さて、秋水とも一応面識を作ったし、あいつらを追いかけますかね。
…しかし、秋水の隔意は今までのループとは桁が違ったな…。明確に九葉のオッサンに近い人間として振る舞ってるからか? 何せ金銭物資その他の形で援助まで受けてるしな。
見捨てられた北の地に居た秋水にしてみれば、自分達は見捨てておいて…と感じているのかもしれない。
そう言えば、北の地出身なんだよな…。シノノメの里とは別の場所みたいだが、繋がりはあったんだろうか?
明日奈と神夜と話をさせてみようか。茅場から話を聞いていると言う事は、滅んだと思われていた里が、異界消失後に接触を図って来た事も知っているだろう。…もしかして、秋水が居た里も残っているんじゃないか…って期待が出たんだろうか。
だったとしても、そこで行動を止めるような奴じゃないか。もし本当に里が無事で残っていたとしても、たった一人でも失われていれば、それを取り戻そうとするだろう。本人も、もう止まれない所に来ているんだと思う。
が、それはそれとして追跡。雪風達4人は、それぞれ別の部隊に配属され、軽い説明を受けて出発した。
幸いと言うべきか、全く別の方向に向かうのではなく、ある程度バラけながらも同じ方角へ。これは里から出る道が限定されていると言う事もあるが、索敵範囲を広め、何かあった時に救助に入れるようにしている為だ。
正直な話、鬼との闘いになった場合については、あまり心配していない。少なくともここの4人は、ミフチ程度なら一対一でも戦えるくらいの力はある。
が、問題なのはその性格と経験の少なさ。下手な自信があるだけに、「鬼が出ても蹴散らしてしまえばいい」「こそこそ隠れて進む必要などない」等と言い出し、ウタカタのモノノフ達を巻き込んで危険に晒す可能性がある。
その辺の事は先程の研修で、口を酸っぱくして…慣れない事務処理で脳がグロッキー状態になっているところに、洗脳染みた勢いで禁じておいたので大丈夫だと思いたいが…。
適当な高所から、4つの班の状況を見下ろす。馬鹿と煙は高い所が好きと言うが、実際高い所に陣取るメリットは無視できない。
現にこうして、隊の状態を確認できる。持ってきてよかった双眼鏡。
…ヒノマガトリが寄って来たけど、睨みつけたら逃げてった。
さて、肝心の隊の様子は……今のところは大事無し。進行方向にも、強力な鬼は居ない。
と言っても、モノノフ斥候部隊レベルの実力だと、鵺とか鳴沢とかの小型鬼でも脅威だからな。特に陰摩羅鬼の群れとかが相手だと、集中砲火で殲滅される可能性だってあるから油断はできない。
一見すると、順調に進んでいるように見える。しかし…予想通りと言うべきか、退屈しているっぽいな。好き好んで鬼と戦う理由もない筈だが、さっきまでの研修で結構な鬱憤が溜まっている筈だ。発散したくなるのも無理はなかろう。
…ここで暴発するようなら、研修不十分として当分出撃を禁じるけども。
おっ、骸佐がいる隊にカゼキリが近づいている。あの走り方は、縄張りを犯された時のものじゃないな。一定の場所に留まっているタイプではなく、徘徊して獲物を見つけた時の動きだ。
斥候部隊としては最優先で捕捉するべき対象であり、同時に最も危険な相手でもある。
縄張りを作って留まっている奴らは、良くも悪くも近付かなければあまり動かない。それに対して、こういう奴は見つからずにやり過ごせば何処かに消えるが、同時に何処に現れるか分からないし、一度見つかれば延々と追ってくる事もある。
戦闘能力が低い彼らにしてみれば、誇張無しで命取りだ。
さて、あいつらはどうするか。普段の斥候部隊であれば、襲撃を知らせる合図…狼煙なり鏑矢なりを放って、一目散に逃走、或いは隠れる。
逃げきれないと判断したら、他の隊が救助に来てくれるまで、何とか耐えるしかない。
…まだ、狙われている事に彼らは気付いていないようだ。どうする? 様子を見るか?
カゼキリの攻撃は、決して軽いものじゃない。文字通り風のように遠距離から接近してきて、鋭い爪や牙で一撃必殺…なんて事もやってのける。
このまま黙って見ていれば、あの中の一人は欠けてしまう事も………おや?
骸佐班の一人が慌てている。気付いた…のか?
いや、でもカゼキリは行動を起こしてない。気配を隠しながら、狩りをする獣そのものの挙動でじりじりと距離を詰めている。
この距離で気付くのは、普通じゃちょっと厳しいと思うが……。
手を出すべきか悩んでいたが、事態はそれより早く進展した。
骸佐は半信半疑だったようだが、残りの3人は迷わず遁走体制に入った。本当に気付いたみたいだな…。
慌てていた当人はともかく、残りの2人がすぐに信じたようだし、これまでも同じように気付いた実績はあるんだろう。異様に勘がいい…と言うか、危険を理屈抜きで感知するタイプか? 偶にいるよな、そういう奴。
そう数は多くないだろうけど、やはり最前線で生き残っているモノノフ達。いい駒が揃っているようだ。
しかし、残念ながらその判断は間違いだ。カゼキリの移動速度は半端ではない。
もう少し距離があればともかく、今の状態では隠れる事さえできはしない。咄嗟に狼煙を上げるところまでは見事だったが…。
隠れる事を止め、飛び出したカゼキリが襲い掛かる。狙うのは狼煙を上げたモノノフ。それを放置すると面倒な事になると知っているのか、それとも単に動きに反応しただけか。
あわや一名の命を食いちぎられる…と思った瞬間、タマフリを発動させて体を強化した骸佐が妨害に入った。
体を張ってカゼキリの爪を受け止め、反撃に顔面に刀を一発叩き込む。
質量差はどうにもならずに吹っ飛ばされたが、咄嗟の対応としては満点以上だろう。
さて、逃げられぬとみて骸佐は正面から戦い始めた。襲われていたモノノフ達は、逃げるべきだと少し騒いだが、カゼキリと互角に渡り合う骸佐の姿に勇気づけられたのか、遠巻きながらもタマフリや遠距離武器で援護を始めた。
それと同時に、周囲の鬼達の動きも騒がしくなる。戦いの音に気付いたか、それとも狼煙を見て好奇心が疼いたのか。
天敵同志が戦っているとみて距離を取り始める鬼も居れば、漁夫の利や食い残しを狙ってコソコソと近付く鬼も居る。
それに紛れ、他の3隊も集まり始めていた。そちらのウタカタモノノフ達の手腕は分からないが、権佐・雪風・紫の3人がかかりであれば、カゼキリにはそう手古摺る事はないだろう。
問題は、近付いてきている2体の別の大型鬼。
一体は同じカゼキリ……いや、よく見れば色が違うし、帯電している。アマキリ? この時期に?
そしてもう一体は……………うん? 何だあれ? 今まで見た事も無いぞ。この世界だけじゃない。三つの世界の、どのモンスターにも似ていない。
何と言うか………不定形物質と固体の間を行き来しているような……何だろ、クトゥルフ系のゴチャゴチャしたモンスターを、もっとスケールダウンさせたような。
…よく分からんが、とりあえず狩るか。
アマキリの方は問題ない。距離もまだあるし、こいつらの動きは飽きる程見てきた。俺の知らない切り札がある可能性を加味しても、骸佐達に接近する前に仕留めてしまえる。
問題は、あのよく分からん奴か…。正直、このまま観察していてもこれ以上の情報は手に入りそうにない。仕掛けるとしよう。
骸佐達は合流し、滅鬼隊4人の編成でカゼキリと戦い始めた。
その間、ウタカタのモノノフ達は周辺で群れている雑魚鬼達の排除。こっちは問題なし。手傷は負ったようだが、タマフリでも充分対処できる範囲だ。
滅鬼隊員の力のデモンストレーションとしてもいい塩梅だろう。普段であれば、逃げ隠れして欠員が出るのも覚悟する相手を、多少手古摺ったとは言え討伐する事ができた。
主力部隊として扱うには時期尚早だが、いざと言う時の保険としての価値は認めさせることが出来ただろう。
勿論、問題だってあるけどな。狼煙が上がり、急いで救援に向かう時、近付いているアマキリとか…あのよく分からん奴に気付かなかった事とか。俺に気付かなかったのは………うーん、微妙。気配を消してた訳でもないけど、かなり距離があったもの。
次に俺の方だけど、アマキリは問題なし。カゼキリと骸佐達の戦いに乱入しようとした瞬間、横合いから奇襲でスパッと。そのままラッシュで片を付けた。
もう一体のよく分からん奴は………なんだろうなアレ、雑魚だったと言えば雑魚だったんだが。
結論から言えば、正体不明の鬼はノヅチだった。うん、ノヅチ。率直に言えば小型の雑魚鬼。それこそ、餓鬼に次ぐ雑魚と言ってもいいだろう。
だが奴らの役割は、土地を汚して異界として作り替える…異界を拡大させる一因でもあり、決して放置していい鬼ではない。
しかし、あいつにあんな能力は無かった筈だ。
姿が見えなくなる程の膨大な瘴気を纏い、取り込んだ物を振り回しながら歩き回る、なんて能力は。
近付いてみて分かった。不定形に見えていたのは、集められた瘴気が風等に揺られて蠢いていたから。固体が見えたのは、その瘴気の中に入っていた岩やら鬼の部位やらが不規則に出たり入ったりしていたからだ。
本当に鬼なのかも疑わしく思えたが、鬼の目でじっと見てみれば、瘴気の中央付近に小型鬼の影が一つあるのが分かった。罠…とか疑似餌の類じゃないかと思い、足元から突然鬼が襲ってきたりしないか警戒しながら、神機で狙撃。
瘴気の渦もなんのその、見事にスナイプできた。
するとあっという間に瘴気が撒き散り(下手なモノノフが浴びると危険な濃度だったが)、中からガラクタとノヅチが一体現れた…と言う訳だ。
訳が分からない。疑問は晴れなかったが、丁度骸佐達の帰り道だったのが運の尽き。鬼祓もせずに、そのまま姿を隠して帰ってきてしまった。
戻り、骸佐達が報告を終えて解散した後、こっそり大和のお頭に相談してみた。
「心配でこっそりついて行ったとは、心配性な頭領だな」
仕方ないでしょ。あらゆる意味で経験が足りてない連中なんだ。心配にもなる。
「ふっ…それにしても、ナナキキが出たか。珍しいと言うか懐かしいと言うか」
ナナキキ…? 鬼とは結構やりあってるつもりだけど、聞いた事ないな。図鑑にも載ってなかったと思うし…。
「だろうな。ナナキキ…名無き鬼、と呼ばれているが、俗称のようなものだ。一個の鬼ではなく、現象と言った方が正確だろう。聞いた話では、モノノフが組織され始めた頃や、オオマガトキでの大戦で何度か目撃されたそうだ」
現象…?
「うむ。一口に鬼、と言っても色々いるだろう。当然、まだ発見されていない鬼や、突然変異で現れる鬼も居る。この現象を見たモノノフの多くは、正体が何であったとしても、そういう未知の鬼なのではないかと考えるのだ」
確かに俺も考えたな。
しかし、実際には単なるノヅチだった。あれだけの瘴気を纏ったノヅチが、単なる…なのかは疑問が残るけど。
「そこは俺にも分からん。だが、このナナキキの中心となっていた鬼…時には鬼以外の場合もあるが…の中には、今までの鬼と似ても似つかない鬼や生物が入っていた、という報告もあった。瘴気を受けて突然変異したのか、或いは根本的に違う『何か』なのか…」
…どうにもスッキリしない話ですな。
「あくまで俺の私見だが、こいつは鬼とは違う気がするな。昔から、幽霊の正体見たり、とは言うが、中には本物もあったのかもしれん。鬼よりもずっと古くから、稀に生まれ落ちてきた奇形児…その場限りの、命を繋いでいく事もできない『何か』…」
成程ねぇ。その手の奴は、名前を与えると形を持つってのが定番だが…。
「何種類かの鬼は、これに名前を付けられた結果かもしれんな。流石にここまで来ると妄想の類だが、ナナキキはそれ故か不吉の前兆として語られる事が多い」
考えてみれば、道理と言えば道理かな。古来からの伝承全てが鬼の仕業と言う訳でもなし、世界にはまだまだ俺達の知らない何かが人知れず蠢ているのかもしれないって事か…。
そして、普段とは違う現象が発生していると言う事は、異常があると言う事。
…これから、何が起こると思う?
「さて、な。何が来ようと、我々はウタカタと人間を守って鬼を斬る。…希代の新戦力も来た事だしな。当てにさせてもらうぞ」