神怒月
新しい月に突入した。例によってフェンリルもアイドル達も色々忙しくなっている。
そうそう、ライブツアーに出ていたタカネ達が、もうすぐ戻ってくる。俺が居なくてもしっかりライブをこなしており、その評価は鰻登り。黒蛛病の治療ができる事もあり、既に国際的なVIP扱いと言っても過言ではない。
それに遅れを取ってはいられないと、アイドル候補達もレッスンに熱が入っている。
小規模なライブや活動も繰り返し、ちょっとずつファン達を増やしていた。
…その裏で、俺は手を出しちゃったアイドル達をヒィヒィ言わせて遊んでいるんだけども。
尤も、アイドル達がこうまで注目されているのは、フェンリルによる情報操作の一環でもあった。
ラケルてんてーがやってきた、アレやコレやがあっちこっちから暴露されまくっているのだ。情報を漏らしたのは、元フライアの搭乗員数名。
彼らが何を考えて情報をリークしたのかは分からない。ラケルてんてーの仕込なのか、それとも自分が片棒を担いできた事を抱えきれなかったのか。
彼ら自身は、上から命じられた作業をこなしただけで、別に違法な事はやってなかったんだけどなぁ。
何にせよ、暴露された情報に対して、フェンリルは積極的に干渉した。既に情報は拡散しているし、元よりラケルてんてーがやってきた事は規模が大きすぎ、いつまでも隠し通せる訳ではない。
だったら逆に、アレやコレやまでラケルてんてーに押し付けて、世紀の大悪党になってもらおう、という訳だ。
どっちみちダメージが避けられないなら、出来る限りの負債を故人に押し付けてしまおう、という訳だな。妹の名誉を切り刻まれる事にレアは辛そうな顔をしていたが、ラケルてんてーの所業はその程度じゃ誤差と言えるくらいの事だしな。
同時にアイドル達の事をアピールして、矛先を反らし評価を回復させる。
その行いについてのコメントは控えるが、しかし改めて振り返ると、分からない事が幾つかあった。
そもそも、ラケルてんてーに囁き続けていた声と言うのは、一体何だったんだろうか?
ゲームシナリオでは、ラケルてんてー自身が「荒ぶる神の意思」なんて言ってたから、それを鵜呑みにしてしまったが…アラガミにも意思があるのは分かるが、それは一体一体に意識があるって事だ。アラガミという種族全体に共通した意識がある訳じゃない。
前回、終末捕食を引き起こせとラケルてんてーに囁き続けた「荒ぶる神の意思」に反し、力を合わせたアラガミ達が「終末捕食とかマジ迷惑」と反発した。これだけでも、ラケルてんてー曰くの『荒ぶる神の意思』が、アラガミにとって絶対的、或いは普遍的な物でないのが分かる。
ソレが何かに怯えていたと言うのも分からない。俺を惑わす為の戯言という可能性は今でも捨てられないが、あの声は本心から恐怖していたようにも思える。
そう……例えるなら……そうだ、絶対的に強い保護者だと思っていた親が、慌てふためいて狂乱しているのを見たような。
「この声に従っていれば大丈夫」と思っていたのに、その声が真っ先に錯乱してしまったと考えると、割とそのまんまな気がするな。
恐怖で混乱し、ヒステリーを起こした声に従い、時期も準備も何もなく行動してしまった、と…。
じゃあ、その声が怯えてるのは何でだって話になるが、それこそ分からない。
俺にも、恐らくはラケルてんてーも知らないだろう。知っていれば、真っ先にそっちへの対処を考える。
…或いは、その声の主自身も分からなかったのかもしれない。自分を怯えさせるモノが何なのか、何処にいるのか。
それでも恐怖だけは感じるのだとしたら、誰にとっても迷惑な話だ。それで自滅してるんだから。
何にせよ、ラケルてんてーは今や大悪党。或いは、妄想の声に囁かれるままに大規模な犯罪を犯したサイコパス。彼女が手掛けた作品…神機兵からフライア、マグノリア・コンパスに至るまで、その全ては凍結されようとしている。
マグノリア・コンパスは孤児院としての側面もあるので、即凍結とまではいかないが、調査のメスが入っている。…違法な実験や、過酷過ぎる訓練を施した証拠は、現在進行形で発見され続けているようだ。
ブラッド隊も、一時凍結。隊長のジュリウスからして、動ける状態じゃないからな。
一端極東支部預かりとなり、それぞれ別のチームに編入される。勿論、個人個人で会いに行くのは問題ない。
甘いとみるか、厳しいと見るかは人それぞれだった。
ラケルてんてーの肝入りで結成されたチームとは言え、最終的にはラケルてんてーと敵対したし、ジュリウス達自身は犯罪行為の類は行っていない。
そもそも、感応種に対応できる数少ない戦力なのだから、無暗に処罰するべきではなかったという声もあった。
それが同情の声になり、ラケルてんてーが作った胡散臭いチームというレッテルを免れたという面もある。
…色々事情はややこしいが、細かい事を言わなきゃ特に問題が無い状態って事だね。
残っている問題で一番厄介なのは、ジュリウスの黒蛛病治療だが……何と言うか、放っておいても何とかなるような気がしている。
やはりジュリウスの黒蛛病は特別らしく、俺でも完治させる事は叶わなかった。
でも、ジュリウスの彼女さんが、ね。「私が治してあげる!」って超張り切ってんの。
今まで以上に真剣に血の力習得の為のレッスンに励み、あっという間に覚醒してしまった。しかも、発動したのは望み通りに治療系の能力。
…フミカも同様に、その時自分が必要としている力を、断固とした決意で引き出してみせたが……覚醒する力の性質は、やはり素質よりも本人の意思に影響されるのだろうか。
ともあれ、ジュリウスもその献身的な努力に勇気づけられ、リハビリに励んでいる。
復帰して、再度ブラッド隊を結成したいそうだ。
…が、それはそれとして、ジュリウスが小声で「童貞のまま死ねるか…!」と呟いたのを、俺だけが知っている。
…黒蛛病に感染しちゃったもんね。接触したら、相手に感染させちゃうもんね。
ジュリウスの黒蛛病の治療法が発見されなきゃ、童貞と処女のままだもんね。浮気か破局なんて結末は、流石に御遠慮願いたい。うん、応援しとこう。俺もちゃんと、治し方を探すから。
神怒月
極東支部では、平和な日々が続いている。世界基準的に言えば、控え目に言って煉獄、アビス、ゲヘナもいいトコロだ。
最近、アラガミの変化が多彩でなぁ…。それに対抗するように、ゴッドイーター達の装備や戦術もガンガン進歩していく。最近じゃ、俺もうかうかしていられなくなってきた。
ゴッドイーター達主催の勉強会やら技術交換の場も増えてきて、何とも賑やかな事である。
その技術交換の場に、若干コミュ障のケがあるリヴィを放り込んで、あたふたしているのを見るのが最近の愉しみである。
ちなみに、フォローするフリをして何かと話題を振るロミオは、遊んでいるのではなくリヴィが早く溶け込めるようにフォローしているのだ。…こっそり唇の端が吊り上がっているのが見えたが。
ともあれ、とりあえずラケルてんてーの置き土産ならぬ、最後っ屁は確認されていない。
泣きに泣いたレアも、今は何とか落ち着いている。俺が殺したのではなく、アラガミの意思(仮)から解き放った、と考える事で折り合いをつけた。
逆に、世間は相変わらずの大騒ぎだ。ラケルてんてーは、色々有名人だったらしいからなぁ。
それだけバッシングも大きい。というか、隠れた敵が想像以上に多かった。叩けば埃が出るなんてレベルじゃない。いや埃自体は少ないんだけど、それはラケルてんてーが証拠を『抹消』しまくったからだろう。逆に、残った証拠はどれもが致命傷レベルだった。
そのドサクサに紛れて、フェンリルが色々情報操作を行っている。
…自分達の不祥事をラケルてんてーに被せている訳だが、その情報操作の一環のおかげで、レアの存在を世間から覆い隠してくれているのだから、あまり批判的な事は言えない。
ちなみにその『埃』についてだが、フライアで辛うじて残っていた、ラケルてんてーの端末をハッキングして見つかったものだ。
榊博士がちょっとだけ見せてくれたんだが、よくもまぁあれだけ可能性を探り当てられること。ゲームシナリオであったような、ブラッド隊員が死亡したケース、逆にジュリウスが黒蛛病の感染しなかったケースなど、多岐に渡って計画が練られていた。
流石に、自分が死んだ場合の計画の進め方、なんてルートは無かったが……それもおかしいような気がする。自分も含めて、ラケルてんてーにとって全ては道具だった筈。
それだけに、それら全てをかなぐり捨て、下策に走った理由が分からない。
これら全てがブラフで、真の計画はラケルてんてーの頭の中だけにあったのか。或いは、本当にこの計画を進めていたけども、アラガミの意思(仮)の狂乱につられて、段取りを全て投げ捨ててしまったのか。
以前であれば、間違いなく前者だと言い切っただろう。しかし、最期の独白を聞いて以来、後者の可能性をどうしても捨てられない。
…まぁ、どちにしろ警戒を解く事はありえないんだけども。
なんかこう………チリチリするんだよな。ラケルてんてーの陰謀であろうと無かろうと、この感覚は忘れられない。
トップクラスにヤバい気配だ。それこそ、デスワープに直結するレベルの。
こんだけヤバい感覚、どれだけぶりか。MH世界のフロンティアでさえ、これ程危険な気配は感じなかった。
……これが、ラケルてんてーとアラガミの意思が怯えた理由なんだろうか? だったら、もっと前に感じられると思うんだけどな…。
このチリチリ感、ここ数日で急に感じるようになった。何かが近づいてくるんだろうか…。
ちなみに、このチリチリ感を感じながらのセックスは自分でも分かるくらいに激しくてディープだった。一人も腹下死させなかったのが奇跡と言えるくらいに。
オカルト版真言立川流があっても、本気でヤりすぎちゃったからな…。
神怒月
落ち着かない。平静を装ってはいるけど、腹の底で何かが煮えたぎっている感じがする。
…アカムを相手にするのが決まった時だって、こうまでじゃなかったぞ。ドンだけヤバいんだ、今度の相手は。
とは言え、おかしな話だが、助かったと言えば助かったか? 不安を共有する仲間ができた。
それが、よりにもよってタカネと言うのは予想外だったが。
だってタカネだもんなぁ。生まれながらの捕食者、命を星ごと飲み干すもの、ノヴァ。
人間なんぞ極一部の例外を除いて羽虫も同じ。そう評価するだけの力と頭脳と体を持ちながら、俺を追う為だけにそれを捨てた彼女。そして、残された人間程度の力しか持ってないにも関わらず、その考えと態度を変える事のない生物。
そのタカネが、帰国するなり手を握って来たのだ。
……正直言って、これまた予想外だった。
ライブツアーの途中で分かれた時のタカネは、決して上機嫌とは言えなかった。
いつもならつかず離れずの距離で、それでも寄り添うように一緒に行動してくるのに、拗ねた猫のようにツンとソッポを向いていた。
それに、アイドルとしての仕事にも、一定以上の責任感を持っていた筈だ。タカネ自身がアイドル活動に何かを見出したのか、自分を拾った社長に対する恩返しと割り切っているのかは分からないが。
それが、ツアーから帰ってくるなり空港から失踪し、一足先に極東に戻ってきて、俺の顔を見るなり手を取ってくる始末。
何事だ? 一体何があった?
「………暖かい…。人の温もりが落ち着くと言うのは、私も変わらない心理のようですね」
冷静に自分の心理を分析しとらんと、何があったか教えてくれよ…。
手を恋人繋ぎにするのも、素肌で抱き合うのもオールオッケーだけど、タカネがそこまで取り乱すって何があったんだ。
ライブ対決で完勝できなかったのが気に入らないって訳でもあるまい。
「…ええ。あのユノと言う方は、興味深く、好ましい人間です。共に舞い、歌えたことは喜ばしくさえあります。それとは別に………不可思議なのです。私は、怒りを感じています」
怒り? タカネを放置し続けた俺に対してなら、無理もないと思うが…。
「それではありません。いえ、それが切っ掛けではあるのですが…あなた様が極東に戻られた頃から、私の中に不自然な感情がある事に気付きました。私のものではないのに、いつの間にか私の中に入り込んできている感情があるのです」
その感情が…怒り? 単に虫の居所が悪いとか、何かの好意が腹に据えかねたとかではなく、明かに異質な。
…ヤバいな。その怒りの正体は掴めないが、タカネ…ノヴァに影響を与える程強い感情って事だ。タカネの精神力は桁外れに強い。種族的な特徴なのか、タカネ個人の資質なのかは分からないが、血の力の出力を見れば一目瞭然だ。人間とは違った精神構造をしている事もあるかもしれないが、どちらにせよ彼女を精神的に揺さぶるのは至難の業だ。
そのタカネに気付かれる事なく影響を与え続けたモノ…。
想像もつかん。これこそが、ラケルてんてーの置き土産か?
いやしかし、いくらラケルてんてーでも…。
タカネ、もう少し詳しく聞かせてくれ。…部屋に来い。ここで話すのは、ちょいとよろしくない。
「はい…」
普段の飄々とした気品は何処へやら。ラーメン禁止を言い渡されたかのように、タカネは沈み込んでいる。
…何かに影響されているのかもしれないが、感情の揺れ幅も大きい…。本気で何か起こっているようだ。
互いの暖をとるように身を寄せ合いながら、タカネはポツポツと話し出した。
確かに、俺がライブツアーから離れて極東に一人で戻った時、タカネは苛立ちを感じていた。自分に全く構ってくれず、その癖ペット(アンチョビ達だ)に構ってばかりの伴侶に。
だがそれはそれ、これはこれ。モチベーションが少々下がりはしたものの、ライブには全く関係の無い事だ。タカネは、いっそ機械的な程にあっさりと気持ちを切り替えた。人間ではそう都合よく感情をコントロールできないが、ノヴァにとっては大した事ではない。代わりに怒りが時間で劣化すると言う事もないが。
…事実、あっさりとタカネは、俺に対する怒りをしまいこんだ。だが、ささくれ立った感情は消えなかった。
首を傾げ、もう一度気分を切り替えようとしても、その感覚は消えなかった。
一体何に苛立っているのか、言葉にして説明しようとした。出来なかった。自分の状態を見つめ直し、脳から爪先に至るまでの機能セルフチェック。異常無し。理想的なまでの健康体。ただしちょっと塩分摂り過ぎ。
時間になってしまい、仕方ないのでそのままライブに出た。
血の力が暴走しそうになった。暴走と言うのも、少し違うか?いつも通り、タカネの血の力は彼女の意思に従って効果を発揮した。ただ、それに加えて別の効果が相乗していた。
お察しの通り、怒りを伝える力だ。幸いな事に、咄嗟にユノやアンチョビがフォローに回り……具体的に何をしたのか、自分達では気付いてないだろうけど……怒りを伝える血の力は、『興奮を伝える血の力』として緩和されて観客達に届けられた。
その結果が、あのアイドル揃っての大合唱である。それ、一歩間違えれば、大暴動になってたかもしれんやんけ…。
「…あの子達には、恩が出来てしまいましたね」
強がるように笑うタカネだが、恩というか借りを感じているのは確かなようだ。
そうして何とかライブを乗り切って、不明な状態をそのままにしていた事を反省しつつ、改めて自分の状態を見返し、放たれた血の力を思い返して、ようやく気付いた。
自分の中に、自分の物ではない怒りが宿っている事に。
気持ちの悪い感覚です、と吐き捨てるタカネ。
……精神汚染…か? そんな事が出来そうな奴、アラガミに居たかな…。どっちかと言うと、鬼の領分だろう。
いや、ゴッドイーター同志での感応現象なんて例もあるし、無いとは言い切れないな…。
…もう一つ心当たりがあったわ。ラケルてんてーに囁いていた、アラガミの意思(仮)はどうだ? あれも精神に干渉している一例だと思うが…それでタカネがどうにかされるかな。
………何者かに干渉されているとして、その経路は分かるか?
「いいえ。少なくとも、現在進行形で影響を受けているようですが、血の力、並びにあなた様が使う『霊力』が関わっている痕跡は見当たりません。もっと、原始的な影響のような気がします」
原始的…?
「人は、強く悲しんだり怒ったりしている人を見ると、自分もそのような気持ちになってくる、と聞いた事があります。私はそれを経験した事はありませんが、それをもっと強力にしたら、このようになる…気がします」
うーん…タカネは人間に対して、共感性とか殆ど持ってないからな…。
ん? それじゃ、タカネの証言が正しいとしたら、タカネに影響を与えているのは、やはりアラガミの類なんだろうか?
分からない…。
分からないが、これ以上考えても手掛かりすら掴めそうにない。だからと言って放置する事もできない。
…よし、ライブツアーで絡めなかった分、タカネを連れ回してみるとしましょうか。
要するに、気晴らしのデート。