堕陽月参拾壱日目
ミズチメ探索中なう。今までのループの経験もあり、異界が流動してても多分ここだろう…と思っていた場所は、全て外れだった。
しかしその一か所に、それらしい痕跡があったそうだ。発見したのは息吹。瘴気に沈んだ水脈の中の一つに、大きな空洞があり、そこでこれまた大きな蛇が蠢いていた形跡があったそうな。
十中八九そこに居たんだろうね。
と言う事は、ミズチメが移動したって事か? 鬼だって生物なんだから移動する事はあるだろうが、一体何の為に…いや、今はどこに行ったのかが重要か。
伊吹、蛇のような痕跡は、水脈の中に続いていたのか? だとしたら、水の流れを潜って移動したって事だ。痕跡は追い辛いが、行き先の候補は限定できる。
「いや、見た限りでは外に向かって這い出していったみたいだった。洞窟の外に出て、そこから先は痕跡が消えていて追えなかった。…こういう追跡とかはあまり得意じゃないから、速鳥が見たら何か分かるかもしれないが…」
「承知。案内を頼む。…お頭。この件に関して、例の古の領域が関わっているやも…」
おっふ。…えーとこれ、どう口を挟もう。一応、極秘事項扱いだったような…いや、特別な鬼が近くに居るって事だけ共有してたよな。
「間接的な関わりはあるかもしれんが、恐らく古の領域に向かったと言う事はない。例の鬼が暴れた惨状を鑑みると、好き好んで鬼が近づくとも思えん。そもそも、ミズチメが好む水脈すら消し飛んでいるようだしな」
「…お頭、速鳥。古の領域に何かあったのか?」
「…この件に関しては、後日知らせる。今はミズチメ捜索に専念しろ」
…そうだな。ようやっと落ち着いていた桜花が、また苛々し始めてる。また妙な事を考えない内に、何とか話を勧めよう。
速鳥はミズチメの痕跡を追ってもらうとして、俺はまた別の水脈を探してみる。
生物が縄張りを移す時ってのは、何かしらの理由がある。天敵が現れて逃げるか、飯が食えなくなったか、或いはより良い環境が見つかったか、だ。
天敵にしては、周囲の鬼が騒いだり大移動している様子は無い。飯は他の鬼や、人間の魂だからこれも違う。となると、より良い環境…か。
既に見つけているのか…いや、巣の中からあまり出てこないミズチメがどうやってそれを見つけた? …………ふむ。
………ふむ(汗)
うん、一つ二つ考えが浮かんだ。お頭、俺はもう行っていいかい? うちの子達の様子も気になる。
「構わんが、お前はいつも彼女達の事を気にかけているな。過保護なくらいに」
それくらい心配なんだよ、あいつら…。多少は育ってきてるけど、脳みそが子供同然だもの。
そんじゃ、何か進展があったら伝えるよ。
集会所を出て、うちの駐屯地に向かう。
皆が集まって家を修理したり、何やら思い思いに作っているが、今はそっちじゃない。
前からちょくちょく日記にも書いていたが、色んな施設を作り上げている。体育館だの銭湯だの、色々とね。マイクラ的な作り方をしているんだが。
その中には、プールなんてのもあってな?
いやプールに限らず、各施設にはトイレやシャワーだってある。飲み水を出す為のポンプだってある。
この辺一体には目には見えないが、パイプの類が張り巡らされている訳だ。………つまりこれって、水脈みたいなもんだろ?
この水の出場所は、地下深くに作った無限水源。もしもこれにミズチメが目を付けたら? でかい規模の水脈じゃないが、その分人間の居る場所に近い。餌が確保しやすいって事だ。特に今は、結界も消えてるしな。
もしこの推測が当たっていたとしたら、俺がこの辺の地形を加工した事でミズチメを呼び寄せてしまった訳で。
……これが環境破壊が及ぼす影響と言うものか…。
下手したら、里のすぐ傍に鬼が居るかもしれない。それこそ、やろうと思えば今すぐ乱入できるような場所に。
これはちょっと洒落にならん。里近辺は罠で防備を固め続けていると言っても、万全とは程遠い。まだ作業できてない場所だってあるんだ。そういう場所を見つけて忍び込まれると、襲撃されるまで発見するのは難しい。
……これは、もう一案を試してみるべきか。
こっちから探すのが難しいなら、あっちを誘き寄せるまで。住み心地が良さそうな水脈を作って、そこに誘導する。………住み心地がいい水脈って、どんな水脈だろう…。
待て待て思考を止めるな。観察から生物の生態を探り出すのもハンターの技能の一つだろ。専ら戦闘に使ってばっかりだったけど、ちょっと応用すればいいだけの事だ。
過去に戦ったミズチメの居場所からして、まずあの巨体が自在に動けるだけの空洞が大前提だ。しかしこれは天然物である必要はない。巣として目を付けた場所を、ミズチメが改造していった可能性が高い。
では水脈近くを好む理由は? …奴らは水に浸りはしていない。基本的に地上で活動している。泳ぐ事はあるかもしれないが……見た目、蛇と人間の合成だしな。両方とも肺呼吸だ。鬼だって呼吸はしてる。
と言う事は……飲料水として水脈を好むか…………そうか、湿度だ。水脈近くの土は、水を多く含んでいる。湿った空気や空間を好むと見た。水、氷を武器とする奴にとって、好ましい環境なんだろう。
事実、あいつの近くに居るとどうにもジメッとした空気を感じていた。てっきり、ミズチメ自体がその発生源だと思っていたが…。そういや、砂漠みたいな場所で遭遇した事もあったっけ。あの時は湿気も感じず、普段より弱く感じたのを覚えている。
次に、餌……については問題ないか。この近辺に居るとしたら、既に大勢の人間を射程範囲に収めている事になる。狩場としては上々。
…そうだ、天敵が近付けない、或いは気付けない場所にする必要もある。水脈近くに根を張るのは、そういう理由もあるんだろう。いざと言う時に水脈を泳いで逃げる為。地下であればモノノフにも見つかり辛い。
人間で言えば、食、住の条件が揃った。衣…は鬼が必要とするんだろうか? ゴウエンマとか、装飾品やパンツを履いてるのは居るが、ミズチメは特に何も付けてないな。
他に必要とするのは?
人の暮らしで言えば、交通の便、近隣とのトラブルの無い付き合い、家賃、仕事、娯楽…。
娯楽?
そう、娯楽だ。鬼だってただ食う事しか考えてない訳じゃない。好奇心もある、個体によっては趣味のような物もある。餓鬼を観察していれば分かるが、群れて何やら騒いだり、異界に落ちていたガラクタを摘まんで首を傾げていたりする。
猫だって、殺しもしないのに蝉を叩き落してジャレたりする。全て同じ趣味を持つ訳じゃないが、種族的に好む行為の傾向はあるな…。
ミズチメだと何だ?
術をかけた人間が衰弱死していくのを見る? 意味も無く泳ぐ? 放っておくと爆発する抜け殻のコレクション?
…駄目だ、流石にちょっと分からん。
ちょっと考え方を変えて、とにかくミズチメの興味を引く物を考えよう。
単純に、見た事が無く、危険が無さそうな物…でいいだろう。音を立てる、動く、光る、美味そうな匂いを出す…そんな所か。ミタマを囮にするって手も考えたんだが、普通のモノノフ達は承知する筈がない。モノノフにとってミタマは相棒だし、それ以前に幽体離脱みたいに体から離す方法なんぞ無い。
……俺ののっぺらミタマ共なら、分離も出来そうだし囮にしたところで心も痛まないだろうけど、あんなウザいのに鬼が興味を引かれるとは思えん…。むしろ距離を取るか、問答無用でドカンとやってさっさと帰るだろう。
んー、何かあったかな…。子供の玩具みたいな物でいいかな。誰も居ない水脈の洞窟の真ん中で、ダンシングフラワーでも放置しておくか。…シュール。ついでに大樽爆弾Gも設置しておこう。
さて、準備に取り掛かるか。
水脈は無限水源を複数設置して、地下空洞は整地すればいい。俺なら準備に半日も要らない。後は上手く引っ掛かってくれるかどうかだ。
おっと、事前に大和のお頭に話を通しておかんとな。また勝手に作戦行動して、後からドヤされるのは勘弁だ。
大和のお頭に提案したところ、逆に一つの提案をされた。
囮作戦が始まる直前に発見された、謎の洞窟。藍那と まり が捜索した、あの洞窟だ。何だかんだで完全に忘れ去っていたが、この洞窟を使ってはどうか、と言う。
と言うか、むしろこの洞窟の先にミズチメが居るんじゃないか? という見解さえある。結構広くて深くてジメっとしてたらしいのよね。
大がかりな工事を行う前に、ついでにここを調べて来いって事だろう。ここにミズチメが居たら、工事の必要なくなるんだしね。
と言う訳でイテキマース。
最近暴れてなかったからね! 例え敵が居なかったとしても、未知の場所に挑むのは楽しいからね!
…異界消失? あれは暴れてる間の記憶が殆ど残ってないから。
うちの子達と里のモノノフ達を相手にラオシャンロンプレイ? 楽しくはあったけど、制限有り過ぎでストレス解消にはならなかった。
後ろから「おい待て一人で行くな単騎特攻するなといつも言っているのはお前だろうが!」と言う声が聞こえたけども、脳味噌は認識していません。
さて、早速やってきた訳ですが。…うーむ、人の気配も無ければ鬼の気配も無いな。
洞窟の道は、人間2~3人がようやく通れる程度でしかない。少なくとも、大型の鬼がここに入る事は……いや、別の入り口が無いとも限らんか。
瘴気の濃さは、かなり薄い。この程度なら、毒・瘴気無効装備無しでも余裕で数日滞在できるくらいだ。
ジメッとしとるなぁ…。確かにミズチメが好みそうな環境だ。
耳をすませば、土を伝わってくる水の音と金属音が響いて来る。やはり水脈も近くにあり、と。
反響音からして、地下深くに大きな空洞も
ん? 金属音?
……もう一回耳を澄ます。
…間違いない。金属の音がする。絶え間なく、一定周期で伝わってくる摩擦の音。…錆びなのか別の理由なのか、かなり草臥れてるようだな。数が多い…結構大規模だ。少なくとも、埋まった金属が水脈に流されて音を立てているだけ、という線は無い。
だが人の気配はしない。誰かが何かの設備をここに作って、放棄された、或いは何らかの理由で使用できなくなった…?
………すげぇ嫌な予感してきた。前にもあったぞこのパターン。
しかしここまで来て引き返すのもつまらんな。…完全に、自分は負けないと慢心している頭滅鬼隊な行動だな…。だが行く。………頭領として色々な意味でアカンと思っているんだが、今までの経験上ここで引き返すのも悪手なんだよ…。絶対何か厄ネタが埋まってるから、せめて確認だけでもしておかないと。
洞窟を進むと、水音が大きくなってきた。人一人がようやく進める程度だった洞窟は奥に進むにつれて広くなり、鍾乳洞のようになっていく。
それっぽくなってきたな…。ん、壁に何か刻んである。
…どうやら、前の藍那達はこの辺までは到着したらしい。……金属音には気づいてない…みたいだな。
…気付いてなかったのか、それともその時に音はしていなかったのか…。少なくとも まり は慎重派だし、警戒しながら進んでいた筈。単に聞こえなかっただけという可能性もあるが、気付かなかったと決めつけるのもなんか違和感があるな。
ふーむ………とにかくもう少し進んでみるか。
大空洞に出た。地形的に考えると不自然極まりないが、ここも異界のように歪んでいるっぽい。
地面や壁を調べてみると、大和のお頭の推測は大当たり。ミズチメの痕跡を発見した。
…よかった、俺が作った地下配管に引き寄せられて里に近付いたんじゃなかったんだね。色々考えていた事が無駄になったけど、俺の責任の有無の方が優先だ。……異界消失に怯えて出てきたのなら、やっぱり俺に責任の一端はあるけども。
とは言え、こいつが橘花に術をかけているミズチメだという証拠も無いが……まぁ、違ったとしても斬るだけの話だな。あ、でも今すぐには流石にまずい。桜花を呼んでやらないと。
…と思ったんだが、それ以前に何故かミズチメは発見できなかった。流石に発見も出来てない鬼を斬る事はできない。武力ってのは、ご親切に目の前に出てきた相手にしか効果無いからなぁ…。
洞窟は、大空洞から少しだけ奥に伸びているが、そこで突き当たり。どうもミズチメは、この突き当たりの部分によく居座っているらしい。地面に明らかな鱗の痕が残っていた。
しかし、何故この突き当たりに? ミズチメの性質からして、壁際よりも広間の真ん中のような場所を好む筈。…地面の痕跡は、一か所に留まるのではなく、のたうったように揺れている。動きからして、壁に向かってグネグネと姿勢を変えていたようだ。
…この壁に何かあるのか? でも不自然な所は無い。空洞も無い。鬼の目で見ても鷹の目で見ても、美少女を覆い隠す服や下着の類だと自己暗示をかけてエロい目で見ても、やっぱりおかしなところは無い。
気が付けば、僅かに響いていた金属の音も消えている。耳に入ってくるのは水脈の音のみ。
ミズチメの痕跡は、ここで不自然に途絶えている。水脈を通ってどこかに移動したのでもなし、ただここで忽然と…。
……増々嫌な予感がしてきたなぁ…。しかし放置しとく訳にもいかんし、報告するしかないか。
やれやれ、冒険して暴れるつもりだったけど、ショボい結果だ。ま、こういう事もあるさね。
当然の事ながら、帰ったら大和のお頭にメッチャ絞られた。覚悟の上さぁ! ……って考えてたら更に絞られた。割と後悔した。
反省したとは言ってない。