さて、今日の予定は…まず試験を受ける者が3人。それから、前に合格した2人の研修と実戦投入。後は施設増設に…ああ、先日任せた鬼の侵入防止の結界、一応出来上がったから見に来てくれって不知火に言われたっけ。
試験は午後からなので、とりあえず権佐と紫の研修だ。おっと、雪風と骸佐にも受けさせておかないと。
と言っても、戦闘能力自体は証明されているので、そっちは問題ない。ウタカタ到着後、試験直後の襲撃でも、二人は問題なく戦えていた。
ならば何を研修するのか。少々不満気な顔をしていた紫だったが、研修内容を聞いて頬をひきつらせた。
骸佐が持っていた武器を取り落した。
雪風が180度反転して逃げ出した。
権佐が凄い嫌そうな顔をした。
そんなに事務作業をしたくないのか。
おーまーえーらーなー! 特に雪風! 逃げようとした罰、逆さになっとれ。
「ちょっ、やっ、きゃあぁぁぁぁ!?」
「…若、なんですかいその妙な手みたいなのは」
鬼の手。上手く行けば、その内広められるかもしれない。
それはともかく、モノノフの戦いってのは鬼を斬って終わりじゃねーんだぞ。特に、これからお前らが主に活動するのは、斥候部隊、戦って動けなくなったモノノフの救助部隊だぞ。
どの辺りにどんな鬼が何匹居たのか、何処で誰が戦って行方不明になったのか、そういう事を把握して、纏めて報告連絡相談しねーと務まらないんだよ!
それだって適当に紙に書いて纏めればいいってもんじゃない、ウタカタの里にはそれを纏めやすくする為の報告書だってある! どこに何を書き込まなきゃならんのかくらい把握しろ!
任務を受けて出撃する前にだって、書かなきゃいけない書類はあるんだぞ。ある程度は受付場の木綿ちゃんが纏めてくれるけど、どういう目的で何処に向かうのか、どんな鬼の出現が想定されるのか、その鬼に対する有効な武器防具は何か。一緒に行く仲間たちは何が出来てどういう動きをするのか。そういう事を読み取って、備えておかないとあの世に一直線だ。
自分達なら何とかなる? 馬鹿言え、己惚れんな。仮に自分達はどうにかできたとしても、一緒に行くモノノフ達はどうだ? 炎上攻撃を仕掛けてくる鬼が居たとして、それに対する対策は? 自分が避けられたとしても、喰らったモノノフを見捨てて戦うのか?
ああ、何も手の打ちようがないなら、それも仕方ないだろう。自力で対処できない事はないしな。だが、そういう時に炎に耐性が強い防具を持っていれば? ミタマが『癒』なら?
庇う事だって出来るし、受けた異常を打ち消す事だって出来る。
これから共に戦っていくのは、ウタカタの里のモノノフ達だ。彼等を見捨てるような事があれば、俺達の信用信頼は地に堕ち、里での居場所は無くなるだろう。当然、飯やら服やらだって手に入れにくくなる。
そういう事態を防ぐ為に備えられてるのが、こういう事務処理なんだよ!
せめて書類の読み方くらい理解しろ! モノノフが単なる武辺者だなんて思ってんじゃねーぞ!
「ええー…そんな事言われても、面倒臭いおおぉぉおっぉぉぉぉぉぉ!?」
雪風、ジェットコースター(手動)の刑に処す。
予想はしてたが、ここらが研修の最難関だな…。他にも油断とか周囲の状況を気にしないとか諸々の心配はあるが、そこは気付くまでウタカタのモノノフ達が補ってくれる事を期待したい。
気付かないようなら……俺が直々に不意を打たれる恐怖というものを味わわせてくれる。理解するまで。
特に、何となく女の滅鬼隊は餓鬼(ゴブリンっぽい)とか土竜(触手っぽい)に弱そうな気がするからな。絵面的に。デカい人型の鬼(オーガっぽい)も、ちとヤバい気がする。
文句言うな、木綿ちゃんだって大変なんだぞ! これから40人近い人員を新規モノノフとして登録して、何をやったかも管理していかなきゃならんのだから。
これで木綿ちゃん、大和のお頭の娘さんが負担で倒れちゃったりしたら、本気でどうなる事か…。
はい、そういう訳で今日の午前中は書類仕事です!
…………ん? あれ、外…?
しとしとしと。しとしとしと。しとしとしとしとしとぴっちゃん。
なんか懐かしいフレーズだ。しこしこどっぴゅんなら毎晩やってるんだけど。
外を見れば、激しくはないが無視できる程弱くもない雨が降り続いている。
うーむ、ちと問題だなぁ。
いや、雨はいいんだ、雨自体は。台風とかだと里の存亡がかかった一大事になりかねないが、今日の雨は常識的な範囲内。
貴重な水を確保できる。体が冷えるのは困り者だが、気配は消しやすくなるし、炎を使う鬼は雨を苦手とする事も多い。
じゃあ何が問題かってーと。
執務室の窓の外を見て、向かい側にある隊員寝泊まり用の家の中に目を向けると………すし詰め状態になった隊員達が、実に退屈そうにダラダラしている。
中にはオモチャを使ってゲームやってる子達も居るが、流石に全員に行きわたる数は用意してない。
そもそもカードゲームしようにも、周囲の目がありまくりで、手札をいつバラされるか分かったものではない状況。
暇を持て余し過ぎて、室内でボールを投げ始めたのを明日奈が一喝して止めもした。
…まぁ、要するにこういう事だ。雨のおかげで行ける場所が無く、隊員達は寝床で暇を持て余していた。
お役目中なら雨くらいでどうこう言ってられないが、そうでもない時に意味も無く濡れに行くのもアホらしい。
…せめて傘か、合羽の類でも作っておくべきだったなぁ。そうすれば、せめて散歩なり、鬼を惑わす結界の視察くらいには行けただろうに。
雨でも体を動かせるような施設、作っとくべきか…。体育館って事にすれば…うん。特筆するような機能も必要な石、寝床と同じくらいの広さで建物を作っておけばいい。鍛錬でも玉遊びでも、好きにさせておけばいいだろう。
怪我しない程度に…ああ、掃除係、メンテナンス係は必要かな。
何でもかんでも与えてばかりじゃ教育に悪いとは言え、状況が状況。何も知らない子供達と、何も無い生活環境だ。まずは伸び伸びと生活できる環境を整え、感性を育んでもらいたい。そのけっか、俺に歯向かうなり反発して飛び出すなりしても……まぁ、いいだろう。
「…若、外を見て黄昏ているんでしたら、手伝っていただきたいんですが…」
「何をぬかす権佐。若様の手を煩わせるつもりか!? そもそもこれは、若様が我々に学べと用意してくださった…」
「天音、興奮しないでくれ。書類が飛び散る」
「む…すまん、骸佐。しかし…」
「………」(小人さんと戯れる紫)
「シビシビシビシビシビ」(正座して作業していたら、足が痺れて痙攣している雪風)
「…あまり騒ぐと、この二人の同列と見なされるぞ」
「…………次の書類…」
テンションが上がりやすい天音を、骸佐が諫めてくれた。意外とリーダー向きな子だと思う。
ちなみに、本来彼らを統括すべき役割を与えている天音だが、彼女自身もこういった書類の読み方は知らず、情報を纏めるやり方も知らなかった。最初から与えられてなかったのか、或いは与えられているけど当時のやり方と全く違ったのか。恐らく後者だろう。
ともあれ、戦闘部隊の統括役である天音が、その部隊のやり方をあまり知らないと言うのはよろしくない。丁度いい機会だから一緒に勉強しろ、と連れて来たのだ。
俺が直接教えると言う事で恐縮していた天音だったが、今後の仕事に差し支えが出るのだから、縮こまっている場合ではない。
「ちなみに若、若自身のお仕事は?」
もう済ませた。今日は元々、予定していた作業量はそう多くなかったからな。
「…また浅黄に手伝わせたのですか?」
いや、今日は神夜。あと天音、それに関してはあんまり口外しないように。あまり大っぴらに出来る手法じゃないからな。…骸佐達も詮索するなよ。
「よく分からんが、何も言わん。そんな事をしている暇があったら、この書類と睨めっこする時間を1秒でも減らす。一応聞いておくが、この研修が終われば、出撃できるんだな?」
ああ。そろそろあっちも、いい加減手伝ってくれと本気で思ってきてる頃だ。これ以上引き延ばすと、協力する気がないんじゃないかと思われかねん。
正直な話、人員に不安がありまくりだが…それは誰でも同じだろうし。
出撃頻度は、そうだなぁ…。あちらさんの人員数と斥候の頻度がこれくらいで…必要とされるのがこうで………うん、最終的には、3日に一度くらいが義務になりそうだ。それ以上の活動をしたいのであれば自由…とまでは言わない。限度を作るが、その範囲内なら自主的に任を受けてもいい。
「いや、聞きたかったのはそれではなくて、今日中に出撃できるのかって事なんだが」
ああ、そっちか。まぁ問題ないよ。ただ、出来ればウタカタのモノノフ達と一緒に出撃してもらいたいな。あっちの出発に間に合わないようであれば、この場に居る4人での出撃になる。
その場合、ここで必死で読み解いた情報は半分くらいが無駄になってしまうけどな。
この書類、今日出撃予定のモノノフ達の情報だから。
「そう言われると、どうにかして間に合わせたくなりますな。書類仕事は面倒とは言え、やった分の見返りは欲しい所です」
そう思うなら、猶更とっとと済ませる事だ。もうあまり時間は無いぞ。頑張れば間に合う範疇だけど。
ほれ紫、虚空に手を伸ばしてないで、さっさと処理を進めろ。このままだと最初からやり直しになる上、出撃だってできないぞ。
雪風も痺れたフリして寝ようとするんじゃない。
…結局、紫は『浅黄に言い付けるぞ』で一念発起。雪風は『暫く遊んでやらない』で物凄い嫌そうな顔しながらも、何とか研修をクリアしたのだった。
幸いな事に、雨は意外と早く止んだ。丁度、骸佐達がウタカタの受付所に到着した時だ。雨の中を走って来たのに、とブツブツ不満も出たが、まー仕方ない。天気は天の采配だ。予測はできても確実性はない。
何とかウタカタモノノフ達の出発に間に合い、それぞれの班に入れてもらえる事になった。
特に歓迎されたのは、紫と権佐。実力的には他の二人に負けていないが、どうやら先日の試験の事を、大和のお頭か息吹が触れ回ったらしい。
後は、特殊なタマフリの性質の問題かな。怪力の紫は、戦闘不能になった人を軽々担いで走れるし、権佐は土の中に隠れて移動し、索敵する事ができる。
それに対して、骸佐と雪風は正面からの戦闘タイプだものな。いざと言う時、大型の鬼に見つかった時には非常に心強いが、斥候部隊や救助部隊は敵と戦わないのが基本だ。どうしたって、前者2人の方に比重が傾く。
さて。
4人をそれぞれの隊に任せ、俺は執務室に戻る…フリをして、こっそり隠れた。
「…隠れるのは構いませんが、何故僕の所に?」
単純に、隠れやすい場所だったから。秋水、でよかったよな? すまんが自己紹介は今度で。
「構いません。茅場さんから、一通りの事は聞いていますので。…あの男とも繋がりがあるようですが」
そこらへんはまぁ、隊を助けた時のゴタゴタと言うかね。
…お、あいつら出発した。それじゃ、後を尾けるからもう行くわ。またな。
「生憎ですが、会いたいとは思いませんね」
辛辣ぅ。