学園の屋上に設けられた決闘場。その中ではすでに、四人の男子が倒れていた。
立っているのは二人だけ。素手で無傷の一年男子と、制服の上から簡易鎧を身につけて、両手で槍を持つ二年生男子だ。
「う、《うわあ》!」
完全に腰が引けた状態で、槍を振り下ろす二年男子に、一年男子――健太は無言のまま懐に踏み込むと、左拳を二年男子の脇腹に叩き込む。
「げふっ……!」
体を二つに折る様にして二年男子が倒れこんだところで、白頭巾をかぶった決闘委員が健太の勝利を宣言した。
「それまで! この結果により二年未組風音のパートナーの権利は、挑戦者の物となる」
決闘空間が解かれたところで、拘束されていた赤髪サイドテールの二年生女子――風音は、たまりかねたように決闘場へ駈け込んで来た。
「風音先輩。御心配をおかけしま」
そう言って迎えようとする健太に「ごめん、後で」と言い残した風音は、人を殺せそうな形相で、倒れている男子五人に容赦なくつま先を叩きこむ。
「この、この、この! 健太君に迷惑かけやがって! 今後の私の立場が悪くなるだろうが! ゴールデンウィーク中ずっと「追い出しパーティー」であんた達の男子寮に泊まり込んで大サービスしてやった私に対する仕打ちがこれ!? この恩知らず、短小、早漏、雑ー魚雑ー魚!!」
健太との『学生決闘』のダメージで立ち上がれない男子五人は、一方的に蹴られながら情けない声を上げる。
「ギブ、ギブ、ギブ……」
「ああん? ギブだけじゃ分かんねーよ!?」
「ギブミー……トランプリング」
「しゃあ、おらああ!!」
風音は希望通り、蹴りから踏みつけに切り替えた。
放っておいたら何時までも蹴りと踏みつけを続けそうな風音に、『戦士の不動心』がオンになったままの健太が淡々と話しかける。
「風音先輩。その辺で勘弁してあげてくれませんか。この先輩達も悪気があったわけではないようですし」
健太の立場からすると異様に思える倶楽部『着実進行』の男子五人をフォローする発言である。
だが、それも根拠のない発言ではない。
結局、風音のパートナー権を要求する形で健太は、『着実進行』に『学生決闘』を挑むことになったのだが、向こうが提示したルールは明らかにおかしなものだったのだ。
「五対一の変則団体戦。時間制限は三十秒。三十秒以内に健太に「まいった」と言わせれば、『着実進行』の勝利」
その条件を満たせなかった場合はすべて『着実進行』の敗北、つまり健太の勝利となる。
言うまでもなく、これは勝敗だけに限れば、恐ろしく健太に有利なルールだ。
極端な話、最初の一撃で健太が失神してしまい、そのまま三十秒起き上がれなかったとしても、「まいった」と言っていないのだから健太の勝利になるのだ。
ここまでの情報が揃えば『着実進行』男子の意図は分かる。「うちの女子部員連れてくって言うなら、俺ら五人にボコられても三十秒耐えるくらいの根性見せろや」ということなのだろう。
ようは、彼らは負ける前提、風音が健太のパートナーとなることを許した上で、釘を刺すつもりだったのだ。
残念ながらその思惑は外れて、健太が見せたのは「三十秒以内に二年生男子五人を纏めてボコる実力」だったが。
そうした、男子の思惑を健太の口から聞かされた風音は、右足を倒れている男子の下腹部に載せたまま、眉をしかめる。
「なに、似合わないカッコつけやってんだか。それで健太君にボコボコにされてたら世話ないわ」
そう言う風音の言葉はきついが、口調と表情は随分と柔らかくなっている。男子の下腹部に載せた足も、サービスをするように踵を軸にグリグリしてやっている。
「あひん、ふひん」と嬌声を上げるその男子は意図的に無視して、健太は他の男子達に声をかける。
「これで俺の力は示すことが出来たと思います。風音先輩は俺が責任をもって面倒を見ますので、安心してください」
そう言って丁寧に頭を下げる健太に、決闘委員にポーションを貰ってどうにか復活した男子の一人が体を起こしながらボヤく。
「そこまで分かってるなら、もうちょっと手加減してくださいよ、健太さん」
一年以上学園で生活すれば価値観が学園のそれに染まるのは、男子もだ。年功序列など強さの前には何の意味もない学園男子の序列意識が身についているその二年男子は、健太を明確に「格上」と認識し、ごくごく自然に敬語を使っている。
「……ワンチャン狙いで、俺のパートナーに色気ださなかったら、そうしてましたよ」
ギロリと睨む健太の視線から逃れるように、『着実進行』の男子達は視線を泳がせた。
『学生決闘』では当然ながら、双方に賭け品が存在する。今回は少々変則だが、ルール上は健太が挑んだ側なので、『着実進行』の男子は健太の所有物のうち、決闘委員が「挑戦者の希望(風音のパートナー権)と釣り合っている」と認めたものならば、どれでも好きなものを要求できる。
『着実進行』の男子が選んだのは健太が所有するパートナー権だった。それもよりにもよって蘭の。『戦士の不動心』がオンになっていなければ、もう少し過激な報復を行っていたかもしれない。
『着実進行』は穏健派で女子の扱いの良い倶楽部である。だが、あくまでこの学園基準の話。女子部員を増やせる機会があれば、ワンチャン狙ってみるくらいの下心は当たり前に存在していた。
そうしている間に、『着実進行』の五人の治療は終わり、風音のパートナー登録の書き換えも終了する。
「それでは、俺たちはこれで失礼します。風音先輩」
そう言って手を差し出す健太に、ポーションで回復したばかりの男子メンバーにまだしつこく蹴りを入れ続けていた(男子は口で「勘弁してくれ、痛い痛い」というだけで無抵抗)風音は、仮面をかぶり直したかのように瞬時で満面の笑みを浮かべ、ぴょんと健太に飛びついてくる。
精々手を取るくらいのつもりだった健太だが、すぐに風音の意図を察し、飛びつく風音を抱き留める。
小柄で華奢な体つきの風音だが、曲がりなりにも『戦士』系第二段階レア職である『盾槍闘士』になっている現状、ジャンプ力は常人を超えている。
「へへへ、よろしくねー健太君」
そう言う風音の声色は、『着実進行』の男子を鬼の形相で蹴っていた時は打って変わってしおらしい、媚び全快の声だ。
ガッチリと抱き着き、胸元で頬ずりをする風音が落ちないように、健太はしっかりと両腕を風音の腰と背中に回す。一般的には「公衆の面前ではしたない」言われるレベルの密着具合だが、この学園では男子の手が女子の胸元やスカートの中に潜っていないだけで、初々しいとされる。
風音は健太に抱き着いたまま、自分の足で歩く気がなさそうだ。今更、健太にとって小柄な女子一人抱きかかえる程度、どうということもない。
「はい、よろしくお願いします」
健太は風音を抱き上げたまま、歩き出す。
「おう、風音。頑張れよ!」
「あんま、アコギなことすんなよ」
「健太さんに捨てられたら、戻って来いよ!」
「こらー! 捨てられる前提やめろー!」
怪我が治っても地面に座ったまま呑気に手を振る『着実進行』の男子に、風音は健太に抱き上げられたまま、両手をブンブン振って抗議した。
「…………」
風音を抱き上げた健太の背中が見えなくなったところで、『着実進行』の男子の一人がポツリと呟く。
「いやー、凄かったな。あれ、どっちだと思う? ヤバい方? スゴイ方?」
「まだ一カ月だぜ。普通に考えてヤバい方一択でしょ」
別の男子はそう即答する。
ヤバい方とは『規格外』職、スゴイ方とは戦闘系のスキップ転職を指す。
まだ一カ月なのだから、ヤバい方一択という答えも、常識に乗っ取って考えれば当たり前の結論だ。
今回『学生決闘』に参戦した『着実進行』の五人は全員戦闘系の第二段階職。それも(当てにならないことに定評がある学生手帳を信じれば)全員最低でもレベル15以上。
スキップ転職で同じ第二段階職になっていたとしても、とてつもなく才能に恵まれていたとしても、流石に五対一で勝利は不可能だと断言できる。一対一の五連戦でも、勝てたら十分化け物だろう。
そうなればもう一つの可能性、『規格外』職という結論になる。
『規格外』職はその名の通り規格外。その職についただけでとてつもなく強くなることもある(全然強くない『規格外』職もある)。
強い『規格外』職ならば、なった瞬間から強い。ランクCの倶楽部員どころか、B、Aの倶楽部員すら上回る強さを誇ることも普通にあり得る。
しかし、大概の場合その強さは偏りがひどく、攻略法が分かれば結構簡単に負けることが多い。そして、なにより『規格外』職はその精神が安定しておらず、遠からず暴走して『失踪者』となる。
その筋道の通った意見に反論するのは、風音に踏みつけをおねだりしていた男子だ。
「それにしては健太さんは真面だ。『規格外』特有の「外れた」雰囲気が皆無だ」
と、まるで賢者のような遠く透き通った目でそう言う。
「まあ、確かに部長の言う通りかも。じゃあ、ただのスキップ組? あれで? 化け物すぎね?」
曲がりなりにも戦闘系第二段階職である『着実進行』の五人を一人で瞬殺する一年生が、ただのスキップ組だとしたら確かにそれはそれでおかしい。
「どちらにせよ、風音が健太さんのパートナーでいられる時間はそう長くないかもね。その場合、出来るだけ風音はこっちで保護したい。異論のある者はいるかい?」
健太が『規格外』職だとしたら、ロストするまでの時間はそう長くはない。健太が超絶才能のあるスキップ組戦闘職だとしたら、風音『程度』の女子をいつまでも側に置いておくとは学園の常識では考えづらい。
どちらの推測が当たっていたとしても、風音は遠くない未来、またフリーになる。
そんな(賢者タイム中の)部長の言葉に、異論のある者はいない。
「ああ、良いんじゃね?」
「さすがに女子の無所属はヤバげ」
「意義なし。俺、風音とは相性良いし」
「そう思ってるのはお前だけだ。俺も意義はなし」
『着実進行』の男子にとって風音は、これまで『仲良く』やってきた間柄だ。愛着もあるし、あまりひどい目にあって欲しくないとは思っている。
出来れば、助けてやりたい。ただしできる範囲で。助けた後は、(学園における)普通の範囲で『お礼』をしてもらう。
『着実進行』は学園基準で平均的な強さと、平均以上の良識と、平均をはるかに超えるまったり感を有する、万年Cランク倶楽部なのであった。
予定外の『学生決闘』があったため予定よりずれ込んだが、本日中の倶楽部設立という目的は無事、果たされた。
正確には新倶楽部設立はゴールデンウィーク明けからなので、倶楽部の設立は明日になるのだが、すでに書類は提出して受理されている。
今度こそ、十一人が揃った健太達新倶楽部のメンバーは、学食の一角で倶楽部設立を祝う親睦会を開いていた。
「それでは、倶楽部『安息所』設立を祝って、乾杯」
こういう場で音頭を取ることが間違っても得意とはしていない健太は、『戦士の不動心』をオンにしたい誘惑にどうにか抗いきり、そう言う。
「「「乾杯」」」
唱和というには不揃いだが、ひとまず全員が「乾杯」の声を上げて、各々好みの飲み物を入れたグラスを掲げる。学食でも購買でも、裏メニューとして酒類も取り扱っているのだが、ひとまず今は誰もアルコールには手を出していない。
健太たちが陣取るテーブルには、フライドポテト、フライドチキン、ローストビーフ、巻き寿司、アイスクリームワッフル、フルーツポンチ、杏仁豆腐など、数々の料理が国籍もオードブル、メイン、デザートの区分もなく、乱雑に並べられている。
いかにもパーティーといったメニューだが、基本的には皆がそれぞれ食べたい物を言って、全部遠慮なく並べた結果だ。代金は全て健太の懐から出ている。
この学園では、日常生活に必要最低限の物資は安く、贅沢品に分類される物は高いという法則がある。そのため、本日頼んだメニューの八割以上は「高い」料理なのだが、今の健太にとってはどうというほどのこともない。
席順は前回同様、男子がそれぞれ自分のパートナーを側に侍らせて小さなグループを作る形となってる。
健太の左右に蘭と風音。蘭の隣に幸子、風音の隣に竹海。
尚典の隣にべったりとへばりつく、空亜。
来斗と実咲も、今では誰がどう見てもカップルにしか見えない距離感で食事をとっている。
ちょっと異色なのは、霊王と珠貴だろうか。他の男女は程度の差はあれど、女子が男子の世話をしている(空亜さえ)のに、ここだけは霊王が舎弟臭をプンプンさせながら、上げ膳据え膳で珠貴の世話をしている。
「お嬢、お茶を注ぎます」「お嬢の好きな明太子巻きです」と大張り切りなのだが、霊王の接待など所詮は真似事の域を出ていない。普通の女子ならば、かえって食べづらい、邪魔くさい、鬱陶しいなどと言って不機嫌になりそうなところなのだが、珠貴は苦笑ながらも鷹揚に霊王のやりたいようにさせてやっている。
「ああ、ありがとうな、霊王。ほら、お前もちゃんと食べな」
と、合間合間で霊王に飲食を進めて、場の雰囲気も壊さない。実態は、「お嬢の接待をしている」という霊王のプレイに珠貴が上手に付き合ってやっているといったところか。
そうして、皆が飲み物と食べ物を摂取し、ある程度落ち着いた時だった。
「そうだ、倶楽部の公式書類。人数分コピーしたから、一応皆も目を通しておいて」
そう言って蘭は用意しておいた紙を回す。端から順に一枚ずつ取って隣に回していく。
倶楽部名:『安息所』
ランク:F
部室:無
部長:健太♂(壱年丙組)
副部長:尚典♂(壱年申組)、蘭♀(弐年未組)
部員:来斗♂(壱年辛組)、実咲♀(壱年辛組)、霊王♂(壱年辰組)、珠貴♀(壱年辰組)
竹海♀(弐年未組)、風音♀(弐年未組)、幸子♀(弐年坤組)、空亜♀(弐年申組)
一年男子が四名。一年女子が二名。二年女子が五名。合計十一名の名前がそこには記されていた。
倶楽部における公式の役職は他にも多々あるのだが、絶対にいなければならないのは部長一人と副部長二人だけだ。他の役職は設けるか設けないかは各俱楽部の任意になっている。
特に重要なのが部長であることは、言うまでもない。
この学園の倶楽部は部長が設立するものであり、部長の交代は認められない。部長が退部するイコール倶楽部の解散を意味するのだ。
それだけ部長の権限は強く、学園の風土からも実用的な意味からも、ほとんどの倶楽部では部長はそのまま倶楽部の最高戦力となっている。それは、この倶楽部――『安息所』も例外ではない。
単純な人数で言えば一番多いのが、二年女子だが一年男子が中心の倶楽部であることは、健太が部長で尚典が副部長の一人であることからも分かるだろう。
まあ、実態は一年男子が中心の倶楽部というよりも、健太一人が中心のワンマン倶楽部に近いのだが。こうしたワンマン倶楽部は、珍しくない。
特に目新しい情報はない、公式書類のコピーに皆が目を通したところで、健太も用意していた書類を皆に回す。
「本番は中間試験の後だからちょっと気が早いけど、たたき台として倶楽部対抗戦――水無月杯のメンバー表を作ってみた。
もちろん、俺以外は正式決定ではないから、意見があったらどんどん出してほしい」
倶楽部対抗戦 水無月杯メンバー(仮)
先鋒:来斗『重殴士』
次鋒:竹海『良い踊り子』
中堅:霊王『怪盗』
副将:尚典『陰陽師』
大将:健太『騎士』
補欠1:風音『盾槍闘士』
補欠2:珠貴『盗賊』
レギュラー五人の中に戦闘系の第二段階職が四人、非戦闘系の第二段階職が一人。補欠二人は戦闘系第二段階職と戦闘系第一段階職。
一年が中心の倶楽部と考えると破格と言えるくらいの粒ぞろいだが、学園全体で見れば「まだまだ上を目指せるレベルではない」と言われるだろう。
それ以外で目を引く点と言えば、『戦士』系第二段階レア職の『盾槍闘士』が補欠にいて、『遊び人』系第二段階レア職である『良い踊り子』がレギュラーを張っていることだろうか。
普通に考えれば、非常に無駄の多い配置である。
(水無月杯までになんとか竹海先輩を『良い踊り子』から『踊る勇者』にするつもりだけど、もし無理だとしてもレギュラーは竹海先輩だろうな)
健太は飲食中もずっと健太にすり寄っている風音と、笑みを崩さず落ち着いて食事を楽しんでいる竹海を見比べて、そう結論を出す。
職だけならば、風音が戦闘向きで、竹海が不向きに見えるが実体は真逆だ。
風音は、痛いのもしんどいのも嫌がる学園の普通の女子で、竹海は危ういほどに向上心と戦闘意欲にあふれる珍種女子だ。
男子が四人しかいなく、女子で倶楽部対抗戦に意欲を燃やしているのが竹海しかいない現状、竹海の倶楽部対抗戦レギュラーは既定路線となる。
倶楽部メンバーの書類と違い、こちらは初めて知る情報であったため、皆が思い思いに声を上げる。
「え、お、俺が先鋒!?」
「流石はご主人様。私の希望を汲んでくれる」
「精一杯頑張るっす!」
「責任重大だね」
「私が補欠かあ。うー、このメンバーなら順当だけど、レギュラーのみんな頑張ってね。私の出番作らないでね?」
「私にお鉢が回ってくるのは予想外ですが、お役目ならば果たして見せましょう」
名前があったレギュラーの五人、補欠の二人の感想は、健太の予想を大きく外すものではない。
予想外の反応を示したのは、そこに名前の載っていない、健太のパートナーの一人だった。
「あ、あの御主人様。珠貴さんを補欠にされるのですか? それなら、わ、私の方が、な、慣れてますし」
緊張と恐怖で震えながらも、幸子がそう申し出たのは健太からするとかなり意外だった。
珠貴が第一段階職の『盗賊』なのに対し、幸子は『術士』系第二段階職『幻想使い』だ。単純に考えれば、幸子の方がはるかに戦力になるはずである。通常ならば。
それについては考えた上で却下している健太は、幸子のネガティヴスイッチを入れないように注意を払いながら説明する。
「今後は分かりませんが、現時点では珠貴さんに頼みたいと思っています。『術士』系はスキルを使いこなすのに時間がかかりますから」
勇気を出して自主的に動いたら、ご主人様に否定された。顔色を変える幸子に健太は慌てて言葉を重ねる。
「だから、幸子先輩はダンジョンダイブをしましょう。前回は『魔弾』が使えるようになりましたからね。水無月杯までに『幻想使い』のスキルも使いこなせるようになれば、補欠枠を変わってもらうことになるかもしれません」
「は、はいっ」
健太の追加の説明に多少落ち着きを取り戻した幸子は、気合を入れるように何度も頷く。
危なっかしいが、良い傾向ではあるだろう。少しずつ、健太に対する信頼と、現状に対する積極性が出てきている。
実際、『幻想使い』のスキルを使いこなせるようになれば、珠貴に代わって補欠の席を埋めてもらっても良いだろう。
『幻想使い』は搦め手が豊富なうえに、ある程度の火力も出せる、使いこなせば強い職だ。もっとも幸子の性格からして、今から一カ月程度でダンジョンダイブでの対モンスター戦はともかく、倶楽部対抗戦で人間相手に戦えるようになるとは思えないが。
それよりも、珠貴が転職にこぎつけて『盗賊』系第二段階職になっている可能性の方が高い。幸子が戦えるようになって、珠貴が第二段階職になっていた場合には、珠貴が優先だろう。
一年だからこその怖いもの知らずなのかもしれないが、珠貴の方が度胸が据わっているように見える。
「まあ、どちらにせよ補欠の出番はめったにないよ。ないよね? 頑張ってよ、レギュラー諸君」
と、男子四人と長身女子――竹海を拝み倒す様にしているのは、すでに補欠に確定している風音だ。レギュラー五人を除いた残り部員の職を見れば、『戦士』系第二段階職『盾槍闘士』である風音の補欠は決定的である。
「頑張ってね、来斗」
「う、うん。頑張る。倶楽部対抗戦までに、対人戦の経験も積んだ方が良いのかな?」
心配そうにぴったりとくっついて励ます自分のパートナー――実咲の言葉に、勇気を奮い立たせる来斗がそんな意見を述べるが、健太はそれを否定する。
「どうだろう? 現状はレベル上げを優先した方が良いと思う。来斗も実感あるだろうけど、なんだかんだ言ってもレベル差が一番覆しづらいから」
そんな健太の意見に賛同の意を示すのは、尚典だ。
「確かに、それは分かるね。素手の戦いは素人のままだけど、今の僕なら学園外のボクサーや総合格闘家にどんなルールで戦ってもまず負けない自信あるよ」
『術士』系は一番身体能力が上がりづらいのだが、尚典の就いている『陰陽師』は例外的に近接戦闘にもある程度対応できる。
今の尚典ならば、その小さく華奢な手でブロック塀を握りつぶすことも可能だろう。破壊力も耐久力も速度も何だったら視力すら、一般人とはけた違いになっているのだ。
「ナオきゅんふぁいとー。怖かったら適当なところで負けちゃえば良いんだよ」
尚典のパートナーである『遊び人』系第二段階職『引き籠り』の空亜は、そう言って尚典の頭を撫でて気持ちよさそうに目を細めている。
「あ、ありがとうございます、空亜先輩。でも、実際のところどのあたりを目指すの?」
と問いを口にしたのは尚典だが、それは皆気になっていたらしく、全員の視線が健太に集中する。
『戦士の不動心』をオンにしていない健太は、注目を集めることが苦手な質だ。だが、正式に倶楽部の部長となった以上、そうも言っていられないことは理解できる。
「あー、目標は予選突破。倶楽部ランクで言うと、Cランクだな。水無月杯のルールなら難しくはないと思ってる。逆に、Bより上は流石に夢見すぎかな」
倶楽部対抗戦は毎回ルールが異なるのだが、レギュラー五人に補欠二人という人数と、予選と本戦トーナメントに分かれるという部分は不動だ。
予選を突破できない倶楽部がF(フリー)ランク。予選を突破出来ればCランク。ベスト64でBランク。ベスト16でAランク。ベスト4でSランクだ。
一年が主力の倶楽部が初回の倶楽部対抗戦である水無月杯でCランク、予選突破というのはそれだけで快挙なのだが、原作では叶馬達の『神匠騎士団』はもちろんのこと『勇者』の和人率いる『勇者団』、(自称)モブ集団である『無謀』と、一年丙組の男子が作った倶楽部は大半が予選を突破している。
尚典、来斗、霊王は曲がりなりにも戦闘系第二段階職。尚典と来斗は、レベルだけなら上級生の現Cランク倶楽部の主力に負けていない。何より、水無月杯の予選はその気になれば一人で予選突破可能なだけのポイントを獲得することも可能なルールになっている。健太一人でも、予選突破は楽勝だろう。
逆に本戦は、一対一を五連戦して先に三勝した方が勝ち抜けというルールだ。部長は大将と決められているため、先鋒から副将までの間に三敗されては健太にはどうしようもない。
「そうね。その辺りが、目指すには良いところかしら」
と隣に座る蘭が賛同してくれたことで、健太は自分の目が大幅に狂っていなかったと確信し、安堵する。
蘭は元Bランク倶楽部の部員だ。Bより下の強さはある程度、把握していると思われる。
「うん、それじゃ。倶楽部『安息所』の水無月杯、予選突破を誓って、かんぱーい!」
「乾杯!」「はい、乾杯!」「うぇーい、かんぱーい!」「乾杯」
明るい声で今一度乾杯する風音に、女子達と霊王が続いて乾杯する。
「あ。ああ乾杯」「乾杯」「か、乾杯」
健太、尚典、来斗はかなり遅れて、ぎこちなく乾杯の声を上げるのだった。