寂滅月
なんかもう日付と言うか時刻が怪しいな。時計は狂うし、空は色どころか穴しか見えないから、太陽も星も月も見えやしない。
まぁ、とりあえず、なんのかんので里のモノノフの主だったメンバーは全員奪還できた。
…若干、誤算もあったけどな。いや物理的に危険な事じゃないんだよ別に。
そもそもな、最初に初穂達を連れ戻しに行っただろ? その時、記憶が混濁した初穂達の声が聞こえて……まぁ、かつてはあんな風だったのかもしれないが、今とは大分キャラが違うわな。…いや初穂は今と大して変わらなかったか。
で、その時に思いついたんだが、いつも使ってる不思議ふくろの中に、GE世界で持っていたレコーダーがあるのを思い出した訳だ。
まぁ、モノノフ達の黒歴史でも録音できりゃいいなー、霊体なんだし本当に録音できるか怪しいもんだし…なんて考えて、軽い気持ちで録音機能を作動させていた。
……幽体離脱が終わって確かめてみたら、しっかり録音できてたよ。何故!? ……あ、うん? ……「録音した」という因果を体に持って帰った為? 因果の為に、本当に録音した結果が出来上がってしまった? ………ナニソレ意味不明。因果とか因縁って結局何なのだ。
いや、この際何故録音できているのかはどうでもいいんだ。
……ただ、思っていたよりも色々と重い事がね…録音されててね…。秋水の「逃げろ!」って必死の叫びとか。九葉のオッサンの……まぁ、口留めされてっから書かないけど、叫びとか。
大和のお頭の、ショタ調の喋りとか。
…色々な意味でぶっ壊した方がいいとは思ってるんだが、ある意味非常に強力な武器になりそうな気もするんだよなぁ…。
…うん、忘れよう。ふくろの中に放り込んで、忘却の彼方に追いやろう。そしてふとした時に「これなんだったっけ?」とか言いつつ再生して大ダメージを受けよう。
ていっ。…もっと奥へ入れて…よし。うむ。俺は何も見なかった。
さて、ローテーションで皆を助けに行っていた訳だが、俺とホロウが休憩の時間があった。
その時にちょっと話をしたんだが…いやまぁ、それ以外にも大和のお頭から、「これはどういう事態なのか」「イヅチカナタと言うのはどのような鬼なのか」「そんな鬼が居て近くに来ていると分かっているなら、さっさと情報を共有しろ」等、いろんなお話(お説教とも言う)があった訳ですが。
とにかく、俺とホロウで休みの時に、ちょっと話をしたんだわ。主に識の事について。
「…そのような事が…。ただの変質者ではないようですね」
変質者は確定でいいよな。軍師失格の烙印も付けよう。…本人はまるで気にしそうにないけど。熊本弁認定するかは微妙。
「だとしても、公の立場を失う事は痛手でしょう。やる価値はあります。……それで、識はイヅチカナタの力を認識し、それを受けながらも「足りない」と言っていたのですね?
ああ、そうだ。あの口ぶりからして、ここに来たのもクソイヅチが目当てだった可能性が高い。
何か分かる事は無いか?
「………推論に推論を重ねますが…」
構わない。
「因果略奪の力が目当てで、それが足りないと言うのなら…因果をもっと広範囲で、更に強く奪う力を必要としているのだと思われます。因果を奪われ続けた結果、発生するのは…因果崩壊、と呼ばれる現象です」
因果崩壊…字面からして何となく予想はできるが、具体的にどうなる?
「何もなくなる…としか言いようがありません。そこには最初から何もなかった事になります。誰も居なかった。建物も無かった。鬼も居なかった。そこでは何も起きず誰も居らず、ただ時間だけが過ぎて行った事になる」
死ぬって次元じゃない訳ね…。しかし、それを広範囲にやって、何がしたいんだろうな。
「以前、霊山で話した時の口振りから、予測は立てられます。識は『この世界そのものが間違っている』『歴史が間違っている』と言いました。そこで、因果崩壊の性質を考えると…」
…歴史を無かった事にする? そして新しい歴史をやり直す?
「世界規模での因果崩壊を起こせば、それも可能かもしれません。…あくまで理屈の上では、ですが…。ですが、流石にイヅチカナタと言えど、そこまでの因果略奪能力は無い筈です」
だから足りない、か…。この推論を鵜呑みにする訳じゃないが、どっちにしろアイツは危険そうだな。
と言うか、イヅチカナタが目当てだったって事は、ここに来る事を予測できてた訳だよな。それも、因果を喰われても普段通りに行動できるという確信すら持っていた。
「…目当て…成程、私がその目印だったと言う事ですか。虚海が書物から私の存在を見つけ出したように、識もどこかで私を知ったのかもしれません。…この目だけでは確信できないでしょうから、他に何か確たる目印があったのでしょう」
目印…目印なぁ…。そう言えば、識は何故かホロウの居場所を探知できてたんだっけ。ひょっとして、探知機みたいな物を持ってる?
しかし、それは何を探知する為のものだ?
鬼…ではない。鬼の手………も多分違う。ホロウだけの目印…。
「………私の目印………特徴…………まさか、これでしょうか」
ホロウは懐から、小さな銀色の板を出した。…なんだそれ? 鉄とか銀とかじゃなさそうだが。
「私の認識票です。…もう何の意味もない物ですが、私が生まれた世界と所属を示すものす。少なくとも、この時代には存在しない素材で出来ています。私にも詳細は分かりませんが…」
…存在しない素材を探知するレーダーとか、普通に考えて無いだろ。
でも、なんか近い気がする…。
ん? ホロウ、イヅチカナタが国や世界を滅ぼした事ってあるのか? 何かやった結果、人間の争いで滅んだんじゃなくて、イヅチ自体が崩壊させたって事は?
「私が知る限り、ありませ…………? いえ、一つだけあります。私が生まれた国です。世界まではどうなったかはわかりませんが」
そうだよ…いやそもそも、世界を一つ滅ぼした、なんて誰が分かるってんだ? 少なくとも、この討鬼伝世界では異世界の存在なんて確認されてない。『異界』という呼び名だって、文字通り世界が違うって事じゃない。ひょっとしたら、秘密で誰かが知ってるのかもしれないが。
なのに、識はそれを知っている。誰かから、本から伝聞で知ったのではなく、まるでそれが事実だと確かめたかのような言い方だった。
…識は、別の世界…多分ホロウが生まれた世界の住人? それが何らかの理由で、この世界に来た?
「…妄想の領域ではありますが、筋は通ります。あなたが先程言ったように、この認識票の素材を探知する何かを持っているのも、それならばわかります。あの男にとって、この認識票の素材も『既存の物』だったのですから」
下手すると、人造人間のホロウ自身を探知するカラクリとかも持ってるかもしれんな…。
と言う事は、あの時の瞬間移動も、異世界の技術の遺産か?
ああ…もう何が何だか…。
「確かに気になりますが、最優先事項はイヅチカナタの討伐です。それが私の使命であり、ウタカタを救う為の手段であり、貴方にとっても目的の筈。識の事は後回しにしましょう」
…そうか。そうだな。
何だったら、九葉のオッサンも交えて、失脚するよう仕向けるのもいいかもしれん。とにもかくにも、クサレイヅチを叩き斬らないとな…。
さて、そろそろ休憩時間も終わりだ。
残ったメンバーを助け出して、イヅチカナタと総力戦やったる!
HR月
かつて、これ程にクソミソな怒りに塗れた事があっただろうか。いや無い。
ッの野郎、クサレイヅチがぁぁぁぁ…何処まで俺を怒り狂わせれば気が済むんだ。某英霊達の戦争に召喚されたら、問答無用でバーサーカークラスになってしまうくらい怒り狂っている。
……が、ああうん、感情って行き過ぎると逆に平穏になるって本当らしいな。かつてない程の怒りとか憎悪とか、言葉で表せない感情に溢れまくっているが、むしろ今の俺はそれらを撒き散らす事すら考えない程冷静だった。
冷静だったが、怒気を抑えきれたとは言ってない。
月からも分かるように、デスワープしてMH世界にやってきた俺。で、例によってドスマラソンゴしていたんだが……俺が何かするまでもなく、ドスファンゴが即死した。
ドスファンゴだけじゃない。俺を中心にして、茂っていた植物達が枯れて散った。自分から死を選んだかのように、だ。
…そうか、これが殺意の波動か…。そりゃー漏れ出した気迫だけでも、自分から死に臨む奴が出るわなぁ…。
俺の前を走っていたハンター候補生達も、近くの茂みにいた動物達も……幸いにして、漏れ出した俺の気迫で心臓が止まってしまうような事はなかった。
が、突然かけられたプレッシャーにより、例外なくブリリリィ!ジョババババ!!してしまったが。
…その時の気持ちが分かるだろうか?
あの言葉にできない程下劣かつ殲滅一択なイヅチへの言葉にできない強すぎる感情のおかげで、逆に冷静になってしまい、その惨状を無視する事もできなかった俺の気持ちが。
背後で走っていたドスファンゴは、失禁+ブリリリィィ!しながら心臓麻痺か何かで死んでるし、前方を走っていた訓練生達は落ち伸びる途中に背後から矢弾の奇襲を喰らったかのように、重なり合って倒れている。無論、味噌(意味深)付きだ。
遠くで見守っていた教官は…ブリリリィはしなかったけど、密かにジョババババ!!してしまったようだった。
手持ちのこやし玉を全部ブチ撒けたってこうはならんぞ。ハンターは嗅覚だって一般人より鋭いからなぁ…なんつぅかもう、悪臭で頭痛くなってきた。
こうして、今回のデスワープはクソミソな結果に終わってしまったのだ。
とは言え、これは俺の不始末だ。原因はドグサレイヅチだが。物理的に手を出したのではないから、「殺気? ドスファンゴに追いかけられている間に、そんなの感じてる余裕なんかないよ。俺が放った? ハハッ(←危険な笑い方。ウォルト的な意味で)、ナイスジョーク」でシラを斬り通す事もできたんだが、まーなんだ、流石にね…良心が痛んでね…。
悪臭に悩まされながら、何とか全員の始末をした。…別に寝首を掻いたとか、女性のズボンだけ脱がして念入りに後始末したとかじゃなくて、全員叩き起こして体を洗いに行かせただけだ。後は…まぁ、消臭玉使いまくった。
…不潔云々も結構キツいもんがあったが、一部のハンターからの恐怖の視線が痛かったわぁ…。特に、いつぞやのループで狩りに誘ってくれた。ヌヌ剣3人組の、アタッカーの目が。
町中にいきなりイビルジョーが湧いても、ああまで警戒した目はしないだろうに…。他の何人かも同じように警戒してたが、あの子は頭二つ分くらい飛び抜けていた。ご執心の無鉄砲な男の子の傍を横切ろうとしただけで、隙あらば斬り付ける気満々だったぞ。ボッチを拗らせていた当時、仲間に誘ってくれた子だけに、いろんな意味でダメージがでかい。
実際のところ、「本当にこいつだったのか?」という疑問を持っている者も多い。そりゃねえ…今でこそこうだけど、ループの始まりの頃の状況を考えるに、訓練生の中でもブッチギリの落ちこぼれっぽかったもんな。そんな奴が、いきなり怒り狂う古龍もかくやという怒気殺気を放つなんて、とても思えないだろう。
まぁ、この怨みは、今度イヅチと会った時に、渾身のこやし玉乱舞でお返ししてやるとして。
例によって飛び級でハンター訓練場を卒業。どっちかと言うと、ヤバそうな奴を早く追い出そうとしている扱いだったが、この際何も言うまい。
卒業認定前に、教官がやってきて少し話をした。勿論、先日の殺気について…この人だけは遠目からでも目撃してるから、誤魔化せそうにないんだよな…と、今後の進路の事。
進路に関しては、フロンティア行を志望すると、実にあっさり話が通った。フロンティア行自体に、特に制限は無いし、テストも無い。だがそちらでどんな地獄を見ても自己責任。ただ、「死ぬなよ」の一言だけがありがたい。
殺気については……正直その、言える事は無い。真実を言っても「何言ってんだ」と戯言扱いされるだろう。…いや、この業界が長いハンターや教官であれば、「ほう、世界にはまだ未知が多く残っているな」と、そいう言う事もある…で済ませるかもしれないが。
結局、こちらから話せる事は無いので、教官が自分語りする事になってしまった。…他人の昔話とか自慢話とか「昔はヤンチャだった」系の話なんて、中身の無い話ばっかりだろうが……まぁ、色々と思う事はあったよ。人生の先達だしね。校長先生の誰も聞いてないオハナシと違って、手短に纏められていたから苦にもならなかった。やっぱり、人に教える事を専門にしてる人は違うね。
さて、そろそろ俺がどうしてここまで怒り狂う事になったのかを語ろうと思う。
先日の日記にも書いた通り、里の主だったメンバーを奪還する所までは問題なかった。どんどん戦力が増えて行ったし、タタラさんや清磨による後方支援もあった。木綿ちゃんが作ってくれる飯も美味かったなぁ…この期に及んでニンジンたっぷり入れるから、大和のお頭が渋い顔してたけど。
んで、戦力が揃ったし、他の里人達がいつまで無事か分からないんで、イヅチをブッコロしに行こうとした…のはいいんだが、一体どこに行けばいいのか。
ホロウの言によると、イヅチカナタは本来、他の鬼達と同様に現世の何処かに現れ、そこで因果を食い散らかして去っていく。今回のように、空の穴の中に身を隠して因果を喰らう、と言うのは初めて見たらしい。
そして、イヅチカナタはあの穴の中から出てくる気配が一向にない。
「…と言う訳で、皆さんを連れ戻しに行った時のように、幽体離脱してあの穴に乗り込み、そこで戦わなければなりません」
「その前に確認しておくが、イヅチカナタとやらはあの中に居るのだな? …俺も記憶がぼやけて覚えてないが、途方もなく広く暗い空間の中に居たのは覚えている。探し当てる事はできるのか?」
「イヅチカナタは、因果が流れていく先に居ます。里の皆さんが奪われる因果を辿れば、見つけ出せるでしょう。あの中に居る事も間違いありません。私には、イヅチカナタの場所を探知する機能が備わっています」
ん? それ、故障して探知できないって言ってなかったか?
「この因果略奪現象が始まってから、イヅチカナタを探知できるようになりました。恐らくですが、故障していたのではなく、そもそも探知できない場所に居たのでしょう」
…それも繰り返しのせいかね…。まぁ、あいつを潰せるんならその辺の理屈は関係ないな。
「…お前達だけイヅチカナタの能力の影響を受けてなかった事と言い、随分事情がありそうだな。事が終わったら話してもらうぞ」
へーい。まぁ、隠すような事は……女関係以外は無いな。橘花の事も桜花には気づかれかけてるんだし、いっその事こっちから逆にバラしてみるか? 「信じて送り出した彼女が(ry」風に……あ、この世界じゃビデオが無いから動画作れないや。んじゃ文か。…今一つ臨場感が無いな。一捻りして、カチコミしてきた桜花に「あの小説がどうかしたのですか?」みたいな対応させてみるか。勿論、お腹の中に白いのたっぷり入れた状態で。……やってみたいが、今度は「橘花に何を読ませている!」みたいな話になるね。ま、それは後々のオタノシミとしておこう。
さて、そんな訳で幽体離脱し、穴の中にまでやってきたのだ。ちなみに、大和のお頭も含む。幽霊状態だからか、それとも後遺症で体が上手く動かない状態でも戦える術を編み出したのか、以前の大戦の時と同じくらいの戦闘力なのは驚いた。
モノノフ全員で真っ暗な穴に乗り込み、因果の流れに沿って飛び続ける事暫し。時折、「なんでこんな所にこんな物が?」と思うような物体が浮かんでいるのを目撃した。虚海曰く、自分と同じように『穴』に呑まれてこの空間の中を彷徨い続けている漂流物だそうだ。
………人体模型とかカーネルサンダースの人形とか随分近代的な巨大船とか、随分色々あるもんだなぁ…。
どれくらい飛んだのか今一つ分からないが、目的地らしき場所が見えてきた。やはり真っ暗な空間の中にポツンと浮かんでいる、一際大きな足場。因果はそこに流れ着いていた。
…居る。確かに居る。気配がする。頭がまたホワイトアウトしそうだったが、その分の因果を奪われているのか、何とか抑えきれる程度だった。
足場に着地し、全員が無事到着している事を確認。道具や装備の忘れ物無し。地形確認、地の利確認……足場の広さの問題で、一度に戦えるのは例によって4人だろうか。また交代制での戦いになりそうだ。
一際大きな広場に足を進めると、その中心付近で、鬼が出現する時特有の穴が広がった。そこから飛び出してきたのは、御存知全世界の怨敵にして手段を問わずに滅殺確定対象のドグサレイヅチ野郎。
…なのだが、どうにも様子がおかしい。穴から飛び出して登場する鬼は、大抵直後に咆哮を上げたり、勢いよく飛び出して存在感や強さをアッピルするんだが、なんというか……ヌボーっと出てきて、その時点から既に肩で息をしていて……率直に言えば、病人みたいだった。
まぁ、だからと言って容赦する理由は欠片も無いが。病気っぽいからナニ? ブッコロできればそれでいいのよ? 出来ればイキのいいイヅチを端から微塵に切り刻んで苦しめて死なせてやりたいと思わんでもないが、仕留める事が最優先だ。無駄に標的を苦しめても、逆転される目を作るだけだしね。
とは言え、観察と情報収集は狩りに限らず全ての基本。立ち回りを見て、姿形もよーく見て、ホロウとも情報の擦り合わせをしたんだが……。
…なんかこいつ、色々形が変わってないか?
まず、とにかく全長が大きくなっている。俺の記憶にあるイヅチの、1.2倍くらいだろうか。同時にあちこちに筋肉が明らかに膨れ上がっているが、逆に妙にガリガリになっている部分もある。
それから、体のあちこちにモヤがかかっていた。色は…黒、青、紫。体色も若干赤みを帯びていた。
更に、最大の特徴だった両肩から生えた触腕。これの先端が……何て言えばいいんだろアレ……そうだな…まるで既に部位破壊されているようだった。こう、三つの指があるような形だった先端部分が、無くなってたんだよね、左右両方とも。
千切られていたっぽいけど、他者の攻撃によるものだとすると、切り口に違和感があったな。まるで、最初からそう切れるように作られていたような……そうだ、トカゲの尻尾のような感じか。予め切れやすく、切れたとしても出血などを抑えられる構造になっているっていうアレだ。
…でも、それはそれでおかしな話だよな。天敵の居ないあの空間で、誰がイヅチに攻撃出来るってんだ。俺達みたいに、イヅチを追っている奴が他に居るのか?
それに、トカゲのシッポ切り…いわゆる自切というのは、「重要でない部分を、より重要な部分の為に、捨てやすくしておく」だ。重要な部分を捨てるのではない。もしもそうなのだとしたら、トカゲは尻尾だけではなく、体全体の何処でも捨てられるような構造になっているだろう。
イヅチカナタにとって、あの触腕は脳味噌と心臓(あるとしたら)の次に重要な部分の筈だ。あの触腕で、因果を奪い取って食うのだから。戦闘力もそうだが、イヅチが飯を食う為の機関が無くなってしまう。
…まぁ、戦ってる最中に再生しやがったから、考えてみりゃそこまで重要な事でもないのかもしれないが…どうにも引っ掛かるなぁ…。
ああ、それと気になる事と言えばもう一つ。戦ってる最中、何度も妙な動作をしていた。トロくさかったり、逆に動きが鋭かったりしていたのとはまた別に、こう…耳を澄まして何かを聞き取ろうとするような、周囲を見回して何かを探そうとしているような。
何かと思っていたら、虚海が妙な事を言い出した。
イヅチカナタが、何者かから念話を受けている、と。
…念話? イヅチに? 鬼に? …いや、鬼が妙な術を使うのも、心の中を覗き込むような真似ができるのも今更だが。
一体誰から、と聞いてみれば、「途方もなく大きく、イヅチカナタに似た『何か』から」と。
何だよ、イヅチみたいなのが他にもいるってのか? 種族単位で絶滅させたくなるじゃないか。いや絶対させるけど。
ったく、今更になって謎が増えられてもなぁ…。いい加減、色々答え合わせしてほしいもんだ。
まぁ、とにかく。
観察を終えて、戦い始めたんだが……強い…と言うか弱い…と言うか…。はっきり言えば、動きは弱い。緩急が妙に大きくはあるものの、大振りだし動作も単純だし、事故にさえ気を付けておけばいい。攻撃の威力が矢鱈高いが、連続攻撃が極端に少ない為、耐えさえすれば回復も出来る。
危険になったら控えメンバーと交代して、安全に戦っていた為、序盤はかなり楽だった。
しかし、問題なのはタマハミ状態・マガツヒ状態になってからだった。
攻撃がまるで通らない! ブン殴っても弾かれる! おまけに動きが変わって、触腕の振り回しとか、因果略奪の力を集中させたのか、倒れたメンバーが一部記憶を失って戦闘復帰不可能なんて事にもなった。
まぁ、最初にそうなったのは富獄の兄貴で、何でここに居るのかを忘れただけだったんで、「とりあえずあの鬼をぶっ飛ばせばいいんだろ!」ですぐ復活したが。
形もどんどん変わっていく。触腕が際限なく大きくなっていき、逆に体は徐々に萎み始める。体の突起が増えて、そこから触腕が出て…。
体の変化に合わせるように、イヅチの攻撃方法も変わっていく。火を噴き氷を操り雷を落とし爆発を起こし。
もう何を相手に戦ってるのか分からなくなってきたんだが…。
それで諦める奴が出る筈もなかったが。俺としても、これくらいの強敵でないと拍子抜けだ。
今まで散々デスワープさせられた相手が、序盤の頃のコイツ程度の力しか無いんじゃな…。敵が強い事を望むのは愚の骨頂だが、やっぱりやり応えってのは欲しいもんだ。
…そんな事を考えたのが悪かったんだろうか。この世界に居る事からも分かるように、しくじってしまった訳だ。…まさか……。
まさかあの土壇場で、千歳を人質にしやがるとは。クレバーな真似やってくれんじゃねえか…。
虚海ではない。千歳だ。間違いではない。
イヅチカナタとの闘いは、激戦ながらも順調だった。変わり果てたイヅチの体を片っ端から部位破壊したし、鬼葬で再生さえできないようにした部分もある。
傷つき、戦闘続行が難しい者も居たが、全員が壮健。理想的な展開と言ってよかっただろう。
後は脳天をカチ割ってやるだけなんだが…貧相な見た目になるまで縮んだと言うのに、こいつがもう堅い堅い。武器に籠められた霊力の殆どが弾かれるので、手数で勝負するか、防御を問答無用でブチ抜けるような大技で勝負するしかなかった。
しかし、手数で補おうにも触腕の残りが振り回されまくって近付きにくい。
なら大技…俺が持ち得る最大の攻撃と言えば、御存知・鬼杭千切だ。しかしあれはアラガミ状態で使っても、使った後が戦闘不能になってしまう。確実に当てる方法が欲しい。
これで仕留められるとも限らないので、出来れば後続の攻撃も。
そう悩んでいた所、ホロウから一つ提案があった。
「…奴の動きを止め、目をくらませればいいのですね?」
「何か方法でもあるのか、ホロウ」
「ええ…博打になるのは確かですが。今、誰か鬼千切を使えますか?」
「俺が行けるぜ。なんだ、ウタカタ一の伊達男をご所望かい?」
「所望しているのは鬼千切です。息吹、奴の触腕…あの太いものを斬り飛ばしてください。奴が体制を崩すと同時に鬼葬を仕掛け、更にこれを投げつけます」
これって…鬼の手?
「博士も言っていましたが、外すと爆発します。それはもう、籠められた力が行場と歯止めを失って盛大に。鬼葬で一度は力が空になりますが、私の全力を注ぎ込んで力を貯め、増幅させます。これならあの防御も、完全ではありませんが貫ける筈」
「…危ない物を付けてるなぁ…」
「全力を注ぐと言う事は、力を使い果たしたホロウは戦闘不能になると言う事か?」
あ、俺もなる。俺も切り札をぶつける気だけど、反動で体が無茶苦茶になるんだよ。…イヅチのそっくりさんを相手に大暴れした時に使ってた奴、と言えば分かるか?」
「…いいだろう。二人が抜けるのは痛いが、このまま戦っても消耗していくだけだ。各自、総攻撃の態勢に入れ。この一発で勝負を決める」
大和のお頭の決定で、全員が覚悟を決めた。
初撃を担当するのは、息吹。プレッシャー、暴れ回るイヅチの動き、茶々を入れる俺に惑わされる事なく、投槍の一撃は見事にイヅチの触腕を一本斬り飛ばした。ウタカタ一の伊達男、の名に相応しい働きだった。
続いてホロウ。鬼の手の操作技術なら俺より数段上を誇るハラペコ娘。バランスを崩したイヅチの顔に向けて、実体化された腕が伸びる。目玉でも殴るのか…と思ったら、器用な事に瞼を掴み、上に引っ張る…強引に目を全開にさせた。
更に、目にもとまらぬ早業で手袋を引き抜き、ありったけの榴弾と一緒にイヅチの目の前まで投擲。これまた鬼千切の一発で射抜かれた鬼の手と榴弾は大爆発を起こした。それこそ、足場全体に揺れが走るような爆発を。
そして。アラガミ化ッ! 各種バフ、ドーピング服用! 今まで封じてきた鬼の手の使い方、アラタマフリ(うまい事、奉護剣を発動させられた)全ての力を攻撃に転換!
さあ、行くぞ行くぞ行くぞッ! これが俺の殺意の結晶だ!
ホロウ「追い続けてきた宿敵ですが、譲ります。仕留めてください」
息吹「行ってこい、大将!」
初穂「倒せなくても私達が続くからね!」
富獄「舐めた真似しやがった鬼をぶちのめしてこい!」
速鳥「心は熱く、頭は冷たく、指は綺麗に。千載一遇の好機、心魂を注ぐべし」
いつの間にかいる天狐「キュッキュイッ」
桜花「橘花の為だ、ここで仕留める!」
グウェン「今度は私があなたの敵を討つ! 心配せずに突っ込め!」
那木「共に参ります! この場に居ない紅月とも!」
大和「因縁があるのだろう? 断ち切れ、今こそ!」
虚海「私の分まで徹底的に痛めつけてこい」
…すまん、皆一斉に喋られても聞き取れないよ。
が、その心は伝わった! 魂で繋がったッ! 結び合ったッ!
力が流れ込んでくる…漲る…これが共闘!
そしてッ!
これがボッチではできない(NPCが居れば出来るが)究極の俺式対鬼闘法!
鬼杭千切ッ! 極ッ!! だァァァァーーーz____!!!
仲間の力と繋がり、かつてないテンションと境地に達した俺は、ホロウの攻撃により態勢を崩したままのイヅチに肉薄ッ! 必殺の間合いに侵入ッ! イヅチはまだ動けない!
殺ったッ! 終り無いループ、完ッ!
イヅチの顔の真ん中が突然割れ、力なく項垂れている千歳が現れる。
何故、と考える暇も無かった。反射的に、脳が判断を下す前に咄嗟に攻撃をずらす。
俺と仲間達の魂の一撃は、イヅチカナタの脇を掠めて空振りした。そして、頭が真っ白になっている俺の後ろから、多分触腕が迫ってきて。
人質のつもりか、と理解した時には既にMH世界に飛んでいた。
…言葉も出んな。あのシーンでしくじる俺もだけど、千歳を人質にするなんざ…。いや、鬼に人間の倫理観を期待したり、殺し合いや生存競争に正々堂々なんて概念は通じないんだから、これはイヅチの悪辣さを褒めなきゃならんのか。
…思い出したらまた昂ってきた。今日はこの辺にして、ちょっと頭を冷やしてくる。