魔禍月伍拾肆日目
「お疲れ様です兄貴!」
…そんな言葉で、俺と明日奈は出迎えられました。
目の前には、直角に腰を曲げて頭を下げている桐人君。その横には、頭痛を堪えているような、ある意味納得しているような白浜君。
…ナニコレ?
いや確かに、昨日「舎弟にしてやってください」なんて言ってたけども。
隣に居る明日奈も、気まずくなるどころか大混乱だよ。
あー、桐人君や、いきなりどういう事だね?
「桐人とでも、丁稚とでも好きにお呼びください! …それはともかく、昨日のお話、大変感じ入りました! 弟子にしてほしいとは言いません、ただ傍で学ぶことを許してください!」
………何なの、いや本当に何なのこれ。
キャラが変わってるってレベルじゃないよ。と言うか、隣の明日奈の事は眼中に無しかい。
「え? …あ、明日奈…」
「えーと…うん、その……えーと…」
マジで気付いてなかったのか。明日奈が別の意味で気まずそうだ。
白浜君に、視線で助けを求めている。
『え、これ僕から説明するんですか!?』みたいな空気を感じるが、一番正しく現状を理解できてるのは、多分君だ。
すっごい嫌そうな顔をしてるけど、視線で師匠命令とするといつか下剋上してやるとブツブツ言いながら口を開いた。
「桐人君、ちょっと落ち着いて。えーと、なんか昨日師匠と話した事で、物凄く感銘を受けた、らしいです。それで蒙を開いてくれた師匠に、挨拶と礼をしにきたんだとか」
「昨日話してた事って……私達を受け止めるのが本懐、っていう?」
「…明日奈、聞いてたのか…。あぁ、そうだ。思えば明日奈にも悪い事をしたと思ってる。正直、思い出すと未だに膝が震えるんだけど、それは俺が情けないのが原因だ。それが原因で、明日奈まで傷つけていたって自覚すらなかったんだ。だけど兄貴のおかげで目が覚めた。女性恐怖症なんて関係ない。そうやって怯えてるのは、俺が弱いままだったから。男として成長してなかったからだ。女のモノノフと組むと動けなくなるとか、それで正規モノノフになるのに苦労したとか、そんなもの責任転嫁だった」
「あ、え、いやその、そこは自分で言うのも何だけど本気で怒っていいと…私も色々どうかしてたし」
「それでもだ。それを言い訳にするのは、俺自身が許せない。弱っちくても、俺だって男なんだ。意地がある。意地があると思い出せた。…それに、誰の責任だろうと、現状に問題がある事には変わりないし…」
まぁ、君の強さに自分の命と生活と妹さんの人生までかかってるものな…。経緯はどうあれ、女性恐怖症は直さなけりゃ話にならんか。
「うう…ごめんね、本当にごめん…。私のせいじゃないって言うかもしれないけど、かなり罪悪感」
明日奈がさめざめ泣いている。…女を泣かせる男なんて、と思うが、今回ばかりは目を瞑るべきだ。元凶が明日奈なのは事実なんだし。
「モノノフ生活だけじゃなくて、桐人の青春もかかってるんだし、早めに治すに越したことはないと思う。今だと意中の人と話す事もできないって言ってたし」
「ちょっ、兼一!」
何気に二人が呼び捨てにしあう程意気投合しているようだが、いや白浜君よ、いきなりその話題を出すかい?
女性恐怖症なら、そんな相手…………あれ? この慌て方は、ひょっとして居る?
いや別に居てもいいんだけど、明日奈は……あら、完全に気にしてないな。むしろ気が楽になったとでも言わんばかり。
完全に桐人君に未練…が無いのは分かってたが、男として興味を失っているようだ。むしろ、自分が心に傷を負わせた相手が、割と健全な人間関係を築こうとしている事に安堵しているようだった。
…地雷じゃなかったか。セーフセーフ。
となると、俺もちと気になるなぁ。女性恐怖症を持ちながら惹かれた相手、か。
野次馬根性が無い事もないが、治療の一環になるかもしれん。ちょっと話してみ?
「い、いや流石に今からそれはちょっと…」
…兄貴分として命令してみようかな? 流石に悪趣味が過ぎるか?
「あ、挨拶も終わったし、モノノフのお役目があるんで今日はこれで失礼します! そんじゃ明日奈、白浜君もまたな!」
走り去る桐人君を、生暖かい目で見守った。
で、白浜君?
「聞いた話だと、髪を短めにしたおしとやかな女性だそうです。それ以上の事は聞けてませんね」
ふぅむ…。桐人君が惹かれた相手…単純に考えれば、女性恐怖症の切っ掛けとなった明日奈の真逆を行く女性とか?
例えば活発・好戦的 ⇔ おしとやか・引っ込み思案
髪が茶髪で長い⇔黒髪で短め。
スタイルは……明日奈は結構出るトコ出て引っ込むトコ引っ込んでるけど、当時は二次性徴が始まるかどうかってくらいだから…その逆とすると、結構デカい? うーん、ここは想像でしかないな。
ま、所詮は想像か。関わっていくうちに、誰が相手なのか分かる事もあるだろう。
さて、拠点としている宿に戻ってきた訳だが…明日奈は熟睡中。一晩中盛っていた疲れが噴き出したようだ。まぁ、満足そうに眠ったし、俺もすぐ傍に居る訳だから良しとしよう。
昨日は木綿季として観光に出掛けていた神夜も戻ってきており、こちらも熟睡中。土井によると、朝方にようやく戻って来たらしい。むぅ、朝帰りとは不埒な。…俺達もそうだった。
で、今日は俺達は非番、お休み。…と言う名の警護である。
誰のって、そりゃ相変わらず眠り続けている、異界の中から連れ出してきた褐色ちっぱい少女のだ。
大っぴらにすると、彼女の関係者…実験体扱いしていた奴が気付いて何か仕掛けてくるかもしれないので、ローテーションで宿に留まり、警護を続けているのだ。
しかし、この子本当に大丈夫かな…。容器から連れ出してきたのは、失敗だったかもしれん。
何せこの子、目覚める気配が全くない寝たきり状態なのだ。
…飲まず食わずで寝たきりって、どれくらい生きてられるんだっけ…。健常者でも3日保てばいい方だったと思うが。
流動食みたいなものを作って、顎やら喉やらを圧迫して無理矢理食わせている(そして排泄もさせている)が、このままだと冗談抜きで衰弱死する未来しか見えない。
俺達だって、いつまで面倒を見られるか。引っ張り出してきて、思い通りにいかないから放り出す…なんて事はできないが、実際目覚めないものは目覚めないんだしなぁ…。
どうにかできないかと、警護担当者は持ってきた資料を漁る事が多い。
未だに目覚めていない事から分かるように、成果が上がっているとは言い辛いが…それでも多少、分かった事はある。
連れ出してきた少女の名前は雪風。個人としての戦闘力に重きを置いて改造された(或いは錬成された)少女だ。
個体名ではなくシリーズ名なのかもしれないが、とりあえず他に呼び名が無い。もし起きてから本人が嫌がれば、その時に改名すればいいだろう。
何やら発電能力を持っており、それを専用の道具に流す事で強烈な攻撃が出来るらしい。
…そんな道具見かけたっけか…? あの施設の中は大雑把に見ただけだが、武器の類があれば確実に持ってくると思うんだが。あそこで見つかったのは、意識不明の女性以外では資料ばっかだったし。
あの施設は、見られたらまずい物の保管庫のようだし、武器だけなら大して問題はないから放り込まれなかったのかもしれない。
うん、でも次に行った時にもう一度探してみよう。
で、分かった事がもう一つ。彼女達(男も居たけど)は生体兵器の類として作成・使役されていた訳だが、その統率役となる個体(或いはシリーズ)が居るらしい。
その名は『浅黄』。高い戦闘能力、滅鬼隊の隊員を統率する指揮力、更には男好きのする外見と、全ての技術を注ぎ込んだハイエンド個体だそうな。
資料から読み取れる特徴を見る限り、それっぽいのが何人か施設に居たなぁ。どれが浅黄なのか、或いは全てが浅黄なのかは分からないが。
…もし、この雪風とやらと友好的な関係を築けたら、次はこの浅黄を連れ出してみるか。
統率役ってくらいだし、他の滅鬼隊への絶対命令権とか組み込まれていても不思議ではない。もしそういう機能があるのであれば、彼女一人を説得できれば後が楽に進みそうだ。
それに、ハイエンド個体の戦闘力がどれくらいなのかも気になるしな。
…と、ここまでの事が判明している訳だが、更なる事実を探し、そして雪風を目覚めさせる為、、明日奈と神夜の寝息が響く横でオレは資料を漁っていた。
資料は途切れ途切れだが、幾つか気になる記述も含まれている。
失敗作がどうの、能力が高くても使い物にならないだの、胸糞悪い言葉だが……そこまで読み込んで、ふと気になった。
カタログスペックにある程の高性能でありながら、何度も失敗したり、傷を負ったりしている…という記載がある。
確かに、スペック表がハッタリでないのなら、鬼は勿論人間相手でもそうそう不覚は取らない筈だ。なのに、失敗、手傷を負って戻って来た、その他諸々…。
……高い能力を活かしきれていないのか、それとも過信や慢心によるものか。
どちらか判断が付きかねたが、一番気になるのは、眠っている雪風の体だ。
おかしな意味ではない。何気にエロスを感じる少女だが、今問題にしているのは彼女の体に傷跡があったかどうか。
…ここに連れてくるまでの記憶を思い出す限り、傷跡らしい傷跡は無かった。新旧問わずだ。
あの培養槽みたいな容器が、傷跡一つ残さない治癒能力を持っている…というのは考え辛い。
何度も傷を負っている筈なのに、その跡無し。
と言う事は…『この』雪風は、『新品』なんだろう。まだ一度も任務に出た事もない、下手をすると起動…目を覚ました事があるかさえ怪しい。
ついでに言えば、スペックの割に失敗が多い理由も分かった。過去の経験が無いからだ。
使い捨てにされ、酷い傷を受ければそのまま破棄。失敗した理由も考える事も出来ず、次の者に伝える事もできない。そして、次の者は…前任者が失敗したと聞かされるかもしれないが…何を警戒すべきかも分からず、頼りに出来るのは無暗に高められたスペックのみ。
そりゃ暴走も慢心も失敗もするだろう。
……そこまでハイスペックの生態兵器を、平然と破棄できるって言うのがよく分からんが…俺の想像が間違っているのか、維持を考えなければ割と格安で『製造』できる類だったのか、それとも使役者が阿呆だっただけなのか。
ともあれ、『雪風』『浅黄』という名は個体名ではなくシリーズ名で間違いなさそうだ。
…個体名があるかもしれないが……彼女達が使い捨ての道具扱いされているのだとしたら、態々名前を付けるとも思えない。
どこの胸糞ブタ野郎だ、こんな杜撰な扱いしてやがったのは…。
思わず苛立ちが籠った声が漏れる…その時。
「…………う……ん…?」
…へ?
雪風がモゾ、と体を動かした。驚いて顔を覗き込むと、茫洋とした目が開かれる。焦点が合っておらず、口を半開きにしたまま力なく視線を彷徨わせる姿は、少女と言うより痴呆老人のようだった。
いや、赤ん坊か? 目は見えているけど、そこに映るのが何なのか、全く理解できていない。そんな表情だった。
目が合った。
「………だれ…?」
誰って…答えようとした瞬間、目を見開くような事が起きた。
赤ん坊のようだった、良くも悪くも無垢そのものだった表情が急激に変わっていく。表情だけでなく四肢に力と活気が漲り、瞳に意思が宿る。
名を名乗る前に、彼女は飛び起きた。
腰元と枕元、そして周囲を確認して驚愕に目を見開く。
「こ、ここは!? 私の雷銃は!?」
騒ぐな! 二人熟睡してるんだから。
ここは霊山の宿の一室。雷銃ってのは知らん。何だそれ。
「何って……私の……私の? …?」
ぱちくり。瞬きの後、彼女は頭に手をやって首を捻った。
またも視線が揺らぎ、不安らしき感情が滲みだしてくる。
…実のところ、雷銃とやらには心当たりがある。名前の通り武器のようだし、資料に書かれていた雪風シリーズ用に特別に作られた道具なんだろう。ただ、やっぱりそれがどこにあるのかは知らないが。
「えーっと……私の? いやそもそも私…私って…? ………ねえ、私って誰?」
それを俺に聞くんかい。
誰って言われても、こっちが聞きたいくらいなんだが。とある破棄された施設の中で、眠っていたのを見つけて連れ帰って来ただけじゃい。
「そうなの? …じゃあ、私の名前知ってたりしない? 何にも思い出せないんだけど」
…記憶喪失?
「じゃないの。思い出せないって事は」
そんな他人事みたいに。
「そう言われても実感ないし。思い出せないのは確かだけど、何か忘れてるとか、こう…不安とかは何も感じないのよね」
呑気な子だなぁ…。
実際のところ、「思い出せない」じゃなくて最初から何も持っていなかったんだろう。『起動』したのも今回が初めてなんだろうし。
体を改造される前の記憶がどうなのかは分からないが。
「でも名前くらい無いと不便よね…それだけでも思い出せないかしら」
それっぽい物なら心当たりはあるぞ。納得がいったら、それを名前にすればいいんじゃないか。
えーっと、資料資料…。
「…それは?」
お前と一緒に見つけた何かの記録。えーっと、人名らしきものは…。
浅黄、紫、紅、沙耶根尾、桜、タコさんスレイヤー、雪風、凛子、骸佐、「あ、それ何かしっくり来た!」…骸佐?
「違うわよ! 雪風よ、雪風! ていうかそれ、男の名前でしょ! それ以前にたこさんすれいやーって何」
世の中にはカミーユが男の名で何が悪い、という名言があってだな。あとタコさんスレイヤーと言えば漁師かタコ焼き屋じゃないか。
「髪結いは別に名前じゃないと思うけど。まぁいいわ。とにかく私の名前は雪風よ。それでよろしくね!」
お、おう…ノリでここまでやっちゃったけど、いいのかな。シリーズ名っぽいのに…いやそもそも、この子は自分が何なのか全く把握できてないんだぞ。思わず隠蔽して何も知りません、って顔しちゃったが…。
どうしよう?
「…で、結局ここって何処? 私ってどうなってた訳?」
…話してみた感じ、割と頭が弱いというかチョロい子っぽいから、誤魔化すのも露呈した後にフォローするのもそう難しく無さそうだけど…。
とりあえず、他の皆に相談するとしようか…。