堕陽月弐拾玖日目
夜が明けた。後ろでは体力が尽きたうちの子達がひっくり返って眠っている。
眼前には、死屍累々と横たわる鬼達の遺体。まだ余力を残したモノノフ達が片っ端から鬼祓を行っているが、量が多すぎて間に合ってない。鬼の遺体から立ち上る瘴気が多すぎて、浅い異界のようになってしまっている。
全く、たった一晩でよくこれだけ押し寄せてきたものだ。鬼達の側にも、里に進行する準備があったとしか思えない。
囮作戦が読まれていた……いや、そのリベンジに押し寄せてこようとしていた…?
もしそうだとすると、これで終わりとは思えんな。近日中に、第二段、第三段の鬼の群れが押し寄せてくるだろう。
その時はまた何とか撃退するとして、問題は橘花だ。
術の負担が大きすぎた為なのか、衝撃的な光景を覗き見てしまったのか、ともかく気絶してしまった橘花。心臓に危険な傾向があると言う事で、那木や鹿之助といった薬草の知識がある者、探索を専門とする者達は迎撃戦に参加せず、夜通し特効薬の材料を探し続けていた。
幸い、材料は一夜で揃い、今は薬を作っている最中である。
しかし、その薬は心臓の異常をどうにかする為のものであって、橘花の目を覚まさせる為の物ではない。
彼女がいつ目覚めるか。里の結界を張り直す事はできるか。今後の里の命運は、それにかかっている。
…改めて感じるが、神垣の巫女一人に里の命運が圧し掛かっているのだな。…逃げ出したくなるのも無理はない重圧だ。
うちの子達を、里の安全な場所に放り込んで寝かせ、俺自身は襲撃に備えて待機する。
さて、簡易的な物であるが、何とか里の周囲に罠を張り巡らせる事ができた。鳴子も兼ねている為、少なくとも里近くまで接近されても全く気付けない、と言う事はないと思う。各所の鳴子には術が仕込んであって、それが鳴った時は受付所に集められた、対になった鳴子が音を出す。これによって、何処から鬼が近寄ってきているのか感知できる訳だ。…罠に一切ひっからず、全て擦り抜けられれば別だけども。
今回の罠は、家を壊された失敗も踏まえ、地中や空似も仕掛けを施してある。もしも前回同様に地中から侵入しようとすれば、あちこちに埋め込まれた埋め火が爆発し、空を飛んでこようとすればあっちこっちに張られた小型結界が邪魔をする。
他にも色々やったんだけど、これ以上言うと大和のお頭に呼び出されそうなので黙秘する。
…もし、直したばかりの家を狙ってきたら? 本気出して作ったトラップタワー(地中に向かって伸びているので、タワーではなくダンジョンと呼ぶべきか?)が火を噴くぜ。今度は地面ごとひっくり返されたりしないよう、地中と近辺まで特性の超合金で固めたからな! 俺のアラガミ細胞をミックスさせてみました。普通なら、アラガミ細胞を使った技術なんて不安定極まりないものだけど、これに関しては俺の支配下にあるから大丈夫。 …あれ、それってもしも俺が死んだら、制御が無くなって暴走して、討鬼伝世界が鬼とアラガミに食い荒らされる事に…? …………ま、デスワープでリセットされるでしょ。最悪、クサレイヅチがその手の因果を喰い尽すだろうし…………いかん、アレに餌をやる事になると考えただけで、苛立ちが天元突破する。
…あ、早速鳴子の合図。と同時に、鏑矢の音がした。鳴子が鳴った区域からだ。
この音だと…ふむ、問題なしか。発見済み、小型敵のみ、交戦中。増援の必要なし、と。
音を聞いて、俺と同じように待機していた主力級モノノフ達も腰を下ろす。
ここに居るのは大和のお頭と、橘花の看病から戻ってきた那木、速鳥、富獄の兄貴、俺。息吹と初穂は救援要請があった区域に向かって、まだ戻っていない。桜花は橘花の枕元で、手を握りしめながらずっと橘花の顔を見つめている。心配で心配で仕方ない、って事か…。気持ちは分からんでもないが、ちゃんと休んでほしい。昨晩だって、結局鬱憤を晴らすように、一晩中暴れ回っていたのだから。
「して、那木。橘花の様態はどうなのだ」
「はい、既に心の臓は安定しています。眠りも浅く、いつ目を覚ましてもおかしくないと言えましょう」
「…楽観は禁物でござるが、橘花殿が目を覚ますのは遠くない…と思ってよいのでござるな?」
「はい、速鳥様。あくまで前例でございますが、術の反動で倒れた神垣の巫女は、長くても3日程で目を覚ましています」
「3日…それくらいなら、また鬼共に襲われても、撃退すんのはそうきつくねぇな」
…その3日と言うのは、それ以上持ち堪えられる里が無く、鬼に里を滅ぼされて二度と目覚めなくなったという意味なのでは? …と思ったが、余計な事は言わないでおこう。
ところで、眠りが浅いと言うのは? そんなに浅いなら、枕元で騒いだら起きないかな。
「病人の枕元で騒ぐのは、医者として許容しかねますわね…。眠りの深さは様々な反応で測定できます。微かな手足、眼球の動きや、呼吸の仕方、その他諸々の…」
いかん、那木の説明癖が出てしまった。大和のお頭達から、余計なことしやがって、という目が飛んでくる。
と言うか要するにレム睡眠ね。…ノンレムだっけ? レムって言うと異世界に携帯電話持ち込む話しか思い浮かばないな。生憎、キャラくらいしか覚えてないけども。
「…なのですが、実は一つ不自然な事があります」
「む?」
「眠りと言うのは、通常は初めは浅く、時間が経つにつれて深く、徐々に浅く、また深く…と言うように繰り返されるのですが、この浅い眠りが異様に長く続いています。例えて言うなら、うたた寝はしても、熟睡はできていない状態でしょうか」
「…通常の眠りではなく、術の反動で倒れたから…でござるか?」
「わかりません。そこまでは、過去の文献にも記されていなかったので…」
「眠くも無いのに、無理して眠ってるような状態なのかもな。鬼の攻撃で眠らされた事があるが、あんな感じか」
……それ、大当たりかもしれん。
「何?」
昨晩、迎撃戦に出る前にうちの子達を起こしに行ったんだが…見張りをしていた子が皆を起こそうとしていたのに、全く効かずに眠りこけていたんだ。
囮作戦で疲れていた為かと思っていたし、俺の声には反応して起きてきたけど、ちょっとばかり不自然さを感じた。
「疲労困憊であれば、そのような事もあろう。……しかし、昨日彼らが帰ってきた時は、まだ余力があるように見えたな。その後、安心したら疲れが噴き出たのかもしれんが…」
「しかして、いくら鬼と言えど、そのように大多数に眠りの術をかける事が出来るのか? しかも帰って来た当時は、まだ結界が……いや、予め術をかけておき、時間差で発動するようにしていたのか? だが結界を超えて……」
「待てよ速鳥、もっと単純じゃねえか。作戦中に術をかけられる。結界の中に戻れば自然と消える筈だった術が、結界の端に留まり、そして術が解ける前に結界が消える。おかげで発動しちまった、って訳だ」
だろうね。
もしこれが正解だとしたら、術の名は恐らく百日夢。戻りたい過去がある人がかかりやすい術で、懐かしい夢の中に閉じ込められ、約100日をかけて徐々に衰弱していく、という術だ。
……うちの子達、戻りたい過去もクソもないからねぇ。(何せ、殆ど子が過去の事なんか覚えてないし))それで術の効き目が弱かったのかもしれない。
「戻りたい…」
「過去…」
そういう傾向があるってだけで、あったら必ずかかる、無かったらかからないって訳じゃないのよ?
もしあったら必ずかかるような術なら、最優先で根絶やしにしなきゃならん鬼でしょ。後悔ややり直したい過去なんて、誰しも大なり小なり持ってるんだから。
「ふむ…それが正解だったとして、目覚めさせる方法は?」
術者の鬼…大抵はミズチメだな…を討つか……やり方は俺にもよく分からんが、夢の中に入り込んで叩き起こすって話を聞いた事があるな。
あとは…これはあくまで推測、確証のある話じゃないが、術のかかり始め、眠りも浅い段階であれば、外からの声も届いているのかもしれん。
声をかける事で、そのやり直したい過去や、心の蟠りを解消し、文字通り心を今に引っ張り戻せれば…。
「…言うは易いが、実行するには凄まじく難しい話だぞ。心からの声援とて、本当に心に届くとは限らん。橘花が見ている夢の内容を推測し、そこから何故それが気にかかっているのかを理解し、そしてそれを解きほぐす…。御仏の所業よ」
そうだな。だから、やるなら鬼を斬った方が早い。問題は、そのミズチメが何処にいるのかって事だが……水脈近くに根を張る事が多いが、そういう場所は大抵瘴気も濃いからな。行くなら預けている瘴気無効装備の使用をお勧めする。
つっても、まだ本当に術をかけられていると決まった訳じゃないけどね。
このまま橘花が目覚めなかったり、里の中で目を覚まさない人が増え始めるようなら、調べる価値はあると思う。
「心に留めておこう。結界が無い今、百日夢だけでなく、鬼が何かしらの搦め手を使ってくる可能性は高い。里の内外で異変を感じたら、すぐに報告するよう里人達にも通達する。…ふむ、他にはどんな手法が考えられるか…。秋水に過去の資料を探らせるか」
おっ、鳴子が鳴った。…鏑矢は…ふむ、救援に行った方がいいな。うちの子達も担当してる場所だし、一っ走り行ってくるよ。
襲撃してきた鬼は、逆立ちする事で有名なタケイクサだった。どうせなら、そのまま踊ってくれればいいのにな。
…時期的に考えて…これ、本来なら息吹のイベント…かな?
確か、哨戒班が襲われて、そこに恋人が所属している女に助けを求められるんだっけ。そして間に合わず、罵られ、更に自分に百日夢が効かなかった事で後悔の念にすら疑問を抱き、自棄になると。
………普通に間に合っちゃったんですけど。いや間に合わない方が良かったなんて言わないけどね。
ウタカタの里の哨戒班だけでは凌ぎきれなかっただろうが、一緒に組んでいたうちの子達の奮闘もあり、怪我人は出ても死人は無し。ついでにタケイクサの角と腕2本を叩き折るという戦果まで挙げていた。
哨戒班が指揮・作戦立案、正面の戦闘はうちの子達で、上手い事役割分担が出来ていたらしい。先日の模擬戦で培った経験が活きたな。甘酒を奢ってやろう。丁度9人か。
で、タケイクサは撤退させる事なくその場で始末。別の区域から駆けつけてきた息吹に、お陰で人死にが出なかったと感謝された。
感謝するにはまだ早いけどな…状況が解決できた訳じゃないし。まぁ感謝は素直に受け取るけど。
しかし、ちっと気になるな。
伊吹のイベントどうなんの? これって、以前のループでもあったイベントを形状だけなぞって進め、信頼が足らなくて結局破滅するパターン?
戦力的には、アラガミ化して化け物扱い(特に今は異界を焦土にしたのを見られてるし)されるのを覚悟で暴れれば、トコヨノオウからトコヨノオオキミまでダース単位で斬殺可能だが、オオマガトキがなぁ…。
…いや、問題なのはそこじゃない。タケイクサは鬼の中でも結構な大物だった筈。それが一匹だけで、何の脈絡もなく里までやってくるとは思わん。
単に功を焦っただけだったり、討鬼伝電灯の単騎特攻癖が鬼にもあったってだけならいいんだが…実はもう別の搦め手、使ってきてるのかもなぁ。