堕陽月弐拾禄日目
橘花に手紙を渡したところ、物凄く驚かれた。そりゃそーだね、まだ手紙送ってすらいないのに、返事が届いたらそりゃおかしいって思うわ。
しかも届いた文の内容を読み進めたところ、ウタカタの里の事をさも見てきたように書かれていたらしい。
更に、橘花が最近行った事や、不満に思っている事、文に書いた事の一部が先回りするように書かれている。
幾ら何でもこれはおかしい、と思って俺に相談に来た。
許可を得て手紙も読ませてもらった。
「…と言う訳なのですが…共感を得られるのは嬉しい事ですが、流石にこれは…その、こう言ってはなんですが、薄気味悪いと言うか…」
あー、まぁこれはねぇ。
雪華の奴も、誰かと文通なんて初めてなんだおるし、舞い上がってんだな、これ。
悪気があって先読みしてるんじゃないんだ。一種のサプライズ……あー、驚かせようとくらいは思ったかもしれんな。
おい、見てるか雪華? 怖がらせてんぞお前。
「? 天井に語り掛けて、どういう事なのですか?」
あー………なんだ、その…あの子の神垣の巫女としての力は、ちょっと特別でな。
ちょっと前の事件のお陰で、阿保みたいに強力になってるんだ。それこそ、幾ら巫女としての力を使っても、寿命なんぞ削れやしない。
鬼が近づいただけで消し飛ぶような結界張って、まだ平然と昼寝してられるくらいに。
「……あの、ちょっと何を言っているのか理解できないのですが」
詳細聞いたら、もっと理解できなくなる。そーいうもんだと割り切っとけ。
ともあれ、結界張って余裕なんだから、他の術だって当然余裕だ。囮作戦でこれから橘花が使う千里眼の術なんぞ、鼻歌混じりもいいとこよ。
で、俺はあの子と……まぁ、その、浅からぬ縁があってね。よく俺の事を除き見してるんだよ。
「覗き見って……まさか、シノノメの里から、と言う事ですか? まさか…とても人間技ではありません! 手元に素材があってさえ、千里眼の術は大きな負担がかかると言うのに」
それが出来ちゃうんだよ、今のあの子は…。まぁ、多分受ける側に抵抗があるかどうかってのも関係あるんじゃないか?
確か千里眼の術って、縁や物に宿っている記憶を辿ってその先を見るってものだろ?
縁が強ければそれだけ手繰りやすいだろうし、友好的な縁ならすいすい辿れるのかもしれんな。
「それだけ、シノノメの里の巫女と強い結びつきがあるのですね」
ソウネ。トッテモツヨイネ。イロンナイミデヨソウガイダッタケド。
「それにしても…いつ見られているか分からない、と言うのは…その、不愉快とは思わないのですか? こうして話している間にも、見られているのかもしれないのですよね?」
天井を見回しても、当然その先に目玉が浮かんでいるなんて事は無い。
橘花は不愉快とまでは言わなくても、落ち着かないようだった。
俺は別に構わんけどなぁ。他人ならともかく、雪華だし。色々と、普通は見ない事やらない事その他諸々やった仲だもの。
雪隠で力んでるところを見られた程度じゃ、正直恥ずかしさも感じないわ。
むしろ、常にじゃなくてもこっちを見てるんだったら、遠方に素早く連絡する方法があって便利だぞ。伝わったのか確認できないのが難点だが。
「何て言うか……凄いですね」
あいつが見られるのは基本的に俺とその周囲だけだから、日頃の生活を橘花が覗き見られるって事は無い筈だよ。
手紙に書いてあった事も、よくよく見れば俺と関わりがあった事だけだしね。
根はいい子だから、橘花の反応を見て反省してるんじゃないかな。…今も覗いていれば、だけど。
どうする? 何か要望があるなら、俺から強く言い聞かせるけど。
自分を見るな、と言うのは当然の要求。そんな覗き魔と文通なんかしたくないと思うのも自由…紹介しておいてなんだけども。
「いえ…確かに一方的に覗き見られるのは嫌悪感がありますが、それを差し引いても俄然興味が沸いてきました。中々に強烈なお方だとお見受けします。私もそれ程の強さがあれば…!」
自分で道を切り開いたって言うのかね、あいつのは…。棚ぼた式だったしなぁ。
とりあえず、文通は続行って事ね。
それなら、早い内に返事を書いてしまう事だ。手紙を送ってくれる人は、今日の夕方頃にはウタカタを立つらしいからな。
「ええ!? もう時間がありません………お願いです! 一緒に内容を考えてください!」
間に合わなかったら、前もって書いた手紙だけでもいいだろ。反則技使って先読みしてきたのは雪華の方なんだし。
その後、二人でせっせとお便り書いた。
郵便配達(?)の人に手紙を渡し、今日は終了。
立て直しもロクに進める事はできなかったが、連日作業しっぱなしなのも厳しいから、休みの日だと思えばいいだろう。
堕陽月弐拾漆日目
昨日から、橘花の様子がおかしい。原因は分かり切ってるけどね。
よく西の道を見て、ソワソワソワソワしている。逆に東を見て心配そうにしている事もある。
西に関しては霊山に続く道なんで、お手紙まだかな?状態なんだろう。そんなにすぐにお返事来ないよ…と言いたいところだが、千里眼で先読みして送って来た実績を考えると、橘花が筆を執るのと同時にあっちでも文を書き始めていてもおかしくない。
まぁ、あの子が俺の言いつけを破って、橘花を覗くとも考え辛いけど…。
東を見ているのは、囮作戦の皆を心配しているんだろう。順調に進んでいれば、そろそろ戻ってきてもいい筈だ。
最後に連絡があったのは、露払いと布陣を終え、これから作戦に取り掛かる…という情報。そこまでで重症人は出ていないが、タマフリを乱発してリタイアした人は何人かいたようだ。ちなみにその人達が里に戻ってきて告げた情報です。
単に無意味に乱発して力尽きたのか、それとも露払いに全力を尽くした結果なのかは俺も知らない。
しかし、失敗とも成功とも連絡が無いな…。まさか、連絡を飛ばす暇もない程危険な状況だとでも? 或いは、囮作戦が裏目に出て、布陣ごと包囲されて連絡を出せない? 連絡役が部隊から離れて少数になったところを狙った?
……いかんな、危険な可能性はいくらでも考えつくが、確かめる事も…。
いや、いっそこっちから確かめに行くか?
幸か不幸か、今は隊員達もそれぞれ預けられた家で、借りて来たぬこのように大人しくしているからな。ねとぬの区別がつかないくらいに緊張しているとも言う。
いや本当に畏まっててね…。バカやらかすよりはいいんだけども。
隊員達の様子見もそこそこに、こっそり現場に様子見に…。住居の立て直しも適当なところまで勧めて…。
「…おい、何か妙な事を考えてないか?」
ははははは大和のお頭いきなりなんですかね? あたしゃ昼飯の事しか考えてませんよ。
後はまぁ、皆が心配だなって程度で。
「ふむ。確かに、連絡が少しばかり遅いな。だが、様子見を出すにはまだ早い。どっしり構えておく事だ」
どっしり構える事と、危険が予測されても放置する事は違うと思うんだけどなぁ…。
「確かに違う。しかし、作戦に参加した人員を考えてみろ。強力な鬼に襲われたとしても、救援要請を出すくらいの余力と判断力はある」
…あるかな? 特にうちの子達に。
でも確かにそうだよなぁ。クサレイヅチ並みの規格外広範囲能力でもない限り、助けを呼ぶ事も出来ず一瞬で、と言うのは考え辛い。
そこまで強力な鬼も…………あ、前に出て来たな。下半身のみで封印されてた鬼とか。でも、もっと異界の奥の方だったし、鬼達もあの下半身をコントロールできてた訳じゃないし…。
ぐぬぬ、考えれば考える程心配事が出てくるぞ…。
「戦っているのだから、それは当然だ。対策を打つ事も必要だが、無駄な動きは消耗を増やすだけでもある。お前は目の前の鬼が恐ろしいからと言って、無暗に走り回るか? 違うだろう。必要とあれば足を止め、敵の行動に合わせて歩き走り、優位を取れるよう攻撃する。今はまだ走るべき時期では…………む?」
うん? …あ、狼煙…。青って事は…。
「作戦成功、帰還する…の合図だな。上手くいってくれたようだ」
そっかぁ……。欠員が出てない事を祈るのみ、だな。
大和のお頭は流石の貫禄と言うか…。
「こういう事に定まった正解など無い。部下の為に全力を尽くし、気に掛けるのも確かなやり方の一つだ。ただ、押し引きの呼吸と言うものはあるな」
へいへい、見習わせていただきますよっと。
それはそれとして、はやいところ家を建て直さないと。作戦に参加してた連中まで里の家に預かってもらうのは、流石にちょっと無理があるだろうし。
…………しかし…なんか妙に嫌な予感がしてきたぞ…。
予感的中! 過去がッ! 過去が岩の下から土竜(モグラじゃなくて鬼のドリュウ)のよーに湧き出してきたッ! まだ一週間も経ってないけど!
っていうか土竜が湧き出てくるだけならまだしも、その胴体の中に火薬が満載されてるってどういう事!?
もうこれ土竜どころかイビルワームだよ。和名・夢の国なんてファンシーな名前なのに、狂気と危険に満ちた暗黒神話の生物だよ。
ちっちゃなミミズ同然だった筈なのに、どうしてこんなに大きくなるまで放っておいたんだ! …放っておいたのは俺ですねすいません。でもいくらなんでもこれは無いと思うんですよ。
・囮作戦、無事完了。
・うちの子達が、家がぶっ壊れているのを見て激怒する。
・作戦の報告を受ける。
・異界消失が発覚
・ツチカヅキを足として乗り回す謎の鬼の目撃情報
・千里眼を使った橘花が寝込む
・里の結界消失、ノーガード状態 ←イマココ
…どうしてこうなった! どうしてこうなった!
って踊ってる場合じゃねえ、近付く鬼を片っ端から殲滅せねば。