「本日を持ちまして、無事全員の問題がクリアされました。最後は少し怪しかったみたいだけど」
そう言ってジト目攻撃を繰り出す凛子に、自覚のある叶馬は露骨に視線を逸らす。
「あはは、まあまあリンゴちゃん」
蜜柑もなんとか叶馬をフォローしようとしているが、一歩間違えれば不戦敗だったという事実の前には有効な弁護は難しい。
「うっわーもう終わったんだ? 一日一人以上のペースじゃん。叶馬君一人で? 健くんも?」
座っているパイプ椅子をギコギコ鳴らしながらこちらを見る麻衣の問いに、健太は首を横に振って否定する。
「俺はほぼノータッチだよ。今日ちょっとだけ手伝ったけど」
「まあ、ヒゲメガネアンチスレでも、今日は新情報は上がってなかったな。今日のところは穏やかに進んだ、のか?」
一生懸命良いとこ探しをしている誠一には気の毒だが、それは違う。
今日アンチスレに新情報が上がっていないのは、叶馬の活躍が穏やかだったからではない。
単に今日の対戦相手が、二人とも負けを引きずってスレに愚痴や恨み節の書き込みをするような人種ではなかっただけである。
むしろ、一日のうちに第三段階の戦闘職(しかも一人はAランク倶楽部のレギュラー)二人に勝利しているのだから、ド派手に暴れていると言っても過言ではない。
「私の段取りが悪く、危ういところもありましたが、結果はこれで公式のパートナー契約で縛られている方はいなくなりました。以後は、紳士、バディの活躍も減るかと」
なぜか着席せず、叶馬の斜め後ろに立つ静香はそう告げる。
寮生の静香が立っているのに、部外者の自分が着席しているという事実に、健太は少し居心地の悪さを覚える。
ここは麻鷺荘のミーティングルーム。
白鶴荘から転寮して麻鷺荘の寮生となっている静香と麻衣、その公式パートナーである叶馬と誠一はともかく、健太がこの場にいるのは公式の校則にも、その外側に存在する不文律にも反している。
そんな健太がなぜこの場にいるかと言うと、市湖を賭けた『学生決闘』騒ぎの後、「さすがにお礼がしたい」と静香と市湖に言われたからだ。
一見すると性風俗、倫理観が吹き飛んでいるように見える豊葦原学園だが、公式には男子寮、女子寮はそれぞれ女人禁制、男子禁制になっている。
しかし不文律として、寮生が招いた場合は入って良いことになっているし、その寮にパートナーがいれば異性でも泊まり込みオーケーとなっている。
だから、静香と市湖に招かれた健太が麻鷺荘に足を踏み入れるのはそこまで悪いことではないのだが、健太のパートナーが籍を置いている白鶴荘とは勝手が違う。他の寮生に恐怖や警戒心を抱かせない様に、気を配るべきだ。健太のその考えは学園男子としてはかなり異端なのだが、それを自覚しても健太が変わることはない。
とくにここ麻鷺荘は、原作で叶馬一行の拠点となる場所だ。麻鷺荘の女子に嫌われて、出入りしづらくなるのは拙い。
そう考えて、いっそう佇まいを正した健太がちらりと視線を向けたのは、この場にいる唯一初対面の女子だ。だが健太は、彼女が何者であるか原作小説で知っている。
そんな健太の視線を感じたのか、それまでずっと沈黙を保っていたその女子が口を開く。
「随分と元気の良い新入生ね。一応、寮の不文律を犯すような馬鹿じゃないみたいだから、今までは干渉しなかったけど」
そう言ってその二年女子はジロリと叶馬、誠一、そして健太の三人を睨む。
原作で彼女のことを知っている健太、事前の情報収集で同じく知っている誠一に対し、叶馬は無表情ながら見る者が見れば明らかに「誰?」と書いてあることが分かる表情を浮かべている。
「麻鷺荘、姉妹の代表。乙葉よ」
なんとなく叶馬の態度から自分が認知されていないことを察した二年女子――乙葉はそう簡単に自己紹介をする。
「これはご丁寧に。一年丙組、叶馬です」
いつも通り狂暴そうな雰囲気とは相反する丁寧なあいさつを返す叶馬だが、乙葉が言っている内容をほとんど理解していないのもまたいつも通りだ。
『魂魄結晶』で繋がっている静香はそれを理解して、簡単に説明する。
姉妹(男子寮の場合兄弟)とは寮の自治、自衛組織であること。寮生は強制的に全員参加であること。姉妹の代表とはつまり寮長であることなど、普通は入寮初日に知らされる情報を、叶馬は改めてこの場で静香から教えて貰う。
「なるほど」
無表情で頷く叶馬を横目に、健太は改めて乙葉を見る。
乙葉は目つきの鋭い、一見するといかにも「出来る女」風の美女だ。女子としては背も高く、長い栗色の髪をアップにして三つ編み上に編み込み、邪魔にならないようにまとめている。
実際、五月初頭の二年女子が『戦士』系第二段階職の『騎士』、しかもレベル10以上になっているのだから、普通科女子としては「出来る女」であることは間違いない。
それ以上に、叶馬が抱いた「クッコロさん」という印象がズバリそのまま乙葉を表しているが。
「だから、寮長として男子の行き過ぎた行為は見過ごせないの。叶馬くんと誠一くん。特に叶馬くんはもう何日ここに泊まってるの?」
そう言って、麻鷺荘の寮長である乙葉はきつめの目つきをさらに尖らせて、男子三人(主に叶馬)を睨む。
「む」
変なところで常識とルールを重視する(こともある)叶馬は、元から「これは流石に非常識ではあるまいか?」と思っていたこともあり、反論できずにいる。恐らく、「以後、叶馬は麻鷺荘に立ち入り禁止」と言われれば、「承知した」と素直に頭を下げるであろう。
そのことを察した静香は、座っている叶馬の斜め後ろから、
「叶馬さん。ここは私が」
と助け船(に見せかけた誘拐船)を出す。
「任せる」
叶馬は即座にその船に飛び乗った。
叶馬の許可を得た静香は口元に笑みを浮かべると、誇らしげにその学園基準でも豊かな胸を張り、口を開く。
「それではこの場は、叶馬さんのパートナー筆頭として。私が議事進行を務めさせていただきます」
「わっはー、静香。攻め攻めじゃん」
明確にマウントを取りにいく静香の切り出しに、部外者に近い立場の麻衣はケラケラ笑って冷やかす。静香はそんな麻衣の笑い声に一切反応を示さずに淡々と説明を続ける。
「不文律として、女子寮にパートナーがいてそのパートナーが男子を招いている場合、男子の女子寮泊まりは黙認されることになっているはずです。叶馬さんの場合、多少パートナーが多いので泊まる頻度が高くなってしまうのは必然かと」
ダンジョンダイブで精力、性欲が高まっているのは男子に限らない。そのため、上手くいっている男女の場合、セックスを求めるのは必ずしも男子側だけに限った話ではない。それが、男子一人対女子複数のパートナー契約を結んでいれば、必然的に男子はより長く女子寮に泊まり込むことになる、と静香は主張する。
昨日の時点でもすでに、ここ麻鷺荘には、静香、沙姫、海春、夏海の一年女子四人に、『匠工房』の二年女子、杏を加えた五人の叶馬のパーティーが在籍している。
「…‥まあ、叶馬くんが一方的に関係を強いているわけじゃないことは、理解してるけど」
渋々ながらも乙葉は、そう静香の主張を一部認める。
麻鷺荘はエントリークラスの寮の中でも下から数えられるくらいの不人気寮だ。当然、建物の防音性などないに等しい。そのため、ゴールデンウィーク中、叶馬とパートナー女子が繰り出すセックスの音声は、特に聞く気がなくとも他の寮生たちに聞こえていた。
それを聞けば、叶馬と女子パートナー達の関係が、双方の同意と好意で結ばれたものであることは分かる。
「さらに、本日を持ちまして『匠工房』の皆さんも全員、無事叶馬さんのパートナーとなりました。こちらがその証拠です」
そう言って静香は乙葉が座る机の上に、ジャラジャラと小さな金属製の物を並べる。
それは、公式パートナーを示すピンバッチだ。一見しただけでは何個あるのか分からないそれは、全て叶馬のパートナーバッチである。パートナーバッチは男女で同じバッチが配布されるのだが、なぜか叶馬が所有するはずの男子側のバッチを静香が全部管理している。
無表情ながら、額に汗を流している叶馬の様子を見るに、叶馬は蜜柑達全員が自分の公式パートナーになっていることも今初めて知ったらしい。
「すべて私にお任せください」「分かった、任せる」
という会話を静香と交わした後、静香の言う通り静香が差し出す書類に片っ端からサインをしてきた成果だ。
現時点で叶馬は、静香、沙姫、海春、夏海に『匠工房』の二年女子十二人を加え、合計十六人のパートナーがいることになる。
健太が念のため、蜜柑と凛子の様子を見ると、確かに二人が制服の襟に付けているピンバッチは、今乙葉の前に並んでいる十数個のピンバッチと同じものだった。
「わあ。確かパートナーバッチって女子は襟、男子はネクタイにつけるのが主流なんだよね? 叶馬くん、これ全部ネクタイにつけるの? 修行? 首を鍛える修行? 馬鹿みたい」
「えっと、叶馬君? 顔色が悪いけど、大丈夫?」
ゲラゲラ笑いながら叶馬を罵倒する麻衣とは対照的に、蜜柑は無表情のまま顔色を失って脂汗を流す叶馬を下からのぞきこみながら、そう言って気遣う。
「ありがとうございます、大丈夫です」
『匠工房』二年女子十人のうち、叶馬が自覚していたのは、『学生決闘』で奪い取った凛子のパートナー権だけだ。それ以外は、今日の『学生決闘』で勝ち取った市湖ともう一人のパートナー権も、その手の手続きは全て静香に丸投げして、言われるがままにサインだけしていたため、現状を把握したのは今だった。
同一男子のパートナーであることを意味する、同じデザインのパートナーバッチ十数個を目の当たりにした乙葉は、軽蔑を隠さない視線と声で告げる。
「定期的にはやるのよね。パートナの数比べ。やるのは普通上級生のハイランカーだけど。女子をコレクションアイテムにして数を自慢するって、最低だと思うけど」
「叶馬さんをそんな低俗な人たちと一緒にしないでください! 叶馬さんにとってパートナーとは純粋にエッチがしたい、好意を抱いている女性です。実際、毎日のようにエッチをする相手ですし、これでもまだこちら側の数に不安があるくらいです」
「え? この人数で? 本当に? 化け物?」
静香の強い反論に、完全に引いた乙葉はガタガタと音を手てて座っているパイプ椅子ごと、叶馬から距離を取る。
「……心外だ」
むっつりと反論を唱える叶馬に、健太は苦笑しながら一応、フォローの声を上げる。
「乙葉先輩。静香さんの言っていることもまあ、間違ってはいませんが、叶馬は基本同意のない女子に手を出すことはありませんよ。学園の基準では相当マシな部類の男子だと思います」
健太の言葉は事実だが、あいにく健太の言葉ではあまり乙葉に響かない。
「……普通に女子寮に上がり込む男子に言われても、今一説得力がないんだけど」
そう指摘されれば、健太としては恐縮するしかない。
「すみません。寮生の方々にはご迷惑をおかけしないように努めますので、今後も出入りを許していただければ」
乙葉が健太を警戒するのは当然のことだ。パートナーが寮にいる男子が一人、二人来るのと、その男子がさらに友人の男子を連れてくるのとでは危険度が全く変わる。最初は一人。次に二人。いつの間にか十人となし崩しに増えていけば、いずれ女子寮が男子集団の『遊び場』にされてしまう。
だから、乙葉の言い分は当然と思う健太だが、同時に麻鷺荘に出入りできなくなるのは、まずいと考える。
「今日は静香ちゃんが招いたみたいだから、目こぼしするけど、健太くんはうちにパートナーもいないでしょ。一年がこの時期から女子寮に入り浸ることに慣れたら、学園生活ろくでもない方向になるわよ」
女子とのセックスに嵌るのは、男子がエンジョイ勢に転ぶ大要員の一つだ。ダンジョン勢が順調にレベルアップを重ねて、性欲、精力が増大した結果、セックスを頻繁にするようになるのとでは、似ているようで異なる。
「はい、ありがとうございます。今後も、こちらに来るときは手続きを踏みますので」
そう言って健太は小さく頭を下げてた。
健太の言葉と態度から、少し落ち着きを見せた乙葉だったが、それを静香が混ぜ返す。
「残念ですね。乙葉先輩が叶馬さんと関係を結んで頂ければ、あとはなし崩し的に麻鷺荘を丸ごと叶馬さんのハーレムに出来ると思ったのですが」
「蜜柑ちゃん、凛子! この子ヤバい!」
小首を傾げて物騒なことを本気で言う静香に、乙葉が悲鳴を上げる。
「う、うん。静ちゃんは叶馬くんのためならえんやこりゃだから」
「乙葉がこっちに来るなら大歓迎かな。試しに乙葉も叶馬くんに一度抱かれてみる? 価値観一変するんじゃないかな」
蜜柑と凛子の言葉に、乙葉は顔を引きつらせる。
実際、叶馬とのセックスは劇薬だ。通常は墜とせないとされている『娼婦』ですら、一日で墜としてしまう叶馬の『隷属』は、学園で一般的に思われている隷属とは次元が違う。
本当に、「叶馬のモノ」にされてしまうのだ。ただし、叶馬の場合、隷属させた女子の言動を縛るような命令をほとんど飛ばすことがないので、外から見ると変化が分かりづらいのだが。
声色と表情から、凜子の言っていることが事実と分かったのだろう。
「駄目! やっぱり駄目! 叶馬くんは出入り禁止!」
乙葉は防衛本能を刺激されたのか、絶叫するような大声を上げるのだった。
その後の流れは、健太が覚えている限りではほぼ原作の通りだった。
叶馬の出入り禁止に関してはひとまずうやむやのまま、凛子が本命の交渉「麻鷺荘のミーティングルーム(ここのことだ)を、倶楽部の仮部室として使わせてくれ」と言い、乙葉が「そんなことをしなくても『匠工房』は部室を持っているだろう」と返し、それに対し凛子があっさりと「『匠工房』は解散した。全員で叶馬くんの倶楽部に入れてもらう」と返した。
その言葉に、青天の霹靂と言わんばかりの驚きを見せたのは、乙葉と叶馬だ。
乙葉が驚くのは当たり前だが、叶馬が同じくらいに驚いているところに、「すべて私にお任せください」「うむ、任せた」の言質から、どれだけ静香が暴走したかが分かる。
乙葉にとって、蜜柑と凛子は大切な友人だ。『匠工房』の他の面々も知らない仲ではない。
その大切な友人たちを託すに足るだけの腕があるのか?
さらに静香が、ミーティングルームを借りる代償として「私達も寮の守衛隊に参加します」と言ったことから乙葉は、
「そこまで言うなら確かめてあげる。中庭に出なさい」
という流れになった。
もはやわざとやっているのではないか、と思えるほどのクッコロ展開である。
そうして乙葉を先頭に、ミーティングルームにいた一行の大半が中庭に向ったところ、静香と市湖に呼び止められた健太は、ミーティングルームに残っていた。
三人だけになったところで、改めて静香と市湖は健太に向って頭を下げる。
「改めて、健太さん。今日は本当にありがとうございました」
「ごめんなさい、健太くん。私のせいで君にまで迷惑をかけてしまって」
日頃から卑屈なことを言いがちで腰が低い市湖はともかく、魂魄結晶が叶馬の手に融合してからは、叶馬以外に対しては超然とした態度が普通になっていた静香も、今は驚くほど低姿勢だ。
「大したことじゃないよ。大事にならなくてよかった。市湖先輩も本当に気にしないでください。
叶馬と付き合う以上、これくらいは覚悟していますから」
そう言って、健太は苦笑する。今の健太は『戦士の不動心』がオフになっている状態だ。そんな素の状態でも、これくらいのことを言えるくらいに、健太も根性が座ってきている。
「まあ、静香さんはこれで叶馬を操作する怖さを、多少は実感できたなら良いんじゃないかな」
市湖にはひたすら慰めの言葉をかける健太だが、静香には一応釘を刺しておくことも忘れない。
今回の叶馬の遅刻問題は、遊び過ぎた叶馬が主原因ではあるが、根本原因は二つの『学生決闘』を同じ日に入れてしまった静香のマネジメントにあったとも言える。
それは静香自身も自覚していたのだろう。
「はい。痛感しました。叶馬さんが絡むときは、もっと余裕を持って安全マージンを取らなければなりませんね」
実感の籠ったため息をつく静香だったが、その言葉に健太は内心で首を傾げる。
叶馬を相手に「安全マージンを多めに取る」とに意味があるとは思えない。
叶馬の気が向けば、地球の裏側まで距離を取っていても巻き込まれるのではないか。
何処なら安全、こうすれば事前に回避できるという問題ではない。
叶馬相手に事前に出来ることは「巻き込まれる覚悟を決めること」のみ。
後は叶馬が起こしたトンチキに、事後対処するしかない。健太はそう達観している。
しかし、そんな悲観的な予想をあえて今静香に突き付ける必要もあるまい。
「とにかく、今回は俺がフォローできる範囲で良かったよ」
健太の人が好い答えに、静香と市湖は揃って殊勝な表情で佇まいを正す。
「それが本心からのお言葉だとしても、流石に今回の一件を、口先だけの礼で済ませるのは、逆に人間関係を不健全にしてしまいます。
何らかの形で埋め合わせをしたいのですが、なにか希望することはございますか?」
「出来るだけのことはするわ」
静香と市湖の言葉は、それなりに重い。
この学園で女子が男子にここまで言えば、「好きなだけセックスをさせる」くらいはあり得る話どころか、マストとさえ言えるだろう。
もっとも市湖はともかく、静香は健太の(学園では特異な)価値観も、叶馬との関係も理解しているため、健太からその手の要望が出ないことも予想できているだろうが。
実際、健太の脳裏に静香と市湖の肢体を要求するという考えは毛ほども存在していなかった。
確かに健太の女の好みからすると静香は一年丙組の中でダントツ一番(翠先生を除く)だし、市湖は『匠工房』の面々の中では凛子、桃花に次ぐ好みのタイプだが、叶馬のパートナーに手を出すほど健太は命知らずではない。
元々、屋上で「お礼がしたい」と言われた時から、健太は市湖に求めることは決めていた。
「それでしたら、ご相談があるのですが、俺が倶楽部が作ったことは知ってますよね? ただ、うちの倶楽部、『職人』がいないんです」
健太の倶楽部『安息所』は、現時点で戦士系が三人(健太、来斗、風音)、盗賊系が二人(霊王、珠貴)、術士系が二人(尚典、幸子)、文官系が二人(蘭、実咲)、遊び人系が二人(竹海、空亜)の合計十一人。
基本六職のうち、職人系だけがぽっかりと空いている。
「ええ。だから、健太くんの装備は蜜柑たちが引き受けることになっているわ。だから、これは今更お礼にはならないわよ」
釘を刺す様にそう言う市湖に、健太は小さく首肯する。
「はい。それは分かっています。ただ、俺も倶楽部にもいずれ『職人』は加えるつもりなんです。枠はまだまだ余ってますし、本格的にダンジョンアタックをするなら、自倶楽部に『職人』は絶対必要ですから」
外部に頼もしい職人の伝手があっても、自分の倶楽部に職人が不要とはならない。
原作でも描写されていていたが、『羅城門』ダンジョンは地下ニ十階層を超えた先では、職人のスキルで足場を整えたり、環境を整えたりしなければ、攻略が恐ろしく難しいポイントがあるとされていた。
さらに言えば、上級倶楽部を目指すならば、倶楽部でのレイドクエスト攻略はマストだ。数時間で強制ログアウトされる通常のダンジョンダイブと違い、レイドクエストは内部で数日から長ければ一カ月前後過ごすことになる。当然、装備は破損する。レイドに装備の修繕が可能な人材がいなければ、高確率で詰む。
だから、ダンジョン勢を目指す以上、職人を倶楽部に加えたいという健太の主張は筋が通っている。
「それならやっぱり、私たちの何人かがそっちに移籍する?」
意外と悪くなさそうな表情で以前に断った提案を蒸し返す市湖に、健太は大慌てで首をブンブン横に振る。
「いえいえいえ、それは以前に断ったはずです。『匠工房』は絶対に離れない方が良いです。
俺が言いたいのは、いずれ俺の倶楽部にも『職人』を加える。でも、その『職人』はどう楽観的に考えても『匠工房』の皆さんレベルではない、ということです」
『匠工房』のメンバーは、今日までよくぞハイランク倶楽部に取り込まれずに残っていた。と驚嘆するほど、天才、鬼才の集団である。
「だから、将来俺の倶楽部の職人を、市湖先輩が指導してくれませんか。それが、今回のお礼ということで」
健太の提案に、市湖は小首を傾げる。
「え? 私? まあ、構わないけれど、それなら蜜柑か杏の方が良いじゃないかしら?」
市湖は『彫金士』だ。特殊効果を持った装飾品を作成できる『彫金士』もそこまで不人気ではないが、やはり一番人気は武器、防具制作の王道である金属製武具を扱う『鍛冶士』か、主に防具に力を発揮する革製品と布製品のスペシャリストである『裁縫士』だろう。
だが、健太はきっぱりと否定する。
「いえ。市湖先輩にお願いします。もちろん、蜜柑先輩や杏先輩の手ほどきも受けられたら良いですけど、この話のメインは市湖先輩ですから」
そう言われれば、市湖としても断る筋合いはない。
「分かったわ。私で良いなら、出来る限りのことは教えてあげる」
「よろしくお願いします」
嬉しそうに頭を下げる健太の様子を隣で見ていた静香は、小さな違和感を抱く。
今の健太の様子は、まるで「自分が市湖に弟子入りする」ような態度だ。
もし、その疑問を静香が内に秘めずに口にしていたら、『戦士の不動心』をオンにしていない健太では、さぞかし慌てふためいたことだろう。
なにせ、その疑問はズバリ正鵠を射ている。
健太が「いずれ自分の倶楽部に『職人』を入れたい」と言ったのは本当だ。「自分の倶楽部の職人に、市湖が指導して欲しい」と言うのも嘘ではない。
ただし、前者の『職人』と後者『職人』はイコールではない。前者はまだどこの誰ともつかない可能性の存在なのにして、後者は「『職人』でもある健太自身」のことである。
『職人』系の第二段階職として、健太が転職可能になっているのは、『鍛冶士』『彫金士』『素材製造士』の三つ。
その中でも『彫金士』は、『術士』系の『文字魔術士』を使いこなすために、大いに役立つと健太は予想している。だから、『彫金士』のクラスは他人に任せず、自分が使いこなせるようになるべきだと健太は考えている。
今はまだ、健太の秘密(複数の職を重ねられる)を打ち明けられるタイミングではないため、半ばだまし討ちのような形での約束になるが、いずれはその辺りについても、明かすことになると健太は想定している。
「では、市湖先輩はそれでよいとして、私はどうしましょうか?」
静香がそう尋ねるが、健太としても現時点で静香に頼みたいことは、あまりない。正確に言えば、静香の能力を考えればやって欲しいことはあるのだが、静香に頼むというのはイコール叶馬に筒抜けになるということだ。静香自身も叶馬も、下手に情報を増やしたり、お願いをしたりしたら、どういう予想外の結果を導くか分からない存在だ。
あまり、安易に頼み事はしづらい。
だから、健太は「多分無理だろうな」と思いつつも、出来ればかなえて欲しい願いを口にする。
「それなら、ロズスクで権汰の登場シーンを減らしてもらうというのは」
「すみません。その願いは、私の力を超えています」
詳細が市湖に聞こえないよう、小声で放った健太のお願いに静香は目を伏せると、全く悪びれずにそう答えるのだった。