堕陽月肆拾参日目
博士が何かやってた。鬼の手の研究も形になって、さぁ乗って来た次の発明だ…とばかりに休憩せずにハッスルしてんじゃないかと思って、様子を見に行ったのだ。何せ、茅場も神機観察を放り出して、博士の研究所に入り浸っていると言うのだ。フィーバー状態になっているに決まっている。
その心配については、助手となったグウェンや真鶴があれこれ世話を焼いていたので、杞憂に終わったのだが…。
「丁度いい死人を調達しろ」
って言われた時はどうしようかと思ったよ。ていうか、丁度いいって何やねん。新鮮な死体が必要なのか? 蘇るのだこの電撃でなのか? それとも今から適当に、悪党探して狩ってこいって意味なのか?
博士の事だから必要な要請で、成果に繋げてくれると確信してはいるけど、流石にタイーホすべきか真面目に悩んだ。
戦闘態勢に入りつつあった俺を止めたのは真鶴だった。若干疲労が見える彼女は、博士が何の研究をしているのか説明してくれた。
先日の異界浄化の際に拾ってきた、クッソ重い人形。そう言えば、前に博士と会った時のループでもこれを持ち帰っていたような。
あのカラクリ人形にカラクリ石を仕込み、自立起動するカラクリ人形にしようとしているらしい。つまりロボットな。
じゃあどうしてそこで『死人を持ってこい』なんて言うのかね。
まさか死体にカラクリ人形を仕込んで、人間に化けさせようってのか。何というナマハゲ。お前はそこで乾いて行け。
「馬鹿者め。死体は要らん。必要なのは魂だ」
「うむ。人間と見紛う程の外見を作るだけなら、さして難しくないからな」
…何気なく超技術が開発されてる気がするが、カラクリ石なら仕方ない。だってイメージを具現化する石なんだもの。
「凡人にしては理解が早いな。人に見せかける為の仕掛けはそんなところだ。だが、流暢に動かし、鬼を騙せるような囮にしようとすると、どうしても常に想像を補助する存在が必要となる。そこで死人だ。放っておけばそのまま死んでいくしかない死人の魂を、このカラクリ石の人形に閉じ込める。そうすれば、体は死んでも人格は死なずに済むし、私達の偉大な発明の礎となる栄誉も得られる。私は新たな助手と研究資料が出来て万々歳。茅場は異世界の技術と言うだけで鼻血が出る程興奮している。八方が得をする完璧な理論だ」
そうね、死人がそうそう転がってない、人が死にかけてる時点で得もクソもないって所を覗けばその通りよね。
…死にかけの人なんか出ないに越した事はないけど、実際上手くいけば死ぬしかない人を、一人助けられる可能性はあるんだよな…。
「ちなみに、その施術の為に軽く半日はかかるぞ。機材もあるから、死にかけの人をこちらに連れてくるしかない」
…使い物にならへん。重症人は研究室で出てるんじゃない、戦場で出ているんだ。…爆発とか毒ガスとかが出て、研究室でヤバい事になる事もあるけど。
「やかましい。重症人の処置は、この件についてはあくまでついでだ。本来ならば人のミタマなど用いず、人形の中枢部に存在する核となる場所へ、制御文を書き込む予定だったのだ。その核の部分が根本から破損している上、こいつが好き勝手に弄り回して機能を増設したおかげで、自動制御ではとても間に合わなくなったのだ」
「君とて思いついた機能を片っ端から詰め込んでいたではないか。それが無ければ、持ち帰った当日に人形を動かす事も可能だったのに」
「……まぁいい。面白い物も多くあったし、不問としよう。と言う訳で、死人はよ」
はよ、じゃねーよ。せめて死にかけの人って言え。
…つーか、これってよくよく考えたら、物体に人を宿らせる…つまりアラタマフリみたいなものじゃないか。俺はランダム要素が強すぎて封印してたけど。
じゃあ死にかけの人を拾ってこなくても、その辺の鬼から解放したミタマにでも取引を持ちかけりゃいんじゃね?
「だからそれを連れてこいと「おおっと待ったぁ! そういう話なら僕も噛ませろ! 念願の自分専用の体だぜぃ!」……明日奈、だったか。なんだいきなり」
いや、このノリは木綿季だな。そういや、前から自分だけの体が欲しいって言ってたっけ。
確かに、木綿季は条件に見事に当て嵌まるな。
体は死んでて、ミタマになっても意識がはっきりしていて、当面成仏する予定もない。
しかし、いいのか? 体を得る事が出来るにしたって、これだぞ、これ。
3頭身ってどころじゃないし。
一度憑依したら離れる事もできそうにない。冗談抜きで、自分で動かせるだけの人形になりかねんぞ。
「それでも僕は自由に出歩きたいんだい! ご飯の味が分からなくても、眠る必要がなくなっても、僕は自由が欲しいんだ! 夜の遊びは…残念だけど、なんだったら僕が道具を使って責めてみるのもいいし」
…この人形にオナホで責められるとか、新境地だな…。バブルヘッドナースの方が、まだ気分が出そうだ。
「ふむ、確かに条件に合致する。そして、彼女ほど安定し、熟練したミタマであれば、その問題もほぼ解決できるだろう」
「え? 茅場さん、それどういう事? なんかいい話っぽいね? 教えて、教えて?」
「単純な話だ。この人形は、従来であれば五感など無く、中枢に書き込まれた命令通りに動くカラクリでしかない。もしもミタマを宿したとしても、五感と言えるものは…そうだな、カラクリに元々備わった、情報処理の為の画像と音…つまり視覚と触覚くらいしか残らなかったろう。だが、私と博士で色々と弄り回してみた結果、面白い事になりそうだった」
…あんたら二人が弄り回したって時点で、嫌な予感しかせぇへんが…聞こうか。
「なに、難しい話ではない原動力としてカラクリ石を仕込むのだから、鬼の手と似たような事ができると踏んだまでだ。…実際、そういう機能を付ける事は成功したんだが、ちょっとばかり予想外の展開になってしまった。私自身の予測すら上回る、私の才能が恐ろしいな」
「そういうのいいから、早く、早く!」
「…君に細かい話をしても、逆に混乱させそうだから率直にまとめるが…憑依した者が、この人形の体を『自分の体だ』と思えば思うほど、人間と同様の機能が備わる事になった。先程上げたような五感は勿論、体そのものさえ再現されるだろう。この2頭身の体ではなく、生前の体か、ひょっとすると『自分はこう育つだろう』という明確ないしきさえあれば、未来の体さえ作り出せるやもしれん。…荒唐無稽だと思うかね? だが、君自身がそれを可能であると証明している。鬼の手を具現化させ、物理的な干渉すら可能としているだろう?」
それは…まぁ、そうだが…。俺の手も半透明で、形だってすぐに変わるぞ。
「それは想像力がまだ足りていないか、そこまで集中して想像していないのだろう。お前は鬼の手を当然のように扱っているが、そこまでの精度を求めているか?」
いや、目的を果たせれば鬼の手の形自体はどうでもいいから、そんなに拘ってないな。それなら、今度試してみるか。
要するに、体が再現されるかもしれないとは言うけど、それは熟練すればって話なんだな? そもそも理論上の話であって、実際に可能かどうかはやってみないと分からない。
「それでもいいよ! 何が何でも使いこなして、自分だけの体を手に入れて、また明日奈と一緒に鬼と戦う。その為だったら何でもするよ! …それに、多分普通に出来ると思うよ。手本には事欠かないし」
「ほう? 私の偉業を、既に成し遂げている者が居ると言うのか?」
「偉業って言うかなんて言うか……ねぇ、明日奈?』『うん、まぁ…ね。聞かない方がいいと思うわ。真面目に研究するのが馬鹿らしく思えてくるから」
「ぐだぐだ五月蠅い、さっさと吐け」
「…仕方ないなぁ。やってるのはこの人だよ、この人。しかも鬼の手も使わずに」
…え、俺? いや幾ら俺でも、鬼の手無しにその手の具現化は…。
あ。
「…『烙印』があるでしょ。それで毎晩、霊山から直葉を召喚して具現化させた上、『りーふぁ』に変身させたりして好き勝手してるんだもの。見本には事欠かないわよ」」
「ほう、また貴様か。気に入らんが…その烙印とやらには興味がある。実演してみせろ」
「ふむ、異世界の技能かね? それでなくても興味深くはあるが」
……えぇ………。
「やかましい、とっととやれ」
…呼び出した直葉は、見事に色ボケて、真昼間から盛るものだと思い込んでいた。実際そうした事もあったし。
そしてそれを見て、一部とは言え自分達が研究して実現した事が、怪しげな房中術に先取りされていた事をしり、ちょっとブルーになっていた二人だった。
とりあえず、木綿季は明日奈の体から離れ、人形に取り憑く事となった。危険は無いのか、本当にいいのかと、色々と相談はあったが、木綿季を止める事はできなかった。
まだ体の具現化はできないが、人形の体を操るという点においては成果は上々。憑依して半日もしていないと言うのに、連続バク転からのムーンサルトまで決められるようになっていた。
しかも体の各所に仕込まれた隠し武器と、生前に覚えていた剣術…と言っても、人の体とは違うので形ばかりを真似たものだが…で明日奈を相手に一矢報いるくらいの戦闘力。見物していた隊員達も、信じられないとばかりに目を見開いていた。明日奈の戦闘能力は、隊の中でも間違いなくトップクラスなのだ。戦闘特化の隊員でも勝てない。全力を出した浅黄なら、何とか渡り合えるくらいか。まぁ、一矢報いる止まりで、結局勝てなかったのだけど。
うーむ、これが明日奈をして天才だったと言わしめた木綿季の実力か。まともに鍛錬できたのが生前、幼少の頃だけだったのにこれ程とは…。惜しい人材を無くしたものよ。死んでも生きてるけど。(某浮遊霊感)
しかし問題もあった。一度人形に憑依してしまうと、抜け出す事が出来なかったのだ。最初から予想されていた問題ではあったが、体をちゃんと作るまで、ご飯も昼寝もまぐわいも出来ない。
それでも自由が欲しいと断言したのは本人なので、自由の対価として受け止めるしかないが、なるべく早く問題を解決したがっている。俺もしたい。木綿季と明日奈を並べてヤりたいし。
その為、肉体具現化の見本として、日中からも直葉が召喚される事になるのだった。本人は役得と悦んでいる。
さて、木綿季の事は一旦置いておいて。
夕方になると、那木に呼び出された。別に色っぽい話ではない。
塔から連れ帰った子達の内、浅黄によく似た方が目を覚ましたのだ。
彼女達は隊舎の空き部屋に運び込み、那木に診療を任せていた。間もなく目覚めるだろうと聞いてはいたが、思っていたよりも早かったな。
うちに居る浅黄も呼ぶように伝達し、現場に向かう……と、何やら緊迫した空気。
那木はニコニコと笑いながら、浅黄にの彼女を看病しているが、お互いの間に微妙な警戒心が漂っている。妙だな、那木が患者にこんな視線を向けるなんて。笑顔で覆い隠してはいるが、襲い掛かってくる敵を見る目だ。
「…あなたが、この人達の頭領?」
開口一番にご挨拶だな。ここに居る子達の纏め役ではあるが、那木は違うぞ。彼女は里のモノノフで、俺達は流れて来た…傭兵集団のようなものだ。
うちの子達についての説明は必要かな? 見た目的にも、君の係累なのは確定的に明らかだが。
「…いいえ、必要ないわ」
…この子、俺に対してもえらい敵意を向けてくる……いや、少し違うな。敵意ではあるんだけど、明確なものじゃない。苛々と言うか鬱憤と言うか、形にならない屈折した感情と言うか…。
こっそり(と言っても多分気付いてるだろうけど)那木に目をやると、こちらも視線で返された。那木の視線が、表情だけは笑ったまま、部屋の飾りとして置いてあった植木鉢に向く。
………おいおい、まさか起きた途端にこいつで殴られそうになったのか?
確かに殺気の残り香みたいなものを感じるが、状況把握もできない内にそれをやるか?
明確な危険人物、敵対の意思ありと判断しそうになったが、当の那木がそれを視線で制止……しようとして、何かを振り払うように頭を振った。
そして、いつになくハッキリとした口調で断言した。
「なりません。この方は疲れていらっしゃるのです。医師として、絶対安静を要請します。心身ともに静養せねばならないと言うのに、敵意を向けるなど以ての外です」
…俺よりも、浅黄似の人の方が驚いていた。
わざわざ口に出して伝えたのは、『自分達は腹芸はしない』というアピール…いや、宣言かな。医者として、患者からの信頼は非常に大事だし。
すまない、少々殺気立ってしまった。お前さんがどういう境遇で、どんな感情を持って行動しているのかは想像しかできないが、事前に心身ともに疲弊しきっていると言うのは聞いていた。心が荒むのも無理はない。よければ、暫く休んでいるといい。
どっちにしろ、君のお仲間もここで一人眠っているし、封じられている子達も沢山いる。放り出してどっか行く訳にもいかんだろ。
「いえ別に正直言うとそのまま封じてほしいくらいなんだけど」
………えぇ……?
どういう事なの、浅黄似の人。さっきから思っていたけど、なんかこの人スレてない? 別に100%いい子で居ろとは言わないけど、雰囲気と言動が矢鱈攻撃な気が…。
俺達に気を許してないから…じゃないよな。 何となくだけど、素の状態な気がする。
…あ、そうだ。聞き忘れてたけど、君の事は何と呼べばいい? 封じ込められる前の記憶はあるんだよな?
「…浅黄よ」
顔だけじゃなくて、名前まで完全に同じかよ…。個人名じゃなくてシリーズ名を答えたって事は、自分一人の名前が呼ばれない状況で生きて来たか、或いは『浅黄』がシリーズになる前だったのか。
どうしたもんかと那木と顔を見合わせていると、扉が開いた。
何人かが覗き見しようとしていてひゅっと頭を引っ込めたが、それはいい。
「若様、呼び出しに応じて参上し……あら」
「………」
目を見開く浅黄似の人って言うか浅黄。そして元々居た浅黄。とてもややこしい。
見た目は結構違うんだけどね。外見の部位は物凄く似通っているけど、眠っていた浅黄は表情が荒んでいる。多分、安らかに眠ってれば瓜二つなんだろうな。…寝てた方の浅黄は、寝ている間も常に魘されてそうだけど。
「…次代の私、と言う事ね」
「…そういう事よ。不甲斐ない『浅黄』だけどね。…他の皆を巻き込んで封じられた。『浅黄』から作られたのに、不甲斐なくて悪かったわね」
…うん? 『浅黄』から作られた? え、君らって、元は普通の人だったのを、原形が残らないくらいに改造されたって聞いてたんだけど。
まさかのクローン? と言うか、寝ていた方が原典? うちの浅黄は、クローン浅黄だったのか。まぁどうでもいいが。
「くろぉん?」
あー…対象者の体の一部から情報を読み取って、そっくりさんを作り出すって技術だ。
例えば爪、髪の毛、唾液、血。そう言った、一見すると誰の部位かも分からない代物を元に、肉体を作り上げる。
外見は勿論、身体能力とかも同じくらいの人間を作り上げられる…のかどうかは怪しいもんだが。
「…驚いた。そんな事まで知ってるの。…そうよ、一部の滅鬼隊には、その技術が使われている。そんな名前で呼ばれてはいなかったけど。…そして、あなたの所に居る『浅黄』は、私の体から作られた『浅黄』よ。…私自身も、別の誰かの体から作られたそうだけどね」
「……若様、少し二人で話をさせてもらえないかしら。彼女がどういう状態なのかは私の方が正確に把握しているし、どうなるにせよ話は通しやすいと思うわ」
構わないが…本人の意思が優先だぞ。まぁ、仮に一人でどこかに行ってしまいたいと言われても、封印前の常識で行動されちゃ敵わないから、一般的な事を学習するまで留まってもらいたいとは思うが。
「その間、彼女を働かせるつもりはある?」
? 本人がそうしたいと言うなら、体を回復させてから。
モノノフとしての仕事でも、菜園の世話をするだけでも構わない。現状、人手が足りてない訳じゃないからな。
…そう答えると、何故か寝ていた方の浅黄から非常に猜疑心の籠った視線を投げつけられた。さっきから何だと言うのか。流石にちょっとイラッとしてくる。
「そう。…なら、後は私が話すわ。悪いんだけど、二人にしてちょうだい」
「かしこまりました。…浅黄様……ええと、どちらの浅黄様でも、何かありましたらお呼びください。私は安静にしていただく為、幾つか準備を整えてまいります」
んじゃ、俺はそろそろ飯の時間だな。後で御粥でも持ってこさせるよ。
…ほら、扉の向こうで覗き見してる連中も散った散った。…と言うか何でこんなに集まってるんだ…。
廊下を埋めつくすような隊員達が、一目散に逃げていく。
残っていたのは詩乃だけ。逃げる必要も感じてないらしい。
詩乃、こんな所で何やってたんだ、皆。
「単純に、あなたが気になっただけでしょう。私達の中心人物になっているんだし、隊の皆は刷り込みや普段の言動のおかげで、否応なく目が追ってしまうのよ。…それに、少しだけど殺気が漏れてたからね」
注目度高いなぁ、俺…。それに、自分達が暮らす場所の中で殺気を感じれば、そりゃ気にもなるか。
それを感じ取れるくらい敏感な感覚を持ってるのを喜んでおこう。油断さえしてなければ、あの程度の殺気にも気付く事ができるんだと。
「それより、あの『浅黄』をどうする気? こう言っては何だけど、皆からの好意は高くないわよ。経緯はよく分からないけど、あなたに殺気を向けたり、随分な態度を取っていたから」
…どうしよ。実際、俺もあの態度にはちょっと思う所があったし。どんな理由があるにせよ、あの態度がそのまま続くのであれば、いい結果にはならないだろう。
俺が許しても、他の皆まで許容してくれるとは限らない。博士は普段の言動の結果を出し、なおかつ距離を置き、助手というクッションを置く事で、何とか敵対しない関係を保つことができたが…。
一般的な事を学ぶまで留まってほしい、と言っておきながらこんな事を考えるのも気が引けるが、距離を置くという名目で放り出す事も考えた方がいいかもしれない。
…浅黄がどういう風に話を付けるか次第、だな…。………殺気を感じた。すぐに治まったが、話し合いが拗れたんだろうか? 戦いの気配はしないが…場合によっては突入した方がいいかもしれない。
晩飯喰ってたら、魂 の 叫 びを 聞い た。
「 嘘だ ッ!」っ て聞こ え
た。
に涙
み 何も言えず した。
んな
目で見よう
暖 と、
か
く、長い
頷い
た。