堕陽月参拾日目
自宅再建設中なう。
結局、うちの子達は俺と同様に今まで通りの場所で過ごす事を決めた。何人かは里に残ると思ってたんだけどな…。
隊員達との共同生活しか知らなかった時とは違い、それ以外の暮らしも知ったのだ。安全だし、そっちを選んだとしても無理はないし、拒む理由も無い。
「…若、あんたも結構無駄な事を考えてるよな」
俺の考えなんぞ、無駄と妄想ばっかりだぞ。骸佐、そっちの作業は終わったのか?
「ああ。…土木作業も結構厄介なものだな。若が半日足らずで家を作り上げるのを見て、正直甘く見ていた。やっていて楽しいとも思うんだが…」
まぁ、俺のはね…クラフターだからね。
骸佐達みたいに、複雑な工程は挟まない。お手軽だけど、その分独特の楽しみは味わいにくい。
…手拭いを首にかけ、ヘルメット代わりの鉄兜を被って鶴嘴(グレートピッケル)を持っている骸佐。完全にガテン系の兄ちゃんだ。
「話を戻すが、俺達が安全な里に引っ込む理由は無い。無駄な危険を犯そうとは思わないが、結界が無くなったこの状況で、里に籠ったところで結果は知れているだろう。お世辞にも、戦うのに適した場所ではないしな。それなら、地の利を心得たこの場所の方が余程いい」
結界は、橘花が起きればまた張られるぞ。那木の診察が正しく、術をかけられていなければ、今日中に目覚めると思うが…」
「だとしても、だ。…まぁ、正直な話、独立を考えもしたんだが」
なんと。
自立ではなく独立?
やっぱり、ここ以外で暮らしたかったのか?
単純に、俺という頭領に不満があるのか? 確かに、器量で言えば大和のお頭の足元にも及ばない死、散々やらかして説教されまくってるが。
…参考までに、理由を聞かせてほしいんだが…。
「…………そういう所だ」
どこだ!?
「そこで疑問に思わないのがまた…。いや、若が頭領である事に異論はないんだ。ウタカタの大和殿に比べれば…と若は言うが、決して見劣りするものじゃないと思ってる。武力、人を惹きつける力、頭脳、三拍子揃った頭領だ。と言うより、若に頭領失格の烙印を押すような奴は、うちには居ないだろ…。異性関係については物申したくもなるが、それも半分以上は滅鬼隊としての性質故だしな…」
ほんとぉ?(猜疑)
「本当だ。そんな恩知らずが居るようなら、俺がぶん殴りに行く。相手が女だろうと関係ない。改めて言うが、若は俺達に何をしたのか忘れてないか? 過去の記憶はないから、目を覚ましてからの基準しかないが……劣悪な環境と雇い主に謀殺された俺達を解放して、縁も所縁もないのにその全員の面倒を見て霊山から逃したうえ、逃亡先のここの里で衣食住を瞬く間に揃えた上に、糧を得る為の仕事や立場まで取り付けた。住む場所は多少危険な場所ではあるが、それもあの手この手で改善していくし、何より俺達を使い捨ての道具扱いしない。むしろ過保護なくらいにあれこれ準備をする。恩があり、現状の環境も良く、将来性もある。……これで若に三行半を叩きつけるって、どんな阿呆だよ」
今正に、君から三行半を考えているって言われてるんですけども。
と言うか、だったら何が不満なのさ。
「…若自身が不満なんじゃなくて、この環境がきついんだよ…。里での暮らしを知ったら猶更」
? …施設的には、むしろ里より整ってると思うんだけど。風呂に水洗付の厠に暖かく清潔な布団。部屋が一人一つないのは申し訳ないと思うが、それも建設中だし…と言うか、里人だって自室を持ってるのは極一部だよな。
食べ物……は里の生産に頼ってるけど、腹八分目まで食えるくらいには余裕があるし、明日奈を初めとした調理班も着々と献立を増やし、腕も上げてるし…。
隊員同志での手合わせが嫌? 鹿之助なんかは苦手にしてるみたいだけど、骸佐や権佐は嬉々として参加してるよな。時々神夜が乱入して死屍累々になるけど、それもいつか勝つって気炎を上げてるくらいだし…。
「…女所帯を極めたような生活環境で、男連中の肩身が狭い。別に何かされたり差別されてる訳じゃないが、単純に居辛い。…若はそういうのを感じた事は無いのか?」
いやー? 全く感じないな…。
昔ならそういう感覚もあったかもしれないが、周りが女だらけなのが当たり前の生活送ってたからなぁ…。しかも好き放題やっても全く怒られない、逆に歓迎されるような生活を。
もう完全に後宮の主状態だからなぁ…。
「…もし俺が同じ立場でも、居辛さを強く感じると思うが……若、あんたすげぇよ…。…で、その後宮の中に、他の男が居て心地よいと思うか? うちの連中に特別な感情を持ってる訳じゃないが、どいつもこいつも若、若、若、若ばっかりだ。それしか基準を知らないから仕方ないが、これでいいのかって思いもするだろ」
あー…まぁ、言ってる事は分かる。居心地の悪さは今更実感できないから置いといて、独立云々はともかく別の基準や外の風を吹き込まなきゃならんってのは確かだな。
このままじゃ、俺を中心とした閉鎖的な集落にしかならない。幸い、今はウタカタとそれなりに交流があるから、多少なりとも外の価値観に触れられているけど…。
とにかく、女所帯と距離を置きたいって事か。
「ああ。男用の空間を作ってくれてるが、それでも肩身の狭さは相当なもんだ。…とは言え、それを理由に今までの恩も忘れて離れようとする気はない。距離を取ったとしても、分隊としての立場でいるつもりだ。…若が許可してくれるなら」
許可は構わんけど、流石に今この状況だと無理だぞ。結界が消えたおかげで、ウタカタが本気で危険だ。戦力は一人でも多く欲しい。そもそも、独立するにしても分隊として離れるにしても、準備も無しにやって成功する筈がない。と言うか、まさか一人で独立する訳じゃあるまいな?
「流石にそれは無い。…同じ部屋で暮らしている男連中には、話だけはしてみたが…権佐はともかく、鹿之助は冗談の類だと思ってるだろうな。独立したとして、行く当てがある訳でもなし、やりたい事がある訳でもなし、生活の当ても無し。これで飛び出す程、阿保にはなりたくない」
そうか。…まぁ色々複雑な心境だが、子供はいつか巣立つもの。
行き先まで全部面倒見るなんて事は言わないが、いつか真剣に考えて、出ていく決断を下したなら遠慮なく言ってくれ。そしていつか嫁でも連れて帰ってきてくれると嬉しいよ。
「酔っぱらった勢いで若が手を出すか、そうでなくても女連中にとんでもない事吹き込まれそうだから、それは嫌だ。…さて、仕事の続きに戻るか。若、次の…なんだったか、こんくりぶろっく? 頼む」
おっふ。
さて、那木の診察通りであれば、そろそろ橘花が目を覚ましてもおかしくない。
しかし相変わらず眠ったままで、ついでに言えば付き添ったままだった桜花も眠気に負けてバタンQ。付き添いで体調崩してどうすんださっさと寝ろ!
那木の診察によると、やはり通常の眠りではない事は確からしい。で、俺の発言から、百日夢の可能性を改めて検討する訳だが。
「さて、秋水に百日夢の資料について纏めてもらった。まずはみな聞いてほしい」
「あー、お頭、聞くのはいいんだけど、桜花は?」
「今の桜花に下手な事を聞かせると、暴走してそのまま特攻しかねん。今はこのまま寝かせておけ。一寝入りすれば、多少は気分も良くなるだろう」
桜花の扱いェ…。しかし残念ながら当然の結論かつ、非常に的を得ています。毎回毎回単騎特攻するのやめーや。つい先日同じ事やっといてなんだけど…。
今ここに居るのは、桜花を除いた主力級モノノフの面々。うちの子達から何人か…例えば浅黄であればこの面子にも混じれるだけの力はある…出そうかと思ったが、滅鬼隊は一律で里の周辺警護に当たる事になった。
「では、百日夢の特徴について解説します。と言っても、目新しい情報は無いようです。彼が話した以上の事は、記録に残っていませんでした」
俺が最初に疑惑を出した時の事ね。
しかし、それじゃ話を聞いてもあんまり意味ないって事か?
「話は最後まで聞く事をおすすめします。過去の記録と現在の状況を比べたところ、被害が非常に少ない事が判明しました。百日夢は、感染する病気のようなものです。一人が鬼の術中に堕ちれば、一人、また一人と昏睡から目覚めない者が増えていく。この期間は極めて短く、一夜明ければ二人三人増える事も珍しくありません」
感染期間か…。それは今まで注目してなかったな。しかし、今思うとそれだけの異常者が生じているのに、誰も疑問に思わなかったんだろうか………前のループでも、同じ事を考えた覚えがあるな。真面目に考察しなかったけど。
「術の効果は、最初にかかった者程強く、後に感染した者程弱くなる傾向があるようです。…ああ、心理状態や疲労による抵抗力の増減もあるようですので、これはあくまでそういう傾向、と言う事で。ですが、今現在、橘花さん以外に百日夢に感染したと思われる人はいません。すぐ隣で付き添っていた桜花さんもです」
「今、正に眠ってるじゃねえか」
「普通の眠りのようですよ。百日夢は、非常に静かな眠りである事も特徴です。寝返りも打たず、鼾もかかず、本当に死んでいるのではないかと思う程静かなのです。翻って、桜花さんは…………まぁ、女性の寝姿について口にするのは品がいいとは言えませんので」
…疲れてるから、って事にしてやれ。
かつて同衾していた身としては、何とも言い辛い。いや鼾はともかく、寝相は悪いんだよあいつ…。夢の中でも切った張ったしてるらしくて。日常でも気を張り詰めさせてて、リラックスしてなかった。
「ともかく、まずは被害者が橘花さん一人である事が一点」
「こいつの身内連中はどうなんだ。最初に術にかかったのかも、とか言ってなかったか?」
「不確定、としか言いようがありませんね。百日夢は目を覚まさなくなる病…呪いです。ですが目を覚まし、再発の兆候すらないのであれば、それが病であったと証明するのは不可能に等しい。そしてそれは過去の事例でも同じ事です。何人も感染者が出る中、本人が気づいていないだけで実は術を掛けられていた…と言う事も充分すぎる程考えられます」
「ちっ、面倒くせぇな…」
そら搦め手だもの。面倒くさくて当たり前よ。
話が逸れたが、それによって得られる推測は?
「鬼が橘花さんを…神垣の巫女を狙い撃ちにしている、そして術をかけた相手を何らかの手段で監視している可能性があります」
「成程! つまり…」
「息吹、那木の口を塞げ。長くなる」
「はいごめんよっと」
抵抗する那木と抑え込む息吹。なんか犯罪臭い。…俺がやるとついセクハラしちゃいそうだから、ここは流しておくとしましょう。
「つまり、術をかけた相手の中に重要人物がいる事に気付き、その相手を確実に殺す為に対象を限定していると?」
「あくまで推測です。鬼の考える事など、人間には分かりませんからね。確実に仕留める為、不特定多数に呪いをかけ、その中に真の標的を隠す、或いは治療や看病の為の人手を削るという方法もあります」
「ふむ…。橘花に術をかけた鬼が、監視をしているとなると……いや、それ以前に鬼が人に術をかけるのは、その身を喰らう為だ。それを考えれば、百日夢で死した者の近くに居る可能性は非常に高いか。術をかけたはいいが、遥か遠くで死なれては喰らう事もできまい」
ああ、それは確かに。
となると、その射程距離が問題になってくるな。術だけじゃなくて、死んだ者の魂…御霊を吸い寄せる方法があるんだろう。
これも、そう距離がある訳じゃないだろう。死者のミタマを吸い寄せるとは言え、転移が出来る訳じゃあるまい。無防備な状態のまま引き寄せていれば、手元に来るまでに他所の鬼に集られて横取りされるのが目に見えている。
「確か、術を使ったと思われるミズチメは、地下水脈に根を張る事が多いんだったな。この近辺の水脈……候補はそう多くない」
あのミズチメ、毎回居る場所が変わってるんだよな…。無理もないか、異界の中の水脈だもの。なんぼでも位置が変わるよ。
それじゃどうする?
「幸い、百日夢と呼ばれるだけあって、衰弱死まではまだ余裕がある。鬼達の襲撃も、今は何とか追い払えている。この襲撃頻度で考えれば、奴らが再度大攻勢を計画しているとしても、一気に兵力を補充できる訳ではない。ここは標的の居場所を調べ、確実に仕留めるのが上策だ」
「桜花殿の参戦は如何に?」
「…不安はあるが、参加させる。橘花を昏睡させた相手だ。己の手で打ち取らねば、桜花の気がすむまい」
…気絶の切っ掛けは、その鬼じゃないようだけどね。
そんじゃ、まずは調査と言う事で。
「うむ。拙者、一足先に調べに行ってくる」
「あ、おい速鳥! …もう行きやがった。俊敏なのはいいが、毎度毎度一人で調べに行くのはどうしたもんかね…」
そっちの方が動きやすいって速鳥の言葉も、理解できるっちゃ理解できるんだけどね。瘴気無効の装備を預けられてるのも、今は速鳥一人だし…。
さて、俺も諸々の仕事にかかりますかね。
…あ、その前に橘花の見舞いに行っておこう。
橘花の見舞いに来ると、桜花がもう戻ってきていた。あんた寝てたんじゃないんかい。
「ああ、3時間も眠ってしまった…」
もっと寝ろ。…厳しい事を言うが、桜花がここでずっと橘花の手を握っていたとして、問題の解決には全く貢献できてないぞ。
「分かっている! 分かっているが…どうしろと言うんだ…。橘花が、このまま目覚めなかったらと思うと………私は…! こんな事にさせない為に、剣を振るってきたのに!!」
橘花に術を掛けた鬼の居場所の検討がついた。さっさと眠って、体調を万全にしろ。
「…何だと?」
まだ確定じゃないが、居そうな場所までは搾り込めた。叩き斬って橘花が目を覚ますとは限らないが、状況の悪化は阻止できるだろう。
分かったらさっさと寝ろ。風呂で身を清めて、暖かい布団でばっちり眠ってすっきり起きて、がっつり飯食え。一人で食うんじゃなくて、仲のいい友人や仲間と一緒であればなお良い。肉体的にも精神的にも、体を万全の状態に戻せ。
大和のお頭は桜花を討伐隊に加えるつもりのようだが、今のお前じゃ話にならん。
「…………承知した。腑抜けている暇などない、と言いたいのだな。……橘花、すまない…少し離れる…。絶対に、起こしてみせるからな」
立ち上がった桜花は、少しよろめいた。…こりゃ飯も食って無さそうだな。
そこまでショックをうけるもんか…。俺も、アリサが昏睡状態に陥った時には………どうだったっけな。起こす方法がるとタカを括って、ここまでじゃなかった気がする。結局目覚めさせる事ができない事もあったっけな…。
ふらふらしながら風呂に向かう桜花を見て、ふと嫌な予感を覚えた。…これ、いつもの抜け駆け単騎特攻の流れじゃね?
標的の正確な場所も分かってないのに、今から特攻する程お馬鹿さんだとは思いたくないが………釘刺しとくか。
桜花、もう一つ言い忘れた事がある。
「…?」
無いとは思うが…標的の居場所が判明したとしても、単騎特攻なんて馬鹿な真似はするんじゃないぞ。
万が一、そんな事をした場合には…。
「場合には?」
成功不成功を問わず、橘花がキズモノになると思え。
寝ていて意識が無いままでも、お嫁に行けない状態にする事は出来るんだぞ。
「貴様ァッ!!!!!!」
残念、そこに居る俺はただの残像だ。お前が先走らなけりゃいいだけの話だ。
ま、この状況で突貫するような阿呆は居ないと思いたいけどな。
じゃーな、妙な事を考える暇があったら、さっさと休むよーに。
…この後、桜花は橘花の隣で添い寝したらしい。俺が妙な事をしないように見張るつもりだったんだろーけど、百日夢に感染しなくてよかったなぁ…。