後はカサブタと脇腹の神経の痛みか。
神経の痛みは暖かくしてればあまり感じないらしいから、ホッカイロでも貼り付けておくかな。
凶星月
紅月がポンコツモードに入っていた。…やはり刺激が強かったか?
で、それについて何故か真鶴が俺を問いただしている。…アンタ、外様のサムライの副長だろ? なんでそんなに気にしとるん? いや、同じ里に住んでる仲なんだし、気にかけちゃイカンとは言わんが。むしろ気に掛け合ってくれた方がいいんだが。
…同じ女として、よろしくない予感を感じた?
…おおう、よく見れば目にアカラサマな怒りが宿っている。これはアレか、俺が紅月に不埒な要求、或いは行為をしようとしたと思われているのか。
あまり反論できな…待った待った待った!
紅月から要請された協力への対価を、一案として挙げただけで、こっちから強要はしていないし、別の対価の案があれば譲歩する気もあった!
そもそも、これは対等な立場からの取引だ! 互いの要求が認められなければ降りる事だってできるし、断ったところで互いに損害を与える気は……え?
対価に色事を求める時点で論外? そういうのは籍を入れて結婚するまでやったらいけない?
…え…あー…うーん、うん…言ってる事は…まぁ分かるんだけども。年齢その他には目を瞑って、
なんちゅーか、潔癖やな…。
いや待て落ち着け。弓を射るのはこの際いいけど話を聞け。と言っても、紅月から持ち掛けられた取引については、諸事情あって本人の許可がなければ話す事はできない。
だから、今から紅月の様子を見に行こうと思うんだが、どうだろう。被害者本人に話を聞くのも重要じゃないか!?
いや問答無用じゃねーよ。
とりあえず、矢は全て叩き落して、鬼疾風で急接近して弓をとりあげる…つもりだったが、そういや鬼疾風は先日見られてたんだよな。予測済みだったらしく、躱し打ちでカウンターを喰らう所だった。
まぁ、そこからの鬼の手は予想外だったようだが。直接真鶴に使って捕縛するんじゃなくて、方向転換と移動に使っただけだ。
どうにか抑え込み、宥めすかしてなんとか捕縛。そのまま有無を言わせず紅月の家まで連れて行った。…それを見ていた里人も何人か居たが、あまりの剣幕に恐れをなして首を突っ込めないようだった。行き先が紅月の家だと分かって、妙な事はしないだろう、と思われたのもあるかな。
で、肝心の紅月の家だが。
「お、おかえりなさいませ旦那様!」
「…………」
…………。
「生鶴…? 何故彼女と共に…はっ、妾ですか妾なのですか!? 私とはまだ手すら繋いでいないのに「誰が妾か! そして私は真鶴だ!」 へぶっ!」
パンチで沈んだ。…おい、どういう事だろコレ。
「私が知るか。…む、目に隈ができている…どうやら眠れていないらしいな」
そういや、部屋も結構散らかってるな。元からあまり片付いているとは言えない部屋だったようだけど、紅月がジタバタしたと思われる痕跡が結構ある。
……何か?
昨晩の話の後、帰ってから文字通り一晩中悶えてたのか? …うわ、服も汗びっしょりだ。よく脱水症状にならなかったな。
…紅月の汗が染み込んだ服…か。
「おい、今何かよからぬ事を考えなかったか?」
見逃してくれ。男の本能だ。
「…汚らわしい…。想像するまでなら不問としよう。実行に移すようなら、今度は至近距離から脳天を射抜く」
へいへい、潔癖症ですこと。それはともかく、紅月どうすっかな。眠れてないみたいだし、このままにして休ませるべきか?
「そうしてやれ。…紅月の反応を見るに、私の怒りも勘違いだったようだしな。…迷惑をかけた」
いや真鶴のは勘違いっつーか、今度はなんか紅月が勘違いしてそうなんだけど。何だよ旦那様って。
「そっちは私の知る所ではない。君達で解決して「真鶴!」……神無?」
BANG,とばかりに扉をぶち破って…ああ、また修理しないと…登場した神無は、妙に殺気立っていた。初っ端から刀にも手をかけ、完全に戦闘態勢だ。
キョトンとした顔の真鶴を見て、大きく息を吐いた。
「…どうしたんだ、神無」
「どうもこうもない…。お前が鬼内の家に無理矢理連れていかれたと聞いて…」
「………そうか…」
…え、なにこの空気。はやいとこ、紅月の布団を敷いてやりたいんですけど。
結局、紅月はそのまま寝ると言うか気絶するに任せ、扉だけ修理して俺と神無は帰る事になった。真鶴はと言うと、紅月が起きるまで介護していくそうだ。
色々気になる事はあったが、紅月が目を覚ました時、俺が居るとまた混乱して話がややこしくなりそうだから、と押し切られた。
…帰り道、暫く神無に殺気をぶつけられていたが…受け流していたら、大きく一呼吸して殺気を引っ込めた。
何だとゆーのだ、一体。
「…すまんな。真鶴が鬼内に連れていかれたと聞いて、早合点してしまった」
それは別にいいけど、そこまで殺気立つ事なのか? 鬼内と反目があるのは知ってるが、まさか白昼堂々連れ去って私刑にかける訳でもなかろうに。
「……鬼内は、信用できん…。例え、ここの鬼内が俺達を奴隷扱いしていた奴らとは違ってもな。特に真鶴は………」
真鶴は…何よ。欝な話なら、無理に言わんでも…。
「…いや、この際だから言っておく。俺も、真鶴も…奴隷扱いされている間、散々虐げられてきた。…俺が檻に入れられている間、真鶴が連れていかれた事もある。…刀也に助け出された時は、俺が連れていかれる所だったが」
…それは。ていうか、お前を連れて行ってどうする気だったんだよ…。
「さぁな。身動きできなくして集団で痛めつけるか、それとも見せしめに死刑にでもするか……だが、考えてみればあの時俺を連れて行こうとしたのは、衆道で有名な奴だったような……いや、この際俺はどうでもいい。真鶴が連れていかれた先で、何があったのかは知らん。あいつも言おうとしないし、言いたくもないだろう。…俺も、想像はつくが……今でもその時の事を思い出すと、怒りと惨めさで気が狂いそうになる」
……ヒデェ時代だったみたいだな。
………でも真鶴って純潔だぞ?
「…あ?」
色々とまぁ、あっちこっちで関係持って「破って」きたもんで、見れば経験済みかどうかくらい分かる。
ああでも、鬼内、特に男に対していい思い出がないのは事実みたいだな。
今回の件も、紅月の事でちょっとした行き違いと言うか誤解と言うか、そう思われても仕方ない事があったから同行したんだが、反応がえらく過剰で直接的だったし…。
(……見世物、か。多分それだな…。手は出されなかったものの、剥かれでもしたか…)
「…真鶴をそういう目で見ていたのは、まぁいいとして…どちらにせよ、この里の鬼内も、あの連中のようになるのではないか、という意識が消えん。…鬼内ではないが、モノノフであるお前もな」
…俺ぁ、元々モノノフじゃなかったんですが? 他所の里で訓練を受けてこうなっただけだ。いや、訓練だけじゃなくて、成り行きで色々とありましたが。
「そうか。……羨ましいよ。お前はこんな世界の中で、まるで重い荷物を持っていないようだ。何もかもが、自分には関係ないって面をしている」
そうかね? …まぁ、そうかもな。それなりに背負ってる物はあるつもりだが、毎回毎回それがリセットされるからよ。
「りせっと?」
…秘密だ。ま、気楽なもんだけど、心残りを晴らす事は一生できそうにないのが難点かな。
何にせよ、今のは聞かなかった事にしてやるよ。お前らの過去に何があったのかは知らんし、知ったところで俺から偉そうに言える事はないが……少なくとも、最強を目指そうって奴が吐く事じゃなかったぜ。
「…そうか。そうだな…。つまらん戯言だった。忘れてしまえ」
…そう言いながらも、自分自身は忘れようにも忘れられないって面だった。
凶星月
西歌のお頭が戻ってきた。なので、捕らえた賊の処罰を決める事になったんだが…その場に俺も呼ばれている。紅月から呼ばれた為だ。
その紅月はと言うと、真鶴に付き添われて俺と向かい合ったんだが……顔を赤らめはしたものの、取り乱す事は無かった。
咳ばらいを一つ。
「…見苦しいところをお見せしました」
いや、あれは明らかに俺が悪かったけど……なんであそこまで取り乱したん?
イテッ…おい真鶴、なんで礫とかぶつけてくるんですかねぇ? 当たり所と数によれば、ハンターをも殺せる威力だぞ。…ハンターを150発で倒せるとか、考えてみると割とスゴイかもしれない。
「お前が悪い」
そりゃ何となくわかると言うか、腹の座りようを見る為とは言えあんな提案をしたのが原因なのは分かるが…何? 違う?
真鶴に引っ張られて連れていかれる俺。ホッとしたように溜息を吐いている紅月は、深呼吸を一つして、賊の裁きの場に向かった。
そして路地裏で、襟首とっつかまれて引きずられる俺。人目につかない所にまで連れてこられて、忌々しいと言いたげな顔と口調で耳にささやかれる。
「鈍感で凡骨なお前にもわかりやすく言ってやる。女の操と言うのはな決して安い物ではないんだよ。みだりに触れていい物ではない。不埒な真似でもすれば、一生をかけて償わねばならん。契るなんぞ以ての外だ。どんな意図と経緯があれ、それをさせろ、とお前は言ったんだ」
はぁ。いや、悪い事したと思っちゃいますが。
「…良いだ悪いだを論じる時点で分かっていない。どうやらお前は、私達と違う価値観を持っているようだが、よく覚えておけ。お前は紅月に、触れさせろと要求したのだろう? それは…求婚と同じ事なのだ!」
な、なんだってー!
いや割と真面目になんだって? セクハラの要求が求婚とか、ねぇだろ。そんなんだったら、セクハラ上司とか痴漢とか強姦魔とかの扱いは何よ?
「無論、それは死罪だ。一方的に女子の肌に触れるような不埒な輩は死滅させていい。だが、お前は一方的に、ではなかっただろう」
そりゃ確かに、取引の元で要求しましたけどね。そーいう問題?
「不埒な取引である事には変わりないがな。だが、そう珍しい事でもないだろう。政略結婚もあれば、何かを求めて嫁ぐ事もある。…紅月にはな、お前の言葉がこう聞こえたのだ。『お前の取引を飲むから、俺に操を捧げろ』…つまりは、嫁にこい、とな」
……う、う~ん……?
考えてみりゃ、接吻とかしていいか、と聞くのも、好意を示して要求していると言えなくもないし…。確かに、あの時の紅月の反応は、プロポーズされてテンパったと言われても違和感がなかったような…
「私達が家を訪ねるまで、一晩中悶々として唸り続けていたそうだ。その挙句、私を伴って顔を出したら妾扱いだったがな…。ああ、安心しろ…と言うのも何だが、今は落ち着いている。一眠りしたら、冷静になったようだ。お前がどういう意図で発言したのかも理解している」
それは残念…なのか? 割と脈はありそうだが。
「そのような、『取れそうだから手を伸ばす』程度の覚悟で女性にちょっかいを出すなど、私が許さん。女人を抱こうと言うのなら、一生涯の面倒を見る覚悟で抱け」
…耳が痛いね。いや、離れるつもりで抱いた事なんて、一度だってないんだけどさ。……押し倒された事ならあったけど。
「…さて、その件についてはこれまでとして…賊の事は何か知っているか?」
いんや、どっちかと言うとホロウか紅月に聞いた方がいいと思うぞ。散々追い回したのはホロウだし、直接捕らえたのは紅月だ。
「そうか。サムライにも数人の怪我人が出ている為、処罰には物申したい部分もあるのだが」
…あ? 紅月は、賊は誰も傷つけていないって言ってたぞ。
「…何?」
怪我人の傷は?
「刀傷だが」
…こりゃ、紅月の懸念は大当たりかもな。ただし取引不成立、か。
「………どういう事だ」
紅月曰く、賊は誰も傷つけてないんだってさ。最後まで得物を抜かなかった。
これはホロウにも確認した事だが、賊の武器は仕込鞭。刀傷なんぞできやしない。仕込んでいた苦無も、とっくに使い果たしていた。そもそもからして、賊に追いつけたのはホロウと、直接捕らえた紅月だけだ。
さぁ、誰が刀何ぞ使ったんだろうね。どっちから、と言った方がいいかな? 傷が出来てても重症人じゃなかったって事は、本気ではなかった…と解釈していいのかね。
「…………………」
おお、怖い怖い。精々派手にやってくれ。紅月の為にもなるだろ。
…上手く隠し通せれば技あり。工夫を凝らして切り抜けるなら、小悪党であっても天晴。根回しして手出しできなくさせれば、小癪であっても見事と言おう。だがしくじった時点で全ては無様。
根回しも隠蔽もお粗末で、バレた場合の事を覚悟すらしてなかったのなら………。
「私が、鬼と化す。今この瞬間からだ。…何かと手間をかける事になりそうだ。礼はまた何れ」
先程の会話のおかげで、礼は操でいいのよ、と言えないのが辛い。
んじゃ、裁きの場に向かうとしますかね。
と言う訳で、真鶴と別れて裁判所?に来た訳だが…むぅ、あれが賊か。かなり強いな。いや、強いというか上手い…これも違うな、良くも悪くも腹をくくってる。
とっ捕まって叩き伏せられて、今は縛られて裁きの場に連れ出されてるってのに、諦めてない。そのクセ逃げ道を探そうともしていない。
…機を待っている、って事か。それを微塵も見せない狡猾さがある。
俺も内面観察術を使ってなかったら、騙されたかもしれない。
鬼と戦った経験はそれなり以上にあるようだが、装備品の付け方からして正式なモノノフじゃなさそうだ。モノノフなら、英霊の力を借りる為に、動きから装備品まで色々と決まりや拘りがあるが、それがない。
と言う事は、オオマガトキで生き残って、そこから自力で生き延びてきたのか。強い弱いよりも、逃げ隠れに幸運、その他諸々に秀でたサバイバータイプだろう。
…ここまで一見しただけで分かるとかオカシイって? 師匠のフラウさんなら、今この瞬間どころか3分後に何考えてるか平然と当てられるんだぞ。このくらい軽い軽い。
お頭の前で、罪状が読み上げられる。食料の窃盗から始まり、里への不法侵入、里人を傷つけた事、その他諸々…。一通り読み上げ終わって、西歌のお頭が賊…焔に向き直る。
「申し開きはあるか?」
「何言ってもどうせ信じやしねえだろう? 好きに言えよ」
ふてぶてしい態度を崩さない。それに苛立っているのか、周囲のボルテージが上がっているようだ。
「ふむ…では、この賊を弁護する者はいるか?」
居る訳がないな。犯罪者、盗賊をかばう理由なんて、普通なら無い。…普通なら。
周囲の人達を押しのけ、真鶴が進み出る。同時に、西歌のお頭の横に控えていた紅月が一歩前に出た。鬼内、サムライの有力者が、賊を庇おうとしている事で、少なからず動揺が走った。…「ヤバい」って面してる奴らが何人かいるな。
「一つ訂正があります。確かに賊は狼藉を働きましたが、里人を傷つけてはいません。証人は私、真鶴。そして彼です」
視線が集まる。
「ほう? だが、現に怪我人は出ているぞ。これはどう説明する?」
「賊が使うのは仕込鞭です。ですが、怪我人は皆、刀傷を受けていました。また、怪我人は多くいましたが、彼らがそれを負った場所はあまりにも離れすぎています。…真鶴」
「裁きが行われる前に、独自に調査をとりました。サムライ・鬼内共に証言を得て、それを元に調べたところ、血痕が発見されたのは殆どが里の外周部付近。この男が常に逃げ回っていたとはいえ、一晩でそれだけの場所を巡り切り、相応の実力を持つサムライ・鬼内に手傷を負わせるなど、とても時間が足りません」
…どんどん顔色が悪くなる者数名。怪我人じゃなさそうだが、隠蔽工作に協力した奴かな?
と言うか、明らかに茶番だな、コレ…。西歌のお頭はとっくに理解しているだろう。と言うか、多分報告を受けた時点で気付いている。隠蔽工作が杜撰すぎるわ。…たぶん、サムライも鬼内も自分で隠蔽をしたが、互いに示し合わせた訳じゃないようだから、その辺で既に矛盾が生じていたんだろう。
それを何も言わずに放っておいたのは、次期頭領の紅月がこれをどう裁くのか見極める為…かな?
…意外と残念なところがあるお頭だから、素で気付いてない可能性も否定はしきれんが。
審議はどんどん進み、物証として賊の持っていた仕込鞭に、人を傷つけた痕跡がない事まで指摘される。
ならば、怪我人達は一体何故傷を負ったのか? という疑問も出たが、その話に関しては西歌のお頭が後回しにさせた。今は賊の裁きの場である。
真鶴と紅月は、怪我人については改めて調査する、と…殺気が籠った目で、それぞれサムライと鬼内を睥睨し、それでいったん引っ込んだ。…根性叩き直す気だな、あれは…。
しかし、賊はそれでどうすんべぇ。人を傷つけるという最悪の行為を取ってなかったとは言え、無罪放免ではない。盗みに限らず、犯罪と言うのは「成功しなかったから無罪」とはいかないもんだ。特にこのご時世で、食料泥棒は死罪一歩手前だ。
今は多くの鬼内、サムライ、その他一般人も見ている中での裁きだ。なぁなぁで事を済ませてしまえば、必ず後を引く。
どうなる事か…と思っていると。
「では、この賊は博士に預けるとする」
…はい? いきなり予想外。と言うか、これってなぁなぁの結論だよな? 後退くよな?
実際、周囲でも何故処罰しないのかと、不満の声が上がっている。人を傷つけてはいないようだが、やはり罪人だし…或いは、死刑を見に来た人も居たのかもしれない。
ちゃんと考えて発言してんのか、このお頭…。
「と言う訳で、持っていくように」
「おう、何だかよくわからねぇがよろしくな」
アッハイ。…とりあえず死なないと分かったからって、切り替え早いっすネ。
ちゅーかお頭、この際連れて行くのは構わんけど、理由を説明してもらいたい。博士預かりになるってんなら、俺達は賊と一つの屋根の下で寝起きする事になる。何かしら考えや保険があるなら聞いておきたい。
「保険と言うなら、君が保険だな。口惜しいが、サムライ・鬼内の中を見回しても、君以上の実力者は居ない。何せ、私さえ下して見せたのだからな」
…さっきより強い騒めき。西歌のお頭を負かした、というのが余程信じられないのだろう。
まぁ、確かに…死刑にしない、監禁もしないとなれば、有事の際に一番確実に抑え込めるのは俺か。散々追い回したホロウも一緒にいるんだし…。
「加えて言えば、これは処罰も兼ねている。実は先日、博士を訪ねた折に、丁度いい実験台が居ないかと相談されてな」
…あー、鬼の手の。完成したんかな。
「理論上では完成しているが、臨床実験は必要だそうだ。…まぁ、もし調整がうまく行ってなかったら、右手で吹き飛ぶらしいからな」
「………」
今後がちょっと心配になってきたのか、冷や汗を流す賊。…なんか哀れだな。名前で呼んでやるか…確か焔、とか言ったっけ。
まー何だ、危険は大きいが、上手くいけば強力な戦力も手に入るから、ちょっとした博打だと思って頑張ってくれ。焔が頑張っても、あんまり意味ないけどさ。
凶星月
とりあえず、焔の腕には無事に鬼の手が装着された。…が、起動せずッ…! どうやら着脱機能が邪魔をしているらしい。焔、右手が無事でよかったな。
うーむ、何だかんだで中々完成しないなぁ。サンプルを作る為のカラクリ石の確保にさえ苦労している状態だし、無理もないっちゃ無理もないが。
工房で暮らす事になった焔だが、軽口を叩くくらいで、今は大人しい。体力が回復しきってないし、ちゃんと3食食えて屋根がある場所で寝られるのだから、現状に不満がないようだ。
やっぱり、生きていく為に野盗やってたタイプか。免罪符にはならんけど。
その一方で、サムライや鬼内はエラい事になってるみたいだけどな。焔をお咎めなし状態にしておく事に、不満を抱く余裕すらないくらいに。
何があったかなんて、言うまでもないだろう。紅月と真鶴が、粛清しまくっている。
真鶴なんて、あれから半日も経っていないのに、「鬼の副長」なんてドカタさんもとい土方さんみたいな渾名がついてしまったくらいだ。鬼内と私闘をやらかしたと思しき怪我人も、情け容赦なく半殺しにしている。眼鏡に返り血がついてた。
まぁ、局内法度の違反は即死罪じゃないだけ、まだ有情か。
…あ、またサムライの屯所と鬼内の稽古場の辺りから悲鳴が…南無南無。
追記
裁きの後、紅月が焔に「本当に人を傷つけてないか」を問うていた。
確認っつーよりは、「何か出てくれば儲けもの」みたいな印象だった。焔の方も、尋問されるような雰囲気ではなかったし、何もなかったと答えたらむしろ落胆したような表情すらあった、と証言している。
……誤解は解けたハズだが、やっぱアレかな…。男をとっ捕まえるチャンスって意識は消えなかったのかもしれない。