魔禍月肆拾伍日目
そして夜が明けた。何が『そして』なのかは聞かないでほしい。
まぁ、そこそこ実りのある一夜だった。別に子宝云々じゃなくて、情報とか交流的にね。
相変わらず、無暗に懐の広い人だ。
相馬さんと副官、立ち位置的に参謀な人を踏まえ、一晩色々と情報交換した。異界浄化という現象に対する霊山の反応、そこから来た俺達に対して取るであろう対応。
愉快な話だけではなかったが、少なくとも白浜君達は相馬さんを信用してもいい、と結論したようだ。
お人好しの白浜君だけじゃなく、汚れ役を担うであろう4人の護衛役達も。
個人的には、俺達の味方をしてくれる。霊山への口利きも、自分だけでは大した事は出来ないからと、最も有力であろう伝手を紹介してくれる事になった。
…尤も、その伝手と言うのは…『北の地を見捨てた鬼』だったけどね。
「…知っているのか」
まぁ、有名人だし多少は。中つ国出身の一般人な俺だけど、それでも色々と噂は耳にしたよ。
「中つ国!? しかも外様の!? 本当か!?」
ちょっ、何だよそこに食いつくのか!?
「む……いや、すまん…。一人でも生き残りが居ないかと、何年も走り回っていたんだ。…そうか…生き残っていてくれたのか…」
…そういや、前のループで初めて会った時、それが原因で抱き着かれたんだっけ。
オオマガトキで滅んでしまった国の生き残りを、何年もかけて探し続けてたんだよなぁ…。
それはともかく。
「…北の地を見捨てた、と言うのは聞き捨てならないわね」
「伝子さん、言いたい事は分かるが」
「…やるであろうな、奴なら。馬鹿者が…。悪名を背負い込んで、独り闇路を歩くのは相変わらずか」
「八方斎殿、知っているのか?」
「ウタカタの大和とは同期だと言ったであろう。大和と九葉も同期だ。顔見知りでもおかしくあるまい」
そういや、いつぞやそんな話をしていたような気がしなくもないが。
ちゅーか、このデカ頭の人脈、マジで侮れん。百鬼隊の隊員の一人に、かつての知人が居るのに気付き、真っ先に接触したくらいだ。おかげで随分打ち解けるのが早くなった。…接触された当人は、「あの紅顔の美少年だった貴方が、こんな姿に」とマジ泣きしていたが。…え、こいつ昔は美形だったの?
「ともあれ、九葉を伝手として使うのなら、相応の対価を示さねばならん。奴は必要であれば、陰謀も裏切りも粛清も躊躇う事はない。だが必要でないと…それ以上の価値を示しているのであれば、その間だけは信用できる」
「…あの、八方斎さん、それって信用していいんですか? 僕としては、不要になったら即背後から斬られるとしか聞こえないんですけど」
「事実、その通りだ。だがそういう輩とも突き合って行かなければならないのが、使者というものだ。今回に限っては儂らがやるがな」
…俺もちょいと個人的に知ってるが、あの人は信用してもいい外道だよ。
斬り捨て血を浴び悪を成すのは、自分を含まない公共の利益の為だ。斬り捨てられる方は堪ったもんじゃないが、斬り捨てた分だけその血に報いる事を忘れない。
必要だから、それをやる。誰もやらないから、やらせない為に自分がやる。
…偽悪、とは違う…と思う。あれを何て言えばいいのか今でも分からないがね。
「………」
「…山田伝蔵、今は」
「で・ん・こ・さんよ!」
「で、伝子さん…………あー、その今は呑み込めと言うかなんというか」
「落ち着け落ち着け。どの道、俺達の言葉だけでは納得できまい。頼るにせよ見限るにせよ、一度直接会ってみる事だ。噂話は当てにならんぞ」
あの人の場合は、色んな意味で外見も当てにならないけどね。ツンデレの極みみたいな人だからなぁ…。
ともあれ、相手が鬼と呼ばれていようと、それなり以上の地位にあるのは確かだ。何もない状態でいきなり霊山に直談判するより、余程効果があるだろう。
白浜君、怯える必要はないぞ。悪党面だが、会っていきなり暗殺を仕掛けられるような事はないから。
「それが基準なのが既におかしくありません!?」
「ははは、そう怯える事はないさ。俺も口添えするとしよう。………ところで、あっちのあれはいい加減どうにかならんか?」
「…………神夜が迷惑かけて申し訳ありません…」
話にあまり口を挟まず、小さくなっている明日奈が可愛い。
相馬さんの指さす先では、金属音が何度も響き渡っている。裂帛の気合と、間延びした気合が響き渡り、「もう一本!」なんて声までする。更にそれを囃し立てる声。
何をやってるかって? ウチの戦狂いが、百鬼隊の隊員と手合わせしてんだよ。
里を出た時から、どんな強い相手と巡り合えるかとwktkしてたからな。使者としてやってきている事もあり、何とか猫を被ってはいたんだが…隊の一人に、自分と同じ戦狂いの人間を見つけて、ついつい衝動的にやっちゃったらしい。…別に神夜からいきなり斬りかかった訳じゃなくて、お互いの腕試しって事で合意の上ではあるけど。
百鬼隊の人達も基本的に武人気質と言うか、まず強いか弱いかを念頭に置くような連中だから…。
ちなみに、現在神夜と手合わせしているのは、百鬼隊でも新しい隊員らしい。腕は…素質はあるが、精鋭部隊の中では下から数えた方が早い程度。
それでも神夜と互角に渡り合える程度には腕が立つ。
里を出て早々に巡り合えた強敵に、神夜さん大歓喜である。
ちなみに、周囲で見物している百鬼隊達の半分くらいは、ぶるんぶるん揺れる部分とか、見えそうで見えない際どい部分に目が釘付けだったりもする。その乳は俺のだぞ。羨ましいかケケケ。
それはともかく、神夜は興が載ったらいつまでも続けるからな。そろそろ止めなきゃならんか。
おーい、その辺にしとけ。
「うるさい、口を突っ込むな!」
「あと一回! あと一回だけですから!」
…相馬さん、タンコブくらいはいいよな?
「許す。稽古の間とは言え、避けられん方が悪い」
では遠慮なく。その辺に落ちている石を拾って、無造作に上に向かって放り投げる。
大したスピードも無く、緩い放物線を描いて飛ぶ石は、丁度鍔迫り合いの体勢になった二人の頭に落下した。
「「あいたぁ!?」」
「ほう、見事に動きを読み切ったものだ」
あっちのにーちゃんはともかく、神夜の動きはよく知ってるからな。
はいはいそこまで。神夜、こっちおいで。
「うう~…負け越しました…」
「いや、最後の鍔迫り合いに持ち込まれた時点で、押し返す方法が…いてて…久しぶりに楽しくて新鮮な戦いだったのに」
稽古中だったとはいえ、あんなものも避けられないのに戦狂なんぞ気取ってるんじゃない。神夜、お前もだ。
「お前もその辺にしておけ。遠路はるばる訪れた古い同胞に、失礼な口を利いた罰だ。礫くらいは受け入れろ」
ブツブツ不満を言いながらも、大人しく従う新入り百鬼隊。流石に隊長に逆らう程おバカさんではないようだ。
止められた神夜は、不完全燃焼で不貞腐れたような顔になりながらも、素直に俺の傍にやってきた。そして斬冠刀を傍に奥と、胡坐をかいていた俺の膝の上にうつ伏せに横たわる。
ふにょんとしたおっぱいの感触も慣れ親しんだもの。床で絡んでいる時以外で俺に甘える際は、神夜の定位置はここだった。
「……ちょっと、神夜?」
「う~……」
…負けた悔しさが半分、いいトコロで止められた恨み辛みが半分って所か。
申し訳ない、基本的に戦う事ばかり考えてる、見たままの甘えん坊なんだ。
「ははは、慕われてるじゃないか! 切り札を使わずうちの隊員と打ち合えるとは、いい腕をしている。熟練の忍びに、才能は…うん、まぁ、頑張れとしか言いようがないが、将来化ける予感がする新米。そしてお前…。シノノメの里は粒揃いのようだ」
「切り札を使ってない…!?」
「ん、気付いてなかったか。彼らが言っていた、鬼纏とやらを使っていなかっただろう」
正確に言うと、使えなかったんだけどな。あれは鬼の瘴気を利用する技だから、人間相手じゃ発動できんのだ。事前に貯めこんでおく方法もあるにはあるが…。
だから神夜と手合わせしていた少年、あまり気にする事はないぞ。
明日奈、お前も手合わせしてみたいか?
「今はそれどころじゃないわ。興味はあるから、落ち着いたら…ね。ところで、朝ご飯出来ましたよ。百鬼隊の皆さんもどうぞ」
…よくこの状況で、トン汁なんぞ作れたものだ。
明日奈お手製の朝飯食って、さぁこれからどうする、って話になった。
俺達としては、このまま霊山に向かいたい。元より、それが目的だ。
相馬さん達は、このままシノノメの里に接触を取りに進むか、或いは俺達を連れて引き返すか、だ。
今回の相馬さんの任務は、異界が消え去った現象の調査。その発生源である俺達を連れ帰れば、任務達成と言う事にならないだろうか。
「それが事実だと実証できれば、そうなるな。法螺を吹いているとは思わんが、上を納得させるだけの証拠は必要だ」
証拠って言われたってなぁ…。あそこの異界を浄化できたのも、条件が揃っていたからだ。
結界石の石像という、異界を生み出す元になっていた存在を浄化し、その機能を逆転させた。そしてそこら中に転がっていた宝玉がその効果を拡散させた。
この2つが揃っていなければ、再現する事すらできはしない。
「再現できないようなら、異界浄化という実績は信用されないだろう。信用されたところで、資料として相手にされるかどうか………。………いや、そうでなくても、長年異界に囲まれて生き延びてきた里だ。戦力として評価するだけでも、連れ帰る価値はあるか…」
相馬さんが何やら考え込んでいる。もっと竹を割ったような性格だったと思うけど…やっぱり立場ってのがあるんだろうか。
単純に、かつて手を携えていた里の人間と再会した為、保護した……って建前で…それだと異界消失調査の任が果たせてないか。
ここまで悩んでくれている以上、相馬さん自身は俺達をこのまま霊山に連れて行きたいんだろう。
しかし、それを任務よりも優先してもいいのかと言うと…。
このジレンマに終止符を打ったのは、またしても意外な実力を持つ男・ザー斎だった。
「八方斎だ! いやそれよりも、相馬殿の上役は九葉なのだな。であれば、話は簡単だ。儂から緊急の連絡がある。放っておくと、オオマガトキのような大災害に繋がりかねん。異界浄化の調査は必要だが、異界が増えた訳ではないのだ。状況を整理してから調べればいい」
「…緊急の連絡、か。成程、それならば仕方あるまい。では、隊の半分は霊山に戻る。隊員番号が偶数の者は、このまま進んで異界消失の調査を進めろ」
…本当に有能だな、このデカ頭…。
「今のは儂の案ではない。土井が考案した事だ。奴は板挟みにあっている。ならば、適当な理由で後押ししてやれば素直に受け入れるだろう。それが自分の望んだ方向への者であれば、猶更な」
へえ。影が薄ゲフンゲフンあまり目立った発言をしない人だと思ってたけど、意外と…。
ちなみに、本当に緊急の連絡ってあるのか?
「…お前がシノノメの里で開けた、例の穴だ」
オウフw
さて、百鬼隊の馬に乗せてもらい、霊山へと急行。思えば、ここに来るのもどれだけぶりか。いや、前ループ時に訪れはしたんだけども。
相変わらずデカい山だな。こんなデカい山、日本にあったっけ…と今更な疑問を覚える。
明日奈、神夜、白浜君は初めてやってきた霊山に目を輝かせ、完全にお上りさん状態だ。
まぁ、シノノメの里とは比べ物にならないくらい……うん、その、都会だものな。シノノメの里、言っちゃ悪いけど完全にド田舎だもの…。外と交流が途絶えてたせいだろうけど。
「いや、それは元からだった」
…土井さん、いい薬屋紹介しようか? 何でもう胃を痛めてるのか分からんけど、霊山でも評判の医者や薬師が…。
「うん、頼む。それはともかく、霊山まで来たんだな…。ここからが正念場だ」
確かに、交渉役と、その護衛役としてはそうだよな。俺も出来る限り力にはなるけど。
…実際、このまま交渉に入ったとして、霊山が手を貸してくれると思う?
「厳しいな。それをどうにかする為に、私達が色々と探り出さなければならないんだが…」
九葉のオッサンと会うまでに、と言うのは難しいな。お偉いさん相手だから、すぐに会う事はできないだろうが…。
…伝子さん、チンゲン斎、山本先生、皆は………あれ?
「…私が胃を抑える理由が分かっただろう? 八方斎は『知人の伝手を辿る。九葉との面会までには戻ろう』と言って人ごみに消えた。山本先生は、一瞬目を離したら居なくなってた…多分誰かに変装してる。伝子さんは………なんか、その、知らない男に声をかけられて、ほいほいついて行ってしまった。白浜君と牡丹様が大人しい事だけが、私の救いだよ…」
…逆ナン? それとも警備隊? 或いはそっち系の店…カマバーでもあるんだろうか。
まぁ、いい大人……………かどうかはともかく、能力的には優秀な人達だし、問題は起こさないでしょ。むしろ、交渉の為の手掛かりを探しに行ったと思えば…。
「私達の本来の役割は護衛なんだ。ついでに言うと、私は戦闘能力にはあまり自信が無い…。頼むから、君までふらりと消えないでくれよ」
ははは、大丈夫大丈夫。何処を狙えばいいかは大体見当がついてるから、皆が戻ってきてから向かうさ。
俺も霊山見物したいしね。
…今のうちに色々考えておかなければいけない事もある。
差し当たり、九葉のオッサンは俺を覚えているだろうか? 今までのループでは、全てがリセットされてい………なかったな。何故かGE世界の始まりが変更されてたっけ。あれの理由は未だに分からん。
ともあれ、今まで通りであれば、九葉のオッサンは俺の事なんぞ全く知らないだろう。前ループで合っていても、全てリセット。
だが、俺は九葉のおっさんと初めて会った時、オオマガトキが起こる前の横浜(だと思う)に居た。異界から始まるこの世界では今一時間軸の信用がおけないが、『九葉のオッサンと会ったのは、スタートするよりも前の時間』である可能性がある。
データをセーブさえしていれば、リセットボタンが押されたところでそれまでやった事が消えてなくなる訳じゃない。……『おきのどくですが』のテロップが流れなければな!