――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『参』階層、『既知外』領域――
豊葦原学園のダンジョンダイブで日頃使用されている『羅城門』弐、参、肆の三つの門、通称『常世門』は、一度に送り込める上限は六人と決まっている。学園で推奨されるパーティー人数が五人とされる所以だ(いざという時の為に一枠開けておく方が良いらしい)。
では七人以上の大人数でダンジョンダイブは不可能かと言うと、もちろんそんなことはない。
同じポイントに六人以内の小集団が連続してダイブして、ダンジョン内部で合流すればよいだけの話だ。
食堂で予想外の入部希望者二人を紹介された健太は、元から予定していた午前のダイブに、予定外の人員も加えてダンジョンダイブを行っていた。
健太、尚典、来斗、霊王と一年生男子が四人。
実咲と珠貴の一年生女子が二人。
蘭、竹海、幸子の二年生女子が三人。
総勢九人は二手に分かれて、ダンジョンダイブを行い、幸いアクシデントもなくダンジョン内で無事合流を果たした。
珠貴と霊王という任侠カップルも一緒にダイブすることが決まった時点で十人を予定していたのだが、現実は九人である。
尚典のパートナーで、倶楽部内定者であるはずの二年生女子、空亜が「帰って寝る。ナオきゅん、待ってるね」と言って離脱してしまったのだ。
まあ、蘭から聞いていた人物像とも今日一日観察して得た情報とも一致する言動ではある。
例によって例の如く、始めての『既知外』領域の瘴気圧に、実咲、霊王、珠貴の三名が一時的に行動不能状態となったが、その辺りは実咲は来斗が抱きしめ、霊王と珠貴はお互い同士抱き合うように指示をしながら、健太がこっそり『癒し手』の『平静』や、『増強術士』の『精神増強』をかけて対応した。
「《大丈夫だ》」とか「《落ち着け》」という言葉を発しながらさりげなく肩に手をやってかけたのだが、離れて見ていた来斗が「『爆○魔』?」と呟いたのは、幸か不幸か健太の鋭敏な耳にも届かなかった。
幸いだったのは、実咲、霊王、珠貴の三人とも十分な戦意があったことだ。健太が無力化したモンスターにとどめを刺すだけならば、戦闘力は必要ない。必要なのは戦意だけ。それさえあれば、ノービスのレベリングなど簡単な話だ。
この辺りに出没するレベル20のゴブリンならば、数匹も倒せば第一段階職になれる。健太たちが無力化することで多少そっちに経験値が流れたとしても、十匹ちょいも倒せば十分だ。
結果、ほどなくして健太の脳裏には、すっかりおなじみになった文字列が三人分表示されるようになっていた。
実咲
『文官』『職人』『遊び人』
に転職可能。
霊王
『盗賊』
『怪盗』
に転職可能。
珠貴
『戦士』『槍士R』『盗賊』『義賊R』『遊び人』
『侠客R』『娼婦』
に転職可能。
「…………」
歩きなれた『既知外』領域第三層の通路を歩きながら、健太は考える。
実咲は、迷う必要がない。本人の希望が『術士』か『文官』で、転職可能なのが『文官』『職人』『遊び人』なのだから、これは『文官』一択だ。
ギャルな見たからも活動的な印象のある実咲に戦闘系の職が一つも候補に出なかったのは多少意外だが、まあ本人の資質はそっちだったのだろう。
霊王も迷う余地はない。こちらは若干悪い意味でだが。ログイン前に竹海が「希望の職はあるのかい?」と聞いたところ、霊王は「強いやつ、とにかく何でもいいから強くなりたいっす」と言っていた。だから少々本人にとっては不本意だろうが、『怪盗』しかないだろう。
健太の『職業選択の自由』は転職可能な状態の自分か仲間にしか使えないので、参考データは少ないが、ここまで転職先の選択肢が少ないのは初めて見た。
恐らく霊王は、強烈な『怪盗』への適性を有しているのだろう。『踊り子』の適性が高すぎたせいで、五度の転職を試みても、全て『踊り子』に繋がる『遊び人』にしかなれなかった竹海のように。
一応、「一度第一段階職の『盗賊』を選んで、再チャレンジかける」という手もあるが、霊王は「一刻も早く強くなりたい」と言っている。
それならば、スキップ転職で最初から『怪盗』になってしまった方が良い。
『怪盗』は『盗賊』系第二段階職の中でももっとも非戦闘系に比重が偏っている職だが、それでも『盗賊』系第二段階職だ。
なった時点で『盗賊』のレベル20が付いてくるのだから、同じ一年のなり立て『戦士』『盗賊』とは一線を画する強さを誇る。以後もサボらずにレベルを上げ続ければ、同世代の中で十分な強さを維持できるだろう。
問題は珠貴である。
珠貴の元々の資質は『盗賊』系であることは間違いなさそうだ。『戦士』と『槍士』は、無力化してもらったゴブリンにとどめを刺すのに槍を使っていたせいで開いたのだろう(同じ条件でも、実咲と霊王は頑として開かなかったが)。
『盗賊』系でもノーマルの『盗賊』だけでなく、第一段階レア職の『義賊』と第二段階レア職の『侠客』が開いているあたり、なんとなく珠貴という少女の方向性が見える。
『侠客』は、若干癖のある『盗賊』系第二段階職だ。『盗賊』系の中でもかなり戦闘よりで(同レベルなら確実に『怪盗』より強い)、「同じパーティー内にカタギ(ノービス、『職人』『文官』等)がいると防御力が上がり、自分に従う舎弟(『戦士』『盗賊等)がいれば攻撃力が上がる」という特色を持っている。
もちろん、鍵開けや罠解除も出来るが、そちらは『忍者』と同程度、『怪盗』には遠く及ばない。
単純に効率だけを考えれば、珠貴は『侠客』にスキップ転職させるべきだろう。ダンジョンダイブ前に竹海が尋ねたところ、珠貴も霊王ほど熱望はしていなかったが、「自分で戦える職がいいですね」と言っていたから、本人の希望にもかなう。
(だが、そうなると実咲が『文官』、霊王が『怪盗』、珠貴が『侠客』になる)
流石にこれは怪しすぎる。「皆さん才能が有りますね」で押し切るのは、無理筋だろう。
となると、ひとまず珠貴は一度第一段階職の『盗賊』とどめておくのが無難なところか。『怪盗』という職がヤンデレ化してそうな霊王ほど、珠貴の『侠客』の才能は高くなさそうだ。ならば一度『盗賊』になってしばらくダンジョンダイブを繰り返せば、他の有効な職が候補に挙がることも考えられる。
スキップ転職出来る機会を見逃すのはある意味珠貴の足を引っ張る行為だが、珠貴の最善と自分のチート能力の秘匿ならば、健太は後者を取る。
ノービス三人が転職可能状態になってからしばし。一塊になって通路を歩いていた健太達一行の前に、明らかに通常のゴブリンとは毛色の違う敵が立ちはだかった。
「シャアア!」
まず身長が違う。通常のゴブリンが一メートル前後なのに対して、このゴブリンは一メートル八十センチ前後はある。
次に装備が違う。通常のゴブリンは、裸に腰布だけを巻き、錆の浮いた小剣や木製の小盾が精々なのに対し、このゴブリンは地味だがしっかりとした革鎧を身に纏い、右手には長剣、左手には丸盾を装備している。長剣、丸盾ともに装飾こそ一切ないが、鈍い輝きを放つ金属製のしっかりとしたものだ。
「『逸脱個体』か。蘭、『索敵』で伏兵を確認しろ。《こっちだ》」
「はい、ご主人様」
健太が『文官』である蘭に命令を飛ばしながら素早く前に出て、『騎士』のスキル『挑発』を使う。ゴブリン『逸脱個体』は、スキルの効果に抗うことが出来ず、真っすぐ健太に向かって来る。
「シャッ!」
鋭い気合の声と共に、すらりとしたゴブリン『逸脱個体』が鋭い踏みこみから、右手に持つ長剣を振り下ろす。
「ふっ!」
それを迎撃するように、健太は両手で持つ大剣を下から掬い上げるようにして打ち返す。その結果、
「ギャッ!?」
ゴブリン『逸脱個体』は冗談のように、通路の壁面に叩きつけられた。流石に、ダメージはそこまでいっていないようだが、予想外の軽さである。
丁度その時、蘭から結果報告が入る。
「《索敵》……索敵範囲内に敵影はありません」
「そうか。よくやった、蘭。尚典、来斗。こいつはお前らでやってみるか?」
健太は油断なく視線はふらつきながら立ち上がるゴブリン『逸脱個体』に向けたまま、後ろに控える男子二人にそう声をかける。
蘭にねぎらいの言葉をかける傍ら、自分も『盗賊』系の職を獲得したことで鋭敏化している感覚で周囲を探り、横殴りの危険があるようなところに敵の気配がないことを確認することも忘れない。
このゴブリンは確かに『逸脱個体』だが、その中ではかなり弱い部類だ。健太ならば本気を出せば瞬殺、尚典と来斗ならば、問題なく勝てる。自分以外でも勝てる敵には、極力自分以外が倒すべきだ。自分のレベル上げはソロダイブの時に『周回レベル上げ』でやればよい。
「うん、やりたい!」
「やります!」
そんな健太の意図を察したわけではないだろうが、「勝てる相手」であることが理解できた尚典と来斗は気合の籠った声で答えた。
健太から、尚典と来斗のコンビにバトンタッチをしても、戦況は一方的に近いくらいに優勢なままだった。
「《うわあ!》」
ゴブリン『逸脱個体』が距離を詰めようとした瞬間を敏感に察知した来斗は、まだ届かない距離で思い切り両手持ちの金砕棒を振り下ろす。
「ゼッ!?」
すると前傾になっていたゴブリン『逸脱個体』は、見えない壁にぶつかった様にのけ反りながら、数歩後ろにたたらを踏む。
『重殴士』のスキル『殴衝波』の効果である。空気、地面、水面などをぶん殴ることで衝撃を伝え、遠方にいる敵を攻撃するスキルだ。
距離が長くなるほど威力は落ちるのでダメージはあまり期待できないが、今のように相手の出鼻をくじくのに重宝する。無色無形の衝撃波のため、回避も非常に難しい。上手く嵌れば極めて短時間だが、ターゲットを硬直状態にも出来るので、鈍足を極めている『重殴士』が一人で素早い敵を倒すときには頼みの綱にもなる。
今の来斗は、一人ではないので、その隙にアクションを起こすのはもう一人の役割だ。
「《招来、猿鬼》」
来斗の太ましい背中に隠れるように立つ尚典は、左手で紙人形を手に持ち、高く澄んだ声でそう言うと、紙人形は猿型の式神――猿鬼となり、ゴブリン『逸脱個体』の片足にしがみ付く。
「キキ!」
「スァア!」
足に小柄な猿に抱き着かれたゴブリン『逸脱個体』は、片足立ちになって抱き着かれた側の足を強く振り、猿鬼を引きはがそうとする。 だが、忠実な式神は懸命に抱き着き、剥がせない。
その隙に、尚典は次のスキルを使う。
「《臨・兵・闘・者、皆・陣・列・前・行》、【重】!」
『陰陽師』のスキル『九字、十字』は汎用性の高さに定評のあるスキルだ。尚典は今回『十文字目』を【重】とすることで、重さを増加させた。
スキルの対象は、猿鬼。敵に掛けるスキルは抵抗される恐れがあるが、自分が操る式神の場合その恐れはない。
「キ!」
「グオ!?」
足にしがみ付く猿鬼が突如百キロを超える超重量と化したことで、ゴブリン『超越個体』は上げていた足を強制的に下ろされた。辛うじて転倒は免れたが、体勢は大きく崩れている。片足に百キロ越えの猿鬼が振りほどけていない状態では、『重殴士』の鈍足からも逃げられない。
「《ひゃああ!》」
気迫の声というより悲鳴に近い声と共に、来斗が力一杯両手で持つ長大な金砕棒を振り下ろす。
『重強撃』。『重殴士』らしい、ただひたすら攻撃力だけを高めたその一撃をゴブリン『逸脱個体』は、足が動かないながらも左手に持つ丸盾を頭上に掲げることで、防御を試みる。しかし、
「ヘグッ!」
来斗渾身の一撃は、丸盾を砕き、腕を砕き、その向こうにあるゴブリン『逸脱個体』の頭部を叩き潰した。
片腕と頭部を失ったゴブリン『逸脱個体』はその場に崩れ落ちる。ダンジョンモンスターの法則通り、その死体がその場にとどまるのはほんの一瞬だけ。
かりそめの命を失ったことで死体が瘴気に返った後には、大きめのクリスタルと『ゴブリン・エリートソルジャー』と書かれた『モンスターカード』だけが残された。
一時間強しかなかったダンジョンダイブで、三人のノービスを転職可能にし、一匹の『超越個体』をほぼ健太の力を借りずに、尚典と来斗だけで倒した。
すでに当初の目標以上の成果を上げたと言っても過言ではないだろう。
その上で、まだ一戦できるくらいの時間は残っている。健太が見たところ、皆の状態的にもさほどの負担はかかっていない。一気にレベルが上がった実咲、霊王、珠貴の三人は性的な意味でちょっと息を荒くしているが。
今回のダイブでは、蘭、竹海、幸子の三人にはほとんど経験値を稼がせてやれていない。
「次の玄室は、蘭、竹海、幸子にやらせる。幸子の分は俺が無力化するが、蘭と竹海の分はどっちが良い?」
健太に無力化してもらった方が安全だが、最初から自力で倒した方が若干経験値も多いし、戦闘経験も積める。だから、念のため確認を取ったのだが、蘭と竹海の返事は迷いなく、共通していた。
「私はそのままで大丈夫です」
蘭は召喚したモンスター、コボルト『遊撃兵』の犬頭を片手で撫でながら自信を持ってそう答え、
「ゴブリン程度なら、流石に自力で倒せないとね」
竹海は両腰に差した長さの違う曲刀の柄頭を両掌で撫でながら、ペロリと唇を舐める。
二人がその気ならば、健太としてはその意思を尊重するだけだ。今の蘭と竹海ならば、通常のゴブリンの数匹程度ならばまず問題ない。
「分かった。蘭と竹海は地力でやってくれ。ただし危なそうならフォローに入る。幸子」
「っ、は、はい!」
名前を呼ばれて、ビクリと体を震わせる幸子に、健太は努めて優し気な声で命令する。
「お前にとってはこれが事実上の初陣だ。一年の講義で習っただろう。『術士』のスキルは最初から成功する方が珍しいんだ。いくら失敗しても良い。時間一杯試すつもりで行け」
「はい」
冷静でありながら気遣いに満ちた健太の言葉に、幸子は少しだけ心が楽になるのを自覚した。
『逸脱個体』ではないノーマルのゴブリンは最大でもレベル20だ。
対する蘭の召喚モンスターであるコボルト『遊撃兵』は『盗賊』系第二段階職で、竹海も非戦闘職の『遊び人』系ではあっても第二段階職の『良い踊り子』。単純にレベルを換算すればどちらも、40レベル以上50レベル未満といったところ。
まともにやり合えば、レベル20のゴブリン数匹程度は敵ではない。
結論として、さしたる時間をかけずして、蘭のコボルト『遊撃兵』は三匹、竹海はまだ扱いきれていない曲刀『探鉱者の栄光』と使い慣れた平凡な洋刀の二刀で四匹のゴブリンを斬り伏せた。
問題はやはり、幸子だ。
健太のゴブリン無力化はもはや熟練の領域だ。四肢を斬り落とされたゴブリン二匹から少し離れたところで、幸子はガタガタ震えながら両手で『術長杖』を構えて、小さな声で叫ぶ。
「ま、マジックボルト!」
しかし、スキルは発動しない。健太が言った通り、『術士』系のスキルは、最初から一発で成功する者の方が少数派なのだ。最初から自由自在に使いこなしていた麻衣は一種の天才だし、そこまでいかずとも最初から攻撃スキルとして発動できていた尚典もその一歩手前の才能のある側だ。
だから、健太は後ろから幸子の両肩を抱き、励まし続ける。
「そうだ、ちゃんと声が出てる。もう一度やってみろ」
「は、はい。マジックボルト!」
「よし、良くなっている。次は杖を上げて振り下ろしながら言ってみろ」
「マジックボルト!」
「今のはかなり惜しかったな。その調子だ。杖の先が光って真っすぐ、ゴブリンに伸びていくイメージで」
「マジックボルト!」
「いいぞ、そうだ。もう一回今の感じで」
「マジックボルト!」
もはや「生きててえらい」のレベルで、幸子が何をやっても健太は褒めて褒めて褒め続ける。
隷属現象の助けもあり、この数日で急速に健太には心を開きつつある幸子だが、その心は刻まれた男子に対する恐怖と嫌悪は根深い。
今はせいぜい「男子はみんな一緒。みんな怖い。……でも今度の御主人様はちょっと違う、かも?」ぐらいの状態だ。ここで怒鳴ったりすれば元の木阿弥。不機嫌そうな様子を見せるだけでも萎縮するだろうし、間違いを優しく正すだけでもリスクがある。
幸子の場合はずぶの素人ではなく、曲りなりにも『遊び人』としてスキルを使った経験はある。だから、スキルを使って体からSPが消費される感覚は身についているはずだ。本来ならそこを指摘してやれば成功しそうなものだが、『遊び人』のスキルを使ったことを思い出すというのは、『餓狼戦団』のオナホ女だった記憶を呼び覚ます行為だ。
原作で麻衣が「『術士』系の攻撃スキルを撃ち出す感覚は、エッチのオルガズムの感覚に似ている」というアドバイスを静香に送っていたが、こちらに至っては論外だろう。今の幸子ならば、もしかしたらこの数日の健太とのセックスを思い出してくれるかもしれないが、『餓狼戦団』時代のセックスを思い出されたら、戦闘どころではないパニックを起こしても不思議はない。
だから、健太は全肯定マシーンのように、ただひたすら褒めて、何度も挑戦させる。
そして、その力技なチャレンジはついに報われる。
「『術長杖』は『術士』系のスキル発動を助けてくれる。『術長杖』に体の力を吸あげられる感触があったら逆らうな」
「はい、あっ? マジックボルト!」
幸子の「マジックボルトチャレンジ」は、どうにか四肢を失ったゴブリンが出血死する前に発動したのだった。
無事ダンジョンダイブを終えた健太達一行は昼食も取らず、その足で真っすぐ『聖堂』に向い転職を試みる。
実咲、霊王、珠貴のノービス一年三人は、無事、『文官』『怪盗』『盗賊』に転職した。もちろん、『聖堂』前まで同行した健太が『職業選択の自由』でそうしたのである。
ほぼ望み通りの職に慣れた女子二人――実咲と珠貴が晴れやかに笑っている横で、霊王だけが歓喜と納得とガッカリが絶妙に混ざった不思議な表情を浮かべていた。
「スキップ転職はすげえ嬉しいけど、俺が『怪盗』なのも納得っすけど、やっぱ複雑っす」
何でも霊王は、スリ、置き引き、空き巣などが異常に上手く、珠貴の祖父の組に(結果として)助け出されるまで、半グレグループの「資金源」として良いようにこき使われていたらしい。
ともあれこれで、三人ともノービズを卒業できたのはめでたいことだ。倶楽部内定者も十一人。倶楽部設立のめども立った。健太の希望に反して男子は四人だけだが、倶楽部対抗戦代表の座を熱望している竹海を合わせれば五人。レギュラーメンバーは揃ったと言える。
「それじゃ、今日の夕食は学食で三人の転職のお祝いと、俺たちの倶楽部設立の前祝いをしたいと思っている。昼食から夕食の間は各自自由に過ごしてくれ」
「わかったわ、健太君」
ダンジョンから出たことで、呼び方が「ご主人様から健太君」に変わった蘭は、そう聞き分けの良い女として振る舞う。
対して、健太のパートナーの中で、日頃から一番健太に我欲をぶつけることを躊躇わない竹海は、自分より頭半分低いご主人様の目をしっかりと見据えて言う。
「ご主人様は午後からは、ソロでのダンジョンダイブだったね。それ、私も付いていっては駄目かい?」
偏執狂的に強さを求める竹海が、健太のダンジョンダイブへの同行をおねだりするのは珍しくないため、最初は健太もいつも通りあしらおうとした。
「駄目ですよ、竹海先輩。新メンバーが加わったことで、約束していた先輩たちのレベリングに割く時間が減ったのは申し訳ないですが」
「そう言わずに、ね」
「竹海、あなたねえ」
ダメもとで竹海がそう言う頼み込みをするのは初めてではないため、蘭も呆れたような声で窘める。
竹海はいつも通り色仕掛けを仕掛けるように、その長身で豊満な肢体を健太に擦り付けるようにして抱き着き、健太の耳元で囁く。
(話したいことがあるんだ。五分で良い。話が終わったら私は『脱出』するから。約束する)
その言葉に、まだ『戦士の不動心』をオンにしていた健太は、外から見える反応は示さずにやり過ごす。
盗聴器と監視カメラとだらけと言われるこの学園で、本当の意味で『密談』をしたければ、ダンジョン内が最適だ。つまり、竹海はそのダンジョン内で二人きりで話したいことがある、と言っているのだ。
「分かりました。竹海先輩が『遊び人』系だから、『脱出』使えますよね? ある程度レベリングが終わったら一人先にログアウトしてくれるなら良いですよ」
「ありがとう、さっすが私の愛しのご主人様」
竹海は耳元に近づけていた唇を健太の首筋に移し、派手にリップ音を立てて口づけをした。