堕陽月拾陸日目
昨晩は、夜中に襲撃があって叩き起こされた。中途半端な時間に目を覚ましたからか、目を擦っている隊員も何人か居る。
かく言う俺も、オタノシミの最中だったのを中断させられてオコである。敵は小型鬼数匹程度だったんで、ストレス解消に暴れる事もできなかった。…中断に関しては、放置プレイと言う事にしておいた。
それはともかく、今日の予定を考えていたところ、凛子がやってきた。
おう、どうした? 今日は試験をもう一回受ける為、自分を見つめ直すとか言ってなかったか?
「ああ。それは勿論なんだが…若、来客だ」
「客…? 連絡は受けていないけど」
「ああ、連絡無しで来たと言っていた。しかし、無下にする事もできない相手だ」
秘書役としてついていた時子が、少々不快な顔をする。アポイトメントなんて単語は無いが、それでも先触れを出すという礼儀はある。
尤も、俺自身も何も伝えず大和のお頭に会いに行ったりしているので、アポなしを責める事はできないが。
ああ、例の決め台詞がよみがえる。
アポはないけど…アッポゥならあるぜ。具体的には朝飯のデザート。
誰だ? 報せも無しに訪ねてきそうな、無下にできない相手…心当たりは幾つかあるが。
「例えば?」
んー、まず陰陽寮の茅場。滅鬼隊の…具体的に言うと詩乃の事でちょいと世話になった。俺にくっついてウタカタまで来るつもりらしいから、近日中に来訪があるかもしれない。…と言うより、今まで来てない事にびっくりだ。
次に九葉のおっさん。滅鬼隊を援助している、出資者だな。一応言っておくが、封印前の滅鬼隊には関わってない筈だぞ。この人の場合、前もって報せを出さないのも分かる。それが許されるだけの地位と恩があるし、何らかの策の為に密かにって可能性もある。
後は、博士…つっても分からんか。傍若無人で不遜な奴だけど、こいつは俺が呼びつけたようなもんだな。…手紙、ちゃんと届いているだろうか。
他にはそうだなぁ…グウェン…なら、多分九葉のおっさんからの紹介状とか持ってくるだろう。無下にできないって事は、借りか地位のどっちかがある人だな。
それで、今自分に会いにきそうな人……白浜君…は距離的にまだ無理か。関わりは強いけど地位は無いし。同じ理由で、シノノメの里の人達も無し。
霊山新聞社の親子? いやでもここに来るか? …娘2人は来そうだけど、曲がりなりにも父親と和解してるから、今回どうなるか微妙。
ウタカタのモノノフ……一番可能性はありそうだけど、誰が来たかと言われると検討がつかないな。息吹辺りなら、美人に会いたいって理由で来てもおかしくないけど。
んー、現状ですぐ思いつくのはこれくらいかなぁ。
「…若、意外と顔が広いな」
顔なんて人間社会で生きてりゃ、それなりに広くなるもんだぞ。重要なのは、そこからどうやって関係を深めていくかだ。
単なる仕事相手で終わる事もあるし、お互い親切にしあってれば仕事が無くなっても交流が続いたり、いざって時に助けてもらえる事もある。
問答無用で連絡が取れなくなる時もあるけどな。こんな世の中だし。
戯言は置いといて、結局誰よ?
「む…あまり待たせる訳にもいかないか。では率直に言ってしまうが、ウタカタの里の神垣の巫女様だ」
え、アナルマニア?
「? えあなるまにあ、とは何だ?」
あ、いや、何でもないの。驚いて、つい関係ない言葉が口から洩れただけだから。…横文字知らない子達でよかった…。
つい余計な事言っちゃったけど、橘花? 橘花が何でここに? いや、確かに他の里に比べて緩いから、ある程度自由に歩き回れるけど。
…ともかく、神垣の巫女様が来てるなら、会わない訳にもいかないな。
分かった、ともかく通してくれ。
時子、お茶と茶菓子の準備を頼む。
少しして執務室に入って来たのは、確かに橘花だった。誰かの変装でもなければ、鬼が化けているのでもない。
しかし、護衛の姿も無かった。
どうなってんだ?
いや別に来るのは構わないんだ。でも、いくら他の里に比べて神垣の巫女の扱いが緩いとは言え、一人で出歩けるような身でもなかった筈。もう少し時期が過ぎれば、里内の結束も固まって、一人で行動できる…と言うか、堂々と俺の元に逢引に来るようになったんだけど。
この時期だと、一人歩きは桜花が許さないだろう。護衛が居なくても、自分だけでも陰から見守ろうと、ストーカー紛いの事さえしかねない。
増して、仮にも外部勢力である滅鬼隊の元にやってくるなど論外の筈。自分達から言い出して、里の結界外れに住んでいる俺達だ。神垣の巫女を手に入れて、自分達を結界の中心に…なんて思惑を疑わても無理はない。
少なくとも、手放しで信用される程の実績は、まだ積み上げてない。
…これは、直接聞いた方が速そうだな。橘花も腹芸は苦手な人種だし、直接的な話が有効と見た。
さて、遠路遥々…と言う程でもないけど、御足労頂きありがとうございます。
滅鬼隊の頭領です。お初お目に…ではないですね。一応、里にやって来た時に顔を合わせましたっけ。
「ええ。あの時は驚きました。一度に何十人もやってこられるなんて、初めての事ですから」
小さく笑う橘花からは、気負いらしい気負いは感じられない。少なくとも、あの時驚いたのは確かなようだ。
して、何ぞ御用でもありましたかね?
別に鉄火場でもなければ、来訪は歓迎しますが。一人になりたい時に来ても構いませんが………まぁ、文字通り一人になれるかは怪しいもんですな。人口密度で言えば、里より高いし。
「…その事についても、真に申し訳なく思っています」
はい?
「里の結界維持は、神垣の巫女たる私の役目。戦う事も働く事もしない代わりに、皆様の安住の地を維持するからこそ、モノノフの皆さまは私を守ってくださいます。ですが、貴方達が暮らすのは結界の効力が及びにくい外れ。事実、何度か鬼の襲撃を受けたと聞いています。かくなる上は、結界の増強を…」
待った待った待った。
結界の増強って、それやったら術者に結構な負担がかかる奴じゃないか。下手をしなくても寿命が縮むような。
「はい…ですが」
ですがも何もなーい。確か巫女様…ええい面倒臭い、橘花はモノノフ主力の桜花の妹でしょ。絶対、「橘花にそのような事はさせない! 結界の増強など不用、私が里に近付く鬼を全て斬る!」みたいな感じで、無理に無理を重ねて大暴れするぞ。
「うっ…………すごく…想像できます…」
だろうね。実際、似たようなのがゲームストーリー本編でも前ループでもあったよなぁ。それで気まずい雰囲気になったりもしたし。
要するに、何? 俺達が安全な場所に居られない事に、罪悪感でも持った?
「…有体に言えば、その通りです。繰り返しますが、里の結界を維持するのは私の責務です。命惜しさに、やってきてくれた応援の方々を危険に晒すなど…」
…手が震えるのは、後で突っ込むとして。
あのー橘花…様? 色々と段階をすっ飛ばしてる事にお気づきですか? と言うか、モノノフはどうしてこんなに極端から極端に走るのだろうか…。
「橘花、でいいです。近しい方々は、そう呼びますから。…段階、とはどういう意味でしょうか?」
神垣の巫女の地位は鬱陶しい事もあるかもしれませんが、里にとっては最重要な役職者。その人にいきなり負担をかけるような選択肢を取る筈がないでしょうが。
下っ端なら負担をかけてもいいって事じゃないけど、現実に神垣の巫女は替えがきかない。霊山にも、一人前と言えるだけの力を持った巫女は殆ど居なかった。
そんな状態で、橘花が無理し過ぎて倒れたどーすんの。やるにしても、その前に手を尽くすに決まってるでしょうが。
例えば、里に近い場所の森を伐採して居場所を作るとか、援助や労働力と引き換えに、居候させてもらうとか、2階建て3階建ての建物を作って、そこに住むとか。
何だったら、自分達で鬼を避ける為の結界を貼る事も考えられる。ついでに言うと、今その為の試行錯誤の真っ最中だ。
聞いてないかな? 結界の出入り口付近に、鬼の接近を阻む為、色々仕掛けを作ってるの。
「それは……いえ、聞いた事はありません」
そうか。ま、大々的に言えるような規模のものでもないし、現場での戦いについて神垣の巫女に伝える必要もないもんな。
そもそも、ここに住んでるのだって俺の判断だ。この場所を選んだのは、住処を作れる丁度いい場所が無かった事もあるが、隊員達の戦闘訓練に丁度いいから。
さっきも言ったように、何処か適当な場所を開拓して住処にする事もできる。もしも、それを望む隊員が居るなら…生活が落ち着いてからになるけど、それをやってもいい。
要するに、俺達の現状に橘花が責任を感じる必要は無いし、何かやるにしてもいきなり自分だけに負担を集中させるのは下策中の下策って事だ。
「あ、あうぅぅ…」
なんか強い口調で論破するみたいな形になっちゃったけど、とにかく背負いこみ過ぎです。まず先に、周りの人に相談しなさい。
ま、仮に実行しようとしたとしても、桜花のみならず大和のお頭とか、色んな人から止められて、同じような事を言われると思うけどな。俺達の扱いについては、もうちょっと表現を選ぶだろうが。
色々言ったけど、気にかけてくれてるのっては伝わったんで…うん、その心配りには素直に感謝します。
…あらら、かなり凹んじゃってるよ。無理もないか…。気負って来たのに、空回りでしたなんて言われると、そりゃ凹むわ。
このまま帰すと、面倒事の種になりそうだな。何か、橘花の気を引けるような話題……そう、この頃の橘花は、今まで通りなら…………よし。
うん、橘花が思ってるように危険かもしれないけど、意外と楽しいもんだよ。
うちの連中は色々と訳有りなんだけど、それを抱えて居場所を作っていくのは…何と言うか、胸が高鳴る。
自分の道を、自分で切り開いてるって実感があるんだ。
「…自分の道を、ですか」
おっ、反応あり。この頃の橘花は常に閉塞感を感じていて、自分の力で歩いて行けるモノノフに憧れを持ってるからな。自分の道を自分で決めている、と言われれば反応するだろうと思ったが、ドンピシャだ。
これはこれで、結構大変だけどね。やらなきゃいけない事や、どうしようもなくてもどうにかしないといけない事は山ほどあるし、今は何とかなってるけど将来的な懸念事項は次々出てくる。
人間、どこでどういう風に生きてても、やりたい事だけやれるような生き方は出来ないからねぇ。
「自分で道を決めていても、ですか? …例えば、モノノフであっても?」
むしろ、だからこそ面倒事は一層増える。命の危険、生活崩壊の危機なんて当たり前だ。それも、一人だけじゃなく何人も巻き添えにして。
モノノフのお役目の事だけ考えても、そりゃ危険極まりないだろ。
この里は…今まで割と上手くやってたみたいだけど、いつ死人が出てもおかしくない。動揺させない為に橘花には教えられてないかもしれないが、大怪我してる人も、再起不能になった人も居るだろう。
そういう事やぞ。モノノフだから、強くて自分の道を歩いて行けるって事じゃない。限られた選択肢の中から、まだ良さそうな物を選んでいくしかない。
このご時世だ。どの道を選んでも、命の危機からは逃げられない。ただ理不尽に襲われて、必死の抵抗が上手く行って生き残ったか、力と運が及ばず『何も無くなる』か。未来からじりじりと迫ってくる恐怖や圧迫に対して、泣き喚きながらも抗っていけるのか。
ただそれだけさね。
「…まるで、私の胸中を見透かしたかのように話されるのですね。…そうです。私は、ずっと自分がモノノフであれば、と思っていました。神垣の巫女と言う縛られ守られるだけの立場ではなく、強いモノノフであれば、自分の行きたい所に行けるのだと。…そうですね。そんな筈がありませんでした。もし本当にそうなのであれば、モノノフが死ぬ事など無かったでしょうに」
神垣の巫女が抱える不安は、大体似たようなもんだからな。
シノノメの里の雪華も、その先代達も、自分だけが守られているとか、結界の負担で徐々に寿命が縮んでいく気がするとか、どうして自分だけがとか、全く外の世界に触れられないとか、出会いが無いとか、このままじゃ一生異性とお話する機会さえないとか、一度でいいから逢瀬を体験してみたいとか、意中の人にせめて告白したいとか、そういう不安を抱えていたもんだ。
「………あの、後半の不安が偏りすぎではないでしょうか?」
嘘偽りなく本当なんだよなぁ…。それで化けて出てくるくらい本当なんだよなぁ…。
まぁ、俺が言っても信じにくいだろうし、雪華に手紙でも出してみたらどうだ? 俺もそろそろ、現状報告くらいはしておくべきだし…。(雪華の場合、こっそり俺を覗き見てる事も多いんだが。実は今も)
それくらいなら、桜花達も心配はしないだろ。俺の文と一緒に出せば、ちゃんと読んでくれるのは保証する。…届くまでに何もなければ、だけどな。
「文ですか…。神垣の巫女同士の文通。考えた事もありませんでした。雪華…雪華……と言うと、確か霊山で修行していたころ、名前を聞いた事があるような無いような…。でも、実現したら面白い事ですね。不安を共有して励まし合ったり解決策を考えてみたり、ちょっとあった楽しい事とかを書いたり」
それを許してくれるくらい、里が開放的なのが条件だけどね。他の里の事を知った神垣の巫女が、不満を貯めて爆発…なんて可能性もあるし。
ま、雪華は少なくとも大丈夫だ。後は…そうだな、マホロバの里には、確か『かぐや』という修行中の巫女候補が居た筈だ。正式な巫女じゃないから、まだそこまで規制は厳しくないだろうし、試しに送ってみればいいんじゃないかな。
「いいですね。巫女同士であれば、上手くやれば文が無くても遠距離からの通話もできるかもしれません。他愛のないお喋り、緊急事態での援軍の要請、色々考えられます。……ああ、そうですか。これが、自分の道を自分で切り開く、と言う事なのですね。実現させるのは大変そうですけど……なるほど、これは胸が高鳴ります」
ははっ、元気が出たようで何よりだ。
文を送る時は、俺も同時に出したい。その時には声をかけてほしい。
「はい! …本日は、ありがとうございました。お話にきただけだったのに、とても元気をもらった気分です。…何だか話しやすいんですよ。また来てもいいですか?」
いつでもどうぞ。護衛は…まぁ、好きにすればいい。ただ、ちゃんと話を通してからで頼む。ただ遊びに来るだけなのに、不要な緊張が走りかねん。
ところで一つ聞きたいんだけど、結界増強の話って誰から出たんだ?
「誰、と言われても…私が考えたんです。…空回りでしたけど…」
…俺達の置かれた状況について、誰かから聞かされた?
「はい。秋水さんから」
…やれやれ。揺さぶり工作は続行か。
ま、秋水には立ち位置を翻すような必要性はないからな…。獅子身中の虫的な立場から、変わりはないんだろう。
ウチの隊員達が秋水のやっている事に気付いても、ちょっかいを出さないように釘を刺しておかないとな。…いやしかし、下手な事を言うとそれこそ妙な勘繰りと思い込みから暴走しかねない。
うーん……里の人達について疑問や要望がある場合、まず俺を通せって言っておくか。細々とした報告が必要になるけど、個人的な事ならともかく、規則についての問題なら、しかるべき手順を踏んでの要請じゃないと不正を要求している事になりかねないし。
…ところで、涙ぐみながら俺の発言をメモって滅鬼隊で共有しようとしている時子はどうするべきだろうか。と言うかそこまで大騒ぎする事……なんだろうなぁ、この子達にとっては…。