里から隊の屯所(?)に戻ってくると、結構盛り上がっていた。
お役目に向かった4人にも注目が集まっていたが、それ以上に盛り上がっているのは浅黄が行っている試験である。
今戦っているのは、紅。少々自虐的なところがある双刀使い。
戦闘、特に攻撃に特化しているタイプで、滅鬼隊の中でも特に高い身体能力と、それをフル活用した回天や烈風(縦回転する技)が持ち味だ。特に回天は『旋風陣』と名付けられ、それこそ下手な鎧ならズタズタに切り刻んでしまう程の切れ味を誇る。
双刀自体も高機動戦闘、立体的な戦闘に使用される事が多い為、凄いスピードでの勝負が繰り広げられている。
が、どちらが優勢なのかは誰の目にも明らかだった。
紅が双刀を連続して振るう。縦、横、同時に左右から、飛び上がっての奇襲…。
それら全てを体裁きだけで避けきって、浅黄は無造作に反撃する。その殆どが紅の刀で受け止められ、1割くらいは体ごと動いて避ける。
「旋風…陣っ!」
追い詰められてきた紅が、大博打と言わんばかりに回天を放つ。が、浅黄は動じず構わず、真正面から接近する。
紅にとっては信じられない事だっただろう。連続して振るわれる刃が、かすりもしない。全ての剣閃を見切り、それらが通過した僅かな隙に歩を進め、次の一閃を回避し、また一歩、回避、回避、一歩…。
結局、旋風陣は一発も当たる事なく、間合いを突き放す事すらできず、逆に技の終わりに刃を喉元に突き付けられる結果になった。
「……参りました」
武器を手放し、両手を挙げる紅。若干以上に傷つき、自信を無くしたように見えるのは気のせいではないだろう。尤も、それくらいの方がいいのかもしれない。幾ら戦闘特化型とは言え、実際に鬼と戦った事など一度もないのだから、大それた自信を持たれる方が困る。
対する浅黄は、何やら妙に不満顔だった。浅黄の動きも大分自然になってきて、そう悪くは無かったと思うが…?
「大分錆びも落とせてきたわ。体がまともに動くようになってきた…。それはそれとして紅。あなた、全力を出していないでしょう」
「!? い、いいや、手を抜くような事などしていない!
「誤魔化せるとでも? 私は他の『紅』の事だって知っているし、実際に使っている所を見た事もあるわ。あなたの『切り札』をね」
「………ッ!」
ジロリと睨む浅黄と、名前とは正反対に顔を青くする紅。
「別に、あれを使わなかった事を責めているのではないわ。これは試験、模擬戦だもの。技や力を使う使わないは、受け手の自由よ。あなたがその力を好んでないのも知っている。…気にする必要はない、と言っても納得できないでしょうね。でも、いざと言う時に備えて使いこなせるようにしておきなさい。後悔するのも、後悔すら出来なくなるのも自分よ」
ふん? 何か切り札があるのか。えーっと、紅の資料には何が書かれてたっけ。
あー…なんだ……確か、『鬼の力を使える』と書いてあったっけ。具体的な情報は無かった。
………それ、滅鬼隊全員同じなんですけど? 彼女達が使う特異なタマフリは、鬼の力を人に後付けしたものだ。率直に言って、何を今更………いや、今更じゃないのか。改造された自分の体や精神を疎んでいるのかもしれない。
むしろ、そっちの方が当然かもしれないな。実感が無くても、自分の知らない間に体を好き勝手されてりゃ、嫌な印象の一つも持つだろう。
そもそも、好悪の感情に理屈なんか関係ないからなぁ。しかし、気に入らなくても使える力があるなら使ってほしいものだ。最低限、暴発する事のない程度には掌握してもらわないと。
肩を落として引き下がる紅。…失格判定だったか? 戦力は充分だが、メンタルに問題あり、かな。
次に試験を受けるのは、凛子と沙耶根尾だったか。凛子はタマフリ『空』を利用した戦い方・技が上手くて、沙耶根尾は背中から生える触手が武器。…触手に非常に興味はあるが…。
「あふぅ………スゥ…スゥ……」
沙耶根尾はお昼寝モードに入っています。こりゃ、この子の今日の試験は無理そうだな。
凛子の試験にも興味はあるが、作成を依頼していた結界を見に行かねばならない。雨とお役目の様子見で結構な時間を使ったからな。さっさとノルマをこなさねば。
さて、結界作成を依頼した場所にやってくると不知火と、何故か三郎なる暗号名を特別に付けられている、環。…いや、本当に何で三郎なんだろうね? 本人も不思議がっていた。滅鬼隊を作った連中は未来と言うよりパラレルワールドに生きている気がしてならない。
環は鬼を…特にミフチを操る力を持っている。…が、実際に試した事は無く、操れたとしてもどれくらい自由に出来るのかは不明だ。
その力を使って、接近する鬼を追い返したり、同士討ちさせたりできないかと考えて、結界作成班に組み込んだんだ。
…ところで、二人だけかな?
「ええ。説明も実践も、私達だけで充分ですから」
「ほ、ほかの皆は……試験を見に行きました…」
そっか、お疲れ様。見たかったんじゃないか、試験?
「興味はあったけど…戦うのは、するのも見るのも好きじゃないし。…蜘蛛、くるかもしれなかったから。ササガニなら操れた。里に入れる事はできないから、帰らせたけど」
そっか、能力試したかったのね。
困った事に成功してもそこまで有効活用できないもんなぁ。仮にミフチを操る事に成功して、こっち側の戦力として扱ったとしても、その後どうするか…。
馬みたいに小屋に繋いでても大人しくしてる筈ないし、いつも環をつけてる訳にもいかんし、そもそも何を食うのか…。
「? 戦った後、自害を命じればいい」
…環ちゃん、何気にドライね。まぁモノノフの鬼に対する考え方なんて、そんなもんだよな。
ハンターだって、一時手名付けたモンスターを手に掛けずに野生に還すくらいの情けはあるのに。まぁハンターは自分達も含めて調和の一部って認識があるし、それに対してモノノフにとっての鬼は世界を破壊する侵略者だ。無理もない。
さて、本題だ。結界の成果は?
「概ね……良好…まだ規模は小さいけど…」
「当初は鬼を惑わし、誘い込み、処理する罠の結界を考えていたんだけど、確実に仕留めきる方法が見つからなかったの。まぁ、そんな罠があれば、とっくにモノノフが使ってるわね」
む、確かに。滅鬼隊のタマフリを応用すれば…と思ってたけど、それだとその隊員がずっと張り付いてなければいけないしな。
それでそれで?
「何より重要なのは、近付いてきた鬼を処理する事ではなく、鬼を近付けない事。何せここは、私達の居場所に最も近い異界ですもの。例え鬼を殺す罠が出来たとしても、罠で怒った鬼に大騒ぎされては鬱陶しくてたまらないわ」
「里の樒さんが言ってた……安眠は、大事…」
お、おう…。一理あるな。樒さんの安眠妨害の一因としては耳が痛い。
「だから、まず見つからないようにする…。里への入り口を隠す…」
「具体的には、まず大型の鬼が侵入できないように、壁や塹壕を作る。偵察に来た小型の鬼だけなら、罠で処理するなり、環ちゃんが居れば操って『何もなかった』と思わせるなり、幾らでも手の打ちようはあるわ」
成程なぁ…。まずは地上の鬼から対処、か。空を行く鬼については、何か手立てはあるか?
「不甲斐ない話だけど、そこはまだ何とも…。鬼だっていつまでも飛び続けられる訳じゃないから、敢えて止まり木のようなものを用意して誘導する、という案はあるんだけど」
「もし仕留められなかったら…鬼が休む場所を与えるだけになっちゃう…」
そうか。まぁ、いきなり何もかもに対処できる筈はないわな。ともかく、まずは地上の小型鬼への対処を優先してくれ。
「小型? 大型じゃなくていいの?」
いいの。こっちから狙いを定めて特定の相手を狩りに行くならともかく、襲撃で一番厄介なのは小物の数だ。浸透強襲戦術って奴だな。
偵察にしたって、大型鬼なら見つけやすいし、一度に入ってこれる数も限られてるから、集中砲火で始末しやすい。
それに紛れて、結界の中に小型鬼が潜伏される方が面倒だ。
「不知火さん、小型が相手なら…」
「ええ、幾つか通じそうな罠もあるわね。若様が先日呟いていた……とらっぷたわぁ、でしたか?」
あー…アレを作るのかぁ…。そうか、まず幻影で追い返して、それを潜り抜けてきた奴は罠で纏めて始末…。
多少哀れに思わないでもないが、生活の安全には変えられん。
了解した。すぐにとは言えないが、何か考えてみよう。ピタゴラスイッチ的な、処刑アルゴリズム器械体操を。…なんか色々混じったな。
「では、私達はまず、この作りの結界を増設していきます。そうね、確かモノノフが使う秘術の中に、物理的にも精神的にも惑わせる術があった筈…。原理的には、石兵八陣と同じ物…。それを参考にして作って行けば、タマフリの効果が無くなっても…」
「不知火さん、どんなもの?」
「そうね…まず、よく目立つ目印と、方向感覚を失わせるような曲がりくねった道を作って…」
二人で座り込んで、その辺にあった木の枝をペン代わりにして地面に図を書いている。
なるべく早く完成させたい結界だが、現状で対処できない問題でもない。あまり無理はし過ぎないように。
余談だが、お役目を任せるかの試験について。紅は合格、凛子と沙耶根尾は失格だった。凛子に関しては『自信を持つのはいいし、それだけの力はあるけど、己惚れになっている』と浅黄からコメント。沙耶根尾は………寝過ごした事に加え、『まだ殺し足りないよぉ…』という寝言がな…。当人としても、後から雪風達に書類仕事の面倒くささを語られて、『やっぱりや~めた』なんて言ってたよ。任を受ける代わりに、里の結界に近付く鬼達を始末する、遊撃隊みたいなポジションになるつもりのようだ。