(オフィサー)』等)がいると防御力が上がり、自分に従う舎弟(『戦士(ファイター)』『盗賊(シーフ)等)がいれば攻撃力が上がる」という特色を持っている。

 もちろん、鍵開けや罠解除も出来るが、そちらは『忍者(ニンジャ)』と同程度、『怪盗(ファントム)』には遠く及ばない。

 

 単純に効率だけを考えれば、珠貴(たまき)は『侠客(キョウカク)』にスキップ転職(クラスチェンジ)させるべきだろう。ダンジョンダイブ前に竹海(たけみ)が尋ねたところ、珠貴(たまき)霊王(れお)ほど熱望はしていなかったが、「自分で戦える(クラス)がいいですね」と言っていたから、本人の希望にもかなう。

 

(だが、そうなると実咲(みさ)が『文官(オフィサー)』、霊王(れお)が『怪盗(ファントム)』、珠貴(たまき)が『侠客(キョウカク)』になる)

 

 流石にこれは怪しすぎる。「皆さん才能が有りますね」で押し切るのは、無理筋だろう。

 となると、ひとまず珠貴(たまき)は一度第一段階職の『盗賊(シーフ)』とどめておくのが無難なところか。『怪盗(ファントム)』という(クラス)がヤンデレ化してそうな霊王(れお)ほど、珠貴(たまき)の『侠客(キョウカク)』の才能は高くなさそうだ。ならば一度『盗賊(シーフ)』になってしばらくダンジョンダイブを繰り返せば、他の有効な(クラス)が候補に挙がることも考えられる。

 スキップ転職出来る機会を見逃すのはある意味珠貴(たまき)の足を引っ張る行為だが、珠貴(たまき)の最善と自分のチート能力の秘匿ならば、健太(けんた)は後者を取る。

 

 

 

 

 

 

 ノービス三人が転職(クラスチェンジ)可能状態になってからしばし。一塊になって通路を歩いていた健太(けんた)達一行の前に、明らかに通常のゴブリンとは毛色の違う敵が立ちはだかった。

 

「シャアア!」

 

 まず身長が違う。通常のゴブリンが一メートル前後なのに対して、このゴブリンは一メートル八十センチ前後はある。

 次に装備が違う。通常のゴブリンは、裸に腰布だけを巻き、錆の浮いた小剣や木製の小盾が精々なのに対し、このゴブリンは地味だがしっかりとした革鎧を身に纏い、右手には長剣、左手には丸盾を装備している。長剣、丸盾ともに装飾こそ一切ないが、鈍い輝きを放つ金属製のしっかりとしたものだ。

 

「『逸脱個体(オーバーボーダー)』か。(らん)、『索敵(エネミーサーチ)』で伏兵を確認しろ。《こっちだ》」

 

「はい、ご主人様」

 

 健太(けんた)が『文官(オフィサー)』である(らん)に命令を飛ばしながら素早く前に出て、『騎士(ナイト)』のスキル『挑発(プロヴォーク)』を使う。ゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』は、スキルの効果に抗うことが出来ず、真っすぐ健太(けんた)に向かって来る。

 

「シャッ!」

 

 鋭い気合の声と共に、すらりとしたゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』が鋭い踏みこみから、右手に持つ長剣を振り下ろす。

 

「ふっ!」

 

 それを迎撃するように、健太(けんた)は両手で持つ大剣を下から掬い上げるようにして打ち返す。その結果、

 

「ギャッ!?」

 

 ゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』は冗談のように、通路の壁面に叩きつけられた。流石に、ダメージはそこまでいっていないようだが、予想外の軽さである。

 丁度その時、(らん)から結果報告が入る。

 

「《索敵(エネミーサーチ)》……索敵範囲内に敵影はありません」

 

「そうか。よくやった、(らん)尚典(なおふみ)来斗(らいと)。こいつはお前らでやってみるか?」

 

 健太(けんた)は油断なく視線はふらつきながら立ち上がるゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』に向けたまま、後ろに控える男子二人にそう声をかける。

 (らん)にねぎらいの言葉をかける傍ら、自分も『盗賊(シーフ)』系の(クラス)を獲得したことで鋭敏化している感覚で周囲を探り、横殴りの危険があるようなところに敵の気配がないことを確認することも忘れない。

 

 このゴブリンは確かに『逸脱個体(オーバーボーダー)』だが、その中ではかなり弱い部類だ。健太(けんた)ならば本気を出せば瞬殺、尚典(なおふみ)来斗(らいと)ならば、問題なく勝てる。自分以外でも勝てる敵には、極力自分以外が倒すべきだ。自分のレベル上げはソロダイブの時に『周回レベル上げ(タイムターナー)』でやればよい。

 

「うん、やりたい!」

 

「やります!」

 

 そんな健太(けんた)の意図を察したわけではないだろうが、「勝てる相手」であることが理解できた尚典(なおふみ)来斗(らいと)は気合の籠った声で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健太(けんた)から、尚典(なおふみ)来斗(らいと)のコンビにバトンタッチをしても、戦況は一方的に近いくらいに優勢なままだった。

 

「《うわあ!》」

 

 ゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』が距離を詰めようとした瞬間を敏感に察知した来斗(らいと)は、まだ届かない距離で思い切り両手持ちの金砕棒(かなさいぼう)を振り下ろす。

 

「ゼッ!?」

 

 すると前傾になっていたゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』は、見えない壁にぶつかった様にのけ反りながら、数歩後ろにたたらを踏む。

重殴士(ヘヴィビーター)』のスキル『殴衝波(ショックウェーブ)』の効果である。空気、地面、水面などをぶん殴ることで衝撃を伝え、遠方にいる敵を攻撃するスキルだ。

 距離が長くなるほど威力は落ちるのでダメージはあまり期待できないが、今のように相手の出鼻をくじくのに重宝する。無色無形の衝撃波のため、回避も非常に難しい。上手く嵌れば極めて短時間だが、ターゲットを硬直状態にも出来るので、鈍足を極めている『重殴士(ヘヴィビーター)』が一人で素早い敵を倒すときには頼みの綱にもなる。

 

 今の来斗(らいと)は、一人ではないので、その隙にアクションを起こすのはもう一人の役割だ。

 

「《招来、猿鬼(えんき)》」

 

 来斗(らいと)の太ましい背中に隠れるように立つ尚典(なおふみ)は、左手で紙人形を手に持ち、高く澄んだ声でそう言うと、紙人形は猿型の式神――猿鬼となり、ゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』の片足にしがみ付く。

 

「キキ!」

 

「スァア!」

 

 足に小柄な猿に抱き着かれたゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』は、片足立ちになって抱き着かれた側の足を強く振り、猿鬼を引きはがそうとする。 だが、忠実な式神は懸命に抱き着き、剥がせない。

 その隙に、尚典(なおふみ)は次のスキルを使う。

 

「《(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ぜん)(ぎょう)》、【(じゅう)】!」

 

 

陰陽師(オンミョウジ)』のスキル『九字、十字』は汎用性の高さに定評のあるスキルだ。尚典(なおふみ)は今回『十文字目』を【(じゅう)】とすることで、重さを増加させた。

 スキルの対象は、猿鬼。敵に掛けるスキルは抵抗される恐れがあるが、自分が操る式神の場合その恐れはない。

 

「キ!」

 

「グオ!?」

 

 足にしがみ付く猿鬼が突如百キロを超える超重量と化したことで、ゴブリン『超越個体(オーバーボーダー)』は上げていた足を強制的に下ろされた。辛うじて転倒は免れたが、体勢は大きく崩れている。片足に百キロ越えの猿鬼が振りほどけていない状態では、『重殴士(ヘヴィビーター)』の鈍足からも逃げられない。

 

「《ひゃああ!》」

 

 気迫の声というより悲鳴に近い声と共に、来斗(らいと)が力一杯両手で持つ長大な金砕棒(かなさいぼう)を振り下ろす。

重強撃(ヘヴィスマッシュ)』。『重殴士(ヘヴィビーター)』らしい、ただひたすら攻撃力だけを高めたその一撃をゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』は、足が動かないながらも左手に持つ丸盾を頭上に掲げることで、防御を試みる。しかし、

 

「ヘグッ!」

 

 来斗(らいと)渾身の一撃は、丸盾を砕き、腕を砕き、その向こうにあるゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』の頭部を叩き潰した。

 片腕と頭部を失ったゴブリン『逸脱個体(オーバーボーダー)』はその場に崩れ落ちる。ダンジョンモンスターの法則通り、その死体がその場にとどまるのはほんの一瞬だけ。

 かりそめの命を失ったことで死体が瘴気に返った後には、大きめのクリスタルと『ゴブリン・エリートソルジャー』と書かれた『モンスターカード』だけが残された。

 

 

 

 

 

 一時間強しかなかったダンジョンダイブで、三人のノービスを転職可能にし、一匹の『超越個体(オーバーボーダー)』をほぼ健太(けんた)の力を借りずに、尚典(なおふみ)来斗(らいと)だけで倒した。

 すでに当初の目標以上の成果を上げたと言っても過言ではないだろう。

 その上で、まだ一戦できるくらいの時間は残っている。健太(けんた)が見たところ、皆の状態的にもさほどの負担はかかっていない。一気にレベルが上がった実咲(みさ)霊王(れお)珠貴(たまき)の三人は性的な意味でちょっと息を荒くしているが。

 

 今回のダイブでは、(らん)竹海(たけみ)幸子(さちこ)の三人にはほとんど経験値を稼がせてやれていない。

 

「次の玄室は、(らん)竹海(たけみ)幸子(さちこ)にやらせる。幸子(さちこ)の分は俺が無力化するが、(らん)竹海(たけみ)の分はどっちが良い?」

 

 健太(けんた)に無力化してもらった方が安全だが、最初から自力で倒した方が若干経験値も多いし、戦闘経験も積める。だから、念のため確認を取ったのだが、(らん)竹海(たけみ)の返事は迷いなく、共通していた。

 

「私はそのままで大丈夫です」

 

 (らん)は召喚したモンスター、コボルト『遊撃兵(パルチザン)』の犬頭を片手で撫でながら自信を持ってそう答え、

 

「ゴブリン程度なら、流石に自力で倒せないとね」

 

 竹海(たけみ)は両腰に差した長さの違う曲刀の柄頭を両掌で撫でながら、ペロリと唇を舐める。

 二人がその気ならば、健太(けんた)としてはその意思を尊重するだけだ。今の(らん)竹海(たけみ)ならば、通常のゴブリンの数匹程度ならばまず問題ない。

 

「分かった。(らん)竹海(たけみ)は地力でやってくれ。ただし危なそうならフォローに入る。幸子(さちこ)

 

「っ、は、はい!」

 

 名前を呼ばれて、ビクリと体を震わせる幸子(さちこ)に、健太(けんた)は努めて優し気な声で命令する。

 

「お前にとってはこれが事実上の初陣だ。一年の講義で習っただろう。『術士(マギ)』のスキルは最初から成功する方が珍しいんだ。いくら失敗しても良い。時間一杯試すつもりで行け」

 

「はい」

 

 冷静でありながら気遣いに満ちた健太(けんた)の言葉に、幸子(さちこ)は少しだけ心が楽になるのを自覚した。

 

 

 

 

 

逸脱個体(オーバーボーダー)』ではないノーマルのゴブリンは最大でもレベル20だ。

 対する(らん)の召喚モンスターであるコボルト『遊撃兵(パルチザン)』は『盗賊(シーフ)』系第二段階職で、竹海(たけみ)も非戦闘職の『遊び人(ニート)』系ではあっても第二段階職の『良い踊り子(ナイスダンサー)』。単純にレベルを換算すればどちらも、40レベル以上50レベル未満といったところ。

 まともにやり合えば、レベル20のゴブリン数匹程度は敵ではない。

 

 結論として、さしたる時間をかけずして、(らん)のコボルト『遊撃兵(パルチザン)』は三匹、竹海(たけみ)はまだ扱いきれていない曲刀『探鉱者の栄光(ピュアディリジェンスギア)』と使い慣れた平凡な洋刀(サーベル)の二刀で四匹のゴブリンを斬り伏せた。

 

 問題はやはり、幸子(さちこ)だ。

 健太(けんた)のゴブリン無力化はもはや熟練の領域だ。四肢を斬り落とされたゴブリン二匹から少し離れたところで、幸子(さちこ)はガタガタ震えながら両手で『術長杖(マジックスタッフ)』を構えて、小さな声で叫ぶ。

 

「ま、マジックボルト!」

 

 しかし、スキルは発動しない。健太(けんた)が言った通り、『術士(マギ)』系のスキルは、最初から一発で成功する者の方が少数派なのだ。最初から自由自在に使いこなしていた麻衣(まい)は一種の天才だし、そこまでいかずとも最初から攻撃スキルとして発動できていた尚典(なおふみ)もその一歩手前の才能のある側だ。

 

 だから、健太(けんた)は後ろから幸子(さちこ)の両肩を抱き、励まし続ける。

 

「そうだ、ちゃんと声が出てる。もう一度やってみろ」

 

「は、はい。マジックボルト!」

 

「よし、良くなっている。次は杖を上げて振り下ろしながら言ってみろ」

 

「マジックボルト!」

 

「今のはかなり惜しかったな。その調子だ。杖の先が光って真っすぐ、ゴブリンに伸びていくイメージで」

 

「マジックボルト!」

 

「いいぞ、そうだ。もう一回今の感じで」

 

「マジックボルト!」

 

 もはや「生きててえらい」のレベルで、幸子(さちこ)が何をやっても健太(けんた)は褒めて褒めて褒め続ける。

 隷属現象の助けもあり、この数日で急速に健太(けんた)には心を開きつつある幸子(さちこ)だが、その心は刻まれた男子に対する恐怖と嫌悪は根深い。

 今はせいぜい「男子はみんな一緒。みんな怖い。……でも今度の御主人様はちょっと違う、かも?」ぐらいの状態だ。ここで怒鳴ったりすれば元の木阿弥。不機嫌そうな様子を見せるだけでも萎縮するだろうし、間違いを優しく正すだけでもリスクがある。

 

 幸子(さちこ)の場合はずぶの素人ではなく、曲りなりにも『遊び人(ニート)』としてスキルを使った経験はある。だから、スキルを使って体からSPが消費される感覚は身についているはずだ。本来ならそこを指摘してやれば成功しそうなものだが、『遊び人(ニート)』のスキルを使ったことを思い出すというのは、『餓狼戦団(ヴォルフリッター)』のオナホ女だった記憶を呼び覚ます行為だ。

 原作で麻衣(まい)が「『術士(マギ)』系の攻撃スキルを撃ち出す感覚は、エッチのオルガズムの感覚に似ている」というアドバイスを静香(しずか)に送っていたが、こちらに至っては論外だろう。今の幸子(さちこ)ならば、もしかしたらこの数日の健太(けんた)とのセックスを思い出してくれるかもしれないが、『餓狼戦団(ヴォルフリッター)』時代のセックスを思い出されたら、戦闘どころではないパニックを起こしても不思議はない。

 

 だから、健太(けんた)は全肯定マシーンのように、ただひたすら褒めて、何度も挑戦させる。

 そして、その力技なチャレンジはついに報われる。

 

「『術長杖(マジックスタッフ)』は『術士(マギ)』系のスキル発動を助けてくれる。『術長杖(マジックスタッフ)』に体の力を吸あげられる感触があったら逆らうな」

 

「はい、あっ? マジックボルト!」

 

 幸子(さちこ)の「マジックボルトチャレンジ」は、どうにか四肢を失ったゴブリンが出血死する前に発動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 無事ダンジョンダイブを終えた健太(けんた)達一行は昼食も取らず、その足で真っすぐ『聖堂(カテドラル)』に向い転職(クラスチェンジ)を試みる。

 実咲(みさ)霊王(れお)珠貴(たまき)のノービス一年三人は、無事、『文官(オフィサー)』『怪盗(ファントム)』『盗賊(シーフ)』に転職(クラスチェンジ)した。もちろん、『聖堂(カテドラル)』前まで同行した健太(けんた)が『職業選択の自由(プリースト・オブ・ダーマ)』でそうしたのである。

 

 ほぼ望み通りの(クラス)に慣れた女子二人――実咲(みさ)珠貴(たまき)が晴れやかに笑っている横で、霊王(れお)だけが歓喜と納得とガッカリが絶妙に混ざった不思議な表情を浮かべていた。

 

「スキップ転職(クラスチェンジ)はすげえ嬉しいけど、俺が『怪盗(ファントム)』なのも納得っすけど、やっぱ複雑っす」

 

 何でも霊王(れお)は、スリ、置き引き、空き巣などが異常に上手く、珠貴(たまき)の祖父の組に(結果として)助け出されるまで、半グレグループの「資金源」として良いようにこき使われていたらしい。

 

 ともあれこれで、三人ともノービズを卒業できたのはめでたいことだ。倶楽部内定者も十一人。倶楽部設立のめども立った。健太(けんた)の希望に反して男子は四人だけだが、倶楽部対抗戦代表の座を熱望している竹海(たけみ)を合わせれば五人。レギュラーメンバーは揃ったと言える。

 

「それじゃ、今日の夕食は学食で三人の転職(クラスチェンジ)のお祝いと、俺たちの倶楽部設立の前祝いをしたいと思っている。昼食から夕食の間は各自自由に過ごしてくれ」

 

「わかったわ、健太(けんた)君」

 

 ダンジョンから出たことで、呼び方が「ご主人様から健太(けんた)君」に変わった(らん)は、そう聞き分けの良い女として振る舞う。

 対して、健太(けんた)のパートナーの中で、日頃から一番健太(けんた)に我欲をぶつけることを躊躇わない竹海(たけみ)は、自分より頭半分低いご主人様の目をしっかりと見据えて言う。

 

「ご主人様は午後からは、ソロでのダンジョンダイブだったね。それ、私も付いていっては駄目かい?」

 

 偏執狂的に強さを求める竹海(たけみ)が、健太(けんた)のダンジョンダイブへの同行をおねだりするのは珍しくないため、最初は健太(けんた)もいつも通りあしらおうとした。

 

「駄目ですよ、竹海(たけみ)先輩。新メンバーが加わったことで、約束していた先輩たちのレベリングに割く時間が減ったのは申し訳ないですが」

 

「そう言わずに、ね」

 

「竹海、あなたねえ」

 

 ダメもとで竹海がそう言う頼み込みをするのは初めてではないため、蘭も呆れたような声で窘める。

 

 竹海(たけみ)はいつも通り色仕掛けを仕掛けるように、その長身で豊満な肢体を健太(けんた)に擦り付けるようにして抱き着き、健太(けんた)の耳元で囁く。

 

(話したいことがあるんだ。五分で良い。話が終わったら私は『脱出(エクソダス)』するから。約束する)

 

 その言葉に、まだ『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしていた健太(けんた)は、外から見える反応は示さずにやり過ごす。

 盗聴器と監視カメラとだらけと言われるこの学園で、本当の意味で『密談』をしたければ、ダンジョン内が最適だ。つまり、竹海(たけみ)はそのダンジョン内で二人きりで話したいことがある、と言っているのだ。

 

「分かりました。竹海(たけみ)先輩が『遊び人(ニート)』系だから、『脱出(エクソダス)』使えますよね? ある程度レベリングが終わったら一人先にログアウトしてくれるなら良いですよ」

 

「ありがとう、さっすが私の愛しのご主人様」

 

 竹海(たけみ)は耳元に近づけていた唇を健太(けんた)の首筋に移し、派手にリップ音を立てて口づけをした。

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