黄昏月漆日目
朝、暫く遠出する事を皆に告げた。反応は様々だ。ふーん、の一言で済ませる物、最初からお土産を頼む者、ついて来ようとする者、「何でもするから捨てないで」と暴走する者。…ハイライトを消して包丁を手にしようとする子も居たが、刺しに来るんじゃなくて自分の手首を斬ろうとしている顔だったな、あれは。
事前に話を通していた幹部勢の手を借りて何とか落ち着かせ、離れる目的と期間、そして留守を任せる人選を告げる。
と言っても、大まかな部分は従来通り。
明日奈、神夜、詩乃を中心、秘書執事チームを補佐として組織を運営し、それぞれの大まかな仕事を決める。宿題として、鬼疾風を初めとした幾つかの技を教えておく。体得できなくても問題はないが、真面目に練習していればお土産が豪華になります。
普段と大きく違う点は、お役目に行く時、必ず里の誰かの指揮下となる事。滅鬼隊のみで任務につく事を禁じる。
これには各所から不満が上がった。自分達では力不足だ、と言われているように感じたのだろう。
しかし、全く無いとは言わないが、これは必要な事だ。里のモノノフとうちの子達と、どちらが強いとか何が足りてないとか、そういう問題ではない。
先日の戦は、鬼にも大きな被害を与えた。奴らはこれから、縄張り争いなり新たな企みをするなり、何にせよ大きく生態を変化させるだろう。いつどこで何が起きるか、起きているのか分からない。
そんな時、異変により早く気付けるのは、来訪者な上に常識を今一つ理解してない滅鬼隊よりも、周辺を熟知している里のモノノフ達だ。
未知の鬼に遭遇すれば、主力級はともかく一般モノノフが生きて帰ってこれる可能性は低くなる。そうなった時、うちの子達が一緒に居れば、対抗できる確率は跳ね上がる。
里のモノノフに索敵・異変感知を頼み、滅鬼隊がそれを守る。これが理想的な形である。
というような建前を言い聞かせました。ええ、建前です。
本音? 不安定になったり、お目付け役が消えてヒャッハーするうちの子達が心配だったに決まってるじゃないですか。
いや、最初に比べれば、ちゃんとできるようになってるんだよ。情報を軽視しないようになってきたし、補助や指揮官が居るとどれだけ戦いやすくなるか身に染みている。過度な自信は圧し折った(過去形)し、イケイケドンドンしている時にはつい罠を警戒してしまうくらいに、訓練でトラウマ…もとい訓戒を刻み込んだ。
でも、それも平時であればの話。
主と離れ、霊力を使えば使う程精神的に不安定になるんだから、安心なんぞ出来る筈がない。彼女達の頭領として信用も信頼もするけど、性質を否定する事はできん。
男連中は安定してんだけどな…。主が女になってるだけで、似たような暗示がかけられている筈なんだが。
…ひょっとして、誰か意中の人が居て、その人とよく顔を合わせるから安定しているとか? でもそれらしい視線は見た事ないなぁ…。
目を覚まして最初に見た異性であれば滅鬼隊の誰か、滅鬼隊以外であれば神夜や明日奈達が真っ先に思い浮かぶが、どう深読みしてもそれらしい気配は感じない。
男連中まで暴走するよりはマシだが、どうなってんだか…。
ともかく、全面的に納得した訳ではないようだが、何とか受け入れてくれた。大和のお頭達にも、一時的にあっちの指揮下に入る事は伝えてあるし、これで心置きなく(すごい心配だけど)旅立てる。
…帰ってきたらすぐに顔を出さずに、どうしていたかの調査もしてみようかな。そうでないと、俺が居ない間の行動は正確には理解できない。うちの子達はいい子だけど、失敗を全て正直に話すかと言うとそんな訳じゃないからな。俺だってそうだし。
また誰かが「やっぱり護衛を」とか言い出さない内に、里から返礼品を受け取り、ついでに個人的な土産も準備して、霊山に出立する。
何人かのモノノフ達に見送られ、一路霊山へ急ぐ。うちの子達を連れて、霊山から里へ来た道を逆走した。
あまり馴染みのない道なので、鬼疾風を使いはしても、あまり速度は出さない。
この辺は異界や鬼の侵蝕もなく、どっちかと言うと熊とか猪の方が多い。危険と言えば危険だが、まぁぶっちゃけハンターの前では食料よね。MH世界の奴らならともかく、ここの獣は普通の獣だ。
特筆すべき事もなく………いや、一つあったわ。
道を進んでいる途中、飛脚らしい人に会った。里から霊山に向かっているらしく、後姿を見かけた。
正直言って、変質者にしか見えなかったが。何せ、ほぼ素っ裸で道を延々と走り続けているのだ。身に付けているのは、褌と草鞋、そして肩に背負った荷物のみ。
……露出狂?と思っても無理は無かろう。そりゃ、近付きたくなくてつい足が鈍ったり、迂回路を探したりするってもんよ。
しかも異様に素早い。下手すると俺より足が速いんじゃなかろうか。遠回りしたとは言え、結構な速度で走った筈なのに、気が付けばあの飛脚は俺の前を走っている。何度あのケツを拝む事になったか…。
率直に言って関わりたくなかったのだが、日が暮れて一休みしていると、後から走って来た飛脚とばったり顔を合わせてしまった。焚火を炊いたのがまずかったか。
悪いが一緒に一休みさせてくれ…と言われた時は、断固拒否するべきかかなり真剣に悩んだ。結局、了承してしまったが…。
しかしこの露出狂(仮)、意外と常識人であった。腰を下ろすと荷物から取り出した服を着こみ、一緒に休ませてくれる礼として果物を振る舞ってくれた。
聞くべきか少々迷いながらも、何故裸で走っていたのか、と聞くと。
「そりゃあ汗だくになるからに決まってらぁな。俺達ぁ、一秒でも早く荷物を届ける為に、延々と走ってるんだぜ。汗は掻くし体は火照るし、ちょっとでも体を冷やさなきゃなんねぇだろ」
文字通り一日走ってれば、そりゃあ汗も掻くだろうが…でも普通、褌一丁にはならんだろ。飛脚って言ったら、ほれ、前掛けとかつけてるもんだろ。
「いくら何でも、四六時中褌一丁な訳ねぇよ。里とか霊山の近くとか、人に見られそうな場所に近付いたら服を着るんだよ。普段はこんな道、飛脚くらいしか居ねぇもの」
それは…まぁ、確かにそうだな。鬼があまり出ないとは言え、安全が保証されている道でもないし、一般の人が里と霊山を行き来するメリットは殆ど無い。
誰も居ないなら、見た目を気にせず効率だけを求めて裸になるのも、まぁ選択肢として無くはない……か?
「そういう訳で、俺は飛脚になって裸で走れるって訳だ。他の連中もそうすりゃあ、もうちょっと早く行き来できるだろうによぉ」
………ん? 裸で、走る…じゃなくて走れる…? しかも他の飛脚はやってない?
…つかぬ事を聞くが、あんたはどうして飛脚になったんだ?
「そりゃ裸で走れるからよ! 流れる汗、吹き抜ける風の感触、何よりも開放感! 飛脚は俺の天職だぜ!」
飛脚だから裸になるんじゃなくて、裸になる為に飛脚になったんかい!
やっぱ露出狂じゃねーかこいつ!
…限りなくどうでもいいと言うか関わりたくない事だが、足の速さに自信があった露出狂飛脚は、俺の移動速度を知って好敵手認定していたそうな。
つーか、あいつはウタカタ・霊山間の専属飛脚らしい。そういや、何度か届け物を持ってきたのを見かけたような…。大和のお頭からの信も厚い、結構な重要人物、縁の下の力持ちだったんだが…。
…いやな秘密を知ってしまった…。
-----------------------Side 滅鬼隊--------------------------
頭領がシノノメの里へと旅立った直後。留守を任された秘書執事チームから、全員に召集がかけられた。
面倒くさがる声も多かったものの、来なければ飯抜きという懲罰が待っている。
そこで公表されたのは…。
「と言う訳で、若様が不在の間は、これらの指針に従って行動するように。違反は許さん」
「天音、言いたい事は分かるけど、いきなりそう言っても反発されるだけよ」
「…これは私達が考えた事ではなく、若様からの指示だ。自分が不在の間、我々をまとめる為にわざわざ下知をくださったのだ」
大上段から一方的な通達になっていた事は自覚したのか、天音が言葉を付け足した。しかし、それだけではいそうですかと納得できる筈も無く。
…と言うより、根本的な問題があった。
骸佐が半ば呆れたように手を挙げる。
「あー、そいつに従う事自体は、別にいいんだが…本当にその内容で、間違いはないんだな?」
「………言いたい事はよく分かるけど、間違いないわ。私達が余計な解釈を付け足したりはしていない」
「……………どう見ても、子供相手の『おやくそく』じゃないか…」
呻く骸佐は、掛け軸に書かれた文章を読む。
『おともだちとなかよくしましょう。』
『けんかをしたあとはあやまりましょう。』
『ごはんをちゃんとたべましょう。』
『慢心駄目、絶対』
『やくそく(隊長の指示)はまもりましょう』
「………若様が、『これくらい単純にしないと頭に入れない子も居るから』って…」
骸佐は頭を抱えた。文字通り子供扱いされたようで頭に来たのは確かだが、否定できなかったからだ。
頭領という文鎮役が居ない現状、いつヒャッハーしはじめてもおかしくないのが何人か居る。
特に、これから暫くは任務で里のモノノフの指揮下に入る事になる。それも、主力級ではなく、戦闘力で言えば自分達よりも弱いモノノフの下に。自分より弱い相手の下に組み込まれるというのは、心情的に面白い事ではない。明確な理由があったとしてもだ。
「思う所があるのはわかりますが、これも若様の指示の一環です。例外は一切認めない…とまでは言いませんが、若様が帰ってこられた時、呆れられるような様になっていては合わせる顔がありません」
「このような指針をを残したのも、私達はその程度の評価しか得られていない為です。若様にとって、私達はまだまだ手のかかる子供でしかない。それが妥当な評価かどうかは、この際関係ありません。私達は、若様に付き従いはしても、荷物、枷になる事などあってはなりません」
災禍と時子から告げられた言葉に、それぞれが小さく言葉を交わし始める。
思う所は色々あるようだが…。
「これを指針にしろって言っても、普段からやっている事でしかないわよね。つまるところ、特別な何かを意識する必要はないって事じゃない」
「アスカの言う通りよ。今求められているのは特別な事ではなく、この集団を維持する事。無茶苦茶な事をしなければ、そうそう酷い事にはならないわ」
その無茶苦茶な事をしでかさないかが心配されているのだが、それは言うまい。
「ともかく、若様が不在の今、鬼達に付け入る隙を見せてはならない。安全・確実が第一だ。全員、哨戒任務を中心に請け負ってもらう」
「ちょっと待ってください! 哨戒はいいんですが、あまり頻繁にお役目を受けるのはまずくないでしょうか? タマフリを何度も使えば、私達は徐々に不安定になっていきます」
「分かっている。それを考慮して、休日・任務の日を割り振った。また、精神的に不安定になる兆候が見られたら、暫く休んでもらう事になる」
「それで充分な哨戒ができるんでしょうか…」
ワイワイガヤガヤと、徐々に活発に意見が交わされ始める。
神夜・明日奈・詩乃の3人はその中に敢えて加わらず、楽しそうに眺めていた。
「子供が育っていくのを見るようで、感慨深いわねぇ」
「ええ、最初に起きた頃に比べると、随分色々な事を考えるようになってきました」
「…まともに育てられると、こうなっていたのね…」
遠い目をして、過去の自分達の扱いを思い出しているらしい詩乃。ふとした拍子に感じる闇に、神夜と明日奈は冷や汗を垂らした。
ともあれ、もう暫く口出しする必要は無さそうだ。子供達の自主性に任せて、どこまでやれるか見てみようと、3人は顔を合わせて密かに笑った。