片道一時間半くらいかけてバイクで走り、見物して次にいきたい展示会を決めて帰る。
問題は天候が不安定だと見送らざるを得ない事でしょうか。
バイク使うようになって一番強く実感したのは、現実にファストトラベルは無いって事なんだよなぁ…。
電車と違って乗ってりゃ目的地に着く訳じゃないし、寒かろうが暗かろうが道に迷おうが、自力で帰らないといけない。
当たり前ですが、改めて身に染みました。
凶星月 十三日
一日休んで体調もバッチリ。
今日も今日とて異界巡りである。いつもと違うのは、異界の濃い場所を積極的に歩き回る事。毒無効化の装備の事を認めてもらったからね。
カモフラージュに適当な依頼を受けておいて、最低限の鬼だけ討伐したら未踏の異界に入り込む。
流石に、入り込んですぐに大物の鬼に出会うような事は無かったが、それでも二人にとっては新鮮だったらしい。あまりいい意味ではないが。
「…何と言うか、歩きづらい事極まりないですね。瘴気が濃いのは当然ですが」
そりゃ、今まで動き回ってた場所は、他のモノノフ達が何度も歩いた場所だからな。道だって自然と踏み固められるさ。そこしか通れる場所が無い以上は。
「そりゃそうか。ここは完全に獣道…いえ、鬼の道だから鬼道? な訳ですね。ひょっとしたら、鬼すら通らない道かも…って、キャッ!?」
おっと、段差に注意。
歩き方がなっとらんなー。戦いは強いが、何だかんだで経験不足か。
「む…そういう貴方は…………何で服も殆ど汚れてないの?」
こんなもん序の口だってーの。俺の知ってるG級ハンター…もといタツジン級モノノフなんて、鬱蒼とした森の中を全力疾走しても、服に木の葉の跡一つつけないくらいだからな。
それは極端な例だとしても、こういう場所を効率よく進む方法はあるんだよ。あまりに邪魔な物は排除するのが吉。迷わないよう目印にもなるし、次にここを通る時にはそれを退ける必要もなくなる。
上半身はこんな風に、腕を使って泳ぐように藪を分け、足元は…状況にもよるんだけど、段差を警戒して摺り足になる時と、普通に歩く時を分けていこう。これに関しては、どちらかと言うとどの道を進むかが重要になってくる。
勿論、一番いいのはよく知っていて、安定した道を歩く事だけどね。二番目は、無理にモノを壊したり、逆に壊さない事に拘らない事。
「へぇ…。何だか生き生きしてますね。急に饒舌になったし」
まぁ、何だかんだで根っこと言うか始まりがハンター…狩人だったからね。
と言うか足場の確保は戦闘の基本だし。そう考えるとゲームでの見えない壁も、分からなくはないんだよな。もしも何かあった時、足を取られるような場所には絶対近付かない…と思えば。
とりあえず、進む道は俺が決めていいか? 異界の中を歩き回った経験もそれなりにあるし、流動にさえ警戒してれば迷子にはならないだろう。
「構いません。私達も土地勘のない場所ですから、どちらに進んでもあまり変わりはありませんし」
「私は……うん、やっぱり資材集めを中心にしたいけど…」
「でもこれだけ濃い異界の中ですよ。もしも持ち帰って瘴気が残っていたら、大事極まりないです」
「そっか…。じゃあ仕方ないよね。うん、お任せします」
はいよー。さて、戦いやすそうな道、敵に襲われにくい道、周囲を確認しやすい道…。選んで進めば、鬼との接敵も避ける事が出来る。
むしろ、こっちから奇襲をかける事もあった。…と言うか、祓円陣を使った戦い方は、基本が奇襲なんだけども。
普段この辺りでは出現しない鬼が多くいる。クエヤマ辺りならまだいいんだが…。
「…あれは、よもやタケイクサですか? 初めて見る事極まりないです」
「あっちのは……ダイマエンが飛んでる…。こんなに里に近いのに…!?」
あ、これツチカヅキが潜って移動した跡だな。
…話によると、里の近辺はミフチとカゼキリくらいしか出ないって話だったが…。
以前から居たけど、異界の濃い場所でしか活動しないのか、それともこっそり忍び寄っていたのか。
どっちだと思う?
「………前者…だと思います。最近来たばかりにしては、あちこちに足跡なんかが残ってますから」
だろうね。こいつらが居るから異界が濃い……いや違うな、あの程度の連中でここまで濃くなる筈がない。
何にせよ、あいつらがこのままずっと異界から出てこないってーのは、楽観が過ぎるな。
報告すべきか…。
「報告するのは賛成ですけど、いいんですか? この耳飾りの効力も一緒に報告しないと、出鱈目だって思われますよ」
黙っておいてくれとは頼んだけど、いつまでも隠し通せる物でもないから仕方ない。
とは言え、もうちょっと情報が欲しいな。
「あ、何処かに移動するみたいですよ、あの鬼達。…尾行してみますか?」
…そうだな。俺達に気付いてる様子はない。周囲に俺達を見張っている気配も無い。
巨体の鬼達が二重尾行なんてやりにくい手段を使ってくる可能性は低いが、警戒は必要。だが警戒していれば離脱は簡単。
行くか。
暫し、草むらに潜みながら鬼達を追う。決して無理には追わないつもりだったが、幸いにして道は安定していた。
つまり、この道をあの鬼達が…或いは他の鬼達も、何度も歩いている事を意味する。獣道ならぬ鬼道が出来上がっている。
…道は、歪ながらも円を描くような軌道。これは………巡回しているのか?
「巡回? 見張りって事ですか?」
多分。となると、あいつら以外にも幾つか鬼の集団が居るだろうな。規模は分からないが…下手に襲い掛かってたら、合流したそいつらと挟み撃ちになってたかも。
「鬼が…集団で組織立って行動するなんて…」
明日奈よ、珍しくもないぞ。小さい鬼もデカい鬼も、呼び出したり従えたり利用したり産んだり…数え上げたらキリがない。
組織立っての行動じゃなくても、人を捕らえてその姿を真似して、助けに来たモノノフを騙し討ちするとか、景色の何処かに潜んで近付いてきたモノノフに奇襲をかけるとか。
あいつら意外と頭いいよ。本能でやってるんじゃなくて、明確な理性を持ってるみたいだしね。
ま、だからこそ点け込む隙もよく分かるんだけどさ。こっちには鬼の目だけじゃなく、敵味方の位置を見分ける鷹の目なんて技もあるから余計にね。
しかし奇妙と言うか因果と言うか…。
影に潜み目を惑わし翻弄し擦り抜けるのは、それこそ鬼の本領だろうに。それをモノノフの方がやってるんだからなぁ…。
幾らうまく進んでるように見えても、油断は禁物か。あっちが俺のような隠密行動を予測して罠を仕掛けてないとも限らない。一つ裏を掻かれれば、敵陣のど真ん中で孤立する事になるのを忘れてはならない。
…まぁ、普通に見つかる事なく、罠も無く重要地点に到着できたんですけどね。どうやら鬼は鬼でも、惑わしたりせず真正面から勝負するのが大好きな、東計画的な鬼達らしい。
それはいいんだが………そろそろ戻った方がいいんじゃないか、と考え始めた頃に到着したソコにあるもの。これは……何だろな?
「石碑…なんでしょうか? 石像と言うにも微妙過ぎ…不明瞭極まりないです」
「うーん…普通、彫刻にしろ石碑にしろ、何を意図して作ったのか分かるようにしますよね? 人の像なら人の像、獣の像なら獣の像…」
いやぁ、世の中には訳の分からないガラクタを組み合わせて芸術と称する人達も居るからな。これがそうとも限らんが…。
でも実際、人造物なのは間違いない。台座は鬼達の爪牙で削れたり歪んだりしてるけど、明かに自然にできるような滑らかさ、大きさ、安定感じゃない。
彫刻部分も台座と繋がってるし…触ってみたが、えらく滑らかになっている。……ちょっと滑らかすぎんか、これ。どれだけ丁寧に磨きまくったらこうなるの? 職人芸ってそういうもの? 大体にして、異界に呑まれてから少なくとも数年放置されてるだろうに、どうして風化もしてないの?
しかして問題なのはその形。これは……なんと言えばいいのか。逆様になって眠る赤子? うん、俺にはそう見える。
だけども、二人にはそんな知識は無い。いや赤ちゃん作るのにどーのこーのという知識はあるだろうけど、討鬼伝世界の文明は進んでても幕末くらいだからな…。胎の中で赤子がどんな姿をしているとか、知らないだろう。
それ以前に…。
「あの……だ、大丈夫ですか?」
ああ、平気平気。汚泥に手を突っ込んだようなもんだから。肥溜めじゃないだけまだマシだね。
そんなズザーッと距離取らないでよ。いやモノノフ的には取るのも当たり前だけども。
何せこのよく分からない形の石像、尋常じゃない瘴気を貯めこんでいるのだ。それこそ、触っただけでも俺の腕が瘴気塗れにされるくらいに。
鬼祓いで瘴気を浄化する事はできたが、どう考えても真っ当な代物ではない。
「…やはり鬼の仕業…でしょうか?」
「でも、鬼がこんな石像を作る? どんな形を目指そうとしたのか知らないけど、あいつらの手足でこんなに滑らかにできるのかしら」
「道具を使う鬼も居ますし、そう不思議と言う訳でも…」
「……じゃあ、どうする? 壊す? この辺の瘴気が濃い原因かもしれませんし」
それは同感だが…壊すのはちょっと待ってくれ。何か引っかかるものがある。
どっちにしろ、ここで壊せば近くの鬼達に気付かれるだろう。毒の無効化があっても、そろそろ行動限界が近いんじゃないか?
「む…確かに。さっきの見回りの鬼達に足止めされるとなると、帰還が間に合いそうにありません」
「では今回はこれで撤収ですね。あまり戦えなかったのは残念ですが、胸が高鳴る事極まりなかったです」
その胸が高鳴ったらどれだけ跳ね回るんですかねぇ。という言葉は発さず、進んできた道を逆戻りする。
危うく、別の巡回の鬼達に見つかりそうになりながらも無事撤退。…ふーむ、随分と大所帯で守ってるっぽいな、あの石像。
鬼達にとって重要な物なのは確実だが、奴らが作ったとも思えないのも確か。
…寒雷の旦那に相談してみるか。毒無効装備の事を信じてもらう為にも証言が必要だし、一緒に来てくれる?
「いいですよ。一人で『異界の奥に行ってきました』って言っても、とても信じられないでしょうしね」
「武勇伝を自らひけらかすのは少々はしたないですが、仕方ありませんね。私もあの石像が何なのか気になる事極まりないですし」
…そう言えば、石碑の台座に何やら小さく刻まれている文字があった。詳しく見る前に撤退してしまったが……失敗したな。なんか気になって仕方ない。
そういう訳で、万事屋にやってきた。仕事が一段落して休憩中だったのか、茶を啜っている寒雷の旦那の元へ押しかけ、頼み込んで個室で話を聞いてもらう。
仮にも里の重鎮相手にそうそうやれる事ではないが、少人数故のフットワークの軽さはこの里の強みだな。
一応、「この前みたいに新しく使えそうな物を持ってきた。あまり余人に聞かれたくない」という建前も用意していたが。
「…で、今度は何を見つけてきた? 聞いてるぞ、今日受けたお役目にしては、帰ってくるのがえらく遅かったってな」
…この噂の出回る速さは怖いねぇ。逢引でもしているところが見つかったら、あっという間に噂の種になっちゃうよ。
それはともかく、これこれこういう訳で。
……明日奈と神夜の証言も添えて話を伝えた所。
「……………」
寒雷の旦那は、黙って指を舐め、それを眉に塗り付けた。
「「ちょっ!?」」
「はははは、すまんすまん! とは言え、俄かに信じがたい話だな。まだ調査で来てない異界の中に何かあるだろうとは思ってたが、謎の石像に、何より瘴気を防ぐ道具ねぇ…」
まぁ、モノノフとしてはやっぱりそこが一番信じられんわな。今までありとあらゆる手段を使っても、異界の瘴気だけは無効化できなかった。
むしろ無効化できてりゃ、ここまで追い詰められてないだろうさ。多少なりとも、異界自体を浄化する手段の研究にも繋がってるかもしれん。
「嘘じゃないですよ。証拠としてほら、色々持ってきてるじゃないですか」
「明日奈さん、相変わらず色んな物を集める癖がありますね」
「いや珍しい物を見ると、ついつい」
コレクターかな? 或いはゲーマー的にレアアイテム新アイテムは見過ごせないタチ?
まぁ何にせよ、証拠は充分だと思いますが? 何なら、装備を寒雷の旦那に預けるのも……正直最後の手段だが、やってもいい。
ただしその場合、実験するなら絶対に他言しない者を使う事。寒雷の旦那自身が付けて異界に行くなら、こっちで護衛をやる。
そして信じるにせよ信じないにせよ、持ち主は俺で、譲渡は有り得ない。
「そこまで念を押さなくても信じるさ。持ってきた素材は、今まで見てきた物とはまるで違うからな。…しかし、その瘴気無効とはどういった代物なのやら…」
さぁね。俺も道中で手に入れただけなんで、製法とかは全く知らないんだよ。ただ、これを使っていたおかげで、俺は里に来る前に異界を抜けてこられたんだ。
「里の状況を考えれば、新米モノノフよりも熟練のモノノフにその装備を使わせろ…と言いたいところだが……お前さん、少なくとも下手な熟練モノノフよりは強いようだし、そういう場所の探索にも慣れているらしい。前線のモノノフを退かせるのも、得策ではないしな」
ご理解いただけたようでどうも。
で、件の石像だけど、何か心当たりはないか?
「……あるには…あるんだが…。その石像、赤子を逆さにしたような…退治のような形だったんだな?」
「…明日奈さん、そう見えました?」
「えぇ………いや確かに言われてみればそうなのかもしれないけど、あれが胎児なの…?」
「確か、妊婦の腹の中でどういう状態なのかを解説してた医学書があったから、今度見せてやる。…心当たりはあるんだが、それの筈がない…。明日、お役目に出る前に一度寄ってくれ。見せておきたい資料がある」
胎児の資料か? と言う冗談はともかく、了解した。
俺達は暫く、あの石像近辺を調べていく…と言う事でいいかな?
「異論無しです」
「こっちも」
「よし、なら俺はお前達に特命のお役目があるとしておこう。他のモノノフ達に、怠けていると思われるのも癪だろう」
よろしく頼む。よし、そんじゃ今日は解散!
凶星月 十四日
寒雷の旦那の所に行くため、ちょっと早めに集合。
…神夜、なんか眠そうだな?
「昨晩、目が冴えて眠れなかったもので…。ここ数日間で、随分色々あったものだと思いまして」
ま、確かになぁ。そっちにしてみれば、年単位で滞っていた調査の状況が突然変わり始めたようなものだしな。
「いえ、それもあるのですが、今日はどんな鬼とどんな戦いが出来るかな、と。昨日のように鬼の目を掻い潜って敵陣深くまで入り込むのもよいですが、やはり猛者が多いのであれば正面から戦ってみたい事極まりないです」
「すみません、戦狂いで面倒くさい子で本当にすみません…」
…こうやって明日奈が宥めたり謝ったりしてきたんだろうなぁ。生暖かい目を向けると、猶更がっくりされた。
さて、万事屋が開店する前だったが、寒雷の旦那は表で待っていてくれた。…足元の雪が散らされている。運動してたようだな。
「おう、いい朝だな。冷たい空気で頭がすっきりするぜ」
おはようさん。なんだ、ラジオ体操でもしてたのか?
「羅塩体操ってのは分からんが、まぁ元はモノノフだしな。多少は体を動かさないと落ち着かんのだ。膝が使えなくなったと言っても、復帰が絶望的って訳じゃない。いざと言う時の為、多少は動けるようにしておかないとな!」
リハビリしてるのか。質実剛健な人だなぁ…。
ところで、本題については?
「おう、それな。まぁ入れ入れ」
寒雷の旦那に連れられて、万事屋の奥へ通される。ご丁寧に人払いまでされていた。
…と言うか、これ茶室って奴か。討鬼伝世界でも見るのは初めてだな。成程、話には聞いてたが、これじゃ刀とかは持ち込めないだろう。俺はアサシンブレードがあるけど……使ったことないな。まぁ人を好き好んで殺す理由もないけど。
狭い部屋のようでいて、4人が座り込んでも意外と余裕がある。それだけ無駄のない作りをしてるって事か。
こーゆーの、日本人は得意だねぇ。
寒雷の旦那は、懐から一つの冊子を取り出した。表紙には「禁則事項」と書いてある。…はわわと言いそうな女の子の絵は無かった。
「あの…寒雷さん、それってひょっとしなくても、私達が見ちゃいけないやつじゃ…」
「そうなんだが、俺が許可を出すから問題ない。ここに記載されているのは、この土地近辺の情報だ。まだ異界に呑まれる前の事が記されている」
「…? それって、機密…なんですか?」
「当時はな。今でも機密にするべきものはあるが、そこは見せないから安心しろ。まずは…ここを見てくれ」
胎児の絵じゃないな。
「…それは別途用意しておいたから、とにかく見ろ。これだ」
示されたページには、地図が載っていた。
非常に大雑把な…幕末の頃ならこんなものかな?…地図で、そこには幾つかの絵が描かれている。
「中心にあるのは…シノノメ? ここがこの里ですか」
「山があって、川があって、こっちが東で…………このあちこちの絵は何ですか? 土偶、勾玉、亀…他にも色々」
「絵が小さくて分かりづらいが、それは亀は亀でも玄武だ。これは里を守っていた結界石の配置図だ」
「結界石……結果石!?」
神垣の巫女が、里を守る結界の起点として使うアレか。…結構数があるな…相当負荷がかかったんじゃないか?
「…ああ。その為、シノノメの里の神垣の巫女は代々短命だった。神垣の巫女自体、お役目を終えて引退するまで無事なのが珍しいが…その中でも輪をかけて、な。だが、こうでもしなければ里はとっくに鬼に滅ぼされていたろう」
「…雪華さん……」
「い、今は結界石は里の一つしかないので、そこまで負担は……でもそれは追い詰められて、他の結界石が機能停止しているからで…」
「話を続ける。昨日、お前達が探索した場所はこの土偶の結界石がある辺りだ」
…? まさか、あの胎児のような石像が、その土偶の結界石だとでも?
「そこまでは断言できん。鬼が土偶を削って胎児にするような真似をするとも思えんしな。だが、その石像を見つけた場所の特徴や位置を聞くと、どうやっても結界石があった場所としか思えんのだ」
「そもそも、どうして結界石は効力を失ったのかしら…。まだ里が異界に包囲される前には、向こう百年以上は効果が続くって言われてたのに」
「オオマガトキで、大きな負担がかかり過ぎたのでは?」
「……砕かれたんだ」
「「は!?」」
砕かれた? 結界石が? そりゃ確かに、物にもよるけど人の手で砕けないようなものではないが…。
やったのはどんな鬼だ?
「分からん。オオマガトキの戦いで、シノノメの里は異界に阻まれて霊山と連絡が取れなくなり、孤立した。その頃は、確かに孤立してはいたが里も異界の無い領域も、もっと広かったんだ。それだけの規模の結界に守られていたからな。だが、ある時…この東の結界石に罅が入っていた」
罅…。砕かれていたのではなく、罅?
「そうだ。大騒ぎになったぞ。動揺を与えないよう、一部のモノノフにしか知らされていなかったが…風化で自然と割れたのか、それとも鬼が侵入してきたのか。……考えたくはないが、人の手によるものだったのか。不明だったが、とにかく警備の人数を増やした。…だが、数日後には完全に砕け散って効力を失っているのが発見された。そして異界が徐々に侵蝕を初め、安全な領域は狭まった」
「そんな事が…。では、他の結界石も同様に?」
「ああ。だが、一つ…いや、二つ違う点がある。それは、結界石は砕かれずに効力を失っていた事と、異界が猛烈な勢いで溢れかえった事だ」
砕かれてない…と言う事は、瘴気か何かで汚染されて力を失ったと?
「恐らく。効力を失っているのが確認されてから、数刻と経たずに異界が迫って来たから、調査すらできなかったんだ。だがどの道、結界石の効力だけを突然失わせるなど、風化の類でもなければ、人の手によるものでもない。明らかに鬼の仕業だとして、警戒を続けたが、一つ、また一つと効力を失っていった」
それで、里外の結界石が全て無力化され、現状がある…か。
「俺は以前から、疑問に思っていたんだ。何故、里の周りの異界侵蝕がこれ程に早かったのか。そして早さと濃さが両立しているのか。…仮説に仮説を重ねているが、これが答えなのかもしれん」
「まさか……砕けた筈の結界石を、鬼が利用している…?」
「そう。俺は、結界石を利用して、神垣の巫女同様に結界を張ってる鬼が居るんじゃないかと思ってるんだ。人間から言えば、瘴気を阻み鬼を退けるのが結界だが、鬼の側からすれば自分達の活動しやすい領域を作るのが結界…つまり異界だ。全ての結界石が砕けたのを確認した訳じゃねぇ。そもそも、鬼が結界石に阻まれるならともかく、それを利用するだなんて聞いた事も無い。だが、尋常ではない瘴気に満たされた石像…これが、瘴気を生み出す元となっているのだとしたら…」
…でも、結界石って土偶なんだろ? 胎児だったぞ。
「そこなんだよなぁ、分からねぇのは。位置と場所の特徴からして、結界石があった場所なのは間違いない。砕けずに残っていたとしても、何だってそんな形になってるんだか。…とにかく、それに『何か』があるのは明白だ」
「それが瘴気を生み出す元だとすると…壊しちゃった方がいいですよね?」
「そうなるな。少なくとも、異界の侵蝕速度を落とす事はできるだろう」
ちょい待ち。結界石だぞ。鬼に利用されていて、奪還不可能だったら壊すのに異論はないが、こっちに取り返す事ができるとしたらどうだ?
結界を張っている鬼を斬り捨てるか…或いは、汚されたされた結界石を浄化するか…。
「浄化なんてできるのか? 異界の真ん中で、瘴気を一切排除した空間を作るようなものだぞ。いや、結界石自体が瘴気を生み出すように変えられているのだとしたら…」
そこら辺は、やってみてのお楽しみ…かな。俺も実際にやった事がある訳じゃないが、知人が異界を浄化する為の研究をしててね。偶然出来上がった完成品を一つ持ってる。
もしも…あいつの言う通り、異界を生み出す元を見つけ出し、そいつの効果を発揮させる事ができれば、或いは…。
「…試してみるのは止めんが、敵陣の真ん中に居ると言う事を忘れないようにしろよ」
「……あの、それって…」
「ん? どうした神夜」
躊躇いがちに、神夜は口を噤んだ。言うべきか迷っているらしいが、懸念があるなら言ってほしい。会議の場で意見や問を飲み込むのは、むしろ悪徳だ。
「………その、もしもそれが上手くいったら、結界石が増える事になるんですよね? 里の守りは堅固になるかもしれませんが、それでは雪華さんの負担が…」
む………た、確かにそれは…そうだが…。
「言いたい事は分かるし、雪華に犠牲になれとも言いたくないが…神垣の巫女ってのは、そういうもんだ。何より、現状じゃどう考えても詰んでるんだ。異界は今も徐々に広がっている。数年もせず、この里も異界に呑まれてしまいかねん…。そうなったら雪華だけじゃない、里が丸ごと全滅する。異界の中を彷徨って、鬼から隠れながら瘴気に倒れるか。誰かの負担を増やしてでも、鬼と戦える状況を死守するか。……選択肢はない。そういう事だ」
「………」
「…………神夜、仕方ないとは言いたくないけど、どうにかしようと思うなら、それこそ他に方法はないわ。戦って、鬼を駆逐して、その先で霊山ともう一度連絡が取れれば…」
「…はい、分かっています。詮無い事を申しました」
いや、大事な事だったと思うよ。
…霊山と連絡がとれたら、か…。戦力出してくれるかな。多少なりとも霊山の内用を知ってる俺だが、正直素直に助けてくれるとは思えない。理由はどうあれ、一度は見捨てた里だ。自分達が恨まれているという自覚だってあるだろう。
でも、実際他に頼るアテは無いしなぁ。シラヌイの里の凛音だったら、博打に勝てば話くらいは聞いてくれそうだが。
……幾つか、連中の手を引っ張ってこれるだけの建前や利益を準備しておくか。都合よくあれば、の話だけど…。
ああ、鬼纏もいい材料になるかもしれんな。あれは何だかんだで強力な術だし。
まーなんだ、先の事はおいといても、とりあえず結界石が一つ増えた程度じゃ、そこまで神垣の巫女の負担にもならなかった筈だぞ。
もし本当に異界を浄化する事ができたなら、それは負担以上に大きな光明になる。前向きに考えていこうよ。
「そうですね…。よし、私、斬って斬って斬り捨てます!」
「まだ里の中だから刃物を抜くな!」
うん、取り敢えず踏ん切りがついたようで何よりだ。
討鬼伝世界登場人物表
討鬼伝モノノフからの登場人物
・牡丹……里長をやっているミタマの女の子。元は神垣の巫女らしい。
ミタマなので、見える人と見えない人がいる。
風呂は熱いのが好きだったが、今は水垢離すらできない。
・寒雷…元モノノフ、現在は万事屋の店主。体格のいい、豪快なオッサン。
風呂は熱湯に湯当たり寸前まで入って、フラフラしながら夜酒を飲むのが好き。
・雪華…シノノメの里に所属する神垣の巫女。
一見するとクールな雰囲気だが、心優しく割とフレンドリー。
お風呂は温めが好き。
・練…勝気で姉御肌、褐色美女の鍛冶師。
結構なナイスバディだが、「またサラシがきつくなった」という言葉からしてまだまだ成長しているらしい。
お風呂の温度は何度もいいけど、かなり丁寧に洗う。鍛冶仕事の汚れはしつこい。
・風華…祭祀堂の巫女。
修行途中に祭祀堂の主となってしまった為、修行不足。
どちらと言うと、マスコット兼甘味作成係と思われているようだ。
天狐と友達。
お風呂は烏の行水。そういう所でも天狐と気が合う。
他作品からの登場人物
・明日奈…ソードアートオンラインより。
武器は細剣(レイピア)。
戦いばかりの生活に嫌気がさし、潤いがほしいと思っている。
お風呂は温めが好き。長時間浸かって、妄想する癖がある。
・神夜…無限のフロンティアより。
武器は斬冠刀(特注の太刀、と言うより大剣)。
戦狂いの気質がある。
お風呂は熱めが好き。外に出た時の冷たい空気が堪らない。