-----------------------Side 滅鬼隊(きらら)--------------------------
えーっと、きららよ。…誰に向かって挨拶してるのかしら、私。
あいつが出立して、まだ3日目。そんなに長い時間が経った訳じゃないわね。
…にも関わらず、周りの皆からは「あれ、まだ三日しか経ってない…?」って声が沢山聞こえる。どれだけあいつに会いたいんだか。早く帰ってこないかなぁ。
…わ、私は別に、そんなに会いたいとは思ってないんだけどね! …ただ、その、体が疼いてしかないって人も…だから私じゃないわよ!? そりゃ、色々と過激な初体験と、その後の…変態みたいなあれのおかげで、色々捻じ曲げられたような気はしてるけど、私がこの3日間を妙に長く感じるのは、それが理由じゃないからね!
いや本当に。
何でこんなに1日1日を長く感じるかって言うと、暇だからよ。単純に、暇で暇で仕方ないの。
あいつが居た時は、日に2,3回は何かあったものね…。鬼の襲撃に始まって、行方不明者の捜索、隊員同志の小競り合い、あいつが考案した何かの催しとか…。
それが、あいつが居なくなった途端に綺麗さっぱり何も起こらなくなってるの。
隊員同志でのあれこれは、近くに気力の源になる人が居ないから、そんな元気もないだけ…って事になるかもしれないけど、鬼まで来なくなってるのはどういう事かしら。いや、平和でいいんだけども。
かく言う私も、一日が急に平和になってしまったので、時間を持て余している。遊びに行くにも、何だか気が抜けちゃってね…。…べ、別にあいつが近くに居ない事には関係ないわよ。
それはともかく、いい機会なので、私は以前から気になっていた事を確かめに行く事にした。
その気になっていた事とは、私が封じられていたらしい遺跡の事。
色々聞かされてはいるんだけど…自分で言うのもなんだけど、あまり理解している訳じゃない。どうして私はあそこに封じられていたのか、他に封じられている連中とどんな関係があったのか、そもそもあの遺跡が何なのか。
一通りの事は聞いている。ただ、聞いた時は関わる物全てを警戒しているような心境だったし、何よりも実物を見た事がなかったから、今一つ何について話しているのか、実感すら湧かなかった。そんな状態で話を聞いても、理解できないのは当たり前よね。…私の頭や想像力が弱いって事じゃない、筈。
何にせよ、あそこには私に関わる何かがある。…覚えていないけど、あそこに封じられている人達と、私の仲は険悪だったらしい。
そうだとしても、いつまでも放置と言うのは流石に気分が悪い。
仲間は見捨てない。
例え、記憶になくて、迫害されているのだとしても、同胞を見捨てる事だけはしたくない。
…とは言え、流石に無計画に開放しても、それはそれで問題になるという事は私だって分かる。アサギさんから聞かされた、(自分の事とは思いたくないが)過去の行動を聞くと、絶対に何か起こるのは目に見えている。
…それに、もしも解放された人達が過去の事を覚えていて、私を目の仇にしてきたらと思うと…。
もしもそんな事をやらかせば、追放されるのはあっちの方になる…とは思うんだけど、どうにも不安が拭えない。皆を信じてない訳じゃないんだけど…。
ともかく、そんな風にぐちぐちと考え込むのも性に合わないし、何より実物を見なければ名案が浮かぶ筈もない。
だから、遺跡に直接確かめに行ってみよう…と思い立ったのよ。
以前なら、自分一人で充分だと先走ったかもしれないけど、私は成長する女! 少なくとももう『大人』の女! 誰かに助力を求めるくらいの分別は身に付けているのよ! ……あれ、これって胸を張れるような事かしら。まぁいいか。
ただ、その助力がね…。
隊の皆は妙に気が抜けちゃってて、あんまり戦えそうな人が居ないのよね。それに、万が一何かと戦いになったら、私はともかく他の皆は力を使えば使う程、精神的に不安定になる。いつ鬼が襲ってくるか分からない状況だし、不用意に誘うのもどうかと思う。
うーん、かと言って、あいつが帰ってくるまで何もしないというのも…。
「…む?」
「え? あ…真鶴、さん? 何だか久しぶりね」
「ああ。そちらは…色々あったようだな。まぁ、受け入れられたようで何よりだ。頭領殿との関係もな」
「…あれ? あなたも、あいつに顔を顰めてなかったっけ?」
「私は男性に苦手意識があるだけで、頭領殿に含むところはないぞ。…異性関係については物申したいとは思うが、隊の特殊な状況も分かってはいる。私がどうこう言うべきではないだろう」
そこは言ってもいいと思う。…その一員になった私が言うのもなんだけども。
真鶴とは、私が目を覚まして間もない頃からの付き合いだ。…一年にも満たないけど、私が覚えている帰還の8割近くの付き合いだから、個人的には古い友人、って感じかしら。
、初めて会ったのは……私が目を覚まして間もない頃。思い返すと、色んな意味で頭を抱えたくなるというか、首を吊りたくなるというか、申し訳なさで切腹したくなるような時期だった。
当時の私としては、至極真っ当な判断で動いていたつもりなんだけど………いえ、これを言うのはやめましょう。覚えてもいない私怨で周囲との和を乱した挙句、勝手に出撃して仲間を見殺しにしかけるとか、言い訳もできないわ。
とにかく、当時の私は、あいつを中心とした人間関係を受け入れられず、誰かと話す事さえ億劫だった。だって、ここに居る人達って、多かれ少なかれ絶対にあいつに強い影響を受けているんだもの。
隊の中だけじゃなくて、里の人達ですら例外じゃない。あらゆる意味で(いいか悪いかはともかく)一目置かれているから、何かと言うとあいつの話題が出る。
男性不信だった私は、あいつの話題が出るだけで拒絶反応を出していたの。
そんな中で出会ったのが、この真鶴さん。隊の人間でもなく、里の人でもなく、なおかつあいつの所業に眉を顰める、数少ない人だった。
尤も、それも今思い返せば、半ば以上私に合わせてくれていたんだろうけども。だって、真鶴さんがあいつの異界浄化術を学ぶために、拠点の里からこの里に来たんだもの。普段の言動について思う所はあっても、不興を買って目的の妨げになるような事をする人じゃない。…冷静に見えて激情家なのは否定できないけど。
ともかく、人との話し方すら半ば忘れていた私にとって、真鶴さんは得難い話し相手だったのだ。
「このところ色々あったけど…大丈夫だったの?」
「大丈夫と言えば大丈夫だが…実のところ、最近の大戦すら先日知ったばかりなんだ。このところ、博士と茅場が異常なほどに張り切っていて、それに振り回されてばかりだったんでな…。無理が祟って倒れるように眠り、目が覚めたら戦勝の宴だ。何が起こったのか、全く分からなかった。茅場も同様の状態だったから、文句も言い辛い」
ああ…。騒ぎの時に全然見かけなかったと思ったら、倒れていたのか。
それだけ、博士が持ってきたカラクリの貢献度は高いと聞いているけど、具体的な事は私も聞いてない。ただ、色々な意味で不完全燃焼になっている事は見て取れた。
だったら。
「…ねぇ、真鶴さん。あなた、今は暇? 確か、何処かの隊の副長をしていたのよね。腕に自信はある?」
「ん? 暇…と言えば暇だな。茅場は何やら机に向かって訳の分からん事を延々と呟いているし、博士は甘味を食べて昼寝を始めたし、術を学ぼうにも当事者が居ない。腕については………そこらの男には負けんとだけ言っておこう。比べた訳ではないが、弓の扱いにかけては那木殿とも張りあえるつもりだぞ」
「よっし! ねえ、それじゃちょっと付き合ってよ。行きたいところがあるんだけど、一人じゃ危ないし、皆は何だか気が抜けちゃってて当てにならないし」
「私とて暇という訳ではないのだが…。どこに行くんだ?」
「私が封印されていたところ。遺跡の事は知ってる?」
「あそこか…」
真鶴は難しい顔で考え込んでしまった。あの遺跡に行くのは嫌なんだろうか? 確かに、人が水で満ちた円柱の中で浮いているなんて、土座衛門みたいなものを見ても愉快な気持ちにはならないだろうけど…。
「…実のところ、私が居た場所…マホロバの里の近くにも、謎の遺跡がある。博士はよく出入りしていたようだが、漏れ聞いた話だと、ここの遺跡もそれと何らかの関連があるようなのだ。一度、調べてみるべきだとは思っている」
「だったら」
「付き合うのは構わない。だが、無策に入り込むのも、目的を明確にしないまま行くのも看過できん。しかも、ここの遺跡は時間の経過によって消えたり出現したりするそうではないか。大前提を確認するぞ、きらら。卿は何の為に、何を求めてその遺跡に踏み入る?」
突然、難しい事を言われて混乱しそうになった…けど、私の目的を聞いてるのよね。…あれ、冷静になってみると、難しい事なんか聞かれてないじゃない。
「目的は色々あるけど、一番大きいのはあそこに封じられている人達を解放したい、って事ね。ただ、私が解放したいからそうする…なんてやり方が通じないのは分かってるの。聞くと、昔の私と強い確執があったとか、行動も問題だらけだったとか…。だから、まず最初の段階として、あそこにいる人達の事を知りたい。ひょっとしたら、見ている間に私も何か思い出すかもしれないし」
「つまり偵察、情報収集か。障害になると考えられるものは?」
「えっと、まず鬼と…やっぱり時間? 貯め込まれている動力が尽きたら、暫く消えたりはしないって聞いてるけど」
そう答えると真鶴は小さく溜息を吐いた。
何よ、間違った事は言ってない筈だけど。そういう反応されると、何だか不安になって傷つくじゃない。
「その具体的な時間を調べなければならん。又聞きの情報で作戦立案など、無謀が過ぎる。それ以前に、遺跡はウタカタのモノノフによって監視されている。無断で立ち入る事は許されていない。まず許可を取らねばなるまいよ。消失・出現の時間については、同様に里のモノノフが集計をとっている筈だ。鵜呑みにはできんが、まぁ目安くらいにはなるだろう。他の者達には話を通したのか? 下手をすると、またしても独断で突撃したという事になりかねんぞ」
「うぐ……そ、それは駄目。やっと受け入れてもらえたのに、また白い目で見られる事になる。下手をすると今度こそ追放される」
立て板に水とばかりに繰り出される真鶴の指摘に、ついつい怯む。
だけど、やっぱり彼女に相談したのは大正解だ。こういう段取りは、私達(←私だけじゃない! ここ重要!)の大の苦手なところ。私一人で考え込んでいたら、彼女が言うようにまたしても致命的な失策を犯すところだった。
追放だけで済めばまだいい方。ウタカタが管理している遺跡に勝手に入り込むなんて事をしたら、里と隊との間にも亀裂が入るかも…。
「ふぅ…。そこで踏みとどまれるようになったのだから、まだいい方か。以前の卿なら、知った事かとばかりに突き進みかねなかったからな」
「いや流石に私もそこまでじゃ……………な、なかった…と、思いたい…。男に言われたのでなければ、ちゃんと聞き入れた………筈…」
いや本当に。ともかく、真鶴の協力のおかげで、やるべき事は分かって来た。
真鶴にとっても益のある事だからか、彼女は積極的に手伝ってくれる。
おかげで、今日一日くらいは遺跡が消える事はなさそうなのが分かり、更に探索に入る為の許可まで取り付けてしまった。
遺跡に向かう道中で、色々話をする。
「ちゃんとした手続きを把握していれば、これくらいの事はできるんだ。ここの里は、マホロバと違って隔意が無いからな…」
「そっちの差とも、何だか厄介なところみたいね」
「まぁ、な…。…ところで、聞いていいのか微妙な質問だが、よくぞ男性嫌いを克服したものだ。正直、私は癇癪を起して里から飛び出していく事まで想定していたのだが…一体何があったんだ?」
「うーん……改めて口にすると、ちょっと難しいというか、私とあいつの秘密と言うか…」
『同族』だと思った途端に態度を反転させてしまった辺り、自分でも安い人間だと思う。
それを考えると、私は男を嫌っていたというより、人間そのものを嫌っていたのかもしれない。ただ嫌いなだけじゃなくて、受け入れてほしくて仕方なかったんだと思う。
「…そうか。参考にはならんな」
真鶴も、私程じゃないけど、男の人に対して過敏に反応する事がある。…昔、何かされそうになったんだと思う。
私とあいつの事を聞いてきたという事は、それを克服したいと思っているんだろうか? 何とか力になってあげたいけど…どうすればいいんだろう。
「…何を考えているのか、わかりやすいな、卿は。別に私は、異性に対して恐怖を持っていたりする訳ではないぞ。不心得者には半殺……もとい少々厳しい態度を取るが、それは元からだ」
…元からなんだ。一度、彼女が里の男性に怒っているのを見た事があるけど…あれは怖かった。静かに怖かった。弓に手をかけてたし…。
「それくらいの気迫でいた方が、副長として隊を律するには丁度いい。冷静さを欠く要因になっているのは否定できんから、出来れば克服したくはあるが…」
それって大丈夫なんだろうか? 迫力があった方がいいというのは分かるけど、反発されるんじゃないだろうか。
真鶴達の状況まで理解している訳じゃないから、あまり無暗に口を挟めないけど…。
「ついでに聞くが、男と結ばれるというのは……その、どうなんだ?」
「どうって……え、聞きたい? 惚気が聞きたいの? 惚気ていいの?」
語るわよ。思いっきり語るわよ。…いや、語れない事だってあるんだけど。具体的には、最後の罰則の夜とか。…あれで、なんか変な扉開いちゃったのを自覚してるのよね…。でもこれを話したら、真鶴がどんな反応をするか…。
………冷たい視線で見られるかも? …ちょっと胸が高鳴る辺り、本当に危険な扉を開いてしまったと思う。
「そういう話を………して、いる事になるな。私も年が年だ。婚姻を意識する事もある。…意中の相手がいるというのがどんな心持なのかもわからん。頼れる殿方が居るという事は、非常に心安らぐものだ、と聞いてはいるが…」
え、つまり初恋もまだって事? 私と違って、見た目通りの年月を生きてきてる筈なのに。
…あ、ひょっとしたら、初恋はした事があっても、過去にされた事とかで塗り潰されてるのかも…。こんな世界だし生きるのに必死で色恋にかまけていられない、という事情もありそうだ。
…閃いた!
ここで、恋人(その恋人が山ほど居るけど)が居る事の良さを、がっつり語って聞かせれば、真鶴の興味も強くなって、過去の克服に繋がるんじゃないかしら!?
よーし、結ばれて数日程度で、一緒に遊びに行けた事もないけど、どんな風に心持が変わったのか、語りまくってあげるわ!
「…(ア、イヤナヨカン)…ところで、以前から疑問に思っていたのだが」
「え、何? これからいい話をしようと思ってたんだけど」
「遺跡も近いし、またの機会にしよう。いや、前々から思っていたのだが…卿らの頭領、聞けば卿らを率いるようになる前から多くの異性と肉体関係を持っていたそうではないか」
「そう聞いてるわね。存分に軽蔑していいわよ」
「いや、あそこまでいくと、人を束ねる者として逆に尊敬する…。だがそれはそれとして、そこまで好き勝手やっておきながら、子供の一人も居ないのだろうか?」
「は?」
「いわゆる種無し、という線も考えたのだが…」
「ちょっと、嫌な事考えさせないでよ。私達にも直に降りかかってくる問題なんだけど」
「卿らが全員子を孕むというのも剛毅と言うか奇怪な話だが、ならば何故連れ合いの一人も居ないのか…」
「………それ、は……」
言われると言葉に詰まる。『避妊は確実、快楽の為だけに睦言ができるぞ』と最低男そのものな発言をしたのは聞いた事がある。…可愛がってもらってる時に。
でも子供がいるかどうかは聞いた事が無いわ。
多分、私達が知らない沢山の人とも関係を持っているんだろう。…じゃあ、その人達はどうしているんだろう?
「言動が完全に色情狂の類だとしても、あれで責任感は強いのだろう。そうでなければ、わざわざ卿らを抱えてこの里まで逃げのびてくるとは思えん。子供を授かったとして、捨てた…とは考えにくいな。単純に考えれば、女癖の悪さの為に相手から捨てられたか」
「普通はそうなるだろうけど…それもちょっと考え辛いのよね、あいつの場合…」
「…頭領殿は、異性としてそれ程に魅力的だとでも?」
「あー、うん、そんな感じ」
こればっかりは、体験しないと分からないわ。たった一晩で、もう離れるなんて考えられないくらいに、支配される悦びを仕込まれる。
断言できるわ。あれをもう感じられなくなるなんて、耐えられない。分かれるなんて考える事もできない。都合のいい女でいいから、また抱いてほしくて仕方なくなるに決まってる。
それに、子供が出来たりしたら…あいつの事だもの。それこそ、何が何でも離れようとしないでしょう。
「…明日奈さんと神夜さんが、お酒が入って盛り上がってた時に話してくれたんだけど…シノノメの里で会った時は、独り身だったんだって」
「…そうか」
それって、つまり…。このご時世だものね。
誰しも、言葉に出せない傷跡がある。どんなに強くたって、例外じゃない。
…せめて、自分達の周りではそんな事が起こらないように、全力で鬼を討つ。
両手を打ち付けて、決意を新たにした。
「ちょっと違いますね」
「うわ!?」
「…神夜殿? いつから…いえ、何故ここに」
唐突に神夜さんが現れた。…相変わらず、凄い恰好だ。私も露出が多いけど、それは冷気が籠って冷え性になるからで…いやそれよりも。
「違う、と言うと?」
「日課のお散歩をしていたら、興味深い話が少し聞こえただけですね。あの方は種無しという訳ではありません。と言うより、あれだけの房術を修めているのです。例え種が無かったとしても、それを改善する術を知らない筈がありません」
「…なんか生々しいな」
「それはもう、睦言のお話ですから♪」
にこにこと天真爛漫な笑顔の神夜さん。…これで、戦狂いな上に床ではえげつない事を同じ顔で行うのだから、女って恐ろしいなと思う。聞けば、最後の罰則も発案はこの人だったとか。
…いつか下剋上を…と思わなくもないけど、そういう事を考える時に限って楽しそうな笑みを向けてくるのだから、背筋が凍る。…と言うより、下剋上されてもそれはそれで楽しんでそうなのよね、この人。
「私とも出会う前の事ですので実際に見た事はありませんが、孕ませた事はあるそうです。ただ、その方達は…死に別れた訳ではありませんが、事情があって酷く遠い所に行ってしまったそうです。そして、鬼に奪われた子供を取り返す為にここまでやってきたのだそうです」
「鬼が…子供を奪う? それって、言い辛いんだけど……いえ、せめて魂だけでも…と言う事ね」
「普通の鬼じゃないので、文字通り食べている訳ではないらしいですよ。それに、まだ出産までは至ってなかったのだそうです」
「…? 話がよく分からないのだが」
「イヅチカナタと言う、時空を回遊し、因果を奪う鬼の仕業です。その鬼に因果を奪われれば、過去の体験を失ったり、今の自分を忘れて過去の自分に戻ってしまったりするそうです。…そして、子が宿ったという因果を奪われれば…」
「…なるほど、その因果を取り戻そうとしている訳か。やっぱり話が抽象的すぎて、あまり想像できないが。そもそもいかに鬼と言えど、因果を奪うような力を持っているものやら」
同感。と言うか、あいつにそんな過去があったのね。
考えてみれば、あいつの事はあまり知らない。私と同族で、異様に強くて、異様なんて言葉じゃ治まらない程女好きで、私達の面倒を見るくらいには甲斐性があって…。でも昔の事は全然知らない。
……でも、知らないのは私だけじゃないのよね。
…これは…逆に、好機?
皆が慕うあいつの秘密を、自分だけが知っている…。……な、なんかこう、優越感と言うか、他の人より一歩前に出ている感があっていいわね!
とは言え、どうやって調べた物かしら。流石に、そういう事をほいほい突き止められるほど、頭がよくないという自覚はある。
増して、私が知っているのは自分が暮らしている場所近辺の事だけ。関係者に話を聞こうにも、本人は暫く戻ってこないし、神夜さん達と出会う前の話と言う事は、そもそもどこの誰が関係者なのかもわからない。
…どうしたものかしら。
「何をしている? 遺跡の調査に行くんだろう」
「あ、そうだったわね。ちょっと別の事に頭が飛んでたわ」
いけないいけない。あいつの事も気になるけど、まずは自分だ。
自分の過去の事を知るだけじゃなく、今後、あの人達が解放された後の動向にも大きく影響するかもしれないんだ。浮かれていないで、まずはこれに集注しないと。
「遺跡ですか? 特に何かあるとは思いませんが…閉じ込められないようにしてくださいよ」
「ああ、分かっている。では、失礼するよ」
「また夕飯の時にね」
神夜さんに手を振って、真鶴とまた遺跡に向かう。さて、何か思い出せるといいんだけど。