堕陽月陸日目
昨晩は詩乃と一晩楽しんで、明け方に戻って来た。じっくり時間をかけて詩乃を弄んだが、体感時間操作のおかげで睡眠時間には困らない。俺一人なら、ハンター式熟睡法だけでもいけるけど。
さて、今日も今日とて大騒ぎ。これから滅鬼隊を率いて、ウタカタの里に急行しなければならない。準備自体は整ったが、この40名オーバーを引き連れて、一人の脱落者も出ないように…とすると結構大変な話である。
結果、土井さんの提案で電車ゴッコとなりました。いや電車ゴッコと言うのは俺の表現だけども。
要するに、命綱を全員に付けて、ゆっくり歩いて行こうって事やね。
…完全に遠足のノリですな。まぁ、ウタカタまで結構あるし、無理に走っても大して時間は縮まらないから、いい手だと思うけども。
それはともかく、出発前にシノノメの里の皆と少し話をした。
土井さん達は、予想通りに里に戻るそうだ。
ま、当然だな。目的であった、霊山からの支援は引き出せた。里が妙な政争の舞台にされてしまうかもしれない。であれば、里に戻って備えるか、或いは霊山に留まって政争を陰から助けるか…の二択だろう。少なくとも、俺についてウタカタまでやってくる理由はない。
そして白浜君と牡丹はと言うと。
「僕は、一度シノノメの里に戻ります」
そうか…。まだまだ鍛え足りなかった…ん? 一度?
「はい。少なくとも、使者として事の次第を報告しなければいけませんし、牡丹様を連れて行くとしたら猶更無断ではできません。それに、こちらで知った技をシノノメの里に広めれば、より強いモノノフが増えるでしょう」
ふむ、確かに。
で、一度はってどういう事だ。その後は? それからウタカタに来るつもりか?
「最終的にはそれを考えてるんですが…師匠もウタカタで何かしないといけないんでしょう。それに加えて、霊山からの追手やら何やらを対処するというのは、ちょっと厳しくありませんか?」
まぁ…確かに。正直、ウタカタに到着してから色々準備とか、段取りを考えてたんだが、滅鬼隊を連れて行く事になった時点で全て御破算だからな。
こいつらを纏めて、食わせていくだけでもかなり手間がかかる。嫌だと言ってる訳じゃないけども。
「だから、まずはシノノメの里に戻って報告。その後は、今度は自力で霊山まで戻ってきます。まだあの道は、鬼が居なくなって安全が確保された訳じゃありません。鬼と戦って、自分の限界を見極めながら踏破します。里のモノノフにも、霊山に興味ある人は多いでしょうし、招集すれば戦力は揃う筈です」
ふむ…確かに、来る時は土井さん達におんぶ抱っこ状態だったからな。自分一人に拘るようであれば、却下するところだが…。
それで? 無事霊山についたとしたら、その後は?
「ここで滅鬼隊の件が落ち着くまで、調査をします。直葉さんの狙撃の件は…何が何だか分からない内に首謀者が掴まって、脱獄してるみたいですけど…」
調査…って、お前ひとりで? そんな知識も伝手もないだろうに。
「いえ、桐人に相談したら、狙撃の時に立ち会った雷蔵さんを紹介してくれました。最下級ですが、禁軍の一員として扱ってくれます」
禁軍の一員って……おいおい、それ大丈夫なのかよ。
雷蔵自身は信頼してるが、仮にも治安維持組織と言うか、監査役みたいなもんだろうに。そんな融通が利くものなんだろうか…。
そもそも、雷蔵自身もそういう素人さんを現場に入れていいと思うような人間じゃないだろうに。
「その辺の裏事情はよく知りませんが、引き受けてくれましたよ。霊山のお偉いさんが大混乱状態で、今はとにかく人手がほしい、だそうです。僕は、狙撃の時の一件で少し話をした程度ですが、『腹芸ができる人間じゃない』という理由で信用されたようです。…『腕はともかく、禁軍としての素質は悪くない』とも言ってましたが」
それだけで素人さんを引っ張り込んでどうするんだ…。それだけ、誰の息もかかってない禁軍隊員が少ないんだろうか。
まぁ、雷蔵だし、妙な事は考えてないだろう。精々が、白浜君の頑固さと正義感を見込んで、将来自分の部下になるよう青田買いくらい。
しかし、どうしてまた白浜君がそこまでする? 滅鬼隊の裏事情が、そんなに許せなかったのか。
「はい…。僕は、強くなりたいとずっと思っていました。それが何の為かと言えば、誰もが見て見ぬふりをする強くて悪い奴をやっつけられる人間になる為です。滅鬼隊を作り出した人達は、間違いなくそれに該当します」
だとしても、それを君がやる必要はない。当事者はとっくに老衰しているかもしれないし、九葉のおっさん達だって、関係者を炙り出す為に動いている。
何より、調査して拘束する権限を持つのは禁軍で、裁きを下すのは裁判の類で、報復する権利を持つとすれば滅鬼隊自身だ。白浜君自身には、何の権限も筋合いもない。
君が危険を犯しても、微々たる力にしかならないぞ。
「それでも、です。僕は納得できません。僕が納得できない事を、誰がやろうと見過ごせません。本気と言う事は、きっとそういう事です」
遠足の引率中、別れ際の白浜君の言葉を思い出して、つい口が緩みそうになる。
練武戦で万年一回戦負けの貧弱君が、随分な事を言えるようになったものだ。
「どうかしたの?」
いや、何でもないよ雪風。それより、他の皆は?
「さっき手綱を離して何処かに行こうとしてたのが居たけど、神夜が武器を構えて満面の笑みをしたら戻って来たわ。…意外と怖いわよね」
根っこが物騒な奴だからな。
それより、雪風も注意してくれよ。ほとんどの連中は、外に出るのも初めてで見る物聞く物珍しくて仕方ないだろうからさ。
「それは私も同じなんだけど。霊山の外に出ると、こんなに景色が違うのね」
何だかんだ言っても、霊山は人が住む為に手を加えられた場所だからな。こんな森やら山やらは、霊山に限らず里にはあんまり無いんだよな。
物見遊山はいいけど、あまり気を抜き過ぎるなよ。危険な動物だって結構いるんだから。猪やら熊やら蛇やら…。獣避けも使ってるから、そうそう襲ってこないとは思うけど、一応ね。
先に起きてたお姉さんなんだから、皆の面倒はちゃんと見るように。
はーい、とお気楽な返事をして列に戻っていく雪風。
正直な話、思っていたよりもマシな進行状況だ。流石は改造されているだけの事はある…と言うのもおかしな表現だが、一人一人の身体能力は明らかに一般人より格上。モノノフ以上だ。
常人では少々辛いペースで進んでも、一人も弱音を吐かずに平然と歩いている。代わりに、ガヤガヤと騒がしいが…40人以上いると思えば、静かな方だろう。
振り返ってこっそり様子を伺ってみれば、彼女達の様子は様々だ。
周囲を見回して、小動物や花を見つけて騒ぐ者。
俺の視線に気づいて、赤くなったり手を振ってくる者。
腹が減ったと、食べられる物を探す者。
ボーッとしたまま歩いている者。
どこかに行こうとして、威嚇顔(笑顔)の神夜に連れ戻される者。
気難しい表情で、何か考え込んでいる者。
…どれが正しい反応ってのはないけど、今後の事を考えているのであれば、一番最後のがいい反応かなぁ。何を考えてるのかなんて、分からないけどね。中身は経験不足の子供そのものなんだし。今後の方針を考えているように見えて、昼飯の事とか空に浮かんでる雲の事とか考えてるのかもしれん。
ただ、背後を警戒する者が居ない辺り、つくづく経験不足だなぁと思う。現役滅鬼隊として活動していた者も居る筈なんだけど。
隠れて霊山から出発し、九葉のおっさんが手を回してくれているとは言え、いつ追手がかかるか分かったものではないのだ。
滅鬼隊は霊山の暗部。公表されれば、霊山の威光は地に落ちる。例え過去に行った所業であってもだ。
そうなれば、モノノフの結束は脆くも砕け散るだろう。…例えが畏れ多いが、モノノフにとっての天皇陛下みたいなもんだ。例え不満だらけであっても、各地のモノノフ達は霊山を中心として集結している。
良い悪いではない。そうなってしまえば、人間は滅亡待ったなし。疑心暗鬼、霊山に従う事を拒否しての暴動、果ては、孤立した里同志での戦争まで考えられる。
滅鬼隊の現状を詳細に知る者ならともかく、大抵の人間は存在させておく事さえ危険と考え、抹消を図るだろう。
そんな訳で、刺客が送られてこないか、殿を務める明日奈も警戒して進んでいる訳だが…今のところ、敵襲の兆候はない。
考えてみれば、40名オーバーの集団だものなぁ。刺客が送られたとして、こいつらを始末しつくすのにどれだけ人数が必要やら。仕掛けるとしたら、直接的な暗殺ではなく土砂崩れとかの大掛かりなトラップの類。
或いは、激戦区のウタカタに送りつけ、纏めて滅んでくれれば…ってところか。
どっちにしろ警戒は解かないけども。
さて、このペースで進むとすれば、ウタカタに辿り着くまであと4日ってところか。
警戒すべきは刺客だけではない。
獣との遭遇、異界から逸れた鬼の襲撃、食料不足、夜の寒さ…。そして一番厄介なのは、それらの不満を持ち始めるであろう滅鬼隊自身。
ウタカタに着くまでの辛抱だ、と言い聞かせたところで、子供にどれだけ効果があるやら。
そもそもウタカタの里だって、無事到着したとして、彼女達を受け入れられる余裕があるのか。
『お頭』として考えるべき問題は未だに山積みだった。
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堕陽月 某日 ウタカタの里にて
ここはウタカタ、最前線中の最前線。地獄の激戦区。多くの土地が異界に沈み、溢れ出した鬼が跋扈し、その鬼を斬る鬼が座す。
じりじりと鬼達に追い込まれる中で、鬼を斬る鬼、モノノフ達は戦い続ける。
ある者は更なる強さを求め、ある者は仇を探し、ある者は後悔から、ある者は身内の為に。
背後にある里を守る為、我らこそ最後の砦と息巻いて、我が物顔でのし歩く鬼達を斬り捨てる。
今日もまた、空を舞うヒノマガトリを苛立たしく見つめる女が一人。
既に一仕事終えたのか、体には微かな手傷と、そして争いによる気の昂ぶりが生じている。
女は里への帰り道の一角で、崖に臨んだ。
「飛び降り自殺するには、ちょいと高さが足りないな、桜花」
「息吹か。そういうお前の軽口も、随分と気が利かなくなってきたようだ。疲れているのではないか?」
「冗談。まだまだ余裕さ。とは言え、先行きが見えないのはちょっとな…。ただただ斬ってりゃいいって問題でもなくなってきてる」
「…だとしても、我々にできる事は鬼を斬るだけだ。一匹たりとも、里には通さない」
張り詰めた糸のような表情で、桜花は言い切る。
溜息を吐きながらも、息吹はそれに同意する事しかできなかった。所詮、自分達に出来るのは戦働きくらいなのだ。それが重要なのは確かだが、その状況を打開するには、自分達だけでは足りないのも確かだった。
桜花は空を見ると、さっきから空を飛んでいたヒノマガトリに狙いを定めた。…跳躍の射程に入った。こちらには気づいてない。不意打ちで鬼千切を急所に決めれば、一撃で倒せる。
気負いもなく足に力を籠める。見送る息吹は、完全に傍観の構えだが、問題はない。
飛び上がって、気合い一閃。
首を文字通り千切られたヒノマガトリは、着地した桜花に一拍遅れ、轟音と共に地に叩きつけられた。
感慨もなく浄化を始めると、「お見事」と口笛を吹いて息吹が崖から降りて来た。
「…息吹、霊山に打診していた救援要請はどうなった」
「ああ…あれか。あれな…」
桜花の問いかけに、息吹は口を濁す。
不思議に思った。桜花の知る息吹は、普段は飄々としてとらえどころがない、そして女好きの三枚目だ。しかしモノノフとしての腕は確かで、比較的(ここ重要)書類仕事も出来るし、やってくれる。…何処かの筋肉武術馬鹿と違って。
確かに漏れや記述間違いはあるが、それらが自分の、ひいては里の皆の命に直結すると理解している為、疎かにするような男ではない。
少なくとも、今後を左右する援軍に関しては、しっかりと目を光らせている筈だった。
「返答は、今朝方返って来たんだわ。ただ、どういう訳だか返信の主は、連絡を取った霊山の高官じゃなくて、九葉軍師だった」
「九葉軍師……『北の地を見捨てた鬼』か!」
桜花の表情が、苦々しく歪む。桜花や息吹自身とは、直接の因縁がある訳ではない。その名はあまりに有名だった。
かつてオオマガトキでの戦いで、守り切れないと判断した北の地からモノノフ達を呼び戻し、戦力が無くなった北の地を見捨てた男。
間違いなく有能ではあるのだろう。その恐ろしい決断を下す、冷徹な心と判断力。そして良心の呵責を全く見せない残忍さ。事実、北の地を見捨てた事を追及された時にも、必要な判断であった事を淡々と言い切ったと言う。それに対して霊山がどのように対処したかは…彼がまだ、軍師という立場にある事が示しているだろう。
何故その男から返信が送られてくるのかは分からないが、どう考えても良い予感はしない。
北の地を見捨てた鬼が、ウタカタの里一つを見捨てるのに躊躇いを持つ筈がない。
大方、援軍を出そうとしていた高官を邪魔して、援助はできないとでも返答してきたのだろう。
「いや、桜花、違うんだ。そうじゃない。援軍は確かに送られてくるらしい」
「何? そういう事は先に言え。何人だ? 4人か? 8人か?」
4の倍数なのは、単にモノノフ達が4人単位で行動するからである。
たった1班2班が増えただけでも、戦況は大きく変わってくる。例え新米ばかりだったとしても、雑魚鬼を蹴散らす手が増えれば、主力級のモノノフは大型鬼に集中できる。
無論、捨て駒にする気はないので、最初はどれくらいのものか様子を見ながら…になるが。
「いや…その………1…」
「1…? らしくないな。さっさと言え。まさか、訓練を終えたばかりの新米が一人、と言う事か?」
無いと思いたいが、それが有り得るのが今の霊山だ。前線の状況を理解すらせず、ただ保身のみで動いている。少なくとも、霊山から離れた地に居るモノノフからはそう見えた。
もしもウタカタが滅びれば、突破されれば、鬼達の勢いはどうなるのか、想像すらできていないのではないか。
そんな怒りを抱く桜花だが。
「………一個小隊…」
「えっ」
「約40人が送られてくる。重要な事だから3回言うぞ。一個小隊、約40人。一個小隊、約40人だ。手紙にも3回書いて念押しされていたから間違いない」
「なにそれこわい」
蜘蛛を見た時よりも恐怖で強張った桜花だった。
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堕陽月漆日目
電車ゴッコに不満が出た。子供扱いされている、との事。実際扱いとしてはそんなもんだ。
何でもかんでも意見を真に受ける訳じゃないが、霊山からはそれなりに離れたし、やり方を変えるのもありと言えばありだ。このままでは、神夜と明日奈の負担も大きい。
なので、電車ゴッコからグループ訳して、4人単位で行動させた。
もしもこれで逸れたりする人が出たら、連帯責任でまた電車ゴッコに戻すと言い聞かせ、班行動に変更した。
夕方には電車ゴッコに戻った。
堕陽月溌日目
いい肉が手に入ったが、量が少ない。
こいつらの食欲も予想以上。持ってきた食料も、このままでは足りない。
進行ペースを落として、狩りを行う事にした。
嬉しい誤算は、滅鬼隊もそれなり以上に狩りが出来た事。気配を消すのは苦手なようだが、非常に高い身体能力で獲物を捕らえたり、高い所にある実を跳躍して確保したり。中には、奇妙な力を駆使して狩りを行う者も居た。…滅鬼隊に植え付けられた力を、既に発現させているのか。
捕らえた獲物を殺すのには躊躇いがあったようだが、飯の前には些末事だったらしい。
堕陽月玖日目
問題発生。トラブルで半日ほど足止めを食った。
と言っても、何かに襲われた訳ではない。そういう意味では、肩透かしと言える程に平穏な道中だった。
問題が起きたのは、やはりと言うか滅鬼隊の内部からだ。
誰かと誰かが喧嘩したとかではない。多少の小競り合いや、馬が合う合わないはあったものの、彼女達は本能的な仲間意識のようなものが働いているらしく、口喧嘩くらいはしても本格的な激突は無い。
更に言うなら、激突しそうになる雰囲気になると、明日奈がかなーり物騒な笑顔で宥めたり、神夜が天真爛漫な笑顔で斬冠刀に手をかけたり、必死こいて浅黄が言う事を聞かせて宥めている。
ならば、何が問題だったのかと言うと…これは俺のミスだな…。滅鬼隊に植え付けられた暗示の事を、すっかり忘れていた。
問題が起きた滅鬼隊員の名は、『まり』。
金髪で小柄、(滅鬼隊では珍しくもないが)体に見合わないダイナマイトなおっぱいを持ったメガネの子だ。
気弱で生真面目そうな雰囲気に違わず、委員長…いや、委員長役を押し付けられた挙句、手を抜けないからと頑張るタイプだ。
滅鬼隊の中では没個性…と言うと失礼だが、目立ちにくい子ではある。が、俺はよく覚えていた。
…施設に保管されていた時、この子だけ何故か眼鏡をかけたまま保管されていたからな。裸のままなのに、眼鏡だけ。
ちなみに、この子について書かれた資料には『眼鏡は顔の一部です』と書かれていた。……時代を先取りしたCMみたいな事言いやがって…。その後は、眼鏡をかけた可愛い子の魅力について延々と記述されていた。眼鏡っ子だから、眼鏡ごと封印されたんだろうか…。
ともあれ、今回のコレも、手を抜けない、弱音を吐けないと頑張りすぎて、思い詰めてしまった為なのだろう。
今日も今日とて電車ゴッコ状態で進んでいると、明日奈から制止の声が上がった。何事かと見てみれば、一人の女の子…まりが荒い息を吐いている姿。
駆け寄ってみれば、顔が青くなり、冷や汗が流れ、そして目があちこちに動いて留まらない。熱中症の類かと思ったが、今日はそこまで暑くないし、水分もしっかり補給していたようだった。
とにかく寝かせようとしたところ、今度は詩乃から待ったがかかる。寝かせて安静にさせるよりも、とにかく俺から話しかけるように、と。
意味が分からず、やっぱり寝かせようとしたが、浅黄から耳元で『暗示の為に、あなたの声を必要としている』と言われ、ようやく理解した。
詩乃は何度も同じ状態を経験したのだろう。
滅鬼隊に仕込まれた、離反謀反脱走を防ぐための安全装置。主となった者の声を長く聞かない、或いは触れ合う事をしていなければ、徐々に精神が不安定になり、恐ろしい寂寥や恐怖、陰鬱に襲われる。
その期間はまちまちのようだが…この子が真っ先にそれに襲われたのは、目を覚ましてから俺と絡む事が少なかったからか、それとも本人の気質と暗示が上手く絡んでしまった為か。
何にせよ、今一緒に居る滅鬼隊達には、大きな爆弾があった事を突き付けられた。
彼女達がどれ程自覚しているかは分からないが、これは今後、彼女達にも…彼等にも…起こり得る現象なのだ。
それを防ぐ為には、どうすればいい? 俺が一人一人を気にかけて、全員の心情や気分を把握して、それぞれ充分なスキンシップを取って精神を安定させろと?
…それどんな聖人よ。
釣った魚にはしっかりエサやって、その味を忘れられなくする主義だけど、これだけの人数が相手なのはな…。
と言うか、多分これ、嫉妬とかストレスとか、その手の物で発動期間が大幅に変化するぞ。
率直に言えば、某恋愛シミュレーションの爆弾システムそのものだ。どんなフラグ管理能力があれば、爆発させずに乗り切れるんだよ。
…これから行くウタカタの里で、修羅場を発生させずにいられるだろうが…。
暗雲が立ち込めてきた思いだった。
尚、当のまりはと言うと、頭を撫でられたり耳元で褒め言葉を囁かれたりして、恐慌に陥った事を差し引いても役得だった、と後に語っていたそうな。