堕陽月参拾参日目
改めて休暇を取れと言われた。…まぁ、昨日は遊べなかったしね。
問題のミズチメも、まだ発見されていない。新しく来た4人も、まずは生活環境に慣れるところから……訂正、グウェンは既に馴染んでいるし、博士は自分が慣れるのではなく環境が自分に適応するのだと言わんばかり、茅場は例によって異世界研究ばっかり。…まともなのが真鶴くらいだぞ。
その真鶴は、朝一番に話しかけてきた。…前に会った時には、積極的に他者と関わるタイプではないと思ったが…。
「………昨晩はよく眠れた。感謝する。…どうやって家を作ったのか、未だに理解できないが」
いや、こっちこそあんなタコ部屋で悪いな。里の誰かの家に泊めてもらえればよかったんだが、今も一杯一杯状態でなぁ。
…と言うか、真鶴…呼び捨てでいいか? は、どうしてここに? マホロバの里から博士と一緒に来たと聞いてるが、俺の知る限りでは博士に助手は居なかった。里でも、医者という立場ではあったけど、怪しげな研究に没頭する魔女みたいな扱いだった筈。
何の為にここに来て、どこまで事情を知ってるんだ? 昨日の会話で全く理解できてなかったから、博士と俺の事情については聞いてないと思うんだが。
「…その通り。貴方と博士の関係は、全く知らない。私が助手扱いされているのも、単なる成り行き…霊山でその方が動きやすかった為だ。そもそも、私はモノノフ等ではない…一緒にされたくもない。私はマホロバの里の外様、サムライだ。…ああ、外様やサムライは分かるか? オオマガトキ前の身分の事ではなく」
知ってる。巫女が張る結界の中で暮らせない、里以外の場所からやってきた外様。
オオマガトキを切っ掛けにモノノフの一部が…恥知らず共が大手を振って動き回るようになり、鬼と戦う力を持たない一般人を、保護と言う名目で奴隷扱いしていた。そこから逃げのび、同じ事が起こらないよう力を求めて集まったのがサムライ。
…で、よかったかな? そのモノノフ達がその後どうなっているとか、それをやらかした連中がどういう経緯を経てそんな事をしでかしたとか、その辺の事は知らないんだけど。
「凡そその認識で構わない。奴らがそうするに至った経緯は知らないが、知ったところで何が変わる訳でもない。…モノノフは、信用できん。意味も無く衝突しようとも思わないが」
それだけ恨み辛みが残ってるって事か。それについてどうこう言える立場にはないが…それなら、よくこの里までやって来たな。
見た所お仲間のサムライも居ないようだし、本当に何の用事があったんだ? それだけモノノフに不信感を持っているなら、猶更女性を一人旅なんぞさせないと思うが…。
「私とてそれなりの心得はある。襲われても対処する事は出来る…不意を突かれたり、相手が複数だったり、段違いの実力者でなければ」
そこを冷静に判断できているのはいい事だな。人間の強さなんぞ、万全の状態でなければあっという間に発揮できなくなる脆い代物だもの。
身を護り、危険から遠ざかる為の技術で、積極的に攻撃する事ほど馬鹿な事もない。
「話が逸れたが、私がここにやってきたのは、異界浄化の話を聞いたからだ。知っての通り、我々外様は結界の中で暮らす事ができない。それについての軋轢はともかく、入れないなら入れないで対策を考えねばならん。独自に結界を張る技術を得る、何らかの手段で我々の価値をモノノフ達に認めさせる、鬼が異界から出て襲ってくる頻度を減らす…。もしもこの異界消失の技術を得られれば、我々の価値は大きく高まるだろう。モノノフ達であろうと、決して無視できない程に」
ふむ、成程?
確かに、自分で言うのもなんだけど、異界浄化にはそれだけの価値があるな。人間にとって何より重要だと言ってもいい。
いくら鬼を斬っても、異界が存在する限り人の生息域はじりじりと削られていくだけ。異界の侵蝕が進めば、その分だけ人間は後ずさって来た。
環境の改善、発言力の獲得、鬼に対する大きな打撃、ついでにそれを得る事でモノノフに対する意趣返しにもなる、か。
「意趣返しまでは考えてなかったが、そういう事だ。誰を派遣するかで一悶着あった。私はこれでもサムライの副長の身。重要な技術を学ぼうとしているのだから重役が出向くべき、という意見と、腕が立つとは言え女を出すのは危険という意見。……弟が戯けた事を口にしたので、半殺しにしたが」
……神無…。この女傑の前で迂闊な事言ったんだな…。
「だが、結局『その技術を学べたとして、理解できるのか?』という話になってな…。私もあまり学のある方ではないが」
ああ…元は寺子屋にも通えなかった人達が多いらしいな。それで今は武力を高めようと鍛錬ばっかりなんだから、お勉強する時間もないのね…。
「うむ…未だに字を読めない者も居るからな。書類仕事は半分以上私がやっていたから、今もしっかりと部隊が回っているのか不安で仕方がない…」
あー…サムライ達ってどういう纏まり方してたっけ…。刀也と中心に集まって、結構ヤバい鍛え方をしてたよな。モノノフに対する憎悪を煽るような。急激に成長させるのに、モチベーションを維持する必要があったんだろうが…。
マホロバの里とは緊張のある関係だったしな。物資なんかのやり取りも、全くやっていなかった訳じゃないが。
「…話がそれたが…私がここに居るのは、そういう事だ。異界を浄化した者の噂を聞き、真偽を確かめ、真であればその方法を得る為に皆から離れた。博士と同行していたのは、彼女も同じ目的で霊山に向かおうとしていたからだ」
博士がねぇ…。道中和気藹々とする奴でもないだろう。大上段に構えて、いいように使われていたんじゃないか?
「ああ…。最初は単に向かう先が同じなだけで、特に会話もしないし足並みも揃えていなかった。…霊山で揉め事に巻き込まれて、それを助けられたのが運の尽きだ。恩に着せられ、丸め込まれていいように…。結果的には、異界浄化の張本人と繋がりがあるという言は事実だったが…。……改めて問うが、あなたがその張本人か」
まぁ、そうなるな。実演しようにも、必要な物や条件が揃い切ってないから、法螺だと言われると反論できないが。
詳しい話が聞きたいなら、明日奈と神夜…ああ、まだ会ってなかったかな。とにかくうちの……幹部? それともオカン? に聞くといい。あの二人は、何度か異界浄化の現場に立ち会っている。
肝心の浄化のやり方は……まぁ、博士が解き明かすのを期待してくれ。
「…今はそれ以上の事は期待できない、か。仕方ない…期待して待たせてもらおう。頼むから、期待を裏切ってくれるな」
裏切ったら半殺しだ、ってか?
冗談はともかくとして、わざわざマホロバの里から訪ねてきたんだし、あまりがっかりさせるような事はしないよ。
それはそれとして、これからどう暮らすつもりだ? 俺らにも多少の貯えはあるが、養う人数が人数なんで、あまり援助はできないぞ。
「流れの傭兵として、ウタカタで戦って糧を得る。モノノフとはあまり絡みたくないが、そうも言っていられん…。博士の分まで稼がなければ…」
ウタカタの連中はお人好し揃いだし、探せば里に居候させてくれる人くらい居ると思うぞ。流石に仕事もせずに、と言うのは論外だが。
マホロバでは結界の外で暮らしてたんだし、折角だから結界内の暮らしを体験してみれば? …ああ、結界が復活してからの話になるが。
「考えてはおくが、博士の行動を監視するには近くに居た方がいいだろう?」
………博士の抑止力をやってくれるなら、給料出すよ。いや本当に。
俺は博士がああいう奴だと知ってるし、相応の頭も持ってるからああいう態度を許してるけど、うちの子達は腹に据えかねる事が多いみたいだ。
せめて相応の実績を示すまで、無用な軋轢を生まないように見張ってくれると本当に助かる。
「……任務に出ていない時なら、まぁいいが…」
頼みます本当に…。
そういう風に話が纏まった後、明日奈が問いかけてきた。
博士の態度に対しては、あんまりいい気分はしてないが、うちの子達みたいに殺気立つ程ではない。
「で、実際のところ、どういう関係なの? 前に言ってた、昔の連れ合いかと思ってたんだけど、そういう雰囲気じゃないし。茅場さんが『或いは私以上かもしれん』みたいな事を言ってたし、凄く頭のいい人なんだろう、とは思うんだけど」
まぁそうだな。あいつとの関係、ねぇ…。色々ややこしいんだよなぁ。
まず直接会ったのは昨日が初めてだ。ただ、あいつの……………凄く近しい人物(と言うか前ループ本人)に協力していた時期があって、そいつから無視できない内容の手紙を受けた…ってところかな。
初対面だけど、能力があるのは保証する。
「…私達みたいな、これは?」
抜き差しするジェスチャーがオヤジくさいのぅ…。
しかしそういう関係は無い。と言うか初対面だって言ったじゃん。
「そうなんだけど、あなただったら直接会った事が無くても、遠くに居る人の夢に侵入してあれこれできそうだしね」
…似たような事やった事あるし、逆に召喚までしてます。毎晩呼び出して犯しまくってる直葉ときたら、すんごい発育が良くなってるんだよなぁ。霊山でも『そういう目』で見られる事が多くなったって言ってたし。もっとも、全く相手にしていないようだが。
でも博士とはありません。そんな事やってる暇があったら、カラクリを弄り倒す奴だからな。
「カラクリと言えば、確かあなたが使ってる鬼の手って、元はそのカラクリなんだっけ。私達にも使えるようになるのかな…私もやってみたいんだけど」
多分できるんじゃねーの? 今すぐに、かどうかは知らないけども。
俺が知ってる鬼の手を出すカラクリは、外すと爆発する危険物だったけどな。あいつの性格からして、前に他人(自分だけど)に作られた物の設計図通りに作るなんぞ死んでもやらんだろうし…改良はされるだろうな。ただ、着脱可能になるかはまた別の話だが。
「ああ…そこを改良するくらいなら、威力を上げるとかそういう方向に向かいそうだもんね。それはそれとして…」
ん?
「今からちょっと付き合ってよ。囮作戦に行った時から、ごたごた続きでご無沙汰だったじゃない? …ね?」
この後、無茶苦茶セックスした。
あと嗅ぎつけてきた皆に乱入された。(まだ抱いた事の無かった子達も数人含む)
抜け駆けした明日奈は、お仕置きとして総受けだった。ご褒美にしかならなかったけど。
さて、そんなこんなで真鶴が大和のお頭に話を通しに行き、茅場が色んな事を放置して神機調査に耽溺していると、今度はグウェンがやってきた。
要件は勿論、宝剣で呼び出される鬼の討伐だ。……乱交の直後だったんで首を傾げられたけど、気付いてない…と思う。その辺、この子は割と鈍かったからね。
さて、改めて確認するが、グウェンが持つ武器、宝剣ネイリング。どういう仕組みか、西洋竜に似た鬼を召喚する事ができる。
ただし、召喚したとしても制御する事は叶わず、むしろ召喚した者に積極的に襲い掛かる。
しかもいつ発動するか分からず、発動をキャンセルする事もできない。
呼び出された鬼はある程度の時間を置くと自動で送還される。これに召喚者の意思は関係ないらしい。
これは前ループの体験談でしかないのだが、呼び出される奴を一頭倒せば、その後のおかわりは確認できなかった。
ついでに言えば、捨てたり紛失したりしても、気が付けばグウェンの手元に戻ってきているらしい。色々な意味で呪われていますな。
…改めて考えても、何の為に作られたのかさっぱり分からない意味不明装置である。元々、グウェンの実家だか親戚だかの家の宝物庫に放り込まれていたと聞いたが、どういう経緯でそこに流れ着いたのやら。
これ単体で運用するものではないのか、それとも処刑確定した重罪人を戦わせる悪趣味な見世物にでも使うのか。
ともあれ、対処できるならさっさと対処するべきだ。特に結界が復活していない今、住民達は鬼の襲撃・被害に対して普段以上に過敏になっている。ここで鬼を呼び出して暴れさせるなんて事があったら、お人好し揃いのウタカタでも、グウェンに対して疫病神のような印象を持ちかねない。
「…本当に、あの鬼を倒せるのか…?」
不安がるグウェンだが、率直に言って余裕です。俺一人でもお釣りがくる。
それに加えて、今回は数の力にも頼ります。手が空いている滅鬼隊員を呼び集め、出てくると同時に集中砲火。何もさせずに一気に潰す。
前ループで戦った経験からするとあの鬼は単体だとそう強くない。送還による時間制限にさえ気を付ければ、腕のいいモノノフが2~3人揃っていればまず負けは無い。
更に事前に地の利を得て、連携の打ち合わせ等を行っていれば、初手で生命力の8割くらいを持っていけると思う。
…あの鬼が、妙な進化をしていなければ、だけどね。ちょくちょく意味不明な鬼が出てるからなぁ。
そんな事を話してグウェンの不安を打ち消そうとするが、やはり幼い頃から襲われ続けたトラウマがあるのか、表情は晴れない。
そこへやってきたのは、相変わらず仏頂面の博士だった。
「む…? グウェンか。ネイリングを手にして何をやっている」
準備が整ったんで、鬼を呼び出して潰そうって話をしてたんだ。…あれ、博士ってグウェンの事情を知ってたっけ?
「ああ、ウタカタに来るまでの道中で話した。元々、その為に彼女を探していたのだし」
…うん? グウェンが博士を探してた?
「こいつの祖父…ネイリングの前持ち主は、私の知人だ。以前、暴走していたネイリングを封印した」
マジで!? …あ、でも確かに博士なら出来そうだな。と言うか、今回もそうすれば…。
駄目だな、封印って言っても偶然で解かれてしまうような代物だし、完全破壊できるのならそっちの方がいいか。
「ビャクエンを呼び出すなら丁度いい。お前の鬼の手の性能を見せてみろ。今お前に出来る最大限の活用をな」
今の俺に出来る最大限、ねぇ…。鬼の手の活用方法は色々あるけど、戦闘についての最高の応用方法…。ふむ、ちと準備が必要だな。
と言うか、自前の鬼の手はどうした。博士の事だから、カラクリ石だって確保してからこっちに来てるだろうし、渡された手紙にあった資料を元により性能の高い鬼の手を、もう完成させているんじゃないか?
「阿呆が。完成させるだけなら、今すぐにでも出来る。手紙に書かれていた資料も必要ない。だが目の前に実際の使い手が居るんだぞ。これを有効活用しない手はないだろう」
確かに、実際に使用した結果や感想ほど重要な資料は無いな。尤も、俺の場合は体内にカラクリ石を取り込んでいるから、博士が作った鬼の手とはまた違った物なんだろうけども。
「体内に、か…。考えてはいたが、効率が悪すぎて捨てた選択だ。とは言え興味深くはある。取り込んでいるところを見せてみろ」
ほれ、左手。ここで取り込んだんだ。鬼の手を実体化させるのも、右手から出すのに比べると、こっちの方が安定する。
差し出された手を掴み、開かせてジロジロと観察する博士。つくづく遠慮がない奴だ。
改めて考えてみると、自分でも軽率な真似をしたなぁと思う。結果的には大正解だったけども。
取り込んだ当初から、異物感は感じた事が無い。蝕鬼としての能力で、完全に同化していると言う事なんだろう。しかし同時に、確かにカラクリ石がそこに『ある』ことは感じる。カラクリ石は大きければ大きい程その効力を増し、逆に砕け散れば出力は激減する。と言う事は、体内で凝縮されているか、或いは痕跡が分からないくらいに小さく分断されているのに、その能力を失っていないか…。
なんて事を考えていたら、俺の手を万力のような力で握ったまま、博士はメスを取り出した。
音もなく博士の首筋に苦無が突きつけられた。
「若様から手を離しなさい」
「博士、人に刃物を向けるのはよくないぞ! 何かされたのでもないんだろう!」
「………ちっ」
舌打ちしながらも、素直にメスをしまう博士。しかり諦めていないのは明白だった。隙あらば解剖する気なのが嫌と言う程よく分かる。
慌てるグウェンの言葉を聞き入れた…訳はないか。
やれやれ、博士にも困ったもんだ。
「困ったもんだ、ではありません! 若様も何故お怒りにならないのです!」
こういう奴だって分かり切ってるからな。それを承知で呼んだ。俺を傷つけられそうになって怒ってくれるのは嬉しいし、肝心の俺が何も言わないのは悪いと思っているが、博士が相手だとキリがないぞ本気で。
…ううむ、相当にお冠だな、これは。無理もないけど…。
このままだと拗れてやっかいな事になりそうだ。とりあえず、時子を誤魔化そう。
時子、博士の事はともかくとして、グウェンに取り憑いている鬼を祓わなきゃならん。準備はどうだ?
「…滞りなく進んでします。場所の選定、ウタカタへの連絡、集中砲火と、それを耐えた時の為の備え、連携の打ち合わせ。何も問題はございません」
そうか、ありがとう。
でも一つ追加で必要な準備がある。
「は、なんなりと」
博士からの要請で……名前出しただけでそんな嫌そうな顔するなよ……俺の鬼の手を全力で振るったらどうなるか見せる事になった。
ただ使うだけならどうとでもできるんだが、「全力」だからな。事前の準備…霊力の補給が必要だ。
「はっ…………は? あの、若様、その霊力の補給と言うのはひょっとしてその」
と言う訳で相手してくれぃ。グウェン、博士、悪いけど準備の為にもう行くわ。
あとグウェン、教育に悪いから覗いちゃ駄目だぞ。
「あ、あの、若様っ、まだ日も高く、その、せめて湯浴みを」
いつ鬼が出るか分からないんで、準備は今すぐしまーす。
ほら、無駄な抵抗をしないでこっち来てこっち来て。
「閨にも入らずに!? ちょっ、待って、本当にお待ちください若様一体何をあっ、ちょっ、あぁぁ、あぁ~~~………」
待たなーい。うるさい口は唇で黙らせるに限ります。うーん、時子のふとももはすべすべだなぁ。