――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『拾』階層、『既知外』領域――
第十階層から始まる自然領域階層は、これまでの地下迷宮と違い階層の深さと難易度が比例しない。
特に大きな問題となるのは、最初の自然領域階層であるここ第十階層が『密林竜園』という通称通り、出没するモンスターが基本竜種のみという自然領域階層屈指の強敵ぞろいであることだ。
とはいえ、『既知』領域の場合、第十階層を抜けて第十一階層にたどり着くだけならばそこまで難しくない。
『既知』領域では、学園サイドが定期的に清掃をしているので、購買で販売している地図の最短距離を突っ走れば、一度もモンスターと遭遇せずに第十一階層に繋がる『界門』玄室にたどりつくことも可能なほどだ(『既知』領域の『界門守護者』は「高確率でアイテムをドロップする美味しい相手」としてハイレベル倶楽部が狩っているので、遭遇する確率は低い)。
もちろん、それは『既知』領域に限った話であり、ここ『既知外』領域では全く話が異なる。
意図的な掃討どころか、そもそも人の手が入っていないため、竜種は全く減っておらず、減るとすればお互いの食い合い、殺し合いのみ。その結果、生き残った竜種はほぼ例外なく高レベル。レベルが種の限界に達したところからさらに強化、肥大化、進化を果たした個体ばかり。
『既知』領域で遭遇する『走竜』(全高二メートルほどの二足歩行の竜)や、『鱗竜』(全長三~四メートルほどの四足歩行の竜)など影も形もない。
その進化種である『鋭刃迅竜』や『剛鎚獣竜』、他には頭部だけで人の身長を超える巨大な竜――『岩石恐竜』や、全長ならばそれ以上の巨体で自在に空を飛び、岩をも溶かす火炎を吐く『赤炎飛竜』などがひしめき合っている。
せめてもの慰めは、その大半は巨体で単独行動のため、同時に何匹も相手にすることはあまりないことくらいだろうか(『鋭刃迅竜』のような集団で狩りをする竜種は除く)。
ただし、「縄張りの主」が倒されればすぐさま隣の縄張りから別な竜種がやってくるので、連戦になる確率は極めて高い。
事実、本日第十階層の探索を始めた健太は、同じ場所で次々と現れる竜種を相手に連戦を強いられていた。
「キュィイイイイ!」
それ自体が鼓膜への攻撃ではないかと思われるほど、甲高い鳴き声を上げながら上空を赤い竜が飛び回る。自然領域の階層は完全な空間。そこには大地はもちろん、空も太陽も存在する。
本来『密林竜園』の呼び名通り、第十階層は見渡す限り草木が生い茂る密林なのだが、これまでの二桁を余裕で越える対竜戦の結果、この周囲は広く開けてしまっている。焼け焦げた倒木がいくつかは残っているが、大半は黒い炭か褐色の灰。一部の地表は表面がキラキラ輝いている。
竜種が強敵と言われる理由の一つ、竜の吐息によって地面が溶けて硝子化しているのだ。
その薄いガラスの膜を踏み締めながら、『戦士の不動心』をオンにしている健太は、上空を旋回する赤い竜を見る。凝視するわけでなく、空全体を視界に収めてぼんやりと見ることで赤い竜の不規則な飛行経路に惑わされずにすむ。そして、
「《はっ》《せいっ》!」
赤い竜の動きを見切った健太は、『空歩』『二歩』の連続発動で空中を三歩で駆け上がる。
「《はあ》!」
と上空で気合の声と共に振り下ろすのは、『金狼木霊剣』。『精霊使い』のスキル『属性付与・土』で五行相生『土生金』で起こし金属性を高めた後、『属性付与・水』で五行相生『金生水』を誘発させ、刀身に大量の水を纏わせた状態だ。
通常、『属性付与』のスキルは一つの装備に一つの属性しか付与できないのだが、『金狼木霊剣』は強力な「陰陽五行』の装備だ。『四元素』由来のスキルである『属性付与』の属性を吸収、転換してしまうためこのようなことが可能となる。
その大量の『水』属性を帯びた刃が『闘士』のスキル『豪撃』を乗せて、空中の赤い竜に振り下ろされる。
「ピギッ!?」
頭部から長い首にかけて、左右に切り裂かれた赤い竜はそのまま墜落していった。
『精霊使い』のスキル『突風』を真下から自分に向けて発動させて、最低限落下速度を減速させた健太は無事着陸に成功した後、すぐさまコボルト『無法者』のボンドを召喚し、一緒に周囲を経過する。
「『索敵』………………ひとまずは終了か」
「オン!」
『索敵』のスキルに反応がなくとも、さらにかなり長い時間戦闘態勢を崩さなかった健太だが、自分の感覚でもボンドの反応もなにもなかったことからひとまず、今回の連続狩猟クエストが終わったことを確信する。
「十八連続は流石にちょっと予想外だったな。倒す端から次々おかわりが来る。同時に来ることがなかったのがまだ幸いだったが」
十八連続というは健太の感覚での話で、倒した竜種は十八匹ではない。大概の竜種は単独行動をしているのだが、何種類か群れを成している種類もある。今、健太が倒した中でも、『鋭刃迅竜』は百匹前後の群れで襲い掛かって来たし、『蛟竜』も数十匹まとめて襲い掛かってきた。
そうした集団戦も含めた十八連戦を終えた健太は、改めて他の『モンスターカード』も『具象化』する。
「《来い》ジュゲム、エロール」
「グゴ」
「ホホウ!」
健太の声にこたえるように、ゴブリン『槍獣騎士』のジュゲムと、『赤梟頭熊』のエロールは元気よくその姿を現す。
連戦中はこの二匹も召喚してそれなりに戦力になっていたのだが、後半は『蛟竜』の群れ、『応龍』、白い空飛ぶ竜、最後の赤い空飛ぶ竜と、空中戦が連続したので『徹甲虫』のトレミー以外はカードに戻していたのだ(トレミーは健太の肩にとまっている)。
それまでの地上戦では、ジュゲム、ボンド、エロール共に中々戦力になった。
特に活躍したのがジュゲムだ。戦士系の第三段階職である『槍獣騎士』となったこと、主武器をオークロードからドロップした短槍に持ち替えたことから、戦闘力が飛躍的に上昇し、大怪獣レベルの第十階層の竜種相手にも十分戦力となっていた。流石に、単独では『鋭刃迅竜』か『剛鎚獣竜』くらいにしか勝てないだろうが、健太の補助、サポートとしては十分である。
巨体と頑健な鱗を有する竜種相手に、無視できないだけのダメージを通せるのはそれだけで大きい。
逆に、エロールは少々力不足が目立った。全長十メートルを誇る『赤梟頭熊』のエロールだが、流石に第十階層の竜種はそれより小さなものでも攻撃力、防御力、生命力いずれも大きく上回っている。そのため、健太が期待していたような「相手を押しとどめる」「相手の攻撃をうけとめる」には少々力不足の感が否めない。
まあ、エロールはまだレベルが低いので、レベル上げである程度は解決する問題だろう。成長の余地はまだまだある。
「ジュゲムとエロールは周囲を警戒。トレミーは今まで通り俺の肩の上にいろ。ボンドは俺と一緒にドロップ品の回収だ」
「ゲウ」
「ホウ」
「クン!」
忠実なモンスター達は、即座に健太の命令を実行に移した。
健太とボンドが手分けをして集めたドロップアイテムは、かなり量となった。ただし、その大半は『蛟竜』と『鋭刃迅竜』のクリスタルだ。それ以外のクリスタルは明確に大きさが違うため、一目でわかる。
クリスタル以外のドロップアイテムも、大半は『蛟竜』『鋭刃迅竜』のものだ。
爪、牙、皮、翼膜、鱗などに混ざってモンスターカードも『蛟竜』が二枚、『鋭刃迅竜』が五枚ほどドロップしている。それ以外のモンスターカードは『応龍』がドロップしているだけだが、これでも学園で一般的に言われているモンスターカードのドロップ率からはけた違いに高い。
間違ってもまことしやかに言われているような0.02%などどいう絶望的な確率ではあるまい。
それは、モンスターカード以外のドロップアイテムも同様だ。
『蒼雷墨雨竜の瞳』『ハーラーハラの毒腺』『白竜の爪』『赤竜の牙』と四つもドロップしている。
十八連戦で、群れだった『鋭刃迅竜』と『蛟竜』を除けば、健太が今回狩猟した竜種は十六匹。
確かに、オークやゴブリンなどの装備品と比べると、爪、皮、内臓のような生体器官はドロップ率が高いとされている。さらに竜種は強敵だがその分ドロップ率が高めになっているという話も聞く。
だが、そうだとしても十六匹で四つ(『応龍』のモンスターカードも入れれば五つ)は異常だ。やはり『既知外』領域は良くも悪くも『既知』領域の常識が通じないのだろう。
「いい加減、運搬手段も考えなければならんな。ありがとう」
「オン!」
健太が渡した布袋と紐を受け取ったボンドは、すっかり手慣れた様子で竜種のドロップ品を纏めると、健太に手渡す。クリスタル、モンスターカードは問題ない大きさで、瞳、毒腺、爪、牙の四つはどうにかまとめて持ち帰れそうだが、それ以外のドロップアイテム――『蛟竜』『鋭刃迅竜』のドロップアイテムは諦めるしかなさそうだ。
叶馬の『収納空間』ほどの贅沢は言わないが、学園のハイランカーが持っているような『魔法鞄』は欲しい。
『文字魔法』で似たような機能を有したマジックアイテムを自作出来そうな気はするのだが、今のところそれに繋がりそうな梵字は見つけられていない。
「一度、ルーン文字やウルク文字を当たってみるか?」
『文字魔術士』をレベル30にしている健太には感覚的に把握できるのだが、魔法文字として成立する文字は複数ある上に、それぞれ「得意分野」があるように感じられる。
現状、梵字とその補助文字であるブラーフミーン文字にほとんどの研究を割いているが、少し他の文字に浮気をしても良いかもしれない。
「まあ、それは後で考えるか。今はこっちだ」
健太はそう言うと、最後の空飛ぶ赤い竜を倒してから、ずっと脳裏に映っていた文字列に意識を傾ける。
『義賊R』
『拳闘士R』『大剣士R』『槍騎士R』『侍』『術騎士SR』
『魔術士』『呪詛師R』『方士R』『浄魔士SR』『火精霊使いR』『土精霊使いR』『風精霊使いR』『水精霊使いR』
『神官戦士SR』
『鍛冶士』『素材製造士SR』『金細工士R』
『書記』『使役者SR』『蒐集家』『測量士』
『一人上手SR』『独りよがりSR』
『戦闘士』『襲闘士』『重装騎士』『堅牢盾士R』『鏡盾騎士R』『馬上槍武者SR』『浪漫闘士SR』『小妖精騎士SR』
『略奪者』『山賊団長R』
『精霊契約者』『拡大術士R』『紋章魔術士SR』
『司教SR』
『牢名主』
に転職可能。
※お客様のご契約、ご利用状況では、以下の職クラスは選択できません。
『聖賢見習いGR』『石猿見習いGR』『伝承の英雄GR』『称号獲得者GR』
本日の十八連戦の間、健太は二度『職業選択の自由』を使用している。これが今日三度目の『転職』だ。
つまり、今日だけで『案内人』、『引き籠り』、『彫金士』の三つをレベルカンストまで持って行ったということだ。
『文官』系上位職の『案内人』と『職人』系上位職の『彫金士』は予定通りだが、『遊び人』系の第二段階職である『引き籠り』を獲得したのはちょっとしたハプニングだ。
『鋭刃迅竜』の群れを当初は伸ばした大剣で蹴散らしていたのだが、『鋭刃迅竜』が想像以上に素早く、健太は主武器である『金狼木霊剣』に持ち替えようとしていた。しかし、素早いモンスターに囲まれている状態で、武器の持ち替えは難しい。
『鋭刃迅竜』の素早さに多少の危険を覚えながらも倒し続けていると、ちょうどタイミングよく『職業選択の自由』が発動したのだ。そこで健太は、『引き籠り』を獲得したのである。
『引き籠り』には『堕落園』というスキルがある。そのスキル効果は「外からは一切感知不能な自分独りだけの空間の設立」というもの。
感知不能なだけで攻撃を受けないわけではないし、対象は自分一人だけ、発動時間もそこまで長くないが、その効果はかなり強力だ。曲がりなりにも竜種である『鋭刃迅竜』の感覚を欺くほどに。
そうして一時的に全ての『鋭刃迅竜』の目から姿をくらませることに成功した健太は、武器の持ち替えに成功したのだ。
「『案内人』をカンストして『測量士』、『彫金士』をカンストして『金細工士』、『引き籠り』をカンストして『遊び人』系第三段階職の『牢名主』が開いた。これはいい」
この辺りは健太が想定した通りだ。
「GR職の転職先が増えたのは多少想定外だが、ある程度予想はつく。今回の連戦で俺が何らかの称号を得たのだろう」
原作では叶馬が『情報閲覧』で見ると、特殊な称号を持っている者がいた。虎太郎の『ハーレムマスター』。竜也の『殺人鬼』と『キャプテン嫉妬』等。
特殊な職には、職取得条件にそうした称号が必要なものもあるらしい。
そう考えると竜種のソロ討伐など、いかにも特殊称号が付きそうだ。ただ、称号一つだけで『称号獲得者』は大げさだから、自覚がないだけで健太はすでに複数の称号を獲得している可能性が高そうだ。
「一番なぞなのはこれだな。『伝承の英雄』に線が引かれている。どういうことだ?」
どのみち、現状GR職は選べないのだが、これでは「契約、利用状況」の問題をクリアしても『伝承の英雄』は選べなさそうだ。そもそも、この職はなぜ選択肢に加わったのかも分からない。さらに、棒線で消されているのにも心当たりがない。ひたすら謎である。
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、冷静に今この場で考えても時間を無駄にするだけだと、ひとまずの結論を出す。
「まあ、今はいい。転職だ」
補習レイド用に、非戦闘系を充実させる予定だった健太だが、初めての自然領域は思っていた以上に手ごわかった。しかし、経験値はかなり良い。安全の為に、下の階層に戻るくらいならば、この階層で安全に戦えるようにもう少し戦力を充実させるべきなのかもしれない。
特に健太は、補習レイド用に文字魔術を用いたマジックアイテムを自作するつもりである。その効果を確かめるには、床も天井も石造りの迷宮領域では都合が悪い。
となれば、ここ第十階層で実験ができるくらいに、強くなる必要がある。
「この十八連戦をもっと素早く、もっと楽勝で勝てるようになれば、ここで文字魔術の実験も出来るようになるな。よし。《時間軸逆走45分》」
新たな転職先として『術騎士』を選択した健太は、『周回レベル上げ』を使用するのだった。