※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第八十二話 初めての麻鷺荘、弟子入りの約束

 

 

「本日を持ちまして、無事全員の問題がクリアされました。最後は少し怪しかったみたいだけど」

 

 そう言ってジト目攻撃を繰り出す凛子(りんこ)に、自覚のある叶馬(とうま)は露骨に視線を逸らす。

 

「あはは、まあまあリンゴちゃん」

 

 蜜柑(みかん)もなんとか叶馬(とうま)をフォローしようとしているが、一歩間違えれば不戦敗だったという事実の前には有効な弁護は難しい。

 

「うっわーもう終わったんだ? 一日一人以上のペースじゃん。叶馬(とうま)君一人で? 健くんも?」

 

 座っているパイプ椅子をギコギコ鳴らしながらこちらを見る麻衣(まい)の問いに、健太(けんた)は首を横に振って否定する。

 

「俺はほぼノータッチだよ。今日ちょっとだけ手伝ったけど」

 

「まあ、ヒゲメガネアンチスレでも、今日は新情報は上がってなかったな。今日のところは穏やかに進んだ、のか?」

 

 一生懸命良いとこ探しをしている誠一(せいいち)には気の毒だが、それは違う。

 今日アンチスレに新情報が上がっていないのは、叶馬(とうま)の活躍が穏やかだったからではない。

 単に今日の対戦相手が、二人とも負けを引きずってスレに愚痴や恨み節の書き込みをするような人種ではなかっただけである。

 むしろ、一日のうちに第三段階の戦闘職(しかも一人はAランク倶楽部のレギュラー)二人に勝利しているのだから、ド派手に暴れていると言っても過言ではない。

 

「私の段取りが悪く、危ういところもありましたが、結果はこれで公式のパートナー契約で縛られている方はいなくなりました。以後は、紳士、バディの活躍も減るかと」

 

 なぜか着席せず、叶馬(とうま)の斜め後ろに立つ静香(しずか)はそう告げる。

 

 寮生の静香(しずか)が立っているのに、部外者の自分が着席しているという事実に、健太(けんた)は少し居心地の悪さを覚える。

 

 ここは麻鷺荘のミーティングルーム。

 白鶴荘から転寮して麻鷺荘の寮生となっている静香(しずか)麻衣(まい)、その公式パートナーである叶馬(とうま)誠一(せいいち)はともかく、健太(けんた)がこの場にいるのは公式の校則にも、その外側に存在する不文律にも反している。

 

 そんな健太(けんた)がなぜこの場にいるかと言うと、市湖(いちこ)を賭けた『学生決闘(メンズ―ア)』騒ぎの後、「さすがにお礼がしたい」と静香(しずか)市湖(いちこ)に言われたからだ。

 一見すると性風俗、倫理観が吹き飛んでいるように見える豊葦原学園だが、公式には男子寮、女子寮はそれぞれ女人禁制、男子禁制になっている。

 しかし不文律として、寮生が招いた場合は入って良いことになっているし、その寮にパートナーがいれば異性でも泊まり込みオーケーとなっている。

 だから、静香(しずか)市湖(いちこ)に招かれた健太(けんた)が麻鷺荘に足を踏み入れるのはそこまで悪いことではないのだが、健太(けんた)のパートナーが籍を置いている白鶴荘とは勝手が違う。他の寮生に恐怖や警戒心を抱かせない様に、気を配るべきだ。健太(けんた)のその考えは学園男子としてはかなり異端なのだが、それを自覚しても健太(けんた)が変わることはない。

 

 とくにここ麻鷺荘は、原作で叶馬(とうま)一行の拠点となる場所だ。麻鷺荘の女子に嫌われて、出入りしづらくなるのは拙い。

 

 そう考えて、いっそう(たたず)まいを正した健太(けんた)がちらりと視線を向けたのは、この場にいる唯一初対面の女子だ。だが健太(けんた)は、彼女が何者であるか原作小説で知っている。

 そんな健太(けんた)の視線を感じたのか、それまでずっと沈黙を保っていたその女子が口を開く。

 

「随分と元気の良い新入生ね。一応、寮の不文律を犯すような馬鹿じゃないみたいだから、今までは干渉しなかったけど」

 

 そう言ってその二年女子はジロリと叶馬(とうま)誠一(せいいち)、そして健太(けんた)の三人を睨む。

 

 原作で彼女のことを知っている健太(けんた)、事前の情報収集で同じく知っている誠一(せいいち)に対し、叶馬(とうま)は無表情ながら見る者が見れば明らかに「誰?」と書いてあることが分かる表情を浮かべている。

 

「麻鷺荘、姉妹(ソロリティ)の代表。乙葉(おとは)よ」

 

 なんとなく叶馬(とうま)の態度から自分が認知されていないことを察した二年女子――乙葉(おとは)はそう簡単に自己紹介をする。

 

「これはご丁寧に。一年(ひのえ)組、叶馬(とうま)です」

 

 いつも通り狂暴そうな雰囲気とは相反する丁寧なあいさつを返す叶馬(とうま)だが、乙葉(おとは)が言っている内容をほとんど理解していないのもまたいつも通りだ。

 

魂魄結晶(ソルデバイス)』で繋がっている静香(しずか)はそれを理解して、簡単に説明する。

 

 姉妹(ソロリティ)(男子寮の場合兄弟(ファタニティ))とは寮の自治、自衛組織であること。寮生は強制的に全員参加であること。姉妹(ソロリティ)の代表とはつまり寮長であることなど、普通は入寮初日に知らされる情報を、叶馬(とうま)は改めてこの場で静香(しずか)から教えて貰う。

 

「なるほど」

 

 無表情で頷く叶馬(とうま)を横目に、健太(けんた)は改めて乙葉(おとは)を見る。

 乙葉(おとは)は目つきの鋭い、一見するといかにも「出来る女」風の美女だ。女子としては背も高く、長い栗色の髪をアップにして三つ編み上に編み込み、邪魔にならないようにまとめている。

 実際、五月初頭の二年女子が『戦士(ファイター)』系第二段階職の『騎士(ナイト)』、しかもレベル10以上になっているのだから、普通科女子としては「出来る女」であることは間違いない。

 

 それ以上に、叶馬(とうま)が抱いた「クッコロさん」という印象がズバリそのまま乙葉(おとは)を表しているが。

 

「だから、寮長として男子の行き過ぎた行為は見過ごせないの。叶馬(とうま)くんと誠一(せいいち)くん。特に叶馬(とうま)くんはもう何日ここに泊まってるの?」

 

 そう言って、麻鷺荘の寮長である乙葉(おとは)はきつめの目つきをさらに尖らせて、男子三人(主に叶馬(とうま))を睨む。

 

「む」

 

 変なところで常識とルールを重視する(こともある)叶馬(とうま)は、元から「これは流石に非常識ではあるまいか?」と思っていたこともあり、反論できずにいる。恐らく、「以後、叶馬(とうま)は麻鷺荘に立ち入り禁止」と言われれば、「承知した」と素直に頭を下げるであろう。

 そのことを察した静香(しずか)は、座っている叶馬(とうま)の斜め後ろから、

 

叶馬(とうま)さん。ここは私が」

 

 と助け船(に見せかけた誘拐船)を出す。

 

「任せる」

 

 叶馬(とうま)は即座にその船に飛び乗った。

 叶馬(とうま)の許可を得た静香(しずか)は口元に笑みを浮かべると、誇らしげにその学園基準でも豊かな胸を張り、口を開く。

 

「それではこの場は、叶馬(とうま)さんのパートナー筆頭として。私が議事進行を務めさせていただきます」

 

「わっはー、静香(しずか)。攻め攻めじゃん」

 

 明確にマウントを取りにいく静香(しずか)の切り出しに、部外者に近い立場の麻衣(まい)はケラケラ笑って冷やかす。静香(しずか)はそんな麻衣(まい)の笑い声に一切反応を示さずに淡々と説明を続ける。

 

「不文律として、女子寮にパートナーがいてそのパートナーが男子を招いている場合、男子の女子寮泊まりは黙認されることになっているはずです。叶馬(とうま)さんの場合、多少パートナーが多いので泊まる頻度が高くなってしまうのは必然かと」

 

 ダンジョンダイブで精力、性欲が高まっているのは男子に限らない。そのため、上手くいっている男女の場合、セックスを求めるのは必ずしも男子側だけに限った話ではない。それが、男子一人対女子複数のパートナー契約を結んでいれば、必然的に男子はより長く女子寮に泊まり込むことになる、と静香(しずか)は主張する。

 

 昨日の時点でもすでに、ここ麻鷺荘には、静香(しずか)沙姫(さき)海春(みはる)夏海(なつみ)の一年女子四人に、『匠工房(アデプトワーカーズ)』の二年女子、(あんず)を加えた五人の叶馬(とうま)のパーティーが在籍している。

 

「…‥まあ、叶馬(とうま)くんが一方的に関係を強いているわけじゃないことは、理解してるけど」

 

 渋々ながらも乙葉(おとは)は、そう静香(しずか)の主張を一部認める。

 麻鷺荘はエントリークラスの寮の中でも下から数えられるくらいの不人気寮だ。当然、建物の防音性などないに等しい。そのため、ゴールデンウィーク中、叶馬(とうま)とパートナー女子が繰り出すセックスの音声は、特に聞く気がなくとも他の寮生たちに聞こえていた。

 それを聞けば、叶馬(とうま)と女子パートナー達の関係が、双方の同意と好意で結ばれたものであることは分かる。

 

「さらに、本日を持ちまして『匠工房(アデプトワーカーズ)』の皆さんも全員、無事叶馬(とうま)さんのパートナーとなりました。こちらがその証拠です」

 

 そう言って静香(しずか)乙葉(おとは)が座る机の上に、ジャラジャラと小さな金属製の物を並べる。

 それは、公式パートナーを示すピンバッチだ。一見しただけでは何個あるのか分からないそれは、全て叶馬(とうま)のパートナーバッチである。パートナーバッチは男女で同じバッチが配布されるのだが、なぜか叶馬(とうま)が所有するはずの男子側のバッチを静香(しずか)が全部管理している。

 

 無表情ながら、額に汗を流している叶馬(とうま)の様子を見るに、叶馬(とうま)蜜柑(みかん)達全員が自分の公式パートナーになっていることも今初めて知ったらしい。

 

「すべて私にお任せください」「分かった、任せる」

 

 という会話を静香(しずか)と交わした後、静香(しずか)の言う通り静香(しずか)が差し出す書類に片っ端からサインをしてきた成果だ。

 現時点で叶馬(とうま)は、静香(しずか)沙姫(さき)海春(みはる)夏海(なつみ)に『匠工房(アデプトワーカーズ)』の二年女子十二人を加え、合計十六人のパートナーがいることになる。

 

 健太(けんた)が念のため、蜜柑(みかん)凛子(りんこ)の様子を見ると、確かに二人が制服の襟に付けているピンバッチは、今乙葉(おとは)の前に並んでいる十数個のピンバッチと同じものだった。

 

「わあ。確かパートナーバッチって女子は襟、男子はネクタイにつけるのが主流なんだよね? 叶馬(とうま)くん、これ全部ネクタイにつけるの? 修行? 首を鍛える修行? 馬鹿みたい」

 

「えっと、叶馬(とうま)君? 顔色が悪いけど、大丈夫?」

 

 ゲラゲラ笑いながら叶馬(とうま)を罵倒する麻衣(まい)とは対照的に、蜜柑(みかん)は無表情のまま顔色を失って脂汗を流す叶馬(とうま)を下からのぞきこみながら、そう言って気遣う。

 

「ありがとうございます、大丈夫です」

 

 『匠工房(アデプトワーカーズ)』二年女子十人のうち、叶馬(とうま)が自覚していたのは、『学生決闘(メンズ―ア)』で奪い取った凛子(りんこ)のパートナー権だけだ。それ以外は、今日の『学生決闘(メンズ―ア)』で勝ち取った市湖(いちこ)ともう一人のパートナー権も、その手の手続きは全て静香(しずか)に丸投げして、言われるがままにサインだけしていたため、現状を把握したのは今だった。

 

 同一男子のパートナーであることを意味する、同じデザインのパートナーバッチ十数個を目の当たりにした乙葉(おとは)は、軽蔑を隠さない視線と声で告げる。

 

「定期的にはやるのよね。パートナの数比べ。やるのは普通上級生のハイランカーだけど。女子をコレクションアイテムにして数を自慢するって、最低だと思うけど」

 

叶馬(とうま)さんをそんな低俗な人たちと一緒にしないでください! 叶馬(とうま)さんにとってパートナーとは純粋にエッチがしたい、好意を抱いている女性です。実際、毎日のようにエッチをする相手ですし、これでもまだこちら側の数に不安があるくらいです」

 

「え? この人数で? 本当に? 化け物?」

 

 静香(しずか)の強い反論に、完全に引いた乙葉(おとは)はガタガタと音を手てて座っているパイプ椅子ごと、叶馬(とうま)から距離を取る。

 

「……心外だ」

 

 むっつりと反論を唱える叶馬(とうま)に、健太(けんた)は苦笑しながら一応、フォローの声を上げる。

 

乙葉(おとは)先輩。静香(しずか)さんの言っていることもまあ、間違ってはいませんが、叶馬(とうま)は基本同意のない女子に手を出すことはありませんよ。学園の基準では相当マシな部類の男子だと思います」

 

 健太(けんた)の言葉は事実だが、あいにく健太(けんた)の言葉ではあまり乙葉(おとは)に響かない。

 

「……普通に女子寮に上がり込む男子に言われても、今一説得力がないんだけど」

 

 そう指摘されれば、健太(けんた)としては恐縮するしかない。

 

「すみません。寮生の方々にはご迷惑をおかけしないように努めますので、今後も出入りを許していただければ」

 

 乙葉(おとは)健太(けんた)を警戒するのは当然のことだ。パートナーが寮にいる男子が一人、二人来るのと、その男子がさらに友人の男子を連れてくるのとでは危険度が全く変わる。最初は一人。次に二人。いつの間にか十人となし崩しに増えていけば、いずれ女子寮が男子集団の『遊び場』にされてしまう。

 だから、乙葉(おとは)の言い分は当然と思う健太(けんた)だが、同時に麻鷺荘に出入りできなくなるのは、まずいと考える。

 

「今日は静香(しずか)ちゃんが招いたみたいだから、目こぼしするけど、健太(けんた)くんはうちにパートナーもいないでしょ。一年がこの時期から女子寮に入り浸ることに慣れたら、学園生活ろくでもない方向になるわよ」

 

 女子とのセックスに嵌るのは、男子がエンジョイ勢に転ぶ大要員の一つだ。ダンジョン勢が順調にレベルアップを重ねて、性欲、精力が増大した結果、セックスを頻繁にするようになるのとでは、似ているようで異なる。

 

「はい、ありがとうございます。今後も、こちらに来るときは手続きを踏みますので」

 

 そう言って健太(けんた)は小さく頭を下げてた。

 健太(けんた)の言葉と態度から、少し落ち着きを見せた乙葉(おとは)だったが、それを静香(しずか)が混ぜ返す。

 

「残念ですね。乙葉(おとは)先輩が叶馬(とうま)さんと関係を結んで頂ければ、あとはなし崩し的に麻鷺荘を丸ごと叶馬(とうま)さんのハーレムに出来ると思ったのですが」

 

蜜柑(みかん)ちゃん、凛子(りんこ)! この子ヤバい!」

 

 小首を傾げて物騒なことを本気で言う静香(しずか)に、乙葉(おとは)が悲鳴を上げる。

 

「う、うん。静ちゃんは叶馬(とうま)くんのためならえんやこりゃだから」

 

乙葉(おとは)がこっちに来るなら大歓迎かな。試しに乙葉(おとは)叶馬(とうま)くんに一度抱かれてみる? 価値観一変するんじゃないかな」

 

 蜜柑(みかん)凛子(りんこ)の言葉に、乙葉(おとは)は顔を引きつらせる。

 実際、叶馬(とうま)とのセックスは劇薬だ。通常は墜とせないとされている『娼婦(ニンフ)』ですら、一日で墜としてしまう叶馬(とうま)の『隷属』は、学園で一般的に思われている隷属とは次元が違う。

 本当に、「叶馬(とうま)のモノ」にされてしまうのだ。ただし、叶馬(とうま)の場合、隷属させた女子の言動を縛るような命令をほとんど飛ばすことがないので、外から見ると変化が分かりづらいのだが。

 

 声色と表情から、凜子の言っていることが事実と分かったのだろう。

 

「駄目! やっぱり駄目! 叶馬(とうま)くんは出入り禁止!」

 

 乙葉(おとは)は防衛本能を刺激されたのか、絶叫するような大声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の流れは、健太(けんた)が覚えている限りではほぼ原作の通りだった。

 叶馬(とうま)の出入り禁止に関してはひとまずうやむやのまま、凛子(りんこ)が本命の交渉「麻鷺荘のミーティングルーム(ここのことだ)を、倶楽部の仮部室として使わせてくれ」と言い、乙葉(おとは)が「そんなことをしなくても『匠工房(アデプトワーカーズ)』は部室を持っているだろう」と返し、それに対し凛子(りんこ)があっさりと「『匠工房(アデプトワーカーズ)』は解散した。全員で叶馬(とうま)くんの倶楽部に入れてもらう」と返した。

 

 その言葉に、青天の霹靂と言わんばかりの驚きを見せたのは、乙葉(おとは)叶馬(とうま)だ。

 乙葉(おとは)が驚くのは当たり前だが、叶馬(とうま)が同じくらいに驚いているところに、「すべて私にお任せください」「うむ、任せた」の言質から、どれだけ静香(しずか)が暴走したかが分かる。

 

 乙葉(おとは)にとって、蜜柑(みかん)凛子(りんこ)は大切な友人だ。『匠工房(アデプトワーカーズ)』の他の面々も知らない仲ではない。

 その大切な友人たちを託すに足るだけの腕があるのか?

 

 さらに静香(しずか)が、ミーティングルームを借りる代償として「私達も寮の守衛隊に参加します」と言ったことから乙葉(おとは)は、

 

「そこまで言うなら確かめてあげる。中庭に出なさい」

 

 という流れになった。

 もはやわざとやっているのではないか、と思えるほどのクッコロ展開である。

 そうして乙葉(おとは)を先頭に、ミーティングルームにいた一行の大半が中庭に向ったところ、静香(しずか)市湖(いちこ)に呼び止められた健太(けんた)は、ミーティングルームに残っていた。

 

 三人だけになったところで、改めて静香(しずか)市湖(いちこ)健太(けんた)に向って頭を下げる。

 

「改めて、健太(けんた)さん。今日は本当にありがとうございました」

 

「ごめんなさい、健太(けんた)くん。私のせいで君にまで迷惑をかけてしまって」

 

 日頃から卑屈なことを言いがちで腰が低い市湖(いちこ)はともかく、魂魄結晶(ソルデバイス)叶馬(とうま)の手に融合してからは、叶馬(とうま)以外に対しては超然とした態度が普通になっていた静香(しずか)も、今は驚くほど低姿勢だ。

 

「大したことじゃないよ。大事にならなくてよかった。市湖(いちこ)先輩も本当に気にしないでください。

 叶馬(とうま)と付き合う以上、これくらいは覚悟していますから」

 

 そう言って、健太(けんた)は苦笑する。今の健太(けんた)は『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオフになっている状態だ。そんな素の状態でも、これくらいのことを言えるくらいに、健太(けんた)も根性が座ってきている。

 

「まあ、静香(しずか)さんはこれで叶馬(とうま)を操作する怖さを、多少は実感できたなら良いんじゃないかな」

 

 市湖(いちこ)にはひたすら慰めの言葉をかける健太(けんた)だが、静香(しずか)には一応釘を刺しておくことも忘れない。

 今回の叶馬(とうま)の遅刻問題は、遊び過ぎた叶馬(とうま)が主原因ではあるが、根本原因は二つの『学生決闘(メンズ―ア)』を同じ日に入れてしまった静香(しずか)のマネジメントにあったとも言える。

 

 それは静香(しずか)自身も自覚していたのだろう。

 

「はい。痛感しました。叶馬(とうま)さんが絡むときは、もっと余裕を持って安全マージンを取らなければなりませんね」

 

 実感の籠ったため息をつく静香(しずか)だったが、その言葉に健太(けんた)は内心で首を傾げる。

 

 叶馬(とうま)を相手に「安全マージンを多めに取る」とに意味があるとは思えない。

 叶馬(とうま)の気が向けば、地球の裏側まで距離を取っていても巻き込まれるのではないか。

 何処なら安全、こうすれば事前に回避できるという問題ではない。

 叶馬(とうま)相手に事前に出来ることは「巻き込まれる覚悟を決めること」のみ。

 後は叶馬(とうま)が起こしたトンチキに、事後対処するしかない。健太(けんた)はそう達観している。

 

 しかし、そんな悲観的な予想をあえて今静香(しずか)に突き付ける必要もあるまい。

 

「とにかく、今回は俺がフォローできる範囲で良かったよ」

 

 健太(けんた)の人が好い答えに、静香(しずか)市湖(いちこ)は揃って殊勝な表情で佇まいを正す。

 

「それが本心からのお言葉だとしても、流石に今回の一件を、口先だけの礼で済ませるのは、逆に人間関係を不健全にしてしまいます。

 何らかの形で埋め合わせをしたいのですが、なにか希望することはございますか?」

 

「出来るだけのことはするわ」

 

 静香(しずか)市湖(いちこ)の言葉は、それなりに重い。

 この学園で女子が男子にここまで言えば、「好きなだけセックスをさせる」くらいはあり得る話どころか、マストとさえ言えるだろう。

 

 もっとも市湖(いちこ)はともかく、静香(しずか)健太(けんた)の(学園では特異な)価値観も、叶馬(とうま)との関係も理解しているため、健太(けんた)からその手の要望が出ないことも予想できているだろうが。

 

 実際、健太(けんた)の脳裏に静香(しずか)市湖(いちこ)肢体(からだ)を要求するという考えは毛ほども存在していなかった。

 確かに健太(けんた)の女の好みからすると静香(しずか)は一年(ひのえ)組の中でダントツ一番((みどり)先生を除く)だし、市湖(いちこ)は『匠工房(アデプトワーカーズ)』の面々の中では凛子(りんこ)桃花(とうか)に次ぐ好みのタイプだが、叶馬(とうま)のパートナーに手を出すほど健太(けんた)は命知らずではない。

 

 元々、屋上で「お礼がしたい」と言われた時から、健太(けんた)市湖(いちこ)に求めることは決めていた。

 

「それでしたら、ご相談があるのですが、俺が倶楽部が作ったことは知ってますよね? ただ、うちの倶楽部、『職人(クラフター)』がいないんです」

 

 健太(けんた)の倶楽部『安息所(メイトガード)』は、現時点で戦士(ファイター)系が三人(健太(けんた)来斗(らいと)風音(かざね))、盗賊(シーフ)系が二人(霊王(れお)珠貴(たまき))、術士(マギ)系が二人(尚典(なおふみ)幸子(さちこ))、文官(オフィサー)系が二人((らん)実咲(みさ))、遊び人(ニート)系が二人(竹海(たけみ)空亜(あくあ))の合計十一人。

 基本六職のうち、職人(クラフター)系だけがぽっかりと空いている。

 

「ええ。だから、健太(けんた)くんの装備は蜜柑(みかん)たちが引き受けることになっているわ。だから、これは今更お礼にはならないわよ」

 

 釘を刺す様にそう言う市湖(いちこ)に、健太(けんた)は小さく首肯する。

 

「はい。それは分かっています。ただ、俺も倶楽部にもいずれ『職人(クラフター)』は加えるつもりなんです。枠はまだまだ余ってますし、本格的にダンジョンアタックをするなら、自倶楽部に『職人(クラフター)』は絶対必要ですから」

 

 外部に頼もしい職人(クラフター)の伝手があっても、自分の倶楽部に職人(クラフター)が不要とはならない。

 原作でも描写されていていたが、『羅城門(らしょうもん)』ダンジョンは地下ニ十階層を超えた先では、職人(クラフター)のスキルで足場を整えたり、環境を整えたりしなければ、攻略が恐ろしく難しいポイントがあるとされていた。

 さらに言えば、上級倶楽部を目指すならば、倶楽部でのレイドクエスト攻略はマストだ。数時間で強制ログアウトされる通常のダンジョンダイブと違い、レイドクエストは内部で数日から長ければ一カ月前後過ごすことになる。当然、装備は破損する。レイドに装備の修繕が可能な人材がいなければ、高確率で詰む。

 

 だから、ダンジョン勢を目指す以上、職人(クラフター)を倶楽部に加えたいという健太(けんた)の主張は筋が通っている。

 

「それならやっぱり、私たちの何人かがそっちに移籍する?」

 

 意外と悪くなさそうな表情で以前に断った提案を蒸し返す市湖(いちこ)に、健太(けんた)は大慌てで首をブンブン横に振る。

 

「いえいえいえ、それは以前に断ったはずです。『匠工房(アデプトワーカーズ)』は絶対に離れない方が良いです。

 俺が言いたいのは、いずれ俺の倶楽部にも『職人(クラフター)』を加える。でも、その『職人(クラフター)』はどう楽観的に考えても『匠工房(アデプトワーカーズ)』の皆さんレベルではない、ということです」

 

匠工房(アデプトワーカーズ)』のメンバーは、今日までよくぞハイランク倶楽部に取り込まれずに残っていた。と驚嘆するほど、天才、鬼才の集団である。

 

「だから、将来俺の倶楽部の職人(クラフター)を、市湖(いちこ)先輩が指導してくれませんか。それが、今回のお礼ということで」

 

 健太(けんた)の提案に、市湖(いちこ)は小首を傾げる。

 

「え? 私? まあ、構わないけれど、それなら蜜柑(みかん)(あんず)の方が良いじゃないかしら?」

 

 市湖(いちこ)は『彫金士(ホワイトスミス)』だ。特殊効果を持った装飾品を作成できる『彫金士(ホワイトスミス)』もそこまで不人気ではないが、やはり一番人気は武器、防具制作の王道である金属製武具を扱う『鍛冶士(ブラックスミス)』か、主に防具に力を発揮する革製品と布製品のスペシャリストである『裁縫士(ドレスメーカー)』だろう。

 

 だが、健太(けんた)はきっぱりと否定する。

 

「いえ。市湖(いちこ)先輩にお願いします。もちろん、蜜柑(みかん)先輩や(あんず)先輩の手ほどきも受けられたら良いですけど、この話のメインは市湖(いちこ)先輩ですから」

 

 そう言われれば、市湖(いちこ)としても断る筋合いはない。

 

「分かったわ。私で良いなら、出来る限りのことは教えてあげる」

 

「よろしくお願いします」

 

 嬉しそうに頭を下げる健太(けんた)の様子を隣で見ていた静香(しずか)は、小さな違和感を抱く。

 今の健太(けんた)の様子は、まるで「自分が市湖(いちこ)に弟子入りする」ような態度だ。

 もし、その疑問を静香(しずか)が内に秘めずに口にしていたら、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしていない健太(けんた)では、さぞかし慌てふためいたことだろう。

 

 なにせ、その疑問はズバリ正鵠を射ている。

 

 健太(けんた)が「いずれ自分の倶楽部に『職人(クラフター)』を入れたい」と言ったのは本当だ。「自分の倶楽部の職人(クラフター)に、市湖(いちこ)が指導して欲しい」と言うのも嘘ではない。

 ただし、前者の『職人(クラフター)』と後者『職人(クラフター)』はイコールではない。前者はまだどこの誰ともつかない可能性の存在なのにして、後者は「『職人(クラフター)』でもある健太(けんた)自身」のことである。

 

 

職人(クラフター)』系の第二段階職として、健太(けんた)が転職可能になっているのは、『鍛冶士(ブラックスミス)』『彫金士(ホワイトスミス)』『素材製造士(マテリアルメーカー)』の三つ。

 その中でも『彫金士(ホワイトスミス)』は、『術士(マギ)』系の『文字魔術士(ルーンウィザード)』を使いこなすために、大いに役立つと健太(けんた)は予想している。だから、『彫金士(ホワイトスミス)』のクラスは他人に任せず、自分が使いこなせるようになるべきだと健太(けんた)は考えている。

 

 今はまだ、健太(けんた)の秘密(複数の職を重ねられる)を打ち明けられるタイミングではないため、半ばだまし討ちのような形での約束になるが、いずれはその辺りについても、明かすことになると健太(けんた)は想定している。

 

「では、市湖(いちこ)先輩はそれでよいとして、私はどうしましょうか?」

 

 静香(しずか)がそう尋ねるが、健太(けんた)としても現時点で静香(しずか)に頼みたいことは、あまりない。正確に言えば、静香(しずか)の能力を考えればやって欲しいことはあるのだが、静香(しずか)に頼むというのはイコール叶馬(とうま)に筒抜けになるということだ。静香(しずか)自身も叶馬(とうま)も、下手に情報を増やしたり、お願いをしたりしたら、どういう予想外の結果を導くか分からない存在だ。

 あまり、安易に頼み事はしづらい。

 だから、健太は「多分無理だろうな」と思いつつも、出来ればかなえて欲しい願いを口にする。

 

「それなら、ロズスクで権汰(けんた)の登場シーンを減らしてもらうというのは」

 

「すみません。その願いは、私の力を超えています」

 

 詳細が市湖(いちこ)に聞こえないよう、小声で放った健太(けんた)のお願いに静香(しずか)は目を伏せると、全く悪びれずにそう答えるのだった。

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