堕陽月拾壱日目
さて、すったもんだありましたが、草木も眠る丑三つ時である。
良い子の滅鬼隊の皆さんは熟睡中だ。さっき明日奈が一人一人確かめて、神夜が作った布団をかけ直していた。オカンである。
明日奈が作った飯を食いまくって、腹がくちくなって皆寝ちゃったんだよなぁ。
…これ、滅鬼隊にとって明日奈の飯がお袋の味って事にならんか? 神夜がお袋で明日奈がオカン? まぁそれは別に問題ねぇわ。俺が親父って事で、『娘はやらん!』も出来るしな。…でもその娘を食っちゃってるんだよな…。………あれは治療、あれは治療。
ともあれ、特別扱いで悪いが、俺の部屋だけは急遽個室として作らせてもらった。
マジな話、外に出せない資料を色々と扱わないといかんのだ。滅鬼隊自体、機密事項の塊みたいな物なんだ。それぞれの能力や性格を纏めた資料だけでも、世に流れるのは好ましくない。ちょっとした情報でも、罠に使われる可能性は0ではないのだ。
お察しの通り、実態はオタノシミ部屋だが。
機密情報の格納場所が必要なのは事実だが、俺の場合は ふくろ という反則技があるからなー。
それよりも、明日奈と神夜の欲求不満が爆発する方が怖い。…遠い場所に居る、雪華達も早い所どうにかせにゃならんな。
焦らしプレイと言う事で納得させてるけど、魂まで寄り添いたい…実態は飴玉になるのようなものだが…という要求を、影に日向に、雪華に至ってはこっそり式神を飛ばしてでも行ってくる。つまり、直葉同様、『烙印』を使って身も心も虜にしてほしいという要請だ。
ヤるのは望むところ…将来的にはやや不安が残らないでもないが、まぁそれはいい。
今は、先に雪風と話をせにゃならん。言ったもんな、滅鬼隊の目を覚ます時に、『そういう状況じゃないけど、後で話す』って。
マジな話、雪風がそういう行為を理解しているかと言うと……恐らく是、だろう。
滅鬼隊員は、ある程度の知識を起動前にインストールされる。滅鬼隊の扱いを考えれば、性処理に関する知識や技術は、真っ先に刷り込まれるだろう。
逆に、体は大人なのに全く無知という状況も好まれそうではあるが。と言うか俺も好きだ。
そういう事をするつもりで、雰囲気もクソもない状況だけど犯される滅鬼隊に混じっていた。
行動原理は子供そのものだけど、ちゃんと応じてやらないとな。
と言う訳で、雪風を真夜中に呼び出したんだが……。
「…何よ? こんなところに呼び出して」
普段とちょっと雰囲気が違うな? 戸惑っているというか、期待しているような、警戒しているような。
まぁ、正しい反応だよな。好いた相手とは言え、男にこんな人気のない場所に呼び出されてんだから。
俺もちょっと態度に困る。
あー…その、このところ色々ありすぎて、ちゃんと話をしてなかったな、と思って。
特にほれ、滅鬼隊は俺との触れ合いが少なくなると本気で危険だからな。
「みたいね。まり、だったっけ? 詩乃から聞いてはいたけど、あんな風になるなんてね。…分からなくもないけど」
最初に起きた時は、俺にべったりだったもんなぁ…。
思えばあれから、えらく話がややこしくなったものだ。
…それはいいんだけど、雪風。お前、ここに来る事を誰かに言ったか?
「? 言う訳ないでしょ。 ………こっちだって、色々展開を考えてたんだから」
そうか。…と言う事は……お前は完全に出刃亀って事か、不知火?
「あら、ばれてたかしら」
「!?」
驚く雪風を他所に、意外と素直に姿を現した。
蜃気楼から実体が出てくるような、奇妙な光景だった。森の一角が歪み、僅かな水滴を散らしながら姿を現す。
相変わらず人妻臭溢れるこの女は、雪風の母親…という設定の滅鬼隊員だ。
実際に母親な訳ではないだろう。だって、起こした時に突っ込んだけど、処女だったし。あれは膜を再生したとかじゃなくて、本当に未使用の感触だった。……手付かず人妻か…。もっとじっくり味わいたかった……いやいや、今は雪風優先だ。
で、どうしたよ、わざわざタマフリまで使って尾けてきて。
「どうもこうも、私の子が、突然お頭に呼び出されたんだもの。気になって身に来るのが母親ってものじゃない?」
「何が母親よ。私達にあるのは、そういう『設定』だけじゃない」
雪風、喧嘩腰になるんじゃない。例え単なる設定だとしても、そこから生じる感情や親愛は否定できるものじゃない。…お前が俺に対して感じてるのと同じ事だ。
「ばっ!? ばっ、ばか言ってんじゃないわよ! あんたの事なんか、どうでも…よくはないけど、好きないもん!」
そうか? じゃあ好きになってもらいたいな。
……って、仮にも『母親』の前で口説くのもなんだなぁ。結局、本当に何しに来たん?
「単純に心配でしたから。お頭の事は信用しているつもりですけど、それも植え付けられた感情と言われればそれまで。雪風に何をする気なのか、気になったのです。……ついでに、私のタマフリの効果を試そうとしたのもありますが」
まぁ…責める理由はないな。
動機と状況はどうあれ、自分の感情や状況と向き合おうとする為の行動なんだし。
とは言え、盗み聞きされながら話す趣味はないぞ。からかう以外では。
「仕方ありませんね…。この子を泣かせるような事はしないでくださいな。……ついでに聞いておきますけど、どうして私に気付けたんですか?自画自賛になりますが、上手に隠れていたつもりですけど」
どうしてって言われてもなぁ。
何となく、としか言いようがない。違和感を感じて、そこを重点的に気配を探ってみたら居た、としか。
理由が無い、襤褸を出さなきゃ見つけられない、なんて思うなよ。
見つかる時には理屈なんて関係ない。勘の一言で、完璧な隠形を見破られるなんて珍しくもないんだ。
「……自分が経験の少ない未熟者だって自覚はあったけど、思っていた以上のようね…。それじゃ失礼するわ」
「…何だったのかしら」
さぁ。単純に気になったんじゃないのか?
と言うか、仲は悪いのか? 妙に突っかかってたように見えたけど。
「……私のお母さんは、山本お婆ちゃんだもん」
お母さんとお婆ちゃんは別物だろ。…そういや、不知火は雪風の母親とは書かれていたが、雪風の資料には不知火の娘とは書かれていなかったような…。
「いや、そこはそういう意識というか認識はあるわ。ただ、それもやっぱり植え付けられたものだと思うと…どう接していいか分からないし。いきなりお母さんよって言われても」
まぁ…分からなくもないか。責められん。
「…私と違って、おっぱい大きいし」
そこかよ。雪風はちっちゃい方がエロ可愛いんだけどなぁ。
絶対に仲良くしなきゃならん訳でもないし、不和が起こらない距離を作ってくれると嬉しい。…仲良くしたいと思ってるなら、俺も手を貸すよ。
ところで話は変わるんだが、初陣はどうだった?
「…………」
話題を変えた途端、雪風の口元がへの字に曲がる。昼間の事がお冠らしい。
やれやれ、難しい年ごろになりおって。
そう怒らないでくれよ。雪風が何か失敗したって訳じゃない。むしろ、上手くやってくれたのはよく分かってる。
ただ、あの場では褒めるよりも先にやる事があったからさ。
「……………」
だったら何で褒めてくれなかったのか、と視線で問われる。
…骸佐が、武器を壊して戻ってきたろ。あれ、半ば故意にやってたぞ。無茶な使い方をしてないのは確かだが、あれは軽い破損の後、更に手を加えて壊した状態だった。
最初からそのつもりだったのか、壊してしまった事で思いついたのかは知らないが、俺の対応を見ようとしたんだろうな。
仮にも身を預ける相手の俺が、武器が壊れたら何も考えずに叱責だけする奴なのか、多少は状況を鑑みるのか、或いは自分の思惑を見抜くのか。
要はお頭として相応しいか試した、ってところだろうな。
大和のお頭も見てた事だし…あれは完全に見抜いて見物していたな…今後の信用を得る為にも、最優先で対応する必要があったんだ。
「…そんなの関係ないもん。その後すぐに褒めてくれたっていいじゃない。言い訳って男らしくない」
そうだな、悪かった。…にしても、何処でそんな言い方覚えてきたんだか…。
後は、まぁ、これも言い訳と言われればそれまでだけど、同じ褒めるなら詳しい状況を聞いて褒めたいから。
実際どうだったんだ? 相手は餓鬼だけか? 鬼火や野槌は?
何匹くらい居て、どうやって倒したんだ?
「…居たのは餓鬼ばっかり。あいつら弱いって聞いてたし、大丈夫だから突っ込もうと思ったら、富獄さんに止められたの。折角銃を持ってるのに、わざわざ近付いてどうするんだって。面倒くさいなって思ったけど、あいつらを纏めて吹っ飛ばすやり方があるって言うから、話を聞いてあげたわ。こう…霊力を籠めた玉を餓鬼達の中心に放り投げて、着地する前に射抜くの。初めてだったけど、ちゃんと命中したわ。そしたら爆発が起きて、餓鬼を4匹も纏めてやっつけちゃった。あの人、意外と頭がいいのね。
後は残った餓鬼を一匹ずつ撃ち抜いて行ったわ。ちまちまして面倒だったけど、頭に直撃すると気分がいいものね。戦ってる間に、あっちこっちから集まって来たみたいんだんけど…うん、銃の欠点よね。音が大きすぎるのって。
近寄って来た鬼達は、骸佐がやっつけてたわ。危うく撃ち抜いちゃうところだった。私一人でも充分なのに、わざわざ出てこなくてもいいじゃない。『お頭に戦って来いと言われた』って言ってたけど、絶対自分が暴れたかっただけよね。私も似たようなものだけど。それで預かった武器を壊しちゃってどうするのよ。しかもわざとって…。
それにしても、初陣だし、今回の襲撃は偵察みたいなものって話だったけど、それにしたってもう少し手応えがある鬼は居ないのかしら。こんな事言ってると調子に乗るなってお婆ちゃんに怒られそうだけど、実際鬼ってどれくらい強いのかよく分からないわね。ま、何が来たって負けるとは思わないけどね。やっぱり私って結構強いみたい。滅鬼隊の中でも、いい線行くんじゃないかしら」
ちょっと聞いてみたら、最初は渋々応じていたのが喋る喋る。
よっぽど自慢したかったらしい。拗ねていたのも、骸佐の話や今後の話ばかりして、雪風自身に何も言ってなかったのが一番の原因だったのかもしれない。
慢心、己惚れとしてとても看過できない発言もちょくちょく入るが、今は口を挟むべきではないだろう。
…別に、機嫌を直した雪風がまた不貞腐れるんじゃないかとか、顔色を窺っているのではない。
初陣なんぞ、思い出すのも嫌になるほど情けなく取り乱すか、内面でテンパりながら表面だけは繕うか、何もかも忘れて突き進んで偶然上手く行ったかのどれかだ。稀に例外はあるが。
そのどれであったにせよ、人に語る時には話を盛るものだ。良い方に盛って恰好つけるやつもいれば、情けない方に振って笑い話にする奴も居る。
雪風のこれは、『はじめてのおつかい』で自分がどれだけ頑張ったか親に語る子供そのものだ。今はまだ微笑ましく見守って、自信をつけさせてやった方がいいだろう。
増長が続くようなら、直々に鼻っ柱を叩き折るけども。そりゃもう、いつぞやのコウタやアリサにやったような心折設計ブートキャンプで。
それからも続く雪風の長広舌を、ちょくちょく相槌を打ちながら微笑ましく見守る。
不機嫌そうな顔は何処へやら、鼻高々に自分の戦果を歌い上げる。実際、富獄の兄貴と骸佐が前衛を務めていたとは言え、初陣としては大手柄と言っていい。
骸佐の意図を見抜けなかった事、富獄の兄貴が周囲に目を光らせていた事を差し引いても、討伐数はかなりのものだ。
だから、俺もご機嫌取りではなく素直に思える。
凄いな。本当に頑張ったんだな…。
「余裕よ、余裕! ま、そう思うんなら、ご褒美の一つくらい出してくれてもいいと思うんだけどな~?」
山本先生仕込か、わざわざ身を捻って小柄な体で上目遣いに俺を覗き込む雪風。頬に差す紅は、夕日よりも赤かった。
…滅鬼隊を起こした時に袖にした事に加え、ここで首を横に振るようでは俺ではない。
ご褒美は、大人の女がする遊びを教えてやるよ。
耳元でそう囁いただけで、雪風は恍惚の表情に変わる。…これは、洗脳による恍惚だろうな。ま、詩乃と同じで、完全に塗り潰してやるけどな。