黄昏月玖日目
霊山から、シノノメの里に向かってダッシュ中。とは言え、流石にあまりスピードも出せないな。
異界の中に長く沈んでいた地区だけあって、あっちこっちがボロボロで、生態系も滅茶苦茶になっていた。道順自体は、シノノメの里から兼一君達と一緒に進んだ道を逆走すればいいので迷わないが、舗装もされてない獣道…いや、通るのは鬼だから、鬼道か。
この道は、今後はシノノメの里と霊山との遣り取りに使われるであろう道。そこに鬼が居座られると、よろしくない事になるのは目に見えているだろう。そういう訳で、鬼の痕跡を見つけては、ちょくちょく寄り道して狩っているのも、時間がかかっている理由の一つだ。
この分だと、今日も道中で野宿だな。
…これ以上進むと、雪の中で野宿する羽目になりそうだ。出来なくはないが、流石に肌寒い。この辺で足を止めるか。……なんか、虚空から強い視線を感じる。雪華がまた覗き見て、早く来てほしいと急かしているんだろうか?
だがオアズケ。……感じる視線が恨めし気になったが、大人しく引き下がったようだ。うむ、待てができる子は偉いぞー。
……火を起こして座り込む。
聞こえるのは風の音、虫の声、遠くで蠢いている獣だか鬼だかの足音。…ひとまず、周囲に危険は生物は居ない。
…そして、それ以上に誰も居ない。
久しぶりだ、こんなに静かで一人なのは。こうやっていると、ふと今までの事が単なる夢だったんじゃないか、と思えてくる。
実際、夢でもなければ有り得ない事ばかりだった。
気が付けばモンスターハンターの世界、死んだら死んだでゴッドイーターと討鬼伝の世界を転々とし、戦う力を身に付けて、マジカルチンポ染みた房中術を修め、美味い飯を喰らい、絶世の美女美少女を侍らせ、そして強大なモンスター達と渡り合う。
濃密すぎる体験で、夢でしかありえない状況なのに、あれが夢だと言われても逆に納得できないくらいだ。
或いは、やっぱり俺自身が単なる夢のようなものなんだろうか? 思い出したくもなかったが、俺はのっぺらミタマの集合体。どっか別の世界から繋がった、インターネットか何かで破棄され残骸となって積み上げられたデータの塊、破損したメモ帳。
そんな俺が意識を持ってる事自体、冗談か奇跡みたいなもんだろう。まぁ、人間に意識がある事だって、元はと言えば奇跡みたいなもんだし、そこは別にどうこういう事じゃないか。
独りになって思い返せば、つくづく無茶苦茶な道を進んできたものだと感じ入る。
考えてみれば、同じ世界の同じ時間を過ごしていた筈なのに、同じような道を歩んだ事は殆ど無かった。立場を変えやり方を変え、毎回毎回違う道を探り続けた。
MH世界では、一介の底辺ハンター、上級ハンター、G級ハンター、各地を飛び回る特殊なハンター、更に開拓、フロンティアでは猟団長。
GE世界なら、極東に関わるのは同じだが、ゴッドイーターとして適応できず暗殺され、出撃中毒扱いされ、榊博士の、或いは支部長の協力者になり、マスク・ド・アラガミと化し、農園を経営。何故かGKNGなんて団体の創始者に指定され、更に何故かアイドルの面倒を見て。
討鬼伝世界だと、知らない里に世話になったり、浮気がばれて那木に射られたり、千歳を里の中心人物にしようと画策したり、富獄の兄貴を足止めしようとう○こ塗れにしたり、蝕鬼の触媒を取り込んでしまったり、マホロバの里で大暴れしたり…。
討鬼伝世界は基本的にゲームストーリーを追う感じになってたけど、毎回毎回予想外の事や知らない人が登場して、話がややこしくなっていってたっけなぁ。
因果を奪われて記憶に残っていない周回だってあるだろうから、その時も全く違う選択をしていたんだろう。
普通、ループものってある程度同じ行動をしないか? 未来に何が起こるか知っているというアドバンテージを、問答無用で放り投げている。
まー前回と同じ事しかしないんじゃつまらないし、何よりモンスター達の行動は予測できない。最初っから、あんまり当てになるアドバンテージじゃないけども。
ところで、サトリと言う妖怪を知っているだろうか? 某弾幕シューティングゲーのお姉ちゃん、或いは毛根に多大な負担をかけて妖怪を滅する力を与える槍の物語なんかに出てきた、あのサトリだ。
人の心を見通す、サルのような姿をして描かれ……………ま、まぁ例外は何事にもあるし、擬人化は日本人の十八番だからな! とにかく、昔の伝承では猿のような姿をしているとされ、山中で人前に現れては、次々に相手の心を読み当てる。敢えて人に害をなさず、捕らえようとすればそれを見通して逃げるという。
この妖怪、休んでいる旅人の隣、或いは焚火の反対側に、気配もなくいつの間にか座っていたのだという。
本当に害がないのかは、正直言って分からない。心を見通す、つまり考えだけでなく、過去にあった忘れたい事なんかを見通したり、本人も意識していなかった醜い考えを見通して心に傷を与えたりする事もできるかもしれない。
………だが、目の前でクッソウザッてぇNDK?NDK?ステップを繰り返しているのっぺら共に比べれば、よっぽど無害で可愛げがあるだろうさ!
ああそうだな、お前らそんな事できたよな! 俺の指示とか関係なしに人の夢に入り込んで好き勝手したり、実態化させる方法だってあったもんね! 絶対に実体化させないと決めてたけど! とうとうこいつら、勝手に実体化して俺の外で遊び始めやがった!
最初に、焚火を挟んでぬぼーっと座ってた時は、それこそサトリかヤマコかと思ったわい!
しかし、俺が気付いた事を理解した途端、のっぺら共はあっという間に散り散りになり、小馬鹿にするようにリズミカルに踊り、芸をし、顔の部位も無いのにニヤニヤといやらしい表情を浮かべて煽りに煽りああああああああ!!! しかも、サトリではないが俺の一部である為か、俺の行動をある程度見透かして逃げる避ける逃げる避ける!
煽り耐性ZEROと言われても構わん! こいつらを今すぐ狩り尽くす! こんなのを放置しといたら、異界が極楽に見える魔境が出来上がってしまうわ!
シノノメの里の皆の為にも、恥を天下に晒さぬ為にも! 我、これより荒神となる! 全員死ねよやぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!
…かくて、静けさは何処へやら。かつてない力を以て、俺はのっぺら共を一晩かけて駆逐した。怒りと苛立ちのあまり、過去最大出力のレイジバーストが発動してしまったぞ。おかげで、今まで今一つ自由に発動させられなかったレイジバーストの使い方を、何となく理解できてしまったが………全く嬉しくなかった…。
-----------------------Side 滅鬼隊(浅黄)--------------------------
こんにちは、浅黄よ。
あの人が出立して数日。意外な事に、隊はそこそこ正常に運営されているわ。
好き勝手な事をしない、夜はちゃんと家に戻ってくる、里の人達と問題を起こさない、無意味に異界に単身突撃しない…。
かつての職場環境とつい比べてしまって、涙が出そうよ。 意図的に失敗させようとする環境が話にならない、と言われればそれまでなんだけど。
今の私は、隊の纏め役でも重要な幹部でもなく、一人の隊員として少し引いた視点で彼女達を見ていられる。
だからこそ、自分が頭領に向いていなかった事がよーくわかるわ。元々、自分が人の上に立てるような人間だとは思っていなかったけど…。
こういう、『自分が居なくなっても回る体制』を作ろうという発想が、全く無かったもの。
そういう事が出来た状況じゃなかったのも確かだけどね。むしろ、そういう環境改善を実行しようとしたら、上司が妨害してくる始末だったし…。
何かと自分で対処、自分で対処、自分で対処。手が足りなくなるのも当たり前だ。
私は、部下を信用した事なんて殆ど無かった。どうせ失敗させられる、或いは問題を起こすのだと決めてかかっていたようなものだ。そしてそれは大体正しかった。
…ちゃんと規則を作って、それに従わせている。自分が居なくなっても大丈夫だと、信じて任せられる。
そんな所が、あの人の器の大きさの証なのかもね。
とは言え、これだけの人間が集まっているのだし、良くも悪くも問題が起こらない筈もなく。
「…里の一部に、不穏な動きがある?」
「ええ。ただ、私も確信がある訳じゃないの。お人好しの多いこの里で、急に掌を返すような事をされるのも考えにくいし」
「…任務でも、先走って里に迷惑をかけるような事は起きてないものね」
「重要な事だけど、信頼性の薄い情報を報告するのは気が引ける。私よりも世の中の事を知っていて、相談できそうなのは貴女くらいよ」
私に相談してきたのは静流。
彼女の記憶は失われているけど、過去の隊で信用できた数少ない人よ。頭も切れるし、問題は起こさないし、精神的にも安定している。
消去法で相談に来たと言われているようだけど、状況判断としては間違ってないわね。
疑念は放置しておけないけど、それが元で無用な軋轢を生んではいけない。
「そもそも、一体どうしてそんな話が出てきたの?」
「任務を終えて、里を歩いている時に聞いたのよ。5人のモノノフが集まって、小声で話し合っていたわ。『襲う』とか、『奪う』『誰を狙う』とか、物騒な言葉が聞こえたわ。『そう思っているのは、自分達だけではない』とも。私に気付いたら、すぐに散ってしまったけど。顔も見れなかったわ」
「あなたが気付かれたの?」
「そもそも隠れてなかったのよ。往来だったし」
「………」
往来で、人を襲う計画など立てるだろうか? 人目を避けられる場所は、いくつもあるというのに。
この里はそう広くない。何か犯罪染みた事をやらかせば、あっという間に広まってしまう。
ただ、静流が出鱈目を言う理由もないし、直接見聞きしたのも確か。聞き間違いとも思えない。
人が人を襲う理由など、幾らでも転がっている。鬼が何らかの術でそういう争いを煽った例もある。
この里の近くに、そういった術を使う鬼が居るとも考えにくい…いえ、ミズチメは里の近くに居たのよね。
「…前例と疑惑がある以上、放置もできない。事を明るみに出せば調べにくくなる…。私達で調べましょう。他の子達は……巻き込まない方がいいわね」
「…そうね」
隠密行動、腹芸が出来る隊員は、片手で数えられる程度。調査の伊呂波なんて期待できない。
…正直、そんな大事にはなりそうにない、という予感もあったし。
買い出しも兼ねて、静流が話を聞いたという場所に行ってみた。
往来って言うか……思いっきり茶屋ね。ここで本当に襲撃の計画なんて立てる奴が居たら、そいつは相当な大馬鹿者か大物よ。
だから、静流も自分が見聞きした情報なのに、半信半疑なのでしょう。
「静流、例の人達が話をしていた場所は?」
「そっちの空席になっている所よ。…不自然に空いているわね。何かあるのかしら…」
「すみません、そこの席を使ってもいいでしょうか?」
店員さんに声をかけてみると、あっさりと了承された。
不自然にならないよう、この席について聞いてみると…常連5人組がいつも使用している席なのだそうだ。
とは言え、指定席と決まっている訳でもないし、その常連も今日は帰った後。使用するのは全く問題ない。
「いつもこの席を使っている5人組、か。話をしていたのはその人達かしらね」
「恐らくは…。と言うより、その人達なら何度か見た事があるから、顔も分かるわ」
「性格は?」
「物騒な事を考える人種じゃないわね。ただ、何だか不満を零していたという話は聞いた事があるわ」
不満。
自分達の存在が邪魔、という事かしら? …いえ、邪魔なら襲って始末するならまだしも、『奪う』という言葉が出てくるのが分からない。
注文したお茶を啜りながら、私と静流は黙考した。
幾つかの可能性が脳裏を駆け巡るけど、どうにもしっくりこない。単なる誤解から、本当に襲撃を企てている可能性まで考えてみたけども、違和感がありすぎる。
「…そもそも何を奪うのかしらね」
「うん?」
「奪うという事は、どうしても欲しい物があって、普通の方法では手に入らないから、強引な手段を取るという事でしょう。だけど、それに値するような物が、私達にある?」
「特別なタマフリ…がまず真っ先に思い浮かぶけど、奪えるような代物じゃないわね。私達が持っていて、里の人達が持っていないもの…」
ハク…ではないでしょう。少なくとも、先日の大騒ぎのお陰で、大抵のモノノフの懐は潤っている。一気に使ってしまう人も居たようだけど。
武器や防具…これも違う。うちの隊員の武器は、里の人達の武器と大差ない。ごく一部、特別性の武器を持っている者も居るが、手にしたところで扱える筈もない。何より、違法なやり方で奪ったのなら、すぐに露見する。
道具…例えば、先の戦いで使ったような大砲、大弩など。これはありえる気がする。使い勝手がいいとはとても言えないが、鬼との闘い、特に里の防衛において非常に魅力的だろう。
しかしこれも違う。奪ったところで運用できるかは話が別。無理に使おうとすれば、里の財政が破綻してしまいかねない。
とは言え、そういう危険があると、一目でわかる筈もないか。うちが運用できているのだって、あの人や静流達が普通ではない方法で、運用の手間を省いているから……………手間を省く?
「「………あれを欲しがってる訳ね」」
私達は、ほぼ同時に同じ結論に辿り着いたようだった。
でも襲って奪えるような物でもないし、そんな考えに真っ先に辿り着くとは思えないんだけど。
「まぁ、欲しくなるのも分かるわね。これから暑くなる季節だし、特に。…そう言えば、何人か里から遊びに来ていたことがあったわね。そこから知られたのかしら」
「多分、欲しがられてるのはそれだけじゃないわ。私達が何気なく暮らしている部屋一つとっても、常識からかけ離れているもの。どれか一つ手に入れるだけでも、生活が激変するわ」
確かに。
…さて、どうしたものかしら。思っていた通り、物騒な話ではなかった。少なくとも、そうなる程に話は進展していなかった。
しかし、あちらの要望を満たす事は難しい。
一部の品物については、何とか理解が追い付いているが、再現も移動も難しい。
「…結局、あの人が帰ってくるのを待つしかないのね」
「後は、里の人達を屯所に受け入れるか…かしら。部屋にまでは入れないにしても、広場を使わせるくらいいいんじゃないかしら」
「どれくらい、という制限があるけどね。一斉に押し寄せてくるとまでは思わないけど、人間、一度楽を覚えると元には戻れないから」
はぁ、本当にどうしたものかしら。博士でも呼んで、設備を増築できるか聞いてみようかしら。
あの人が居れば、求められればさっさと作ってしまうかもしれない。
私達の部屋全てについている、『えあこん』『水洗厠』『冷蔵庫』『電灯』『こんろ』『時計』など、どれもこれも里の人達からしてみれば涎泉の品ばかり。
私だって、あれらが無い生活に戻れと言われれば、思い切り顔を顰めるだろう。
偶然、屯所を訪れてそれらの恩恵に預かった者達にしてみれば、その衝撃は如何ばかりか。
そりゃあ、部屋を奪ってでも自分の物にしたくなるだろう。
「馬鹿馬鹿しく思えるかもしれないけど、生活環境の違いは待遇の違いよ。下手な人間関係よりも不満の元になるわ。あんなに便利な物を私達が独占して使っているとなれば、妬みの元になるのも当然よ」
「…手軽に渡せるような物はないわね。私達が個人的に手に入れた物以外は。私達を含めて、全てが若様の持ち物だもの」
「………」
静流は冷静で頭もいいけど、やっぱりこの子も滅鬼隊なのよね。
頭領に対する絶対的な忠誠を刷り込まれている。自分を含めた全てが、あの人の為に存在すると言い切っている。
…あの人は、そういう暗示を嫌い、徐々に解除していくと言っていたけども……進展が無いわね。いえ、むしろ刷り込みよりも強烈に惚れこんでない?
分かるけども。…あんなに気持ちよくされたら、離れさせようにも離れられないわ。私だって、単なる部下と上司の関係に戻れと言われたら恥を投げ捨てて泣きつくもの。
「ともかく、これに関しては形だけでも譲歩している姿を見せた方が良さそうね。若様が居ないのに勝手に許可を出す訳にはいかないけど、充分な対価を出すのなら、設備の一部を里に提供する事を考えている、としましょう」
「私達だけで決められる事じゃないわ。明らかに越権行為よ。秘書・執事の3人にまず話を通しましょう。……それにしても…」
「うん?」
「襲うとか狙うとかの言葉が出てくるくらいだし、強姦でも狙ってるのかと思ったわ。…昔の隊だと、敵にも味方にも散々狙われたから」
思い返すだけで憂鬱になる。私達をそういう環境に引き摺り込む上司達が最悪だったが、それ以外の者も倫理観も何もあったものじゃなかった。何を考えて味方に対して眠り薬なんて飲ませるのか。
「…狙われると言うと………鹿之助君とか?」
…能力的にも容姿的にも、狙われてもおかしくないのよね…。しかも性別を問わず…。でも襲う先がいきなりそっちになるとか、女としての尊厳が…。
「いえ、常連の5人組って全員女性よ。…言っては何だけど、異性にあまり縁がない…ついでに言えば、何をとは言わないけど逃しかけている…」
…婚期か…。耳が痛いわ。
嫁ぎ送れる=異性を襲うなんて考え方、名誉棄損になりそうだし、この話はここまでにしましょう。
本題に戻るわ。すぐに物騒な事に繋がる事はなさそうだけど、不平不満の元は摘み取っておくに越した事はない。
家の何かが故障した時、あの人でないと直す事すらできないというのは問題だ。
博士や茅場を呼んで、解析なり再現なりさせてみるべきだろう。異世界の技術ではあるから、茅場なら喜んで飛びつく筈。
はぁ、今の生活で、どれだけあの人に頼っているのか、改めて突きつけられるわね。未だに、皆で霊山から逃げてきた時と変わっていない。或いは、あの人ならそのまま自分と一緒に居ろ、くらいは言うかもしれないけど…。
寄りかかる先、帰る先がある喜びと、それに縋りつくしかないのは別物だ。大人の女としての誇りもある。あの人の…いいえ、皆の力になれるよう、色々考えてみましょう。