③ 覗き見る痴態
夕闇が迫っていた。母屋の縁側から離れを見ていると、明かりが灯っている。
あの明かりの下に超美人が居ると思うと、若者のように血が騒ぐのだった。
役場の課長は、民宿ではないので食事とか風呂などの世話は一切必要ないと言っていたが、やはり気になった。
料理には自信がないが、飯と焼き魚に味噌汁ていどの用意はできる。
また、風呂も沸かすくらいのサービスは必要ではないかと思うのだ。
だが、勝手にこちらが進めるのも立ち入りすぎるので、一応うかがってみようと離れに行くと、声をかけてみた。
「中川さん・・・・・・中川さん」
数回呼んだところで、やっと彼女が現れた。
「はい・・・・・・何でしょう?」
先ほどとはまったく違って冷ややかな態度である。
いかにも、迷惑そうな雰囲気を漂わせている。
「あのー、食事とかお風呂ならご用意できますが・・・・・・」
「ああ、それは役場との契約で必要ないことになっています」
「そうですか、あのぅ・・・・・でも風呂は五右衛門ですので、都会の人には焚くのが無理かと思ったので、一応声をかけてみたのです」
「どうしようかしら・・・・・・。じゃ、お願いします」
少し考えてから、彼女はこう答えた。
「じゃ、さっそく釜を焚きますからね」
薪を釜口へ運ぶと、燃えやすい紙を丸めて点火し、小枝を加えて火の勢いが強くなったところで薪をくべた。
都会では電機やガスといった便利なものに慣れきっており、このような手間のかかる火起こしをやれる人は少なくなった。
息子でさえできないので、彼ら家族が帰省したときには、私にいつも風呂焚きの仕事が回ってきた。
夏場なので湯はすぐに沸く。
風呂場の裏口から入ると湯加減をみて、
「そろそろお入りになってもよろしいですよ。沸きましたよ」
と、声をかけた。
返事はなかったが、その場を離れて母屋へ戻った。
覗くのではないかと、彼女に余計な不安を抱かせないために、わざと大きな声で歌いながら声を遠ざけた。
本当のところは、私もまだ男なので、あれほどの美女の裸体がどんなものなのか覗きたい気持ちがないわけではなかった。
母屋の2階の窓からようすを伺っていると、風呂場の明かりがついて、窓ガラスに彼女の裸の影が映った。
その影はすぐに消えたのだが、それだけのことなのに、私の胸は妖しくときめくのだった。
しかし、気がかりなのは、湯が沸いたことを知らせたのに、返事もくれなかったことだ。
教養もあり、お育ちも良さそうなのに、私の常識では考えられないことだった。
あまり優しい態度で彼女に接するのは、考えものだと思った。
あれだけの美女ともなれば、これまでに警戒すべき危険に何度もあってきたはずである。
男は最初は優しく言葉をかけ、その後はみんな欲望をむき出しにして迫ってきたに違いなかった。
そのような経験から、私が食事のことや風呂のことで、離れに行って声をかけたとき、不安を感じて急に頑(かたく)なな態度をとったのかもしれないと想像した。
最初に挨拶を交わした時とは、あまりにも態度に違いがあった。
私の長い人生経験では、美人の多くは表面的には飛行機のスチュワーデスのように、にこやかな笑顔を見せても、一歩でも近づこうとすると、冷たい壁を作って冷ややかな態度に変わった。
―ちょっとばかり顔がいいので気取ってやがるんだっ!―
若いころの私なら、きっとこんな風に思って憤慨したことだろう。
だが、私くらいの年になると、美女の身になって考えてみることもできるので、同情すべき点がみえてくるのだ。
いちいち言い寄ってくる男の相手になっていたら結果的には多くの恋の恨みを買うことになる。
それで冷たく頑なな対処の仕方をとることになるのだ。
だから、彼女に警戒心を抱かせないためには、なるべく顔を合わせないようにして無関心を装うことだと思った。
風呂場の明かりが消えた。
田舎の夜は早くやってきて、シーンと静まり返る。
長屋門の上をふわふわと蛍が一匹飛び越えて、離れの戸口へ舞い降りてきた。
屋根の前の小川からやってきたのだ。
闇夜に近い夜で、あたりは墨を流したように暗かった。
美女が入り口や縁側のガラス戸のカーテンを引き、戸締りをする影が映った。
ここらでは戸締りをする習慣はないのだが都会育ちの彼女にしてみれば当たり前のことなのだろう。
―もう、床へ就くのだろうか?―
闇にまぎれて、庭へ裸足で降りると、足音を忍ばせて離れへと向かった。
こっそり覗いてみたくなったのだ。
離れは平屋造りで、8畳と4畳半の2間しかない。
様子を窺っていると、美女は8畳間のほうへ床を延べると、風呂場の奥にある便所へむかった。
寝る前の用便なのだろう。
私は便所の外側へ急いだ。
掃き出し口の小窓は、掃除の際にあけたままにしておいたので、しゃがみこめば便所の内部が見える。
私が覗きこんだときは、美女はもうオシッコの最中で、銀色の飛沫を放っていた。
ジョジョジョジョ・・・・・・
と、音をたてている。
女性の放尿場面を見るのは、これが初めてで、その勢いのよさには少し驚かされた。
私などは前立腺の肥大で、まったく勢いが悪くチョロチョロと、こぼれ出る程度で、なんともうらやましかった。
尿が出る部分は、電球が天井にあるため逆光線でただ薄ボンヤリとしてハッキリとは見えなかった。
それでも陰毛や亀裂した形などは観察できた。
だが、残念なのはどんな色をしているのか暗くて判別が困難だったことである。
それも、右目に白内障と飛蚊症が重なっていたためかもしれない。
美女はオシッコを終えると、トイレットペーパーで丁寧にデリケートな部分を拭き清めて、片足だけ脱いでいたパンティを穿いて便所を出て行った。
期待していた排便のほうは、遺憾なことだが先送りとなった。
もう済ませたのか、便秘でもしているのか、その辺の事情は分からない。
トイレを済ませた彼女は、私が用意しておいた蚊取り線香に火をつけると床へ就いたものの、暑苦しいのか寝間着を脱いで、パンティ一だけの姿で横になった。
「暑いのにエアコンもないなんて、こんな所に来るんじゃなかったわ・・・・・・」
と、独り言。
これを聞いて申し訳ないと思ったが、こんな過疎地では電気屋さんもない。
息子家族は、
「エコを楽しもう」
などと、孫らに言い聞かせていたが、それは家族だからであろう。
私は家中の窓や戸を開けっ放しにして寝るので、それほど暑苦しい思いはしていないのだ。
彼女だって、ガラス戸を開けて涼をとればいいのにと言いたかった。
しかし、透明のガラス戸だったおかげで彼女のあからさまな秘態を楽しむことができるので私としてはラッキーだった。
だが、明るくては寝つけないのか蛍光灯を消してしまった。
もっと鑑賞していたかったが、暗くされては覗きもできないので、やむなく母屋へ戻って床へ就いた。
④ 暴かれた美女の素性
翌朝、いつもなら午前中はまだ床の中だが、早くに目が覚めて、簡単な食事を済ませると畑へ出て、草むしりを始めた。
美しい女性がわが家へ来たことで、私になかに変化が起きていた。
勤労意欲がわいてきたのである。
念願の目の保養ができたことで全身にパワーがみなぎった感じなのだ。
その効力は、最近よくテレビで宣伝している高齢者向けの健康維持食品よりも効果てきめんで、股間にぶら下がっている男のシンボルがズキンズキンと疼くのだった。
村が設けた直売店に出荷するナスやキュウリなどの夏野菜を背負い籠いっぱいにすると、
「ヨイショ」
と、背負って、家へ戻るとトラックの荷台へ積み、さて出かけようと運転席へ乗ろうとしたら、
「お早うございます」
と、若々しい女の声。あの美女である。
だが、すぐには振り向かなかった。
もったいつけるわけではないが、昨日あまりにも優しく接した反省もあり、若い女とみればすぐにデレデレするような助平爺さんに見られたくなかったのだ。
こんなジジイになっても、プライドというものがある。
太田一族総本家の当主であるばかりか、元はといえばこの村の村長でもあり、軽々しい態度は見せたくなかった。
おもむろに振り向くと、
「ああ、お早う」
重々しく応じて、すぐにトラックを走らせて直売所へ向かった。
この年になっても車の運転にはまだ自信がある。
急な剣道沿いにある直売所へたどり着くと、各農家の主人や奥さん連中が新鮮な野菜や果物を売り場の台へ並べていた。
どの顔も顔見知りだった。
「本家には、若くてきれいな女性客があったそうじゃな」
と、私の顔を見て集まってきた。
もう話は伝わっていた。
「そんなに綺麗な女なら本家さんが惚れるんじゃね~の。あはははは・・・・・・」
と、奥さん連中に冷やかされた。
この村ではみな苗字が同じなので、名前で呼び合うのだが、私だけは、
「本家さん」
だった。
「あの娘さんだが、父親はこの村の出だそうだよ。みんな知っていた?」
「中学校を出ると、頭がいいので東京の高校に進学した源さん所の娘だよ。オラと同級生だったからよく知っているよ」
なかでも少し若手の隆さんが言う。
彼の話によれば、彼女の父親は学業優秀で一流国立大学へ進学して霞が関の役人になったのだが、体が弱くて30代で亡くなったとか。
その娘も大変な才媛で若手ベンチャー企業の社長と結婚したのだが、夫婦仲がよくなくて別居生活をしているとの噂だそうである。
そんなことまで隆さんは知っていた。
そこへ車が現れて、噂の源さんの娘が颯爽と直売所へやってきた。
そして、花卉(かき)の売り場へ行くと、花を買った。
私に気づいたらしく、
「これから父の墓へ参りますのよ」
こう言って、みんなにも軽く頭をさげた。
誰もが彼女の美しさに気を呑まれたのか黙って眺めていた。
「寺への参道は、舗装されていないうえ細いから気をつけて運転するんですよ」
このように私が注意すると、素直に、
「はい。ありがとう」
と、礼を言って走り去った。
彼女の母親については、誰もどのようなひとなのか知っている者はいなかった。
今の時代に、遠い東京から旧盆とはいえわざわざ父親の墓参りに来るなんて、
「できた娘さんだよ」
と、誰もが感心していた。
なかには涙ぐむ者さえいたが、逆に私は、そんな彼女の方が今どき異常なのではないかと気になった。
私の息子なんて家族じゅうで海外旅行へ出かけていた。
⑤ 墓前での異常な光景
私も午後になって墓の掃除に出かけた。
寺は山の中腹にあり、参道の途中までは車で行けるのだが、長い石段を登らねばならない。
山裾の空き地を駐車場代わりに停めると、彼女が使っている乗用車がまだあった。
直売所で彼女を見たのは、朝の9時頃だったから、4時間以上は経っていた。
ハーハーと、息を切らしながら墓場へ行くと、彼女の先祖代々の墓石の前の平らな石に彼女が倒れている。
スカートが捲れあがって白いパンティが見えていた。
死んでいるかと驚いて、
「中川さん、どうしましたっ!」
と、声をかけながら彼女に駆け寄ると、青い顔をして、むっくりと起き上がった。
長い黒髪が乱れて美しい顔にかかり、表現は悪いが幽霊のようだった。
醜女のことを お化け顔と、言うのに対して美人顔のことは 幽霊顔などと、言う人がいるが、まさにその通りで、驚いて足が止まった。
「疲れたので休んでいたのです」
と、不愛想にいう。
見ると、墓の周りの雑草が全部抜き取られてきれいになっており、花も供えられていた。
「ひとりでよくここまで綺麗にできましたね。大したものだ」
「大変でした。でも私もこのお墓に入る心つもりでいますから、綺麗にしておかなくては・・・・・・」
こんなことを言う。
嫁いだ先の墓に入るのが普通ではないかと思うのだが、彼女は先祖代々の墓へ入りたいらしいのだ。
隆さんが言っていた通り、夫婦仲が良くなくて離婚を考えているのかもしれなかった。
こんな若さで、ずっと先のことまで計画するなんて正常な精神状態ではないように思えた。
彼女のことを気にしながら、私も先祖の墓の掃除を始めた
私の先祖代々の墓は、彼女の墓の一段上にあり、苔むした自然に近い石が並んでいる。
戦国時代の墓石はよほどの名将でない限りこんなものだと寺の住職は言う。
まして、負け戦で逃げてきたのだから立派な墓が建つわけはないだろう。
彼女のところの墓石も、同じように苔むしており、すぐ下にあるところを見ると一族でもかなり身近な関係にあったのでないだろうか。
寺の過去帳には初期のものの記載はなく、江戸時代も後期にならなければ一族のルーツは分からない。
掃除を済ませて帰ろうとしたら、いつの間にか彼女の姿は消えていた。
おかしな娘だなと首をかしげたものだ。
いくら都会暮らしが長いとはいえ、挨拶もなしに黙って居なくなるなどとは、この村ではありえなかった。
「お先に失礼します」
とか、ひと言声をかけてから立ち去るものだ。まして私は年長者で、檀家の墓守みたいなものである。
常識を疑うというよりも、彼女の現在おかれている精神状態が正常に機能していないのだはないかと心配になった。
実は、彼女が疲れたと墓石の前で寝ていたとき、スカートがまくれ上がって、パンティが見えていた。それなのに隠そうともせずにいたから、死んでいるものと思ったのだ。
あの時は誰もいなかったが、もし女性に飢えている村の男が、墓の掃除にきていたらどんなことになっていたか分かったものではない。
相手は悩ましげで色気たっぷりな超美人である。
あの時はこの私でさえ、少しおかしな気持ちになったものだ。
若い女が、風でまくれたスカートをそのままにして、直そうとしないのはとても正常な感覚とは言えないだろう。
今に、きっとこの平穏な山里に何かとてつもないことを起こしそうな悪い予感がしたものだ。
つづく