魔禍月 弐拾漆日目
色々あったが、とりあえず異界探索を再開する。異界の中も相当派手に吹雪いたようだ。日光が遮られ、元々気温が低い事もあって、雪が溶けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
必然的に、調べた地形でも全く違った形になってしまっている。…そこかしこで、鬼達が縄張り争いを繰り広げる気配も感じられる。
あの吹雪が鬼達にとっても不快な物であるのは事実だったらしい。
「それで、何処をどう探します? 色んな事が変わってるみたいですけど」
そうだな。地形も違うし、植物も色々変化しているようだ。一週間にも満たない吹雪だったのに、それに適応して姿を変えたのか…異界ってのは分からんな。
とは言え、既に探した場所には結界石の彫像は無いと思うが…。
「どうかな…。異界の流動という現象もあるじゃない。近辺の植生が急に変わったのも、適応したからではなく、流動が起きて文字通り別の場所になったからでは?」
…確かに。流動にしては早すぎるとも思うが、そもそもどういう基準で流動が起きてるかもわからない。
ん、待てよ? 結界石の彫像がある場所自体が移動したら…。
「それは無いと思います。今までの彫像は、異界を生み出す素になっていたじゃないですか。ですから、この近辺の異界の何処かにあるのは間違いないと思います」
ふむ、それも一理ある。
ん~…悩みどころだが、ここは最初に戻ったと思って、一から調べ直そう。この辺で採取されていた資材も、最近では有効活用され始めていたし、それが無くなるのは里にとって痛手だろう。
調査のし直しと考えると面倒だが、鬼達の分布や縄張りを知らずに踏み入って、奇襲を受けても面白くない。
「了解。ま、確実堅実が一番大事よね」
「少々物足りませんが、已むを得ません。…後で稽古に付き合ってくださいますか?」
いいよ。ただし、倒されたらそのまま合法強姦されるのを覚悟しておくこと。
「強姦て。…先日の連日連夜で、そういう遊びも確かにしましたけど」
「明日奈さんの『くっ、殺しなさい!』はなんだか妙に似合っていました」
「うっさい。…とにかくまずは歩き回って調査ね。細かい事はその後に考えましょ」
せやな。
そう言う訳で、地形がガラリと変わった異界を歩く。巫女達の怨念の力なのか、とても数日の変わりようとは思えないくらいだ。
見かけた木の枝からぶら下がる氷柱など、堕ちたら鬼にも刺さるんじゃないかと思うくらいの大きさ。よくあれで枝が折れないものだ……ああ、枝も凍り付いてるから硬くなってるのかな。
その辺に転がる氷や雪の塊を拾って眺めてみれば、微量ながら霊力らしき物の残滓が宿っているのが分かる。
こいつらも、持って帰れば資材にできないだろうか? 溶けない氷とか、討鬼伝世界の素材では普通にあったし。…MH世界でも似たような物はあったな。
溶けない氷の扱い方……パッと思いつくだけでも、冷却装置に多大な貢献が出来そうだ。
とりあえず採取するだけして、実際に使えるかは専門家に任せるとするか。
一方、鬼達はやはり熾烈な縄張り争いを繰り広げていたようだ。何がキツいって、負けた時のペナルティがきつい。
先程も述べたが、この辺りの雪やら氷やらその他諸々には、巫女達の霊力の残滓が宿っている。彼女達の行動原理は、まぁその、アレだったものの、その力が鬼にとって有益である筈がない。
縄張り争いで敗北した鬼は、当然ながら手酷く傷つき、その体力も落ちている。その状態で、巫女達の力が残された雪原を彷徨えばどうなるか?
…充分に体力、免疫力がある状態ならともかく、弱った状態では…HPを1ずつ削っていく毒の沼を、延々と彷徨うに等しい。
つまり縄張り争いに負ける=拷問付きであの世行、という構図が出来上がってしまっている。当然、鬼達は必死になって自分の縄張りを確保しようとする。負けてしまったら、ただでさえ傷ついた体を引きずり、ダメージを受けながら雪原を彷徨い、その状態で他の鬼の縄張りを奪おうと挑みかからなければならない。負ければ負ける程不利になる。大富豪みたいなルールになっている。
流石にこれには鬼に同情する。いや、野生の獣の縄張り争いだって、ある意味似たようなものだけども。
とりあえず、初日の探索は滞りなく終了した。
傷ついて彷徨っていた鬼を積極的に狩っておいた。彷徨い続けて、里に来られちゃ敵わんからな。今の雪華の結界をそうそう破れるとは思えないが、制御が完全でない以上、何処かから忍び込まれる可能性もある。
里に戻って、さぁこれからどうする、という話だが…明日奈は居酒屋の仕事があるから、と別行動。
稽古(+合法強姦)をしたがっていた神夜は、雨が降りそうなのに気が付いて家に戻った。ベッドに使った布団を干しっぱなしにしていたらしい。…なお、何をどうやったのか、一見して分からない程度には綺麗にしていた模様。
雪華はと言うと、やはり力の制御が完全ではなくらしく、牡丹の研修の元に何やら術を捏ね回している。
…雪華に会いに行こうとした時、風華に物凄く恨みがましい目で見られたんだが……やっぱりバレてるよなぁ…。
あの子、そっち系の知識あるんだろうか?
…ふむ、女遊びは今日は出来そうにないね。
ぶっ通しでヤリっパなしだったから、丁度いいと言えば丁度いいかな。食傷気味なんて訳じゃないが、メリハリは大事だ。…あの子達も、貪らせるだけじゃなくて、飢えを覚えさせないとね。
たった一日で飢えって言える程のレベルじゃないけど。
さて、それはそれとしてどうしたものか。
家に帰ってもする事が無い。鍛錬……は日常的にしてはいるけども、現状だと腕を鈍らせない程度でしかない。勿論、日々の積み重ねで、ちょっとでも上を目指せるようにはしているけど。
…考えてみれば、俺の楽しみってセックスばっかりだった気がするな。
狩りは生き甲斐とは言え、仕事と言えば仕事だし。今更ながら、もうちょっと趣味の幅を広げた方がいい気がしてきた。
あの格言が思い出されるね。
セックスは1日1時間。 外で遊ぼう元気良く。僕らの仕事はもちろん狩り。狩りが上手く行けばセックスも楽しい。僕らは未来の子沢山。
………何か違う気がする。
と言うか1日1時間のセックスとか、今の俺には短すぎ……あ、体感時間操作があったからそうでもなかったわ。
…ま、ええわ。とりあえず今日は、牡丹に頼まれた事をやっておくとしよう。
白浜君に、あれこれ吹き込んでおくのだ。
鍛え方を教えて、半分放置状態だった負い目もある。仕上がり具合を確認しておくのもいいだろう。
と言う訳で、白浜屋にやってきました。
「…いらっしゃいませぇ~」
白浜君は、貸本屋の店頭で机に頬を尽きてエクトプラズムを吐いていた。
…おい白浜君よ、生きてるか?
「…修行で力尽きてるだけなんで、大丈夫です…」
なら問題ないな。正直な話、途中で音を上げて逃げ出すかと思ってたが……見縊っていたようだ。
体の披露具合と変わり方から言っても、着実に成果は上がっているし、手抜きは一切せずに鍛えこんでる…。
「…一度始めたら逃げられないように、あれこれ仕掛けてるのはそっちじゃないですか…。一度、楽なやり方を見つけて試そうとしたら、えらい目に合いました…」
ああ、そういやそんなのも仕込んでたな。まぁ、それも含めて逃げてないんだから大したものだ。
そろそろ手甲の扱いに進んでもいい頃だな。
…と言うより、恐らく近い内に実戦に出てもらう事になる。今のうちに仕上げておけ。
「はー………は!? 実戦!? 僕が!?」
そうだ。嬉しいか?
「う、嬉しいと言うか怖いと言うか………僕の感想はともかく、どうして突然? あなたに鍛えてもらうようになってから、確かに強くなっている実感はありますが、一人前のモノノフには遠いです。認定試験も受けていませんし、何より僕にはミタマが…」
んな事ぁ分かってる。だが、半人前だからって敵が容赦してくれる訳じゃない。一人前になっても、自分より100倍強い敵とどこでブチ当たるか分からん。そういう意味じゃ、いつ実戦投入されても同じだ。
それに、実戦の空気を感じておく事は、鍛錬としても非常に重要で効果的だ。次の練武戦で、結果を出してみたいだろう? 他のモノノフは、ほぼ全員が実戦を経験している。幾ら鍛えたって、その空気を知っているのと知らないのとでは雲泥の差が出るぞ。
「う……うーん…」
ミタマについては問題ない。その時になるまで明かせないが、目途は立ってる。ちっと口うるさい奴かもしれんが、その分経験は豊富だ。助言役としても力になってくれるだろう。
まだ不安に思う事はあるか?
…白浜君は黙り込んでしまった。
不安に思う事? あるに決まっているだろう。例えそれらを一つ一つ潰していっても、初めて命のやり取りをする場に参加するのだ。形の無い不安に取り憑かれて当たり前だ。
戦う為に鍛えてきたが、根がビビりな白浜君。ここで嫌だと言わないだけ、成長しているんだろう。
時に白浜君。君は仮にも俺の弟子と言う事になる訳だが、そうなると俺の強さの秘訣を一つ伝授しておこうと思う。
「秘訣? ああ、やっぱり何か特別な事を?」
してるけど、これはまた別の意味での強さと言うか、これの為ならどんな敵にだって勝ってやろうって気になるな。
自慢じゃないが、女性との経験はそれなりに豊富でな。真っ当な付き合いをした経験は殆どないが。
「…明日奈さんと神夜さんですよね。彼女も許嫁もいない僕への自慢ですか?」
黙って聞け。
俺はとある房中術を修めている。体質の問題で一定以上を習得できるのは俺くらいだが、それ以外の技術も色々ある。
具体的には、女性との距離の詰め方、口説き方、修羅場った時の切り抜け方。
交合で女をこれでもかと言う程悦ばせる手法。
「……………」
目付きが変わった。うむ、食い付いてきたな。
これらの技術も、段階的に伝えて行こうと思う。
女はいいぞー。ちょっと面倒くさい所もあるが、一緒に居ると人生に潤いが出る。
柔らかくて暖かくて甘酸っぱくて、最初は固く拒絶されるけど、ゆっくり時間をかけて解して、奥の奥まで進んでいけばとろとろに包んで甘やかしてくれる。
「……僕は…僕は、強くなります! 鬼でも実戦でも掛かってこーい!」
うむ、一本釣り終了。
しかし、この術があっても里の中でお相手を見つけるのは難しいな。明日奈も言ってたが、大体は相手が決まってるし。
霊山とかに接触できるようになったら、この子も連れて行くべきか? 本人の意思次第だが…。
あ、でもそうなると、牡丹も連れて行く事になってしまうのか。最低でも、次のお頭が決まらなければ無理だな。
誰か里内で相手が居ない人…………風華?
「いや僕に稚児趣味はありませんから。何いきなりとんでもない事言い出してるんです」
いや、覚えたんならすぐに試してみたくなるだろうという親心ならぬ師匠心だよ。
下手な相手に試すと不倫になりかねんし。
「それはそうですが、『他に居ないから』なんて理由で女性に言い寄るつもりはありません。勿論、不義な事をするつもりもありません」
そーなると里ではいよいよもって難しくなるんじゃが…。
「それはそれ、これはこれです」
そーだね。彼女が居なくても、いざという時を妄想してエロテクだけは身に着けたいってのは俺も覚えがあるし。
ま、とにかく…先払いと言うのもおかしいが、幸い今日は暇なんだ。序の口だけでも教えてやるよ。…白浜君、何となくだけど度々人の地雷を踏み抜きそうな気がするし…。
その後、夕方まで語り合った。
魔禍月 弐拾溌日目
熱心にメモを読み返していた白浜君が寝不足なのはともかくとして、朝一で寒雷の旦那に呼び出されたようだ。
やはり、白浜君の実戦投入(今回に限っては肝試しに近いが)を言い渡されるのだろう。
師匠と呼ばれる程しっかりとした指導をした訳じゃないが、鍛えるのに協力した一人として、ちょいと感慨深いものがある。これで一皮むけてくれればいいんだが。
一方で、謎の塔の痕跡探しは偵察班が頑張っているらしい。と言っても、彼らが入れるのは異界を祓った場所と、浅い場所まで。塔が異界の奥に出現するのだとすると、痕跡集めは難しいだろう。里の近くに出現した事もあるから、全く不可能という訳ではないが。
ちなみにこれに張り切っているのは、前の練武戦で俺と手合わせした……いや殆どのモノノフとは手合わせしてるから、日記に書いてた偵察班の頭領だ。
何でも、前里長とは親しかったらしく、生きている…のは疑っていなかったそうだが、久々に会えるかもしれないと張り切っていた。
…練武戦を思い返すと、あの人も結構濃いキャラクターしてたなぁ…。
で、肝心の俺達だが、相変わらず雪原を彷徨っている。
色々調べてみたが、やはりと言うべきか、異界の一部には流動が起こり、全く違った地形になっていた。だが変わってない部分も存在する。
恐らく、この変わってない部分が地形の核とでもいう部分。流動が起きにくい地形で、ここにぶつかるように流動してきた地形が集まってくるんだろう。
その見分け方は、そこに生息している鬼を見れば分かりやすい。動かない土地に居る鬼達は、何というか……落ち着いている? 逆に流動してきた土地の鬼達は、小型鬼なら地震でもあったかのように怯え、不安を感じた犬のようにしきりに動き回る。大型鬼であれば、目についた鬼同士で縄張り云々を放り出してでも頻繁に争いを繰り返す。
余計な消耗を避けるのが鉄則の野生の中で、この差は分かりやすい。勿論、動かない場所の鬼だって、争いを吹っ掛けられたりする事はあるんだけども。
「…なるほど。では、その動かない土地の中に、例の結界石の石像があると」
多分な。一通り近辺を巡って、流動が起きたと思われる場所・起きてないと思われる場所を洗い出した。その上で、今まで探索してない部分に限定すると……丘と谷、か…。
「昔聞いた話だと、その谷は霊山に通じる唯一の道だったそうですが」
「丘は……何か聞いた事ある? 山の恵みが豊富だった、くらいしか聞いた事ないわ」
その2択で行けば、谷かなぁ。丘の山の恵みって言っても、異界だぜ? 山菜類だって、何がどう変化してるか分かったものじゃない。
霊山に限らず、他の里との連絡・復興は急務だ。相手も一杯一杯の状況だろうが、外に自分達以外の生き残りが居るってのは分かるだけでも価値がある。
「…ですね。里を抜けられる方を優先していると思うと、少し複雑だけど。…ま、もう離れられないからね」
「私は戦えって、その後にべったり出来るのであれば、どちらでもよいです」
いい子達だ。連れていけない雪華の事が気がかりだが、その分しっかり可愛がってやる。
が、それはそれとして、まずは調査だ。
やってきた谷は、思っていたよりも狭く深かった。と言うか、日本にこんな地形あったのか。
あちこちに、刀剣弓矢の残骸が転がっている。…戦の痕跡? モノノフが使うような武器じゃないな。鬼ではなく、人間同士のぶつかり合いだろうか。
地形を考察してみれば、ここは絶好の殺し間だろう。通ろうとする者は密集せざるを得ず、あちこちに狙撃手が隠れる場所がある。
「…よろしくない地形極まりないですね。殺し間なのは見ての通りですが、ここで鬼に襲われると思うと…狭い、盾に出来る遮蔽物もない、そして挟撃が非常に大きな効果を発揮する。巨体を誇る鬼であれば猶更です」
「相変わらず、戦いの事になると頭を使うんだから…。……もし挟撃されたら、どうする?」
「隙を見て谷の壁面を駆けあがって脱出、ですかね。余程上手くやらなければ、狙い打ちされて叩き落されますが」
火力を集中しても一方を突破できないなら、俺もそうなるな。閃光玉の類で、敵を攪乱できれば上手くやれる可能性も上がるだろう。
…それより、一つ気になっている事がある。
前から何度か話に出ている、指揮官級の鬼が出てこないのが気に入らん。
「ああ…そう言えば、先日の巫女様達も、その鬼に唆されたのかもしれないと」
「確証はないって言ってたけどね。…でも、何で今ここでその話が?」
「明日奈さん、簡単な理屈ですよ。先日の騒動の切っ掛けになったのが指揮官級の鬼なら、その混乱の隙をついて来ない筈がない。鬼にとっても有害な吹雪は計算外だったかもしれませんが、その後の行動が全くない筈がない。更に言うなら、このようなモノノフにとって非常に危険な場所を利用しない手はありません。増して、ここは…鬼がそこまで把握しているかは分かりませんが、霊山に通じる直通の道。濃い異界によって普通のモノノフが入ってこれる場所ではありませんが、我々という例外は居ます。異界浄化という現象も、偶発的な物ではないと鬼は理解しているでしょう。…色々言いましたが、私が鬼としてモノノフを狩る立場にあるなら、この場所には必ず罠、或いは番人を置きます」
「…戦馬鹿に解説される、この屈辱っ…!」
「ちょっ、明日奈さん酷くありません!?」
酷くない、普通。
「あなたまで!?」
ま、神夜は地頭は悪くないんだし、興味のある事なら深く考えられるって事でしょ。
実際何を考えているのか…。単なる杞憂であればいいんだが。
とにかく、このままこの谷に入るのはちょっとどころじゃなく危険だ。まずは周囲の索敵、隠れている鬼を見つけ出す。
谷に入って挟撃されるんじゃなく、谷から迫ってくる鬼を撃退すると考えれば、この谷は殺し間から城壁に化ける。さて、一仕事するとしますかね。
暫し谷の周囲の鬼を狩ったが、やはり遠距離攻撃を得意とする鬼と、挟撃に備えていたと思われる大型鬼を数匹発見した。
よそうどおりで大変結構ではある。これだけ守っていると言う事は、外に通じる道なのは確かなんだろう。もしかしたら、結界石の石像もここにあるのかもしれない。
なんだが……なーんか気に入らんな。確かに鬼達は配置されていたが、指揮官級は相変わらず影も形もない。鬼達だって、『ただそこに居ただけ』のような…。
人、モノノフを食える好機とあれば、鬼達は確かに寄ってくるだろうけど、配置しておくだけで挟撃だの殺し間での集中砲火だの、そんな連携が取れるか? 指揮官級がここに居て、それらに連携をさせるなら分かるが…。
…気持ち悪いな。そこそこ掃討に時間がかかったし、今日は里に戻るか。