さて、そういう訳で雪風を連れて、俺・明日奈・神夜・こっそり木綿季の5人体制で霊山に乗り出した。
最初は静かにしてなければいけない書庫に向かうと言う事で、ちょっとブーたれていた雪風だが。
「……………(グッタリ)…」
書庫に到着する頃には、すっかりとグロッキー状態になっていた。
デフォルメされて、力なく横たわるその姿。起きているのか寝ているのか分からない目、機能しているのか疑わしい鼻、どこにいったのか分からない口、移動するには横に転がっていく無気力さ、
たれ雪風と命名しよう。
何でこんな事になっているかと言うと……一言で言えば、人混みに酔った。
元々、知らない人が数人いるだけでも怯えて俺の後ろに隠れてしまう程の人見知りだ。大路地を進むだけでも、そりゃ大変な気力が必要だったろう。
実際、パニックを起こしかけた事も一度や二度ではない。手を握ったら、何とか落ち着いたけど。
明日奈と神夜にも励まされ護衛され、何とか書庫まで辿り着いた訳だ。
書庫の静けさが、今の雪風には逆に心地よいようだ。
「……あの、寝る所探してきましょうか?」
「………………いい……ここでだれてる…」
「…有無を言わさず連れて行った方がよさそうね。しかし、ここまで消耗するとは…雪風が知っている街の風景とは、全く違ったって事かしら。特に人の数が」
かもな。遊園地にやってきて、いきなりお化け屋敷に放り込まれた子供と、都会に初めてやってきたお上りさんを掛け合わせたような騒ぎっぷりだったからなぁ。
もうちょっと静かな道を通れば、知らない町の風景を楽しむ事くらいはできたかもしれないが。
帰りはそっちの通路を使ってみるか。
「ところで、突然書庫にやってきて、何か用でもあったのですか? 私も、本を読むのは嫌いではありませんけど」
「ここ、貸本屋も兼ねてるのね。…雪風の寝物語用に、昔話の本でも借りて行こうかしら」
お、それはいいな。今の雪風は完全に子供同然だから、情操教育にも使えそうだ。
で、俺自身の用事だけど……ちょっと本を探しててな。前にここに訪れた時には、必ず読んでたもんだ。
「愛読書ですか。興味深い事極まりないです。どのような本です? 司書さんに探してもらいますか?」
いや、多分あれって普通の本じゃないから…多分、探すまでも無く自然と見つかると思う。そうでなければ、どうやっても見つからないか…。
すまん、ちょっと雪風の面倒を見ててくれ。これだけ疲れてれば、逆に混乱して騒ぎ立てる気力もないだろ。
…さて、そうやって一人になり、人目のつかない一角にやってきた訳ですが。
何を探しているのかは言うまでもないだろう。恒例の、オカルト版真言立川流指南書だ。
我が人生のバイブルにして、色々な意味で人生を狂わせた一冊。
巻数不明で著者不明、何の為に書かれたのかも分からず、それどころか書かれている内容は普通の人では実践できない技術のみ。偽書扱いされ、書庫にも保管されている事すら把握されていなかったという、一般的に全く意味のない代物だ。厨二病患者がチラシの裏に書きなぐり、ついつい投稿してしまい、後になって身悶える糞小説に近い代物だ。……何故だろう、心が痛い。
その偽書同然のバイブルは、どういう訳だか俺がループを重ねて霊山の書庫に来る度に、新しいものが発見されている。運命的な物を感じなくもない。絶対にロクでもない運命だけど。
前回見つかったのは、裏真言立川流指南書・其之参だったか。表と裏があるとか聞いてないんだが、それはともかくとして。
もしも運命的なモノが本当にあるのなら、こうして一人になってフラフラしているだけでも、自然と手元に転がり込んでくる筈。
さぁ、どうだ?
………あったよ、本当に。
うっはぁ…これ、絶対誰か仕組んでるって。でも誰が? クサレイヅチ……じゃないよな。もしそうだったら……これに関してだけは感謝するべきだろうか。千歳達を奪ったのはクサレイヅチだが、彼女達と結ばれる切っ掛けになったのがこの本でもあるんだよな…。
…まぁ、後で考えればいいか。本当にクサレイヅチが仕組んだものだって確証も無いし。
ともあれ、俺の手元にあるのは数枚のメモ用紙。…うん、ちゃんとした本じゃないんだ、メモ用紙なんだ。走り書きなんだ。
これまでの指南書は、偽書扱いであってもちゃんとした本として保管されていた。束ねられ、表紙背表紙も付けられ、中身も清書されいた、題名も書かれていた本だった。
しかし、今回のこれは違う。殴り書き、走り書き、訂正の後が幾つも記載されていて、表紙もとってつけたようなペラペラの紙一枚。本とさえ言えない有様だ。
これを見つけたのは、書庫の棚の一角。ズラッと並んだ本が、一部だけ無くなっていた。誰かが借りて行ってるんだろうと、何となく目を惹かれて…そこの本の後ろに、何か紙があるのに気が付いた。もしもここの本が借りられていなかったら、並んだ本に隠れたままで、全く気付く事はできなかっただろう。
異様な寒気を感じつつ、手前にある本を退かして、その紙を手に取ってみると… 陳腐極まりない表紙にこう書かれていた。
オカルト版真言立川流指南書未完
と。
はて。 未完? みかん? 蜜柑?
○刊とか、表とか裏とか亜流とかじゃなくて、ミカン?
いや、確かに本として完成しているとはとても言えないけども。そういう意味では未完と言うのも頷けるけども。
…しかしなんだな、未完と言うとどうしても思い浮かぶな……男坂り、だったか? オレはようやくのぼりつめはじめたばかりだからな、このはてしなくふかい男盛りをよ……というフレーズが。 …? 微妙に違う気がする。
まぁいいや。とりあえず内容を見てみよう。
う わ ぁ
う わ あ ァァァんまりだァァアァ~~~~~~~~!!!!
ふぅ、スッとしたぜ……司書さんに鈍器かと思うほど分厚い辞書で思いっきりブン殴られたけど。
声を聞きつけてやってきた明日奈は、『なんだいつもの奇行か』って感じでそのまま戻って行ったけど。
うん、まぁ…未完なのも分かったよ。
畜生、理論や理屈がなまじ理解できるだけに、続きが気になりすぎるんですが!? すっげぇ気になるところで中断しやがって…。
最高に盛り上がったアニメ30分が、野球中継やら何やらで延々と先延ばしにされ、半年くらい後にまで放映されないと知ったような怒りが…! そりゃエシディシさんだって泣きわめきますよ!
…まぁ、そこで切られてる理由も分かるんだけどね。
ちょっと詳しく中身の説明をすると、この指南書は今までの指南書とは明らかに違うものだった。
これまでの指南書は、体系立って理論と実戦に裏打ちされた、明確な思想と技術を、第三者(俺しか居ないけど)に理解させる為の指南書だった。当然、限りなく分かりやすく、極力矛盾を孕まないよう、添削され、何度も繰り返し推敲されているものだった。
それに対して、今回の指南書はまるで……そう、超高等な理論を、学会のお偉いさん方に予行演習も資料準備も無しに論文発表しようとしているかのような……要するに、自分でも理論の細部を詰め切れておらず、どう表現すればいいのかも分かっていない。執筆中にも、ああでもないこうでもないと理屈を捏ね回し、考え直してはまた混乱し…を繰り返す。
要するに、これは誰かに向けての指南書ではなく、研究資料に近いんだ。
何か一つの業…技術を作り上げるまでの、思考や実験結果を片っ端から書き記している。読んでいて非常にもどかしいが、きっと執筆者のもどかしさはそれ以上だったろう。
頭の中には明確に、それをやれるだけの技術と筋道が見えているのに、そこに至るまでの軌跡を言葉にしきれない。
ついでに言うと、俺の中にも執筆者が作り上げようとしていた技術の輪郭は見えている。だが、それを実行するには幾つか問題があって…多分、執筆者も同じ問題か、もう少し進んだ先の問題にブチ当たったんだろう。
だから、この指南書はそこで途切れているのだ。そこから先は、執筆者自身にとっても分かっていない事だから。
この問題を突破するのを諦めたのか、他の指南書に解決した先の事が記されているのか、或いは問題解決の前に死んでしまったのか。
それとも……邪法として、研究するのを辞めてしまったのだろうか?
どれもありえそうなのが、困った話だ。
そう、邪法。邪法なのだ。
この指南書で書き上げられようとしていた技術は、大きく分けて二つ。
今まで散々淫蕩の限りを尽くし、幾多の女の人生を狂わせてきた俺でさえ、使用するのが躊躇われるような技術が作り上げられようとしている。
…いや、この指南書が過去に書かれたものだとするなら、既に誰かが完成させているのかもしれない。
逆に、昨今書き上げられたものだとしたら? …俺以外に、この技術を使える奴が居る。或いは、それと同じくらいリアルに妄想して、理論立てて考えられる奴が居るって事か…。
ともあれ、話を戻すが…この指南書が『未完』と題されているのは、それが理由だ。
最後まで、結論まで記されていないのだ。こりゃ確かに未完だわ。未完としか言いようがないわ。
偶々、草案だけが流れ出て俺の目に留まって、実際にはこの後の指南書が作られているというのならともかく……いや、多分ソレは無い。この指南書の草案が、現時点での最新刊だ。
だとすると…この邪法を使うか否かも含め、ここからは完全に独力で技術を進化させていかなければならない、と言う事か。
むぅ、ついに俺もパイオニアの領域にまで至ってしまったか。いや先駆者を名乗るには、まだまだレベルが低すぎるんだけどね。だって相手は人間の女オンリーだし。多少は血が混じってても、我々の業界では一般人の領域を出ない。男の娘なんて序の口、同性も動植物も無機物も平均的な上級者の領域。更には宇宙を冒涜するようなレベルのエロまで辿り着けば、ようやく本当の先駆者の領域だ。
うーむ……………難問だ。先人が悩みまくっただけあって、この邪法を技術として確立しようとすると…難しい。難しくはある。
だけど、出来そうな気もする。いやしかし仮に出来たとしても、幾ら何でもこれはちょっと…。
「おーい、いつまでここに居るのよ」
…ん? あぁ。雪風か。なんだ、もう回復したのか。
「いつまでもへたれてられないわよ。……初めて見た外が、ちょっと怖かったのは否定しないけど…。で、いつまでここに居るのよ。いい加減暇なんだけど」
さっきまでタレ雪風やってたのによくもまぁ…。
背後の明日奈も苦笑してるぞ。
ま、いいか。このままここに居ても、延々と悩んでしまいそうだし。
「? 何かあったの?」
ん、まーね。明日奈や神夜にはともかく、お子様にはまだ早い悩みだよ。
…おいおい、そんな不満そうな顔するなって。
いいから行こうぜ。俺もちょいと体を動かしたくなってきた。
…こうして、俺達は一旦書庫を後にした。
二つの技術が書かれていた指南書(未完)を手にしたまま。
『烙印』と……こっちはまだマシな技だった…。
そして、『第六天』についての悩みをそのままにして。
さて、そういう訳で予定通り、道場にやってきた。直葉ちゃんと会ったあの道場だ。
今日もここでは子供向けの催しが行われていて、意外と賑わっている。
…そして雪風はと言うと、身長が半分もない子供達に混じって、紙芝居に目をキラキラさせながら真剣に見入っていた。
「…あれ、放っておいていいんでしょうか? 周りのお母さん方から、何事だって目で見られてますけど」
まーいいんじゃねーの。楽しんでるみたいだし。
子供達には、「おおきいお姉さん」なんて呼ばれて気分よさそうだし。
この後、肌が褐色な事で色々言われて、同レベルで口喧嘩に発展する未来まで見えるぞ。
「精神年齢が同じくらいなんですねぇ…。ところで明日奈さん、誰か探してるんですか?」
「うん、直葉ちゃんが居るかなって。ここの管理人なんでしょ。……その、改めて桐人君の件で、土下座しといた方がいいかなって…」
「そこは別にいいんですけど…逆に何があったか知りません?」
あ、直葉ちゃん。お元気そうね。
肩に竹刀を担いで、唐突に出てきた。おう、休憩中か?
「ええ、自主的に。…実を言うと、日中は割と暇なんですよ。気が向いた時に竹刀を振るったりしてるんですけど」
「直葉ちゃん……この度は…いやかなり前だけど、本当に申し訳ないと…」
「お兄ちゃんの女性恐怖症の原因になった事は聞いてますけど、私はあんまり気にしてないんで…。逆に、先日からお兄ちゃんが妙に張り切ってたんですけど、何か知りません}
張り切る?
「ええ。相手が女の人だと、色々と怖がって二の足を踏んでたんですけど、『今日こそは幸と話をする!』って妙に張り切ってて…。ちなみに今のところ、話す以前に会えず終いです。仕事が忙しいらしくて」
「幸? …って誰? ああ、そういえば白浜君が言ってた、桐人君が気になってる人って」
「その幸さんです。モノノフの槍使いだって聞いてます。何度か一緒に戦った事はあるらしいんで、名前くらいは覚えてもらってる……と、思います」
「断言しないんだ」
「私も直接会った事はないんで…。上手く行くといいですね。お兄ちゃんにようやく春が来たって感じです」
「その節は誠に」
それはいいから。
ちなみに、気になってたりはしないのか? こう、私のお兄ちゃんがどこの馬の骨とも知れない輩に、って。
こういう場合、兄に懸想していた妹が一騒動起こすのが定番なんだが。
「血の繋がったお兄ちゃん相手に、そんな事言いませんよ。それに、お兄ちゃんが女性に関して散々へたれているのを見てきましたからね。勇気を出そうとしているんだし、素直に祝福します。…と言うか、血の繋がった兄妹がどうのと言う以前に、自分に怯えている人を恋愛対象として見るのはちょっと以上に難しいです」
血が繋がってない可能性がワンチャン…って、これは口に出さない方がいいな。ご両親が他界して、もう確かめる方法もないだろうし、唯一の家族が実は他人でした、なんて家庭板案件を掘り出す理由も無い。
「…で、話を戻しますけど、お兄ちゃんに何があったか知りませんか? 一応家でも聞いてみたんですけど、尊敬する人が出来ただの兄貴がどうのと、よく分からないんですが」
「兄貴っていうのは、この人の事だと思うけど…」
「要するに、先日の語りに感銘を受けて、根性出してみようと思った事極まりないです」
「あれだけ臆病だったお兄ちゃんがあんな風になるなんて…一体何を語ったんです?」
男の意地と言うか甲斐性と言うか、そう言った事をかなり偏った理屈で少々…。
間違った事を語ったつもりはないけど、あそこまで様変わりするとは流石に予想外だった。『舎弟してやってください』なんて事まで言い出したし。
「お兄ちゃんってば……でも、いい変化ではあると思うし…舎弟云々は流石にどうかと思うけど、よろしくしてあげてください」
お、おう…。ところで話は変わるけど、グウェンはまだ来てないのかな。
「グウェンさん、何かモノノフの強化合宿か何かで、暫く帰ってこれそうにないらしいです。師範の人に聞いてみたけど、いつ帰るのかも分からないんですよ」
「強化合宿? …そんな事やってるんだ」
いや、俺も聞いた事ないな。そういうのがあっても、別段おかしくはないけど。
と言うか、グウェンが強化合宿って大丈夫かな。人間関係とか実力云々よりも、合宿中に白炎がいきなり大暴れするんじゃあるまいか。
ふむ、グウェンとはなるべく早く接触しておきたかったが…そういう事情なら仕方ないか。
どのみち、今は雪風やあの施設の事で手いっぱいだ。あまり欲張って、何もかも同時進行させるのはいいやり方とは言えないだろう。
「ところで…その、お三方にちょっとお願いと言うか、お話があるんですけど…」
「? いいですよ。水臭い事は言わずに、どんと来いです♪」
「うん、私も…お詫びって言うのもおかしいけど、出来る事なら」
神夜の場合、ドンというかブルンと言うか。相変わらず乳揺れが眼福よのぅ。
で、どしたん?
「この人から聞いたんですけど……二人とも、『こすぷれ』をしていると」
「『こすぷれ』? …って、何です?」
「神夜、あれよあれ、その…色んな服を着て、ごっこ遊びをするというか」
…何を言われているのか察しが神夜が、冷たい視線を送って来た。妹分に卑猥な話をしてるんじゃない、って抗議だろうか。
しかしそーいう状況での話じゃないんだよ。
「…しては、いるけど…それが? あんまり人に話すような話題じゃないと思うけど」
「じ、実は私も嗜んでいるんです。それでその、良かったらお話を…」
「ちょっ!? な、なにを話せと!?」
「え? どういう服を着ているとか、どんな状況で」
はい待った待った待った。神夜、明日奈、この子が言ってるのはそーいう話じゃない。
いやある意味合ってるんだけど、この子は服を着てナニをしているとか、そんな話してるんじゃないんだ。
ただ着飾って遊ぶ楽しさについて語りたいだけなんだよ。
…まぁ、俺達の場合、コスプレする=そのままお楽しみって状況が非常に多いけどさ。
ほら、初めて衣装を渡して着替えてもらった時、普段着ない服だからなんだか昂揚してただろ。ああいうのを楽しむ遊びの事だ。
「どっちにしろ、大っぴらにする遊びじゃないわ…」
だからこそ、初めて同志を見つけて話をしたいって言ってるんだ。
トチ狂ってとんでもない猥談しようとしてる訳じゃないんだから、付き合ってやってくれ…。
「ええと……その、何かまずい事でも…」
「……いえ…私達が勝手に誤解しただけですので、大丈夫です。それで話とは?」
「大した事じゃないんですけど、どんな服装をしているのか気になりますし、一度見せていただけないかな…と。出来れば一緒に『こすぷれ』してみたいんですけど…」
一応言っておくけど、普段のアレに混ぜてくれって事じゃないからな。
この子は単純に、着飾るたのしさを体験したいだけだ。
…で、俺にも話があるんだっけ? 俺はどっちかと言うと、着飾った二人と遊ぶ方だから、あんまり凝った衣装は着ないぞ。
「でも、本物は持ってますよね?」
本物…?
「はい。『こすぷれ』用の作り物じゃなくて、本当に使える物を」
そりゃ…まぁ、持ってはいるが。ナルガとかキリンとか、どう見てもプレイ用だけど本物の鎧…鎧? とかあるけど。あれ、話してたっけ?
「? モノノフなんですし、幾つか鎧を持っているのは当然なんじゃ…お兄ちゃんも、いつも使ってる本命の武器のほかに、任務に合わせて使い分けられるように幾つか武器防具を持ってますし」
ああ、そういう意味か。
うん、確かに持ってるよ。モノノフ用の道具って訳じゃないけど、ちょっと普通じゃお目にかかれない珍しいのとか、着てそのまま任務に行けって言ったら本気で別れ話されそうな奴とか。
「…別れるなんて全く考えてませんけど、あの服を作った人は何を考えてるんだとは思いましたねぇ」
着てくれる側からすると、素直に嬉しいんだけどな…。まぁ、着てほしいと言うだけでも勇気とかなりの変態性が必要なのは否定しない。
「いやそこまで極端な服の事じゃないんですけど……参考に見せていただけないかな、と。無理にとは言いませんけど。その、変なのじゃなくて、恰好いいものとかも色々あるんですよね?」
俺はいいけど…神夜、明日奈、どうだ?
「物によります…。あれを着たんだと思われるだけでも、恥ずかしくなる物もありましたし…」
「私は…恥ずかしいとは思うけど、まぁ、お詫びの意味合いもあるし」
まぁ…だったらいいか。
そうだなぁ、まず手始めに……こんなのどうだ? この界隈(というか世界)じゃお目にかかれない、開拓地って呼ばれてる場所で作ったヌヌ剣なんだけど…。
単なるコスプレ、着せ替えの為とは思えない程真剣に見入っていた直葉ちゃん。
明日奈と神夜は、別の意味で真剣だったけどな。モノノフからしてみりゃ、とんでもない業物だもの。興味も沸くし、振るってみたくもなるだろう。
正直な話、深い意味があって見せた訳じゃないんだ。
俺もなんだかんだで装備品コレクターな所はあるから、作った物をそれなりに分かる連中に見せびらかしてみたかったし、今後も行動を共にする明日奈や神夜にいつまでも別世界装備を見せないままって縛りも面倒だったし。
別に見せてもいいよな、って感じでホイホイ渡しちゃったんだ。
後から思うと、すっげぇ軽率だったけど。
3人がどうこう言いだしたって事じゃない。出所を聞かれたりもしたが、そこはどうでもいい。
問題なのは、取り出した武器に対して、一瞬であるが凄まじい視線を向けられた事である。誰から…なのかは分からない。
最初は何事も無かったんだ。周囲のおばさま方も、若いモノノフ同志の交流だと思っているのか、特に注目も集めなかった。むしろ子供とマジ追いかけっこする雪風の方が目を惹いていた。
最初のヌヌ剣の時は何も無し、盾を取り出した時も何も無し。
だが、調子に乗って神機を取り出した時に凄まじい視線を感じたのだ。
今にして思うと、何でよりにもよってそれを取り出したって話だが。俺以外が触ると呪い(と説明した)で死ぬよーな代物だぞ。見世物にするにしたって、もっと別のモノがあっただろうに。剣・銃・盾・捕食者形態の4段変形する浪漫に溢れた道具なのは確かだが。
ともあれ、神機を取り出した瞬間に、とんでもない圧力の視線を感じた訳だ。
敵意や悪意を感じた訳じゃない。ただ凄まじい執念と言うか、砂漠で出会ったオアシスを決して見失うまいとするかのような、隅から隅まで目に焼き付けようとしているような、そんな視線。
プレッシャーだけで俺に冷や汗を掻かせるようなその視線の主は、残念ながら見つからなかった。視線の圧力もすぐに感じられなくなり、何事も無かったかのような平静が戻った。
明日奈も神夜もそのプレッシャーは感じていないらしく、神機が駄目なら他の物を触らせてほしいと、直葉ちゃんと一緒になって騒いでいる。
俺も感覚を研ぎ澄ませてみるが、気配はおろか残滓すら無し。
一体誰だったのか…。
人か、或いは鬼の類か。
いずれにせよ、この一件は長引きそうだ。…やっぱり別世界のモノを見せびらかすのは自重しよう…。
とりあえず、遊び疲れて船をこいでいる雪風を背負って帰った。