――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『参』階層、『既知外』領域――
一人のダンジョンダイブならば、健太は第八階層に繋がる『界門』玄室に挑むところなのだが、竹海が同行するならばそうはいかない。
ダンジョンダイブで好きな階層、好きなポイントにログインできるのは『文官』のみ。『文官』の職も重ねている健太は、好きなポイントにログインできるのだが、表向きは『戦士』系第二段階職である『騎士』を名乗っている。
必然的に、午後のダイブは午前中にログアウトしたポイントを選ぶしかなかった。
問題なく、第三階層の通路にログインした健太と竹海は、そのまま真っすぐ近くの玄室に入り、そこに屯していた十数匹のゴブリンを雑に狩る。
「《はっ!》 よし、良いぞ。手は落としていないから気を付けろ」
健太が大剣を横薙ぎに一閃すると、全てのゴブリンを纏めて胴から両断され、下半身を失ったゴブリンは揃って床に崩れ落ちた。時間があれば、戦闘経験を積むためにも出来るだけ自力で戦いたがる竹海だが、流石にこの午後のダイブは『横入り』なので雑に省かせてもらう。
「ありがとう、ご主人様。十分だよ。こんな時でも止めは譲ってくれるのだから、君は本当に優しい」
竹海も慣れたものだ。下半身を切断されてもなお武器を手放さないゴブリンも中にはいたが、その武器の届く場所には決して立たず、丁寧に全てのゴブリンにとどめを刺していく。
中のモンスターを全滅させた直後の玄室は原則安全地帯だ。もちろん、ここは『既知外』領域だから、『放浪する脅威』と化した『逸脱個体』が襲撃してくる可能性はあるが、入り口は一つしかないのである程度気を張っておけば、奇襲される恐れはない。
健太の場合、『戦士の不動心』をオンにしておけば、油断や集中力が切れるという状態は起こりえないので問題はほぼない。
「それでは、竹海先輩。お話を伺います」
健太は、玄室の横壁に背中を預け、そう切り出した。
玄室の出入り口を見張ることが出来て、それでいていざという時竹海が玄室から出ていくのを妨げない立ち位置だ。つまり、女子を守るスタンスを見せながら、同時に女子を閉じ込める意思はないことを意味する。
ダンジョン内で一対一での密談を持ちかけた女子に対して、ここまで心を配る男子は珍しい。密談を申し出るということは、「腹に一物あり」と言っているも同然なのだから。
だから、竹海はニコニコとした表情を恐れず率直に切り出す。
「うん、ご主人様の意に沿うようにしたいから教えて欲しいんだけど、ご主人様はその『転職先を自由に選べる能力』を、どの程度隠すつもりでいるのかな?」
『戦士の不動心』をオンにしていなかったら、今自分は驚愕のあまり跳びあがっていただろうな、と健太は自分を客観視する。
「俺としては可能であれば、誰にも一切教えないつもりでいたのですが、そんなに分かりやすかったですか?」
観念した健太の答えに、竹海はクスリと笑うと、
「正直、隠す気あるのかなあ? と思ったこともあるよ。この時期に一年生男子三人が揃って第二段階戦闘職はやりすぎだって」
そう指摘する竹海に健太は、一応反論する。
「それに関しては、ほとんど誤解ですよ。尚典の『陰陽師』はノータッチですし、霊王の『怪盗』も多分俺が介入しなくてもそうなっていました。そう言う意味では俺が介入したのは、俺自身だけです」
そう考えてみれば、男子四人中二人が戦闘系のスキップ転職組ということになる。素のポテンシャルでも学年のトップ層を走れそうなメンツだ。
そんな健太の答えに、竹海は虚を突かれたように何度か瞬きをした。
「あれ? そうなんだ。それは凄いね。でも、私が言った三人は尚典君、霊王君、ご主人様じゃなくて、尚典君、霊王君、来斗君の三人だよ」
「来斗はスキップ転職ではありませんよ。第一段階職の『殴打士』を経て第二段階職の『重殴士』になっています」
それを言えば健太も『戦士』を経由しての『騎士』なのだが、対外的にはスキップ転職ということにしてある。健太の場合、ノービス→『戦士』→『騎士』の転職が早すぎて、「スキップ転職だった」と言った方がまだ自然なのだ。
だから、健太は「一年男子三人が揃って第二段階戦闘職」と言われた時、尚典、霊王、自分だと思ったのだ。
それに対し、竹海は笑いながら答える。
「もちろんそれは知ってるよ。だから問題は、スキップ転職だけじゃないよ。いくら第一段階職だと言っても『殴打士』なんて使えるレア戦闘職な時点で運が良いんだよ。来斗君の性格やそれまでの過ごし方と照れし合わせると、「らしくない」とさえ言える。もちろん、それぞれ一人ずつならそう言うこともあるって程度だけど、三人揃ってしまったからね」
そこは確かに竹海の言う通りだ。実際、健太が『職業選択の自由』を使わなけば、来斗が『殴打士』になることはなかった。『聖堂』の自動転職では『遊び人』になるはずだったのだ。
だが、そうなると自分が省かれたことに疑問を覚える健太である。
「俺自身もスキップ転職での『騎士』なのですが、俺は数に入らないのですか?」
そう問いを投げかける健太に、竹海はより一層目を丸くする。
「え?……あの、ひょっとしてご主人様。その「自称『騎士』」も本気で誤魔化せているつもりだったのかい? というか隠してる気があったのがびっくりだよ」
「どこかおかしかったですか?」
真顔で尋ね返す健太に、竹海は分かりやすく大きくため息をつく。
「一番わかりやすい例を挙げるよ。ご主人様が幸子をゲットした時の学生決闘の相手。あの中には『戦闘士』が混ざっていたのだよ」
幸子の一件に関して、後日情報収集していた竹海は、そう淡々と事実を突きつけた。
「…………」
竹海の指摘に、健太は何も言い訳が思い浮かばない。
『戦闘士』はれっきとした『戦士』系第三段階職である。普通は、同じ『戦士』系の第二段階職である『騎士』が勝てる相手ではない。
「一応ね、第二段階職が第三段階職を倒すというのも、あり得ない話ではないよ。相手も第三段階職になりたての低レベルだったみたいだしね。
でもね、それは快挙なんだ。いくつかの条件が重なった上でたまに起こりうる現象だ」
例えば、第三段階職の者が油断しきっていた。例えば、相性が圧倒的に第二段階職に有利だった。例えば、第三段階職の者がパワーレベリングで実力が伴っていなかった。例えば、第二段階職の者が化け物じみた天才だった。
「ちなみにご主人様は、『学生決闘』で『戦闘士』が何番目の相手だったか分かるかな?」
「…………」
沈黙を保つことが、この上なく明確な答えになっている。
分からない。健太はほぼ全員を同じパターン――先手を譲って向こうの攻撃を短剣の護拳ではじき返して、脇腹にワンパンで終わりだったのだ。
つまり、健太はなり立ての低レベルとはいえ第三段階職と、第二段階職の区別がつかないくらいの、圧倒的強者ということになる。
そんな『騎士』――『戦士』系第二段階職がいるはずがない。
「確かにパートナーになってくださった皆さんや倶楽部員には、何時までも隠しきれるとは思っていませんでしたけど、思ってたよりずっと早かったですね」
健太の言葉に、竹海は苦笑を隠せない。
竹海から見れば、健太のやりようは「隠す気あったんだ?」と言いたくなるほどだ。
それくらい、竹海にはあからさまに見えた。ただし、健太の言う「パートナーや部員には隠し切れないと思っていた」という言葉にはある程度納得は出来る。
内部の人間にはあからさまだが、外からは確かに一目で「あいつらおかしい」と指摘されるほどではない。
健太自身の強さを除けば。
健太は、叶馬達と日常的に接し、特異点とも言うべき一年丙組に籍を置いているせいで強さを計る物差しが若干大雑把になっている。
「確認させてもらうよ。ご主人様は、転職先を自由に選ぶことができる。これは間違いない?」
「正確に言えば、ある程度自由に、ですね。誰でも何でも好きな職にできるわけではありません」
手を伸ばせば抱き寄せられるくらいに距離を詰めて小声で尋ねる竹海に、健太はそう訂正する。
ここまで知られた以上、下手に嘘をつくのは悪手だ。全ての秘密を明かす必要はないが、知られている範囲についてはむしろ正しく教えておいた方が良い。
「うん、そうだと思った。じゃないとお優しいご主人様が私を『良い踊り子』にするわけがないからね。だとしても、破格の能力であることに変わりはない。絶対に人に知られないようにした方が良い能力だけど、隠すつもりはあるんだよね?」
これはかなり失礼なことを言われているな、と思いながらも健太は素直に首肯する。
「はい。最初に言った通り、可能なら誰にも知らせないつもりでした。この能力を使う相手、俺の倶楽部のメンバーにいずれバレるのは許容範囲内ですが、それ以外は拙いと思っています。有力倶楽部に知られるのは絶対に避ける、学園運営サイドに知られるのは論外ですね」
思っていたより健太に危機感があったことに、竹海は内心ほっとする。
「うん、その意識は重要だね」
「竹海先輩が気づいたということは、他の人たちも気づいた可能性がありますよね。蘭先輩達にも他言無用と言明しておくべきでしょうか?」
健太の問いに竹海は首を横に振る。
「現状、あえて念を押す必要はないかな。他言無用と伝えるためには、ご主人様側から真相を明かすことになる。気づいていなかった場合は藪蛇になりかねない。知らないことが一番の防衛だからね。気づいているけど、あえて何も言ってこないなら、それはどのみち誰にも言わないだろうし」
特に二年女子はそうだ。一年この学園で過ごした女子ならば、健太の側より快適な空間など、この学園には存在しないことを理解している。その健太を自ら裏切る行動を取るとは考えがたい。
怖いのは女子が質の悪い男子に拉致されて、隷属の上書をされてしまった場合だが、その時は健太も容赦なく動く。
ルール無用の本気でつぶす気で動けば、AランクだろうがSランクだろうが今の健太の敵ではない。わざわざ公式の学生決闘を申し込んだり、あえてダンジョン内で戦闘を仕掛けたりしない限り、向こうは一切のスキルが使えず、こちらだけが全てのスキルを使えるのだから。
本気で相手を潰すのならば、通常空間という絶対的なアドバンデージのある空間で襲えば良い。
逆に、現状手の打ちようがない、絶対に知られてはいけないのは、学園運営サイドだろう。
「しかし、こう言っては何ですが竹海先輩も良く確信が持てましたね。自分でいうのもなんですが、俺の能力は都合がよすぎで逆に現実味がない類だと思うのですが」
健太の言葉もそれなりに筋は通っている。
学園の常識では、普通科の生徒はダンジョン外では原則スキルは使えないとされている。例外は魔眼系のようなSPを消費しない一部のスキルだけ。たとえスキルが使えたとしても、職を自由に選べるなとどいう破格の能力は、なかなか想像しづらいはずだ。
それこそ全ての転職が「運の良い偶然」と思う方が、現実的なくらいだ。
そんな健太の言葉に、竹海は小さく肩をすくめる。
「一年もこの学園にいると聞こえてくるんだよ。入学前からスキルのような不思議な能力を使える者がいるとか。そうした能力はダンジョン外でも使えるとか、ね。ちょっと特殊な生まれの子とかは、毎年チラホラいるみたいだ」
主に特級科――華組の話だが、先祖代々豊葦原学園の卒業生の者は、入学前から異能を有していることがある。特級科ではなくとも、海春と夏海の双子は、入学前から精神感応系の異能を有している。他にもそうした異能の持ち主はいるらしい。健太のチート能力と違い、もっとささやかなモノらしいが。
「なるほど」
「と前提の話が終わったところで、本命の話を始めて良いかな?」
「? 構いません」
すっかり今の話が本命だと思っていた健太は意表を突かれたが、断る理由はない。
竹海は両手を健太の首に回すと囁くように告げる。
「この間の『デート』の時、ご主人様は言ったよね。「強くなれる上に、ご主人様が生涯面倒見てくれるプランがある」って」
「そんなことは言っていません。俺は「もし、強くなれる代わりに今後もずっと俺と今の関係を続けなければならないとしたらどうするか?」と聞いたんです。ひょっとして、この質問がヒントになっていましたか?」
「うん、ヒントというかほぼ確になったね、あれで。今日の午前、実咲ちゃん、霊王君、珠貴ちゃんが揃って希望通りの職になったことで完全に確信した。まあ、それは今は良いんだ。
とにかく、ご主人様の力で私を戦闘職につけることができるんだよね? でも、その職には暴走の危険がある。それこそ、誰かにガッチリ隷属していざという時、強い命令権を押させておかなければ危険なくらいに」
「まあ、そんな感じですね」
そこまでバレバレだったのか、と健太は自己評価を一段下げながら、素直に答える。ここまでくれば、健太にも竹海が次に言ってくる内容は想像がつく。
「その職にして欲しい」
その予想は全く外れていなかった。それでも、健太は念を押す。
「その職を具体的に聞かなくて良いのですか?」
元々、能力バレが無ければ勝手に転職するつもりだったのだが、バレた以上は本人の意思確認を取りたい。だから、竹海からそう言いだしてくれたのは、手間が省けたとも言えた。
「一応聞いておこうかな。優しくてパートナー思いの御主人様が一度は避けたくらいだから、ヤバめの職であることは想像がつくけど」
「『踊る勇者』。『勇者』系ですね」
「……わお。私、思ってたよりヤバかった」
さしもの竹海も軽口を叩けるようになるまで、かなりのタイムラグが存在した。
それでも結局は「信頼してるよ、ご主人様」と言って、『踊る勇者』への転職を希望した竹海は、この学園基準でも「外れている」部類に余裕で入るだろう。
話が終わった時点で竹海は、『遊び人』のスキルである『脱出』でログアウトするつもりだったが、そこは健太が一旦引き留めた。
『踊る勇者』に転職してもらうことを打ち明けた以上、多少はレベルアップの手伝ってやらなければなるまい。『勇者』系は、強力な代わりにレベルアップに要する経験値が多いのだ。一刻も早く『良い踊り子』をレベル30にして『踊る勇者』に転職させておくべきだ。
もちろん、今日一日だけで転職まで漕ぎつけるのは無理があるが。
その後、健太は真っすぐ第四階層に繋がる『界門』玄室に殴り込みをかけ、『界門守護者』である身の丈三メートルを超えるゴブリンロードを一瞬で達磨にして、竹海に提供した。
「うん、たかが『勇者』ごとき、片手で組み伏せてくれそうなご主人様だね」
去年、先代の『勇者』の戦闘を倶楽部対抗戦で見たことのある竹海は確信をもって、苦笑を漏らした。
さらに、『界門』を一緒に潜って第四階層に到着。玄室から出てこないモンスターは無視して、通路をうろつくブラックドックやオウルベアをなで斬りにしながら、第五階層に繋がる『界門』玄室に直行。
そこを守る『界門守護者』の黒瑪瑙犬の四本脚をパリンと破壊。足をすべて失ってもなお暴れる水牛ほどもある黒い宝石の外皮を持つ犬の首根っこを掴み、安全を確保して、竹海にとどめを刺させてやった(黒瑪瑙犬の外皮はかなり強固なのだが、竹海の曲刀『探鉱者の栄光』は、まるで使いこなせていない現状でも攻撃力は十分だ)。
そうして、二匹の『界門守護者』にとどめを刺したところで、竹海は今度こそ本当に『脱出』のスキルでログアウトしていった。
「じゃあね、ご主人様。ベッドで待ってるよ」
急速なレベルアップで発情したらしく、潤んだ目でそんな言葉を残して。今夜が楽しみなような怖いような健太である。
ともあれ、これで予定通り一人になった健太は、腕時計で時間を確認する。
現在時刻は、午後二時半過ぎ。午後の『羅城門』の閉門は午後五時。時間はまだ十分にある。『周回レベル上げ』がある健太は、一時間もあればその時間を何度も巻き戻せば、事実上獲得経験値の上限は存在しない。
とはいえ、効率よく経験を稼げるに越したことはない。
「単純な経験値の効率では、やはりオークがねらい目か」
健太は自分の考えをまとめるため、あえてそう口に出す。
羅城門ダンジョンは、第五層までは一階層降りるだけで如実にモンスターのレベルが上がり、必然的に(倒せる力があれば)獲得できる経験値も激増するのだが、六階層からはその上昇が緩やかになる。
健太の最高記録は現状第七階層だが、確かに第六階層と第七階層にそこまで大きな違いは感じられなかった。
だが、一匹当たりの経験値がそれなりに多いのに、群れを成して出没する経験値的に「美味しい」オークは第七階層の方が多く出没する。
現在、健太がいるのは第五階層。時間はまだ、二時間以上残っている。第六階層、第七階層に繋がる『界門』までのマップは『文官』のスキルである『位置』を使うまでもなく、『脳外記憶領域』に落してある。
「ひとまず、第七階層を目指す。残り時間が三十分以上残っている状態で第七階層に到達出来たら、そこで『周回レベル上げ』を使ってレレベル上げだな」
健太はそう、方針を固める。最低でも今日中に『大身槍士』は30にして、次の第二段階職を獲得したい。
明日には、沙姫との手合わせがあるのだ。現状でも負けることはないと思うが、相手は原作でも何度も「天才」と明言されている沙姫だ。油断は禁物である。
(『大身槍士』の後は何を取るか。戦士系は随分重ねたし、まずは『強盗』かな。素のスピードアップには『盗賊』系が一番良い。後は、『山賊頭』にも手を伸ばすか、『盾騎士』で守り固めるか。補習レイド前までには、『案内人』と『素材製造士』は使い熟せるようになっておきたいんだが)
色々思いつくが、ソロダイブであまり思考をよそに割くのも考え物だ。
「よし、行くか。ジュゲム、ボンド、トレミー。《来い》」
健太は、『モンスターカード』から、ゴブリン『槍騎士』のジュゲム、コボルト『強盗』のボンド。そして、徹甲虫のトレミーを召喚する。
竹海を同行させた関係上、ジュゲムの新装備である短槍は持ち込めなかったので、ジュゲムはカードに一体化している元の槍のままだ。
「ボンドは前で偵察、警戒。ジュゲムはその後ろでボンドの護衛。トレミーは俺の左肩に止れ」
「ギギ」
「バウ」
「……」
三体のモンスターが自分の指示通りのフォーメーションを取ったことを確認した健太は、いつものダンジョンダイブより早足で動き出すのだった。