※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第八十九話 補習レイドの始まり、最初の遭遇戦

 

 

 

 翌朝。健太(けんた)は、(みどり)教師に渡された用紙に書いてあった集合場所である、体育館に余裕を持って入っていた。

 武道館に比べれば小さい、ショボいと言われる豊葦原学園の体育館だが、それでも入学式の日には新入生全員(おおよそ千人)が参列可能なくらいの広さはある。

 補習受講者は全学年合わせて三百人程度。それくらいならば、余裕で体育館に収納可能だ。たとえその三百人全員が大荷物を背負っていたとしても。

 余裕を持って朝目を覚ました健太(けんた)は、完全装備でその中にいた。昨日、(らん)たちのアドバイスを受けて買い足したレイド用装備はもちろん、いつも通りの白黒虎革の胸部鎧(ブレストアーマー)を纏い、腰には小剣『金狼木霊剣』を下げて大剣を右手に持っている。

 

 いつもと違うのは、小剣だけを下げている剣帯に短刀らしきものが複数ズラズラと下げられていることだ。外から見るとそれは購買で販売されている一山いくらの短刀に見える。

 

 その状態で、背中に巨大なバックパックを背負い、腰に小さなウェストポーチを下げているのだ。かなりの重装備なのだが、この場では特に目立つことはない。むしろ、完全武装プラス大きなバックパックは、健太(けんた)が視界に入る限りでは全員の標準装備となっている。完全武装の中身は、人によって全く違うが。

 

 健太(けんた)が見渡したところ、体育館に集まっている補習受講者はやはり、全体的に女子生徒が多い。全体が三百人だとすれば男子が百人強、女子が二百人弱といったところだろうか。

 やはり、ダンジョン実習で落ちこぼれるのは女子が多いということなのだろう。さらによく見れば、男子は一部の一年をのぞいて皆、そこまで悲壮感を漂わせていない。

 多くは舌打ちをしたりして苛立ちを見せているか、面倒くさそうにため息をついたり欠伸をしたりしている。中には全く緊張感もなく、ヘラヘラと笑っている者をもいるくらいだ。

 

 対して女子は一目でわかるくらいに全員負の感情を滲ませている。ガタガタ震えていたり、目に涙を浮かべているのは一年女子で、上級生女子は震えたり泣いたりする者は皆無だ。その代わり大多数の上級生女子は目が死んでおり、これから自分の身に起こる悲惨な未来を擦り切れた感情と体で受け入れる、諦観の境地に達している。

 

蜜柑(みかん)先輩達は……いた)

 

 健太(けんた)が少し人混みの中に視線を向けると、目的の集団はすぐに見つかった。蜜柑(みかん)達『旧匠工房(アデプトワーカーズ)』の女子十二人。

 蜜柑(みかん)を筆頭に、女子の中でも小柄な者が多い『旧匠工房(アデプトワーカーズ)』がすぐ見つかったのは、彼女たちが他の女子達と異なる雰囲気を放っているからだ。あくまで相対的な話だが、他の補習女子と比べれば生気に溢れていて、不安や恐怖は隠せていないが、同時にまだ希望や前向きなやる気を維持している。

 

 向こうもこちらに気づいたらしく、市湖(いちこ)を中心に笑顔が広がるが、広くない体育館に、ほぼ全員が巨大バックパックを背負った人間三百人がいるのだ。あちらがこちらに近づくことは難しい。

 

 健太(けんた)は目線と口パクで「中で合流しましょう」と伝えた。その意図が完全に伝わったかどうかは定かではないが、市湖(いちこ)達に笑顔が浮かび安堵の空気が流れたのを見るに、健太(けんた)が助けようとしている意図は伝わったのだろう。

 

 ちなみに叶馬(とうま)の姿は、原作通り見当たらない。補習受講者の中に叶馬(とうま)がいれば、山羊の群れの中にバフォメットが混ざっているくらい目立つので、絶対にいないと断言できる。

 原作通りだとすれば、叶馬(とうま)は普通に寝過ごしておきながら、しっかり朝食を取ってからゆっくり歩いてこちらに向かっているはずだ。

 そういう意味では今この時点で叶馬(とうま)の姿が見えないのは原作からズレが生じていないとも言えるので、健太(けんた)にとっては悪くない。

 

 可能であれば、万が一のことが無いように最初から蜜柑(みかん)達の守りにつくことも考えていた健太(けんた)だったが、現状はそうもいかない。

 白鶴荘の寮生全体に、「健太(けんた)が今回の補習に参加する」ことがバレてしまったのだ。必然的に今朝白鶴荘の食堂で朝食を取る健太(けんた)は、白鶴荘の補習参加者たちに縋られたのだった。その数、三人。内訳は二年が一人、三年が二人。

 寮長の四葉(よつば)が言うには「エントリークラスの女子寮では少ない方」とのことだが、それが本当がどうかは分からない。

 

 ともあれ昨晩のうちに、(らん)たちからも許可をもらっていたこともあり、健太(けんた)がその手を振り払うはずもなく。

 現在、健太(けんた)は前と左右から、ガッチリと白鶴荘の寮生達にしがみ付かれていた。

 

 右腕に一人。左腕に一人。前から二人。

 

「…………ええと、どちら様でしょう?」

 

 いつの間にか四人に抱き着かれていることに気が付いた健太(けんた)は前から抱き着く二人のうち、見覚えのない方を見下ろし、そう尋ねる。

 制服の襟章からすると二年生のようだ。

 健太(けんた)の言葉に上を向くその顔は、赤い口紅を始めとしたくっきりメイクで彩られている。化粧が濃いというより、肌を白く、唇を赤く、全体的に潤いがあるイメージを優先させるタイプのメイクなのだろう。

 

 抱き着くことで押し付けられている胸元は、かなり豊かだ。(らん)よりは小さいが、余裕で巨乳の範囲に入るだろう。

 

「私も白鶴荘の寮生よ。わけあって、ここ最近はずっと白鶴荘に戻ってなかったけど」

 

 他の白鶴荘の寮生達も頷いているので、嘘ではなさそうだ。確かに女子寮には、席だけはあるが実体は別な場所で寝泊まりしているという人間が一定数存在する。健太(けんた)自身、白鶴荘に入り浸っているが、籍は碧鷺荘のままだ。

 

 名前を聞きたいところだが、この体育館に足を踏み入れた時点で事実上補習は始まっている。補習中はお互い名乗らない、知っていても名前を呼ばないが不文律となっている。

 これは、補習での人間関係を原則日常に持ち出さないためのルールだ。補習送りになる女子でも、誰かのパートナーとなっている者は少なくない。公式パートナー登録されている女子に、パートナー男子の許可なく性行為を強要するのは明確な校則違反だ。

 

 もっとも男子が補習レイドで捕まえた女子が気に入った場合、きっちり隷属させて補習後に正式なパートナーにすることもあるし、逆に女子が比較的マシな男子と関係を持った場合、出来るだけ愛想を振りまいて、補習後も関係が続くよう努力することもあるので、そこまで絶対的な決まりではないのだが。

 それでも、全補習受講者が体育館に集合しているこの場で、名乗る、名前を聞くという行為を控えるのは当然だろう。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

「うん」

 

 健太(けんた)が受け入れたところで、その女子は安心したように再びペッタリと頬を健太(けんた)の胸につける。

 

 そうしているうちに、壇上に教師らしき者が上がり、説明を始める。見ると、教師や事務員などが体育館の出入り口に立ち、まるで生徒を逃がさないようにしているかのようだ。

 その中には、一年(ひのえ)組の担任である(みどり)教師の姿もある。相変わらず、色合いは地味だが体のラインを全く隠していないレディースーツ姿で、耐えがたい苦痛をこらえる様な表情をしている。

 この学園の女教師は、ほぼ全員が在学中にセックス特化のSSR職になってしまった女子なので、揃いも揃ってセックスアピール全開の美女、(見た目は)美少女ばかりなのだが、(みどり)教師はその中でも上位層の美女だ。

 健太(けんた)の個人的な好みで言えば、英語の紗江子(さえこ)教師やモンスター学の芽亜莉(めあり)教師がより好みなのだが、人気投票をすれば恐らくは(みどり)教師がその二人の上に来るだろう。

 

 そんな(みどり)教師が辛そうに顔を背けている姿は、見る者が見れば実にそそられるだろう。

 

 健太(けんた)がそんなことを考えている間に、壇上に上がった教師は補習について説明を終えていた。

 集まった補習受講者からは、悲鳴、泣き声、ため息などが混ざったざわめきが上がっていたが、健太(けんた)にとっては幸いなことに、説明された内容に原作からのずれを表す言葉は入っていなかった。

 

 今回の補習の内容は、レイドクエストへの参加。参加すれば補習は合格。レイド内ではどのように過ごそうと自由。

 レイドクエストは三つ。

 

餓者髑髏城(がしゃどくろじょう)』『テュイルリー荒廃園(こうはいえん)』『轟天(ごうてん)石榴山(ざくろざん)

 

轟天(ごうてん)石榴山(ざくろざん)』以外はあまり自信はないが、健太(けんた)の記憶では原作と変わっていないように思える。

 だが、安堵しているのは健太(けんた)ぐらいのもので、補習受講者たちからは悲鳴が上がっていた。悲鳴もあげられず、ただ泣いている女子もいる。男子からは悲鳴こそ聞こえてこないものの「マジか」「ウゼエ」「萎えた」と悪態が聞こえてくる。

 

 やがて、壇上の教師の合図で補習受講者一同は、体育館から『羅城門(らしょうもん)』へと移動を開始する。三百人の補習受講者たちは我先にと体育館の出口を目指す。その周囲を教師たちが固めているのは、誘導するためではなく、逃亡防止だろう。

 

「ね、ねえ私たちも急いだほうが」

 

 健太(けんた)の左胸にしがみ付いていた二年生女子が、震える声でそう主張する。

 女子が焦るのは当然である。補習に使われるレイドクエストは超級以上となっている。つまり、超級もあればその上の極級もある。

 クリアできないという意味では同じだとしても、難度が高ければ高いほどレイドの『時空圧差』が高くなる。

 今回のレイドクエストで言えば、『餓者髑髏城』が七倍、『テュイルリー荒廃園』が八倍、『轟天の石榴山』が九倍となっている。

 つまり、同じ三日間のレイドクエストでも、中にいる者の体感時間は、二十一日、二十四日、二十七日と結構な差が生じるのだ。補習レイドという地獄に問われれる時間を一分一秒でも短くしたい女子からすれば、可能な限り『時空圧差』の低いレイドに入りたいのだろう。

 

 だが、健太(けんた)は最初から『轟天の石榴山』しか眼中にない。

 

「俺は『轟天の石榴山』に入るんで、急ぐ必要はないです。先輩たちが他のレイドに入りたいのでしたら入るのには協力しますが、その場合はそこでさよならですね」

 

 と、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにした健太(けんた)の言葉はそう言い切る。

 

「はう」

 

 日頃の健太(けんた)からは想像もつかない無表情から放たれた冷たい言葉に、左胸にしがみ付いていた二年女子はキュンと体を震わせた。

 

 

 

 

 

 その後、健太(けんた)は最後尾近くを四人の白鶴荘の女子と共に進む。体育館から繋がる渡り廊下で、ふと窓の外を見ると、渡り廊下の外を並走する様に歩いている叶馬(とうま)と目が合う。

 

 どうやら、原作通り遅れてやってきてそのまま体育館に入れず、外で話を聞いていたらしい。口に、自販機で販売しているアイスクリームの棒(プラスチック製)を咥えているところを見ると、それも真面目に聞いていないで買い食いしながら適当に聞き流していたようだ。

 しかもいつも通りの制服姿で、武器は何も持っていない。背中に背負っているバックパックも登山用どころか、通学用だとしても「お前教科書大半机に置きっぱなしだろ」と確信できるほど小ぶりなもの。

 叶馬(とうま)が『空間収納(アイテムボックス)』という反則スキルを持っていることを知っている健太(けんた)だから、それで問題ないことは分かるのだが、だからこそ「少しは取り繕え」と言いたくなる。

 

 健太(けんた)と目が合った叶馬(とうま)は、アイスの棒を咥えたまま右手を上げる。健太(けんた)も一応手を上げて、挨拶を返しておいた。あの様子ならば、蜜柑(みかん)達は叶馬(とうま)に任せても原作通りになりそうだ。

 

 

 ほどなくして健太(けんた)達補習受講者達は、『羅生門(らしょうもん)』のある地下大空洞へとやってきた。

羅生門(らしょうもん)』は五つの門からなる。

 ファーストダイブでのみ使用される第一門『始界門』。

 常日頃のダンジョンダイブで使用されてている、第二、第三、第四門『恒常門』。

 そして、レイドクエスト用の第五門『極界門』。

 

 当然ながら、今使われるのは第五門『極界門』だ。開かれた『極界門』は中で空間が渦を巻いている。その渦の中に、フル装備の補習受講者達が次々と飛び込んでいく。

 

 一定の人数が入り終わったところで、屈強な用務員たちが立ちふさがり、それ以上の入門を拒む。それから何やら操作をして、すぐにまた門に入れ始める。

 送り込むレイドが三つなので、その度に座標を変更しているのだろう。

 最初が『餓者髑髏城』、次が『テュイルリー荒廃園』、最後が『轟天の石榴山』の順だ。

 

 そのため、二度目の入門を自分の前で打ち切られた女子生徒は、絶望のあまり滂沱の涙を流していた。

 最後方に近い健太(けんた)の周囲にいる面々は、とっくに覚悟を決めるか、諦めが付くかしていたのだろう。最初から絶望顔をしているので、特に騒ぎは起こしていない。

 しかし、それでも最悪中の最悪の地獄に自らの脚で突き進むのには、足が鈍るのが必然というものだ。

 これまでとは打って変わって、門に進む補習受講者達の足取りが極端に遅くなる。後ろで待っている健太(けんた)達からすると、随分と待たさせることになるのだが、それに不満を言う者はいない。たとえ避けられない地獄だとしても、そこに飛び込むのは遅ければ遅いほど良い。そう考えてしまうのが、人の性だ。

 

 だから、そんな重苦しい雰囲気とは全くそぐわない、大きな欠伸(あくび)の音が一番後ろから聞こえたことに気づいたのは、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしている健太(けんた)だけだった。

 振り向くと、いつの間にか最後尾に控えていた叶馬(とうま)が、大あくびをした後、何やら思いついたように逆方向に歩き出すのが見える。

 恐らくは、「このペースならばまだ余裕がある」と考えて、近くの自販機にジュースかアイスを買いに行こうとしているのだろう。

 

叶馬(とうま)、ジュースはストロー付きのパックのやつにしておけ」

 

 叶馬(とうま)の背中に、健太(けんた)はそう忠告を飛ばした。

 

 

 

 

 ――穿界迷宮『YGGDRASILL』、特異分界『轟天(ごうてん)石榴山(ざくろざん)』――

 

 ――様式『王権(ダイアデム)』、※時空圧差『壱:拾』――

 

 ――※Option Intercept『軍戦式(レイドモード)』Adjustment――

 

 ――※Model『煉獄(バーガトリー)』――

 

 ――※Confine『72時間/720時間』――

 

 

 

 

『極界門』を潜った健太(けんた)の視界に広がるのは、茜色の空とその下に広がる鬱蒼とした密林だった。日差しがあまりに赤いので、木々や草花もすべてが赤く染まって見える。

 今が夕暮れ時ということではない。レイド領域では季節、天候、昼夜の変化が起こる方が珍しい。

 その領域を象徴するような季節、気候、時間に固定された世界であることが一般的だ。それこそ「餓者髑髏城」のような領域では領域全体が一つの建築物で完結しており、空も天気も確認不能というケースも珍しくはないくらいだ。

 

 ここ『轟天の石榴山』も多分に漏れず、すべてが固定された世界だ。

 季節は秋、天候は晴れ、そして時刻は夕暮れ。

 そこは暑くもなく寒くもない。領域名通り石榴を始めとした食用可能な植生が豊富で、赤い日差しは多少違和感があるが、周囲が見渡せないというほどではない。

 

 レイド領域の環境としては、かなり優しい部類に入るだろう。環境そのものは人を殺しにきていない。

 

 無事レイド領域に到着したことを確認した健太(けんた)は、続いてはぐれた者がいないことを確認する。

 レイド領域へのダイブはログインポイントがランダムにずれる。だが、通常のダンジョンダイブ同様、ダイブ時に体を接触させておけば、同じポイントにダイブが可能だ。

 健太(けんた)は両脇から三年女子二人、胸に二年女子二人をしがみ付かせた状態で四人を二本の腕で抱き寄せる体勢でダイブした。

 そのかいあって、健太(けんた)と白鶴荘の寮生四人ははぐれることなく、この場にいた。

 

「全員揃ってますね。そちらの方から順番に自分の荷物を調べて、異常がないか報告してください。バックパックの中まで調べなくていいですから、外から見て紛失している物、破損している物がないかだけ確認をお願いします」

 

戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は、全員上級生という状況でもごく当たり前にリーダーシップを取る。

 上級生女子としても、戦力的に頼りになる男子が率先して音頭を取ってくれるのならば、拒絶する理由はない。この学園では先輩後輩など人間関係の上下にほとんど関係しない。少なくとも補習を受ける様な上級生女子ならば当たり前にその事実を受け入れている。

 

「はい、異常ありません」

 

 健太(けんた)の言葉を受けて、最初にそう答えたのは向かって左端に立つ三年生女子だ。

 少し猫毛ぎみの柔らかそうな茶色の髪をミディアムロングまで伸ばしているその女子は、事前の自己申告によれば『文官(オフィサー)』らしい。『文官(オフィサー)』だ。『文官(オフィサー)』系第二段階職ではない。三年でそれはなるほど、典型的な落ちこぼれである。もちろん、『モンスターカード』は一枚も持っていない。

 健太(けんた)は念のためゴブリン、コボルト、梟熊(オウルベア)粘土狼(クレイウルフ)等の未使用『モンスターカード』も持ってきている。場合によっては一枚ぐらいは貸し出した方が良いかもしれない。

 

「私も異常なしだよ、け……ええと、リーダー」

 

 続いて左から二番目の二年生女子がそう答える。彼女はこの中で唯一、健太(けんた)が以前から顔と名前を知っている女子だ。

 白鶴荘で健太(けんた)が風呂を使うようになってからは、ほぼ毎晩会っている相手である(イコール悪戯されているということだ)。

 (らん)に負けない豊かな乳房と尻を誇る彼女は、『遊び人(ニート)』らしい。この時期の二年が第一段階職というのは特に珍しくないが、女子の『遊び人(ニート)』で補習送りというのとは、彼女を「お気に入り」にしている有力男子はいないということだろう。

 健太(けんた)からすると信じられない話である。くせ毛のショートヘアと褐色の肌が特徴的な彼女は、健太(けんた)には物凄く魅力的に見える。 

 

「異常ないわ、リーダー」

 

 そうしている間に左から三番目――右から二番目の二年生女子が、あまり抑揚の感じられない口調でそう言った。

 直前の二年生女子が、健太(けんた)の名前を呼び掛けてとっさに使ったリーダーという呼び方を、彼女もそのまま使用している。

 これは、訂正しなければ、このレイドクエスト中、ずっと彼女たちから「リーダー」と呼ばれることになりそうだ。

 そう予感した健太(けんた)だったが、特に忌避する必要もなかったため、とくに何も言わない。

 

「そう言えば、貴女だけ聞いていませんでした。よろしければ、(クラス)を教えてもらえますか?」

 

 体育館で会うまで一面識もなかったその二年女子については、健太(けんた)は何も知らない。

 だからそう尋ねる健太(けんた)に二年女子は、

 

「『職人(クラフター)』よ」

 

 と端的に答える。

 

職人(クラフター)』は、健太(けんた)の倶楽部『安息所(メイトガード)』に唯一足りていない人材だ。

 補習送りになっているということは、彼女を『保護』している有力男子はいない可能性が高い。相性が悪くない様ならば、倶楽部に勧誘しても良いかもしれない。幸い、レイドクエストは本来二十七日、原作通り叶馬(とうま)が途中でクリアするとしても七日はあるのだ。相性を見極める時間は十分にある。

 それにしても、ナチュラルよりではなく、はっきりくっきりメイクで、セミロングの黒髪も丁寧に手入れがされているオシャレな彼女が、『職人(クラフター)』というのは、少々意外だった。

職人(クラフター)』になる女子は、自分を飾ることにあまり興味を持たないオタク女子が多いと思っていたのは、蜜柑(みかん)達『旧匠工房(アデプトワーカーズ)』のイメージが強いからか。その『匠工房(アデプトワーカーズ)』の面々でも、ほぼノーメイクなのは蜜柑(みかん)ぐらいなのだが。

 健太(けんた)がそんなことを考えていると、

 

「異常なし」

 

 最後に右端に立つ、三年女子が抑揚のない声でそう告げた。

 あまり艶のない黒髪をギリギリ後ろで纏められるくらいの短さに切りそろえている彼女は、自己申告によれば『術士(マギ)』らしい。

 顔の表情、声の表情が今一乏しい上に、自主的な行動はあまり取らない。

 三年女子二人は、明らかに自我が薄まってきている。

 

文官(オフィサー)(モンスターカード無し)』、『遊び人(ニート)』、『職人(クラフター)』、『術士(マギ)』がそれぞれ一人ずつ。

 辛うじて戦闘力があると言えるのは、『術士(マギ)』の三年女子くらい。

 それも第一段階職の『術士(マギ)』の攻撃スキルでは、このレイドの敵には気休め程度にしかならないだろうが。

 もとより、同行者を守って単身戦うつもりでいた健太(けんた)にとっては、特に問題はない。

 

「全員、問題ないようですね。それでは出発しましょう。《周囲を確認》しつつ、ついてきてください」

 

 そう言うと健太(けんた)はこっそり『地図帳(アトラス)』のスキルを使用して、辺りの地形を把握する。

 レイド領域内の広域且つ詳細な地図が健太(けんた)の脳裏に浮かぶ。さらには、その地図には待ち針のような無数のピンが突き刺さっている。

 赤いピンは敵、青いピンは味方。黄色のピンはどちらでもなく、中央に一つだけある白いピンが自分自身だ。

 

 今回の場合、赤はモンスター、青は健太(けんた)の仲間、黄色はそれ以外の補習参加者、白は当然健太(けんた)を表している。

 地図が広すぎるため、意識して注目してみないと分からないが、大部分のピンはそれぞれ意思を持って動いていることも確認できる。

 健太(けんた)を表す白いピンの周囲に刺さる四本の青いピンは、この場にいる四人の白鶴荘の先輩達を示しているのだろう。

 

 問題は、ずっと離れたところに位置する「十二本の青いピン」である。

 

(別々にログインしても、蜜柑(みかん)先輩達も味方表記なんだな。意外だったがこれでずいぶんやりやすくなる。問題は距離がかなり離れていることか)

 

 この足場の悪い密林の中、普通に歩いたのでは今日中には合流できないだろう。それくらい離れた位置に蜜柑(みかん)達の青いピンはある。

 もちろん、健太(けんた)が全力全速で移動すればその限りではないのだが、その場合この場にいる上級生女子四人を最低でも一時的に見捨てることになってしまう。

 

 見ると、十二本の青いピンの側に中立を意味する黄色のピンが刺さっている。叶馬(とうま)、ということはありまい。蜜柑(みかん)達すら味方認定ならば、叶馬(とうま)も味方を意味する青いピンになるはずだ。

 健太(けんた)の記憶が正しければ、原作では最初蜜柑(みかん)達は補習受講者の男子に捕まって、ベースキャンプに連れ込まれそうになったところを、上空から落下する叶馬(とうま)が結果的に助け出す、という流れだったはずだ。

 現状、その流れに狂いはないように見える。

 

(それなら、もう少し様子を見るか)

 

 蜜柑(みかん)達とここにいる白鶴荘の上級生女子四人のどちらかを取らなければならないのなら、蜜柑(みかん)達を取らざるを得ない。蜜柑(みかん)達、特に蜜柑(みかん)叶馬(とうま)の逆鱗だ。弱点であり、激怒ポイントでもある。

 だから、二者択一ならば答えは出ているのだが、この場にいる女子達も見捨てたいわけではない。どちらも守れるのならば、それに越したことはない。

 

「ね、ねえリーダー君。そんなにしたらモンスター寄って来るんじゃない?」

 

 遠慮なく下草や木の枝を大剣で切り開きながら先頭を進む健太(けんた)に、くせ毛ショートの二年女子が少し怯えて声でそう言って来る。

 

「問題ないですよ、これくらいなら」

 

 意識をこちらに戻した健太(けんた)のその答えに嘘はない。健太(けんた)一人ならば、モンスターの感覚を掻い潜る隠密行動も不可能ではないのだが、この女子四人と一緒に移動するならば、見つからないようにするのは元から不可能に近い。どのみち、隠密が不可能なのだから、それ以上うるさくしても違いはない。

 ならば、こうして少しでも歩きやすいようにしてやる方が有益だ。

 

 断言する健太(けんた)にそれ以上何も言えない女子が口を紡ぐことで、無音となった一行が密林を進むことしばし。

 

 木陰からぬっと姿を現したのは、牛の頭部を持つ巨大な蜘蛛だった。

 

「ヒッ!?」

 

 女子四人が揃って悲鳴にすらならない呼吸音を漏らす。

 

 胴体部分だけでトラックほどもあるそのモンスターは、まだ百メートル以上離れているのに、「もう逃げられない」と本能が悟ってしまうほどの存在力を放っている。

 こちらの方向に赤いピンがあることは理解していた健太(けんた)は、すぐに大剣を伸ばすと雑に振るう。

 

「はっ」

 

 その一撃で、牛頭の蜘蛛――『牛鬼』は左右二つに切り裂かれ、絶命した。

 突如現れた絶望的な状況が、雑に切り抜けられてしまったことに、女子四人は理解が及ばずパニックを起こしかけている。

 

 そんな守るべき女子四人に健太(けんた)は、

 

「このとおり、このレイドに出没する程度のモンスターなら、何匹来ても問題ありません。先輩達の安全は保障します」

 

 そう、抑揚のない声で事務的に告げながら、頭の中では「そう言えば、『牛鬼』は体は牛肉、脚は蟹の味がすると原作で書かれていたな」と考えていた。

 

 

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