ゴールデンウィーク最終日に設立された(厳密に言えば書類が受理されたのはゴールデンウィーク終了直後だが)健太の倶楽部『安息所』と違い、叶馬の倶楽部は現時点でまだ設立されていない。
それには、取り除かなければならない障害が存在するからだ。
具体的に言えば、叶馬の倶楽部に吸収合併されることが決まっている(叶馬は知らない)、倶楽部『匠工房』の面々の身辺整理である。
二年女子の『職人』十二人からなる倶楽部『匠工房』の中には、不本意ながら公式のパートナー男子を有する者も複数存在する。
学園の公式パートナーは「女子の奴隷契約」と言われるくらいに強力だ。パートナー契約を解除しなければ、安心して懐に入れることができない。そもそも、男子がパートナーを持つ人数に制限はないが、女子はパートナーを一人しか持てないのだから、今のパートナー契約を解除しなければ叶馬のパートナーとなることも出来ない。
そんな障害として立ちはだかったパートナー契約だが、静香の情報収集と交渉、そして叶馬の暴力と理不尽によって急速に問題は消滅(解決ではない)していく。
残すは、最大の障害と目されていた市湖のパートナーのみ。原作通りならば、そのはずだった。
その日、一年丙組の教室は恐怖に支配されていた。
これまでの一カ月で多少は同じ空間にいることに慣れてきた恐怖の発生源――叶馬の様子がいつもと違うのである。
日頃は、無表情であまり口を開かず、座学中も休み時間も大きく動きを見せない叶馬が今日は、朝から違っていた。
口角が極端に上げて歯を見せておぞましい笑い声を立てたり、挙動不審としか言いようがないくらい唐突に動き出したり、見えない何かを攻撃するかのように拳を突き出したりといった行動をずっと繰り返しているのだ。
女子は涙目、男子は失禁気味。せめてもの救いは、誠一、静香、麻衣、健太の四人を除けば全員が同じ状態のため、笑われる心配がいらないことくらいか。
だから、無事生きて昼休みを迎えて、叶馬一行が教室から出て行ったとき、残りの一年丙組の一同が机の突っ伏す様に崩れ落ちたのが、極々当たり前の結果だった。
「それで叶馬。何か良いことがあったのか? 今日は常時上機嫌みたいだけど」
叶馬、誠一、静香、麻衣の四人と一緒に学食で昼食を取っていた健太は、シーフードピラフを嚥下するとそう叶馬に尋ねる。
教室内では外なる神が眠りから目覚めたような扱いを受けていた叶馬の異変だが、健太はそれがただの上機嫌であることを理解していた。原作の知識と『戦士の不動心』の効果で冷静さを失っていなかったおかげだ。
そんな健太の評価は当たっていた。叶馬は、ある程度付き合いが深い人間だけに分かる弾んだ声で、
「うむ。実はここしばらく静香が俺の武者修行の相手を見繕ってくれていたのだ。だが、セッティングしてくれる静香には悪いが、少々食いでのない相手ばかりでな。上級生なのだが、恐らくは非戦闘系の方々なのだろう」
そう言ってしみじみと頷く叶馬は、冗談でも何でもなく本気で言っている。静香が見繕う武者修行の相手とは言うまでもなく、『匠工房』女子のパートナーとなっている男子達のことである。静香がセッティングして叶馬が闇討ち(叶馬主観では武者修行)することで、力づくでパートナー契約を解約させていたのである。
「しかし、今日の相手は違うぞ。写真を拝見したのだが、お二人とも紛うことなき武人の顔をしておいでだ。しかも、正式な『学生決闘』という形で受けてくださった」
そう言う叶馬は歓喜のあまり、闘志が抑えられなくなっている。羽虫くらいならば周囲を飛ぶだけで死んでしまいそうな叶馬の気配に、健太は『戦士の不動心』をオンにする。
同時に冷静さを取り戻した健太は、自分の原作知識との差異に気づく。
「待て、叶馬。二人? 静香さん、そのデータ見せてもらえる?」
「はい。こちらにです」
健太の言葉に、叶馬の隣に控えていた静香は慣れた手つきで自分の電子生徒手帳を操作すると、健太に見せてくれた。
余人ならばともかく健太に隠すようなことではない。そもそも最悪の場合、ヒゲメガネ紳士だけでなくハゲヅラバディにもお出まし願おうと考えていたのだ。
スプーンを置いて、静香の生徒手帳を確認した健太は、原作からのズレを確信する。
一人は倶楽部『天上天下』所属の『武闘士』。こっちは問題ない。原作通りだ。問題はもう一人、それなりに名の通ったダンジョン勢の倶楽部に籍を置く『剛拳士』。こちらは、原作では正式な『学生決闘』ではなく、闇討ちで倒していた相手だ。
しかも、日付も違う。叶馬が『剛拳士』を闇討ちした日と、『武闘士』と『学生決闘』を行ったのは別の日だったはずだ。
原作とのズレを、健太が事前に知った。この時点で健太の脳裏には、転生前に上位存在に告げられた言葉が思い起こされる。「世界に生じている問題と、転生者の性質(能力、性格、運命)を照らし合わせて、特に指示をしなくとも高確率で良い方向に進む人選がされている」
健太が「気になっている」ということは、健太の介入が望まれる事態である可能性が高い。少なくとも「気になっているのに、自分の心を偽ってあえて介入しない」という選択肢を取るのは、リスクが高いと判断できる。
「『学生決闘』の場所と時間を教えてくれ」
「む、健太も武者修行か?」
自分の価値観で今回の『学生決闘』を「とっても楽しいこと」と捉えている叶馬は、その価値観で健太の言動を計る。
「やらん。ただ、ちょっと気になることがあるから、念のために備えておきたいだけだ」
そんな健太と叶馬の会話を聞いていた麻衣が、デザートに頼んだプリンアラモードのスプーンを加えたまま口を挟む。
「うーん、よくわかんないけど叶馬くんのはっちゃけに健くんまで参戦するってこと? なんか被害者が可哀そうに思えてくるんだけど」
麻衣の言葉を受けて、そのパートナーである誠一も深いため息をつきながら言葉を放つ。
「勘弁しろよ……。叶馬のはっちゃけだけでも、園内閉鎖通信網に『ヒゲメガネアンチスレ』立ってんだぞ。中にはハゲヅラ野郎に言及する書き込みもあるしよ。ハゲヅラアンチスレが別にスレ立てされるのか?」
学園内では一切の無線が使えない豊葦原学園だが、有線でならば各自寮の自室からインターネットに接続できたりはする。ただし、インターネットへの接続は閲覧だけでも厳重なフィリングが掛けられているし、書き込みは一切できない仕様だ。
そのため、生徒の間で使用されている情報交換用の掲示板は、もっぱらイントラネットになっている。
そのイントラネットの無記名掲示板(ただし自動的に職が自分の名前になるため、一人しかいないレア職の場合即バレ)に、ヒゲメガネアンチスレが、立っているのだ。
まあ、最初の凛子のパートナー権を賭けた『餓狼戦団』との『学生決闘』を皮切りに、叶馬はゴールデンウィーク中に『匠工房』女子のパートナーとなっている男子に闇討ちを仕掛けていたのだ。
なまじ手合わせをした分、叶馬の理不尽なまでの強さは身に染みている。結果、やられた鬱憤は反撃という勇ましい形ではなく、悪口、陰口という情けない形で発散される。
「俺はあくまで保険だ。何もなければ、何もしない。むしろ、叶馬のはっちゃけを出来るだけ小規模に収めようとしているつもりだ」
健太の言葉にも、誠一と麻衣の疑いの視線は変わらない。
「どうだかな」
「ゴメン、私、叶馬くんと健くんの違いが分からない」
失礼なカップルの言葉に、健太は反論する。
「一緒にしないでくれ。叶馬と俺では、メガ○ンのギリメカラとド○クエのギリメカラくらい違う」
叶馬と違い、自分は相手に一生モノのトラウマを植え付けるような反撃はしない。
健太の反論は相変わらず、まったく取り合ってもらえていなかった。
「まあ、用心の甲斐があった、と思うべきか」
放課後。一年棟の屋上、決闘場の前で完全武装の健太はそう呟いていた。
普通科の制服の上から白黒虎革の胸部鎧を纏い、左腕には方形盾、左腰に小剣『金狼木霊剣』、そして右手で柄を掴んだ大剣を右肩に担いだ健太は、屋上に上がってくる階段に視線を向ける。
そこには誰もいない。今、誰かが階段を駆け上がってきているような音や気配も全くない。
叶馬が申し込んだ『学生決闘』の開始時刻まで後数分。この期に及んでも叶馬と静香はこの場に姿を見せていなかった。
唯一、決闘の賭け品である『匠工房』の市湖だけが、その大人びた美貌を蒼白にしてカタカタ震えている。
叶馬は今頃、『学生決闘』の真っ最中だろうか。ただし、ここではなく二年棟の屋上の決闘場施設で。
静香がセッティングした二件の『学生決闘』は、同じ日のさほど離れていない時間で、それぞれ別な場所を指定されていたのだ。
早急な倶楽部設立のため『匠工房』の面々の身辺整理を急いだ弊害である。
根本的な問題は静香の失態であることは間違いない。だが、ここ一年棟と二年棟はそこまで離れていない。叶馬が一件目の『学生決闘』を簡単に終わらせて真っすぐこちらに向かっていれば、余裕で間に合っていたはずだ。
それなのに叶馬達の姿が見えないのは、恐らく叶馬が一件目の『学生決闘』を「楽しんで」いるのだろう。
「ちっ、暇つぶしくらいにはなるかと思って受けてやったのに、バックレかよ。おい、こういう時はどうなるんだ?」
普通科の学生服姿で、柄の長い長剣を無造作に担いだ二年生男子がそう、この場を仕切る決闘委員に問いかける。
白い頭巾で顔を隠した決闘委員は、淡々とした口調で答える。
「予定時刻までに挑戦者が現れない時点で、挑戦者は敗北条件を満たすことになる。その場合、受諾者はその場で勝利宣言をしても良いし、挑戦者が来るまで待っていても良い」
「あ? いつ来るかわかんね奴待ってられっか。俺は帰るぞ」
当然と言えば当然だが、二年男子はそう断言する。その言葉に、市湖はうつ向いたままビクリと体を震わせる。
『戦士の不動心』をオンにした健太は、市湖を励ます様に左手でポンと肩を叩くと、決闘委員に向って尋ねる。
「審判。ここで俺が決闘を挑むというのは可能ですか? 俺が勝ったら「本来の決闘者が来るまで待ってもらう」という条件で」
「あ?」
大きな声でそう尋ねる健太に、二年生男子は少し興味を刺激されたらしく、視線を向ける。この場に来てから、「健太が決闘相手ではない」と分かった時点で視界にも入れていなかったが、今の言葉で多少は興味を持ったらしい。
「可能だ。君が挑戦者の場合、格下からの挑戦となるため、彼――受諾者には拒否権はない」
「ちょっと!?」
予想もしていなかった方向に話が進み、驚きを声を上げる市湖を健太は肩に手をやって制する。
「分かりました。では提案なのですが、俺が『学生決闘』を申し込む場合、こちらの賭け品はこの大剣にしたいんですが?」
健太はそう申し出る。『学生決闘』のルールでは挑戦者は受諾者の持ち物(もしくは権利)を自由に指定できる代わりに、受諾者も挑戦者の持ち物から好きなものを指定できるようになっている。
だが今健太がやっているように、正式に『学生決闘』を申し込む前に「こっちの賭け品はこれにしてくれ」と交渉するのは有りだ。
もちろん、それに対して「分かった」と言って『学生決闘』を受けておいて、勝った挙句に別の賭け品を要求されることも普通にあるので、あまり意味がないとも言えるのだが。
健太の言葉に、二年男子は一瞬興味深げな視線を健太の大剣に向けたが、すぐに胡乱げ目つきに戻る。
「この時期の一年にしちゃ良いマジックアイテム持ってるじゃねえか。けど、お前『学生決闘』のルール知らねえのか? 賭け品にしちまったら決闘につかえねえんだぞ」
この言葉を聞くと意外と親切な人間なのではないかと思ってしまうが、何のことはない。彼にとって大事なのは賭け品よりも楽しめる決闘それ自体のため、あくまで自分本位な言葉に過ぎない。
それが分かっている健太は、素直に答える。
「問題ありません。元々こいつは雑魚散らし用です。先輩相手に使えるようなものじゃありません。俺の本命はこっちですから」
そう言って健太は右手で大剣を担いだまま、腕に方形盾を装着している左手で左腰に下げている小剣『金狼木霊剣』をポンポンと叩いて見せる。
健太の態度から、それが嘘やはったりではないことを理解したのだろう。
「ふーん。俺は大剣はあんま好きじゃねえんだが、先輩の土産にはなるか。いいぜ、遊んでいやるよ、一年」
「ありがとうございます」
二年男子の答えに、『戦士の不動心』がオンになっている健太は顔にも声にも表情を表さず、淡々と礼を言った。
正式に『学生決闘』が成立した健太は、決闘場の中心で『金狼木霊剣』を抜いて構えながら、正面に立つ二年生男子を見据える。
現Aランク倶楽部『天上天下』のレギュラー五人の一人。これがどれほどとんでもないことかは、少し考えれば分かるだろう。
今年はまだ倶楽部対抗戦は行われていない。今の倶楽部のランクは去年の最後の倶楽部対抗戦でつけられたものだ。今年の二年は去年の一年。
つまり彼は、去年の三学期、一年の身で『天上天下』のレギュラーとして倶楽部対抗戦に出場し、Aランク――最低でもベスト十六以上――になる戦力となったということだ。
体つきはそこまで大きくはない。背は健太よりは高いが、叶馬ほどはないだろう。制服を着ているのではっきりとは断言できないが、少なくとも制服越しでも分かる程の筋骨隆々といった体型ではない。だが、僅かに覗かせている部分――首や手首などを見れば相当引き締まった筋肉がついていることが見て取れる。
ダンジョンでのレベルアップだけに頼った、土台の体はおざなりにしているタイプではなさそうだ。
健太がそんなことを考えていると、決闘委員が開始の合図を送る。次の瞬間、健太の左肩に銀光が斜めに振り下ろされた。
健太はその銀光を左腕に装着した方形盾で、いつも通り受け流す。
「へえ、ちっとは遊べそうだな」
右手一本で持ったバスタードソードにより斜め袈裟斬りを、音すらほとんどしないほどしなやかに受け流されたことで、二年男子は一瞬の驚きの後、獣が牙をむくように破顔一笑した。
バスタードソードとは、簡単に言えば片手剣より長く、両手剣よりは短い刀身と、両手で持てる長めの柄を持つ剣である。両刃の直刀であることが多いが、絶対ではない。
乱暴な話、一般的な日本刀も無理矢理分類すればバスタードソードになってしまう。日本刀をバスタードソードの仲間と言うのは完全な暴論だが、片手でも両手でも使うことを想定した刀剣、という部分は共通している。
かの有名な宮本武蔵は二刀流として名高いが、それは実際に左右の手に一本ずつ刀を持って戦うというより、どちらの手でも片手で刀を自在に振るえることを重要視したと言われている。
「刀を両手で持つことは、走るに良くなく、密林で良くなく、馬上で良くない」
と両手でしか刀を振るえないことを問題としたらしい。
たとえ両手で扱うことを想定した武器でも、片手で使えるようになっておいた方が柔軟に戦うことができる。それが、左右どちらの手でも可能であればなおさらだ。
その脅威を健太は今、その身で味わっていた。
「チィ! ヘ! キェ!」
右手一本での斬撃は遠くからでも届き、両手で持った攻撃は射程が短くなった代わりに威力が激増し、反撃で健太が振るった『金狼木霊剣』は左に持ち替えたバスタードソードで危うくからめとられかける。
「おう、固てえ、固てえ。どういう『逸脱規格』職だ? えらい落ち着いた防御よりな職だな」
打ち込みながらだんだんギアを上げていき、ほぼ本気になってもなお健太の防御を崩せずにいる二年男子は、心底楽しそうに笑いながらもどこかいぶかし気にそう尋ねる。
「『騎士』です」
流石に通じないだろうな、と思いながらも健太は表向き押し通すつもりの職を告げる。当たり前だが、返ってきたのは怒声にも似たツッコミだった。
「ぼけ! 『武闘士』の攻撃完封する『騎士』がいるか!」
『武闘士』は『戦士』系の第三段階職。しかも、この二年男子は五月初期の二年でありながら、なり立ての第三段階職ではない。限りなく第四段階職に近い第三段階職だ。
第二段階職に過ぎない『騎士』が対抗できる相手ではない。むしろ、なり立ての第四段階職を食う側の第三段階職だ。
「やろ、流石にちょっとプライド傷ついたぞ」
そういう言葉とは裏腹に、むしろ「面白いおもちゃを見つけた」書いていそうな生き生きとした笑顔で、二年男子は健太に嵐のような攻撃を加える。
見る者が見れば、学園で教えているどのような流派の剣術でもないことが見て取れるだろう。
足を止めずに良く動きながら、右、左、両手と持ち方に全く頓着せずに無限の変化を見せる斬撃は、離れたところから見れば健太の前方を半球上に覆う斬撃の結界だ。
流石に健太も、その全てを左腕の方形盾だけでは受け流せず、右手に持つ『金狼木霊剣』も防御に使用している。
「おら! 守ってばかりじゃ、あっぶ!?」
調子の取ったところを隙と見て、健太が『金狼木霊剣』で素早い突きを繰り出すが、それも左手一本で持っていたバスタードソードの柄頭でずらされてしまった。
「鬱陶しい戦闘スタイルしていやがる。てめえ、本当に一年か? 年誤魔化してねえか?」
現代日本では有害なほどの天稟に恵まれた彼は、剣を交えた健太に違和感を覚える。
それは、単純な「強い『逸脱規格』職』についた」というだけでは説明がつかない健太の『強さの質』を曲がりなりにも読み取ったからだ。
二年男子が剣を通して健太から感じ取った強さ。それは、真面目に鍛錬と実戦を多数重ねた凡人の強さだ。
去年、まだ一年だった彼が、上級生の一部から感じ取った強さ。「いずれ抜けるが、今は俺より強い」と実感させられる、今はまだ自分より前を走っている、自分よりずっと鈍足のランナーのような存在。
そんな「真面目な凡人」の気配を、健太から感じ取った彼は疑いの余地がない、天稟の持ち主と言える。
才能が感じられない。だが、多大な努力の後が感じられる。結果、今の自分に伍する実力を見せる、後輩。自分の才能と実力を正しく把握している彼には、訳の分からない相手だろう。
「年齢も学年も、そのままです」
「そう、かよ! ちっ!?」
完全に手加減をやめた両手での斬撃を、健太の方形盾を装着した左腕一本ではじき返された二年男子は、さらに顔色を変える。
完全に手加減をやめたことで、実感した。少なくとも、単純な身体能力では自分が格下である、と。
「おいおい。これはかなりプライド傷ついたぞ」
確実に、『逸脱規格』職だと、確信を抱いた二年男子が意識を遊びから戦闘に切り替えたその時だった。
「それまで! 挑戦者の勝利!」
白い頭巾をかぶった決闘委員が、一瞬で二人の間に割って入り、そう高らかに健太の勝利を告げる。
「ああんっ?」
やっと身体が温まってきたところで敗北を告げられた二年男子は狂暴な表情で決闘委員を睨みつけるが、決闘委員は毛ほども動じず、説明する。
「挑戦者の希望は、受諾者が「本来の『学生決闘』相手を待つこと」だ。その勝利の賭け品の条件を満たしてしまった。そのため、変則だがこの『学生決闘』は挑戦者の勝利となる」
決闘委員の言葉に、健太が視線を横に向けると、そこにはヒゲメガネを装着して腕組をしてこちらを見ている叶馬と、その隣で長い黒髪を自分の汗で濡らしている静香の姿があった。
「健太が勝ったら、叶馬が来るまで待つ」
こうして、叶馬が来てしまった以上、この『学生決闘』を継続する理由がない。勝ったら賭け品が手に入るのではなく、賭け品が手に入ってしまったから勝ったことにする。決闘委員が言う通り、かなり変則な形だがこれは健太の勝利であることは、その二年男子にも理解できた。
「あー、そういや本来の相手は違ったんだったか。おい、お前。こっちは体があったまってるからな。せめてこいつと同じくらいにやれねえと瞬殺になるぞ」
バスタードソードでトントンと肩を叩きながらそう忠告する二年男子に、叶馬は丸まった髭をしごきながら、
「ご期待にそえるよう、努力します」
とウキウキ声で答えた。
そこからの流れは、健太が知る原作通りだった。
バスタードソードを持つ二年男子と、鉈剣を持つ叶馬は、物理的に火花を散らす激しい戦闘を繰り広げた。その結果、最初に音を上げたのは二年男子でも叶馬でもなく、叶馬が持つ鉈剣だった。
無理もあるまい。叶馬の鉈剣は、ゴブリンのドロップ品を『匠工房』が打ち直した品。蜜柑たちの腕によって元々のゴブリン装備とは一線を画する性能になっているが、流石にAランク倶楽部のレギュラーが愛用しているマジックアイテムといつまでも打ち合えるほど耐久性はない。
そして、叶馬の武器が破損したことで、二年男子が「俺の負けだ」と宣言するのも原作通りだ。その後、すっかり楽しくなった叶馬が「予備の武器があります」と戦闘の継続を申し出るところまで一緒だったのだから、無事原作の流れに戻すことが出来たと考えて良いだろう。
健太と叶馬。形の上では二連敗した二年男子は、二連戦したというのに息も切らさず、楽しげに笑う。
「ったく、今年の一年はおもしれ―奴揃ってるな。どうだ、お前ら。うちに来ねえか? 俺が推薦してやるぜ」
基本、入部希望者を選ぶ立場のAランク倶楽部からの誘い。だが、原作を知っている健太はもちろん、叶馬も答えは決まっている。
「ありがたいお言葉ですが」
「光栄ですが、すでに一国一城の主ですので」
二人に揃って振られたが、特に気にする様子もない。
「そうか。ま、気が変わった部室まで来な。あー、確かイチゴ、だったか? 随分長く放置しちまったな。これからはそのハゲヅラとヒゲメガネに可愛がってもらえ」
そう言ってバスタードソードで肩をトントンと叩きながら、二年男子は屋上から姿を消すのだった。