最初はどれほどの衝撃を受けることでも、それが短時間に連続して起これば人間は慣れる生き物である。
全長十メートルを超える太った蛇(野槌)が身を隠してた大木ごと開きにされ、熊よりデカいハリネズミ(山颪)が頭から尻尾まで刺し殺され、高速で密林を駆けながら口から火を噴くダチョウより大きな鷄(婆娑婆娑)の群れが雑に大剣を数回振りまわすだけで全滅させられたあたりで、白鶴荘の女子四名は、自分たちの今置かれている状況が「今までの補習レイドとは、根本的に状況が違う」ことを理解した。
「怪我ありませんか? 疲れている人もいたら遠慮しないで申し出てください」
「大丈夫です」「問題ありません」「問題なし!」「大丈夫よ」
平坦に事実だけを伝える三年女子二人とは対照的に、二年女子二人は個性の違いはあるものの、どちらもテンション高く弾んだ声を出す。
二年女子二人は、明らかに目にも顔にも声にも、健太に対する媚の色が滲んでいる。白鶴荘の中で聞こえてくる噂だけでも健太は十分に「超有望な新入生男子」だったが、これはそんなレベルではない。
媚びる、甘える、縋りつく。補習レイドという地獄に垂れた一本の糸は、文字通り天国に続く糸かも知れない。
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、そんな上級生女子の反応を当然のことであると理解する。
同時に、脳内の地図帳を確認する。健太を表す白いピンと女子四人を表す青いピン四本の周囲にあった赤いピン――モンスターの影はこれでひとまずなくなった。
しばらくは、安全が確保できたと思って良いだろう。
その隙に健太は意識を『地図帳』に向ける。健太を意味する白いピンから離れたところに位置する十二本の青いピン、蜜柑達の動向だ。
蜜柑達を意味する十二本の青いピンは、男子生徒だと思われる黄色いピンと一緒にずっと移動を続けていた。十二対一だが、この時期の蜜柑達ではろくな抵抗も出来ないだろう。そのまま、他の黄色のピンが十以上集まっているポイントに十二本の青いピンと一本の黄色いピンが合流した。
学園が用意しているベースキャンプに着いてしまったと考えて間違いあるまい。
今のところは原作通りの展開だ。しかし、逆を言えば「原作通りのピンチ」に陥っているとも言える。原作では、ここから叶馬が落下してきて蜜柑達を救うのだが、それが絶対に起こるとは限らない。
(念のため、保険をかけておくか)
「よし、《いくか》」
独り言のふりをして、健太はこっそりモンスターカードを『具象化』する。
『具象化』するのは、最近『徹甲虫・多弾倉』に転職したトレミーだ。
『徹甲虫・多弾倉』は、手の平に収まるほどの大きさしかない。この密林の中ならば、皆の注意が逸れているタイミングで『具象化』して、すぐに密林の中に飛ばせば目を掻い潜るのは容易だ。
『徹甲虫・対物』では、手の平に収まらないくらいの大きさになるため、『徹甲虫・多弾倉』に転職してくれたのは、運がよかった。
女子四人の注意を引かないと確信できるところまで離れたところで健太はトレミーに、噴射突撃を敢行させる。本来は攻撃手段である噴射突撃だが、高速移動手段として使用することも可能だ。
通常の飛行では、競走馬の走行速度程度でしか飛べないトレミーだが、噴射突撃ならば軽く音速を超える。ただし、その場合は一直線にしか飛べないが。
攻撃手段としての噴射突撃の射程はそこまで長くないが、有効射程を過ぎた後もあえて減速させずにそのまま飛行させれば、高速飛行状態はある程度続く。
結果、密林を徒歩で行けば絶対に今日中にたどり着けない蜜柑達の元に、『徹甲虫・多弾倉』のトレミーは一分もかからずに到達した。
だたし、トレミーは上空でホバリングしているので、下にいる者達は誰もトレミーの存在に気づいていない。
これがダンジョン勢上位層のレイド攻略ならば、一定時間ごとに『文官』が『索敵』を使用するのであっさり発見されるところなのだが、補習受講者達がそのような用心をしているはずもない。
(トレミー、《『眼』を借りる》ぞ)
健太は誰にも聞こえないように小声でそう言うと、こっそり『同調』を使用する。『同調』は『文官』系上位職である『蒐集家』などで獲得できるスキルだ。
効果はその名の通り、召喚したモンスターと感覚を同調させて支配するスキルである。
必然的に『同調』を使用すると、モンスターの五感(種族によってはそれ以外も)が召喚者に伝わってしまうので、通常はコボルト、ゴブリン、オークのような五感や外形が人間に近いモンスター相手でなければ使いづらいスキルとされている。
使いづらい。あくまで使いづらいだ。使えないわけではない。
『蒐集家』のレベルを十分に上げれば、ある程度人間の規格からズレたモンスターとでも『同調』は可能になる。
コボルトやゴブリンに対してやるように「お前の体を丸ごと貸せ」と命じて、モンスターの体をもう一つの自分の体のように操るのは流石に難しいとしても、今の健太のように「眼を貸せ」と五感の一部を同調させることは不可能ではない。
ただし、視力一つをとっても人間とモンスターでは大きく異なる。コボルトやゴブリンはその辺りもほぼ同じだが、哺乳類的なモンスターである黒犬や剣牙虎であっても人間とは視野の広さも違えば、見える色彩も違う。
人間より解像度が低い視力では、得られる画像情報量が激減するし、逆に解像度が高すぎる、視界が広すぎる映像は人間ではその画像を正しく脳裏に描くことが難しい。
まして、トレミーは「徹甲虫・多弾倉』、テントウムシ型モンスターである。その瞳は万を超える小さな眼の集合体――複眼だ。そのくせ遠くを正確に見る力は非常に低い。ほとんど、光の濃淡をぐらいしか把握できない弱視なのだ。
そのままでは、トレミーの眼を借りても有益な情報は得られない。
健太はその問題を、『脳外記憶領域』を用いて半ば力づくで解決していた。
トレミーの視界から得た画像情報と、健太自身の視界から得た画像情報を纏めて『脳外記憶領域』に収納し、その二つの画像データでイコールで結ばれるものを起点に、「トレミーが見た画像を健太の視界にはどのように映るのか」を予測してアウトプットするプログラムを作成したのである。
プログラムの原型はネット上にあったフリーの画像認識アプリだ。荒い画像、乱れた画像をAIが予想して画像を修正するプログラム。
以前『脳外記憶領域』というスキルに、己の脳内だけで完結するパソコン的な機能があるのではないか、と考えた健太は余裕のある時に図書館で情報処理系の書物も目を通し、そちらの知識も蓄えていた。
その結果、目論見通りいくつかのプログラムを『脳外記憶領域』で再生させることに成功していた。
ほんの一カ月と少し、それもダンジョンダイブやトレーニングルーム通いの隙間時間だけで、曲がりなりにもプログラミングを理解できるというのは、健太本来の頭の出来からすると明らかに異常だ。原作で書かれていたレベルアップで向上する能力は筋力、体力だけでなく頭のスペックも含まれるというのは、どうやら事実らしい。
まあ、発想力や考察力などは上がっている気がしないので、全方位的に頭がよくなっているわけではないようだが。
健太は『脳外記憶領域』内で再生されるトレミーの視界情報(画像編集済み)を確認する。
トレミーはこれまでダンジョン内でしか『具象化』したことがないので、土台となる画像データ不足で、蜜柑達も蜜柑達を捕まえている男子補習受講者達も、個体識別できるほどの画像にはなっていない。
だがそれはモザイク加工された動画と同程度には、見分けがつくくらいの精度はある。
上空から確認すると、『強化外装骨格』と思しき何かが倒されて、女子生徒が男子生徒に捕まっている様子が見て取れる。
シンクロするように倒れている女子生徒はこの荒い解像度でも分かるくらいに小柄だから、恐らくは蜜柑だろう。
捕まった蜜柑が『強化外装骨格』を召喚して抵抗したが、返り討ちにあったのだろう。
(原作より叶馬の到着が遅れている? トレミー。《やれ》)
状況を理解した健太は、間髪入れずにトレミーに攻撃命令を送る。
『徹甲虫・多弾倉』に転職したトレミーの攻撃手段は、『徹甲虫』だった時と同じく『噴射突撃』のみ。
だだし多弾倉の名が示す通り、連続攻撃が可能になっている。
敵の数は『噴射』の残弾数よりも多いが問題はない。補習に参加している程度の相手ならば、直線状に捉えれば、一度の『噴射突撃』で複数を仕留めることも容易い。
事実、トレミーは最初の『噴射突撃』で三人の男子生徒を「死に戻り」させた。
予想外の奇襲に、男子生徒はもちろん、蜜柑達もパニックを起こしている、と思われる。
あいにく健太が把握できるのは、解像度の荒い画像だけで、音声は拾えない。『徹甲虫・多弾倉』には、そもそも聴覚という機能がない(その代わり、身体全体で空気の振動を感じる機能はある)。
だから、あくまで荒い画像データからの推測だが、蜜柑達を自分達のベースキャンプに引きずりこもうとしていた男子達は、まだ有効な攻撃体勢すら取れていないようだ。
どちらにせよ、健太のやることに変わりはない。
(トレミー、《次だ》《もう一度》《これで最後》)
三回連続、最初の一撃を合わせると四回の『噴射突撃』で、蜜柑達に不埒を働こうとしていた男子生徒は全員死に戻っていた。
レイド領域内の「死に戻り」は通常ダンジョン内と違い、記憶を失わないし、外にも出られない。
死んだ男子生徒たちは、今の記憶を持ったまま、ダンジョン領域内のどこかで蘇生しているはずだ。
ひとまずは、蜜柑達の危険から助け出すことに成功した、と言ってもいいだろう。
しかし、蜜柑達に安堵する様子は見受けられない。荒い画像越しでも、むしろ今まで以上に警戒していることが分かる。
それも当然だろう。突然乱入してきた虫型モンスターが、なぜか男子生徒だけを倒したが、それでそのモンスターが自分たちの味方であるなどと、楽観的に考えられるはずもない。
健太はこれまでずっと、『騎士』を名乗ってきたのだ。それ自体はかなり疑われていたが、だとしても戦闘職と認識されている。その健太がモンスターを操っていると蜜柑達が察せられるはずもない。
(しまった、どうやって意思疎通を取る? 事前にトレミーに手紙でも結んでおくべきだったか……いや、無理だな)
手紙を足に結んでいたとしても、『噴射突撃』で吹き飛んでいるだろう。そもそも、ここで『徹甲虫・多弾倉』を健太が使役していると明かすことは、健太の秘密を大きく明かすことにもなる。
ならば、ここで謎を残して、そのままトレミーを飛び立たせるという手もある。
そこまで考えて健太は、すぐにその考えを否定する。
(いや、だとしても原作通り叶馬が合流するまでは、トレミーは外せない……そろそろ問題ない、か。どのみち、市湖先輩に弟子入りするには、俺が複数職についていることを打ち明ける必要があるわけだし)
そう結論付けた健太は、先ほどの戦闘で下草がめくれて赤土が露出している地面に文字を書くようトレミーに命令する。
アルファベットの大文字でKENTAと。
これならば全て直線だけで構成されているので、虫が地面を這いずる跡で描くことができる。
その文字は蜜柑達に通じたようだ。
それまでずっと、トレミーを警戒してジリジリと後退しようとしてた蜜柑達が、トレミーが地面に文字を書き始めると動きを止め、何と書かれているかを理解した後は恐る恐るだがトレミーに近づいてきたのだ。
音もなければ画像も荒い現状では、健太には蜜柑達十二人全員を見分けることは難しい。
だが、勇気を出して一番先頭に立ち、恐る恐るこちらに両手を差し出しているひと際小柄な少女が蜜柑であることは疑いない。健太はトレミーを出来るだけゆっくり飛ばせると、そっと蜜柑の掌の上にトレミーを着地させた。
蜜柑の掌の上で大人しくしているトレミーの姿に、少しずつ警戒を解いてきた他の旧『匠工房』の面々も蜜柑を囲むように距離を詰めて来る。
口元が動いているので、蜜柑達がトレミーに話しかけていることは確かなのだが、健太にそれを聞き取る能力はない。
(口の動きと音声の並列データを多量に収集すれば、唇の動きで発言を予測するプログラムも組めそうだが、この荒い画像ではそれも難しいな。まずは画像データの精度を上げることが先決か)
蜜柑の掌に乗るトレミー越しに健太がそんなことを考えていたその時。
全身に強烈な雷を纏った翼開長三十メートルを誇る巨鳥の首をフロントチョークの要領で締めた叶馬が、重力に引かれるままエントリーしてきたのだった。
雲に乗って空が飛べるはずの叶馬が、あえて重力に任せて落下してきたのは、「ここまま地面に叩きつけた方が巨鳥――『百雷鳥』を仕留めるのに都合が良い」、と考えたからだ。
フロントチョークで首を絞めたまま、『百雷鳥』の巨体を地面に叩きつけて止めを刺す。
合理的ではある。常識的ではないが。
たかが上空数十キロから落下したくらいで叶馬は死ななくとも、周りの被害は甚大である。
緑豊かな大地を大きなすり鉢状の爆心地に変えた叶馬(と『百雷鳥』)だったが、幸い蜜柑達の被害は、蜜柑を始めとした過半数が自らの排出物で下着を濡らしただけで済んだ。落下地点が、ベースキャンプの裏側だったことが幸いしたのだろう。
落下の衝撃ではじけ飛ぶ土砂、木々の破片を受け止めたベースキャンプが一目で「再建不能」と分かる状態になっているのだからもう少しずれていたら、危なかっただろう。
「叶馬……」
叶馬が無事?蜜柑達と合流したのを確認したところでトレミーの『具象化』を解除した健太は、『戦士の不動心』がオンになっているにも関わらず、ため息をつきたい衝動をこらえるのにそれなりの努力が必要だった。
原作で事前に知っていた健太でも、叶馬の自由落下合流は相当なインパクトだ。
ともあれ、叶馬が合流した以上、蜜柑達のことは叶馬に任せて健太は、再び自分の周囲に意識を集中する。
トレミーの視界越しに蜜柑達の方に意識を向けている間も、健太達一行も足を止めていたわけではない。最低限、自分の周囲にも注意を払いながら、密林の中を進んでいた。
後ろを振り返り、白鶴荘の女子四人がまだ問題なくついてきていることを確認すると、効果時間が切れていた『地図帳』をこっそりかけ直す。
自分を意味する白いピン。その後ろに従う四人の女子を表す四本の青いピン。念のため、遠方にある十三本の青いピン――叶馬プラス旧『匠工房』の十二人がひとかたまりになってゆっくり動いているのを確認する。
健太としては、出来るだけ早く叶馬達と合流したいので、進路は基本そちらの方向に向けている。
幸い、敵を意味する赤いピン――モンスターとはしばらく相対せずに済みそうだ。しかし、それとは別に一つ気になる点がある。
進行方向から少しずれたところにある「黄色のピン」だ。
黄色のピンは中立。このレイド領域では、主に仲間以外の補習受講者を意味する。
その黄色のピンは、健太の記憶が正しければ、最初から全く動いていない。
レイド領域に単独で存在し、最初から一歩も動いていない補習受講者。この時点で、健太にはその黄色のピンがどのような存在であるか、確信を抱いていた。
健太は『戦士の不動心』をオンにしたまま考える。
(叶馬達はまだ動いている。つまり、あっちもまだ拠点作りを始めていない。それなら、このまままっすぐ進んでも、どのみち誤差は生まれる。見捨てれば、『戦士の不動心』をオフにしたら気に病むだろうな、俺は)
幸い、その動かない黄色のピンの場所に向かうのは、「回り道」というほど大きくずれるものでもない。方向はほぼ一緒だ。
健太は同行者に気づかれないように少しだけ方向をずらし、動かない黄色いピンの回収に向った。
十数分後。
「あ……ああ……!」
健太の予想通り、動かない黄色いピンは、女子生徒だった。
制服の襟章を見るまでもなく一年生だ。
普通科女子を意味するブレザーの制服の上からボディアーマーを着込み、腰に小剣、背中にバックパックを背負ったその少女は、健太が掻き分けた丈の高い草むらの中でベッタリ座り込んでいた。
あまり手入れのされていない黒髪を二本の三つ編みに編み込み、顔には大きく野暮ったい眼鏡。その眼鏡が伊達でもマジックアイテムでもないということは、間違いなくノービスだろう。
レベルアップによる身体能力の向上や、不具合の改善は視力にも及ぶ。
この学園で眼鏡が必要なくらいに目が悪い者は、まだ第一段階職にも達していないノービスの者だけだ。
もっとも、一学期中間試験の補習レイドに叩き込まれている一年女子という時点で、ノービスなのはほぼ確定しているのだが。
「あの、わ、私、私は……!」
突然現れた男子生徒に、逃げればいいのか、縋ればいいのか、その判断すらつかず、三つ編み眼鏡の一年女子はただ体を声を震わせる。
まだ一年とはいえ、これまでの学園生活でこの学園の男子と女子の関係は理解している。
これは、パニックを起こす一歩手前だ。そう判断した健太はすぐさま近づき、しゃがむ少女の肩に手を乗せる。
「大丈夫、《落ち着いて》。すみません、先輩。ちょっと彼女をお願いします」
そっと眼鏡三つ編み一年女子に『癒し手』のスキル『平静』をかけながら、同行者である上級生女子四人に助けを求める。
「分かったわ、任せてちょうだい」
「大丈夫、怖くない、怖くないよー」
「安心」
「貴女、幸運」
四人の先輩女子達は、口々にそう言って眼鏡三つ編み一年女子を取り囲むようにして抱き着く。
『戦士の不動心』がオンになっている健太にはなんの影響も及ぼさないが、ここ『轟天の石榴山』の瘴気圧はダンジョンニ十階層より下と比べてもなお強い。
最初から「そういうものだ」と理解している上級生女子はともかく、今日までせいぜい第一階層の瘴気圧しか味わったことのない一年女子ならば、その瘴気圧だけで身動きが取れなくなる。
瘴気圧にやられた心身を回復させるには、人肌で温めるのが一番手っ取り早い。
「あ…………」
健太の『平静』で瞬間的に心がニュートラルに戻ったところに、四方から人肌で温められ、眼鏡三つ編み一年女子は今の状況を理解する。
今自分は、守られている。少なくとも、この人たちには自分を守ろうという意志がある。
「わあああ!!」
それを理解した少女は、たまりにたまっていた感情を爆発させた。
先輩女子四人に抱き着かれた眼鏡三つ編み一年女子は、優に十分以上そのまま泣き続けた。
途中で流石に不安になった『職人』の巨乳くっきりメイク二年女子が目線で健太に「良いの? 大丈夫?」と聞いてきたので、健太は首肯することで問題ないことを伝える。
確かにずっと同じ場所に立ち止まって、しかも大声で泣き続ければモンスターを引き寄せることになる。事実、健太の脳裏に浮かぶ地図帳には、こちらに近寄る赤いピンが複数確認できる。
だが、問題ない。このレイド領域に出没するモンスターは大型の物ばかり。『文官』のスキルと『盗賊』の感覚で警戒網を張っている健太がそれの接近を見落とす恐れはゼロだ。
そして、不意を撃たれなければ、大多数のモンスターは健太にとって瞬殺である。
事実、眼鏡三つ編み一年女子が泣きやむまでに、牛鬼が一匹、獅鬼(頭から前足二本は獅子、後ろ脚六本と体は蜘蛛の化け物)が一匹、山颪を三匹切り伏せたのだが、眼鏡三つ編み一年女子はその事実に気づくことなく泣き続けていた。
地図帳で赤いピンが一定の距離まで近づいてくると、素早く移動して『鋭刃』を発動させた大剣でいっとう両断し、素早く戻る。
それを繰り返す健太の挙動に眼鏡三つ編み一年女子が最後まで気づかなかったのは、健太の素早さも一因だが、より多くの理由は『遊び人』二年女子の蘭に匹敵する大きな乳房に顔を埋めて泣いていたからだろう。
集まってきたモンスターを駆逐し、眼鏡三つ編み一年女子が泣きやみ顔を上げたところで、健太は刺激しないように出来るだけ距離を取って問いかける。
「念のため確認するけど、君は一人? 中で合流する予定の友達や先輩はいない?」
眼鏡三つ編み一年女子がブンブン首を横に振った(その勢いで眼鏡の内側に水滴がついた)ところで、健太は告げる。
「分かった。それなら、君も連れてくから」
健太は相手の意思も確認せずにそう言い切る。
これが、他に仲間がいたり、良くも悪くも補習レイドに慣れている上級生だったりすれば、相手の意思を尊重するのもありだが、ソロの一年女子をたとえ本人が何と言おうと一人で行かせることはできない。
補習レイドで質の悪い男子生徒に捕まった女子は地獄の日々を過ごすというが、それでも男子の下から逃げ出す女子は極めて少ない。
それは、たとえ生オナホ扱いだろうが、オナペット扱いだろうが、男子の庇護下にいる方が、単身補習レイドを彷徨うよりはまだマシだからだ。
補習レイドのモンスターは必ずしも人間をあっさり殺してくれるとは限らない。捕まえて少しずつ食べる、体液をすするモンスターもいるし、ある程度知能のあるモンスターの場合嬲って楽しむ種族も珍しくはない。
それ以上に恐ろしいのが、一人で生きていくとなると食料や水が手に入らず、餓死、枯死する可能性もあるということだ。
そして、極界門を用いるレイドクエストでは、死に戻りで記憶の消去が起こらない。全ての恐怖、苦痛、狂乱の記憶がそのまま残るのだ。
一度でもそうした経験をした女子は、補習レイド送りを回避するためならば、教室の男子の性奴隷になることも厭わなくなるという。
「了解リーダー君。貴女は私たちの間に入りなさい。リーダー、この子多分私たち以上に足が遅いし体力もないと思うわ」
『職人』な巨乳くっきりメイク二年女子の言葉に、健太は頷き了承の意を示す。
「分かりました。今まで以上にペースを落とします。先輩たちも注意してみてやってください。君も疲れたら隠さないで言ってね」
「は、はい」
相手の意思をきかずに強引に話を進めたのが、いかにも気弱で自己主張が弱そうな眼鏡三つ編み一年女子には功を奏したのか。彼女は流されるままに首肯した。
白鶴荘の寮生四人は、非戦闘系(もしくは非肉体系)の第一段階職だが、それでも第一段階職ということは最低でもノービスレベル10はあるということだ。
ノービスレベル10は一般人から見れば十分超人だ。モンスターに勝てるほどの戦闘力はなくとも、大きなバックパックを背負って長時間歩行出来るくらいの体力はある。
それに比べて、この一学期中間試験の補習レイドに送られる一年女子はほぼ間違いないくまだノービスの低レベル状態だ。下手をすると一度もダンジョンから生還していない状態――ノービスレベル1という可能性すらある。
その場合は、見た目通りの特に鍛えてもいない十代の少女並みの体力しかないということになる。
学園の常識的な感覚で測らず、細心の注意を払う必要があるだろう。
「それじゃ、出発しよう」
そう言って歩き出す健太の後ろに続く女子。
四人の上級生女子は健太の指示通り、合流した一年女子を自分たちの間に入れて健太の背中を追うのだった。