堕陽月伍拾日目
目が覚めると、隣で寝ていたアサギがひっついていた。俺の胸板を枕代わりにして、安らかな寝息を立てている。
普段は眠ると悪夢に魘されてばかりだったそうだが、苦し気な表情もないし、体に添えられている指先にも力は入っていない。リラックスした状態だ。
一日のバカンスと、一夜のラブエロマッサージは、よく彼女の心を癒してくれたようだ。
勿論、たった一日の気晴らしで数年以上に渡る激務の傷が全て癒される訳じゃないが、幾らか楽になったのは確かだと思う。
心の傷を癒すのに、異性の肌ってのは高い効果があるしな…心を許した相手であるのが条件だが。俺もループ始まりの頃、水商売のオネーちゃんにお世話になったものだ。あれで死の恐怖を克服…はしなかったけど、何とかハンターに復帰できたっけ。懐かしい…。
一晩睦みあった事で、お互いの事を色々知る事ができたのも大きい。
追い込みはしなかったものの、「好き」「愛している」「頼ってほしい」とか、色んな事を囁き、ちょっと強引ながらもアサギに応えさせた。これまた刷り込みみたいなもんだが、アサギも悦びながら「好きよ、もっと奥まで来て」「こんなに優しくするなんて、責任を取りなさい」「もう戻れなくていいから、もっと溺れさせて」とか色々言ってくれたものだ。
浅黄と似ているようで違う体だったなぁ…。
今度、二人ならべてヤッちゃおうか。少なくとも、枕元で自分と瓜二つの顔を眺め、安心したような表情を見せている浅黄は拒まないと思う。
…おい明日奈、何で浅黄が朝一でここにいる訳?
「そりゃ、昨晩に酔ったアサギが貴方の部屋に入って行くのを見かけたもの。面白い事になるかなと思って、早朝に起き出して連れてきました」
さよけ…。で、面白かったか?
「割とね。今は良かったって顔をしてるけど、最初は複雑な顔してたわよ。別人とは言え、自分そっくりの人間が好きな人に抱かれてるって、嫉妬するのも無理ないわね」
「ちょっ、明日奈さん!」
「いやいや気にする事ないって。私だって、私の体を使って木綿季が抱かれているのを見ている時には、複雑な気分だったもの。でも、開き直れば悪くない物よ。次に自分が抱かれる時、一層燃えるしね~」
この子、寝取られ趣味みたいなものが芽生えてないか? 複数人プレイオッケーと言うか前提になるまで躾けたから、嫉妬の感情が妙な方向に向かっているっぽい。だが好都合だ。
…つーか明日奈。昨晩はアサギ以外誰も部屋に来なかったけど、何か仕込んだろ。
「あ、やっぱり分かる? 実を言うと、アサギさんをあなたの部屋まで誘導したのは私です。その辺で座り込んで寝ちゃいそうだったし…。その後、邪魔しちゃいけないってみんなに通達したの」
「つまり、アサギが抱かれたのはもう皆に知れ渡ってるって事ね…」
せやな。先日だって、凛花が抱かれた後に、猥談大会開かれて大わらわだったみたいだし、珍しい事でもなかろ。
むしろ仲間意識でも芽生えるんじゃないの。
「…つくづく妙な状況に陥ったものね…。今更、統率役に返り咲こうとは思わないけど、本当にこれでいいのかって気がして来たわ」
「いいんじゃない? アサギさん、すっごく安心した表情で寝てるもの。寄りかかれる好きな人がいるって、大事な事よ」
おう、どんどん寄りかかってこい。出来る限りの事はやって、一人じゃ手に負えない事なら皆に手伝ってもらって、助けて助けられてを繰り返していきゃいいさ。
…さて、起こしに来たんだし、もうそろそろ起きなきゃな。
「別にいいわよ。もう少し、アサギさんとゆっくりしてて。お風呂の準備もしておくから。今日の仕事は…今のところ、特に急ぎの事はないわね。昨晩の夜中に、凛花が任務を終えて戻って来たから、後でその様子見だけしてちょうだい」
分かったよ。初任務の後だし、詳しく聞かないとな。体調や戦果もそうだが、また自信過剰になって暴走しないように。…あと、プレイ用に使えそうなエロスーツが見つかったかどうかもな。
「あの恰好、私もあまり好きじゃないのだけど…何考えてあんな風にしたのかしら…。まぁいいわ。眠ったふりをしている、もう一人の私をお願いね。…朝餉の用意をしておくわ」
ん、ありがとう。…だそうだぞ。
胸元の重みに目をやると、頭を動かしたアサギと目があった。
「…おはよう。結局襲ったじゃない。この獣。…何だか体も心も楽になったから、いいけど」
むしろ俺が襲われた側なんだけどね。返り討ちにして丸呑みしただけで。
ところで、何処から何処まで覚えてるんだ?
「晩酌してしこたま飲んで…部屋に送ってもらって眠ったのは覚えてるわ。そのあと、厠に起き出して…気が付いたらこの部屋の前に立ってたわね」
ああ、そういえばちょっと聖水の味が痛い痛い痛い乳首摘まむならもっと優しく。
「全く…。でも、そこから先は曖昧にしか覚えてないのよね。とっても気持ちよくて、情熱的に愛してくれたような気はしてるんだけど。だから…」
乳首に立てていた爪を指先に変え、優しく触れながら、舌を突き出してなぞり上げる。
「…ね?」
今度は、全部覚えていられるようにだな。どんなに気持ちよくて恥ずかしい事をされても、絶対忘れられなくしちゃうぞー。
…尚、実際には昨晩の事は全て覚えていた模様。
アサギは飯食った後に二度寝タイム。「こんな贅沢が許されていいのかしzzzzzz」って感じで布団に入るとすぐ熟睡した。何だかんだで、体は回復しても体力は回復してなかったんだろう。
むしろ臓器やら何やらが一時的に活発化して、体を治そうとしている為、余計なエネルギーを使わせないよう本能的に眠りを欲したようだ。
何でもいいから、ゆっくり休んでくれ。仕事してる方が心が安らぐ人種も居るとは言ったが、病人に仕事させるとか、本当は言語道断なんだからな。
さて、とにもかくにも面倒事が一段落したって事で。やるべき仕事も少なくなったので、博士の所に様子見に行った。
…真鶴と、人形状態の木綿季が稽古中だった。
容赦なく放たれる矢の連射を、体の小ささと振り回す刀で捌き切り、ちょこまかと動き回る木綿季。うーん、もうこんなに体を使いこなせるようになってるのか…。明日奈の体を使って稽古してる所を見た事があったが、つくづくとんでもない才能だ。置くべきところに置けば、G級ハンターは確実だったろう。
「あ、見てたの? 声かけてくれればよかったのにー」
おう、悪い悪い。熱中してるみたいだからつい、な。…ところで真鶴、何を落ち込んでんの?
「いや…侮っているつもりはなかったんだが、こうも攻撃を見切られると、流石に自信が…」
「いやいや、かなり危ないよ。この体の頑丈さに任せて耐えたのも何度かあったしさ」
普通、至近距離で放たれた矢なんぞ対処もクソもないんだよなぁ…。放たれる前に射線から逃れなきゃブッスリだ。
ところで、体の具現化の調子はどうなんだ?
「それがさぁ、中々話が進んでないんだよね。最初からある程度は出来たんだけど、練習の時間が確保できないって言うか」
? 言っちゃなんだけど、木綿季は別にやる事無いんじゃないか? 任務を受けられる訳じゃないし、仕事らしい仕事も任されてない。体がちっちゃいから、任せられる事も無いし。
実際、こうやって剣術修行する時間はあるんだろ。
「…博士が、彼女を使って何やら実験実験実験で…。度々調整されているようなんだ。そして一度調整すると、暫く鬼の手…と言うか体の具現化を禁止される。よく分からないが、機構が馴染むまで全力稼働は禁止と言う事らしい」
ああ、慣らし運転が終わるまで無茶をするなって事か。
分からないでもないが、度々それをやるって…一体何を仕込まれてるのやら。
「自分でも知らない間に、出来る事が変に増えていくんだよねー。この前だって、突然右腕が分離して飛んで行ったから何事かと思ったよ」
ロケットパンチかよおい、是非とも見せてほしい。
「拾いに行くのが面倒くさいからやだ。他にも、何処に何が居るのか、俯瞰的に図に出来るようになったり、遠くの声を拾えるようになったり………あれ? 誰か来る。これは確か、鹿之助君と…初穂さん?」
…あの二人? なんか嫌な予感がするんだが。
程なくして、ドタバタガサガサと草木を踏み分ける音と共に、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「若ぁぁぁぁ若ぁぁぁぁぁぁぁえらい事しちゃた助けてぇぇぇ!!!」
「ちょっとちょっとちょっと呑気にカラクリと遊んでる場合じゃないわよ早いとこ追いかけないとぉぉ!!!」
…なんかもう大体予測がついちゃったんだけど、敢えて聞くぞ。一体何事だ?
「「富獄(さん)が仇の鬼の所に一人で向かっちゃった!」」
…ガッデム。