堕陽月肆拾壱日目
無事、封印されていた子達のうち、角が生えている子と浅黄のそっくりさんを担いで戻って来た。
お祭り騒ぎ状態だった。胴上げされた。
その後は一晩、飲んで喰って騒いでヤッて…夜を徹しての大騒ぎ。
異界が浄化されたからなぁ…。とは言え、流石にウタカタ近辺の異界全部ではない。
ウタカタに一番近い…ゲーム的に言えば、最初に出撃できるチュートリアルステージの、雅の領域。…の、半分くらいが消失した。つまり、『舟』の中にあった瘴気の穴が原因だったのは、その辺りまでって事だな。
残り半分の異界を生み出す瘴気の穴が、この近辺にあるって事になるが…そっちは博士が急ピッチで何か開発しているようだから、それの完成を待とう。
ともあれ、異界浄化の実例を見せた事で、俺達の重要性は高まったと言えるだろう。大和のお頭にも忠告されたが……注目度が一気に跳ね上がる。
事実、たった一夜が過ぎただけなのに、「あれをやった奴、こっちにも寄越してくれ」という書状が幾つか届いているらしい。
…異界浄化の噂話は、前から知ってたんだろうな。フカシやハッタリだと思いつつも、監視…と言うよりは近隣の偵察をしていたら、まさかの事実。大慌てで連絡を取ろうとしている、と。
俺としても、活動の場をウタカタに限定する気はない。クサレイヅチが現れやすいのがここだろうから、本拠地を移すつもりはないが、各地の異界を浄化するのは大歓迎。それだけ人間の為に使える土地が増える、鬼を追い詰められるって事だしね。
まぁ…あまり無計画にやると、自然現象よろしくとんでもないしっぺ返しが来るかもしれないから、様子を見ながら浄化しないといけないだろうけど。
だがどっちにしろ、異界浄化には瘴気の源となっているモノを見つけ出す必要がある。浄化してほしいと言うなら、まずそれを見つけてから連絡してもらわなければ。
こっちから出向いて、瘴気の穴を探して…なんてやっていたら、留守にしている間にウタカタで何が起こるか分かったものではない。特に、情緒不安定になったり、欲求不満になったりしたうちの子達が、何をやらかすか分かったものではない。
…日頃の平静な時なら、とりあえず自活していけるくらいには常識的になってきたんだけどな…。俺の成分が枯渇して不安定になると、やっぱりまだまだなぁ…。
さて、異界を一部とは言え消失させた訳だし、これからどうするか? という会議が行われています。数人ほど、飲み過ぎで顔を青くしていますが、リバースはしないでしょう多分。
まずは大和のお頭から労いの言葉をかけてもらい、褒章その他はまた別途話をすると言う事にして。
「さて、これから鬼をどう攻めるか、だが…まず、異界を追われた鬼達の襲撃頻度は?」
「非常に少ない…と言っても、日頃から毎日一度はあるのがこの里の実態。日に2、3度に増えたものの、強力な鬼は一度も発見されていません」
「小型の鬼だけ近付いて来るのは、入り込まれると非常に危険ですが…そこは結界が弾いてくれますし、結界が無くなっている間に張り巡らせた罠や警戒網も残っております。油断は禁物ですが、簡単に侵入される事はないかと」
「俺達も散策ついでに周囲の様子を見てるけど、あんまり鬼は近付いてきてないな。まぁ、異界が削られてからたった一日だ。もう暫く警戒を続ける必要はあるだろう」
「うむ…皆も警戒を続けてくれ。では、これからどうするかだが…以前に異界を消滅させた時、鬼達はどのような反応をしたのだ?」
昨日、舟でも言ったけど、血みどろの縄張り争いに突入していたな。人里に近寄ってくる奴は、あんまり居なかった。
居たとしても、縄張り争いに敗れ、傷ついたやつらだ。手負いを侮ると痛い目を見るが、倒しやすいのも事実。だから、暫くはこっちからちょっかいを出さずに、鬼同志で傷つけ合わせていた。
「…妙手でござるな。鬼達が勝手に疲弊してくれる上、その間に我々は戦力を整える事ができる。しかし生きる場所が変われば生態も変わるのが世の常。鬼とて同じでござる。様子見は必須かと」
「うむ。偵察は、これまで通り速鳥に任せよう。ただし、決して一人で先走ってはならん。鬼に襲われたら、無理に撃退しようとせずにすぐに引き下がれ。里が直接襲われるのでもない限り、この状況での小競り合いは損失にしかならん」
「御意」
「なんでえ、それじゃこっちから攻めたりしねえのか」
「何もしない訳ではない。橘花が千里眼の術で見た、オオマガトキを起こす…かもしれない塔も探さねばならん。恐らく、異界消失の影響はそう遠くまで出ていまい。あの辺りの鬼は、そう強くはないからな」
弱い鬼が強い鬼の縄張りを奪おうとしても、返り討ちにされるだけだもんな。それでも数の差や状況次第で勝ち目がある範囲だけど、異界の奥に居る…つまり強い鬼は、逃げ出すよりも反撃しようとするだろう。だからこそ、鬼同志が争ってくれる。
これが逆に、強い鬼が弱い鬼の縄張りを奪おうとすると…逃げて来た鬼が人里に押し寄せてきて大惨事だ。
「そう考えると、これからも異界浄化を続けるとしたら、順序だてて行っていく必要がある訳か…。そう都合よく、瘴気の穴が見つかるかという問題もあるが」
「ただ浅い方から行えばいい、という訳ではないな。強い鬼程数が少ない。数の暴力が最も厄介なのは、鬼の側も同じ筈。縄張りを奪おうとする鬼達と、それを阻止しようとする鬼達。上手く拮抗状態を作れればいいのだが…」
「いい着眼点だと思うが…手綱を握り切れると思わない方がよさそうだ。戦が思い通りになる筈もない。鬼達の生存競争であれば猶更だ」
そうだな…。そう考えると、上手く煽ってた牡丹の有能さがよく分かる。
鬼達の内輪揉めは、続いてくれれば幸運と割り切るとして…異界の浄化にせよオオマガトキを起こす塔の捜索にしろ、今まで踏み込んでいなかった部分に入り込む必要がある。シノノメの里でもそうだったが、十中八九、濃すぎて踏み込めない異界の奥だろうな。
「瘴気を生み出す元がある場所ですので、異界が濃くなるのも道理でございます。候補となる場所は大分絞り込まれますが、『塔』の内部にあったような特殊な状況にあるやも…」
実際、地面に埋まっていた事はある。瘴気の穴とはちょっと違うけど、瘴気の元になっていた物が、鬼に同化されて乗っ取られてた事もあった。
異界消失を繰り返せば、鬼達だって学習するかもしれん。瘴気の元に近付くと、集団で襲ってきたり、何らかの術で隠す可能性もある。
「だがそれなら、鬼達が守ろうとしている場所に何かがあるって事だな。鬼達が学習した後だから、今すぐの話じゃないが」
「いいや、奴らの知性は侮れん。徒党を組んでウタカタに攻勢をかけ、搦め手によって橘花の意識を奪った事を忘れた訳ではあるまい。…あるまい!」
「落ち着け桜花。確かにその通りだが、異界消失の瞬間を目にした鬼は居るまい。奴らとて、まだ何を警戒すればいいのかも分かっていない筈だ」
「それ以前に、暫くは自分の縄張りを確保するので手一杯なんじゃない? 状況が落ち着いたら、『またこの縄張りも消えるかも』って不安に思って、警戒するようになると思うけど」
「待て待て、話が脱線してきているぞ。まずは今後の方針だ。今まで踏み込まなかった場所、瘴気の濃い場所を探索する訳だが…その辺の地形を分かってる奴、居るか?」
……居ない。瘴気無効の装具を借り受けている速鳥でさえ、路の無い場所には極力踏み込まない。瘴気が濃いだけでなく、異界の流動が激しい為だ。活動限界の問題が無くても、何処に飛ばされるか分かった者ではない。
シノノメの里でも、まずは地形の把握から始めたなぁ…。
「範囲を絞って探そうにも、流動に巻き込まれる危険だけは避けられんか…」
呻くように大和のお頭が零したその時、バタンと扉が開かれた。
人払いをしていた訳ではないが、呼ばれてもいないのに会議の場へ堂々と乗り込める人物はそう居ない。
すわ緊急事態でも起こったかと一瞬緊張が走ったが。
「凡人どもが雁首揃えて頭を捻ったとろこで、天才の足元にも及びはせん。使えない頭を使おうとするくらいなら、天才の指揮に任せて体だけ使っているがいい」
「…博士、だったか。いきなりやってきて随分な言いようだな」
イラッと来ている人多数。まぁ無理もないか。『舟』について一定の見識があると認められたとは言え、傍若無人な上に成果らしい成果はまだ上げていないのにこの態度だ。
そうでなくても、こんなに上から目線で詰られれば、誰だって反発するが。
どうしたよ博士。目の下に隈が出来てるぞ。
随分熱心に研究していたようだが、その言い方だと何ぞ使える物でも出来上がったか。
「当然だ。…と言いたい所だが、流石に作ったばかりで実践の資料が足りん。微調整は必要だ。だが、今のままでも瘴気の元の凡その位置までは割り出せる」
「ほう? 大きく出たな」
「当然だ。私の頭脳の成果を見るがいい。まずこれだ」
「…手袋?」
博士が出したのは、見覚えのある手袋だ。
資料も揃ってるし、真っ先に形に出来るだろうとは思っていたが…鬼の手か。
「その通り。こいつが使う、伸び縮みする具現化した手は見た事があるか? これはその元となった道具だ」
「あのとんでもない術か…。鬼に再生を許さないなど、未だに信じられん。…これをつければ、我々もあの手を使えると?」
「使うだけならな。どこまで使えるかはお前達次第だ。ただ、こいつの鬼の手は色々特別性だ。使いやすいよう改造はしたが、そう簡単に同じ事が出来るとは思うな」
「あ、じゃ私使ってみる! 一回やってみたかったのよ! つければいいのね?」
「ああ」
…初穂、それ前に見た時は、外すと爆発してたぞ。
外さないように博士が虚言を吐いてるんじゃなくて、本当に爆発したぞ。しかも大型鬼に強い損傷を与えるくらいの衝撃が。
「ふぁっ!?」
「…改良されているんだろうな?」
「使い勝手がよくなるように改良はしているが、そこは改良が必要な点か?」
「ちょおおぉぉぉぉ!?」
「いや必要だろ。外せないって事は、使い手が限られるって事だろう。上手く使えなかったら完全に無駄になるし、道具として必要な時に受け渡しできないのは重大な欠陥だ」
「冗談だ。普通に外しただけなら、爆発しないようにしてある」
つまり自爆機能は健在ではある訳な。最後の手段としては有効な攻撃だけど、進んで使いたいものじゃないな。
貴重なカラクリ石を仕込んでわる訳だし、量産できるようになった訳じゃあるまい?
「ちょっと! 私は! 私の心配は!?」
でぇじょうぶだ、そうそう吹っ飛ぶ事はない。俺なんか体内に直接埋め込んでる状態だけど、何の問題もないんだぞ。
自爆させる必要が出る事も、そうそう無いだろ。仮にも一人前のモノノフ扱いされ始めたんだし、自分の身は自分と仲間達で守れるだろ。
「それはそうなんだけど、なんかこう釈然としないと言うか」
じゃあ何か、ここで俺が『大丈夫だ、初穂は俺が絶対に守る!』(主人公感)とか言い出したら?
「何それ。仲間を守るのは言うまでも無く当然だし、それ以上にモノノフたる者自分で自分を守って死力を尽くすのが当たり前でしょ。それが出来ないなら、任務に出る資格は無いわ。私だって戦えるんだから、戦えない足手纏い扱いしてんじゃないわよ」
うむ全くだ。ここで顔を赤らめるような恋愛脳じゃなくて安心したわ。俺も含めて、うちの子達は大体色欲脳だからな。
「……お頭、こいつ刺してもいいっすよね?」
「刺したところで通用も感じないだろう、この男は。さて、話がまたしても盛大にずれたが、この鬼の手の手袋で何ができると?」
「想像力が追い付けば、理論上は何でもできる。だが、まずは瘴気の元探しからだな。そうだな…鬼の手を嵌めた指で輪を作り、そこを覗き込め」
「こう?」
「その穴を通せば、色々な物の流れが見える。水、風、霊力、その他諸々。見たいと思った物が輝いて見える。無論、瘴気もな。今は風の流れでいいだろう」
「んー…? お? おっ、おぉ? なんかこう、あちこちにきらきらしたのが舞ってるんだけど。…あ、窓から吹き込んできた。これが風?」
ほほーう、鬼の目を他の物にも使えるようにした感じか。鷹の目ともちょっと違うな…。
これで瘴気の流れを追って、大本を見つけ出そうって訳か。視認できるのは大きいな…。
これは使ったまま動いても大丈夫なのか?
「鬼の手自体は問題ない。あとは使い手が集中力と想像力を切らさずにいられるかだ」
「なら、一人が憑かれたら他の者が交代すればいいだけだな。同じように見えるのかの検証は必要だが」
「うむ…これなら、瘴気の元探しが大分楽になる。言うだけの事はあるようだ」
「ふん、当然だ。既に次の鬼の手の作成も始めている。材料も大体揃っているが、その前に一つ確認しなければならん事があった。鬼の手をお前達がどこまで使いこなせるかだ」
? それは確かに確認が必要だろうけど、博士がそれを気にするのか?
お前なら出来る限りのものを作り上げて、「後はお前らで使いこなせ。できなきゃお前達が悪い」くらい言いそうだが。
「お前は私を技術が全ての変人だと勘違いしていないか? 私の目的は鬼をこの世から叩き返す事だ。その為に有効な道具を作るが、誰にも使えない道具なぞ無用の長物だ。使われない、必要とされない、使う事ができない高性能な道具を一つ作るくらいなら、簡単に量産できる簡素な道具を作ってばら蒔くわ。私が天才で周囲が凡人である以上、私の要求を全て満たせる相手がそうそう現れないのは当然の事だ」
…ちょっと意外。
博士が周りに合わせるなんて技術を持っているとは……いやいや、これ以上言うと後が面倒くさくなりそうだから、話を進めよう。
「この鬼の手は、異界浄化が可能なのか?」
「当然だ。こいつでも、想像さえ追いつけばどんな事だって出来るだろう。ただし、それは具現化させた鬼の手を意のままに操る事ができ、詳細な想像を作り上げ、それを充分に反映させることが出来れば、だ。人間の想像は、普段はそこまで細かくされるものではない。例えば木の実を一つ想像しろと言われても、大きさ、色、形くらいは思い浮かべるだろうが、味、硬さ、虫食いの痕、成分、どんな木から実ったのか…そういった詳細な部分までは、意識しないと思い浮かばない。鬼の手の真価を発揮するのに必要なのは、頭の中にしかない想像が、目の前に本当にあると誰もが錯覚するくらいの、言わば『投影』なのだ」
念の修行なのかバキのシャドウなのか正義の味方の魔術なのか。
…しかし俺、そこまで意識して想像してないぞ?
「お前は体に直接カラクリ石を埋め込んでいるからな…。安全性が心もとない分、扱いやすくなっているのだろう」
そういうものかね。確かに、もう「体の一部なんだから、思うように動かせて当然って認識になってたが…。
ところで、もう装着しちゃったし、使わせるのは取り敢えず初穂って事でいいか?
…本当に爆発しないか試験するには、里の外でやらなきゃならんし。
「やっぱり不安…」
心配するな、思いっきり放り投げれば被害が及ばないくらいの規模の爆発だった。…改良で規模が大きくなっていなければ、だが。
最悪、崖の上から放り投げて即逃げれば何とかなるだろう。
「その場合、落下した鬼の手は貴様が責任もって探すように。何、その程度では故障もせん」
「では、瘴気の元探しは初穂と速鳥で行え。恐らく瘴気が濃い場所に踏み込む必要があるが、速鳥に持たせている装具がもう一つある。それを付ければ、問題なく入って行けるだろう。…いいな?」
はいよ。預けてるんだし、壊さなければ好きに使ってくれ。
それで、これから即突入か?
「いや、まずは異界の状況を確認する。まだ瘴気が残っている場所に行けば、その鬼の手の機能も確認できるだろう。深入りせず、鬼の様子を確認したらすぐに戻れ」
「承知」
「まぁ、そうしないと外せそうにないしね…」
「では、私はこれから研究に戻る。私の傑作を使わせるのだ。上手くやれ。何か確認したい事でもあれば、そこの色惚けか私の助手共に聞け」
そこの色惚け…息吹の事かな?
「そんな安い冗談、突っ込む気もしない」
ご無体な。
そんじゃ初穂。折角鬼の手を装着したんだし、半日あれば簡単な扱い方くらいは覚えられる。
鬼の手は空中戦のとっかかりにも使えるし、感覚的には鎖鎌とほぼ同じ運用方法、延長線上でいいだろ。
「うーん…まぁ、折角つけたんだし、有効な使い方を覚えるのは大事ね。持ち腐れにしてると、博士に馬鹿にされそうだもの。よし、一丁やってやるわよ! 他の準備は任せるから!」
お姉ちゃんネタでおだててやると、呑み込みの速さが3倍になった。