結局、その時は異界浄化が成功していた話はしなかった。報告したのはその夜だ。
お仕置きックスの後だし、今夜はゆったりイチャラブネッチョリ系な夜を過ごそうと思っていたんだが、寒雷の旦那に呼び出されてしまった。しかも、どういう訳か俺だけ。人目に付かないようにして、明日奈も神夜も連れてくるな、と明確に指示された。
里の重鎮としての呼び出しじゃ、逆らう訳にもいかない。
夜のお楽しみが出来なくなった事を残念に思いながら、言いつけられた通りに気配を消して万事屋へ。
前里長が帰ってきた祝いでもしているのか、今日はいつになく里の雰囲気が明るい。夜になっても明るい家も幾つかあった。一応、誰か出歩いていないか注意していたが…居酒屋で何人か呑んでいたようだが、誰にも会わずに来る事が出来た。
「よう、待ってたぜ」
そこに居たのは前里長と、寒雷の旦那。そして何故か白浜君。…いや、白浜君は牡丹が憑いてるから単なるオマケかな?
得物の銃を横に置き、胡坐をかいて座っている前里長からは、何とも表現し辛いオーラが漂っていた。カリスマ、ではない。親しみ…にしてはちと黒い。邪悪と言えば邪悪、不機嫌そうではあるが、少しばかり楽しそうでもある。一言で言えば……イタズラを思いついた悪ガキのようだ。
…なぁ、寒雷の旦那。一体何事だ? 明らかに、危険な話が飛び出してくるって雰囲気なんだが。
「まぁ、その通りだ。だが避けて通れない道にあった障害をぶち壊す事にかけて、こいつの右に出る奴は居ないんでな。色々とややこしい話になるが、まぁ聞いてくれ」
「ふん、言ってくれるじゃねぇか。まぁいい。さて、昼にも少し話をしたが、前里長改め、現里長として復帰する事になった両津ため吉だ。よろしくな」
よろしく。…俺は近い内に里から去るし、里長と呼ぶのも何だから…両さん、でいいかい?
聞きながら白浜君に目を移すと、目線で肯定された。現里長の地位に復帰すると言うのは、嘘でも何でもないようだ。…色々問題があったと思うが、牡丹が上手くやったんだろう。白浜君と一緒に戦いに行く為に。
「おう、いいぜ。何だかその呼び名はしっくり来るな。それは置いといて、お前さん、霊山と、なんだっけか、何処かの里に向かうんだって? それについて話がある。
異界の浄化についてもいい儲け話…もとい、面白い話になってくれそうだが、それは今は後回しだ。まずは霊山との交流を復活させなきゃならんのだが、これにはいくつも問題がある」
オオマガトキの際、霊山に見捨てられたって意識?
「それ以前の問題だ。いくら霊山がモノノフの総本山だと言っても、無償で助けを差し伸べる訳じゃない。あっちにだって財布の限界とか思惑とか面子ってものがある。あっちにしてみれば、とっくに滅んだと思っていた里がまだ存続していて、助けを求めてくるなんて想像もしちゃいなかっただろう。そんな状況で、快くあれこれ支援されると思うか?」
…確かに、それは無いな。鬼の策略だと思われるか、本物だと分かったとしても自分達に翻意を持っているのではないかと疑われるか。
実際、こことは違う北の地では、霊山と決別して独立不帰を謳う里もあった。
「独立、か。儂らもそうしたい所だが、それには何もかもが足りてない。この里が何年も保っている事自体、儂ですら信じられんからな。
だが、霊山どもの思惑や里人の感情はどうあれ、今は霊山から支援を引っ張り出さねば何もできん」
…話は分かった。だが、それを俺に伝えてどうする?
俺は里の人間じゃないし、さっきも言ったがこの里を去るぞ。そもそも、寒雷の旦那は最初こそ俺を使者にしようと考えてたようだが、諸般の事情で却下したと聞いたが。
「聞いてたか…。その通りだ。そして、使者はこいつらに任せる事にしている」
「が、頑張ります! と言っても、本命は牡丹様なんですけど…」
ポン、と白浜君の肩を叩く寒雷の旦那。
白浜君だけでは、とてもじゃないが任せる事はできない。実力も実績も、何もかもが足りていない。だが、牡丹が居れば話は別だ。
…白浜君に、腹芸が出来るかという問題はあるが。
それを口にすると、両さんはニヤリと笑った。…腹を減らした人食い虎を連想させる笑いだった。
「ああ、確かにこいつにゃその手の駆け引きは無理だ。毒気が無さすぎる。正攻法でどうにか出来る場面での力圧しならともかくな。だから、お前を呼んだんだよ。出来るだろう?」
…汚れ仕事…いや、背後からの情報収集? だが、牡丹がその情報を利用できるとしても、霊山を動かせるとっかかりなんぞ、そうそう…
「…あるんだよ。胸糞悪い話で、白浜にゃあ聞かせない方がいいかと思っていたんだが…。こいつを見てみろ。白浜、お前もだ」
背後に置かれていた巻物を、一つ差し出される。随分と古い…が、保存状態は良好。
白浜君と二人…牡丹を含めれば3人で覗き込むと、そこにはえらく汚い文字が並んでいた。しかも、書かれているのは日本語だけではない。明らかに全く別の体系だった文字が並んでいた。…? 何か、一部に見覚えがあるような。
「えっと……実験記録…?」
「そうだ。専門用語や異国の文字が多くて、儂も今一理解できん。…が、その実験を起こっていたのは、霊山らしい。霊山そのものが後ろに居たのか、一部の人間なのかは知らんが、少なくともそれなり以上の地位をもった者の印が押してある」
本当だ。結構豪華な印…。偽造の類じゃなさそうだな。
これを何処で?
「…儂が居た塔の中だ。上までは調べられなかったが、鍵付きの扉を幾つか壊して、その中を漁ったら出て来たものだ」
「あの前…もとい、里長。確か、昼間には別の物を成果だと言っていませんでしたか?」
「ああ、言った。だがそれだけしかないとは言ってない。…扱い用によっては、とんでもない爆弾になりかねなかったんで、教える人間はごく少数にする事にしたんだ」
ふむん? この人がそこまでするか…。内容は…?
う わ あ
霊山、腐っとるわ…。どこからどこまでが関わってたのか知らないが、マジ腐っとるわ…。
「師匠、どういう意味ですか? 牡丹様も黙りこくってますし。…字が汚すぎて、僕は読めません…」
わざとそうしてるんだろうな。暗号類だって仕込まれてるだろうけど、第三者に見られた時、解読される危険を少しでも減らそうとしたんだろう。
で、肝心の内容だが。
人体実験の記録だ。
「 え あの 霊山、が? でも、モノノフの…世を守るモノノフの総本山で」
霊山そのものが関わってるのかは、俺にも分からん。だが人が集まって組織が出来れば、後ろ暗い部分は必ず出来る。
それにしたって、随分と派手にやったようだが…。
記録を読み進めてみれば、文字通り悪の組織みたいな所業が出る出る。
体の改造、洗脳、記憶の操作を初め、薬漬けにしたり、鬼と融合させようとしたり、クローン…この概念がこの時代にあるか不明だが…のように複製人間を作ろうとしたり。
挙句、それらを戦力として運用し、最終的にはモルモットとして使い捨てた記録さえあった。
「ほぉ、そこまでやってやがったか…。儂も一通り目を通したが、そんな事まで書かれてたか?」
ああ、書かれてるよ。ただし、異国の言葉でね。読めないのも無理はない。まぁ、俺にも落書きにしか見えない文字が多いから、ある程度推測で補ってる所はあるが。
実験記録だから、対象者の記録は書かれてないが…これ、下手すると人攫いとかもやってたんじゃね? 時期的にオオマガトキが起こる前だから…モノノフじゃなくて、鬼の事も知らない一般人、外様である可能性が高い。
「かもしれんが、そこはあくまで想像だ。確証も証拠も無いから、霊山との『話し合い』には使えん」
ほう、『話し合い』ね。『脅迫』ではなく?
「さぁな。少なくとも、白浜は『話し合い』をするだろうよ。こんな薄汚い記録を盾に、脅迫などせん。支援を請おうとしている相手を脅したところで、何の利もない。…が、お前は違うだろう」
それを白浜君の前で言っちゃうかね。ほら、衝撃を受けて呆然としているよ。
まぁ、正道か非道かはともかくとして、支援を引っ張り出すにはいい武器になる。どの道、これを公開したところで霊山が大騒ぎになって、そこから騒動が各里に伝播して状況が不利になるだけ。
精々有利に使ってやるとしよう。具体的には、正面から白浜君が交渉で頑張っている間に、後ろからド突き倒す。
白浜君は…納得できないだろうけど、説得はこっちでしよう。
「任せたぞ、『師匠』よ。正直、儂もこんな胸糞悪い話を持ち出したくはなかったが、背に腹は代えられん。手段を問わず、支援を引っ張り出せ」
そして万一失敗したとしても、俺は里から離れた身なんで、シノノメの里への追及は……薄くなるか?
「さぁな。だが次善の策は重要だ。そっちとしても、里から離れてしまえば無関係の人間を装える。悪くはないだろう」
「…腹黒い会話はその辺にしておけ。しかし、何だってこんな記録があの塔に残っていたんだろうな?」
さてね。どこぞの塔で実験をしていたら、異界に引き摺り込まれて施設だけが残ったのか。
或いは、残ると厄介な事になりそうな資料を、異界に沈めて封印したのか。後者だとしたら、異界をある程度操れる事になるが…。そこまでやるなら、燃やした方が良かったと思うけどな。
「ああ、大した事じゃないがな。儂が通って帰って来たあの黒い穴、お前さんが異界浄化の時に何かしくじって開けたんだって? それが影響して、塔が現れるようになったんじゃないか?」
いや、それは関係ないんじゃないか? 異界浄化に成功したのってつい最近で、あの穴が開いたのだってそうだぞ。
両さんが塔を見つけて入ったの、何年前だよ。
「それはそうだが、異界の中では時間の流れさえ無茶苦茶だからな。帰ってきたら10年近く経っていたとか、予想外どころじゃないぞ。そんな場所にある塔なんだ。多少、時間が前後してもおかしくはないか…と思ったんだが」
………まぁ、言いたい事は分かるけど。
ん? そういや、異界浄化が成功してたってのは、もう話してたっけ? 霊山に通じる道が開拓された訳だけど。
「お前から直接は聞いてないが、見回りのモノノフから報告はあったぞ。ようやくここまで来たか、って感じだな」
感慨深く頷く寒雷の旦那。脳裏には、今までの苦労があれこれと浮かんでいるんだろう。
まー、本当にあの道が霊山に通じてるのかは、進んで確かめてみないと分からんな。地理的に考えれば確かに最短経路だと思うが、途中にまた異界が発生してないとも限らない。
そうなったら、同じように異界の浄化が出来るかどうか…。ここで異界の浄化が可能だったのは、結界石の石像が汚染され、異界の発生源となっていたからだ。本来の機能を取り戻させる事で、強力な浄化を実行する事ができた。…あと、その辺にちらばってる宝玉とかも重要だったようだ。
だが、異界の全てにそれらがある訳ではない。
「先の事を考えすぎても仕方ない。今の儂らは、霊山、或いは他の里との協力体制を築くことが急務だ。異界浄化の実績は、その大きな武器になる。可能だと言う事が分かっただけでも大手柄なんだ」
…そうだな。異界浄化に関しても、別の方法を編み出してくれそうな奴に心当たりがある。霊山に着いたら、あいつと連絡を取ってみるか。偏屈な変人だから、素直に動くとは思えんが。
ところで、外に通じる道が開けた事は、里の皆にはもう伝えるのか?
「ああ。こればかりは、黙っておくと後々厄介な事になりそうだ。何人か外に行きたがるのを覚悟の上で、公開するしかあるまい」
「実際、何人かは霊山に行ってもらわなきゃならんしな。異界浄化を為した張本人のお前に、交渉役として牡丹と白浜、護衛として数人。泥高丸は、里の守りの要だから行かせる訳にはいかん。ある程度腕が立って、余計な騒動を起こさない奴…か」
「最後の一つが無ければ、お前を交渉役にしてたかもな。何をやらかすか分からんが、この手の取引には滅法強いんだわ」
でしょーね。犯罪スレスレと言うかグレーゾーン寄りのブラックと言うか、そういう所を任せたら実に生き生きしそうだもの。
悪党だけに、悪党の心理を知り尽くしてるんだろう。
「誰が悪党だ。さて、誰を護衛役として行かせるか…」
明日奈と神夜は確定な。いや、護衛って言うより俺が連れて行く。
後、使えそうな連中と言えば…。
話し合いながら、その夜は更けていく。
人員の選別を進めながらも、俺は脳内で頭を抱えていた。
雪華、どうしよう…。流石に神垣の巫女を連れて行くのはヤバいよ…。
ここまでで1日目…日付で言うと参拾漆日。この日だけでも結構な話の進展度合いだったが、更に話は進む。