すみません。
むぅ、ストレスか、それとも栄養バランスか、単に寒さにやられただけか。
水ぶくれまで出てきやがって、シャツが痛い…。医者に行こうと思ったら、ちょうど休診日だしさぁ…。
凶星月
ホロウ・博士と一緒に、アラタマフリ・ニギタマフリの実験に出た。
とりあえず、俺はニギタマフリを当分封印する事にした。
何でって…話にならねーもん。
アラタマフリもニギタマフリも、使ったら何が起こるか分からない。モノノフ式のタマフリが発生する事もあれば、他の世界のスキルが一時的に使えるようになる事もあるし、会得している筈のスキルが封じられる事もあった。
そこまではいい。博打要素のある技なんて珍しくないし、実際ミタマスタイル「賭」も多少は使った事がある。9割以上が凶以下だけども。
だけどね、意識して発動するアラタマフリはともかく、ニギタマフリはいつ発動するかも分からないんだよ。
歩いてたらニギタマフリ。走ったらニギタマフリ。鬼疾風したらニギタマフリ。警戒しながらジャンプしたら何も起きない、着地したらニギタマフリ、タマフリしたら連動してニギタマフリ、攻撃したらニギタマフリ…。
まるでのっぺらミタマがここぞとばかりに好き勝手しているかのように、俺をからかうように妙なタマフリタマフリスキルスキル…。暴発しまくりじゃわい。
同じようにやっているホロウはと言うと、見事に新たなタマフリを使いこなしていた。神懸と呼ばれるアラタマフリは、動きが早くなり、戦いによって得た力、高ぶった力を周囲に分け与えていた。魂呼というニギタマフリは、ギリギリまで追い詰められないと発動しないようだったが、瀕死の体を癒し、戦闘を続行させる効果があるようだ。
…ん?
考えてみりゃ、ホロウのミタマって何だろうな。ニギタマフリアラタマフリが使えてるって事は、やっぱミタマを宿しているのは確かだろう。
しかし、今まで聞いた話じゃ、ホロウは英雄のミタマを宿していたとは思えない。…元居た…と言うか製造された世界から飛び立った時には、もうミタマ、或いはそれに代わる何かを宿していたのだろうか。鬼と戦う為の機能を制限した状態で送り出すとも思えんし、タマフリを発動させる為の何かを宿していたのは確かだと思う。
或いは、宿していたのだが、魂を喰らう機能を使ってしまい、それを失ったのか…。
いやでも今現在、ニギアラタマフリ使えてるしなぁ…。………どうでもいいが、なんかニギアラタマフリって語感が気に入った。
ま、気にはなるが、モノノフ間で宿しているミタマを詮索するのはマナー違反だからね。(少なくとも、俺が経験したループ内では)
疑問は胸にしまっておこうかね。
…何だかとんでもないヒントと言うかネタバレを見逃してしまったよーな気もするけど、それ以上に聞いたらアカン事のよーな気もするなぁ。
それはともかくとして、実験の帰りに珍しい人と遭遇した。神無と真鶴さんだ。…真鶴さんが眼鏡をかけている。眼鏡をかけている。眼鏡をかけている。大事な事だから3回繰り返したぞ。
むぅ、目が悪いとは言ったし、眼鏡でも送ったら、とは言ったが…想像以上に似合ってるな。神無の事だから、デザインを考えて送った訳じゃないだろうが…スゲェ破壊力だ。
じっくり鑑賞させてほしかったところだが、人の顔をジロジロ見るのは失礼だしね。
それに、二人とも…いや、その後からゾロゾロ出てきたサムライ達も、妙に殺気立っていた。別に俺らに敵意を向けてる訳じゃないが(神無から手合わせしたそうな空気を感じるが)、全員刀やら弓やら持って臨戦態勢だし、中には不完全ながらも鬼の目を使って周囲を見回しているヤツも居る。…まぁ、こういう森の中だし、走っている訳でもなし、小型の鬼でも見逃さないように常に発動しているくらいでいいんだけどさ。
何事?
…ここ暫く追っていた盗賊が出た? 里に近い場所で発見されて、今はこっちに逃げいったのを追っている…。
これを聞いてホロウがやる気を出した。唐突に出した。
そういや、こいつも何度も盗賊探しに出てたんだよな…手掛かりが殆どないし、結構イライラしていたっぽい。…そろそろウタカタに向かって立つ時期でもあるし、気になる事は清算しておくに越した事は無いか。
とりあえず、ホロウは威嚇射撃も辞さないくらいに張り切っている。
仮にもマホロバに滞在している以上、他人事ではないと主張し、同行を申し出る。歓迎された。
色々と反発はあったようだが、真鶴の一声…文字通り鶴の一声だな…で決定。まぁ、サムライ達からは反発と言ってもそう強いもんじゃないから、別にいいんだけど。出来るなら自分達だけで捕らえたかった、って感じかな。
鬼内も追ってこようとしているらしいが、そっちは別動隊だとか。
さて、そういう訳で盗賊とやらを追い始めたんだが…うーん、本当にこっちに逃げてきたのか? 形跡が殆ど無いぞ。確かに、草木を掻き分けたような跡はあるんだが…少なく見積もっても半日前だぞ、コレ。
鷹の目を使ってみても、足跡も無い。
……なぁ、盗賊が見つかったのってどの辺り?
「里の周りの水路の辺りだ。水を汲みにきていた……らしい。私も直に確かめた訳ではないが」
「俺もだな。盗賊が出たという声が上がって、すぐに追跡隊が組織された。誰が発見したのかも、まだ聞いていない」
…水路…水を汲む為だけに、あそこに? 少し移動すれば、川は向こうまで続いている筈…。里人の目につかずに水を補給するくらい簡単だろうに。
と言う事は…。
「…戻るぞ。見事に引っかけられたようだな」
「博士? どういう事だ、それは」
どうもこうも、肩違え退きって奴だよ。盗賊を発見した声は、多分盗賊自身の声だ。予め、盗賊が逃げたような道と環境を作っておいて、俺達がそっちを追いかけている内に里へ侵入する。
忍者の手口だな、コレ。
「何…確証は!?」
無い。強いて言うなら、この逃げた跡の不自然さがそうだが…。俺達は先に里へ戻る。アンタらはこのまま追うなり、戻ってくるなり好きにしな。
鬼内の追跡隊は、もう出発しているか分かるか? もしも出ているのなら、連絡を取って里へ戻るよう伝えた方がいい。
「いや…分からん。そろそろ出立していてもおかしくはないと思うが、そうだとしたら何処にいるのか…」
反目があっても同じ里に居るんだから、連絡用の狼煙くらい共有しとけばよかろうに…。
しゃーない、俺は先に行く。鬼内隊を見かけたら連絡しておくよ。
「ここまでの痕跡は、全て偽装か…よくやる。我々も戻る。先頭は…」
「いえ、残念ながら私達の移動法は少し特殊ですので。…見ていれば分かります。行きましょう」
はいはい。鬼疾風無しじゃ、ちょっと追いつけない速度だもんな。んじゃ、先行きまーす。
いつの間にやら鬼疾風を会得していた博士と3人で、サムライ集団を置き去りにしてダッシュ。あまりの速さに驚きの声も聞こえました。…考えてみりゃ、サムライにも鬼疾風を広めておいた方がいいか。鬼内だけに教えて、肩入れしてるとか言われるのも何だし。
そして戻ってきたマホロバの里は、結構な騒ぎになっていた。予想通り、盗賊は追跡隊と入れ違うように里に侵入していたらしく、あちこちで喧噪が聞こえる。
…あちこちで? 妙だな。これまで見てきた痕跡からして、賊は一人だけのようだったが。複数個所で騒ぎが起こっているのか。
その辺に居た鬼内を適当にとっ捕まえて…あ、こいつ呼び出されて連戦した時に居た奴だ…話を聞いてみると、なんともまぁ……だらしないと言うか、統率が取れていないと言うか。
やはり賊は一人だけだった。しかし非常に身軽かつ、遁法…逃げ隠れの方法に優れている。ミタマを使っている形跡すらあるとか。隠スタイルだな。
まぁ、それは良かったんだよ、そこまでは。どんなに逃げ隠れが上手くたって多勢に無勢、地の利はこちらにあり、更には盗賊は…恐らくではあるが、弱っているらしい。
だと言うのに、これ程の混乱になっている理由は何か?
…指揮権の問題だ。折悪しく…或いはそれを見計らってきたのか…サンバ鴉は、何処ぞに出かけていて不在。残っている頭目クラスは紅月、八雲のにーちゃん、刀也くらいな訳だが…紅月がまず封じられた。別に、物騒な手段を取られた訳じゃない。いやある意味物騒なんだけど。
この里で、最優先して守らなければならない人間は誰だろうか? …簡単だ。神垣の巫女。たった一人に万が一の事があっただけで、里の結界は脆くも崩れ去り、マホロバは滅亡の危機に晒される。
その神垣の巫女を攫おうとした…らしい。そりゃーヤバいよ、強い奴を護衛につけもするよ。
とは言え、疑問はあるけどな。たった一人しか居ない、しかも弱っている盗賊が、神垣の巫女一人を捕まえてどうすんだって話だよ。どっかに連れて行くにしたって、相応の体力は必要だろうに。
まぁ、意図はどうあれ、狙われた以上は守らなければならない。で、紅月がついた。
残った戦力・指揮官は刀也と八雲のにーちゃんな訳だが…サムライと鬼内が、トラブル対処の為とは言え協力できるかっつーとね…。
しかも八雲のにーちゃんは、神垣の巫女…まだ次代だが…のかぐやに矛先が向くかもしれないと知って、超激怒している。指揮とか放り出して、ガムシャラに…考えなしに…賊を追い回しているらしい。
刀也は刀也で、里に残っているサムライ達を指揮してはいるのだが、腕の立つサムライは追跡隊に組み込み、残っているのはそこそこ強いのが数名と、訓練中の若者たちのみ。はっきり言うが、統率なんぞ取れてやしない。部隊としての練度が低すぎる。
んで、無軌道に走り回る鬼内とサムライの間で険悪な空気が流れたりして、賊の対処とは全く関係なく騒ぎが起こっていると。
ひでぇもんだな…。里の問題が一気に吹き出たようなもんだ。
今までは西歌のお頭、次点で紅月というトップが居て、サムライも鬼内もそれに従っていたから問題なかったんだろうけど…。
とりあえず、俺達どうしようか。
「賊の事は知らん。お前は適当に里を周って、揉めている阿呆どもを片付けておけ」
なんだ、えらい雑な対応だな。
「この里の有様を見れば、そうもなる。賊を逃がすよりも、このまま揉め事が加速する方が問題だ。そして、このままなぁなぁで収まるのはそれ以上の問題だ。賊は…ホロウ、お前が追いかけていたな。やってしまえ」
「いいでしょう。銃弾と鬼の手の餌食にしてやります」
「鬼の手は人をすり抜けるぞ」
「殺意を満たせば、恐らく可能です」
…生き残るかな、賊。まぁいいか。
とりあえず、俺はOHANASHIに行きますかね。SEKKYOでもいいけど。……いや、やっぱ面倒だわ。殴り倒してから川に投げ入れとこ。頭を冷やせ。こっそりアラガミパワーで川の水を超冷たくしておいてやろう。溺れないよーに、じゃなくて心臓麻痺を起こさないよーに、だな。
凶星月
里の戦力の半分くらいが風邪で寝込んでいる。暖かい季節とは言え、川を凍る寸前まで急速冷凍して「頭冷やそうか」させたのはやり過ぎだっただろうか。
やはり、電撃系の能力を使って疑似電気風呂がよかったか。アレ、加減を間違えると吐くんだよな…。里の川を嘔吐物塗れにする訳にもいかんかったしなぁ。
…それとも、いっその事逆に、もっと徹底的にやるべきだっただろうか。具体的には、冷気でも電撃でもなく、熱系統の能力で川を煮立った状態にする。重賞に至る程熱くはなく、しかし我慢できる程温くもない川に放り込まれた人々は、盛大に叫びまくってくれた事だろう。
俺が昔好きだった漫画のキャラも言っていたしな。お仕置きの極意は、「生かさず殺さず遊びましょ~」だと。うむ、考えてみれば惜しい事をした。
まーそれはそれとして、結局盗賊は捕縛された。ホロウが散々追いかけまわしたらしい。実弾で。
容赦ねぇなアイツ…。まぁ、結局嬲るだけ嬲って気が済んだのか、最後のトドメは紅月がやったらしい。かぐや達の護衛についていた筈だろうに、何故? と思ったら、どうやらホロウがそっちに追い込んだらしい。
追い回された賊はボロボロかつ衰弱しきっていたらしく、捕縛した紅月が申し訳なさそうなくらいだったとか、逆に生きて捕縛される事に賊が安堵していたくらいだったとかナントカ。
んで、意外だったのはそこからだ。
捕縛したはいいが、その賊をどうするかって話になった。勿論、里の決まりで言えば、夜盗・山賊は即処罰、処断である。違法行為をやっておきながら、相応の罰を受けずにいられる程、この世界もモノノフの掟も甘くはない。
しかし、捕らえた紅月がその処罰の延期を進言した。お頭に断りなく、賊を始末する訳にはいかない、と。
…これは一見筋が通っているように見えるが、考えてみればおかしな話である。
確かに里長である西歌のお頭は居ないが、盗賊を処罰するのに一々お頭に許可を求める理由はない。何かしらの特例を当て嵌めるならともかく、掟に従って裁きを下せばいいだけだ。
仮に処罰するのに許可が必要だとしても、紅月が…次期お頭候補筆頭、言い換えれば西歌のお頭が居ない間を任されているお頭代理がそれを決定するのは、決して出過ぎた行為ではない。
なーに考えてやがんだ? と思ってたら…その夜に、紅月が工房を訪ねてきた。俺に用事だったが、色っぽい話でもなければ、試食に付き合ってくれという死刑宣告…いや心中……でも紅月は食ってもマズいと感じないらしいから、やっぱ殺人予告…でもない。
賊の弁護に協力してくれ、という話だった。
何ぞ? と思ったが、正確に言うなら、賊の為ではない。どちらかと言うと、里の問題を浮き彫りにする為だ。
昨晩は博士も呆れかえっていたが、とにかく里の連中の統率が取れていなかった。強い戦力は手柄を求めるかのように里を出ていき、鬼内は筆頭の八雲のにーちゃんが暴走しててんでバラバラに行動しだし、サムライ達は感情に任せて激突し。
挙句の果てには、里の備えとして残っていた筈の戦力が、互いに取っ組み合いまでする始末。
そりゃ問題ってレベルじゃねーわな。武器を使わなかったのを褒めてやる、なんて言えたレベルじゃないよ。
次期お頭候補としては、色々な意味で見過ごせないだろう。
なので、この問題を明確にする為、まずは賊…焔というらしい…がやった事を明確にしたい。驚くべき事に…と言うべきだろうか。里に侵入しておきながら、賊は誰一人傷つけていないのだと言う。
つまり、今回の騒動で出た怪我人は全てサムライ・鬼内・或いは同士討ちでの取っ組み合いによるものか、俺の活かさず殺さずなオシオキによる被害者のみ。
賊は身体共に疲労困憊状態でありながら、何故か腰につけていた得物を抜こうともせず、狙ったのは徹頭徹尾ただ食料のみ。
…つまり、何? 盗賊は盗賊であるが、人を傷つけようとしなかったから、酌量の余地がある、と主張したい訳? そりゃ人を傷つけるよりはマシかもしれんが、このご時世で食料泥棒は下手するとそれ以上……違う?
里人同士のイザコザで出来た傷を、盗賊の仕業にされない為?
ああ…ヒートアップしてやらかしたアレコレを、盗賊にやられた分だと誤魔化されないように、か。つまりは不正の隠蔽すら疑っている、と。…そこまで考えるとは…。ちょっと紅月の覚悟やら怒りやらを見誤ってたな。
ちなみに、今回の件で最も大きな損害は、大体俺の手によるモノなんですが、その辺は如何に。具体的にはボディに一発ずつ入れて、崖の上から川に蹴り落して更に急速冷却までして、殆どの連中に風邪を引かせましたが。
…流石にやりすぎ? ですよねー。なので罰?
……もしも盗賊が里人を傷つけていた場合、ある程度それを自分がやった事にする……。
…おいおい、罪人を庇うのか? この際そうするのは構わんが、何故そこまでする? 捕らえた盗賊に、何かあったのか?
「いえ、違います。…今になってようやくわかりました。何故、お頭がサムライを迎え入れたのか…その理由の一つが、昨日の醜態です」
変な言い方になるが、サムライが居なけりゃ、里人同士の小競り合いもなかったと思うが?
「確かにそれは事実でしょう。ですが、本当に問題なのはそこではありません。お頭たった一人が居なかっただけで、ああまで統率が乱れ、人間同士でぶつかりあう。我々は…こう言っては何ですが、自分で考え、自分で律する力が無さすぎる。お頭がサムライを受け入れたのは、単に戦力増強の為だと思っていましたが…指揮系統を分ける必要があったからだと思うのです」
「一人が動けなくなっても、別の部隊が動けるように、と言う事ですか? 有用なのは確かですが、部隊間での軋轢をどうにかせねば逆効果だと思われます。…それに、時継や雷蔵ではいけないのですか?」
「それを改善する為の第一歩として、貴方にお願いしたいのです。彼らがやった事を、誤魔化されないように。それと、時継さんと雷蔵さんは、霊山に帰られました。お頭が不在なのは、その見送りの為です」
あれ、あの二人もう出発したのか? 2か月くらい滞在するって言ってたのに…。
それはともかく、そう言う割には、俺に濡れ衣を被れと言ってるな。矛盾していないか? いや、別にやるの事態は構わんのだけどさ。
「…心苦しいとは思っています。ですが、水が清いだけでは生きていけません。何より、私は確信しています。この保険が必要となる事は無いと」
…どゆ事?
「賊…焔を捕らえた際、彼の持ち物を検分しました。武器として使えそうなのは、腰にあった仕込鞭のみ。非常に使い古されていましたが、少なくともここ1か月の間に人を傷つけた形跡はありません。仕込まれていた筈の苦無は全て使い尽しており、これまた少なくとも数週間、補充した形跡はありません。要するに、里に侵入してから、他社に対して攻撃した形跡は一切ないのです」
そん確信持ってんなら、俺に態々話を通す必要は………おい、まさか俺を巻き込む為の口実だったり…。
「……な、ないとは言いません」
…急に妙な搦め手に目覚めおって…。
「これでも、次期お頭候補と言われていますから。正しいだけでは人はついてきません。里の為に何が出来るかを考えた結果、こうなりました」
「その考え自体は否定せんが、自分でやる必要があるのかを一度考えておけ。自分達の上に立っている人間が、不正も厭わないと知ってついていける者は少ない」
「…忠告、痛み入ります博士。それで…如何でしょう?」
…まぁ、確かにあの醜態は目に余ったし、アレを是正する為と言うなら、多少の汚名は被ってもいい。
ただし、対価は貰う。…その保険が必要になった時に、何をしたかの出来高払いでしい。
「ありがとうございます。報酬はハクでいいですか?」
…いつもならそれでいい、と言う所だが…合意の上とは言え、人に罪を擦り付けようってんだ。もうちょっと別の趣向にしよう。
そーさな……。
罪の大きさによって、セクハラが許されるとゆーのはどうだろう。
「せくはら? とは何ですか?」
…おう、そこからか。他の2人も知らない単語らしい。…半分冗談で言ったんだが、説明せにゃならんのかな…ビンタでも飛んでくるかと思ってたのに。滑ったギャグの説明を要求されてる気分だ。
だが退かぬ。喪じ…もとい、男女交際の経験が限りなく少ない紅月の覚悟を計るには、これが一番だろうからな! …役得狙ってるのも否定せんが。
セクハラと言うのは……合意を得ていない、性的な接触である!
「…は?」
代表的なものとしては、強引な接吻、無断で肌に触れる、秘めておきたい事…具体的には乳の大きさやら過去の男女経験…いや紅月の場合これは無かったな…を聞き出そうとしたり、淫猥な言葉を延々と囁いて反応を楽しむ等がある。
「普通に犯罪だ痴れ者! 何を考えてそんな条件を出している!」
だーって、賊の犯罪の一部を肩代わりしろってゆーとる訳ですよ? 金で済ませていい話じゃないっしょ。
「だからと言って、何故『せくはら』を要求するのですか…。真実犯罪者ですよ」
これは単なる取引の条件であって、強要しているのでも脅迫しているのでもないからセーフ。対価としては、話にならない程高価って事もないと思うが?
そもそも出来高払いだから、賊が本当に人を傷つけていないなら、その手の行為を要求する権利は一切なくなる。
…で、どうすんの紅月。了承するにせよ拒絶するにせよ、別の条件を出して妥協案を探るにせよ、返答………あれ?
紅月の顔色が百面相している。オーロラのように色とりどりだが、あまり見目麗しくはない顔色だ。
目が漫画みたいにグルグル(シッパイシチャッタ)状態だし、全身に物凄い汗が猛烈に噴き出していた。……なんぞ?
「ふ……ふ……」
ふ?
「ふつつかものですがすえねがくおながいしますーー!!」
バン!(ドカン!)
…工房を飛び出していった。しかもご丁寧に扉を吹っ飛ばして、正面の崖に激突して。しかもセリフは、ねとなが入れ替わってるし。
………なにごと?
「何事よりも、お前が何を考えてあんな条件を出したのかが気になるが。私も女の端くれだ。場合によっては銃弾では済まんぞ」
端くれってのが何か哀愁を誘うが、要するに受けるかどうかを見たかった。紅月が何考えてどう動くかは知らんけど、腹括ってないと人を動かす仕事なんぞ務まらんだろ。特にこのご時世じゃ。勝ち目がある博打ならともかく、中途半端な策に乗って大損こいただけ、なんてのは御免被る。
で、腹を括ってるか…要するにどれだけ体を張るかを見ようとした。命かけての切った張ったはもう日常と言えるくらいだから、それ以外に紅月が弱そうな所となると…男女の色事かな、と。未だって婚活の為に料理習ってるくらいだし…。
「…ふむ、筋は通っているな」
「いますか?」
「対価を要求する事は当然の権利だし、紅月自身の自腹を切らせ、尚且つ他人に代行させる事はできない。ハクであれば稼ぐか、場合によっては依頼による経費として認められるやもしれん。…依頼の内容は誤魔化す必要があるだろうがな。まぁ、良くはないが悪い手でもなかったのではないか。対価は確実に用意できて、本人にとって苦しい物であり、そして自分の意思一つで決められる」
そういう事。他にいい対価の案も無かったし。……まぁ、あの反応は予想外だったけど。
なんか妙な方向に進んでる気がするな…。様子見ておいた方がいいかも。
「そもそも理解できないのですが、体に触れさせる事が報酬になるのですか? 私には未だに理解できません」
「別にせんでも……ん? …ホロウ、お前の言い分だと、似たような事を経験した事があるように聞こえるんだが…」
「路銀が必要な時や、協力の対価に要請された事ありますが」
マジで!?
「はい。性交は妊娠の危険があるので断りましたが、胸や股に触れられた事ならあります。触れたがる理由も、殊更に拒否する理由もわかりませんでした」
と言うか、妊娠…するの? 人造人間だよな?
「基本的な構成は、天然の人間と変わりありませんから、理論上は出来る筈です。尤も、試した事はありませんが」
「触れられた時に…その、妙な感覚とか、不快感は無かったのか?」
「全くありません。好きにさせていたら、相手は何やら興味を削がれたような態度になりましたが」
「…率直に聞くが、股座が濡れた事は?」
「ありません」
…なぁ、博士…。要するにコレって、不感症…?
「いや、そもそもそういった神経自体が備わってないか、全く発達してない可能性もありうる。イヅチカナタとやらを追うのに、そこまで人間に似せる必要もないだろう」
拒否感を感じないのは、まぁ生来の性格と言うか、本当にどうでもいいと思っているからかもしれんが…。…なぁ、これどうにかした方がいいと思う?
「やめておけ。ホロウの精神状態が変質する恐れもあるし、そこまでする理由もない。下手な事を言って一般人と同じような感性を持たれたら、あんな要求をしたお前への悪感情が膨れ上がるかもしれんぞ」
…それはちょっと遠慮したいな。今回以降のループでも、何度も顔を合わせる可能性もある。後ろから撃たれるような可能性は、極力抑えておきたい。
「なら妙な事は考えない事だ。それより紅月の様子でも見てこい。…西歌が手塩にかけて育てた、一人娘みたいな奴だからな、妙な誤解をされると、里を挙げて討伐しに来るぞ」
…この前提案した事を考えると、あまり笑えん話だな…。ウタカタへの出発、早めようかな…。